第153話「番外編その14『ナギとイリスとラフィリアの、こっそりチートな護衛旅(前編)』」

今回は久しぶりの番外編です。

領主家にイリスとラフィリアは、ちょっとしたお仕事を頼まれたようです。

ふたりはそれをナギに報告することにしたのですが──






──────────────────



「旅行の前に、ひと仕事お願いされてしまいました……」


 イリスは椅子に腰掛けて、深々とため息をついた。


 アイネ、レティシア、カトラスが旅に出た日の午前中。僕はイリスに招待されて、イルガファの領主家に来ていた。


 ここは領主家にある、イリスの自室。


 イリスの隣には、メイド姿のラフィリアが控えてる。


「実は……冒険者ギルドの立て直しに向けての協力を依頼されたのです」


「冒険者ギルドの立て直し?」


「お兄ちゃんも、ラフィリアさま──師匠ししょうがギルドで『あっぱくめんせつ』を受けていたことは覚えてらっしゃいますよね?」


 イリスは申し訳なさそうに、ラフィリアを見た。


 ラフィリア本人は忘れてるのか、いつものほわほわな笑顔だ。


 けど、彼女がギルドで『圧迫面接あっぱくめんせつ』を受けてた時のことは、僕も覚えてる。というか、言葉でボコボコにされてたのを救出したのは、僕とレギィだったから。


「あのあと、イリスの元兄『ノイエル=ハフェウメア』が罪に問われたこともあり、この町の冒険者ギルドはすっかり信頼を失ってしまったのです」


「まぁ……そうなるよな」


「前のギルドマスターと従業員は逃亡して、今は新しい方々が運営しているのですが……」


「すぐに冒険者の信頼を取り戻す、ってわけにはいかないよな」


 僕の言葉に、イリスがうなずいた。


 冒険者ギルドの目的は、冒険者を守ること。


 それが集団で囲まれて脅されてる冒険者をほっといた上に、脅してた方のトップが罪に問われるようなことになったら、誰もギルドを信用しなくなるよね。


「あたしはもう、気にしてないんですけどねぇ。そのおかげで、マスターのものになれたですから」


「師匠のように器の大きい方ばかりとは限らないのですよ」


 イリスはラフィリアの手を握って、笑った。


「だけど、問題ではあるよな。冒険者ギルドが信用をなくしたってことは、登録する冒険者も減ったんじゃないか? 受注するクエストも」


 僕が言うと、イリスはうなずいて、


「はい。そのせいで、いくつか問題が発生しているのです……」


「今回みたいに、ガーゴイルや魔物が町を襲ったとき、すぐに動ける人間が減ったとか?」


「……さすがお兄ちゃん」


「元の世界でも、似たようなことはあったからね……」


 仕事を紹介するところが、ブラックな雇い主を黙認してると、当たり前だけど信用されなくなる。そうすると仕事を受けてくれる人が減る。クエストの受注にも交渉にも時間がかかる。雇用条件が嘘だったときに被害を受けるのは冒険者だから、当たり前なんだけど。


 でも、そのせいで今回の『ガーゴイル襲撃事件』のようなことがあったとき、すぐに討伐を引き受けてくれる冒険者がいなくなってしまった。それがイルガファ領主家の依頼でも、冒険者ギルドが正しく情報を伝えてるとは限らないから。


 そのせいで今回は正規兵が動くしかなかった──ってことなんだろうな、きっと。


「でも、正規兵は魔物の相手には慣れてない。それに重装備だから動きも遅い。また、ガーゴイルみたいに飛行能力や、高い移動能力を持った奴が来たら……」


「対応はできますが、領主家の守りが薄くなってしまうでしょう……」


「『ヴェール』の目的は『貴族にマジックアイテムを売りつけること』だったから問題なかったけど。仮に兵士を引きつけて、新領主さんに危害を加えようとする奴がいたときに対応できなくなる、ってことか」


「新領主のロイエルドには罪はないですからね。それに……今回のようにお兄ちゃんが巻き込まれることになったらと思うと、イリスは……」


 イリスは自分の肩を抱いて、かすかに震えてる。


「イリスさま。あのとき真っ青になっていたのですよぅ」


 ラフィリアは優しい目でイリスを見ながら、つぶやいた。


「『お兄ちゃんを戦いに出してしまいました。お兄ちゃんが連れ去られてしまいました。お兄ちゃんが……』って。とりあえず温かいミルクを飲んでいただいて、あたしがお風呂に入れて差し上げて、それで落ち着きましたけどねぇ。一時は、マスターに『意識共有・改』のメッセージを送ることもできない状態だったのですよぅ」


「し、師匠! それはお兄ちゃんに言わなくても……」


「マスターはあたしとイリスさまにとって、世界で一番大切な方なのです。もしものことがあったら……イリスさまは『海竜ケルカトル』に、周囲の被害を無視して、マスターの敵を滅ぼすようにお願いするつもりでしたし、あたしは『不運一掃』で幸運を限界まで上げて、マスターの敵と相打ちになる覚悟でしたよぅ」


「……ごめんな。心配させて」


 領主家に常駐してるイリスとラフィリアは、すぐには戦いには出られない。


 だから、他のみんなより、心配させちゃったみたいだ。


「同じことがあったら、巻き込まれないように気をつける。ごめんな」


 僕はイリスとラフィリアの頭をなでた。


 イリスはくすぐったそうに目を閉じて、ラフィリアは「この髪、絶対に洗わないです」って言ってる。いや、洗おうよ。そのあとでまたなでてあげるから。


「話を戻しますね。お兄ちゃん」


 イリスは僕の方に向き直って、


「とにかく、この町の冒険者ギルドは信用を取り戻す必要があるのです。今回の事件のように、お兄ちゃんに負担をかけなくてもすむように。だから『海竜の巫女』として協力することにしました……」


「それでイリスさまが『お使いクエスト』を受けることになったのですよぅ」


 イリスの言葉を、ラフィリアが引き継いだ。


「もちろん、正体を隠しておいて、ですねぇ。そしてクエストが終わったあとで、なんとびっくり『海竜の巫女』が、イルガファの冒険者ギルドのクエストを!」


「当ギルドは『海竜ケルカトル』の血を引く『海竜の巫女』も信頼しています。だから安心してお仕事を受けてくださいね──ってことか」


『海竜ケルカトル』はこの町の守り神。その血を引くイリスは、この町の重要人物だ。


 その彼女がクエストを受ければ、冒険者たちへのいいアピールになる。冒険者ギルドが信頼回復をするには、これが一番てっとり早いけど──。


「イリスのことだから、無条件で受けたわけじゃないよね?」


「……お兄ちゃんにはイリスの胸のうちなどお見通しなのですね」


 それはもちろん。


 イリスが「悪だくみ」してる時の表情は、だいたいわかるから。


「お兄ちゃんが以前お話していたような『ブラック』なお仕事は徹底的に排除するように約束させました。

 具体的には、仕事の内容・報酬はギルドが保証すること。師匠をいじめた『神命騎士団』のような組織とは、絶対に関わらないこと。破った場合はイリスが『二度と冒険者ギルドには関わりません』という布告を出すと宣言して、納得していただきました」


 ……徹底てっていしてるな。イリス。さすがだ。


「お兄ちゃんから見て、この条件はどうでしょう?」


「文句のつけようもないな」


「ありがとうございます」


 イリスは胸を押さえて、優しくほほえんだ。


「これで、イリスも安心してお仕事ができます。冒険者ギルドを立て直して……お兄ちゃんが戦わなくても済むように」


「で、クエストはいつから?」


「急な話なのですが、今日の午後からです。イルガファから徒歩で半日の村に行って、『新領主就任』の記念品を届けるだけの、簡単なお仕事だそうです」


「わかった。じゃあ僕も帰ったら準備するよ」


「え?」


「え?」


 イリスは不思議そうに首をかしげてる。僕も同じだ。


 ラフィリアは、口元を押さえて笑ってるけど。


「お兄ちゃん、もしかして……一緒に来てくださるのですか?」


「あれ? そういう話じゃなかったの?」


「そ、そんなわけありません! お兄ちゃんの手をわずらわせるなんて!」


 イリスはちっちゃな手で、椅子の肘掛けを叩いた。


「それに『誰にでもできる簡単なお仕事』なのですよ?」


「それ、かえって不安になるフレーズだよね……」


「領主家から護衛もつきます。師匠もついてきてくださいますし……」


「だって、イリスたちには、こないだ心配させちゃった借りがあるし」


「イリスと師匠は、お兄ちゃんの奴隷どれいです」


 イリスは細い指で、首を飾るチョーカーに触れた。


奴隷どれいがご主人様を心配するのは当然でしょう?」


「ご主人様が奴隷を心配するのも当然だろ?」


「むー」


「うーん」


「あれれ? これは願ってもないことじゃないのですか? イリスさま」


 ラフィリアは不思議なものを見るような顔で、イリスを見た。


「だって、いつも寝る前に枕の下に『いつか大きくなって、お兄ちゃんとクエストを受けたときにしていただくこと』を書いた羊皮紙ようひしが──」


「ひゅわあああああああんっ!?」


 あ、イリスが真っ赤になった。


 イリスはそのまま、ベッドにダイブ。枕の裏から羊皮紙を──って、何枚隠してるの? それはなにかの儀式なの? というか、どうして涙目で僕をにらみつけてるの?


「こ、これは架空のものであり、実際のイリスとは無関係です。そうなのです!」


「イリスさま。素直になるです」


 ラフィリアはイリスの肩に、ぽん、と手を置いた。


「マスターにも一緒にクエストに来ていただきたいのですよね? でも、旅行の邪魔をしたくないから、我慢してたですよね?」


「……う、うぅ」


「正直に言ったら、あたしが今度作る予定の『マスター抱き枕』をイリスさまに差し上げるですよぅ?」


「イリスはお兄ちゃんと一緒にクエストに行きたいです!」


 即決だった。素直でよろしい。


 ──でも、ラフィリアは一体なにを作る予定なの。ラフィリア、妙に絵心とセンスがあるんだよな。今度はなにを作り始めたんだろう……。


「行きたいです! ご一緒したいです! お兄ちゃんが危ないとき、一緒にいられなかった分だけずーっとくっついていたいです!!」


「わかった。じゃあ、僕も参加させてもらうね」


「……師匠。あとで覚えておいてくださいね」


「素直なのはいいことですよぅ。イリスさま」


 ラフィリアはおっきな胸を、むん、と張って。


「あたしなんか、マスターとおそろいの仮面を被って、イルガファご当地『変身ひーろー』になる夢を一切隠すつもりはないですから!」


「その夢はできるだけ隠しておいて」


「かっこいい仮面を設計中なんですけどねぇ」


 妙にセンスがいいから困るんだよ。ラフィリアは。


 ったく……僕がその気になったらどうするんだ。


「それでは、イリスの方も準備をしておきますね」


 なんだか額に汗を浮かべたイリスがそう宣言して、僕たちは一旦、解散。




 そんなわけで僕とイリスとラフィリアは、1泊2日の『お使いクエスト』に出かけることになったのだった。





────────────────────





「それじゃ行ってきます」


「い、行ってらっしゃいませ。ナギさま」


「あ、あぶないことがあったら、すぐに連絡するんだからねっ!」


 その日の正午、僕はセシルとリタに話をしてから、家を出た。


 セシルは真っ赤な顔で、ぴょん、とお辞儀をして、リタもつられたようにほっぺたを真っ赤にして見送ってくれた。セシルが照れてるのは──なんとなくわかる。


 ……照れくさいのはお互い様だから。


 リタも同じ感じなのは、なにがあったか察してるのかも。こっちを見るたび、獣耳がぴくぴく動いてるし。リタって、隠し事できないから。


「領主家さんが護衛の冒険者をつけてくれるらしいから、危険はないと思う」


 僕はリタの獣耳をなでながら、言った。


「明日には戻ってくる。そしたら『転移ポータル』の実験をするよ。準備してて」


「う、うん」


「はい。ナギさま!」


 リタはちょっと口ごもりながら、セシルは真っ赤な顔のまま、僕に向かって頭を下げた。


「……あ、あの、あのね。ナギ」


「どうしたの、リタ」


「今回の旅行も『社員旅行』なのよね?」


 リタがなぜか上目遣いで僕を見た。


 もちろん。今回の旅も『社員旅行』の続きのつもりだ。だから──


「そうだね。前回の旅行は途中で終わっちゃったから。今日からもう、有給休暇だよ」


「……わ、わかった。がんばる。前回とおんなじなら、私、もっとがんばるから」


 リタは拳を握りしめて、うなずいた。


「『ゆうきゅうきゅうか』なら、私が自分からがんばっても──」


「がんばらなくてもいいから。お休みなんだからさ」


「そうよね。お休みなのよね?」


 僕とリタは顔を見合わせた。


 リタの桜色の目が、まっすぐに僕を見てた。


 五秒くらいその状態が続いたかと思ったら、外で馬車の音がした。


 ラフィリアが呼びに来てくれたみたいだ。


 これからイリスと合流して、この町の近くにある村に向かうことになってる。


「じゃあ、あとは任せるよ」


「お帰りをお待ちしています!」「……早く帰って来てね……ご主人様」


 そうして僕はセシルとリタに手を振って、屋敷を離れたのだった。






────────────────────








「初めまして、ナタリアと申します」


 槍を手にした女性が、自己紹介してくれる。


 彼女は褐色の髪を短くまとめて、革の鎧にマントをつけてる。


 僕と一緒にイリスの護衛についてくれる、冒険者の人だ。


「旅の間、一緒に『海竜の巫女』さまをお守りすることになります。よろしくお願いします」


「ナタリアさまは正規兵隊長さんの娘さんだそうですよ」


 女性の言葉を、ラフィリアが補足してくれる。


「腕利きの槍使いで、武者修行のためにメテカルのダンジョンに行っていたそうです」


「あなた方の話は父から聞いています。『海竜の祭り』の時に、イリスさまをお助けした方々だと」


 ナタリアさんの口調が、少しだけやわらかくなる。


「あなたたちがどれほど『海竜の巫女』さまを大切に思っているのか、見届けさせていただきましょう」


「ご期待に添えるように願ってます」


 僕は言った。


「『海竜の巫女』さまは、僕にとっても大切な存在ですから」


「あたしにとってもですよぅ!」


 僕とラフィリアは顔を見合わせて、笑った。


 この場では「仲間」「家族」と言えないところがつらいけどね。




 僕たちがいるのは、港町イルガファ付近の街道。


 背後にはまだ、港町の城壁が見えてる。方向を間違うことはないはず。この街道を北東に進んでいけば、2時間くらいで、目的の村が見えてくるはずだ。


 僕とナタリアさんは、馬車の横に並んで歩いてる。


 馬車を操るのはラフィリアだ。御者スキルは領主家から支給されてる。馬はおなじみの『ピックル』と『ポックル』だから、僕たちの快適速度はわかってる。黙ってても、目的地に向かってくれるから楽々だ。


「故郷に戻ってすぐ、こんな重要任務を与えられたことに驚いております」


 ナタリアさんは僕を見て言った。


「ですが、引き受けたからには全力で勤めさせていただきます。『海竜の巫女』さまのお忍びでの旅をお守りするのが私の使命。その使命の重さ、あなたも理解してくださっているかと思いますが、いかがか?」


 ナタリアさんが槍を手に、鋭い目で僕を見た。


 まじめそうな人だった。


 イルガファの正規兵隊長の血縁だから、信頼はできそうだ。


 だったら、こっちも真剣に答えなきゃいけないな。


「『海竜の巫女』をお守りする任務の重さは、僕も充分わかっております。この旅の間、僕の忠誠は『海竜の巫女』イリス=ハフェウメアさまに捧げる覚悟。幼く美しい彼女を守るのは、冒険者のほまれと考えております」


「…………あわ。あわわわわわ」


 あれ?


 気がつくと、イリスが馬車の窓に顔を押しつけて、こっちを見てた。


 ほっぺたぴったり。鼻先ぺったりのがぶりつき状態だ。


「うむ。その忠誠。同じ冒険者として感じ入るものがある」


 ナタリアさんは槍の石突きで、ずん、と地面を叩いて、


「ならば。私と同じ言葉を唱和していただけないだろうか?」


「いいですけど。どんな?」


「もちろん、偉大なる『海竜の巫女』をお守りするという宣言だ」


「それはもちろん」


 僕はうなずく。


 今回は冒険者としてイリスの護衛をしてるんだから。


「では──『こほん。私は使命を果たし、海竜の巫女を無事にイルガファまで送り届ける』」


「僕は使命を果たし、海竜の巫女を無事にイルガファまで送り届ける」


「『私は道中、海竜の巫女をお守りする』」


「僕は道中、海竜の巫女をお守りする」


「『私はその間、尊敬する海竜の巫女をあがめ、指一本触れないことを約束する』』


「僕はその間、尊敬する海竜の巫女を崇め、指一本触れ──』」




「それはいけませええええ──────んっ!!」



 ばん、ばばん、ばんっ!


 気がつくとイリスが、馬車の窓を必死に叩いてた。


 ……指一本触れないのはやりすぎかな。もうちょっとゆるやかにしてみよう。


「僕はその間、尊敬する海竜の巫女をなでなでしな──」




 ばん、ばんっ、ばんばんばんばん!




「僕はその間、尊敬する海竜の巫女といちゃいちゃしなぃ──」




 どっかんばごんごんがががん!




 ……こぶしで窓を叩くのは止めなさい、イリス。壊れたらどうするの。


 馬が怯えてるから。こんなところで海竜の子孫の威厳いげんを発揮しなくていいから。


「護衛の方々に申し上げます。こほん」


 窓を開けて、イリスが大きく咳払い。


 それに合わせて、ラフィリアが馬車を止める。


「今回のクエストは、冒険者ギルドに信頼を取り戻すためのもの。これは協力してなしとげなければなりません。ゆえに、イリスも今は、ひとりの冒険者としてここにおります」


 イリスが声も高らかに宣言する。なんか目が泳いでるけど。


「で、ですので。身分の上下などはあんまり考えなくてもよいかと! イリスとお話したくなったら、どうぞご遠慮なく。ええ、まったく遠慮はいりませんとも。イリスがせっかく手に入れた機会をふいにするとは、なにを考えているのですかおにいちゃ──ではなく、とにかく仲良くしましょう! なかよく! とてもなかよく!!」


「おお、なんとお優しい!」


 ナタリアさんがひざまづく。


 僕も同じようにする。


「だから……そうではなく……」


(しょうがないだろ人前なんだから)


 僕はほんの少しだけ顔を上げて、イリスを見た。


 イリスはほっぺたを膨らませたけど、うなずいた。わかってくれたみたいだ。


「くわしいお話は夜になってからといたしましょう。じっくりたっぷりお話しましょう! 冒険者の方々のお話を聞く機会は、イリスにとってはうれしいものなのですから」


「そのお言葉、胸に刻んでおきます!」


 感動したようにナタリアさんが声をあげる。


 それからイリスが、ぶんっ、と首を動かして、僕を見た。


「そのお言葉、胸に刻んでおきます!」


 僕もナタリアさんに続いて、唱和する。


「ほんとですね絶対ですからね!」


 馬車の中でイリスは胸を反らして、納得したようにうなずいて、馬車の窓を閉じたのだった。






────────────────────





 旅は順調に続いた。


 移動時間は3時間弱。魔物との遭遇は一度だけ。


 馬を狙って巨大コウモリ──『ジャイアントバット (赤色・昼行性)』が現れただけ。ラフィリアが矢を斉射したら、3匹まとめて落ちていった。


 陸上の魔物が現れなかったのは、馬車の屋根に『スライム』を配置しておいたからだ。


 ラフィリアの使い魔『エルダースライム』と、小休止したときに湿地帯で見つけてきた『グリーンスライム』3体。まとめて魔剣レギィのスキル『液状生物支配スライムブリンガー』で交渉して、護衛代わりに雇っておいた。もちろん、ナタリアさんにはないしょだ。


 合計4体のスライムには、馬車の屋根の上に隠れててもらうことにした。魔物っぽい影が見えたら4体合体して身体を起こして、『がをー』って感じで威嚇いかくするように頼んだんだ。


「なるほど……スライムには物理攻撃が聞きにくいですからねぇ」


「それに魔物は、自分より大きな敵には近づかないものでしょうから」


 僕の作戦を聞いたラフィリアとイリスも、賛成してくれた。こっそりだけど。


 それがうまくいったのか、巨大コウモリ以外の魔物は現れなかった。よかった。


 もちろん『グリーンスライム』たちには報酬として干し肉をあげてある。


 村に着く前にさよならしたけど『用があったらまた声をかけてくれ!』と(レギィを通して)言われた。スライムにも旅好きはいるらしい。


『旅好きスライム』の見分け方を教えてもらったから、帰りも探してみよう。






────────────────────






 そんなわけで日暮れ前に、僕たちは無事に目的の村に着いた。


 イリスは無事に新領主さんからの贈り物を村長さんに渡して「これからもよろしく」と挨拶あいさつ。その後、僕たちは用意してもらった宿で休むことにした。


 そしてその後、僕はイリスに「冒険者さんのお話を聞かせてください」って部屋に呼び出されたんだけど──







「お茶をれましたよー」


「ありがと、ラフィリア」


「いただきます。師匠」


 夕暮れ時。


 僕たちは部屋のベッドに並んで座り、お茶を飲んてた。


「「「ふぅー」」」


 それから3人そろって、ほっ、と息をつく。


「ラフィリア、お茶淹れるの上手うまくなったね」


「暇なとき、アイネさまにご指導していただいているです。領主家にいるときは、料理長さんに」


「師匠はメイドや厨房の方々と、すぐに仲良くなってしまうのですよ」


「情報収集も兼ねてますです。領主家でなにが起こってるか、現場の皆さんが一番よく知ってるですから」


 ラフィリアは僕の肩にエルフ耳をくっつけて、うなずいた。


 3人並んで座ってると、いつものくつろぎモードに早変わり。こうしてると、家にいるときとほとんど変わらない。イリスは嬉しそうに細い足をぱたぱたさせてるし、ラフィリアも肩の力をゆるめてる。


 一緒に来てよかった。


「そういえば、旅に出たアイネさまとレティシアさま、カトラスさまは大丈夫ですか?」


 おかわりのお茶を淹れながら、ラフィリアは言った。


「うん。無事に『シャルカの町』に着いたって『メッセージ』があったよ」


 僕はウィンドウを呼び出して、アイネから届いたメッセージを再確認。たいしたこともなく、3人は翼の町『シャルカ』に着いたそうだ。


 ただ、気になることがひとつ書いてあった。


 3人は途中で、魔物に襲われてた冒険者を助けた。


 そのときに「森に住む亜人デミヒューマンたちの争いが起きてる」って話を聞いたらしい。その争いのせいで森に住む魔物たちが、街道に出てきてる──って。


 森に住む亜人といえば、エルフや獣人が代表格。そのあたりはリタにメッセージを送って、冒険者ギルドで情報を集めてもらってる。


 今のところは特になし。


 イルガファの冒険者ギルドは、すっかり信用をなくしてるから、情報も入ってこなくなってるそうだ。だから今回、イリスがクエストを受けることになったわけだけど。


「亜人同士の争い、ですか……気になりますね」


「港町に影響はありそう?」


「小規模ですが、彼らとの取引はあります。木の実や果実、その種や苗などですね。経済的な影響は少ないかと」


「戻ったら情報収集してみよう。商人ギルドなら詳しい情報がつかめるかもしれない」


「わかりました。イリスの方で動いてみます」


「もー。おふたりとも……旅先まで難しいお話はだめですよぅ?」


 ラフィリアが僕の隣に座り直す。


 それから、ぽふ、と、僕の肩に頭を乗せた。


「今のあたしたちは『冒険者ギルド』の依頼をうけた、ただの冒険者なのです。それに、マスターは『有給休暇』をくださったのです。マスターの命令は絶対なのですから、あたしとイリスさまは、お仕事してないときはのんびりしなければいけないのです」


「……イリスは、師匠のそういうところが大好きです」


 イリスは笑って、ラフィリアと同じように、僕の肩に小さな頭を乗せた。


 あの……この体勢だと、僕は身動きできないんだけど?


「世界のことは、ほんのちょっぴり手助けするだけ、でしょう?」


「無茶しないでのんびりが、あたしたちのパーティのやり方なのですぅ」


「そう言ったのはお兄ちゃんでしょう? イリスたち、命令はお守りいたします」


「あたしたちは、お兄ちゃんの忠実な奴隷なのですぅ」


「「ですよねーっ」」


 声を合わせるイリスとラフィリア。


 しょうがないか。


 ふたりには『ヴェール』の事件で心配させちゃったし。もうしばらくはこのままで。




 ──と、思ってたら。




 こん、こここん。


「イリスさま、少しよろしいですか?」


 ノックの音と、ナタリアさんの声がした。


 僕とイリスとラフィリアは顔を合わせてうなずきあう。


「「「……偽装作戦開始ぎそうさくせんかいし」」」


「……フォーメーションC。冒険者的報告ヴァージョンで! アレンジは自由に!」


「……イリスにアイディアがあります!」


「……了解なのですぅ! すぐに応対いたしますです!」


 ささっ。さささっ。


 そして僕たちは体勢を入れ替えて──








「異常はありませんか……って、なにをなさっているのです?」


 部屋に入ってきたナタリアさんは、目を丸くしてる。


 うん……そうなるよね。


 僕たちが取ったフォーメーションは、イリスと僕たちが家族をやってるとき、誰かが入ってきたらごまかすためのもの。


 フォーメーションCは、僕がイリスの前にひざまづいて、冒険者として報告をする、という体勢だ。ラフィリアはその隣で、イリスの代わりに僕をねぎらうことになる。


 でも、毎回同じだと怪しまれるから、色々アレンジを加えてる。


 そして今回のアレンジは──くつろぎバージョン、なんだけど……


「どうかなさいましたか? ナタリアさま……んっ」


「いえ、あの……その」


 ナタリアさんはイリスを見て、その隣にいる僕を見て、ラフィリアを見て──


「どうして冒険者のナギさまとイリスさまが、一緒に桶に足を突っ込んでらっしゃるのでしょうか?」


「旅の疲れを癒やして差し上げようかと」


 僕は言った。


 ちなみにラフィリアは、お茶を入れるためのお湯を桶に移したあと、僕たちの隣に控えてる。ナタリアさんが立ち去ったあとは、イリスと交代することになってるけど。


「自分は東方の生まれで、もむと足の疲れが取れる場所を存じているのでー」


 棒読みで僕は言った。


 これはイリスの発案だけど……他にもっといいごまかし方はなかったの?


「こうやって足の指でイリスさまの足を刺激することで、旅の疲れをやすことができるのです」


 そう言って僕は、桶の中でイリスのちっちゃい足に、足の指で触れた。


 親指で足の裏を押し上げると、ぷに、って押し返してくる。


 イリスは「はぅ」って声をあげる。ぱしゃぱしゃとお湯を跳ねながら、気持ちよさそうにしてる。元の世界で立ち仕事してたときに、かちかちになった足をほぐす方法をネットで調べたことがある。それが役に立ったみたいだ。


 あとは、もうちょっと細かくツボを刺激して、と。


「ちょ……おにぃ……ナギさま。足の指の間は……よわ……んっ」


 イリスはぽーっとなってたけど、ナタリアさんの視線に気づいて、


「そ、それで、異常とは? 村でなにかあったのでしょうか?」


「は、はい。それなのですが」


 ナタリアさんは目を伏せた。


 目の前の光景は見てないことにしたみたい。優秀だ。


「村に侵入者が現れたそうです。それで、異常はないかと村長から問い合わせがありまして」


「侵入者?」


「はい。夕暮れですし、村の者も影しか見ていないのですが……」


 ナタリアさんは聞かれることを恐れているように、声をひそめて。


「『イルガファからの使者の宿は』──と、聞いてきたそうです」


「イルガファからの使者……まさか、刺客ですか?」


 僕が言うと、ナタリアさんは首を横に振って、


「話がしたい、と。それだけです。念のため私が宿の周りを警護いたします。ナギどのも……」


「わかりました」


 僕は桶から足を抜いた。


 イリスは不満そうな顔してたけど、お仕事だからね。


 残りの足のツボはラフィリアに任せよう。


「……気をつけてくださいね……お兄ちゃん」


「……なにかあったら呼んでくださいなのです……マスター」


 小さな声でイリスとラフィリアがつぶやく。


 僕はふたりにうなずいて、部屋を出た。


 イリスのこの旅は、お忍びだ。馬車にイリスが乗ってることは、冒険者ギルドしか知らない。せっかく信用を取り戻そうとしてるのに、ギルドが情報を漏らすとは思えない。


 ということは、相手はこっちがイリスだと知らずに、ただ単純に、イルガファからの使者に接触しにきたことになる。


「アイネたちが戦った魔物と、関係があるのかな……」


 調べてみよう。


 僕たちが関わるべきものじゃなければ、それでいい。


 そうじゃなかったら…………。


 …………まぁ、あとで考えればいいか。


 僕は部屋に戻り、魔剣のレギィと一緒に見回りに出かけることにしたのだった。






──────────────────



今回使用した隠し技

『スライム召喚合体威嚇いかくコンビネーション』


魔剣レギィのスキル『液状生物支配スライム・ブリンガー』でグリーンスライムと交渉して編み出した防御技。

馬車の屋根にこっそり数体のスライムを潜ませておいて、他の魔物が近づいたら合体。盛り上がってうねうねしておどかす、というもの。


動物や魔物は、自分より大きい生き物を警戒する習性があるため、合体スライムでの威嚇はかなり効果的。それを馬車の屋根の上でするので、同行している人たちには気づかれにくい、というメリットがある。


もちろん馬もびっくりするので、気心の知れた馬か、話ができる馬じゃないとかえって危ない。

今回、馬車馬をつとめている2頭は前の旅でも一緒だったので「おぉ。また彼らが新しい技を!」「この方たちについていけば安全ですなぁ!」くらいにしか思ってない。

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