第154話「番外編その14『ナギとイリスとラフィリアの、こっそりチートな護衛旅(中編)』」

「それでは見回りをはじめましょう」


 ナタリアさんは言った。


 今、僕たちはそれぞれの武器を手に、宿の外へ出たところだ。


 月が出てるせいか、外は意外と明るい。僕たちがこれから見回るのは宿のまわりだけど、そこだけが薄暗い。小さな林があって、木々が影を落としてるからだ。


 林は村人がたきぎや木の実を集めるためのものだそうだ。意外と広くて、秋にはキノコも採れるらしい。素早く旅人を歓迎するためのものだって聞いてるけど、セキュリティ的にはいまいちかな。


 林の中から鳥の声がする。


 このあたりに棲息する『夜鳴き鳥』の声だ。夜行性の賢い鳥だって、宿の人は言ってたっけ。


 ナタリアさんの報告にあった『侵入者』は、まだ見つかってない。


 いるとしたら林の中か、家のまわりの物陰だろう。


 でも、僕たちの仕事はイリスの護衛。だから、とりあえずは宿の周りだけを警戒すればOKだ。


 そんなわけで──


「ソウマ=ナギさんは宿のまわりを右回りに、私は左回りに見回る、というのはどうですか?」


 槍を手に、ナタリアさんは言った。


「宿のまわりを半周ずつ、ってことですね」


 僕は答える。


「そうです。なにかあったら大声を出してください。すぐに駆けつけますので」


「わかりました」


「林には野生動物も出ますから、刺激しないように……ところで、さっきから気になっていたのですが」


「なんでしょうか」


「腰にげた、その革袋はなんですか?」


「おやつです」


 僕はナタリアさんにわかるように、革袋を掲げた。


 村の人たち、イルガファ領主家からの贈り物に感動したみたいで、僕やラフィリアにまで食事とおやつを届けてくれたんだ。ちなみに中身は堅焼きのビスケットだ。


「せっかくだから活用しようと思って」


「むむむ……」


 ナタリアさんは少しつり上がった目で、じっと僕を見つめてから、


「……まぁ、いいでしょう」


 渋い顔でうなずいた。


「戦闘にも移動にも体力を使います。栄養補給のことを考えるのは、間違いではありませんからね。ただ、仕事は真面目にお願いします」


「わかりました」


 もっとも、このお菓子は自分用ってわけじゃないんだけど。


「それでは、気を引き締めて参りましょう。『美しき巫女』のために!」


「『美しき巫女』のために!」


「────っ!!」


 ばんばんばんばんっ!


 宿の方からベッドを手のひらで叩くような音がしたけど──とりあえずおいといて。


 そして、僕とナタリアさんは左右に分かれて歩き出したのだった。








「レギィ。侵入者って誰だと思う?」


『わからぬが、少なくともちびっこ巫女娘狙いではあるまいよ』


 僕の肩で、フィギュアサイズのレギィが答えた。


 見回りするなら、目がたくさんあった方がいい。


 だからレギィにも(ちっちゃな)人型になってもらって、一緒に見回りをすることにした。


「イリス狙いじゃないってのは僕も賛成かな。今回はイリスの存在は明かしてない、お忍びのクエストだからね」


『主さまの予想は?』


「わからない。でも、仮に商売関係の話なら隠れる必要はないよな。だから、なにか表に出せないような、イルガファの町そのものへの頼み事があるって考えた方がいいかもしれないな」


『一理あるのぅ』


「だけど、そんな大切な話なら、ただの冒険者の僕が聞くわけにはいかない」


 僕はレギィの頭をでて、言った。


「だから、侵入者は僕よりナタリアさんに見つけてもらった方がいいよね。彼女は正規兵の隊長さんの子どもで、まじめな冒険者さんなんだから、成果を上げてもらった方が。僕は彼女に対処できなかったら手を貸す方向で行こうと思う」


『主さま』


「うん?」


『いつものことだが、欲がないのぅ』


「欲って?」


『手柄は欲しくないのか? 侵入者を捕まえれば、あの護衛娘ごえいむすめにもでかい顔ができるのではないか?』


「それで時間を取られたら、旅行に行くのが遅くなるだろ?」


 明日には帰る、って、セシルとリタには言ってある。


 アイネとレティシアとカトラスも『転移ポータル』の準備をして待っててくれる。


 ご主人様が、みんなとの約束を破るわけにはいかないよな。


「あっさり終わりそうな話ならいいけど……あんまり時間を取られたくないんだ。『天竜の加護』のことを、デリリラさんにも報告にいかなきゃだから』


『ヒュドラ退治のとき、あの「さびしんぼ聖女」も関わっておったからな』


「そういうこと。それと前回の旅行では、レギィともあんまり遊べなかったからね」


『……ふふ』


 僕の肩にしがみついて、フィギュアサイズのレギィが笑う。


『そういうことなら、われも協力せねばなるまいよ』


「じゃあ、見回りを続けようか」


『了解じゃ』


 僕たちがいるのは宿の周囲、3分の1を歩いたくらい。


 まわりでは『夜鳴き鳥』が鳴いてる。「ホーロッホッホー」って、不思議な鳴き声だ。


 林の中には同じ鳥がたくさんいるらしい。姿は見えないけど灰色の、夜行性の鳥だ。旅をするといろいろなものに出くわすな。まだまだこの世界は知らないことがいっぱいだ。


「じゃあ、作戦開始だ」


 僕は腰に提げた革袋に手を伸ばした。


 もうすぐ雑木林に入る。作戦の準備をしておかないと。


「上手く行くといいけどな」


『勝算は?』


「7割かな。失敗してもどうってことないから気楽だよ」


 僕とレギィは顔を見合わせて「「しーっ」」って、唇に指を当てる。


 それから忍び足で、見回りついでの作戦を開始することにしたのだった。













──ナタリアさん視点──




「ソウマ=ナギさん……奇妙な冒険者もいたものですね……」


 月明かりの下で、ナタリアはつぶやいた。


 油断なく左右を見回しながら、ゆっくりと足を進める。


「信頼は……できるのでしょうね。『海竜の巫女』さまのご様子を見ると」


 ナタリアは、さっき見た光景を思い出していた。


 冒険者と依頼主であるイリス=ハフェウメアが、同じ桶に足を突っ込んでいたのだ。


 イリス=ハフェウメアはゆったりとくつろいでいて、まるで自宅のお布団にでもくるまっているかのようだった。ナタリアはあんな冒険者を見たことがない。仕事中なのに──気を引き締めなければいけないのに、思い出すと吹き出しそうになる。


「いけないいけない。今は仕事中です。冒険者は、成果をあげるのが第一なのですから」


 ソウマ=ナギさんを否定するつもりはない。けれど、評価もしない。


 彼が実戦でどれくらい役に立つかはわからない。ソウマ=ナギなんて名前は、どこの冒険者ギルドでも聞いたことがないのだから。駆け出しか、あるいは名前が残るほどのものでもないのか、どちらかだろう。


 だから、当てにしすぎてはいけない。彼はもしかしたら、『海竜の巫女』を安心させるためだけに雇われたのかもしれない。だったら、巫女を守るのはナタリアの仕事だ。気合いを入れなければ。


 ナタリアは、ぱんぱん、と、自分の頬を叩いた。


「そういえば父は……お前はまじめすぎる、と言ったのでしたか……」


 ナタリアの父は港町イルガファの正規兵、その部隊長をやっている。


 堅物で、冒険者を低く見る癖があった父だが、久しぶりに会ったらすっかり丸くなっていた。


 なにやら『海竜の祭り』の間に、魔物を干からびさせる冒険者や、拠点の城を極大魔法で吹き飛ばす冒険者に出会ったらしい。「この『海竜のお面』を被るとパワーアップするのだ!」といって、お祭りのときに使うお面を、食事中も頭につけてたっけ。


 とりあえずよく眠って、休暇を取るように勧めておいたけれど。


「父も疲れがたまっているのかしれません。私が、がんばらないと。このクエストを成功させて、港町イルガファの冒険者ギルドを立て直すのです。町を守る、立派な冒険者になるためにも」


 思わず槍を握る手に力がこもるナタリアだった。


 それにしても……静かだった。


 さっきはうるさいくらいだった『夜鳴き鳥』の声が聞こえなくなっている。


 夜行性の鳥とはいっても、そろそろねぐらに帰ったのだろうか。




 ──ホーロッホッホー。




 ナタリアがそんなことを考えたとき──鳴き声が聞こえた。


 彼女がふと、声のした方を向くと──




 ささっ。




 雑木林の間を、黒い影が走るのが見えた。


「……侵入者か!?」


 ナタリアは走り出す。


 影は林の奥に向かっている。速い。林の中をジグザグに走っている。


 林の中は、かすかに月が照らすだけの薄闇。


 黒い影は木々の隙間に入り込み、そして、見えなくなる。


「……見失った」




 ──ホーロホッホー!




 ナタリアが肩を落としたとき、再び、夜鳴き鳥の声がした。


 声がした方向を見ると──いた。


 黒い影がまた、動いてる。


 ナタリアは再び走り出す。相手は港町イルガファの使節との接触を狙っている。だから、宿のまわりをうろついているのだろう。ナタリアをやり過ごし、隙を見て宿に侵入するつもりか。


 だが、そうはいかない。相手の居場所はわかっている。


 なぜか侵入者の位置を、『夜鳴き鳥』の声が教えてくれている。


「なんという幸運」


 全力で走りながらナタリアは、頬がゆるむのを抑えられなかった。


「やっぱり、日頃の行いがいいからだな! がんばってる私へのごほうびだな!」




 ──ホーッ! ホホーッ!




 ナタリアが腕を振り上げて叫ぶと、たしなめるような鋭い声がした。


「え? 違うの?」




 ──ホー。




「私の雇い主を守るため?」




 ──ホホ−ッ!



「……これも違う。誰かに頼まれた、とか?」




 ──ホッホー。



「なるほど。頼まれたのか……って。私は誰と話しているのだ!?」


 姿の見えない『夜鳴き鳥』


 それと会話が通じたような気がして、ナタリアは慌てて頭を振る。


 恥ずかしい。


 鳥と意思を通じ合わせるスキルなんか聞いたことがない。


 ということは、やはりこれは偶然だろう。村中の『夜鳴き鳥』が侵入者の位置を教えてくれていることも。ナタリアがそれを見失いそうになるたびに、鳴いて注意してくれることも。


 おそらく『夜鳴き鳥』も、侵入者に対して怒っているのだ。そうに違いない。


「いずれにせよ感謝します。あとでぜひお礼を!」




 ──ホホーッ!




「いらない? もしかして、お礼はもうもらっているとか?」




 ──ホー。




「……なるほど……って、だからどうして私は鳥と話をしているのですか!?」


 思わず自分に突っ込みながら、ナタリアは走り続ける。


 侵入者との距離が縮まる。その影が、はっきり見えるようになる。


 小さい。


 大人──ではない。髪が短い。大きな帽子で頭を隠してる。手足が細い。子どもだろうか。


(……なんだ。子どもか)


 ナタリアは胸をなでおろした。


 侵入者なんておおげさな。子どもが迷い込んだだけだったのだ。


 たったら安心だ。


 こう見えてもナタリアは子ども好きで、身寄りのない子どもの面倒を見る『養育院』の手伝いをしたこともあるのだ。


「待ちなさい! お姉さん恐いことしないから!!」


「ひぃっ!」


「なんで怖がるの!?」


 振り返って声をあげた小さな影に、ナタリアは思わす額を押さえた。


『ナタリアはまじめすぎる』ってよく言われる。


 正規兵の父親に育てられたせいで、ずっと『成果第一主義』だったからだろうか。いつも気合いを入れすぎて、表情が硬くなるくせがあるのだ。仲間の冒険者からも「ナタリアは美人だけど近寄りがたい」──って、よく言われていた。『氷の成果姫』なんて異名を付けられたこともある。


『養育院』の手伝いをしていたときもそうだった。小さな子どもは弱くてもろい。だから『一瞬も目を離すまい!』って感じで子どもたちを見つめていたら、逆に怯えさせてしまった。泣きだした子どももいたくらいだ。


 だけど……まさかこんなときにまで……。


「待って! おねえさんこわくない。なにもしないからああああああっ!」


 緊張のあまり、ついつい声まで裏返ってる。


 ……地元に戻ればリラックスして、少しは優しくなれると思ったのに……。


『海竜の巫女には指一本触れない』なんて言ってしまったのは、怖がらせてしまうことへの怯えからだ。


「……もしかして、私はあのソウマ=ナギさんがうらやましかったのか?」


 ナタリアは不意に、そのことに気づいた。


 自分にはできないことだ。あんなに海竜の巫女さまを安心させてしまうなんて……。


「だったら私は、自分にできることをするだけです!」


 ナタリアは顔を上げ、侵入者の子どもに向かって叫ぶ。


「逃げないで!! あなたが侵入者でもだいじょうぶだから! お姉さん、痛くしないから────っ!!」


 遠目でもわかるように、ぶんぶん、と、めいっぱい腕を振る。


 その手に──極太ごくぶとな刃がついた、槍を握ったまま。


「ひいっ!」


 前方を走る影が、硬直して──つまづいた。


 ナタリアは走りながら頭を抱える。まずい。


 ここまで近づけばわかる。侵入者は、間違いなく子どもだ。


 怪我をさせたらどうしよう。子ども好きな自分が。特にちっちゃな男の子が大好きな自分が、子どもをひどい目に遭わせるなんて──




 むにょん




「え?」


 侵入者が地面に倒れようとしたとき、真横から、青いものが飛び出した。


 スライムだった。


 それが、大きく膨らんで子どもの身体を受け止める。スライムはそのまま触手のように身体を伸ばして、子どもを地面に座らせる。


 同時に、木の上から降りてきた灰色の鳥が、そのスライムを足でつかむ。そして速やかに飛び去っていく。まるで、測ったかのような連携プレーだ。


「スライムを追いかけ──いえ、子どもを──いえ、スライムを……?」


 ナタリアの目が点になった。


「え? あれ? なにあれ? え? なにが起こってるの……?」


「さすがナタリアさん! 侵入者を捕まえたんですねー」


 不意にナタリアの背後から、声がした。


 振り返ると、不思議冒険者ソウマ=ナギが、木々の間に立っていた。


「お見事ですナタリアさん。村人がてこずったものを、あっさりとつかまえるなんて」


 ──ホッホー!


 ──ホーッホホー!


 ──ホホホーッ!


 なんで棒読みなの?


 なんで『夜鳴き鳥』が同意してるの!?


 なんで「終わった終わった」って感じで、鳥が一斉に飛び立ってるの!?


「侵入者って、一体誰だったんですか?」


「うかつに近づいてはいけません! その子をこわがらせてしまいます!」


「そうですか、子ども……ですか」


「……うぅ」


 ナタリアは立ち尽くしていた。


 彼女が追いかけていた影は、きょとん、と地面に座り込んでいる。相手は薄緑色の髪に、黄色がかった瞳の子どもだった。髪は短いから男の子だろう。


 ソウマ=ナギさんは無造作に子どもに近づいていく。


 いつの間にか雑木林にはもうひとり、ピンク色の髪のエルフ少女、ラフィリア=グレイスが立っている。ソウマ=ナギさんが呼んだのだろう。ラフィリア=グレイスさんはおだやかにほほえみながら、子どもの侵入者に近づいていく。


 確かに、子どもを落ち着かせるには、幼い感じの少女の方がいいかもしれない。


 でも、まるで侵入者が子どもであることがわかっていたかのような手早さだ。


 ナタリアは思わず首をかしげるが。夜のせいで妙に現実感がない。月明かりの下、青白い夜の中では、どんなことがあってもおかしくないような気がする。


「ナタリアさんも、来てください」


 気づくと、ソウマ=ナギさんが彼女を手招きしていた。


「この子は──いろんな意味で迷子みたいです。イルガファの使節である僕たちに、お願い事があるそうです」











──ナギ視点──






「ありがと『夜泣き鳥』さん。助かったよ」


 雑木林の向こうに飛んでいく『夜鳴き鳥』たちに、僕とレギィは手を振った。


 僕が『生命交渉フード・ネゴシエーション』で話しかけた鳥たちは、一羽につきビスケット半分で「侵入者捜し」を手伝ってくれた。


『生命交渉』は食べ物を通貨にして、色々な生き物と意志を通じ合わせることのできるスキルだ。侵入者を捜すなら、地元の生き物に手伝ってもらった方がいいと思って、見張りの途中で『夜鳴き鳥』と交渉することにしたんだ。


 依頼したのは「『夜鳴き鳥』のナワバリに進入した者の位置を教えてもらうこと。いざというときに脱出の手助けをしてもらうこと。それだけ。お互い、危ないことはしない、ってことにした。


 この村に住む『夜鳴き鳥』はほとんどが同じ家族で、意外とあっさり話がまとまった。


『夜鳴き鳥』は夜目が利く。


 だから侵入者が『子どもっぽいなにか』だということも、すぐにわかった。


 相手と話がしやすいようにラフィリアを呼んで、あとはナタリアさんの手柄になるように、僕たちは後ろでサポートすることにしたんだ。


 転んだ子どもを受け止めたのは、もちろんラフィリアの『エルダースライム』だ。


「マスター……スライムの『えるだちゃん』が言うには、あの子どもは……」


「わかってる。とりあえず話を聞いてみようよ」


 僕とラフィリアは、子どもの元に向かった。


 ナタリアさんは距離を取ってる。さすがだ。


 相手は侵入者だから、一応、警戒しておかないと、ってことだろうな。やっぱり、一流の冒険者はすごいな。


「名前を聞いてもいいですかぁ?」


 ラフィリアはしゃがんで、座り込んでる子どもと目線を合わせた。


「あたしはイルガファの使節の護衛ですよぅ? ご用があるんですよね?」


「名前……?」


 子どもはびっくりしたように目を見開いて、それから、ゆっくりと口を開いた。


「ぼく……マルク」


「マルクさんですかぁ。マスターの次にいい名前ですねぇ」


 ラフィリアは子ども──マルクに向かって、優しく笑いかける。


 マルクは、少しだけ驚いたようだけど、くすぐったそうな顔で笑い返した。


「…………ごくり」


「ナタリアさん?」


「い、いえ。私はここで。子どもがおびえるといけませんので!」


 ナタリアさんは近くの木に寄りかかったまま、近づいてこようとしない。


 僕は念のため、警戒態勢を取ってる。状況は逐一ちくいち意識共有マインドリンケージ・改』でリタにも伝えてる。


 相手が武器を持ってるかどうかとか──僕じゃわからないことも、リタならわかるから。


「あなたは、村の子どもさんですか?」


「……ううん」


 ラフィリアの問いに、マルクは首を横に振った。


「それではあなたは、イルガファの使節に用があるという『侵入者』さんですか?」


「は、はいっ」


 子どもは背筋を伸ばして答えて、それから、


「め、めいわくをかけて、ご、ごめんなさい」


「謝ることはないですよー。あたしが、イルガファの使節のひとりです」


 やっぱり、ラフィリアはすごいな。


 相手の警戒心を溶かすみたいに、ほわほわな表情で、優しく問いかけてる。


「それで、マルクさんは、イルガファの使節にどんなご用事なのですかぁ?」


「聞いて……くれるんですか?」


「はいぃ。一生懸命会いに来てくれたんですよね? 聞きますよぅ」


「……今まで誰も聞いてくれなかったのに」


 エルフの子ども、マルクは少しうつむいて、つぶやいた。




「実は、ぼくはもう死んでるんですけど」


「はい。知ってます。ゴーストさんですよねぇ?」





「そうなんですか!?」


 僕の後ろで、ナタリアさんが声を上げた。


 それを聞いた小さなマルクが、びくり、と肩を震わせる。


 ナタリアさんが「……やってしまった」って、木の幹に額をこすりつける。なにしてるんですかナタリアさん。


「イルガファの使節をなめてはいけないのです。いくつかのことから、すでに気づいていたのです。

 まずあなたは、子どもにしては移動速度が速すぎました。『スーパーすごうで冒険者』のナタリアさんが追いつけないなんて、ありえないです。

 それに鳥さんたちも言ってました。普通の人間とは、気配が違うって。

 あと、あたしの家族にはそういうもののプロがいますので、あなたが生きてるかどうかくらいはわかりますよぅ。あなたが良いものか、悪いものかも」


「……すごい。さすが『海竜ケルカトル』の巫女さまの町……」


 ゴーストの子どもは、驚いたように口を押さえた。


 その写真を撮ってリタに送ると、すぐに返信が帰ってくる。リタの分析によると、目の前の子どもゴースト、マルクには敵意も害意もない。いわゆる成仏できなかった「迷える魂」らしい。


 それは、彼と接触した村人も、ラフィリアの『エルダースライム』もダメージを受けなかった。ゴーストは生者からエナジードレインできるのに、それをしなかったことからもわかるそうだ。


 ちなみに『エルダースライム』があの子を受け止められたのは、ラフィリアの魔力で起動する魔法生物だから。でも、触れた感覚でゴーストだってわかったそうだ。


 触れても害がないってことは、その子は、なにか心残りがあってメッセージを伝えたがってるんじゃないか、って、リタは言ってた。『神聖力』を操るリタは、ゴースト退治のエキスパートだから、その判断は信用できる。


 でもそのあと、『やっぱり心配だから今すぐ「完全獣化ビーストモード」で駆けつけるから。そしてナギにごほうびを──って、今のなしっ。そんなこと考えてないから……じゃなくて、それもなし。ああもう、ナギに会いたい……じゃなくてああああああああ』って、キーボード押しっぱなしにしたみたいなメッセージが届いたのが心配だったけど。


 リタを安心させるためにも、早いとこ話を済ませよう。


「ラフィリア、もう一度ゴーストさんに『伝えたいこと』を聞いてみて」


「はい。マスター」


 ラフィリアは優しい目で、ゴーストのマルクを見つめた。


「あなたの『伝えたいこと』を聞かせてください」


「……本当に、聞いてくれるの?」


「誰にも『伝えたいこと』が言えないのはさびしいですよね?」


 ラフィリアは胸を押さえて、告げた。


「あたしも、迷子のようなものでしたから、わかります。あたしはマスターやみなさんに出会って、やっと悩みを伝えることができたです。だから、同じ悩みを持つ人が困っているなら助けたいのですよぅ」


「……ありがとう……」


 ゴーストのマルクは、ラフィリアを見て、やわらかく微笑んだ。


「すばらしい方です……ラフィリア=グレイスさん……」


 ナタリアさんが感動してる。


 僕も同じだ。ゴーストの心を開いちゃうなんて、すごいよ、ラフィリア。


「それに、子どもさんの悩みを聞くことは、あたしに子どもができたときの練習になるかもしれないですぅっ!」


 ラフィリアは空に向かって拳を突き上げた。


 だいなしだった。


「あたしには……その……人前では恥ずかしくて言えないですけど、大好きな人がいるですよ。その方の家族として、一緒に子どもを育てるのが夢だったりするです。もちろん、自分の子どもとは限らないですよ? 他のお仲間の子どもかもしれないです。でもですね、そんなの、あたしには関係ないです。マスターの血を引いてるなら、あたしにとっては誰だって家族です。ですから──」


 ラフィリアは、ゴーストのマルクさんの目をのぞき込んだ。


「ここであなたの悩みを聞くのも、なにかのご縁だと思うのです。子どものわがままを受け止める母性を、あたしは身につけたいのですぅ! だから、どうぞ遠慮なく聞かせてくださいぃ!!」


「は、はいっ」


「すばらしい方です……ラフィリア=グレイスさん……」


 ナタリアさん……そこ感動するとこ?


 僕だってびっくりだ。ゴーストが気圧されてる。すごいよ……ラフィリア」


「…………家族のお墓が、荒らされてたの」


 しばらく間をおいてから、ゴーストのマルクさんは言った。


 恥ずかしそうに帽子で頭を隠して、なにかを思い出そうとするように。


「ずっと眠っていたんだけど、この前、まわりが騒がしくて、起きたら、お母さんのことを思い出したの」


 話によると、ゴーストのマルクさんは、ずっと眠っていたらしい。


 でも、この前、街道の方でゴーストの大量発生があって、その影響で目を覚ましたそうだ。


 その後で、自分が家族の遺品を探していたことを思い出した。


 それがある場所に向かったんだけど……魔物が、墓所のあった場所を荒らしてしまっていたそうだ。


「だから港町イルガファの人を探してお願いしようと思ったの。『海竜ケルカトル』の力で、あのふちに潜む魔物を倒して、って」


「話はわかりました」


 ラフィリアはうなずいた。


「でも『海竜ケルカトル』さんは、海を守る神様ですよぅ? 淵や川は……」


「その淵は海と繋がってて、満潮になると海水が上がってくるの。しょっぱいよ?」


「……しょっぱいから海の一部で、だから『海竜ケルカトル』の管理下にあるはず、ってこと?」


 僕の言葉に、ゴーストのマルク少年はうなずいた。


「なんとかしてあげてもいいですか? マスター」


 ラフィリアが僕の方を見た。


「イリスさまとさっきお話したのです。小さな子どものお願いなら、聞いてあげましょう、って」


「僕は構わないよ」


「ありがとうございます」


 ラフィリアは僕の方を見て、うなずいた。


「大好きな人の子どものお世話をする予行練習なので、逃したくないのですよぅ」


 そう言って、じーっと僕の目を見つめるラフィリア。


 ……予行練習って、イリスといつもどんな話をしてるんだよ。


「わかった。僕も手伝うよ」


「はい。あたしとマスターの共同作業ですぅ!」


「私も手伝わせてくださいな!」


 ナタリアさんが手を挙げた。


「子どもが怖がってるのを見るのは嫌なので。ぜひ、ぜひにっ!」


 ……無茶苦茶いい人だな。ナタリアさん。


 彼女はゴーストのマルクと目が合うたびに、びくっ、と背中を震わせてる。本当は怖いんだろうな。でも、それでも手伝ってくれるのか。


 ……やっぱり今回のことは、彼女の手柄にしておいた方がいいな。うん。


「そういうことだから、その淵の場所を教えて。朝になったら行くから」


「……うん」


 ゴーストのマルクはうなずいた。


 そして、魔物がいる淵の場所を簡単に教えてくれた。


 場所はこの村の近くにある岩場。そこに川の支流が流れ込んでるそうだ。マルクが守りたい『お墓』──というか石碑は、その川辺にある。だけど、魔物が巣を作ったせいで、その場所が崩れかけてるとか。


 淵に現れた魔物は巨大なハサミを持つ水陸両用クレイフィッシュ──巨大ザリガニらしい。


「…………本当に、見つけてくれて……ありがとう……」


 僕たちに情報を伝えたあと、マルクの身体は薄れて消えた。


「…………感謝します…………『海竜ケルカトル』のお使いの方々…………」


「……本当にゴーストだったのですね」


 ナタリアさんが、呆然とつぶやいた。


 名残を惜しむみたいに、軽く手を合わせてる。


「あなた方がいなければ、彼に気づくこともありませんでしたね」


「偶然です」


「なりゆきなのですよぅ」


 僕とラフィリアは呼吸を合わせて、ぶんぶん、と手を振った。


「どちらにしても、イリスさまの許可は必要ですよね」


「あたしたちの本来のお仕事は、イリスさまの護衛ですからね」


「……ですね」


 ナタリアさんは静かに、ゴーストさんが消えたあとを見つめていた。


 その間に、僕はラフィリアの耳元に唇を寄せる。


「……いいよな。元々冒険者ギルドの立て直しの旅なんだから、例外的に仕事を受けても」


「……お忍びでやってきたイリスさまご一行が村を救うのなら、まったく問題ないはずですぅ」


 僕とラフィリアはささやき合い、ぱちん、と手を打ち合わせた。


「そんな簡単な仕事ではありませんよ」


 でも、ナタリアさんは難しい顔をしてる。


「このあたりに棲む『クレイフィッシュ』といえば、赤黒い『クレイフィッシュ・ファング』でしょう。凶暴で動きも速い危険種です。油断したら返り討ちに遭いますよ」





『クレイフィッシュ・ファング』


 牙を持つ巨大ザリガニ。


 色は赤黒く、皮膚がかなり堅い。


 近接戦闘する場合は皮膚の隙間を狙うか、ひっくり返してお腹から攻撃した方がいい。


 ナワバリ意識が強く、侵入者には容赦しない。特に、自分と同じ『クレイフィッシュ・ファング』が入ってくると、問答無用で凶暴化バーサークする。


 また、まわりの土をハサミで掘って巣を作ることから『土地荒し』の名前でも呼ばれる。





「とりあえずイリスさまに報告しましょう」


「それがいいです」


 そんなわけで、僕たちはイリスのところに戻ることにした。










「はい。ぜひその方を助けてあげてください」


 あっさりだった。


 イリスはふたつ返事で僕たちがクエストを受けるのを許可してくれた。


「では、ナタリアさまは村の人々への聞き込みをお願いします。魔物の情報や、そのマルクさんの言うことが本当か確かめてください。

 ラフィリアさまはイリスの着替えを手伝ってくださいませ。滞在が数時間延びるかもしれませんから、別の服に着替えることにいたします。ソウマさまは……」


 イリスは僕を見て、にやりと笑った。


「この村にはイリスの知り合いの冒険者の方がいるので、呼びに行ってはいただけませんか?」


「知り合いの冒険者?」


「ええ。シーフのような姿の方です」


 イリスは胸を押さえて、一礼。


 ぱちり、と、僕に向かって片目を閉じる。


 ……なるほど。そういうことか。


「そういえば、ちょうどこの村に来てるんでしたっけ」


「はい。前にイルガファに来たとき、友だちになったんのです」


「イリスさまと同じくらいの背丈で、髪の色も同じでしたよね?」


「『ハイスペックスリ軍団』を一撃で倒すほどの力を持っています」


「あれ? それってイリスさまのもうひとつのもがぁ!?」


 なにか言いそうになったラフィリアの口を、イリスが素早く押さえる。


「そういうことですので、ソウマさま。お願いいたします」


「承知しました。誰にも気づかれないように連れて来ればいいんですね?」


「はい。誰にも姿を見られないように連れてきて、誰にも気配をさとらせないように、イリスの部屋に入れてください」


 イリスと僕は顔を見合わせて、うなずく。


 というか、そのシーフさん、実在したら気配消しの達人だよね……。


「イリスさまのお知り合いの方であれば、間違いありませんね!」


 僕の後ろで、ナタリアさんはまじめな顔でうなずいてる。


 よし、気づいてない。


「私もぜひお近づきになりたいですな」


「ええ、きっと気が合うと思います」


「ソウマ=ナギさん、ラフィリア=グレイスさんもご存じなら、きっとかなりの手練でたれの方なのでしょうね」


「いえいえそんな。それほどでもございません」


「……どうしてイリスさまが照れていらっしゃるのですか?」


「……そ、それほと自分と近しい方ということです」


「なるほど……それで、その方のお名前は?」


「「え?」」


「え?」


 僕とイリス、もがもが言ってるラフィリアが顔を見合わせた。


 そういえば考えてなかったね。その「イリスそっくりのシーフさんの名前」って。


「え、えっと。ど忘れしてしまいました。なんでしたっけ、おにいちゃ──いえ、ソウマさま?」


 え、こっちに振るの?


「イリスは忘れてしまいましたので、ソウマさま、その方の名前を教えてください。ソウマさまの印象に残っている、お気に入りの名前があると思いますので、それを教えていただければ」


 イリスは真剣な目でこっちを見てる。


 つまり、この場で名前をつけて、ってことか。イリスの偽名を。


 元の世界でゲームを作ってた知識からすると「イリス」は虹の女神を意味する。虹は七色──セブン……イリスの偽名としては変かな。


 他に『7』に関係するものとなると……七福神とか曜日とか7音階とか。


 ああ、もういいや。時間もないから音階関係の単語にしよう。


 ったく……いきなりハードな課題を出すよね。イリス。


「『メロディ』ではなかったですか? イリスさま」


 僕は言った。


 ちっちゃなシーフの『メロディ』さん。


 流れるように『幻想』を使いこなし、敵の攻撃には隙間を狙ってカウンターを入れる。うん。悪くないな。前に海竜の聖地で、イリスの祝詞を聞いたこともあったし。イリス、歌声は結構きれいだからね。


「そうでしたっ! 『メロディ』さんです!!」


 イリスは満面の笑みで、ぽん、と手を叩いた。


「『メロディ』でした。はい。そうですね。素晴らしい名前です。イリスも海竜に言葉を捧げるとき、歌うようにいたしますから。ぜひともリタさまに歌唱スキルの指導をお願いすることにいたしましょう。さすがおにいちゃんです愛してもがもがぁっ」


「はいイリスさま。落ち着くです。お着替えするですよー」


「は、放してくださいませ。イリスは、この感動を身体で──お兄ちゃんに──っ!」


「それではナタリアさまは、村長さんに聞き込みを。マスターはその『メロディ』さんを呼びにいってください」


「了解。朝になったら作戦開始ですね」


「は、はい……わかりました」


 僕とナタリアさんは一礼して、部屋を出た。

 

 明日はザリガニ退治か。手早く済ませば、日が暮れる前には帰れるな。


「……すいませんでした」


 ふと気づくと、隣でナタリアさんが頭を下げていた。


「私は、あなたをみくびっていました。あなたはイリスさまを安心させるためにいらしたのだと。戦うのは私の仕事なのだと……でも、違ったのですね。あなたはひと目であの子をゴーストと見抜いて、適切な対処をされた……本当に、すごいです」


 彼女は顔を上げて、真剣な目で僕を見て、一言。


「ぜひ、今回のクエストの間に、あなたから学ばせてください! 特に、子どもに好かれる方法を!!」


 ぐっ、と眉をつり上げて、強い視線で──ナタリアさんは、そんなことを言ったのだった。





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