第155話「番外編その14『ナギとイリスとラフィリアの、こっそりチートな護衛旅(後編)』」

「はじめまして。『メロディ』だよ」


 緑髪のシーフさんは、僕たちに向かって頭を下げた。


 身長は、小学校高学年くらい。髪を三つ編みにして、首の後でまとめてある。


 ぶっちゃけ、イリスだった。


 わんぱくな感じに見せるため、顔に少しだけ土をつけてる。


 なるべく正体がばれないように「ボーイッシュな感じ」にするって、僕とイリスとラフィリアで話し合って決めたんだ。装備は『革のよろい』と『ダガー』。どっちも念のため、馬車に積んでおいたものだ。首のあたりにはスカーフを巻いて、首輪を隠してる。


 服も着崩してるし、こうしてると本当に男の子か女の子かわからない。かわいいけど。


 ちなみに表向きは「イリスさまは旅の疲れが出たので休んでます。起こさないように」って話にしてある。まだ朝早いし、村の人たちはイルガファ領主家を尊敬してるから、ザリガニ退治して戻るまではそれで大丈夫なはずだ。


「イリスさまのご紹介により、クエストのお手伝いをします。よろしく!」


 そんなわけで、イリス改め『謎シーフ メロディ』は元気いっぱいで、


「はうっ!」


 その挨拶を受けたナタリアさんは、なぜか胸を押さえてた。


「な、なんて……守ってあげたくなる子なんでしょうか」


「ぼくはまだ初心者なので、ご指導をお願いしますね。先輩!」


「せんぱい!?」


 再び、ナタリアさんが胸をおさえてのけぞる。


 僕が聞いた『ナタリアさんの悩み』については、イリスとラフィリアにも話してある。


 ナタリアさんは「自分は目つきが悪くて、子どもたちを怖がらせてしまう」って思ってるらしい。僕にはそんなふうに見えないし、イリスもラフィリアも同意見だった。でも、本人が気になるならしょうがない。


 そんなわけで、イリスに戦闘経験を積んでもらうついでに、みんなでナタリアさんに自信をつけてもらうことにしたんだ。


 相談を受けたとき、ナタリアさん「イルガファの冒険者ギルドの立て直しに力を貸したい」って言ってたから。まじめなナタリアさんがいれば、冒険者ギルドも大丈夫だろうし。


「優しい先輩がいてよかった。久しぶりのクエストだから、ぼく、心配してたんです……」


 イリスは言った。


 けど、ナタリアさんは、


「ぽ────っ」


「……あの、ナタリアさん?」


「はっ!」


 ナタリアさんは慌てて頭を振った。


「す、すいません。かわいい男の子に『先輩』って呼ばれたのが……うれしくて」


「男の子……?」


「違うんですか?」


「さぁ、どっちかなー?」


 イリスは軽くはぐらかして、くるり、と一回転。


 性別不詳ってことにしたらしい。


「……かわいい」


 ナタリアさん、ぽーっとなってる。


 よし……『メロディ』の正体はばれてないみたいだ。


「わかりました。先輩として、私があなたを守ってさし上げます!」


「ありがとう。先輩。でも……」


 メロディ (イリス)が僕の手を握った。


「ぼくのことは、お兄ちゃんが守ってくれるって言ってたから」


 そう言ってメロディ (イリス)は僕を見て、笑った。


 そういえば昨日「心配だからできるだけ僕の側にいるように」って言ったんだっけ。


「一緒にクエストをするのは初めてだね。がんばろうね。お兄ちゃん」


「わかった。じゃあ、できるだけ僕から離れないように」


「もちろんだよ!」


 メロディは両手で、僕の手をぎゅ、と握った。


「……メロディ……くっつきすぎ」


「……見逃してください、お兄ちゃん」


 メロディ (イリス)は目を細めて、僕の耳元でささやいた。


「……人前でお兄ちゃんとこんなふうにする機会は、あまりないのですから」


「……まぁ、そのためのクエストなんだけどね……」


 イリスのクエスト参加を認めたのは、彼女のストレス発散のためだった。


 使命からは解放されたけど、港町ではイリスはまだ『海竜の巫女』のままだから。


 スキルを使って家から抜け出したりしてるけど、自由に町を歩いたりはまだ、できない。


 だから、こんなふうに変装してクエストに参加するのもいいかな、って思ったんだ。僕とラフィリアがついてて、高レベル冒険者のナタリアさんがいれば、危険もそんなにないだろうし。


「……それに、イリスは人前で『お兄ちゃん』って呼びたかったのです」


 イリスはちょっぴりほっぺたを膨らませて、つぶやいた。


『海竜の巫女』って立場があるから、僕とイリスは人前では「イリスさま」「ソウマさま」って呼びあってる。僕はイリスに雇われた冒険者で、イリスは雇い主、って感じで。


 自宅ならともかく、人前で親しく呼びあったりはできない。


 イリスはずっとそれが、不満だったみたいだ。


「……今まで我慢してたんです。こういうときに発散しないと……」


「……しないと?」


「……爆発しますよ? 物理的、あるいは心理的に」


 イリスは僕の目をみつめて、言った。


 ……爆発は困るな。イリスの『竜の血』がどんな効果を発揮するかわからないし。


 それに、仕事は楽しく、できるだけ力を抜いて、ってのが僕たちのモットーだから。


「わかった。じゃあ『メロディ』の時は自由にしてていいよ」


「うれしいです。お兄ちゃん!」


「ちょ、イリ──メロディ?」


「えへへ。お兄ちゃんお兄ちゃん。おにいちゃーん……ふふふ」


 ほっぺたをこすりつけるのはやめなさい。


 ほら、ナタリアさんがこっち見てるから。


「────あぁ」


 でも、どうして手のひらで顔をおおってるんだろう。ナタリアさん。


「……すごく尊いものを見ているような気がして……」


 ナタリアさんの目が、指の隙間から覗いてた。


「男の子同士が、そんなふうに仲良くしてるところを見るのは初めてなので」


 なるほど。確かに冒険者って気が荒いからなぁ。


 仲良く守り合ってる冒険者は、珍しいのかもしれない。


 ラフィリアも感心して僕とメロディ(イリス)を見てる。「ダブルヒーローですねぇ」ってのは違うような気がするけど。あと、ラフィリアは変身する必要がないからね。革袋から仮面とか取り出さなくていいから。


「こんな楽しいお仕事ははじめてです。あの小さなゴーストの男の子のために、可愛いメロディくんと、ナギさんのあいじょ──いえ、友情のために、がんばりましょう!」


「「「おー」」」


 一致団結した僕たちは、巨大ザリガニ『クレイフィッシュ・ファング』が待つ淵へと向かうことにしたのだった。







 ここで、村長さんから聞いた情報を再確認。


 ナタリアさんによる気合い充分の聞き込みによって、村長さんとその奥さんは、知っていることをあらいざらい教えてくれた。


『クレイフィッシュ・ファング』がいる淵が、村から歩いて1時間のところにあること。


 そこは村人が、馬や家畜に水を飲ませたり、洗ったりするのに使っていたのだけど、今は、わざわざ川の上流まで行っているということ。しかも、万が一『クレイフィッシュ・ファング』にでくわした時のために、集団で。


 討伐を依頼したいけど、イルガファの冒険者ギルドが信用できないので、迷っていたこと。


 僕たちがザリガニ退治をすれば報酬はちゃんと支払ってくれる、ということ。


 最後に、ふちの近くにある、小さな石碑のことも教えてくれた。


 そこは昔、川の増水に巻き込まれて亡くなった人を祀るためのもので、詳しいことは村長さんも知らないらしい。


 最後に『クレイフィッシュ・ファング』の能力について、再確認。





『クレイフィッシュ・ファング』


 牙を持つ巨大ザリガニ。淵にいる奴の大きさは2メートル弱。


 皮膚が硬い。


 主な攻撃はハサミによる薙ぎ払いと、ダッシュしながらの体当たり。


 ナワバリ意識が強く、特に、同類の『クレイフィッシュ・ファング』が近くに現れると、凶暴化バーサークして、どちらかが死ぬまで戦い続ける。


 肉は大味だが、煮るといい出汁だしが取れる。





 村長さんたちから聞いた情報は、以上だ。


 それをもとに、僕たちは作戦を立てることにした。







「それじゃ、二手にわかれよう」


 僕は言った。


「僕とメロディが敵を引きつけます。攻撃の隙を作りますから、ラフィリアとナタリアさんが、背後ろから攻撃してください」


「ぼくもお兄ちゃんの意見に賛成です」


 僕の指に指を絡めながら、メロディは言った。


「敵が1体なら、分散しても背後を突かれる恐れはありません。逆に挟み撃ちにすることで、敵を動揺させることもできましょう。それにナタリア先輩は『クレイフィッシュ・ファング』との戦闘経験があるって言っておりましたね?」


「は、はい。3人がかりでしたが、倒したことがあります」


「だったら、その戦闘経験を利用させてください。この4人の中で最大の攻撃力は、ラフィリアさんの攻撃魔法と、ナタリアさんの槍です。ですから、それを最大限に利用するのがいいと思います……ぼくは」


 いつもの口調になってたことに気づいたのか、メロディは最後に一言付け加えた。


「確かに、私も槍による『突撃技チャージ』スキルを持っていますが」


 ナタリアさんは心配そうに、僕とメロディを見ている。


「けれど、あなたたち危険にさらすのは気が進みませんね……」


「お兄ちゃんと共に死線をくぐるのは望むところだから」


 謎シーフのメロディは、ちょっとだけ頬を赤くして、僕を見た。


「それに、万が一お父さまに……お兄ちゃんと引き裂かれそうになったら、逃避行に出ることになるかもしれないから。そのための予行練習みたいなものかな!」


 こらイリス、そういうこと言わない。


 しかも満面の笑顔で。


「そうならないようにするってば」


「……でもでも」


「僕たちの中で普通に家族がいるのはイリ──メロディだけなんだから、大事にしないと」


「うん。お兄ちゃんがそういうなら……えへへ」


 メロディはまた、ぎゅ、って僕の腕を抱きしめた。


 普段のイリスは、人前ではこういうことできないから。変装した今は、その分を取り返そうとしてるみたいだ。ラフィリアも「ぐっじょぶ」って感じで親指を立ててるし。


 ナタリアさんは……


「────まぶしい」


「だからどうして鼻を押さえてるんですかナタリアさん」


 まるで鼻血をこらえてるみたいに。


 大丈夫かな。ナタリアさん、調子が悪いわけじゃないよね?


 僕たちは表に出たくないから、今回のクエストはナタリアさんの実績にしてもらうつもりなんだけど……。


「大丈夫ですか、ナタリアさん?」


「はい! もちろん。今、私は体力気力ともに充実しています。なにがあっても大丈夫です!」


 ナタリアさんは槍を振り上げてガッツポーズ。


 元気そうだ。じゃあ、いいかな。


「それじゃ、作戦の仕上げをお願いしていいですか? ナタリア先輩」


「ぼくたちは敵を引きつけますから。先輩」


「あのゴーストさんのためにも、力を貸してあげて欲しいですぅ。先輩」


 僕とメロディ(イリス)とラフィリアは、口々に言った。


「お、お任せください!」


 ナタリアさんは顔を上げた。


「こんな楽しいクエストははじめてです! 私の全力を挙げて、悪い魔物を討伐しましょう!」


 そんなわけで僕たちは二手に分かれて、作戦を開始することにしたのだった。







────────────────







『クレイフィッシュ・ファング』は巨大ザリガニである。


 陸と水中を自在に動くことができるその生き物が、海にほど近いその淵にやってきたのは、数週間前のことだった。


『クレイフィッシュ・ファング』はナワバリ意識が強い。


 それは、他の生物の居場所を奪うことに、よろこびを感じるということでもある。


 だから、この淵を利用する人間がいることも知っていた。追い払うのは簡単だった。人間が牛を洗っているところに乱入して、巨大なハサミを振り回した。


 人間を追い払ったあとは巣作りだ。


 まわりの土をハサミで崩して、住みやすいように固め直す。


 なにか石碑のようなものがまわりにはあったが、関係ない。


 餌は、上流から流れてくる魚を喰らった。巣作りを終えたあとは村を襲い、腹を満たすとしよう。


 そんなことを思いながら、巨大ザリガニ『クレイフィッシュ・ファング』が、今日も巣作りを始めようとした──とき、




『ギギギーッ!』




 近くで、魔物の鳴き声がした。


 魔物『クレイフィッシュ・ファング』が頭を上げると、川べりの森のあたりに、同族の姿があった。身体は自分よりも小さいが、微妙にハサミが大きい。そのハサミをぶんぶんと振りながら、こちらを笑うような声を上げている。


 同族!? こんなところに!? ナワバリを奪いに来たのか!?


『ギガアアアアアアアアア!!』


 巨大ザリガニ『クレイフィッシュ・ファング』が絶叫する。


 そして川底を蹴り、陸に上がる。再び吠える。敵は逃げない。長いザリガニヒゲを震わせながら、こっちを見つめている。礼儀知らずの敵に思い知らせてやるために『クレイフィッシュ・ファング』は走り出す。巨大なハサミを振りかざしながら。まっすぐ、同族の敵に向かって。そして──




「お兄ちゃん、今です!」




 真横から人の声が聞こえた瞬間しゅんかん、景色が変わった。


 自分を威嚇いかくしていた同族の姿はきれいに消えて──




 目の前には、頑丈がんじょうそうな巨木があった。




『グ? ヴァアアアアアア!???』




 どごんっ。




 巨大ザリガニは、そのまま頭から大木に突っ込んだ。




 さらに──




「発動! 『遅延闘技ディレイアーツLV2』、おの!」




 巨大ザリガニの真横にあった木が、傾いた。


『グオオオオオオオオオッ!!』


 ばきん、と音がして、ハサミが折れる。ヒゲが曲がる。


 頭から大木に突っ込んだまま、巨大ザリガニは動けない。さらにその上からのしかかる大木。


『────ォオ、オ』


 そして巨大ザリガニ『グレイフィッシュ・ファング』は2本の木に挟まれ、完全に身動きが取れなくなったのだった──






────────────────────






「ナタリアさーん」


「とどめをお願いいたしますー」


「え? あ、はい。『突撃槍破スピアチャージ』LV6!!」




 さくっ。




 ナタリアさんの槍が、巨大ザリガニの胴体を貫いた。





『グレイフィッシュ・ファング』をたおした!







「「「お見事です。先輩!!」」」


「ちょっと待ってください。どうしてこうなったのですか!?」


 あれ? おかしいな。


 無事にクエスト完了したのに、なんでナタリアさんは不満そうなんだろう?


「なんで『グレイフィッシュ・ファング』はあっさりそっちに向かったのですか!? メロディさん!?」


「ぼくが挑発したからだよ?」


「どうしてラフィリアさんはそのとき、私に目隠ししたのですか!?」


「メロディさまの挑発は、慣れないと目に負担がかかるのですよー?」


「なにかザリガニっぽい影が見えたのですが!? メロディさんの隣に!」


「きっと、あのマルクくんの願いに、この土地の魔力が力を貸してくれたんだよ」


 メロディ(イリス)は祈るように目を閉じた。


「木が倒れたのは……?」


 それでもナタリアさんは不満そうだった。


 しょうがない。正直に言おう。


「僕がおので叩いたら折れました。村でもらった斧の切れ味が良かったみたいです」


「そんなわけないでしょーっ!?」


 怒られた。


 今回の作戦は簡単だ。まずはメロディ(イリス)が『幻想空間』でもう一匹の『グレイフィッシュ・ファング』の幻を作り出す。


 なわばり意識の強い奴が飛びかかってきたところで、僕が『遅延闘技ディレイアーツ』(空振り25回分)の、巨大化した手斧で木に切れ込みを入れる。


 手斧は村長さんから中古のものをもらっておいた。僕の分の報酬の代わりだ。


 あとは、魔物が勢いあまって大木に激突して、大ダメージ。


 さらに倒れた木で動きを封じる。


 それだけだった。


「おかしいです。大型の魔物を倒すときって、みんなで包囲して、動きを封じて、それから苦労して倒すものですよね? どうしてあっさり動きを封じてるんですか? 私、さくっと刺して終わりなんですか? ほんとにこれでいいんですか!?」


 ナタリアさんはパニック状態だった。


 できるだけチートっぽくない倒し方を選んだつもりだったけど、根がまじめなナタリアさんには刺激が強すぎたみたいだ。


「しょうがないな」


 僕はイリス、ラフィリアと、視線を交わした。3人同時に、うなずき合う。


 よし。ここは何事もなかったように話を進めよう──


「おお、迷える少年の魂よ。汝の望みは果たされた……」


 僕はひざまづいて、川べりにある石碑に向かって語りかけた。


「願わくば、汝の魂に安らぎのあらんことを」


「魔物は退治したので、安らかに眠ってください」


 メロディ (イリス)が僕の言葉に唱和する。


「もう、あなたの眠りを妨げるものはいませんよぅ」


 さらにラフィリアが続いて──




 ぱんぱん。




 僕とメロディ(イリス)とラフィリアは、石碑に手を合わせた。


 すると──


『ありがとう……みなさん』


 石碑の後ろから、ゴーストのマルク少年が現れた。


 隣には若い女性が立ってる。あれば……彼のお母さんの魂かな。


『これで安らかに眠れます……魔物を……倒してくれた……一番がんばった人は誰ですか……』


「「「せんぱいです」」」


 僕たちは同時にナタリアさんを指さした。


「えええええっ!?」


 こらこら。


 せっかく安らいだゴーストさんたちをおどかさないでください。ナタリアさん。


「ど、どうして私が一番がんばったことになってるんですかぁ!?」


「だってとどめを刺したのはナタリアさんですから」


「先輩が控えていてくれたから、ぼくたちも安心してザリガニを誘導できたんだよ?」


「ナタリアさんは、マスターとメロディさまが危なくなったら飛び出せるように、しっかり控えててくれたです!」


「「「ですよねーっ」」」


 僕たちは手を繋いで、ナタリアさんを取り囲む。


 なんとなく「かごめかごめ」風味にぐるぐる回ってみる。


 それにナタリアさんがいてくれたおかげで、安心して作戦が実行できたのは間違いないんだ。


 ナタリアさんの『突撃槍破スピアチャージ』LV6は、的確に巨大ザリガニの急所を貫いてくれた。僕の『遅延闘技』は木を倒すために解放しちゃってたから、すぐに攻撃するのは無理だった。


 だから、楽にザリガニ退治ができたのはナタリアさんのおかげ、ってことにしこう。


「……うぅ。そんな。私……そんな……」


 ナタリアさんは、まだ納得できてないみたいだけど。


『ありがとう……お姉さん』


 ゴーストの少年マルクは、ナタリアさんのところにやってきて、ひざまづいた。


 そして彼女の手を取り、軽く口づける。


『お母さんと僕たちは川の増水で流されて、別れ別れになって死んだの……やっと家族を見つけたと思ったら……魔物に石碑を壊されかけて……でも、これで一緒に眠れる……』


「……うー……」


 ナタリアさんは、ひざまづくマルク少年をじーっと見ていた。


「……あなたは、私が恐くないんですか?」


『どうして?』


「だって、子どもはみんな、私のことを怖がるから……」


『お姉さん。いい人だってわかったから』


 マルク少年は、ぼんやりと笑った。


『……昨日はびっくりしただけ……僕を見つけてくれたのが……お姉さんでよかった……』


 そう言って、マルク少年は消えた。


 気がつくと、母親っぽいゴーストも姿を消してた。ただ一言だけ地面に『報酬はこちらに。土の中に』って、文字が残ってた。


 文字があったところを掘り返すと、古い木箱に入った『スキルクリスタル』が出てきた。羊皮紙が同封されてる。『マルクが冒険者になったときのため』──って。ふたりが出会ったときに、これを渡すつもりだったんだろうな。


 スキルクリスタルに触れると、内容がわかった。これは『不意打ちLV4』だ。





『不意打ちLV4』


 いわゆる背後攻撃スキル。


 油断してる敵へのバックアタックの確率と、ダメージが上がる。





「……それはイリスさまに渡してください」


 ナタリアさんは言った。


 おだやかで、優しい目をしてた。


「イリスさまがクエストを受けることを許してくださったから、これを手に入れることができたのです。だから、イリスさまにお渡しするのが筋でしょう」


「わかりました」


「私は、他に尊いものを見つけましたから」


 ぎんっ。


 再び、ナタリアさんの視線が鋭くなる。


 僕とイリス──じゃなかった、メロディをじーっと見て、なぜかまた、顔を押さえてる。


「私はこれから『子どもたちを守る冒険者』を目指します! 怖がられないってわかりましたから、片時も目を離さず、あらゆる障害から子どもたちを──尊いものを守ってみせます!」


 すいません少しだけ恐いですナタリアさん。


 自信がついたのはいいけど、なにかあさっての方向に暴走してるような……。


「メロディさん!」


「は、はいっ」


「あなたはソウマ=ナギさんと一緒にいたいのですよね?」


「もちろんっ!」


 メロディ (イリス)は僕の腕を、ぎゅ、とつかんで、宣言した。


「……お兄ちゃんが死ぬときが、ぼくの死ぬとき。ぼくの身も心も、髪の毛一本にいたるまで、お兄ちゃんのもの。ぼくが港町にイルガファで生まれて、一番よかったって思うのは──お兄ちゃんと知り合えたことなんだから!」


「ならばそういう幸せを守るために、私は戦いましょう」


 圧力さえ感じる眼光を帯びたまま、ナタリアさんは宣言した。


「この戦いに感謝を。そして、私は新たな道へ進みましょう……」


 港町イルガファに『子ども専門(主にちっちゃな男の子が対象)の冒険者』が誕生した瞬間だった。








 そうして僕たちは村長さんに魔物討伐の報告をして──


 遅めの朝ご飯として『ザリガニスープ』をみんなで食べて──


 それからまっすぐ、港町イルガファに戻ったのだった。





 ナタリアさんとは町の入り口で別れた。


 彼女は最後に「父に私の決意を伝えに行きます」って言って、出会ったときとは別人みたいな笑顔で駆けていった。これから冒険者ギルドの立て直しにも手を貸して、困ってる人が相談しやすい場所にするのが夢だそうだ。


 その後、一部年齢層の依頼者は、自分が独占できるようにしたいとか。


 なんか偏ってるような気もするけど……ナタリアさんなら依頼者を大事にするだろうから、いいのかな……?






 その後、僕は家に、イリスとラフィリアはイルガファ領主家に戻った。


 あとは保養地に行ったカトラスたちが『転移ポータル』を開くのを待つだけ。




 ──そう思った次の日、僕は突然、イルガファの領主さんに呼び出されることになった。








「お手数をおかけして申し訳ない。『海竜の勇者』どの」


 領主家の応接間で、領主さんは僕に頭を下げた。


「実は、我が領主家の予算申請書類に、こんなものが混ざっていたのです」


 そう言って領主さんは羊皮紙を差し出した。


 そこに書いてあったのは──





『謎の冒険者の召喚予算 申請書』


 闇に紛れ、港町イルガファの諜報活動ちょうほうかつどうを行う謎シーフの雇用予算。


 1回の出動につき、100アルシャ。


 謎エルフ「今のところ名称未定」を同伴する場合あり。


 呼び出すときは、領主家の庭に指定の紋章を描き「謎のメロディ」を口ずさむこと。






「──どうしましょうか」


「──やってみましょう」




 やってみた。






 捕まえた。







「放してくださいお兄ちゃん。謎シーフの活躍かつやくの機会は、これからでしょー!?」


「僕に捕まってる時点で無理だと思うよ。活躍……」


「ごめんなさいですイリスさまぁ。マスターの巧みな罠にひっかかってしまいましたぁ……」


 そんなわけで。


 謎シーフ『メロディ』は僕が召喚するという『設定』が決まり──


 代わりに旅先でイリスのスキルを『再構築』するという約束をして──




「つまり、そのスキルを発動するとイリスは『メロディ』に変身するというわけですね!?」


「素晴らしいアイディアですイリスさま!」




 ……まぁ、そんなわけで。


 イリスこと『謎シーフメロディ』の初クエストは終わり、彼女には新たな目標が生まれたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る