第156話「転移魔法によるらくちん(一部除く)旅行と、リタの秘密計画」
出かける前に、フィーンは屋敷の奥の間に魔法陣を描いていった。
この前手に入れた『転移アミュレット』発動用の魔法陣だ。フィーンがアミュレットを起動することで、もうひとつの魔法陣と空間を超えて『繋ぐ』ことができるというもので、人が安全に転移できることは『ヴェール』の事件のときに確かめてある。
今回はそれを、旅行用に使ってみよう、ってことになった。
転移魔法の発動は、アイネとレティシアとフィーンが『保養地ミシュリラ』に着いて、1日休みを入れた次の日を予定してる。それまで僕たちは自宅で旅の準備だ。
ちなみに、イリスとラフィリアは用事を片付けてから、別の日に来る予定になってる。
そんなわけで、荷物の点検なんかをしながら、『転移魔法』の準備が整うのを待っていたら──
「来ました。ナギさま!」
その日のお昼ごろ、セシルが僕の部屋のドアを叩いた。
「魔法陣起動の魔力を感じます。準備が整ったみたいです」
「よっしゃ」
僕はドアを開けた。
廊下にいたのは『魔力感知』起動中のセシルと、荷物を抱えたリタ。
「それじゃ最後に家の点検をしよう。火の元と、忘れ物がないか確認して」
「了解ですナギさま!」「りょうかいだもん!」
僕とセシル、リタがそれぞれ手分けして、火元と戸締まりを確かめる。
僕の部屋は問題なし。廊下の窓も閉まってる。アイネとカトラスの部屋は……勝手に入るわけにはいかないか。家の外から確認したときは窓は閉まってたから、いいことにしとこう。
「あ、ナギ。そっちは大丈夫?」
1階の戸締まりを見てたら、階段を降りてきたリタと目が合った。
「下の階は全部見たよ。みんなの部屋の戸締まりは?」
「全部確かめたわ。問題なし」
リタはまっすぐ僕の目を見て、うなずいた。
「ところで……リタの体調は大丈夫? 疲れてたり、具合が悪かったりしないよね?」
ふと思いついて、僕はリタに聞いてみた。
忘れてた。これはリタに確かめておかなきゃいけなかったんだ。
「私の体調?」
「うん。これからリタの身体に、負担をかけるかもしれないから」
「ふ、負担を!?」
リタが桜色の目を見開いた。
それから胸を押さえて、深呼吸して──
「ナギが、私の身体に……負担を!? そ、それって……」
──びっくりしてるみたいだ。
説明不足だったか。僕もまだまだ、ご主人様としては未熟だな。
このことについてはちゃんと詳しく話して、リタがどうしたいかを確認するべきだった。リタの身体に関わる、大切なことなのに。
僕はリタに、無理強いするつもりはないんだから。
「うん。ちょっとつらいかもしれない。だからリタの体調を確認しておきたかったんだ」
「……ナ、ナギ……」
「僕のわがままで、大事な仲間に負担をかけるわけにはいかないからね。難しいようなら、リタが受け入れやすい方法を考えるからさ」
「……わ、わぅ。わぅぅ」
リタはぽーっとした顔で、僕を見てる。
それから、ぎゅ、と目を閉じて、顔を上げて、
「ナ、ナギ。わた、わた、私──」
「だから『転移魔法』が怖いなら、ちゃんと言うこと。リタって空間が変わったり、転移したりする魔法は苦手だったよね?」
「…………え?」
僕が言うと、リタが、ぽかん、とした顔になった。
あれ? リタ、忘れてるのか? あのこと。
僕たちが初めて受けたクエストでのできごとだったから、よく覚えてるんだけどな。
あれは商業都市メテカルに着いてすぐのこと。
『魔法使いの館』探索クエストで、部屋の形が変わる『空間変異型』トラップが発動したことがあったんだ。
そのとき、リタはすごく気持ち悪がってた。三半規管が発達してるリタは、空間が歪んだり、変化したりするのに巻き込まれるのが嫌いだって、そのときわかったんだ。
だから今回の『転移魔法』もリタの負担になるかもしれないって気になってたんだ。
──ってことを、僕はリタに説明したんだけど……。
「あ、うん」
リタはなぜか、気の抜けたような顔でうなずいてる。
「…………な、なーんだ。そういうこと……」
「どういうことだと思ったの?」
「う、ううん。な、なんでもない! なんでもないからっ!」
リタは金色の髪を揺らして、ぶんぶん、と首を振った。
「でも……そうなんだ。ナギ、私の弱いとこ、覚えててくれたんだ……」
「当たり前だろ」
「ありがと。でも、だいじょぶだから!」
「本当に?」
「ほんとだもんっ!」
「無理は禁止だよ。僕たちのパーティは『できないことはしない』がモットーなんだから」
それに今は「できるだけ自分たちのまわりは平和にしとく」ってのが加わってる。
デリリラさんに会いに行くのも、その関係なんだから。
「どうしても転移が無理なら、僕たちだけ馬車で行ってもいいから。それはそれで楽しそうだし」
「も、もう。ナギってば心配性なんだから」
リタは胸をそらして、僕を見た。
「私が大丈夫って言ったら大丈夫なの。セシルちゃん待ってるから行きましょ、ご主人様」
そう言って、リタは僕の手を引っ張った。
「そうだ、ナギ、ひとつ教えて」
廊下の途中で、リタがふと、振り返った。
「今回の旅も『社員旅行』の続きなのよね?」
「うん」
「……ってことは、ね。今回も『ぶれいこう』でいいの……?」
「もちろん」
僕はうなずいた。
「こないだ僕がさらわれたことで、リタたちには心配かけちゃったからね。そのお詫びも兼ねて」
「その言葉、忘れちゃ駄目よ?」
リタは「ふっふーん」って息を吐いてから、にやりと笑った。
「……わ、私、がんばるから。リタ=メルフェウスの本気を、ご主人様に見せてあげるんだから……ね」
なぜか僕から目をそらして、リタはそう宣言したのだった。
──それから十数分後──
「ナ……ナギぃ……視界がぐるぐるするよぅ」
「大丈夫? リタ」
「……きぼちわるい。転移っていつになったら終わるの……」
「しっかりして。もうとっくに保養地に着いてるよ?」
「……わぅぅ。ご主人さま、どこぉ?」
「隣にいるから、ほら」
「……もっとぎゅっとして……」
「こう?」
「わぅぅ……」
「こら。ほっぺたをすりすりするのやめなさい」
「……こうしてると落ち着くんだもん」
「そこ、耳の後ろだけど。あと、そっちは髪の毛」
「……ナギのかたちを確認してるだけだもん。ナギの隣が私の居場所だもん。ちゃんとご主人さまが側にいることを確かめないと、私、落ち着かないんだもん。これが優秀な
リタが顔を上げた。
僕と目が合った。
リタがくい、と横を見た。
セシルと目が合った。
それからリタはまわりを見て、自分が魔法陣の上に座り込んでいること、僕に抱きついてる、ここが『保養地ミシュリラ』の別荘だということに気づいて──
最後に、まわりで僕たちを見守ってるアイネ、レティシア、カトラスに視線を向けて──
「こ、こほん」
なにかをごまかすように、せきばらいを一回。
そして腰に手を当てて、うん、とうなずいてから──
「さ、さすがはフィーンちゃんの『転移のアミュレット』ね! いやー。簡単に私たちをここまで移動させるなんて、すごいわー。かんぺきねー。さ、さすがはナギが作った『アーティファクト支配スキル』よね!」
「……今更かっこつけても手遅れだと思うよ、リタ」
「わぅぅ」
リタは獣耳をぺたん、と倒して、頭を抱えた。かわいい。
「ごめんな。やっぱり無理させちゃったみたいだ」
「無理じゃないもん。こ、こんなの私にはなんでもないもん。ナギは私を大事にしすぎなんだもん!」
言いかけて、リタはぷい、と横を向いた。
僕はリタの頭をなでた。無理させちゃったのは間違いないからね。
……やっぱり『転移魔法』は緊急時専用にしたほうがいいかもしれないな。
「それでフィーン。転移アーティファクトを使ってみた感想は?」
「魔力効率が悪いですわね」
魔法陣の隣にしゃがんで、フィーンは言った。
カトラスじゃないのは、瞳の色と服装でわかる。フィーンはふわふわした、薄い服が好きだから。今、彼女が着てるのはリボンつきの白いワンピース。選んだのはアイネかな。「えっへん」と胸を張ってるから。
「魔力効率が悪い、か。この保養地は、魔力が集まりやすい土地柄なんだけどな」
「使用者を選ぶのかもしれません。これはまだ研究が必要ですね。あるじどの」
「イリスとラフィリアの転移は可能?」
「それは大丈夫ですわ。フィーン=ミュートランの名にかけて」
「わかった。そのへんはあとで詳しく聞かせて」
「承知いたしました」
フィーンはワンピースの裾をつまんで、深々とお辞儀。
『転移アミュレット』はチート中のチートアイテムだから、もう少し研究が必要かな。
「そういえば3人とも、旅の間は大丈夫だった? 怪我とかしなかった? 戦闘に巻き込まれたみたいだけど」
「まったく問題ないですわ」
「カトラスさんが、大活躍だったの」
「まぁ、カトラスに任せておけば問題ないですものね!」
僕の問いに、レティシア、アイネ、フィーンが答えてくれる。
「ただ、街道の治安が悪くなってるのは心配なの。原因は……」
「……『デミヒューマンの争い』ね」
アイネの言葉を、リタが引き継いだ。
それからリタは、僕の方を見て、目を伏せて──
「……ごめんね。イルガファの冒険者ギルドで、詳しい情報がわかればよかったんだけど──」
「あっちのギルドはまだ機能不全だからねぇ」
そのへんの立て直しは、ナタリアさんに任せよう。
僕とイリスとラフィリアで、できる限りの協力はしたからね。
「こっちになにか情報がないか、あとで調べてみようよ」
「あとでアイネが、
気を取り直すみたいに、アイネが「ぱん」と手を叩いた。
「ふふふ……アイネとイリスちゃんたちは、前にここのギルドをぎゃふんと言わせたことがあるんだよ?」
そういえば、そんなこともあったね……。
元『庶民ギルド』マスター見習いのアイネは、ギルドのルールも裏ルールも熟知してるから。
ギルドがらみの情報収集は、アイネに任せた方がよさそうだ。
「まぁ、調査といっても念のためなんだけどね……。やっぱり心配だから」
僕が言うと、みんなが一斉にうなずいた。
もちろん心配してるのは、街道の治安のことじゃなく、『デミヒューマンの争い』そのものじゃなくて──隣で不安そうな顔をしてる、リタのことだ。たぶん、他のみんなもそうだろうな。セシルもアイネも、レティシアもフィーンも、優しい目でリタを見てるから。
『デミヒューマンの争い』は森の中で起こってるらしい。森に住む亜人といえば、獣人やエルフが有名だ。ラフィリアは『古代エルフに作られたもの』だから、エルフが争ってても無関係だけど、リタは獣人の部族出身だ。
だから、どうしても『デミヒューマンの争い』のことが気になっちゃうんだろうな。
(……でも、獣人が関わってたとしても、もうリタには関係ないよな)
リタは獣人の部族に置いてけぼりにされて、慈悲の女神の教団に拾われてる。彼女が獣人の部族にいたのは、ちっちゃな子どもの頃のことだ。なにがあっても、いまさらリタには関係ない。
リタはもう、僕たちの家族なんだから。
だから、この件について調査をするのはあくまでも『念のため』だ。
あとになって「やっぱり調べておけばよかった」ってことにならないため、ここで話を終わらせるために、念のため、調査しておきたい。それだけ。
「それなら、カトラスもお手伝いをいたしましょう」
レティシアの隣で、フィーンが手を挙げた。
「この保養地には知り合いの商人、ドルゴールさんがいらっしゃいます。カトラスが騎士になれなかった──正確には、ならなかったのですが──そのことを報告しなければなりません。そのついでに、商人サイドから情報収集をいたしましょう」
「ありがと、フィーン」
「あるじどのと、大切なお仲間のためですから」
そう言ってフィーンは笑った。
僕と、それにリタを安心させるようにほほえむ。
「それじゃ、リタ」
「……う、うん。ナギ」
「気分がよくなったのなら、ごはんにしよう」
僕はリタの獣耳に触れた。
「まずはお腹いっぱい食べて、落ち着いたら買い物に行こう。この保養地でしか獲れないおさかながあるって聞いたから、それを食べて──明日は
「……ご主人様」
リタは僕の目をまっすぐに見て、それから大きくうなずいた。
「そうね。深刻になるのはここまでよね」
「うん。ここまでにしとこう」
僕とリタは顔を見合わせて、笑った。
セシルとアイネとフィーンは、なんか納得したような顔してるし、レティシアは照れた顔で目をそらしてるけど。
「それじゃ、明日の打ち合わせをしようよ。のんびりお茶でも飲みながら」
「もう準備してあるの」
メイド服姿のアイネは、指を一本立てて、言った。
「さすがアイネ、準備がいいな」
「えらい?」
「うん。えらい」
「じゃあ。ごほうびが欲しいな」
ごほうび?
珍しいな。アイネがそんなこと言い出すの。
「いいよ。なにか欲しいものでもあるの?」
「欲しいものじゃなくて、明日、なぁくんたちが聖女デリリラさんに会いに行ってる間、家事を手伝ってくれる人が欲しいの」
「家事を?」
「そうなの。10日くらい留守にしてたから、やっぱりホコリとかが気になるの。大事なご主人様と奴隷仲間を、汚れたおうちで生活させるわけにはいかないの」
「それなら、明日はみんなで大掃除にしても──」
──いや、あんまり予定を変えない方がいいか。
『亜人たちの争い』の件がある。デリリラ迷宮までの道のりだって、ずっと安全とは限らない。時間があるうちにデリリラさんに会っておいた方がいいな。
「はい。それではわたしがアイネさんのお手伝いをします」
しゅた、と、セシルが手を挙げた。
「わたしも、アイネさんに色々教わりたいことがあるので」
「奇遇なの。アイネもセシルちゃんに色々教えてあげたいことがあるの」
「気が合いますね」
「気が合うの」
ぱん、ぱぱん、ってセシルとアイネは両手を合わせた。
2人が納得してるなら、いいかな。
「では、聖女さまの迷宮に行くのはわたくしとナギさんとリタさんですわね」
レティシアが言った。
「わたくしも、伝説の聖女さまには興味がありますもの」
ということだった。
戦力的には充分だ。クエストに行くわけじゃないし、強敵に出会ったとしても、逃げるくらいはできるからね。
「わかった。じゃあリタとレティシアは明日、デリリラさんちまで付き合って」
「わかりましたわ」
「……う、うん。いいわよ」
リタは不思議そうに、仲良しポーズのセシルとアイネを見てる。
これで予定は決まった。
早いところデリリラさんと顔合わせして、お仕事を済ませておこう。
イリスとラフィリアが着くころには「遊ぶだけ」の状況にしておきたいから。
──リタ視点──
ナギのお話が終わって、みんながそれぞれのお仕事に向かうまで──
──私はずっと、ナギとセシルちゃんのことが気になってた。
なんだか不思議な気がしたから。
……気のせいかもしれないけど、最近、ナギとセシルちゃんの距離が、すごく近くなってるように感じるの。
それは物理的な距離じゃなくて、心の距離のようなもの。
セシルちゃんが、ナギのそばですごくくつろいでる感じがするの。
もちろん、元々セシルちゃんがナギのそばで緊張してたってわけじゃなくて……なんというか、今は、すごく自然な感じになってる。前よりも動きとか、呼吸とか、息がぴったり合ってる感じがするんだもん。
なにか、ふたりの秘密があるのかな? 私にはいえない、内緒のこと?
ううん……違うよね。
セシルちゃんは、私に隠し事なんかしないもん。魔族だってことも、あっさり教えてくれたくらいなんだから。
私がセシルちゃんを妹みたいに思ってるように、セシルちゃんも私を、お姉さんみたいに思ってくれてるはず。自信過剰かな、ってときどき思うけど、心が繋がってるのを感じるもん。
そのセシルちゃんが、私になにか内緒にするとしたら……それはきっとナギの──私たちのご主人さまのこと。
ふたりの間に、なにかあったのかな?
セシルちゃんとナギの間に──
ふたりが秘密にしなければいけないようなことで──
セシルちゃんが、すごく安心するようなことで──
つまりそれはセシルちゃんの夢が叶いそうだってことで──
──ぼっ。
「わぅわぅ。わぅ────っ!」
お部屋に戻った私は、思わず床をごろごろ、ごろごろ。
うわー。想像しちゃったよぅ。
ナギとセシルちゃんがくっついて、抱き合って──そして──
ごろごろごろごろごろごろごろごろっ!
だめだめ。ごろごろ転がってたら、みんなに気づかれちゃう。
落ち着け私。照れるな私。覚悟決めなさい、私。
だって、ナギとセシルちゃんが
イメージすると恥ずかしいけど、心臓がこわれちゃいそうなくらいどきどきするけど、でも、胸の奥が温かくなる。だって、それはセシルちゃんがずっと望んできたことで、いつかはそうなるって思ってたこと。それに──私──だって──
「──うわーん。わぅぅ」
気づいたら枕を抱きしめて、端っこをもふもふかじってた。だめだめ、アイネに怒られちゃう。
でも……どうしよう。
セシルちゃんのことだから……なにがあったか……聞いたら教えてくれるよね。教えてくれちゃうよね……。
そして言うの。
ナギと『
「どうしよう……それを聞いちゃったら……私」
……どうしたらいいの?
そのままナギに抱きつけばいいの? そんなこと……私にできるかな。恥ずかしがって、逃げちゃったりしないかな。そしたらナギ──ご主人様、困るよね。私が嫌がってるって思ったらどうしよう。そんなこと絶対ないのに。ああ、でもでも……でもでも!
「……はうぅ」
とりあえず、床の上に正座。
そして、ぱんぱん、と、ほっぺたを叩いて、気を取り直して──
「…………今は、聖女さまのことが先よね」
とりあえず、先送りすることに決めました。
だ、だって、私はナギの奴隷なんだもん。ご主人様が私に『聖女さんち訪問』を手伝ってって言ったんだもん。私の個人的なことなんか、後回しにしなきゃだめなんだもん。
「うんうん。それが奴隷の正しいあり方よね」
……なんか逃げちゃってるのは、自分でもわかるけど。
覚悟が足りないなぁ。私。
『能力再構築』でナギと繋がってるときは、素直になれるのになぁ……。
でも…………今は保留。そう決めた。
だって、アイネもカトラスちゃんも『デミヒューマンの争い』について調べてくれてるんだもん。私だってお仕事を優先しないとね。
「……デミヒューマン……それがもし、森を渡る部族だったら……」
それは本当に、獣人だとしたら……。
私は慌てて首を振った。
だって、もう関係ないもん。
もしそれが、私がいた『獣人の部族』だったとしても。私はもうナギのもので、セシルちゃんたちは私の家族。それは間違いないことで、絶対完璧にゆらがない。
ナギだって言ってたもん。情報を集めるのはあくまでも「念のため」だって。
街道が封鎖されちゃったら、港町イルガファへの物流にも影響が出る。イリスちゃんたちにも迷惑がかかるし、ナギの考える『天竜の加護』計画にだって関わってる。情報を調べるのはそのためで、私が関わるのだって、ナギと、家族のため。
だから『デミヒューマンの争い』のことを聞いても、私はそんなに気にならない。
もっと大事なことがあるんだもん。
そのために私は心置きなく頭をかかえて、悩んで、照れて──期待するの。
ナギとセシルちゃん、みんなとのこれからのことを。
それと──
「間違った意味での『ぶれいこう』のことも、ね」
──ぼっ。
だめだめ、顔、あつい。まだ考えが同じところに戻ってきちゃってる。
ああもう。どうしよう。今は、それはなしだって決めたのに。
だって──仮にそうだとして──私が、覚悟を決めたとして──それをナギにどうやって言い出せばいいかわからないもん。
私のことだから、肝心なところでぼーっとなって、失敗しちゃいそうな気がするから。
「……それとなく、なんとなく、それでいて正確に伝える方法があったら話は別だけどね……」
それは「ちぃとすきる」よりレベルが高いような気がするなぁ。
「……顔洗って落ち着こう。うん」
そんなことを考えながら部屋を出たら──
とんっ
「あれ? リタ。ちょうどよかった」
部屋の前の廊下に、
気づかなかったのは、私が自分の考えにひたっていたから。
触れたのは肩。だけど、そこがじんじんと熱くなっていく。ちょっと前まで頭の中を占めていたイメージと重なって、心臓がすごい勢いで鳴り始める。顔を上げるとナギと視線がぶつかる。真っ黒な瞳はいつもと同じ、私をまっすぐに見てくれてる。『
「な、な、な、なぁにかなぁごしゅじんしゃまあああっ!?」
「? うん。アイネが庭を掃除してたら、変なものを見つけたから。一緒に調べようと思って」
「変なもの?」
「セシルは『伝言ゴーレム』って言ってた」
『伝言ゴーレム』
高位の術者が作り出す、言葉を封じ込めたゴーレム。
対象の相手の魔力に反応してしゃべりだす。
秘密のメッセージなどを伝えるのに、よく使われる。基本的には使い捨て。
壊すのは難しくないので、トラップなどには使えない。
「聖女さまのもの?」
「迷宮にいた『作業用ゴーレム』と似た姿だから、そうだと思うよ。確証はないけど──」
『はーっはっはっ! やっと戻ってきたね! いんちきご主人様とゆかいな仲間たちよ!!』
「「…………」」
聖女さまだった。
セシルちゃん、うっかり起動しちゃったのかな。
声はリビングから聞こえる。外まで響くほどじゃないけど、みんなに聞こえるくらいの大音量。獣人の聴覚だと、それが聖女さまの声だってはっきりわかる。
聖女さま、私たちが戻ってきたときのために、伝言を残して行ったみたい。
「でもどうして? まさか、緊急事態でもあったのか?」
「わざわざ別荘の庭にゴーレムを仕込むくらいだもんね」
『君たちがこのメッセージを聞いているころ、デリリラさんはすごく退屈しているだろう!!』
「「……心配して損したよ(もん)!」」
『そこで君たちにお願いだ。デリリラさんが新しく作ったアイテムの実験につきあって欲しい。それはたぶん、君たちの願いを叶えるのにも役立つはずだ。君たちのことだから、どうせのんきに仲良く旅を楽しんでるんだろうから、せかしたりしないよ? デリリラさん、いつまでも待ってるからね。じゃーねっ!』
ぷつん、って、メッセージは終わった。
「……まぁ、デリリラさんも元気そうでよかった」
「……でも『願いを叶えるアイテム』って、なにかしらね……?」
私はご主人様を見つめて、言いました。
デリリラさんはあれでも高位の術者で、聖女の位にある人。
だから……本当にすごいマジックアイテムを作り出したのかも。
「実際に行って確かめてみるか」
「そ、そうねっ」
よし、今度は普通の声で言えたもん。
顔は……また熱くなっちゃってるけど。
ナギ、気づいてないよね……?
まだ旅行の一日目なのに、私の心臓がどきどきしてること。旅の終わりまで保つのか──心配になるくらいに。
「──聖女さまのアイテムかぁ」
それが本当に願いを叶えるものなら──
「……あのね、ご主人様」
私はこっそりつぶやいて、ナギの手を取りました。
「試作品のマジックアイテムの実験とか、そういうことは奴隷の仕事だと思わない?」
「そんな危ないことさせられません」
「も、もーっ!」
「なんで速攻で怒ってるの!?」
まぁ、いいもん。
すべては明日。勝負はこれからなんだから。
「じゃ、打ち合わせしましょ。『伝言ゴーレム』も、セシルちゃんに『鑑定』してもらわなきゃ」
それと、もう一回、デリリラさんのメッセージも聞きたいから。
なにか聞き漏らしがあるかもしれないもんね。
「難しいことはさっさと終わらせて、のんきに『ぶれいこう』でしょ? ご主人さま」
そう言って私、リタ=メルフェウスはご主人様の手を握ったのでした。
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