第157話「ナギと聖女さまのひそやかな戦いと、未完成のプレゼント」

「偉大なる聖女さまに祈願きがんいたします」


 洞窟の入り口で、レティシアはひざまずいた。


 ここは、デリリラさんの迷宮がある岩山。


 今朝早く保養地を出た僕たちは、昼前にここに着いた。迷宮の入り口は前に貴族が崩した状態のまま、細かい岩で塞がれてる。出入りできるのは霊体のデリリラさんと『作業用ゴーレム』だけだ。


 だから入り口を開けてもらうために、こうして呼びかけてるわけなんだけど──


「わたくしはレティシア=ミルフェ。正義の貴族を目指している者です。かつて、人を救い続けた聖女さまを尊敬しております。ぜひ、この洞窟を開き、お目にかかりたいと……」


 ──その呼び方じゃ出てこないんじゃないかな?


「あのさ、レティシア」


「なんですの?」


「昨日『伝言ゴーレム』の話を、レティシアも聞いてたよね?」


「聞いてましたわ」


 レティシアはきらきらした目でうなずいた。


「親しみやすい方ですのね。ますます尊敬ですわ!」


「どんだけ聖女さま好きなの!? レティシア!」


「事情はどうあれ、世界の平和のために活躍したお方ですもの。正義の貴族をめざすわたくしがあこがれるのも、無理はないのでは……」


 レティシアはほっぺたを赤くしてつぶやいた。


「ですが、呼びかけても反応がないとは……。ねぇリタさん。聖女さま、眠っていらっしゃるのかしら」


「え、えっと」


 リタは困ったように獣耳をぱたぱたさせた。


「さっきご主人様ナギが言ってた呼び方でいいと思うんだけど……」


「本気ですの? あんな呼び方したら、聖女さまが怒るんじゃ……?」


 そうかなぁ。


 逆に大喜びしそうな気がするんだけど。


「試しにやってみようよ。怒られたら、僕が責任をもって謝るから」


「わ、私も。ご主人様と一緒に謝るもん!」


「そこまで言うのでしたら」


 それから僕たちは、洞窟の入り口から数歩離れた。


 岩山の上には、もうヒュドラはいない。だから大声を出しても平気なはずだ。


 僕とリタのレティシアは3人横並びになって、某ラジオ体操のように、大きく腕を広げて深呼吸。


 それから、手を口のまわりでメガホン状にして、せーの、で、





「「「デリリラさーん! あーそーぼっ!!」」」





『よかろう! 友よ。この聖女デリリラが全力をもって遊んであげようじゃないか!!』


 ご、ごごん。


 洞窟の入り口を塞いでいた、岩が砕けた。


 その向こうにはデリリラさん自慢の『作業用ゴーレム』3体。


 一番後ろの一体が、小さな女性型の人形を持ってる。


 姿は、洞窟の奥にいるデリリラさんの霊体そっくり。いわば、1/10デリリラさん可動型フィギュアだ。


「ふふ、遅いじゃないかいんちきご主人様とそのご一行! 待ったよ。デリリラさん待ちくたびれたよ!」


『作業用ゴーレム』が掲げた手のひらの上で、デリリラさん(1/10スケール)が胸を張ってる。


 完全に決めポーズだった。


 ……デリリラさん、壁の向こうで待ち構えてたな、きっと。


「これが……聖女デリリラさまのお姿」


 レティシアは膝をつき、胸に手を当てた。


「はじめてお目にかかりますわ。私はソウマ=ナギさんの親友、レティシア=ミルフェと申します。偉大なる聖女さまにお目にかかることができ、光栄です。正義の貴族を目指す者として、聖女さまはあこがれですので──」


『うん。はじめまして!』


 デリリラさん(10分の1スケール)は目を輝かせた。


『それで、なにして遊ぶのかな?』


「…………えっと」


 レティシア、目が点になってる。


 彼女は僕の方を見てから、聖女さまの方に向き直って、一言。


「とりあえず、ナギさんたちがしたように、迷宮攻略の試練を受けてみたいのですが」


『なんていい子なんだ君は!』


 デリリラさんゴーレムはレティシアの手を握った。


『ちょうど退屈しのぎに「少人数向け迷宮」を作ったところなんだよ!』


「すばらしいですわね!」


『前に貴族のパーティの挑戦を受けて、集団で岩山を荒らされたことがあってね。群集心理というやつだよ。ひとりなら、そういうこともないだろう? だから少人数用のコースを作ってみたのさ』


「そんなことがあったんですの……?」


 そんなこともあったね。


 それで岩山からヒュドラがやってきて町を襲った、という。冗談みたいなお話だ。


「で、そのヒュドラを倒したのが『天竜さま (仮)』ですわね」


『そうだね。偉大なる「天竜 (仮)」が高熱量のブレスで、ヒュドラをまっぷたつにしたのさ』


「『(じ────っ)』」


 ……ふたりとも、どうしてこっち見てるの?


 というか、デリリラさん、あなたも共犯だよね。あの時一番ノリノリだったよね?


『だからまぁ、同じことがないように、少人数用コースを作ったってことだね』


「さすが聖女さまですわ」


『それに、いんちきスキルの集団がいたりしたら、あっという間に攻略されちゃうからねぇ』


「規格外の方たちが相手では、仕方ありませんわねぇ」


「『(じ────っ)』」


 だからふたりとも、ジト目でこっち見ないの。


 レティシアとデリリラさん、完全に意気投合しちゃってる。互いに名乗り合ってるから、紹介する必要もなくなってる。なんだかんだ言って、性格が似てるみたいだ。


 レティシア、将来デリリラさんみたいに『人を救う』という『契約コントラクト』したりしないよね……。心配になってきたよ。


「それに、勢いで『デリリラ迷宮攻略』するのは難しいと思うよ。レティシア」


「わたくしは、聖女さまを尊敬していますの」


 レティシアはデリリラさん (ゴーレム)の手に触れながら、言った。


「いかなる事情があったとしても、聖女さまは人を救い続けたのは本当のことですもの。そのお方が試練を与えてくださるというのなら、その機会を逃すわけにはまいりませんわ」


「『正義の貴族』を目指す者として?」


「ええ」


 レティシアは胸を張ってうなずいてから──


「……それに、ナギさんたちは迷宮攻略をしたのでしょう?」


「……まさか『仲間外れは嫌』だから迷宮攻略するとか言わないよね?」


「…………」


 レティシアは無言であさっての方向を向いた。


 ……こら。『正義の貴族』はどうした。


「しょうがないなぁ」


 レティシアひとりじゃ心配だ。


 デリリラさんの迷宮は、僕も助言しちゃってるからね。少人数用なら多少は難易度を下げてくれてるとは思うけど、サポートをつけた方がいいな。


「じゃあ。リタ、ついてってあげてくれない?」


「はーい。ご主人様」


『君か……』


 リタが手を挙げると、デリリラさんゴーレムは「むむむ」とうなった。


『格闘系獣人くん。君もなかなか手強いんだけどね……』


「私なんかたいしたことないもん。うちのパーティには、もっと『ちぃと』な子がいるんだから」


『そういう問題じゃないのさ』


 リタの言葉に、デリリラさんゴーレムは首を振った。


 人形サイズの瞳で、リタを、じっと見つめて──


『デリリラさんが恐れるのは、その忠誠心が引き出す力だよ。君はご主人様の後ろで「なにがあってもご主人様を守る」って感じで寄り添って、周囲の気配に耳を澄ませて、いざというときはすぐに動けるように体勢を整えてるからね。はたから見ても「幸せなご主人様だなぁ」って思うくらい忠誠心にあふれた、獣人の少女だからね。手強いのはわかるよね……』


「…………わ、わわわ」


『そっちの少女──レティシアちゃんは、首輪をつけてないってことはそれほど「いんちき」じゃないんだろ? 彼女の護衛に君を連れて来たということは、彼が君をどれだけ信頼しているかわかるよ。むむむ……いんちきご主人様と君の信頼関係を見ているだけで、デリリラさんはすでに負けているような気がするよ』


「そ、そんなこと……他のみんなだって、私と同じくらいナギを大事に思ってるはずだもん」


『「私以上に」じゃないんだね? そっかー。君の忠誠は同率首位なんだね。』


「わぅぅっ!?」


 リタの顔が、ぼっ、と、真っ赤になった。


「……だ、だって、忠誠心だけは誰にも譲るわけにはいかないんだもん。しょうがないもん……嘘、つけないもん……」


『よーし、じゃあご主人様大好きの君が、ご主人様の命令によってレティシアちゃんを護衛するところを、デリリラさんはじっくり観察させてもらおうか!』


「……あのさ、聖女さま」


『なんだい? いんちきご主人様』


「精神攻撃禁止」


 リタは獣耳ぱたぱたで、尻尾ぶんぶん。身体まで小刻みに震えてる。これから迷宮に挑戦するってのに、完全に緊張しちゃってるじゃないか。


「リタが最強クラスのチートキャラだからって、精神攻撃よくない」


『ふっふーん、だ。いんちきパーティの君たちには、これくらいしないとね!』


 そう来たか。だったら──


「……リタ、こっち来て」


 僕はリタを手招きした。


「は、はぁい」


 リタが僕の目の前にやってくる。


 僕は金色の髪に、軽く触れて──宣言する。


「ご主人様として指示する。リタ=メルフェウスのすべてのリミッターを解除」


「『り、りみったぁかいじょ』?」


「ダンジョン攻略が終わるまでの間、すべてのスキルをリタの判断で全開にしていい。あらゆるチートスキルで、レティシアを守ってあげて。リタならできるはずだ」


「……ナギ」


「さらに、お休み中に仕事をさせることになるので『休日出勤手当』が出ます。ひとつだけ、お願いを聞いてあげます」


「──!?」


 リタは獣耳を、ぴん、と立てて、尻尾を膨らませた。


 そして、びしり、と手を挙げて、一礼。


「まかせて! 私、レティシアさまを完全に護衛してみせるから!」


 リタの拳に『神聖力』の光が灯る。


 同時に、リタの目も輝き始める。よし、集中できたかな。


「じゃあ、僕からの使命を確実に果たすように。我が奴隷、リタ=メルフェウスよ」


「はい。ご主人様!」


 リタは、くるり、と振り返り、レティシアの手を取った。


「じゃあ行きましょうレティシアさま。このリタ=メルフェウス。ご主人様の命令通りに迷宮攻略をお手伝いするから。倍速──ううん、10倍速で!」


「ちょ、ちょっとリタさん。引っ張らないでくださいな──いえ、抱きかかえてって意味じゃありません! おんぶでもないですわ! ちょっと────っ!!」




 ひゅーん。




 ──って感じで、リタはレティシアを背負ったまま、洞窟へと飛び込んでいった。


「…………精神攻撃が無効化されたよ……」


 デリリラさんゴーレムは、がっくりと肩を落としてる。


『大丈夫かな……大丈夫だよね……デリリラさん、がんばってゴーレムと一緒に素材集めしたもんね。そう簡単にクリアされるわけないもんねー』


「素材集め、ですか」


『うん。洞窟のまわりだけじゃ材料が足りないからね』


 まぁ、そうだよな。


 ダンジョンにいる使い魔だって、デリリラさんがゴーレムと一緒に作ってるわけだし。この岩山のまわりだけに、都合良く素材があるわけがない。


『最近は、君たちというはりあいができたからね。いろいろ遠出したりもしてるんだ。だから、簡単に攻略されたりはしないよ。むうう』


 デリリラさんは腕組みをして、それから僕を見た。


「それで、彼女を行かせた理由はなにかな?」


「理由?」


『気づかないと思ったのかい?』


『リトルデリリラさん』は、石の腕で、自分の隣の地面を、ぱんぱん、と叩いた。


 言われるままに腰を下ろすと、デリリラさんは僕の肩に乗ってくる。


『デリリラさんは「少人数用ダンジョン」とは言ったけど、「2人用ダンジョン」とは言わなかった。3人で攻略してもよかったんだ。なのに、君だけ残った理由はなんだい?』


「ちょっとデリリラさんと交渉したいことがあって」


『交渉』


「『デリリラさん』の名前を少し変えて『天竜の聖女デリリラさん』にするのはどうでしょうか」


「いきなり超越存在の名前が来たよ!?」


『リトルデリリラ』さんがのけぞる。


 いきなりすぎたか。もうちょっと順を追って説明しよう。


「実は、こないだ僕と仲間がさらわれる事件があって──」


 僕はデリリラさんに説明を始めた。



 僕とレティシアと(この場にはいないけど)カトラスが、謎の少女にさらわれたこと。


 犯人の少女は貴族に怪しいアイテムや使い魔を売りつけていたこと。その背後には、王家の姫さまがいたこと。犯人は倒したけど、そういうものに対する抑止力として「天竜の加護」というものを考え出したこと。


 具体的には「港町イルガファ」「翼の町シャルカ」「保養地ミシュリラ」を「なんとなくほんのりと」天竜が見守っていることにして、その町を攻撃しようとすると罰が下る──というような感じの噂を流したこと。その裏付けとして、保養地でヒュドラを天竜が倒したという事実を利用したこと。



「で、ヒュドラ退治のときに、デリリラさんが天竜──正確には天竜の頭部──を呼び出した感じになってましたよね? だから、話を通しておこうかと思ったんです。誰かがここに来たとき、いきなり話が出たらびっくりするだろうから」


『……なかなか楽しいことを考えるじゃないか』


 小さなゴーレム姿のデリリラさんは、にやりと笑った。


『要は、人の心の中に「天竜(仮)かっこかり」を作ることで、貴族の暴走を食い止めようってことだね。いいね。デリリラさんそういうの好きだよ」


「そうことです」


『それで君は「天竜の代行者」として、謎の王様にもでもなるつもりかい?』


「まさか」


 冗談じゃない。


 王様も勇者もまっぴらだ。


「そんなものになるくらいなら、遠くの無人島にでも逃げますよ」


『だと思ったよ』


 デリリラさんは、口を押さえて笑った。


「僕は、みんなと平和に落ち着いて生活できればそれでいいんです。『天竜の加護』なんて言ったって、通じない奴には通じないと思うし。ただ、僕の家族がいる場所が荒らされる確率を、少しでも減らしたい……それだけなんです」


『ふふん、気に入ったよ、少年』


 デリリラさんはうなずいた。


『いいよ。君の「天竜の加護」計画に協力しようじゃないか』


「ありがとう、聖女さま」


『なに、世の中が平和になれば、デリリラさんが悪い奴に迷宮を荒らされることも減るだろからね、いいよ。それで、具体的になにをすればいいんだい?』


「話を合わせてくれればいいですけど──そうだな」


 そういえばデリリラさん、ゴーレムと一緒に素材集めに出かけることがある、って言ってた。


 ということは──


「それと、情報収集をお願いできますか? 素材集めのついででいいですから」


『ついででいいのかい?』


「はい。デリリラさんの『作業用ゴーレム』なら、人目につかずに情報を集めることができますよね? 外で聞いた話や見たことを、こっそり教えて欲しいんです。例えば──」


 少しだけ声をひそめて、僕は言った。


「たとえば、森の向こうで起きている、争いの話とか」


『いいよ』


 デリリラさんは静かにうなずいた。


『その話、受けた』


「ただし、ほどほどに。僕たちは神さまでも王様でも、勇者でもないんですから」


『承知してるさ。じゃあ、次はデリリラさんのお願いを聞いてもらおうかな?』


 デリリラさんが言うと、後ろにいたゴーレムたちが動き出す。


 彼らは洞窟の奥に歩いていき、ふたつの箱を持って戻って来る。


『うむ。開けてくれたまえ』


『ことこと』


『リトルデリリラさん』の指示で、ゴーレムたちが箱を開ける。


 ひとつ目の箱には、小さな鏡が。


 そしてもうひとつの箱には、翼を持つ竜の人形が入っていた。


『そっちの鏡は「転生先仮想鏡リーインカーネーション・ミラー」というものだよ』


 デリリラさんは言った。


『それを近くにおいて眠ると、お互いの夢を見ることができる。生まれ変わったらどうなるか、とかね。試作品だけど、君たちで試してもらおうと思ったんだ』


「お互いの望み、ですか」


『生前、デリリラさんが聖女をやってたとき、心をわずらった患者の治療法を探るために作ったものだよ。作りかけで放っておいたんだけど、せっかくだからここまで仕上げてみたんだ』


「こっちの人形は?」


『それも試作品の使い魔だよ。デリリラさんが遠出するのに使おうと思ってたんだけど、デザインがいまいちだから君たちにあげる』


「……デザインがいまいち?」


 箱に入っていたのは、手のひらサイズの竜だった。


 石でできてるけど、意外と軽い。姿は、いわゆる西洋系のドラゴンだ。長い首と、長い角。前足と後ろ足があって、背中に大きめの翼が生えてる。目のあるところには水晶玉がはまってる。あと、胸のあたりには穴が空いてる。これは魔力の結晶体でも入れるのかな。


「いや、充分かっこいいですよね?」


『かわいくないだろ?』


 リトルデリリラさんは僕の肩を、ばんばん、と叩き始めた。


『このデリリラさんが使うんだから、もっとこう、ぱにゅ、というか、ふにゅ、というかわいさは必要だろう? 竜にしたのは失敗だったよ。やっぱり人型にすればよかった。例えば、君の奴隷たちよりも可愛いくらいじゃないと使い物にならな──』


「うちの子たちより可愛い存在を作り出すのは無理じゃないかな? 常識的に考えて」


『──え?』


「え?」


 僕とデリリラさんは、思わず見つめあう。


 デリリラさん、なんか変なこと言ったよな? 気のせいかな?


「…………」


『…………』


「……デリリラさんのお願いって、これに関わるものですか?」


『……そ、そうかな?』


「これを仕上げるのに素材が足りない、とか」


『よくわかるねー。さすが、かわいい奴隷たちを従えてるだけはあるねー。すごいねー』


 デリリラさん、びっくりしてる。


 まぁ、竜の使い魔に穴が空いてるから、見ればわかるよね。


『その通り、これを仕上げるには素材が足りないんだ。その収集を君たちにお願いしたい』


 デリリラさんはそう言って、ゴーレムの手元から、一枚の羊皮紙を取り出した。


 そこに書いてあったのは──




『魔力水晶収集クエスト』


 ここから北に向かったところにある『夜蔦よるつたの森』から、魔力水晶を拾ってきてください。


 普段は『作業用ゴーレム』を向かわせるんだけど、最近そのあたりにゴブリンたちが巣を作っていて、近づくことができなくなったんだ。『作業用ゴーレム』には戦闘力がないからね。


 ゴブリンの中には上級種の『ゴブリンロード』がいるかもしれないから、気をつけて。敵を倒す必要はないからね。魔力水晶は大きな木の根元にあることが多いから。必要なのは6個。大きさは人のてのひらくらいの奴だ。それが『ゴーレム』や『転生仮想鏡』の動力源になるのさ。


 報酬は『小型ドラゴンゴーレム』と『転生先仮想鏡リーインカーネーション・ミラー』だよ。


 それと、デリリラさんが情報収集をすることも含めておこう。




『街道から北に2時間くらい歩いたところにある森だよ。わかりにくいところだから気をつけてね』


「ここですか?」


 僕は地図を出して、街道の上を指さした。


『そうそう……って、なんでこんな詳しい地図があるの!?』


「前に作ったんで」


『作った!? 君たち、どこまで規格外いんちきなんだよ!?』


 そういえばデリリラさんには、地図を見せたことなかったね。


『ヒュドラ事件』の前にギルドに撒いたのは、簡略化された地図だったし。こっちの詳細版は、パーティ内の秘宝として取っておいたから。


『ま、まぁ、今さら君たちのいんちきに驚いてもしょうがないか』


 デリリラさん(ゴーレム)は、こほん、と咳払いして。


『それと、森の奥には謎の空白地帯があるって言われてるよ。そこには古い神殿跡があるとも、遺跡があるとも噂されている。詳しい場所はわからないけど、強い魔物がいるかもしれないから気をつけるんだよ』


「ここですね?」


『そうそう。この森の真ん中にある空白地帯──って、だーかーらーっ!』


 なるほど。


 ワイバーンのガルフェに聞いたときから気になってたんだ、この森の中の空白地帯。


 神殿跡か遺跡があるのか……。なんか、世界の秘密に関わってるかもしれないな。


 ……絶対に近づかないようにしよう。


「わかりました。このクエスト、受注します」


『そ、そっか。君たちは話が早くて助かるよ』


 そう言ってデリリラさんは僕の肩から、ぴょん、と降りた。


『ところで、君の仲間はどうなったかな。そろそろ「少人数向け迷宮」の半分くらいはクリアしたかな? いや、無理かなー。かなりハイレベルな迷宮だからねー』


「どういう迷宮なんですか?」


『防御力は低いけど、素早い魔物がいる廊下と、ぬとぬとしたタマゴが飛んでくるトラップを仕掛けた迷宮さ。あと、幻惑系の結界も張ったよ!』


 デリリラさんは胸を張った。


『これは君たちでもなかなか攻略できないと思うよ。たとえば、敵の集団の動きを止めるスキルが使えたり、タマゴを跳ね返す能力がない限りね! 幻惑結界なんて破れる奴はそうそういないよね!!』


「……どうしよう」


「「…………どうしたらいいの(ですの)」」


 かすかに、声がした。


 僕は通路の向こうを見た。


 壁に穴が空いてて、その上にはごていねいに『少人数向け迷宮、出口』って書いてある


 そこからリタとレティシアが、こっちを見てた。


 すっごく、気まずそうな顔をしてた。


『ふっふーん。いんちきパーティの君たちも、これで少しは思い知るだろう。君たちのいんちきスキルが通じない迷宮もあるってことをね!』


「……あの、デリリラさん」


『でもねぇ、今回はさすがにデリリラさんも迷宮レベルを上げすぎたからね。反省してるんだよ。そうだなぁ。じゃあ、今から1時間以内に迷宮をクリアできたら、さっきのクエストなしで、報酬だけあげることにしようか。デリリラさん渾身こんしんの迷宮をクリアするんだからね。それくらいの報酬は当然だよね。まぁ、できないとは思うけどねっ!』


『……ことこと』


『なんだよ「作業用ゴーレム」くん。今いいところ──」


『作業用ゴーレム』が、デリリラさんの袖を引いた。


 デリリラさんが横を見た。


 リタとレティシアと、目が合った。




 デリリラさんが涙目になった。




 そのあと、デリリラさんがどんな顔をしたのか、とか。


 僕とリタ、レティシアに『作業用ゴーレム』まで、総掛かりでどんなふうになぐさめたのか、とか。


 そういうことはとりあえずおいといて。



 なんだか悪いことしたような気がしたから──僕たちは普通にクエストを受けることを決めたのだった。

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