第158話「素材採取にでかけたら、犯行現場に出くわした」

夜蔦の森よるつたのもり』は保養地ミシュリラの北にある。


 昔、鉱山があったところの近くだからか、地面には魔力が通りやすい性質があるそうだ。


 デリリラさんがリクエストした『魔力水晶』はその近くで取れる鉱石のひとつで、魔力をため込む──いわば電池みたいな性質があるそうだ。長時間安定して使えて、劣化も少ないんだとか。


 でもって『魔力水晶』は大きな生き物が好きで、樹の根元なんかに生えてることが多いらしい。


「そしてゴブリンの群れは、鉱山の村があったところに巣を作ってる、と」


 僕は地図を再確認。


『夜蔦の森』のはずれには、今は使われなくなった廃村はいそんがある。


 デリリラさんの情報では、そこに巣を作ったゴブリンは、古い家や鉱山の穴に住んでいるそうだ。


 セシルの『古代語魔法 火球』で、あらかじめ村ごと吹っ飛ばしておく手もあるけど、採取クエストでそれは派手すぎる。それに、家や穴の中に隠れてた奴が凶暴化して襲ってきてもやっかいだ。


 そんなわけで僕たちは、極力戦闘は避けて、採取重視で行くことにした。


 そのために、パーティをふたつにわけた。


 まわりを警戒して、魔物が近づいてきたら知らせる『索敵組』


 これは僕とリタとカトラスが担当する。


 もうひとつは『採取組』。


 こっちはセシルとアイネ、レティシアが手伝ってくれることになった。


 セシルは魔力に適正があるから、魔力水晶を見つけやすい。アイネは掃除のときなんかは隅々まで目配りしてくれるから、採取にはぴったりだ。レティシアは2人の護衛をお願いすることにした。


「『魔力水晶』は結構な値段で売れるの」


 パーティの『おさいふ管理係』のアイネは言った。


「じゃあ、たくさん採れたら祝宴パーティでもやろうか」


 保養地到着と、クエスト成功を祝って。


 そんなことを話し合った次の日、僕たちは森に向かって出発したのだった。









──索敵組 (ナギ、リタ、カトラス、フィーン)──





 森に入った僕たちは、木々の間に身を伏せた。


「それじゃリタ、『気配察知』をお願い。敵が近づいてきたら知らせて」


「はい。ご主人様」


 僕たちがいるのは、森の奥。ゴブリンの巣がぎりぎり見えるくらいの場所だ。


 ここで魔物の動きをつかんで、『採取組』に知らせるのが僕たちの役目だ。


「フィーンは『バルァルのよろい』で魔力の身体を作って……で、空中に飛ばせるかな?」


「あの樹の中程までなら、大丈夫ですわよ?」


「じゃあ、お願い。空中からなら、ゴブリンの巣の様子がわかりやすいから」


「承知いたしましたわ。あるじどの」


 アーティファクト『バルァルの鎧』を着たカトラスが一礼する。


 もちろん。中身はフィーンだ。ここに来るまでの間に交代してもらってる。


「我が身体を作りなさいな──神聖遺物『バルァルの鎧』!」


 フィーンは胸に手を当てて、宣言する。


 胸につけた鎧から、ふんわりとした魔力が生まれ、人の姿に変わっていく。


 灰色の髪に、赤紫色の瞳──フィーンだ。服は僕がリクエストした通り、茶色を基本とした迷彩服を着てる。魔力の身体だから、服は自由に作り出せるらしい。


「危ないと思ったらすぐに戻って来るように、ね」


「平気ですわ。ごほうびは、もうもらってますもの」


 フィーンは唇に指を当てた。


 それから木々の枝を伝って、上の方へと移動していく。


 魔力体になったフィーンは、目算で15から20メートルくらい、カトラスから離れることができる。それを利用して、高いところからゴブリンの巣を見張ってもらうことにしたんだ。


「カトラスと僕はここで待機。索敵中のリタとフィーンの護衛だ。一番やっかいなのはゴブリンの集団だからね。動きがあったら、すぐに対応できるように」


「わかりました。あるじどの」


 カトラスはショートソードを構えた。


 見上げると、フィーンの姿は枝の間に隠れていた。いるってわかってても見えづらい。


 たぶん、ゴブリンたちからだと完全に風景に溶け込んでるはず。




『送信者;ナギ


 受信者:フィーン


 本文:ゴブリンたちの巣が見えたら「スクリーンショット」を送ってみて。


 目に見えた映像を僕に投げる感じにしてくれればいい。できる?』





 僕は『意識共有マインドリンケージ・改』でフィーンにメッセージを送った。


 すると隣でカトラスの肩が、びくん、と震えた。


 元々同一人物だからか『意識共有』系のメッセージは、2人同時に送られるみたいだ。





『送信者:フィーン


 受信者:あるじどの


 本文:こうですの?』





 フィーンから届いたメッセージには、樹上からの景色が映ってた。


 地上20メートルの高さから見えるのは、古びた廃村。崩れかけの家をゴブリンたちが住処にしてる。その先にある岩山には、いくつかの横穴がある。入り口に見張りが立ってるところをみると、そこも巣にしてるみたいだ。


「すごいな。敵の配置までまるわかりだ」


「フィーンがお役に立ったようでなによりであります」


「普通は上空からの索敵なんてできないもん。カトラスちゃんもフィーンちゃんも、すごいよ」


 カトラスの言葉に、リタがうなずいた。


 まぁ、うちの子みんなチートキャラだからね。


 フィーンにはそのまま、3分おきにスクリーンショットを送ってもらうことにして、僕は廃村の風景をチェックすることにした。


「……でも、妙に組織化されたゴブリンだな」


「どういうこと? ナギ」


「魔物なのに、まるで軍隊みたいな動きをしてる。村の出入り口には見張りが立ってるし、まわりを警備のゴブリンが巡回してる。廃村の真ん中では集団で料理をやってるし、その前では整然と行列ができてる。廃村の道なんか普通は雑草でいっぱいなのに、きちんと草むしりと整備までされてる」


 僕が言うと、カトラスもリタも首をかしげた。


「……そんなゴブリン、聞いたことないわね」


「……ボクも初耳であります」


 だよねぇ。


「あとで詳しい情報を冒険者ギルドに流した方がいいな」


「あっちには『廃村ゴブリン討伐依頼』が出てるって話だもんね」


「アイネどのが調べてくれた通りでありますな」


 ギルドに『ゴブリンの巣攻略法』を伝えるくらい、いいよな。


 僕たちの仕事はあくまでも採取だ。用もないのに、みんなを危険にさらすわけにもいかないから。


 ……それに、悪い予感がする。


 組織化されたゴブリンの上に、得体の知れないなにかが存在しているような……。


「……ナギ。アイネたちに連絡して」


 不意に、リタが僕の背中をつついた。


「魔物の気配がするわ。セシルちゃんたちがいる方。距離は、あっちの方が近いわね」


「わかった。リタは援護えんごに行って」


「了解しました!」


 身を低くして、リタが走り出す。


 同時に僕は『意識共有マインドリンケージ・改』のメッセージを送る。




『送信者:ナギ


 受信者:アイネ


 本文:リタが魔物の気配を察知した。そっちに向かってる。リタが援護に行ったよ。それまで「なるべく静かな方法」で対処して。いいかな?』




 返信はすぐに返ってきた。




『送信者:お姉ちゃん


 受信者:なぁくん


 本文:魔物はこっちでも確認したの。「フォレストクロウラー(森イモムシ)」なの。なぁくん直伝の「らくちん殲滅作戦せんめつさくせん」使っていいかな?』





『送信者:ナギ


 受信者:アイネ


 本文:いいよ。作戦コードは「セシル・アイネの1番」?』





『送信者:お姉ちゃん


 受信者:なぁくん


 本文:そうなの。ラフィリアさん命名の「冥府への閉門ヘルズ・ゲート」なの。

 それと「セシル・アイネ・レティシアの2番」も』





『送信者:ナギ


 受信者:アイネ


 本文:ラフィリア命名の「2段配球殺法デュアル・デスボール」か。いいよ。でも、気をつけてね』





『送信者:アイネ


 受信者:ナギ


 本文:ありがとうなの。ご主人様。お礼に「転生先仮想鏡リーインカーネーション・ミラー」が完成したら、アイネが実験台になるの。絶対なるの。え? セシルちゃんも実験台になりたいの? レティシアも? うーん。あれは奴隷契約は関係なさそうだから、できるかも。じゃあみんなで一緒に実験台になるのはどうかな。そうなると配置は──』




 ……おーい。


 そういえば昨日、デリリラさんちから戻ってきたとき、みんな『転生先仮想鏡』のことで盛り上がってたなぁ。


 まぁ、こっちの世界は娯楽とかあんまりないからね。気持ちはわかるな。うん。


 僕としては『ドラゴンゴーレム(ミニ)』の方が役立つと思ったんだけど。かっこいいし。




『送信者:ナギ


 受信者:アイネ


 本文:盛り上がってるのはいいけど、戦闘、気をつけてね』




 一応、釘を刺しておこう。ご主人様的に。


 メッセージを送ると、すぐにアイネから返信が来た。画像付きで。


 羊皮紙に描かれた『らくちん殲滅作戦』の解説だった。


 セシル、レティシア、アイネのフォーメーションと、対処法が載ってる。


「……セシルどのたちは大丈夫そうでありますか?」


「うん」


 心配そうにこっちを見てるカトラスに、僕は言った。


「楽勝だと思うよ」








──採取組(セシル、アイネ、レティシア)──





「発動です! 『魔法属性変更エレメンタル・チェンジャー』」


 スキルを起動した瞬間、セシルの心臓がどくん、と鳴った。


 思わず……顔が真っ赤になる。


 セシルが起動したのはナギからもらった『結魂スピリットリンク』スキルだ。


 ナギと『とてもなかよし』になったときの記憶と深く繋がっている。脳裏をよぎりかけた光景を、セシルは頭を振って追い払う。


「い、今はお仕事中です。集中しないと──」


「来ましたわよ、セシルさん。『フォレストクロウラー』ですわ」


 レティシアの声に合わせたかのように、木々の隙間から緑色の大イモムシが現れた。





『フォレストクロウラー』


 森に棲息する大イモムシ。


 全身を堅い殻で覆われている、肉食の虫。たくさん食べて大きなまゆを作る。ただしそれで冬を越すだけで、チョウチョになったりはしない。


 防御力が強く、群れで行動する習性があるため、かなり危険な魔物。





「わたくしが守って差し上げます。今のうちに魔法を」


「はい!」


 セシルは詠唱を開始する。


 使うのは『属性』を変えただけの通常魔法だ。あとは狙いを定めるだけ──


「『大いなる流体の障壁を』──『水の壁ウォーターウォール』!!」


『ギュ? モモモモ──ッ!!?』


 4匹の『フォレストクロウラー』の前方に、人の身長ほどの『水の壁』が出現した。


 セシルのレベル2魔法『炎の壁』の水ヴァージョンだ。


 なにもない地面から水流が噴き出し、薄い壁を形作っている。


『??? ギュギュ──』


 ばしゃり。


『水の壁』が『フォレストクロウラー』を足止めしたのは数秒だった。


 4体の大イモムシは少しためらったあと、前進を開始した。


 地面からの水流は、大イモムシの移動速度を落とすことしかできなかった。


 イモムシたちの堅い殻は『水の壁』をあっさりとはじき返した。地面にできた水たまりをばしゃばしゃと蹴りながら、ゆっくりと進んでいく。


「解除です!」


 ばしゃん。


『水の壁』が崩壊し、イモムシたちの足下に落ちる。


『ギュギュ! ギュ!』


 勝ち誇ったイモムシたちが声をあげる。そこへ──


「……これで詰みなの」


 ──木の上に隠れていたメイドさんが、水たまりに舞い降りた。


「発動。『汚水増加おすいぞうかLV2』」


 アイネは地面にモップを突っ込み、スキルを発動した。


『『『『────!!!!?』』』』



 しゅう。


 魔物の身体から、水分が出て行く。


『フォレストクロウラー』の身体が震えだし、その外殻に亀裂が走る。




 ころん。ころん。ころころん。




 4体の『フォレストクロウラー』はそのまま地面に転がり、動かなくなる。




『フォレストクロウラー』をたおした!




 アイネの『汚水増加』は、掃除道具で触れた『汚れた水』を増加させる。その水分はまわりにあるものから強制的に奪う。


 そして、セシルの『水の壁』が生み出した水の量は、小さな池くらい。


 それを30%増加させる水分は『フォレストクロウラー』を干物にしても足りないくらいだったのだ。


「作戦!」「成功なの!」


 セシルとアイネは、ぱーん、とハイタッチ。


「やっぱりナギさまが立てた作戦は完璧です!」


「なぁくんは『2ヒットコンボ』って言ってたの」


「……魔物が気の毒になりますわね。らくちん殲滅作戦せんめつさくせん『セシル・アイネの1番』って」


 レティシアは苦笑いしながら肩をすくめた。


「セシルさんが魔法の属性を変えて『水の壁』で周囲を水浸しに。そしてアイネが『汚水増加』で敵の水分を奪う、と。アイネの対集団スキルが、どこでも使えるようになったわけですわね……」


「それにこの前『汚水増加』のレベルが上がったの。えっへん」


「……無敵じゃありませんの」


「ううん」「そんなことありません」


 レティシアの言葉に、アイネとセシルは首を横に振った。


「これは、なぁくんが魔物の情報をくれたからできたことなの」


「だからわたしたちは準備できたんです」


「これは、なぁくんがセシルちゃんに新しいスキルをくれたからできたことでもあるの」


「だからわたしはそのときのご恩をお返しするために──って、アイネさんっ!?」


 不意打ちだった。


 思わず正直に答えそうになったセシルは涙目で、アイネを見た。


 でもアイネはいつものふわふわな表情で「んー。なにかなー」って首をかしげるだけ。なんだかその目がなにもかもわかってるように見えて、セシルはさらに真っ赤になる。


「わ、わたしは、その……あの」


 つんつん、と指を付き合わせて、うつむくセシル。


 それから、なにかを決意したかのように、顔を上げて、


「ナ、ナギさまの許可がいただければ……その……詳しいことを……お伝えしても……いいかと……」


 息も絶え絶えな感じで、やっとそれだけを口にした。


「お、お仲間のみなさんは、わたしにとってすごく大切な人たちですから、その……隠し事はしたく……ないです……から」


「大丈夫。お姉ちゃんはわかってるから」


「わかっちゃってるんですか!?」


「うん。セシルちゃんが今、すごく幸せだってことはわかってるの。だから、それでいいの。みんなが幸せでいてくれるのがわかるから、だから、詳しいことは聞かなくてもいいの」


 アイネはしゃがんで、セシルと目線を合わせて、そう言った。


「……もう。アイネってば」


 親友の姿を横目で見ながら、レティシアは肩をすくめた。


「さてと、次の魔物の対処をするの」


 アイネは膝を払って立ち上がる。


「ナギさまからの情報ですね? いいなぁ……」


「詳しく聞くのは後ですわよ。セシルさん。さっさと片付けましょう」


 セシルは杖を、レティシアは剣と楯を掴みなおした。


「なぁくんからメッセージが来たの。再び魔物。『フォレストスパイダー』なの」





『フォレストスパイダー』




 森に住む大蜘蛛。


 糸を木にくっつけて、それを足場にすることで素早く森を移動する。


 常に地上にいるわけではないので、魔法を当てるのは意外と難しい。





 すぐにセシル、アイネ、レティシアは対処を開始。


「リタさんが来るまでに倒しておきましょう」


「わかったの。リタさんの体力は温存しておくべきなの」


「今の話の流れからすると……なんか意味深に聞こえますわ」


 うなずきあって、3人は走り出す。


 打ち合わせは一瞬で終わった。


 次の殲滅作戦せんめつさくせんは『セシル・アイネ・レティシアの2番』──ラフィリア命名の『2段配球殺法デュアル・デスボール』だ。


「わたくしとアイネが背後に回り込みます。セシルさんは魔法で援護を!」


 レティシアは剣を手に走り出す。モップを手にしたアイネが、それに続く。


 木々の間に『フォレストスパイダー』の姿を探す──いた。


 敵はもう、こっちに気づいている。『森蜘蛛フォレストスパイダー』は糸で結界を張るよりも、それを使った高速移動を好む。獲物に一気に近づいて、その巨体で動きを封じて喰らう。それが基本戦術だ。


『シュシュ──シュ────ッ!』


 レティシアを見た『森蜘蛛』が8本の足を振って威嚇する。


「正面から戦うほどおろかではありませんっ!」


「『精霊よ我が敵を撃て』──『水の矢ウォーターアロー』!!」


 声が聞こえた瞬間、レティシアは首を右に倒す。


 その髪をかすめて、セシルの『水の矢』が飛んでいく。レティシアの身体が邪魔で、『森蜘蛛』はセシルの魔法に気づかなかった。水圧を帯びた『水の矢』が『森蜘蛛』の目に直撃する。


『シュシュシュアアアアアア!!』


 ただの水でも、視界を塞ぐには十分だ。


『森蜘蛛』は嫌そうに身体を振りながら、正面に向かって2本の足を突き出した。レティシアの攻撃を警戒したのだろう。


 が、レティシアは敵が視力を失ってる隙に側面へ。さらに背後へと回り込む。


「ついてきてますわね。アイネ」


「もちろんなの!」


 レティシアは視界の端に親友の姿を捉えている。


 3人は完全に『森蜘蛛』を挟み込んでいる。正面にセシル、背後にはアイネ、レティシア。問答無用の挟撃体勢だ。


「いきます! 『水爆球ウォーターボール』!!」


 セシルの指先から、人の頭くらいの水の球体が飛び出す。


 これは火炎魔法『火球』の水バージョンだ。


 起爆するとふくれあがり、敵を包み込んで水圧で押しつぶす能力がある。


森蜘蛛フォレストスパイダー』は必死で頭を振り、目にかかった水を払っている。


 そして顔を上げ、飛来する水球を見つめて──


『シュシュッ!?』


 ひょい。


 宙に向かって、逃げた。


『森蜘蛛』はいつの間にか、頭上の枝に糸を張っていた。それをロープ代わりにしてよじ登り、近づいてくる『水爆球』を避けたのだ。


 避けられた水魔法は止まらない。


 そのまま『森蜘蛛』の背後にいたレティシアとアイネに向かって飛んでいく!


「来ますわ。アイネ、手伝ってくださいな!」


「了解なの!」


 レティシアの手に、アイネが自分の手を重ねる。


 準備はしてある。レティシアの手の中には、木製のお玉がある。この作戦のために市場で買ってきたものだ。


 大きな鍋に使うためのもので、柄が妙に長い。


 遠目には、ただの棒・・・・にしか見えないくらい。


「発動なの──『魔力棒術まりょくぼうじゅつ』」


 アイネがそのお玉に、魔力を注入する。


 ただの調理器具だったそれが、魔法の武器へと変化する。


「魔法の武器ならば通じるはずですわ」


 レティシアはアイネと手を重ねたまま、スキルを発動する。




『いきますわよー。卵類反射カウンターエッグ』!!」


 レティシアとアイネは、お玉を振り上げた。




「この使い方は実験済みですわよっ!」


 レティシアの『ロングお玉』が、セシルの『水爆球』に触れた。


 本来、魔法には魔法の武器でないと干渉できない。


 逆に言えば、魔法の武器であれば干渉できる。


 そして『卵類反射』は、調理道具で『球体のもの』を押し返すことができるスキルだ。


 アイネの『魔力棒術』によって魔法の武器になった『ロングお玉』は『水爆球ウォーターボール』に触れ、チートスキル『卵類反射』の効果を発動させた。さらに振り上げた軌道は、球体を普段とは違うコースへと変化させた。


 斜め上へ。


 空中へと逃げた・・・・・・・フォレストスパイダー・・・・・・・・・・に向かって・・・・・




『シュシュ────ッ!!?』


 ぼふん。




 ふくれあがった水の玉が『フォレストスパイダー』を包みこんだ。


 水圧が、蜘蛛の身体を押しつぶしにかかる。通常魔法だ。威力はそれほど高くない。蜘蛛は足を数本折って、地上に落ちただけ。生き延びられるはずだった。


 地上で、モップを手にしたメイドさんが待ち構えていなければ。


「はい。『汚水増加LV2』」


『────っ!!』






『フォレストスパイダー』は、干物になった!





「「「おしまいっ!!」」」


 ぱん、ぱぱーん。


 セシル、アイネ、レティシアは互いの手を合わせた。


「やっぱり、ナギさまの作戦は完璧です」


「なぁくん、アイネたちのことをわかってくれてるの」


「……もはや通常の冒険者では届かない領域の戦いですわね。これ」


 ナギからの『敵接近』の続報はなし。


 近くにいた魔物はすべて討伐したのだろう。


「あ、リタさんが来ました。リタさーん。こっちです!」


 木々の間に、リタの姿が見えた。


 セシルは思わず背伸びして、めいっぱいに腕を振る。


「セシルちゃん! アイネ! レティシアさま!!」


「……リタさん?」


 セシルは首をかしげる。


 走ってきたリタが、不思議なくらい真剣な顔をしていたからだ。全力疾走しても汗もかかないはずのリタなのに、今は息を荒げてる。揺れる胸を押さえて、セシルたちの前で膝をつく。


「お、お願い。ご主人様にメッセージを送って。アイネ。大急ぎで」


「わかったの」


 アイネは即座にうなずいた。


 リタが必死なのがわかったのだろう。


 アイネもまじめな顔になり、リタの言う通りの文章を『意識共有・改』でナギに送る。


 その内容は──








──索敵組。ナギ、カトラス、フィーン──





「あるじどの。動きがありました!」


 頭上でフィーンの声がした。


 即座に画像付きのメッセージが送られてくる。


「……え」


 そこには、檻に入って運ばれていく、小さな子どもが映っていた。


 檻の外から槍を突きつけられて……泣いてる。


 檻を見張っているのは2人のゴブリン。二刀流の『達人ゴブリン』だろう。


 運ばれていく先は廃村の中心。誘拐?


 ──と思ったとき、今度はアイネからメッセージが来た。





『送信者:リタ(代筆:アイネ)


 受信者:ご主人様


 本文:お願いがあります。これから1日、単独行動を許可してください』




「……リタ?」




『昨日、聖女さまのダンジョンで「お願いを聞いてくれる」とご主人様は言いました。だから、お願いします。今、ゴブリンに獣人のちっちゃな子がつかまってるのが見えたの。鉱山の向こうの森から運ばれてきたみたいなの。


 もしかしたら……森の奥で亜人同士の争いが起きてるって話と、関係してるのかもしれない。


 放っておけないの。お願い』





 僕はフィーンから送られてきた画像を見た。


 遠いから見えにくいけど、確かに、檻の中の子どもには獣耳と尻尾が生えてる。




『だから、ナギ。今だけ単独行動を許可して。あとでどんなおしおきされても構わないから。私に、ちっちゃな子を助けさせて』





『送信者:ナギ


 受信者:リタ(代理:アイネ)


 本文:単独行動は許可できない』




 僕はメッセージを送った。

 当たり前だ。ゴブリンの巣を相手に、単独行動なんかさせられるか。




『だから、僕も行く。


 はい。この場で参加者をつのります。協力してくれるひとー』





「はいであります!」「行くに決まっておりますわ!」


 カトラスとフィーンが手を挙げた。





『送信者:アイネ


 受信者:なぁくん


 もちろん行くの!


 セシルちゃん(代筆:アイネ)「わたしがリタさんを助けないなんてありえません!」


 レティシア(代筆:アイネ)「……置いてけぼりにしたら泣きますわよ」』




 よっしゃ。


 僕がずっと気になってた「亜人同士の争い」


 獣人の子どもが捕まったのがそれに関係しているとしたら、情報を得る助けになるかもしれない。聖女さまのクエストは別に期限はないし、あとで回収にくればいいよね(3つは回収してるし)。


 さてと、まずは情報収集か。




『リタに伝言。気配を消して、適当なゴブリンを捕まえてきて。僕が話を聞くから』




 僕はアイネにメッセージを送った。


 すぐにアイネから返信が来る。了解、とのこと。それから──




『リタさんから伝言なの。奴隷なんだから、このわがままは許さないで、って。絶対におしおきしてくれないと駄目なんだからね、って。どうする?』




 わかった、って僕は答えた。


 でもまぁ、それはあの誘拐っぽい件が片付いて、リタが落ち着いてから。


 亜人と魔物の中で、今なにが起きてるのかを知ってから、ってことで。




『他のみんなは、とりあえず合流して。

 セシルは「聖杖ノイエルート」を用意して。相手は集団だ。巨大魔法が必要になるかもしれない』




 目標はゴブリンのいる廃村。敵の数は30体弱。


 冒険者ギルドに討伐命令が出てるそうだから、人の仕事を奪わないようにと思ってたけど、ちっちゃな子を誘拐してるなら話は別だ。


 安全に、簡単に、素早く、拠点攻略させてもらおう。






──────────────────



今回使用した魔法


水の矢ウォーターアロー』『水爆球ウォーターボール』『水の壁ウォーターウォール


セシルの『結魂スピリットリンク』スキルで属性を水に変えた『炎の矢』『火球』『炎の壁』

水の矢は相手の視界を奪ったり、水圧で敵を押し返したりするのに使える。

水爆球はセシルの合図でふくれあがり、敵を水の球に包み込むことができる。

そして水の壁は、任意の場所に水流の壁を作り出すことができる。


どれも攻撃力は低いが、アイネの『汚水増加』と組み合わせると、広範囲殺傷能力を持つという、恐ろしい魔法に早変わりする。

また『水爆球』はアイネの『魔力棒術』と組み合わせることで、レティシアの『卵類反射』で自由に跳ね返すことができる。


それを利用して行われる『異世界レシーブごっこ』は、チートキャラ限定のスポーツとして定着したのですが、服が濡れるのを嫌ったレティシアが下着姿になったところにナギが通りがかってからは、会場がお風呂場限定になったそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る