第199話「ご主人様とチート嫁による『双子島バカンス大作戦』(前編)」
「やっと着いた──っ!」
僕がイルガファから保養地に転移して、数日後。
僕たちはパーティ全員で、無人島ツアーにやってきていた。
場所は『保養地ミシュリラ』の北西。
元々行く予定だった無人島から少し離れたところにある、双子島だった。
「ごらんくださいあるじどの! 向こうの島でセシルどのとリタどのが手を振っているであります!」
「レティシアもいるの。やっほー!」
砂浜に降りたカトラスとアイネは、
僕も真似して手を振ってみると──
ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ!
「────呼んだ────? ナギ──────っ!!」
「無理しないの! 『
リタが水面を走ってこっちに来ようとしたから、僕は慌てて叫び返した。
この海域には、ふたつの無人島がある。漁師さんは『双子島』って呼んでた。
僕たちがいるのは、その双子島のひとつだ。
元々行く予定だった島が予約でいっぱいになっちゃったことで、僕たちは別の無人島ツアーを手配した。うっかり、ふたつの島を。
ひとつは僕とアイネとカトラス、イリスがいる島で、温泉と砂風呂が有名な火山島。
もうひとつはセシルとリタ、ラフィリアとレティシアがいる島で、遊びやすい浅瀬や川と、美味しい果物が成ってることで有名なところだ。
2つの島は数百メートル離れているけど、夜になると水が引いて、渡れるようになるらしい。
だから僕たちは、両方の島でバカンスをすることにした。
ちなみに魔剣のレギィは僕の背中に。シロ入りの『りとごん』はリタが抱いてる。
メンバーの振り分けはくじ引きで決めた。
パーティを分けたのは、せっかく予約したんだから両方の島で遊ぼう、というだけ。みんな、気に入った方で遊べばいいって思ってる。潮が引けば、互いに行き来できるからね。
『送信者:セシル
受信者:ナギさま
本文:わたしたちはこちらの島の探検に向かいます。美味しそうな果物を見つけたらお届けしますね』
そんなことを考えてると、セシルからメッセージが届いた。
僕は『楽しみにしてる』って返信しておく。
向こうの砂浜には、もう人影は見えない。セシルとリタ、ラフィリアとレティシアは、もう動き出したみたいだ。僕たちも昼間のうちに、面白そうなポイントを探しておこう。
「それじゃこっちも動こうか」
「はい。お兄ちゃん」「行くであります」「……うん」
僕たちは荷物を手に、島の中に向かって歩き出す。
砂浜の先は森になってる。無人島とはいえ観光地だからか、地面にはしっかり道ができてる。
地面はほんのり温かくて、日差しはそんなに強くない。
ここまで船に乗せてくれた漁師さんの話では、木々の間に天幕を張ってもいいし、
イリスとカトラスは手を繋いで、スキップしながら歩いてる。
アイネは……いつもより顔が赤い。僕が視線を向けると、照れくさそうに笑い返す。いつもとはちょっと違う。理由はたぶん……『ホーンドサーペント』の肉のことだろうな。
あの食材は、食べると『おとこのこ的に』元気になる。アイネはそのことを僕に隠してた。ということは、たぶん、アイネはこの旅の間に僕にそれを食べさせようと考えていて──その先は──たぶん。
とくん
……気づくと、僕は思わず胸のあたりを押さえてた。
いけないいけない。
アイネは僕が『ホーンドサーペント』のことを気づいてないと思ってる。お姉ちゃんの願いだから……その……叶えてあげたい。ここは知らないふりをしておかないと。でないと、アイネのことだから、きっと気を遣っちゃうからな。
深呼吸して……よし。
「ほら。遅れてるよ。アイネ」
「ひゃ、ひゃいなの! ひゃいっ!」
声をかけるとアイネは、びくん、と肩をふるわせた。
むちゃくちゃ動揺してた。新鮮なくらい。
「ああっ。アイネの
「う、うん」
アイネ、今日はサンダル
でも、真っ赤な顔で震えてるのを見てたらなにも言えない。
僕は言われるまま先に進むことにした。
「……おお」
森に入ってすぐ、僕は思わずためいきをついた。
周囲は一面の緑で、枝の隙間からはやわらかい日差しが差し込んでいる。潮風まじりの風が、すごく、気持ちいい。
今までも森で冒険したりしてたけど、それとは違う感じがする。
安心するような、誰かに見守られてるような、そんな森だった。
先に進んだイリスとカトラスはぼーっと突っ立ってる。ふたりとも、僕と同じものを感じてるのかもしれない。
「島の守り神とか、いるのかもしれないな」
ここはファンタジー世界なんだから、そういうものがいてもおかしくないよね。
「セシルとラフィリアなら、存在を感じ取れるのかな」
僕がそう言った瞬間、セシルからメッセージが届いた。
タイムリーだった。
「セシルもなにかを感じ取ったのかな。えっと──」
僕はメッセージを開いた。
『送信者:セシル
受信者:ナギさま
大変です! ナギさま。一大事です! この島は──わたしたちをこばんでいます! どうしましょう……どうしましょう……』
……なにがあったの。セシル。
「……なんということでしょう」
「……こんなことが、あっていいのでありますか……」
耳を澄ますと、イリスとカトラスがつぶやく声が聞こえた。
ふたりとも、がっくりと肩を落としてる。
よく見ると、ふたりは木々の下に置かれた木の板を見ていた。
炭のようなもので文字が書いてある。えっと──
『この島に
「……はい?」
『送信者:セシル
受信者:ナギさま
本文:なんでしょう……この板は!? 「この島に
あ、向こうの島で『
しかも、いつもよりでかい。
『送信者:ナギ
受信者:セシル
本文:セシル。ラフィリアを止めて。観光地の自然破壊はまずいから。僕が調査するまで、暴れないように、って』
僕はメッセージを送った。
向こうの島の竜巻が消えた。
「こんなルールがあるなんて、漁師さん言ってなかったよね……?」
僕はイリスに聞いてみた。
「はい。むしろこの島は、愛し合う者たちのいこいの場として知られています。そのあたりは予約前に調べたのですが……」
イリスはそう言って、僕の手を握った。
すると──
ばさばさばさばさっ!
「なぁくん!」
アイネが僕の腕を引いた。
僕の背中をかすめて、木の枝が降ってきた。
大きさは僕の腕くらい。細いから、当たってもどうってことはないけど──
「もしかして、僕たちの他に誰かいるのか?」
「ここは無人島のはずなのに……?」
「アイネたちを見張ってる人がいるってこと?」
「人とは限らないであります。騎士ゴーストのようなアンデッドかも」
イリス、アイネ、カトラスが声をあげた。
謎のメッセージと、木の板。
イリスの手を握ったら落ちてきた木の枝。まるで警告するみたいに。
この場所に誰かいるとしたら、それは僕たちが触れ合うことをこばんでいるのかもしれない。
……でも、それじゃバカンスに来た意味がないよな。
…………うん。
とりあえず、実験してみよう。
ぎゅっ。
「お兄ちゃん?」「え、なぁくん?」「あ、あるじどの?」
僕はイリスとアイネとカトラスを、ぎゅ、ってしてみた。
ぼこんっ。
僕の足下の地面が
「ちょ、お兄ちゃん!?」「無茶しないで、なぁくん」「大丈夫でありますか!?」
僕の身体を、3人が支えてくれる。
地面に空いた穴は、人のこぶしくらいの小さなもの。だけど、つまずいたら普通に転ぶ。
この島にいる誰かは「女の子といちゃいちゃしようとする男性」に、こうやって警告するのか。
「レギィ、いるよな?」
『当然じゃ』
僕の背中で、魔剣のレギィが揺れた。
「しばらくそのまま、魔剣の姿でいてみて」
『わかったのじゃ……って、主さま?』
さわさわ、さわ。
『ぬ、ぬしさま? いきなり我の本体をなでてどうするつもりじゃ?』
「うん。実験」
『じっけん? あ、こら。みんなの前で我の
ふむ。
魔剣状態のレギィは、女の子として認識されていない、ってことか。
これでひとつ、ルールがわかった。次は──
『送信者:ナギ
受信者:セシル
本文:セシル、ちょっといい?』
「送信者:セシル
受信者:ナギさま
本文:は、はい。なんでしょうナギさま! いま、リタさんとラフィリアさんをレティシアさまがなだめているところで──」
『送信者:ナギ
受信者:セシル
本文:セシルかわいい』
『本文:え、ふええええええええええええっ!!』
『
『送信者:ナギ
受信者:セシル
本文:普段は照れくさくて言えないけど、僕はこの世界に来てはじめて仲間になってくれたのがセシルでよかったって思ってる。
元の世界もこの世界もブラックで、優しい神様なんかいないのかもしれない。でも、僕とセシルをめぐり合わせてくれたことには感謝してるんだ。あのとき、もしセシルを
「送信者:セシル
受信者:ナギさま
本文:あ、あわわわわわ。わ、わたしだって、なぎひゃまと……出会えたことに毎日感謝してます! ナギさまが……わたしと『
『送信者:ナギ
受信者:セシル
本文:……うん。あのときは、その……僕もセシルに負担をかけたかもしれない。でも、セシルをモニターしたときの内容は、ぜんぶ覚えてる。今度はもっとうまくできると──』
『送信者:セシル
受信者:ナギさま
本文:ちょ、ちょっと、ナギさまぁ。わ、わたし……あのとき以上に「しあわせ」になっちゃったら……もどれなく……なっちゃいますよ? ずっと、毎日……ナギさまに……お願いする、はしたないおんなのこになっちゃいます……いい、ですか?』
『送信者:ナギ
受信者:セシル
本文:うん。もしそうなったとしても、それもセシルだから──』
『送信者:セシル
受信者:ごしゅじんさま
本文:……ナギさま。なぎ……ひゃま……』
僕とセシルはメッセージを交わしていく。
ひとことひとこと、ゆっくりと。
……でも、おかしなことは起こらない。
『
ということは、この島にいる『誰か』は、見えないものには反応しない。
つまりそいつは今、僕たちを見ている。
「イリス。『幻想空間』でドーム状の目隠しを作って」
「はい。お兄ちゃん!」
ふぉん。
僕たちのまわりに、直径約5メートルの白いドームが生まれた。
これで、外からこっちを見ることはできない。
「でもお兄ちゃん。『
「うん。だろうね」
その方がいいんだ。
目的は、見えない『誰か』の位置を特定することだからね。
見えない誰かの目的が、僕たちの観察と警告なら、この中に入ってくるはず。
でもって、この中なら、動ける範囲は極端に狭まる。
あとは直感でなんとかしよう。
「発動! 『
僕の視界がブラックアウトした。
このスキルは五感を
……で、どうしよう。
見えない相手がどこかにいるのは間違いない。
とりあえず手探りで……といっても、触覚もないから意味ないか。
逆に、みんなで寝そべればいいんじゃないか? そしてドームを限界まで縮めれば、相手の居場所は完全に限定される。失敗したなぁ。今さら横になっても手遅れだ。でも寝てみよう。
いかんいかん。この位置で寝ると、みんなの下着をのぞいてるみたいだ。素早く起き上がって、と。
……そろそろ効果時間が切れる。
五感が戻ってきた。なにか鳴き声が聞こえるけど、これは──
「放せー。人間めー。自分ばっかりいちゃいちゃするなんてゆるさないぞーっ!」
僕の手の中に、妖精がいた。
大きさは、フィギュア化したレギィと同じくらい。
背中に透明な羽根がついてる。身にまとっているのは、薄い、桜色の服だ。
「誰?」
「うっさい! なんだよおまえー。どうして私の攻撃を全部かわすんだよーっ!」
「かわしたの?」
「おかしいだろ!? 女の子といちゃいちゃしにきた奴がこんな達人だなんてありえないだろー。真横に枝を飛ばしたら寝そべって避けて。地面を
「そうなの?」
僕はアイネとイリス、カトラスの方を見た。
3人とも目を輝かせて、こくこくこくっ、とうなずいてる。本当らしい。
『超越感覚』は発動している間、自分の姿を見ることができないからなぁ。
かっこいいことをしてたなら、誰かにスクリーンショットを撮ってもらえばよかった。失敗失敗。
「で、あんたは何者なんだ?」
「……」
妖精さんは黙ったまま。
「イリス。島に守り神の妖精がいるなんて聞いてないよね?」
「聞いておりません。この島は、もうひとつの島と同じ、ただの観光地でしょう」
「……違う」
妖精が僕をにらんだ。
「この双子島は私と姉さまの、古き島! 眠る間に観光地になってただけだもん!」
そう言って、妖精さんは話し始めた。
妖精の名前は『レーン』
古くからこの島に住んでた生き物だそうだ。
自分でも覚えていないくらい昔々、この島で『星を読む』という使命を与えられて、それを果たしてきた。古に、彼女たちの主人が『世界に危機がおきたときに星が変わる』と言い残していったそうだ。
「その主人って誰?」
「……地竜アースガルズと、『古代エルフ』」
妖精さんは言った。
彼女たちは元々この双子島に住む妖精で、与えられたのはついでの使命だったそうだ。
妖精は眠りと覚醒を繰り返すことで長生きする生き物だから、それくらいどうってことなかった、って。
「ところが、ひさしぶりに目覚めてみたら、お姉ちゃんがいる双子島に行けなくなってたんだよー」
レーンはもうひとつの島に住む双子の姉を、当たり前の意味で愛してた。
なのに、会えなくなったのがさみしくて、哀しかった。
でもって、彼女たちが住む双子島は、とある理由で恋人たちの観光地になってた。
姉に会えない妖精レーンは、島に来る恋人たちを見てられなくて、この島に『いちゃいちゃ禁止令』を発令することにした。
立て札を作って、準備を整えたところに、ちょうど僕たちが来た、ということらしい。
「……好きなひとといちゃいちゃできないつらさを、わかって欲しかったんだよー」
そう言ってから、妖精レーンは腕をふりあげて、
「それに、私が姉さまに会えなくなったのは、ここに来た観光客が悪いことしたからに決まってるもの!」
「ちょっと待った」
「なによ」
「レーンの姉さまってのは、もうひとつの島に住んでるんだよな」
「そうよ?」
「飛んでいくわけにはいかないの?」
「海の上は風が強いもの、飛ばされちゃう」
「干潮になったら島が繋がるんじゃなかったっけ?」
「風が強くて飛ばされるのは同じよ」
「船で渡るのは? 僕たちの船を貸すけど」
「というよりも、私と姉さまは、決められた場所でむつみ合わないといけないの」
むつみあう……?
それはつまり仲良くする、とか、あるいは身体を重ねるとか、そういうことか。
「この双子島は地下通路で繋がっていて、そこに私たちが愛し合うための部屋があるの。目覚めると私たちは、そこで情報をやりとりして、増えるの。分裂して」
「……お姉さま、って、女の子なんだよな?」
「基本的に私たちの種族は、女の子だけよ?」
「増えるの?」
「むしろ男女でむつみあって増える方が不自然だと思わない?」
妖精レーンは、不思議そうな顔をしていた。
種族間ギャップ、というやつだった。
「というわけで、私がお姉さまと会えないのに、男女がいちゃいちゃするのを見るのはつらいの。だから、あきらめてちょうだい」
「……そんなこと言われてもなぁ」
僕はアイネ、イリス、カトラスを見た。
みんなうらめしそうに妖精レーンを見ている。
無理もない。のんびりバカンスを楽しもうと思ったら、意外な先住者がいたんだから。しかも僕を攻撃してきた。アイネもイリスもカトラスも、さっきから戦闘態勢に入ってる。
「ってことはお前──妖精レーンが、隣の島のお姉さまに会えるようにすればいいわけだろ?」
「そうね。地下の施設が使えるようになれば、問題はないわねー」
「島をつなぐ通路が使えなくなったのは、本当に観光客のせいなのか?」
「たぶんねー。この島にはいない魔物が住み着いてるんだもの」
妖精レーンは、地面を指さした。
「この島はかつて、古代エルフの領地だったの。そして私たちは地竜アースガルズの紹介で、古代エルフのための『星見の役』を与えられた。地下の通路と施設は、そのためのもの。でも、そこにね、今は巨大なスライムがすみついちゃってるの」
古代エルフの領地か。
だったら、僕たちが探す『古代エルフの都』の手がかりがあるかもしれないな。
それに、スライムがいるというのも気になる。
普通、スライムが単体で海を渡ってくることはない。
ということは、妖精たちが寝ている間に、誰かがここに持ち込んだってことになる。
「わかった。見に行こう」
どのみち、地下に魔物がいたんじゃ、僕たちはのんびりできない。
みんなのバカンスをなしとげるためにも、妖精たちの問題を解決してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます