第198話「『海竜ケルカトル』と『竜の護り手カトラス』の約束(後編)」
──なるほど。
アイネが『ホーンドサーペント』にこだわってた理由が、やっとわかった。
彼女は『ホーンドサーペント』の料理で……僕を、男の子的にブーストするつもりだったのか……。
だから人魚さんから『食の腕輪』をもらったとき、『ホーンドサーペント』をすぐに隠したのか。あのアイテムを使ったら、すぐに効果がわかっちゃうもんな。
……うん。
…………この件については、僕は知らないふりをした方がいいな。
お姉ちゃんがどこまで企んでるのか、実地でチェックすることにしよう。その方が面白そうだ。
「情報ありがとう。『海竜ケルカトル』』
『なんだかよくわからぬが、役に立ったのであればよかった』
身体を器用に曲げて正座っぽくした状態で、『海竜ケルカトル』は応えた。
ちなみにイリスとラフィリアは、その横で正座してる。
シロ入り『りとごん』まで、二人の間で地面にお腹をくっつけてる状態だ。
「ふたりも、シロも、正座はもういいよ」
「はい、お兄ちゃん」「ごめんなさいです。マスター」『……すぅ。ぐぅ……むにゃむにゃ』
「ただ、僕が『ホーンドサーペント』の効果を知ったことは、他のみんなには
「は、はい」「了解なのです!」
イリスとラフィリアは手を挙げた。
よし、この話はここまでにしとこう。
「それと、カトラスを『竜の護り手』として認めてくれたことにも感謝します。『海竜ケルカトル』」
僕は『海竜ケルカトル』の方を見て、頭を下げた。
海竜も、同じようにお辞儀を返す。
向こうが頭を上げたのを確認して、僕は続ける。
「ついでに、地竜のことに関連して聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
『構わぬ。言うてみよ』
「ありがとうございます。
『地竜アースガルズ』は消える前に、僕たちに『古代エルフの遺跡』の情報を、僕たちに教えてくれました。でもって、ここにいるラフィリアはその古代エルフの──子孫みたいなものなんです。僕は彼女に遺跡を見せてあげたいんです」
「あたしも『古代エルフ』の遺跡を、見てみたいのですぅ」
ラフィリアは元気よく手を挙げた。
「誰にも発掘されていない遺跡なら、お宝が残ってるかもしれなませんからねぇ。いいものを見つけたら、マスターやみなさんが、もっとらくちんに生活できるようになるますからぁ」
「もしも『古代エルフ』についてなにか知っていたら、僕たちに教えてくれませんか?」
僕が言うと、海竜はしばらく、考え込むようなしぐさをした。
それから──
『──古代エルフは様々な仕掛け──システムを作り上げる種族と聞いたことがある』
「システム、ですか?」
『我が出会った陸の者が、そのようなことを言っていた。頭の中であらゆる心配事を作りだし、それに備える種族であったと。ならば都市にもそういう者が残っておろうが……なにかのシステムが生きている可能性はある』
なるほど。
そういえばシロが眠ってた『霧の谷』も、古代エルフのシステムだったっけ。
山の上には魔力でわかすお風呂まで残ってた。そういうのを作るのが得意だったんだろうな。
「都市のシステムって、どういうものなんですか?」
『──外に出なくとも生きていける住居などが有名だな。非常用だそうだが』
「「「「────え」」」」
『──具体的には、外気温に左右されずに生活ができて、水にも不足しないものだな。心配性の種族であったということは、生活についていつも備えていたということでもある。流れる風呂などもあったと聞くが』
「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」
僕とイリス、ラフィリア、カトラスはそろって声をあげた。
すごいな『古代エルフ』。
もしかしたらその遺跡で、働かないで生活できる施設が見つかるかもしれない。
『我が知っているのはそれくらいだ』
「ありがとうございます。十分です!」
「「「ありがとうございました!!」」」
僕たちは『海竜ケルカトル』に向かって頭を下げた。
海竜は照れたように顔をそらして──
『……も、もちろん、これは「竜の護り手」に、意地悪いことを言ってしまった
……なんで変な前置きを入れてるんですか、海竜ケルカトル。
『それと、ひとつ提案がある』
ごまかすように『海竜ケルカトル』は、かちかち、と牙を鳴らしてから、言った。
『我が、お主らがそこに行く助けとなってやろう』
「「「「……え?」」」」
『お主らは「古代エルフ」の遺跡を探しに、北へ向かうのであろう? ならば、船で行くことを勧める。我が北に行くのに最も適した潮の時期を教えてやろう。こちらも多少は、海流に影響を与えられるのでな』
「本当ですか!?」
『離れた土地に身内が行くのは心配でもあるからな。早めに行って、早めに帰ってくるがいい。今のようにお主らが「活性化」した状態なら、ここでなくても我に声を届けることはできる。準備ができたら呼ぶがいい。迎えに行ってやろう』
「「「「ありがとうございます!!」」」
僕とイリス、ラフィリア、カトラスは、また、みんなで頭を下げた。
すごいな、海竜ケルカトル。
これで楽に『古代エルフの都』の探索に行ける。地図で見たら結構距離がありそうだったから、どうやって行こうか色々考えてたんだ。途中の道のりにも、なにがあるかわからないし。
でも『海竜ケルカトル』が送ってくれるなら、安心して往復できる。
それと『聖剣ドラスゴ』のおかけで、聖地にいなくても海竜に連絡を取れるようになったのも大きい。
もちろん、海竜の方にも都合があるから、気軽にタクシー代わりにするわけにもいかないけどね。
「最後にひとつ、僕からお願いがあります」
僕は言った。
「もしもあなたが、人の世界での異常に気づいたら教えてもらえませんか? あなたの知り合いの海に住む者たちで、地上と関わり合いを持ってる者もいますよね?」
『おる……が、知的な海の生物や、人魚などの亜人に限られる』
「構いません。そういう人たちから、人間の世界で普段と違うことが起きてるって話を聞いたら、次に会ったときに教えてください」
「……『白いギルド』関係のお話ですか? お兄ちゃん」
イリスがふと、つぶやいた。
「うん。やっぱり気になるからね」
「『白いギルド』のギルドマスターは、すでに消えているとイリスは考えますが……。あれは『地竜アースガルズ』の残留思念だったのですよね?」
「そうだよイリス。でも配下の実行部隊は、まだ残ってるかもしれないだろ?」
「──あ」
「ボスが消えて、中ボスやその配下が勝手なことをするかもしれない、と、マスターはお考えなのですねぇ」
イリスが、はっ、と口を押さえ、その後の言葉をラフィリアが継いだ。
「トップが消えた組織での権力争い……それは物語でもよくあるお話なのです」
「考えすぎかもしれないけどね」
というか正直、考えたくない。
組織のトップが変わっても、現場の空気だけが残ってて、組織の構成員がその空気を読んで同じような組織を再構成──とか。
なんか考えるだけでも暗い気分になってくる。
「『白いギルド』が消えて『真・白いギルド』とか『ゲル白いギルド』とか、本家と元祖に分かれて勢力争いとか……いくらなんでもそこまで暇じゃないとは思うよ。だから、これは念のための保険」
僕は幻影の『海竜ケルカトル』の方を見た。
「だから、面倒だったら断ってくれてもいいです」
『いや……お主の心配はもっともだ。それは、海の治安にも関わることだからな』
海竜は金色の目を見開きながら、うなずいた。
『よかろう。次に会うときまでに情報を集めておこう』
「急がなくていいです。僕たちはこれから、お休みに入るんで」
『……きままな生き方だな。「海竜の勇者」よ。まさに、我が
海竜はうなるみたいな声で、笑った。
『──
そう言い残して『海竜ケルカトル』の姿は消えた。
「海竜ケルカトルとの接続が切れました」
イリスはそう言って『
「……ですが、イリスはまだ元気です。もう一度『
「いいよ。十分、役に立つ話は聞けたから」
目的は果たした。『地竜アースガルズ』のことを伝えることもできたし、カトラスが『竜の護り手』になることも認めてもらった。古代エルフの遺跡探索にも手を貸してもらえることになった。
最後の情報収集は……僕の心配性みたいなものだけどね。
「みんなもお疲れさま。帰って、保養地への転移の準備をしようよ」
そうして僕たちは、地上に向かって歩き出したのだった。
外に出ると、雨があがっていた。
冠水してた道も水が引いて、通れるようになってる。
思った以上に長い時間、僕たちは聖地の中にいたみたいだ。
『──すぴー』
シロ (りとごん)はいつの間にかラフィリアの腕の中で眠ってる。
『聖剣ドラスゴ』はもう
「……あ、あの、あるじどの」
「……う、うん。カトラス」
気づくと、カトラスが真っ赤な顔で僕を見てた。
大きな目が、うるうるしている。
顔どころか、耳たぶまで真っ赤だった。
「さっきのお話なのですが…………む、むりはしなくていいのであります!」
そう言ってカトラスは、そのまま顔をおおってしまった。
「あ、あるじどのには、他に
「わかっております。カトラスさま」
不意にイリスが、カトラスの肩に手を乗せた。
「カトラスさまのお気持ちを、イリスはちゃんとわかっております」
「わかってくださいますか、イリスどの!」
「はい。そのときになったら、イリスがフィーンさまを呼び出して差し上げますので!」
「……え」
カトラスの目が点になった。
「フィーンさまは、あの魔剣レギィさまが認めるほどのお方。カトラスさまがフィーンさまと入れ替わってしまえば、すべては
「だ、だめであります!」
「そうなのでしょうか?」
「海竜さまと約束したのはボクであります。ちゃんとボクが約束を果たさなければ、海竜さまをだましたことになるのであります。それは『竜の護り手』として、してはいけないことなのでありますよ!」
カトラスは『聖剣ドラゴンスゴイナー』を掲げて、きっぱりと宣言した。
立派だった。
そんなカトラスだから『海竜ケルカトル』も『竜の護り手』として受け入れてくれたんだろうな。王家の血なんか関係ない。カトラスはなにがあっても、竜の味方でありつづけるってわかったから。
「それなら、あたしが協力するですよぅ」
「協力、でありますか?」
「はい。カトラスさまが、ちゃんとマスターの
「ちょっと待ったラフィリア」
僕は手を挙げて、ラフィリアのセリフを止めた。
なにを考えてるのか、わかったような気がしたからだ。
「カトラスは僕に肌をたくさん見られるとフィーンになる。だから、ラフィリアみたいに
「そんな無理をさせるつもりはないのですぅ」
ラフィリアはまじめな顔で、首を横に振った。
そっか。
考えすぎだったみたいだ。いくらラフィリアでも、いきなりそんなハードなことを考えてるわけが──
「まずはマスターに目隠しして、その前でお着替えすることからですぅ!」
「思いっきり考えてるじゃねぇか!」
「いえいえ、カトラスさまはマスターに『見られる』とフィーンさまになるのですから、見られなければ、マスターがおそばにいるときに着替えても問題ないのですぅ。こうして少しずつ慣らしていけば、いつかマスターの前にすべてをさらすことができるようになるはずなのです!」
「あの……ラフィリアどの」
「なんですかー。カトラスさま」
「よく考えるとボクには『バルァルの
「最初から道具に頼ってしまうのは、よくないと思うですよぅ?」
「はっ!」
カトラスは目を見開いた。
イリスは腕組みをして、うんうん、とうなずいた。
ラフィリアとカトラスは、がしっ、と手を握り合った。
「なるほどであります! 『竜の護り手』であるボクが、海竜さまとの約束を果たすのに、道具に頼ってしまうのはよくないのでありますな!」
「ですぅ!」
「ならば、お願いするであります。ラフィリアどの、弱いボクを
「しょうちしましたよぅ!」
「イリスも、全力で協力いたします!」
それから3人は、じーっと僕の方を見て、
「「「お願いしますご主人様! (ボク)((カトラスさま))の修業に付き合ってください!!」」」
すっごく真剣な顔で、頭を下げた。
みんなのお願いを、僕が断ることなんかできるわけがなく──
「では、訓練開始ですぅ。カトラスさま!」
「がんばってくださいませ。あと一枚です。イリスが見守っております!」
「あ、あるじどのの視線を感じるであります……見られてないのに、どきどきするであります……うぅ」
無人島旅行の前に、カトラスの修業が
でも、目隠しされた僕にはなにも見えず……というか、座ってる意外にすることもなくて──
僕は、アイネが『ホーンドサーペント』について隠していたことと──
「無事になにごともなく……無人島ツアーができればいいんだけどな」
『海竜ケルカトル』とはいつでも繋がれるようになったから、海の情報も入るはず。
パーティのみんなのためのお休みだから、楽しく、無事に終わればいいな……と、
──そんなことを、考えていたのだった。
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