第54話「クエストの前に、仲間の新しい装備を選んでみた(前編)」

 いい機会だから、クエストの前に装備を調えることにした。


 武器はラフィリアの弓矢を揃えればいいだけなので、防具を重視で。


 あとは薬草、毒消し草なんかも買っておく必要がある。


 じゃあ、みんなで買い物に出かけよう──って感じで準備をしてたら、レティシアが帰ってきた。


 商人のキャラバンに混ざって、近々メテカルに出発するはずの彼女は、数人の荷物持ちポーターを連れていて、


「知り合いの商人から、わけあり品の防具を預かってきましたの。今ならかなりの割引になるそうですわ!」


 そう言って彼女は家のリビングに、大量の荷物を並べはじめたのだった。







「まぁ、明日ダンジョンに行くんですの? ちょうどよかったですわ」


 レティシアは上機嫌で、僕たちに事情を話してくれた。


 なんでも彼女の知り合いの商人が、武器や防具を作る技術者を育てていて、新人(ある意味天才的な)が作った試作品を買ってくれる人を捜してるらしい。


 新人がその才能を活かしすぎて作ったせいで、売れなくて困ってるとか。


 今なら相場の3割引、いいや5割引、なんだったら7割引でお買い得……らしいけど、この時点ですっごく怪しい。


 元の世界でもあったなぁ。コストを下げるために、わけあり品のアプリケーションをインストールしてた会社。たまに謎ウィンドウが開いて謎の外国語や謎の電話番号が表示される謎仕様で、社員の人がその番号に電話するという謎行動を取ってた謎アプリ。


 わけあり品がやすいのは、それなりのわけがあるからで。


 ここは素直に防具屋で正規品を買った方がいいと思うんだけど、


「さすがナギさまです! わたしもそう思います」


「まったく同意見ね。私たちが勝手に選ぶわけにはいかないもん」


「アイネも、ちゃんとなぁくんの目でチェックしてもらうべきだと思うの」


「ですから、あたしたちが選んだものがちゃんとしてるかどうか、マスターに確認してもらうです!」




 訳:とりあえず適当に選んでみるから、使えそうかどうかチェックしてください、ご主人様。




 そういうことになった。


 ……まぁ、いいか。


 いくらある意味天才的な技術者の作品とはいっても、あんまり変なのはないだろ。


 そんなわけで、みんなが防具を選んでいる間、僕は二階でダンジョン攻略の作戦を練ることにした。







 部屋に戻った僕は羽根ペンを手に、羊皮紙にスキルの概念を書き込んでた。


 考えてたのは、チートスキルが少ないラフィリアの強化計画。


 手元にはイリスからもらった家事スキルのひとつ『水まきLV1』がある。




『ジョウロ』で『水』を『まき散らす』スキル




 もともとは、花壇の花を傷めないように水をまくためのスキルだ。貴族の花壇には珍しい花もあるから、水まきにも正確な技術が要求される、って話だった。


 で、これを『弓術』と絡めると……うん、いけそうだ。


 命中率を上げるために元々の『弓術』の残しておきたいから、スキルをあとで買いに行って──


 こん、ここん


「マスター、入ってもよろしいですか?」


 ラフィリアの声がした。


「防具を選んだので、マスターに確認してほしいのです」


「うん。いいよ。入って」


 かちゃ


 ぱきんかつんぱきんこつかきんこつんっ


 よろいを柱や壁にぶつけながら、ラフィリアが部屋に入ってくる。


 ぺきんこつんかつん、かたこつぱこん


 静音性とか隠密性とかの対極にある装備だった。


 肩から腰までを覆う革の鎧レザーアーマーなんだけど──


「ど、どうですか、マスター」


「……『革の鎧』だよな」


「はい。商品名は『復讐者の鎧メイル・オブ・アベンジャー』ですぅ!」


 ラフィリアが着てるのは革張りの装甲をつなぎ合わせた鎧だった。


 色は赤。ラフィリアのピンク色の髪と、よく似合ってる。


 つくりも頑丈そうだ。胸とお腹と腰の部分が独立してて、動きを妨げることもないし、ラフィリアの大きな胸もちゃんと収まってる。


 防御力には問題なさそうだ。なさそうなんだけど……。


「……なんで全身にトゲトゲがついてるの?」


 胸にも、肩にも、胴体にも。


 長さ10センチくらいはありそうなトゲが、外向きに伸びてる。


「はいマスター! そこがこの鎧の長所なのです!」


「長所かなぁ」


「これは襲ってきた敵を串刺しにするための刃なのです!」





復讐者の鎧メイル・オブ・アベンジャー


 全身にトゲトゲのついたレザーアーマー。


 威嚇効果あり。近接戦闘時にプラス修正あり。


 騒音効果により、敵に発見されやすくなる。


 着るときは裏表に注意』





「うかつにあたしに近づいてきた敵には、体当たりでダメージを与えることも可能! まさに攻防一体を備えた完璧な鎧です!」


 完璧な中二病鎧じゃねぇか。


 そっかー。


 不運スキルを書き換えても、ラフィリアの中二病って治ってなかったのか。


「ラフィリア」


「はい、マスター」


「ちょっと弓を引くポーズをしてみて」


「あ、はい。くいっと」


 ぷす


 ラフィリアの手首と肘に、トゲトゲが食い込んだ。


 うん。そうなるよね。弓を引くとき、脇をしめて腕を胴体に引き寄せるし。


「は、は、あ、あぅっ。はぁん」


「いや、我慢してそのポーズ続けなくていいから」


「こ、こ、ここれくらいの痛みはどうってことないです。我慢すれば、弓を引くことなど」


「でも弓のつる切れるよね。トゲで」


「……おおおっ」


 ラフィリアは感心したみたいに、びんびんびんっ、って弓を弾くしぐさをする。


「それに、今回のラフィリアの仕事はイリスの護衛だよね? その鎧でイリスをかばおうとしたら、串刺しにしちゃうけど……」


「あ、ああああああ」


 ラフィリアは頭を抱えた。


「いえいえ、でも、あたしは運が悪いですから、うっかり不意打ちを食らうこともあるのです。その時のためにも備えは必要かと!」


「不運スキルは僕が書き換えただろ?」


「…………そうでした!」


 忘れてたのかよ!?


 でも……そっか。


 考えてみればラフィリアは目覚めてからずっと不運に取り憑かれてたわけだし、慎重になるのも無理ないか。ぶっちゃけ、今までの仲間は信頼できなくて、結局ひとりで戦ってて……そんなの繰り返してたら、普通は警戒心の塊になるよな。


 このトゲトゲ鎧は……中二病のたまものだと思うけどさ。


「そうでした。あたし、新しいあたしになったんでした」


 こつん、と、自分の頭をこぶしで叩くラフィリア。


「今のあたしには、マスターとみなさんがいるんですよね?」


「うん。だから、そんなかっこいいだけの鎧は必要ないって」


「かっこいいんですけどね」


「攻撃してきた敵に体当たりして、鎧のトゲで串刺しってのはロマンがあるけどさ」


「実用性はないですよね……」


「かっこいいけどね」


「かっこいいんですけどねぇ」


「ところでラフィリア」


「はい、マスター」


「その鎧って、男性用はないの?」


「ないそうですよぅ。もともとは美少女の鍛冶屋さんが、自分を捨てた男性に復讐するために作ったのがはじまりらしいですから。その鍛冶屋さんはみごとに復讐を果たして、相手を串刺し状態のまま、崖下でひとつになっていたそうですよ?」


「ちょっと待った『復讐者』ってそういう意味!?」


「はい。これはその精巧なレプリカです。すばらしいできばえです。よく見るとここに血痕まで再現されて……あ、なにをするですかマスター! 窓から投げ捨てるってどういう意味ですか!? ああん、自分で脱ぎますよぅ!」




復讐者の鎧メイル・オブ・アベンジャー』は厳重に封印したあと、丁重に返品することにした。







 こんこん


「ナギ、ちょっといいかな?」


 軽いノックの音と、リタの声がした。


「装備を見てもらっても……いい?」


「いいよ」


 開いたドアの向こうで、リタが顔だけ覗かせてた。


 恥ずかしそうに、金色の髪を指でいじってる。身体にはシーツを巻き付けてる。


「……私って挌闘型でしょ?」


「うん」


「だから、一番動きやすいものを選んでみたんだけど、どうかな……?」


 はらり、と、リタは身体に巻いてたシーツを落とした。


 黒い胸当てが、見えた。


 腰を覆う布と、それを取り囲む薄い鉄板があった。


 それだけだった。


 リタが身にまとっているのは、胸を覆う鉄製の胸当てと、腰を覆う布と鉄板だけ。


 いわゆるビキニアーマーだった。


 ゲームでは見たことあるけど、実物は初めてだ。


 ……この世界にもあったのか……ビキニアーマー。


 胸当ては、なんとかリタの胸全体を覆ってる。けど、その分、いろいろ押して上げる格好になってるせいで、胸の谷間がびっくりするくらい強調されてる。


 下半身は、僕の世界のビキニの水着の周りを、鉄製のプロテクターでおおってる状態。素肌に鎧を身につけてるって感じで、かなりえろい。それにかわいい。


「ほ、ほら、今回のクエストは海辺での戦闘になるでしょ? 水に濡れても大丈夫で、水中でも動きやすいようにって考えたら、これでもいいかなって」


 リタはそう言って、黒いプロテクターに包まれた胸を張った。


「動きやすさや反応速度なら、今まで着た服の中で一番なの。これなら敵を発見した瞬間に超反応でやっつけられるでしょ? そうすればセシルちゃんの魔力を消費しなくて済むし、ナギに怪我をさせなくても済むもん。

 もちろん……恥ずかしいから、今回みたいに人のいないダンジョン限定にするつもりだけど………………どう……かな」


 横を見ながら、小声でつぶやくリタ。


 黒ビキニの向こうで、尻尾がぴこぴこ揺れてる。


 リタは恥ずかしそうに指をくわえて僕を見てたけど、思い切ったみたいに、目の前で一回転。背中も肩甲骨のあたりがしっかりガードされてるし、尻尾の部分にはちゃんと穴が空いてる。獣人向けに作ってあるみたいだ。


 すごく似合ってる。


 リタの真っ白な肌に、黒いビキニがこんなにぴったり来るなんて思わなかった。かわいい。


 うん。いいと思う。いいとは思うんだけど……。


「これ、かなり高価たかいんじゃないか?」


「え? どうして?」


「だってこれ、魔法の防具だろ?」


 ゲームとかだとビキニアーマーは「魅力を防御力に変換する」ってのがお約束だ。当たり前だけど、胸と腰だけを覆う防具なんて意味がない。だから暗黙の了解として、身体全体を魔法のフィールドでおおってることになってる。いわゆる魔法の防具設定だ。


 だからこの世界のビキニアーマーも魔法の防具のはずで。


「魔法の防具なら相当な値段がするんじゃないか。ちょっと予算オーバーじゃないかと」


「あ、そういう魔法防御は次のバージョンで実装されるんだって」


 ……はい?


「ってことは、これ露出が高いだけの紙装甲!?」


「だ、大丈夫! 私には『神聖力掌握』があるもん。攻撃を受ける部分に『神聖力』を集中させれば問題ないもん。今は動きやすさと、攻撃力を重視するべきでしょ? その方がナギを守れるものね。だから、今回のクエストではこの鎧こそが一番ふさわしいんじゃないかとわううううううぅんっ!?」


 ふるふるふるっ、と、リタの身体が震えた。


「却下」


 僕は、持ってた羽根ペンを机に置いた。


「な、なにするのよナギいいいいぃっ」


「本当に防御できるかどうか試してみた」


「ふ、不意打ちずるいっ! ご主人様が羽根ペンの羽根でくすぐるなんて思わないもんっ!」


 うん、ごめん。僕も反射的にやっちゃったから。


 リタは真っ赤になってふるふる震えてる。金色の尻尾は膨らんでるし、耳だってぴん、と立ってる。白い腕で自分を抱きしめて、じっと警戒してる。


「あのさ、リタ。『神聖力掌握』で防御できるのはわかるけど、その分、常に緊張してなきゃいけないだろ。疲れるのも早くなるし、体力の消耗にもつながる。ご主人様として、リタにそんな戦い方を認めるわけにはいかない」


「でも動きやすい分だけ反応速度も攻撃力もあがるもん。わ、私は……ナギの役に立ちたいんだもん!」


「僕が心配だからだめ」


「……え」


「リタは自分で自分を守れるってわかってるかもしれないけど、僕はそれだけじゃ安心できない。いつリタが怪我するかとか、『神聖力掌握』のタイミング外すかとか気にしてなきゃいけない。心配でこっちの精神が持たないから。だめ。その鎧は却下」


「うー」


「攻撃力と防御力のバランスを考えないとだめ。ご主人様として、その格好で戦闘するのを認めるわけにはいきません。以上」


 胸と腰まわりしか守れない鎧なんか意味がない。そんなの、ヘルメットと安全靴なしで工場作業やらせてたどっかのバイト先と同じだ……ったく。


 ダンジョンに行くんだから、リタには十分な防御力を持ってもらわないと。


「……わかりました、ご主人様。普通の装備にします」


 リタはしばらく涙目で僕を見てたけど、そのうち、がっくり、と肩を落とした。


「本当に、リタの魅力と可愛さを防御力に変換する魔法の装備だったら、なにも問題はなかったんだけどさ」


 僕は言った。


「それなら僕もまったく心配しなくて済むから。防御力なんかカンストで絶対無敵状態になってるはずだから」


 もっとも、そんな魔法の鎧なんか、高くて買えるはずないんだけど。


 でも、実際にあったら欲しい……いや、駄目か。リタをそんな格好で出歩かせるのは嫌だな。可愛いけど。リタに黒ビキニの取り合わせは、神の采配かって思うくらいだけど。


 自宅用ならいいんだけどな。自宅用なら。


「ナ、ナギ、ごしゅじん、さま……」


 気がつくと、リタが、ぷしゅー、って湯気が出そうなほど真っ赤になってた。


「も、もっかい言ってもらえませんか?」


「もう一回?」


「いま、言ってくれたこと。これが私の魅力を防御力に変える魔法の鎧だったら……?」


「いかなる魔物でも傷つけられない最強の防御力を誇る鎧になってただろうから僕も安心だけど、それが実装されてない現在では使用不可。別の装備にしなさい、ってこと」


「……わうぅ……」


 リタは、ぱこん、と顎を殴られたみたいにのけぞって、戻って。


 それから真っ赤な顔で胸を押さえながら、うなずいた。


「……はい。ご主人さま。リタ=メルフェウスは、お言葉に従います……えへへ」


「せっかく悩んで選んでくれたのに、全否定するみたいで悪いけど」


「そ、そんなことないもんっ」


 リタは、なんだかぽーっとした顔で、首を横に振った。


「むしろ全肯定ぜんこうていだもん。うん、わかったわ。ナギが魅力を感じるポイントがわかったもん。うん……ナギはこういうのがいいのね。魅力が防御力で絶対無敵なのよね」


 言いながらリタは、ゆっくりと後ずさっていく。


「つまりこれはおうち用にして。ううん。これは予算がかかるから、同じかたちの服をアイネに作ってもらって……隙を見て……セシルちゃんも誘って……」


 まるで後ろに目がついてるみたいに、スムーズに、リタは後ずさりながら部屋から出て行ったのだった。


 金髪。白い肌。獣耳と尻尾。そして黒ビキニ。


 最強だった。


 本当に「魅力」を防御力に変換する鎧なら、無敵だったんじゃないかな。


 今のヴァージョンは……使えないよな。あんなので戦闘させられない。


 でも…………自宅用なら……?


 …………。


 …………あとでレティシアに値段聞いとこう。






 それからしばらくして……


「なぁくん、ちょっといいかな?」


 ノックの音と、アイネの声がした。


 うん、もうドアは開けっ放しにしといたから、普通に入って来ていいよ、アイネ。


「……お邪魔します、なの」


 そう言って部屋に入ってきたアイネは、いつものメイド服だった。

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