第55話「クエストの前に、仲間の新しい装備を選んでみた(後編)」

「……お邪魔します、なの」


 ノックのあと、部屋に入って来たアイネは、メイド服姿だった。


 いつもの……だよな。


 いや、ちょっとだけ、スカートが短くなってるかな? でもメイド服本体は変わってない。


「アイネも装備を見せにきたんじゃないの?」


「アイネはいつもとおんなじだよ。肌着を変えただけ」


 装備品の中に、防御力を上げる特殊な肌着があったらしい。


 繊維の中に細い金属の糸を編み込んだもので、動きをさまたげることもなく防御力を上げてくれる。アイネにはぴったりの防具だった。


 よかった。


 謎防具の中にも、まともなものはあったんだ。


「それともうひとつ、なぁくんに確認してもらいたいものがあるの」


「うん。いいけど、なに?」


「これなの」


 そう言って、アイネは小さな箱を差し出した。


 中に入っているのは、紙が一枚だけ。





『しょうぶしたぎ


 実験用に魔法をかけられた下着。


 箱の中には説明書しか入っていないように見えるが、そこには下着が確率論的に存在する。


「主従契約」の魔力を利用し、ご主人様がスカートの下を確認することで、その下着が存在するかしないかが確定する。確率は未定』






「……なにこれ」


「不思議な下着なの。なぁくんなら見えるかなって」


 箱の中には、紙以外なにもない。振っても音はしない。触ってもなにもなし。


 これって──


「防具屋の冗談だと思うよ。アイネ」


「そう、やっぱりなの……残念」


 そう言ってアイネは一礼し、部屋から出て行った。





「どうりで、さっきからすーすーすると思ったの」





 …………え。










「ナギさま……よろしいですか」


「いいよ、セシル」


 最後に部屋に入ってきたセシルは、黒い長衣コートを羽織ってた。


「うん。いいんじゃないかな」


 今まで見たなかでは、一番まともだ。


 黒い長衣はセシルの足首まで隠してる。厚みもありそうだ。それに、よく似合ってる。大人のコートを無理して着てみた小学生みたいで可愛い。


「これなら防御力もありそうだし、セシルにはぴったりだと思うよ」


「いえいえいえっ。これじゃないんです」


「え?」


「わたしの防具は、この下にあるもので……」


 そうしてセシルは、ぱさ、と、コートを床に落とした。


 セシルはその下に、白い服を着てた。


 ぶかぶかTシャツのようなものだった。


 肩は鎖骨のあたりまでむき出しになってるし、丈は短くて、太股の半分くらいがあらわになってる。


「これは、小魔女の衣、というそうです。今回のクエストで、試しに使ってみたいんです」





『小魔女の衣


 魔法使い専用の服。


 大気中の魔力を取り込みやすいように工夫してある』





「魔力を取り込みやすいように?」


「はい。ナギさま、ちょっと部屋のカーテンを閉じてくださいませんか?」


 カーテンを?


 僕は言われるまま、カーテンを閉じた。


 部屋の中が薄暗くなる。灯りは廊下の窓から入ってくる日光だけ。セシルが光りを背負う格好になる。


 逆光になって──小魔女の衣が、透けて見えた。


 セシルの身体のかたちが、はっきりとわかるくらい。


 ちょっぴり丸みを帯びた、胸のまわり。触れたら壊れるんじゃないかって思うくらい、細い腰。両足の付け根のかたち。そこから伸びた細い太股も。下着を穿いてるのはわかるけど、それも薄いから、あんまり役に立ってない。服を着てるのに身体のラインが細かいところまでわかる。


 なんだか、いけないものを見てるような気になるんですけど。


「こ、これは、ですね」


 セシルも動揺してるのか、つっかえながら説明をはじめる。


「生地をすきまだらけにすることで、魔力を通りやすくしている服だそうです。

 ナギさまもご存じの通り、わたしの弱点は魔力不足です。でも、この服なら、大気中の魔力を取り込みやすくできていますから、ちょっぴり魔力の運用が楽になるはずです。今までよりずっと、ナギさまのお役に立てると思いますけど……どうでしょうか?」


 セシルは頬を染めたまま、僕に近づいてくる。


 思わず手を伸ばして触れると、「はぅっ」って、声。


 薄っ。服の生地薄っ。


 ほとんど肌に直接触れてるのと変わらないんですけど。


 というか、直にセシルの体温を感じるんですが。


 熱いし、どきどきしてるし、息も荒いし。


 ……うん、これは。


「却下」


「……どうしてですか、ナギさま」


「防御力がなさすぎる」


「わたしはパーティの後衛です。接近する敵はリタさんとナギさまが倒してくださいますし、『炎の壁フレイムウォール』もあります。わたしが敵と接近戦をすることはほとんどありません。だったら、防御力よりは魔力の効率を重視するべきだと思います」


「リタと僕が抜かれたらどうするんだよ」


「元々わたしは、鎧や楯は使えませんからおんなじです。剣で斬られたら多少の防御力じゃどうにもならないです」


「それでもだめ。即死の危険がある」


「わたしは、ナギさまのものです」


 むぅ、と、ほっぺたを膨らませて、セシルは言った。


「ナギさまのために、わたしの全部を使い尽くしてお仕えするのは当たり前です! そして、わたしのとりえは魔法と魔力だけなんです。だから、それを最大限に使えるような装備にするのは当然のことです!」


 セシルは泣きそうな顔で、僕を見上げてる。


『小魔女の衣』の隙間から、鎖骨より下がいろいろ見えてる。興奮してるせいか、セシルの汗のにおいがする。


 セシルはたぶん本気だ。リタもそうだったけど、自分を守ることなんか最初っから考えてない。攻撃100、防御0っていう、問答無用のパラメータ配分。ゲームならそれでいいんだろうけど、僕たちがいるこの世界は容赦なしの現実で、なにが起こるかわからない。


 そんなのセシルだってわかってるはずなのに、僕の役に立つのを最優先にしすぎてる。


 忠誠心はありがたいけど、セシルたちがいなくなったら困るんだってば。


 でもセシルの顔は真剣そのもの。


 僕が「危険だ」って言っても聞いてくれそうにないか……。


 だったら──


「セシルのそんな姿を、他の奴らに見られるのはいやだ」


「え」


 セシルがきょとん、と首を傾げた。


 それから、真っ赤な目を見開いて、


 信じられないものをみるように、口を押さえて、


 すぐ側で僕の顔を見上げて、銀色の髪を揺らしながら、


「え、え、えええええっ!? ナ、ナギさま!? いま、なんて!?」


「その衣は薄すぎる。陽に透かすと、セシルの全部が透けて見える。ぷっくりした胸も、やわらかそうなお腹も、心配になるくらい細い脚も。その付け根のかたちだってはっきりとわかる。ぶっちゃけ、下着姿とあんまり変わらない。だから、そんな姿で人前にでることは許さない」


「お外ではコートを羽織ります! この格好になるのは人がいないクエストの間だけです!」


「それでも却下」


「もーっ! ナギさま! わたしにとっては魔力効率をよくしてナギさまのお役に立つ方が大事なんです! それに、わたしだって常識くらいあります。今回のクエストでこの姿を見るのは魔物かお魚くらいです!!」


「魔物でもだめ」


「魔物でもっ!?」


「お魚でもだめ!」


「お魚でもっ!?」


「何度でも言う。セシルのそんな姿を見てもいいのは僕か、パーティの仲間だけだ。他のひとでも魔物でも、見せるのは絶対にだめ。人間やデミヒューマンに見られる可能性があるのは、絶対にだめ」


 僕は繰り返す。できるだけ真面目な口調で。


 半分は、セシルを止める口実だけど。


「あのさ、セシル。僕たちの目的は『無為自然にして天下に遊ぶ』だよな」


「は、はい。だからこの格好は、とっても自然だと思います」


「でも、目立つよね。セシルのその姿」


「……そうでしょうか?」


「というか、一緒にいる僕が注目を浴びると思う」


 僕はセシルに言い聞かせるみたいに続ける。


「そもそも美少女4人を奴隷として連れ歩いてるってだけでも目立つかもしれないのに、セシルがこんなふうに思わず目を奪われる、えろ可愛い姿で、綺麗な褐色の肌を赤く染めてて、思わず頭を撫でたくなる可愛い子犬みたいに僕について歩いてたら、どうにかしてセシルを奪おうって考える奴が現れるかもしれないだろ?」


「────────っ!? ナ、ナギさま!?」


「だから、その格好は二重の意味で危ないんだよ。防御力って点でも、注目を浴びるって点でも」


 これはセシルに限らない。リタでも、アイネでも、ラフィリアでも同じだ。リタのビキニアーマーはやっぱり目立つし、ラフィリアの中二病鎧は……ぎりぎりOKかもしれないけど。


 チートキャラだって、油断は禁物。


 見た目はできるだけ「ごくごく当たり前の冒険者」でいた方がいい。


 もちろん、僕を殺してセシルたちを奪おうなんて奴がいたら、チートスキル全力展開フルバースト殲滅せんめつするつもりだけど、それはそれ。


「もちろん、セシルたちを閉じ込めたり、他人から隠したりするつもりはない。目立たないようにしたいだけ。異世界初心者としては、できるだけ安全策を取りたいんだ。セシルならわかってくれるよな?」


 ぽん、と、僕はセシルの頭に手を載せた。


 なんだか、熱い。すごく熱い。


 セシル、真っ赤な顔でぼーっとしてる。分かってくれたのかな。話ちゃんと聞いてるのかな。


 ついでに、もうちょっとだめ押しをしとこう。





「ご主人様として告げる。セシルが僕の意思を無視して、捨て身になることは許さない」





「……え」


 セシルはびっくりしたみたいに目を見開いた。


「これはリタもアイネも、ラフィリアも同じだ。魔力の効率を良くするために、そんな紙装甲でクエストに行くなんて問題外だ。いいな。合い言葉は『いのちをだいじに』だ。従わない場合はおしおきする!」


「おしおきですかっ!?」


「ああ、セシルが一番嫌がることをする」


「わたしの嫌がること、ですか?」


「うん。たとえば……セシルの一番嫌なことってなに?」


「ナギさまと会えなくなることです」


「じゃあ命令を破ったら、『能力再構築スキル・ストラクチャー』で僕のことが見えなくなって話もできなくなるスキルを作ってインストール──ごめん嘘! それだけはしない! ほかのことにするからっ!!」


 セシルの小さな身体ががっくりと崩れ落ちて、目から光が消えて、涙がぽろぽろあふれだしたから、僕は慌てて言い直した。


「そ、そうだなー。おしおきはセシルにとって恥ずかしいことをしようかなー。すっごい恥ずかしいことをするから。だから、命令──というか、お願いを守るように。ご主人様との約束! いいな」


「…………は、はい。はぁい、ナギさまぁ」


 ちっちゃな子どもみたいに泣きじゃくるセシルは、


 涙をぽろぽろ流しながらだけど、やっとうなずいてくれた。


「わ、わかりました。わたしは、ナギさまのものですから、いのちをだいじに、です。おゆるしなく、捨て身になったりしません……やくそく、です」


 よかった。


 ったく、忠誠心が高いのはいいけど、セシルもリタも歯止めがきかなすぎだ。


 死なれたら困るんだってば。


 僕は、この世界でも誰かにおいて行かれるなんて、ごめんなんだ。


「セシルのその格好は、かわいいけどさ。うん。かわいい」


「…………は、ひゃい」


 セシルは、僕を見て、自分の姿を見て──あわあわしながら長衣コートを拾って抱きしめた。


 冷静になったら恥ずかしくなったみたいだ。


 僕はなんとなく、セシルの銀色の髪をなでてみた。


 セシルは真っ赤な顔のまま、くすぐったそうに目を閉じた。


「セシル」


「は、はい、な、ナギひゃまっ」


「その『小魔女の衣』っていくらするんだっけ?」


「40アルシャです」


「……意外と安いな」


「い、意外と安いですよね……」


 こくこくこく、と、僕とセシルはうなずきあう。


「でも、戦闘向きじゃないよな」


「ナギさまのおっしゃる通りです。使うとしたら……寝間着、とか」


「「あ」」


 ぽん


 そして僕とセシルは、同時に手を叩いたのだった。







 そんなわけでアイネを除いて、みんなが選んだ装備は却下ってことになった。


「よし。じゃあセシルも着替えて、今からみんなで装備を買いに行くから」


 ここはご主人様権限で、さっさと決めよう。


 でないと店が閉まっちゃうからね。





 そうして町に繰り出して買った装備は。





セシル


『見習い魔法使いの衣


 そこそこ魔力を取り入れやすい生地でできている服。


 一般の服に比べ、やや強い防御力を持つ。軽くて動きやすい』





リタ


『挌闘系神官の服


 袖をなくして、腰にスリットを入れることで動きやすくした挌闘服。


 表面に鉄製の糸が網状に縫い込まれているため、革の鎧以上の防御力がある』





アイネ


『はがねのモップ


 熟練メイドのために作られたモップで、柄が鉄でできている。


 使用には「棒術スキル」が必要』





ラフィリア


『一般冒険者の弓


 ごくごくありきたりの弓。耐久性がある。


 セットで矢を買うと、1本あたり1割引になる。


 10本同時に買うと、さらに3本ついてくる。今だけの特別価格』





『じょうしつな革の鎧


 ちょっとだけ高級なレザーアーマー。


 動きやすくて耐久性がある。長持ち』





 あとは僕が再構築用に『弓術LV1』(実はこれが一番高価たかかった)を買って、薬草と毒消し草と……その他こまごまとしたものを買って、おしまい。


 必要なものはだいたい揃った。あとは留守番してくれてるレティシアのために果物でも買っていこう。


 そういえば出かけるとき、レティシアって、なんだかすごくいい笑顔だった。


 ……というか、悪だくみが成功したような顔みたいだったよね……。






 買い物が終わって、家に戻ったあとは、明日のクエストの準備。


 買ってきた『弓術LV1』を『水まきLV1』を『再構築』してレアスキルを生成。


 両方とも、備品と一緒にラフィリアに渡した。


 その後はレティシアとのお別れ会。


 彼女は明日は商人のところに泊まって、明後日あさってイルガファを発つことになってる。


 正直、レティシアにはお世話になりっぱなしだったような気がする。


 でも、レティシアは、


「気にすることないですわ。いずれナギさんが『働かなくても生きられるスキル』を作り出したら、遠慮なく転がり込みますから」


 もちろん、奴隷ではなくお客としてね、っと付け加えて、レティシアは笑ってた。


 旅の前に身体を綺麗にしておきたい彼女のためにお風呂の準備をして、ついでにアイネもセシルもリタも、おまけのラフィリアも、一緒に風呂場で身体を洗ってた──らしい。


 レティシアは「ご一緒してもいいですわよ?」って言ってたけどさ。


 さすがにそれは……というか、うちのお風呂場は広いけど、さすがに6人も入れないし。


 そんなわけで、お風呂場でどんなガールズトークが展開されていたのか、僕は聞かなかった。


 奴隷にも友だちにも、プライバシーってあるからね。


 それに、レティシアにはちゃんとお別れは言ったから。




「あなたに出会えてよかったですわ。わたくしの大事なお友達」


「ありがと、僕もだ」





 だから、これから僕が考えなきゃいけないのは、ダンジョン攻略作戦と、神命騎士団対策。


 ──頭を切り換えよう。


 これからどうやって、このイルガファで生きていくか考えないと。


 そんなわけで、みんながお風呂に入っている間、僕はイリスがくれた地図と『粗品目録』を見てた。


 イリスにはとぼけてみせたけど、この『粗品目録』の意味は、ちゃんと分かってる。


「……簡単にサインなんかできないよな」


 イリスにも、海竜のダンジョンにも、まだなにか秘密がありそうだ。


 海竜の巫女の問題と、神命騎士団の問題。


 僕にも、依頼主のイリスにも、問題は山積みだった。

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