第24話「ダンジョン攻略前半戦『魔物はすぱーんと飛ばすもの』」
ダンジョンの入り口は山の中腹にあった。
見張りはいない──というか、さすがに数日でダンジョンの最下層まで言って魔剣を取ってくるのは無理だから、そんなの必要ないって思ってるのか。
それとも魔剣を持ち帰ったところを襲えばいいと思ってるのか。
まぁ、どっちでもいいや。警戒だけはしておこう。
「最後にお伺いしたいのですけれど」
ダンジョンの入り口で、レティシアは言った。
「結局、魔剣を召喚できなかったらどうするつもりですの?」
「どうするもなにも、そのまま帰るよ?」
「は、はぁ?」
「……なんでぽかん、って顔してるの?」
「あ、あなたの目的は伯爵に一泡吹かせることじゃなかったんですの?」
「うん。でも伯爵は別に僕の宿敵ってわけじゃない。せいぜい『ほっとくと気になるなにか』──たとえば、部屋の隅に転がってる食べかけの弁当箱とか、投げたけどゴミ箱に入らなかった紙くずとか、その程度のものだよ」
言いながら、僕は装備品をチェックする。
ショートソードよし。革の鎧、よし。バックパックよし。スキルのセットも、よし。ホウキよし。おんぶ用の紐よし。
うん。準備はしっかりできてる。
「僕にとって一番大事なのは、みんなで平和に次の町に行くことだよ。危なくなったら引き返すし、途中でめんどくさくなったら帰ろうかなって思ってる」
「……ぷっ」
レティシアはなぜか、口を押さえてふきだした。
「ふ、ふふふふふふふふっ! なるほど。あなたにみんながついていく理由が、なんとなくわかりましたわ」
レティシアは鞘に入ったロングソードを、かちゃ、と鳴らした。
「でも、わたくしはあなたの奴隷にはなりませんわよ?」
ならなくていいです。
これ以上、扶養家族を増やしたらえらいことになるので。
「じゃあ、これはアイネに」
僕はホウキをアイネに渡した。
「使い方はさっき教えた通りに。撃ち漏らした奴はリタと僕でなんとかする」
「わかりました、ご主人様」
むん、と、腕を曲げるアイネが着てるのはメイド服。
ゆったりした奴で、中には鎖かたびらがついてるらしい。かくまってくれた道具屋に、アイネに似合うものを──ってお願いしたらこれをくれた。
こうして見ると似合いすぎるほど似合ってる。
「前衛はリタ、アイネ、レティシア。後衛は僕とセシル。第一階層と第二階層はこれでいく。いいかな」
「はいです!」「りょーかい」「わかったの」「了解ですわ」
それぞれの答えが返ってくる。
そういえばダンジョンに入るのは初めてだ。
中はヒカリゴケのせいで明るいって言うけど。
マップは頭に入ってるし、最短距離でさっさと終わらせよう。
「それでは、魔剣横取り作戦を開始します」
魔物の群れが現れた。
ダンジョン第一層と二層は、もともと鉱山だったらしい。
中は岩肌が露出していて、そこにへばりついた苔が薄青く発光してる。
じめじめしてるのは、どこからか水が漏れてるからだろう。
そこに現れた黒い影は、全長1メートルの──
「まかせて、なぁくん!」
僕が魔物を確認する前に、アイネのホウキが弧を描いた。
「『魔物一掃LV1』!!」
しゅぱっ しゅぱっ ひゅーん
行く手を塞いでいた三匹の魔物が宙を飛んだ。
『ジャイアントトード。
大ガエル。水辺やじめじめしたところを好む。
なわばりに入って来る人間を追い出そうとする習性がある。
特技は巨体とジャンプ力を利用した体当たり』
宙を飛んだジャイアントトードはダンジョンの壁に激突。
べちゃ、と、潰れて、落ちた。
はい終了。
「うん、じゃあこのまま前進」
僕たちは早足で進みはじめる。
先頭に立ったアイネのホウキが、ダンジョンの床を、壁を、片っ端から掃いていく。
現れた魔物がそのたびに宙を舞い、壁に叩き付けられて動かなくなる。
僕は、昨日スキル屋でふたつのスキルクリスタルを買った。
店の商品のほとんどはダンジョン探索をひかえた『貴族ギルド』に買い占められてたけど、低レベルのコモンスキルが少しだけ残ってた。
僕がこの世界に来た時に持ってた『強打LV1』と『掃除LV1』も。
この組み合わせは前にもやったことがある。
(1)『低レベルモンスター』を『掃除用具』で『綺麗に片付ける』スキル
『魔物一掃LV1』:掃除用具で周囲の低レベルの魔物を遠くへ吹き飛ばす。
(2)『部屋』に『強力なダメージ』を『与える』スキル
『建築物強打LV1』:部屋の壁や内装に強力なダメージを与える。破壊特性『
『建築物強打』は必要ない。売るのは物騒だから(不法侵入に使えるし)取ってある。
僕たちの目的はダンジョン攻略のスピードアップだから、必要なのは『魔物一掃』の方。こいつが低レベルモンスターを吹っ飛ばせることは実験済みだ。
ちなみにアイネにインストールしたのは、本人の希望だった。
「『魔物一掃LV1』! 『魔物一掃LV1』! 『まものいっそーなのっ』!」
しゅぱっ しゅぱっ しゅぱぱぱぱっ
ひゅーん ひゅーん ひゅーん
大ネズミ、大コウモリ、緑色したスライムまで。
アイネのホウキに触れた魔物たちが、面白いくらいに宙を舞う。
ひゅーんと飛んで、岩壁に激突して落ちてくる。地下道じゃなきゃ数百メートルは飛んでるんじゃないかな。すごい。
『魔物一掃LV1』の成功率は30%から50%くらい。
飛ばなかった魔物(いきなり仲間が吹っ飛んで呆然としてる)は、リタとレティシアと僕で処理していく。
僕たちは早足でダンジョンを突き進む。
魔物の出現率は意外と低い。というか、坑道の隅に隠れてじっとこっちをうかがってる奴はいるけど、こっちに近づいてこなくなってる。第一階層ってこんなものなのかな。
「……魔物だってこんなデタラメなスキルの相手するのは嫌よねー」
「……ダンジョン攻略って概念が崩壊しそうですわ」
ぶんぶんホウキを振り回すアイネの後ろで、リタとレティシアがつぶやいた。
しょうがないだろ、まともに攻略したら時間かかりすぎるんだから。
「魔物一掃LV1」のおかげで、ダンジョン攻略RPGは敵出現のタイミングに合わせてホウキを振るだけのアクションゲームになったから、第一階層を一時間足らずで突破。
僕たちは、地下第二階層に続く縄ばしごを降りた。
「少し休憩する?」
僕が言うと、アイネは、ぶんぶんぶんぶんっ! って、首を横に振った。
「アイネ、今、充実してるの」
「充実?」
「生きてるって実感。今まで、冒険者のひとたちのバックアップばっかりしてきたから」
アイネは道具屋に用意してもらった特注品のホウキ(柄は鉄。刷毛の部分は獣毛)を、ぎゅ、と握りしめた。
「自分の大事な人のために自分の全部を使ってるって感覚が、きもちいいの」
しかも、なんか、とろん、とした目をしてる。
はぁはぁと熱い息を吐きながら、せつなそうに胸を押さえてる。
「なぁくんがアイネを使ってくれてます。なぁくんがアイネにお願いしてくれてます。『ぞくん』ってするの。きもちいいの。なぁくんの視線とか言葉とか命令とか、全部の全部がアイネにとっての……ごほうび」
「ア、アイネ?」
「もっとアイネを使って。身体と心の全部を使いつくして。ご奉仕させて。アイネの全部がなぁくんのものだってわかるように。もっともっともっと」
「ワーカホリックが抜けてないよ!?」
「だって、仕事は完璧にしないとクレームがくるの」
アイネは不思議そうに首をかしげた。
「クエストの紙に誤字があるとクレームがくるの。魔物の狩り残しがあったりすると依頼者が怒るの。自腹でもう一度クエストを依頼しないといけなくなるの。酒場のお酒の在庫が足りないと怒られるの。仕事はしっかりしないとだめなの。だからアイネはこうして一生懸命戦うの。そうじゃないといけないの」
「これは仕事じゃないってば」
「……え?」
「魔剣を取りに行くのは、ただの趣味。僕の趣味にみんなをつきあわせてるだけ」
たぶんアイネは、まだ『庶民ギルド』で22時間ブラック労働してた感覚が抜けてない。
レティシアが「高速回転する水車」って言ってた通り。働くことに中毒してる。ハイになって心と体が暴走してる感じだ。僕も経験あるけどさ。
レティシアが言ってた通りだ。アイネはもう、限界だったんだ。
「魔剣を手に入れようとしてるのは、伯爵に一泡吹かせたいっていう僕の趣味なんだ。真剣にやるけど、必死にはならなくていい。ゲームみたいなものなんだから」
「じゃあ、アイネはどうすればいいの? なぁくん」
「自分のペースでやればいいんじゃないかな」
「失敗したら? 魔物をとばし損なったら? みんなに迷惑かけたら?」
「後ろで僕たちがフォローするから、だいじょぶ」
「それが、アイネのご主人様の命令?」
「どっちかっていうと希望」
「アイネは、自分のしたいようにしていいの?」
「当たり前だろ」
「疲れたら休みたいって言ってもいい? 仕事の途中でお水のみたいって言っても、甘えるなって言われない? 立ってるのつらいからしゃがんだら、怠け者って怒鳴られたりしない?」
「しない」
っていうか、どんだけアイネをこき使ってたんだ、アイネの伯父さんと『庶民ギルド』の冒険者たちって。
「さみしいから、なぁくんに頭をなでて欲しいっていったら、してくれますか?」
「うん……って、え?」
「いろいろなくしてさみしいから、頭をなでてほしいです、ご主人様」
メイドさんが、僕を見てた。
上目遣いで、不安そうにホウキを握りしめて。
えっと。
「……よしよし?」
さわさわ さわさわ
純白のヘッドドレスを乗せたアイネの髪に、僕は触れた。
まるで高級羽毛布団に手を乗せたような、やわらかい感触。
「んっ」
って、アイネはせつなそうに目を閉じて、喉をならした。まるで猫みたいに。
頭を撫でる僕の手に触れて、それを今度は自分のほっぺたに持って行く。撫でて、ってことらしい。
しょうがないなぁ……。
さわ
「……はぅ……」
「あの、そろそろ」
「アイネのすみからすみまでがなぁくんにふれてほしがってます」
「淡々となに言ってるの!?」
「思ってることは言って欲しいって、なぁくんは言いました」
「言ったけど」
「だからアイネは胸の中から言葉があふれてきて、こぼれそうになってるの」
「……ダンジョンを出てからにしようよ」
「うん。わかったの。じゃあ休憩はおしまいね」
アイネはほどけかけた髪を、ていねいに結び直した。
メイド服のエプロンを整えると、大きな胸が、ふわん、と揺れる。アイネは両手をもじもじと絡めながら、すぐ近くで僕を見上げてる。
「なぁくん──ご主人様、ひとつだけ覚えておいて欲しいの」
ホウキを構え直して、アイネは言う。
「
僕の耳元でささやきながら、アイネは笑った。
……なんか危険なスイッチが入ったみたいに
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