第25話「ダンジョン攻略後半戦『ゴブリンはなぎ払うもの』」

 そして第二階層は問題なくクリア。僕たちは第三階層に入った。


 地図にあった通り、ここからは遺跡エリアになる。


 かつてこの地に存在した古代魔法文明、あるいは先住人類。


 そういうものが作ったといわれる、地下遺跡。


 地面の下だっていうのに、床はつるりとした石畳で、広い廊下の周囲には神殿のような柱が並んでる。


「ここから先が本番か」


 この階層に住んでいる魔物はゴブリン。


 冒険者の中では「ゴブリンを倒せば初心者脱出」って言われてる。


 時々ダンジョンからわき出して、近くの村や、街道を通る旅人を襲う人型の魔物たち。性格は凶暴で、人間や、それに近いデミヒューマンを敵視している。


 それがこの階層にはうじゃうじゃいるらしい。


「……来た」


 広い廊下の先にある、開きっぱなしの扉の向こうから足音と、ざらついた声がした。


 現れたのは、緑色の肌を持つ小鬼たち。


 身長は1メートル弱。持ってる武器は手斧や長剣。たぶん、人間を殺して奪ったもの。


 奴らはテリトリーを侵されたのを怒ってるのか、黄色い目でこっちをにらみながら、ゆっくりと近づいてくる。


 数は2匹──いや、3匹。


「GIGIGI……ヒト…………GYAGYA」


「ギギギ」「タベル」「「ギギギギギッ!」


「『魔物一掃LV1』!!」


 先頭を切って走ってきたゴブリンに、アイネがホウキを叩きつける。


 けど、ゴブリンたちはびくともしない。


「このこのこのこの! 『魔物一掃LV1』『まものいっそうれべるいちーっ』!!」


「駄目だアイネ、下がって!」


『魔物一掃』が効いてない。


「このこの! 子鬼のくせになぁくんの邪魔しないでっ!」


 ゴブリンが振り下ろした手斧を、アイネはホウキの柄で受け止めた。


 そのまま床を蹴って後退。


 代わりにリタとレティシアが前に出る。


「ギギ!」


「遅い」


 リタの拳がゴブリンの手斧を弾き返した。返す手刀がゴブリンの首筋を撃つ。神聖力で強化されたリタの手の平が緑色の皮膚を破り、傷口から血を噴き出させる。ひるんだところに回し蹴りが炸裂。ゴブリンを吹っ飛ばす。


 勝てる。けど、数が多い。廊下の向こうからは別の足音が近づいてくる。


 時間をかけたくない。一気に行こう。


「セシル。準備して」


「は、はい。ナギさま」


 ちっちゃなセシルが、びくん、と肩を震わせた。


 すーは、すーはっ、って二回深呼吸をして、それから覚悟を決めたように、僕を見上げてくる。


「やりましょう。『がったいまほう』」


「うん。悪いけどアイネも手伝って」


 ホウキをおいたアイネが、こくん、とうなずく。


『合体魔法』──僕とセシルの魔力を繋ぐ魔法形態。


 準備はそんなに難しくない。


 まず、僕がセシルをおんぶする。


 僕がしゃがんで、セシルが僕の肩に手を載せる。細い、褐色の腕が、僕の胸の上で握りあわされる。うわ、やわらかい。自分の心臓がどくん、って鳴ったのがわかる。


 で、これから僕は両手で、セシルの足を抱えるわけだけど──いいのかな。


 この作戦考えたのは僕だけど。


 でも、頭の中でイメージするのと実際にやるのとでは大違いだ。


 セシルのむきだしのふとももはすべすべしてて温かくて、うかつに触れたら通報されるんじゃないかって思うくらい。いいのかな。いいんだよな。僕はセシルのご主人様だし、これは必要なことなんだし……よし。


 僕はセシルを背負ったまま、立ち上がった。


「ひゃんっ」


「ど、どしたのセシル?」


「いえ、その……ちょっとくすぐったくて」


 はう、って吐息が、僕の背中に触れた。


 こうしておんぶしてみると……軽い。うん、これならこの状態のまま走れそうだ。


「はい。動かないでねー」


 ふわり、とアイネがセシルの背中に布をかぶせてくれる。その四方についたひもを僕の前で十字に結んで、と。セシルが落ちないように固定する。最後に僕の肩に日除け用のマントをつけて、それでセシルの身体が隠れるようにして、完成。


 自分ではよく見えないけど、僕が背中につけたマントの隙間から、セシルが頭だけ出してる格好になってるはずだ。


 軽く揺すってみる。よし、しっかり固定されてる。


「次は魔力の接続……地下でやったみたいに、僕とセシルの魔力の流れをくっつけるんだけど……」


「わ、わかりました」


 さわさわ さわさわ


 マントの下で、セシルの指が僕の背中を撫でてるのがわかる。


 僕の鎧は、身体の前半分しか覆ってない。中の服をおろせば背中が露出するはず。


 そしてセシルも──


「……え、えいっ」


 しゅる、と、セシルが服を下ろす気配がした。


 代わりに、どくん、と、音がした。


 僕と、セシルの心臓が跳ねる音。


 ぴたり、と、僕の背中にくっついてくる、やわらかいもの。


 マントで隠れて見えないけど、むきだしになったセシルの胸……たぶん。


「アイネのご主人様は天才だと思うの」


「そういうこと言わない!」「言わないでください!」


 ダンジョンを最速で攻略する方法が他に思いつかなかっただけ。


 セシルの魔法に頼るしかないけど、セシルの魔力には限界がある。


 だから『能力再構築』用の魔力を多少は貯蔵してる僕が、外部バッテリーになってサポートする。『能力再構築』は僕と奴隷を繋ぐケーブルのようなもので、いつも僕たちは魔力のやりとりをしてる。だから、できるはずなんだ。


 これは屋敷の地下でやったのの応用。


 身体を直接くっつけて、『能力再構築』で僕たちの魔力を接続する。


「いくよセシル。『能力再構築』起動!」


「んっ……あ……はぁ。んっ」


 僕はウィンドウを呼び出し、セシルのスキルを表示させる。


 今回はスキルの再構築が目的じゃないから、触れるだけ。


 僕の魔力を『能力再構築』を通してセシルに送り込む。


 これで『合体魔法』の準備完了。


「ん、あ、ああ。んっ。ナギ、さま」


 セシルの熱い息が僕の背中にかかる。


 それが落ち着くのを待ってから、僕は声をかける。


「セシル、いけそう?」


「ん……あ……ひゃい……はい」


 小さな身体が、僕の背中でもじもじと動いてる。


「だいじょぶ……です。やって、みます」


「わかった。アイネはセシルが落ちないようにフォローしてあげて」


 アイネはうなずいて、僕たちの後ろに回った。


 僕はセシルに合図。


 セシルは呪文の詠唱をはじめる。




「『其は我が怒り。其は我が血潮の現れ。其は熱を宿した数多の刃──』」




 僕はセシルを背負いながら、手元に移動させたウィンドウから魔力を注ぎ続ける。


 そして、走り出す。


 ゴブリンはすでに2匹が倒されて、残りは1匹。


 逃げてくれれば楽なんだけど、そんな気配はまったくない。


 廊下の出口からは、さらに数匹が顔を出してる。


「一気に走り抜ける! セシルはしっかり捕まってて! アイネはいざという時のために、防御魔法を準備!」


「わかったの!」




「『ただ滅せよ。滅せよ。滅せよ。すべてを灼き尽くし、末期の刃を撃ち放て──』」




 セシルの詠唱は続いてる。前も聞いたから、わかる。あと少しだ。


「こんのおおおっ!」


 がごん


 リタの蹴りが3匹目のゴブリンを蹴り飛ばす。敵は床にたたきつけられて、動かなくなる。


 リタがこっちを見る。あきれたみたいに、でも、すべてをわかってるみたいにうなずいて、僕の右側につく。レティシアは僕の左側について、走り出す。


 廊下の出口から別のゴブリンが完全に姿を現すと同時に、セシルの魔法──『古代語魔法、炎の矢』の詠唱が完成した!


「『火炎の精霊よ百万の息吹で我が敵を滅せよ』──『ふれいむ! あろ──っ』!」


 ずどん


 セシルの背後に浮かび上がった魔法陣から、炎の矢が3本、同時発射。


 進路上にいたゴブリンを吹っ飛ばす。


 さらに連射。今度は5本。2匹目のゴブリンの腕を焼き、顔面を火だるまにする。


 敵はあっという間に戦闘不能。


 頭の中にあるマップを頼りに、僕たちは先に進む。


 この第三階層は広い通路が続いている。


 そのほかにもたくさんの部屋があり、住み着いたゴブリンが勢力争いを続けているらしい。安全な場所といえば、僕たちが向かっている魔力の泉くらい。


 まともに攻略してると時間がかかるってのは、そういうわけだ。


「ギャ? ギャギャ!?」


 ずどどどどどどどっ


「──ギ、ギァ!? GIAAAAAAAAAっ!!」


 ずどど、どどどどっ!


 回廊で群れていたゴブリンたちが、炎の矢の奔流をまともにくらって吹っ飛ぶ。


 地上で数発。空中で十数発。ダウンしても追い打ち数発。


 まるで、3DダンジョンRPGが突然、重火器乱射FPSになったみたいだった。




「ギャ!(こっちに向かって武器を構えるx6匹)」


 ずどどどどどどっ(殲滅せんめつ




「ギ、ギァーギッ! ギッ!(接近するのは危険だと思ったのか矢を放つx4匹)」


 ずどどどどどどど(撃った矢ごと火だるまになって全滅)




「……ギ、ギギーっ! ギギーっ!(次元が違うと思ったのか密集して突進x12匹)」


 ずどどどどどどどだだだだだだっ(集中した火力に突き崩されて壊滅)




 僕たちの行く手を遮る敵は、あっという間に数を減らしていく。


 戦闘しながらだったら数時間はかかるはずの距離を、僕たちは数分で駆け抜けていく。


 ……もう、ちょっとだ。


 息が切れてきた。身体の力がどんどん抜けていくのがわかる。


 魔力が減ってくってこういうことか。


「がんばってなぁくん。次の大部屋を抜けたら、魔力の泉に着くの!」


「だい、じょぶ」


「セシルちゃんも、あとちょっとだから」


「は、はぅ。あ、あん。あ、あ、ひゃ、ひゃい、でしゅ」


 見えた。


 この階層に巣くうゴブリンのたまり場になってる大広間。


 入り口は大きな木製の扉。


 その向こうに目的地、魔力の泉が──。




「『建築物強打LV1』!」


 どかん




 僕は問答無用で扉をたたき壊し、先頭を切って部屋に飛び込む! 同時に、


 ずどどどどどどどっずどどどどどどどっどっどどどどど! ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどっ! ずっどどどっどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどががががががががが!!


 セシルを背負ったまま、前を見て右を見て前を見て左を見てもう一回正面!!


 常時連射状態の炎の矢を、部屋全体にたたき込む!


 戦闘準備中だったゴブリンたちが大量の矢の圧力に宙を舞う。まるでマシンガンをたたき込まれてるみたいに、空中で奇妙なダンスを踊る。ひときわ大きなゴブリンは、首に人骨のネックレスをしてる。あれはダンジョンで死んだ冒険者のなれのはてか、それとも襲われた村人の亡骸か。だったら遠慮はいらないな。僕とセシルは容赦なく、炎の矢を全力でぶつけていく。そいつは炎の矢を26発くらったところで轟沈した。


 あとに残ったのは、黒こげになったゴブリンの亡骸だけ。


 部屋には大きなテーブルがあったから、それを壊したドアの代わりに立てかけて、もうひとつ、部屋の奥にあったドアを開ける。


 その先は広い通路。魔物はいない。綺麗に澄んだ空気で満たされてる。


 ここが、魔力の泉か。


「……いいよ。セシル、ここまでだ」


「ひゃ、ひゃい……ふわぁ……あ、あん……ひゃ……ぁ」


 セシルを背負ったまま、がくん、と、僕は地面に膝をついた。


 つ、疲れた……。


 こんなに体力を使ったのは、この世界に来てからはじめてかも。


 セシルが魔力切れになってないってことは『合体魔法』は効果があったみたいだけどさ。


「やっぱりダンジョン攻略って大変なんだなぁ」


 しゅる、と、僕はセシルを固定していた紐をほどいた。


 後ろでセシルが、ころん、と倒れる気配があったから、思わず振り向いたら、セシルはちょうど身体にマントをまきつけたところで──


「お、お疲れさまです。ナギさま」


 真っ赤になって、ほっぺたを膨らませて、僕を見てた。


「お、お疲れさま、セシル」


 なんかお見合いみたいだった。


 僕とセシルは床に座り込んだまま、交互にお辞儀。


 こうして正面から顔を合わせると照れくさい。


 非常の策だとはいっても、僕たちはむきだしの身体をくっつけて、ダンジョンを駆け抜けてきたんだよなぁ。


 なんだろう。冷静になってみると、すごく恥ずかしい。


「だ、だいじょぶです。魔力を注いでいただいても子どもはできませんっ!」


 耐えきれなくなったのか、セシルが目をつむって叫んだ。


「い、いえ、違いました。そうじゃなくて、魔力で子どもができないのは残念です……じゃなくてっ!」


「待って。落ち着いて話し合おうセシル」


「はいはい。その辺の話は後にしましょ」


 ひょい、と、突然、リタがセシルを抱え上げた。


「ナギとセシルちゃんは休憩してて。魔力が回復したら、魔剣召喚の儀式をはじめましょ」


「リタは疲れてないの?」


「ぜーんぜん。わたしは走ってただけだもん。優秀すぎる先輩奴隷とご主人様のおかげでね。あーあ」


 すすっ、と僕に肩を近づけてくるリタ。


 なんだかさみしそうに、耳元でささやきかける。


「私も、魔法使いに転職しようかなぁ」


「なんで!?」


「ご主人様から魔力をもらいながら戦う魔法格闘家ってかっこよくない?」


 リタの神聖力は、魔力とはちょっと波長が違う。


 というか、体内で魔力を自動的に補助魔法用の神聖力に変換してるから、今回みたいな時はバッテリー役ができないんだっけ。


 すっごく不満そうな顔してたけど。というか、今も。


「いや、リタは長年鍛えた神聖力を大事にしてるんじゃなかったっけ」


「神聖力とご主人様とくっついてるのと、どっちが大事だと思うの!?」


「神聖力だろ!? 長年の修行の成果を大事にしようよ!」


「なっとくいかないー! うー、わぅーわぅわぅー!」


「リタえらいえらい」


 僕はリタの金色の髪と、ついでにぱたぱた揺れてる耳を撫でた。


「リタが前衛で戦ってくれてるから、僕たちは安心して合体魔法が使えたんだからさ」


「うー。わぅー。うー……えへへ」


 なでなで、なでなで


 ぱたぱた、ぱたぱた


 膨らんでたリタの尻尾が左右に揺れ始める。


 なんだろう、このかわいい生き物。


 とりあえずレティシアとアイネに見張りを任せて、僕たちは回廊の先へ。


 そこには魔力に満ちた温泉がわき出す泉があった。


 あふれた温泉が、部屋の四方に向かって細い川を作っている。


 魔法使いの屋敷の地下にあったのと同じ──いや、それ以上の『魔力溜まり』


 僕はそのほとりに腰掛けて、温かい流れの中に足をひたした。


 こうしているだけで、消耗した魔力が回復していくみたいだった。


 これがファンタジー世界の神秘ってやつか。


「たぶん、この地下水が屋敷の下にも流れ込んでるんだろうな……」


 やることは決まってる。


「魔剣召喚スクロール」を使って、ここに魔剣レギナブラスを召喚する。


 召喚できたら袋に入れて、魔法使いの屋敷の地下に封印する。


 召喚できなかったらほっといて帰る。


「ごめんな。僕の趣味につきあわせて」


「魔剣を呼び出して迷惑かけてるのは、わたしの同族ですから。これはわたしの問題でもあります」


「別にいいわよ。今回の事件は『イトゥルナ教団』が絡んでるんだから、他人事じゃないもん。それにめったにみれない景色も見れたものね」


 僕たちは温泉に足をひたしながら、ひとやすみ。


 まるで家族で湯治に来てるみたいで、くすぐったかった。

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