第26話「最凶の魔剣 VS 最強のお姉ちゃん」

「魔力の泉」と呼ばれる部屋。


 魔力が強すぎて、魔物たちは警戒して近づきたがらない場所らしい。


 部屋の中央には温泉が噴き出す泉があり、細い流れが部屋の四方に向かって注いでる。


 僕たちは、パーティをふたつに分けた。


 部屋の中には、僕とセシルの魔剣召喚組。


 外にはリタとアイネ、レティシアの見張り組。


 数時間の仮眠で魔力を回復した僕たちは、いよいよ魔剣召喚に取りかかるところだった。


「わたし、魔剣を召喚した人は、さびしんぼだったんじゃないかって思うんです」


 スクロールを手に、部屋の魔力の流れを確認しながら、セシルは言った。


「魔剣を召喚して、自分はこんなすごいことができるんだぞー。だから仲間に入れて、って言いたかったんじゃないかな、って」


「俺すげー、だから仲間に入れて、ってこと?」


「そうです。でも、魔剣は人の手に渡って、争いの元になってしまいました。だから慌てて人の手から取り上げようと思ったんじゃないでしょうか」


「本当に人間に対抗したいなら、別の魔剣を召喚すればいいだけだもんな」


 セシルの手にある『魔剣召喚スクロール』は、あくまでもレギナブラスを呼び寄せるためのものだ。別次元から別の魔剣を呼び出すためのものじゃない。


 魔法使いはあくまでも、自分が呼び出した魔剣にこだわってた。


 やり残したことを、いつ現れるかもわからない同族に託すくらいに。


 もしかしたらあの魔法使いは、魔剣を呼び出した責任を取ろうとしたのかもしれない。


「で、セシルは魔剣欲しい?」


「いりません」


「だよねぇ」


「でも、このまま放置しておくのもよくない気がします」


「争いの種になるもんな」


「隠し部屋の温泉に漬けておけば、そのうち錆びますよね?」


「ほどよくカルシウムが付着して斬れなくなるかもしれないし」


「売ると物騒ですからね」


「それで人が死んだら寝覚めが悪いからなぁ」


「ナギさま」


「なんだよ」


「そういうところ、大好きです」


「……そ、そっか」


 なんか照れくさかったから、僕はセシルから目をそらした。


「それより、早いとこ始めよう。みんなが待ってる」


「はいっ」


 セシルは遺産のスクロールを手に、部屋の中央に立った。


 地下から泉が噴き出しているところだ。


 そこが一番、魔力が集中しているらしい。


「魔力は足りそう?」


「この部屋の魔力で底上げできそうです。あとは……やっぱりナギさまの魔力をお借りして」


「うん。じゃあさっさと終わらせよう」


 僕はセシルの正面に立った。


『能力再構築』を起動して、左手を少しだけ挙げる。


 その手を不意にセシルが掴んだ。いたずらっぽい目で僕を見て、ゆっくりと、まるで宝物をあつかうみたいにして、自分の左胸に押しあてる。




「『異界よりこの世界に喚ばれし、魔の力よ、呼応せよ』」




 丈の短いセシルのスカートが、ふわり、とはためく。


 細くてまっすぐな脚が、付け根近くまであらわになる。




「『我は魔族を受け継ぐもの。人を信じ、愛するもの。その人の慈悲により血を残す者にして名をセシル=ファロット。かつてこの地に在りし者の過ちをただす。水脈によって繋がれし地下の深淵より、魔剣をここに召喚する。我は鎮魂せり。すべての魔族の思いを受け継ぎ、鎮魂せり。そのための儀式を行う』」




 セシルの額に汗が伝う。


 銀色の髪が、まるで別の生き物みたいにゆらめいてる。


 僕は『能力再構築』のウィンドウを通して、セシルに魔力を供給し続けてる。


 セシルの邪魔をしないように、目を閉じて、息をひそめる。


 詠唱は続いてる。終わらない。


『古代語魔法』だから、長い。だからセシルも緊張してる。


 一字一句、間違えないように。




「『……以上の祝祭をもってここに来たれ。来たれ、来たれ!

 異界よりこの世界にばれし魔剣レギナブラスよ! 今、ここに!!』」



 セシルの詠唱が終わった瞬間、


 魔力が渦を巻いた。




「成功です! ナギさま、魔剣が来ます」


 魔力の渦の中心から、漆黒の鞘を持つ剣が少しずつ姿を現す。


 まるで生きているみたいだった。


 鞘にはいくつもの血管が走り、どくん、どくん、と脈打ってる。


 柄の部分には宝石があって、魔力を受けて輝いてる。


 こういうのは直接触らない方がいいよな。


 僕は剣の真下に、口を開けた革袋を配置した。


 よし、座標はぴったり。


 あとは剣が落ちてきたら口を閉じればいい。


 だけど、念のため。


「セシル、堕力の矢を!」


「はいです!」


 セシルが放つ黒い矢が、地面に落ちた魔剣を叩く。


 これが魔法の道具を弱体化させるのはガーゴイルで実証ずみだ。


 魔剣は袋の中に落ちたまま、動かない。よし、あとは袋の口を閉じてーー


「ナギさまっ!」


「──え?」


 剣が、跳ねた。


 不自然な軌道を描いて、柄が僕の手に触れる。


 ちょうど僕の手に包まれるように──


「剣のくせに死んだふりを!?」


 …………あれ?


 でも、なにも起こらない。


 これが魔剣──だよな?


 つまり、僕は魔剣には選ばれなかったってことか。


『ねんがんの魔剣レギナブラスをてにいれた!』


『しかし、装備できなかった』ってことか。


「ナギさま……大丈夫ですか」


 セシルは僕の手の中にある魔剣を心配そうに見てる。


「だいじょぶ、なんともない。さっさとこれは袋にしまって──」




 言いかけたとき、僕の意識が一瞬、途切れた。




 膝がぐらついた。足がすべった。




 鞘に包まれた魔剣が、傾いた。




 鞘がセシルの服の襟元に引っかかった。




 僕が転んで、セシルも転んだ。魔剣は僕が握ったまま。




 鞘に包まれたままの魔剣は一気に──




 セシルの服を、おへそのあたりまで引きずり下ろした──。




「ナ、ナギさま──────っ!」


 なにかが唇に触れた。


 ぷにっとした、やわらかいもの。何度か手で触れたことがあるもの。


 僕は転んで、セシルを押し倒して、胸のあたりに顔をうずめてる──!?


「だ、だめです。いえ、だめじゃないです。だめじゃないんですけど、おそとです。ここはおそとなんですっ! リタさんもアイネさんもレティシアさんもすぐそこにいるんですっ!」


「ち、ちが、ちがっ!」


「せ、せめて覚悟を決める時間をください。いちにのさんよん、はいっ! 覚悟決めましたっ、ナギさま!」


「はやっ! って覚悟なんか決めなくていい! 今、どくから」


 僕は真っ赤になったセシルの上から離れようと──地面に手をついて立ち上がろうとした──けど、




 また、意識が一瞬、途切れた。




 ぐるり、と視界が回転する。




 手が滑ったのが、わかった。




 反射的に、僕はセシルのふとももを押さえていて、




 片方の手は、セシルの足首を掴んでいて、




 なぜか引っ張り寄せていて、彼女のお腹の下あたりに、




 顔から──倒れ込んで──って、なんでっ!?




「ひゃんっ!?」


 顔に触れる、布一枚越しに感じるセシルの体温。


 まずい、これ、すごくまずい。


「ナ、ナギさまぁ」


「わざとじゃない。違うんだってば」


「わかります。魔力です──その魔剣からすごい魔力が──」


「な、なにごとが起きたのーー!?」


 突然、泉の部屋にリタの声が響き渡った。


「リ、リタ。ちょうどよかった」


「悲鳴が聞こえたから来てみたら、なに、これ! ナギとセシルちゃんに一体なにが!?」


「リタ、頼む。僕の腕を掴んでひっぱり起こして。魔剣には触れないように!」


「触れない──って。あれ?」


 かちん


 魔剣の鞘が、リタに触れる感触。


 ずるり、と、リタの脚が滑る音。


 嘘だろ?


 獣人の──野生動物の運動能力を持つリタが転ぶ?


「まさか、これが魔剣の力なのか!?」


 僕は腕を振る。けど、魔剣は手から離れない。


 その間にあったかくて柔らかいものが──リタの身体が僕の上に降ってくる。


 リタは僕の腕を掴んで引っ張り起こそうとしてた。彼女は僕の腕を掴んだまま半回転。一緒に僕の身体も回転する。たとえば、柔道で襟をにぎったままお互いに一回転したらどうなるか。その時、服がゆるんでたらどうなるか──ローブのようなものだったら、どうなるか。


「やだあああああああああっ」


 結果、僕がリタのローブを完全にひっぺがすことになった。


 通常だったら絶対にありえない。リタと僕の運動能力には違いがありすぎる。


 なのに僕は片手にリタのローブ──人肌の──を掴んでて、リタは胸を押さえてうずくまってる。おっきい──はっきり見たのは初めて──って、そういうことじゃなくて。


「ふたりとも離れて!」


「なぁくん?」「なにがありましたの!?」


「アイネもレティシアも、僕に近づかないでっ!」


 これが魔剣レギナブラスの力。


 でも、どうして?


 これは選ばれたものを英雄にする魔剣じゃなかったのか?


 普通そうだよな。攻撃力が上がるとか、魔法の力を付加するとか、イベントアイテムってそういうものだろ?


 どうして仲間の少女を脱がす力が現れたりするんだ?




『それは、主様が選ばれたものだから』




 声がした。


 甲高い、少女の声だった。




『我は魔剣レギナブラス』




 僕の前に、赤い髪の少女が姿を現した。


 肌の色は真っ白で、目は真っ黒。闇の色。白い衣をまとってる。


 小さなからだが宙に浮かんでいる。


『我は汝を主と認める。英雄となるか、破滅するか。運命を選ぶがいい』


「選ばれた?」


『しかり』


「僕は英雄の器なんかじゃない」


『いまの汝が英雄の器であるかは関係ない。それは我が欲する条件にあらず』


 赤い髪の少女、レギナブラスは言った。




『我が欲するのは、理性で情欲じょうよくを押し殺している若人わこうどの魂』




 ……今、こいつなんて言った?


 りせいでじょうよくをおしころしているわこうど?


『汝は理想的な器。身近にいる少女たちを充分に意識しながら、それを押し殺して──』


「───────っ!」


 なんだこいつ。なんだこいつ。な・ん・だ・こ・い・つ!


「いらない。お前なんかいらない。さっさとこの袋に入って封印されろ!」


『断る。我は汝を主と認めた』


 レギナブラスはあっさり、僕の言葉を否定した。


『我は異界より来たりし魔剣。役目を果たす』


「役目だと?」


『我はこれから汝を英雄にする。さもなくば破滅させる』


 レギナブラスは語り出す。




 魔剣レギナブラスには、人の心を操る力がある。


 ほんのわずかだけれど、意識の隙間に潜り込むことができる。


 奴はそれを利用して、セシルとリタを脱がした。


 なぜなら、魔剣レギナブラスは、英雄を作り出すための剣だから。


『英雄は色を好む』という。


 それは逆を言えば、英雄ならば女の子をうっかり押し倒しても脱がしても「ちっ、英雄ならしょうがねぇな」って見逃される、ということ。それを可能にするだけの力を有している、ということ。


 英雄でなければ、性犯罪者として裁かれるだけ。


 犯罪者になりたくなければ、色を好んでも許される英雄となるしかない。


 ゆえに、魔剣は所有者をそういう運命へ、無理矢理に導く。


 かつての王もそうだった。


 性犯罪者として裁かれるのを避けるために、必死で英雄を目指した。


 その結果生まれたのが「好色王アヌヴィル」であり、100人の子を残した「紅蓮王フェスタリカ」だったという……。




 ……つまりこういうことか。


 魔剣レギナブラスは、所有者のまわりでラッキースケベを発生させる。


 所有者は、そういうことをしても許されるほどの地位にのし上がらなければいけない。


 さもなくば性犯罪者になって破滅するしかない……って。




「最悪の魔剣だ!」


『代わりに、我は、汝が英雄になるための力を貸すことができる』


「いらねぇよ!」


『心を操る力だ。我はそれを使う機能を果たさなければ行けない。我は汝の願いを聞き、それを叶える。汝は我の「心を操るスキル」を覚醒させる』


「お前はなにがしたいんだよ……」


『我は役目を果たすための機能体。それだけでしかない』


 ラグナブラスは語り続ける。


 セシルもリタは呆然としてる──違う。


 ふたりは立ってこっちに来ようとしてる。


 なのに、身体が自由にならないみたいだ。


 あれも、魔剣の力なのか? 一時的に心を縛って動けないようにしてるのか?


 アイネとレティシアは僕たちを遠巻きにしてる。


 なにが起こってるのかわからないのかもしれない。


『すべての人間は心の底に英雄願望を持つという』


 魔剣の手が、僕の頬に触れた。


『それを充足するために、我は異界から召喚された。情欲を理性で押し殺している若者ほど、その願望が強いもの。主様が欲望のままに行動することで、我も喜びを得る』


 奴の声が、僕の頭の中に入ってくる。


 力を与える。『契約』し、魔剣を振るえ。代償として主の魔力で我のスキルを完全に覚醒させる。


 魔剣が持つスキル──それは心を操る力。


 どうせもう、逃れられない。


 それに、魔剣による支配はほんの少しだけ。


 代わりにお前は巨大な利益を得る。


「……巨大な、利益?」


『そう』


 レギナブラスが僕の顔をのぞき込む。


『主様が英雄を目指すなら、我は全力でそれを助ける。人を支配したくはないか? 世界のすべてとはいかぬが、大抵のことは叶えられるぞ。たとえば……』


 魔剣は、僕を誘惑するみたいにささやきかける。




『主様が英雄となれば、他人にどんな理不尽な命令でも下すことができるだろう』


「理不尽な命令……」


 ──相馬くんさぁ。明日の朝からバイト出てくれない? 学校? 出席人数は足りてるんだろ? 俺って高校の偉い人にも顔が利くしさ。いいじゃないか一日ぐらい。生活苦しいんだろ?




『あらゆる人の上に立ち、見下みくだすことができるだろう』


「人を見下す……」


 ──バイトのくせにさあ、正社員に挨拶しないってどういうことなの? そうじゃなくて、お辞儀の角度が足りないって言ってんだよ! 45度、いや、90度! 正社員とバイトの立場の違い、わかってる?




『他人の日常だって支配できる』


「日常を支配……」


 ──あ、今から仕事に来れるよね? 夜中だからどうだっての? というか、今きみのアパートの前にいるんだけど。出てくるまでクラクション鳴らし続けるけど、いいの。あっそう。近所迷惑な住人だよなぁ。プップー。




『あらゆる約束を破ったとしても、裁かれることさえないのだ』




 ……ごめんね、なぎ。必ず迎えにくるからね……


 ──ごめんね、ごめん、ね。


 ──凪……。




『どうだ、主様。すばらしい条件だと』


「ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────っ!!!!!!」


 がつん がつんがつん!


 魔剣の柄に頭を打ち付ける。痛い! 痛い。すっげーいたいっ!


 けど、ちょっとだけ正気に返った。


「ふざけんなふざけんなふざけんな! 僕にそんなものになれってのかよっ!!」


『……主様?』


「そんなものになるくらいなら死んだ方がましだ! 僕は誰も支配しない。のんびりだらだら生きていくって決めたんだ!! 魔剣の主にも権力者にもなるもんかっ!!」


『だが、もはや我と主様は繋がっている』


 びり、と、腕に魔力が伝わって来る。


『主様は英雄にならねばならぬ。それとも犯罪者として石もて追われる立場となるか!?』




「なぁくんは、そんなふうにはならないの」




 アイネ!?


 レティシアの手を振り払って、こっちに歩いて来る。


「なぁくんは英雄にも性犯罪者にもならないの。アイネを助けてくれたなぁくんを、石もて追われるようになんかさせない。


 しゅる


 アイネは髪を結んでいたリボンと、エプロンの紐をほどいた。


 それから腰の帯を投げ捨て、襟を広げて、着ていたメイド服を足下に落とす。


 その下に着ていた鎖かたびらも、一緒に。


「なぁくんは、アイネの家族のようなものだから。ご主人様だから」


 アイネの身体を覆うのは、うすっぺらな白い下着だけ。


 それが泉から噴き出す魔力の水滴を浴びて濡れていく。透けていく。


 栗色の髪と、形のいい大きな胸と、お腹を、水滴が流れ落ちていく。


 かちゃ、と、僕の手の中で、魔剣が勝手に動いた。


 鞘がはずれて、黒い刀身があらわになる。


 切っ先がまっすぐ──アイネの方を──向いた。


「恥ずかしいのも、触れられるのも、傷つけられるのも、お姉ちゃんにとってはごほうびだよ?」


 でも、アイネはなんでもないことのように、首をかしげただけ。


 そして、ゆっくりと近づいてくる。


 僕はアイネの全部から──真っ白な肌から、重みが想像できるような膨らみから、つるん、としたお腹から──目が離せなくなる。


「なぁくんがアイネのすべてを見ることは、罪でもなんでもない。だって、アイネはお姉ちゃんだもの。隠すことなんかなんにもないもの。なぁくんがすることはすべて、アイネの望むことだから。アイネがすべてを、許すから。誰もなぁくんを犯罪者にしたりはできないの」


『それはお前だけであろう? 他の者はどうかな?』


「わ、わたしも別に構いませんっ!」


 セシルが叫んだ。


「ちょっとびっくりしちゃっただけです! そういうことがあるって思えばどってことないです! たかが魔剣の分際で、わたしをみくびらないでくださいっ!」


「私は野生種だもん! 服なんかなくたってどってことないもん! ずっとこれで生活したって構わないもん! どんとこーいっ!!」


「わたくしは違いますわ困りますわっ!」


 リタは真っ赤になってるけど、それでも声を張り上げる。


 レティシアは離れててくれればいいや。


「アイネも、セシルさんやリタさんと同じ気持ちだよ?」


 アイネの瞳がまっすぐ、僕を見てる。


「もしもそれが許されないなら、みんなで山奥にこもって暮らすの。誰もなぁくんを否定しないところへ行くの。そこでみんなで仲良く暮らすの。なにがあっても、なぁくんがなにをしても、アイネは許すから。受け入れるから」


『そこまでたどりつけるかな? 主様が脱がすことになるのはお前たちだけではないぞ? 通行人、店員、貴族や姫君──近づくものことごとくが、主様の毒牙にかかることになるのだぞ……?』


「平気なの。アイネたちがなぁくんをしっかり守るから。隙間もないくらいに、くっついてるから」


『守り切れるものか。我のスキルは主様に食い込んでいる。主様が我に願いを告げれば完璧に発動するのだ。我はひとつの機能体にしてひとつの生命体。魔剣という機能を果たすものである故に──』


 スキル──機能体──生命体──生き物。


 魔剣レギナブラスはスキルを持ったひとつの生き物。


 ──だったら、なんとかなるかもしれない。


 僕は魔剣を握った左腕に力をこめる。あいかわらず手は開かない。でも、ぎぎぎ、って関節をきしませながら、なんとか地面に向けることには成功する。魔剣の切っ先が、がりん、と床を打つ。今だ──


「アイネ!」


「うん。アイネでなにがしたいの? なぁくん」


「僕の服を脱がして! それから、ぎゅ、って抱──」


 しゅぱ、さささっ、しゅるっ


 ぎゅ


 最後まで言う暇がなかった。


 半裸のアイネは素早く僕の鎧を脱がし、服を引っ張り下ろした。


 そして上半身裸になった僕を、ぎゅ、って、細い腕で抱きしめた。


 あったかい。やわらかい。そして、安心するにおい。


「だいじょうぶだよ。お姉ちゃんは、なぁくんの考えてることはわかるから」


 びちゃ、と、水音がした。


 セシルとの『合体魔法』を見たあとだから、アイネは僕がしようとしてることをわかってくれてる。


 だから彼女は、身体を覆う邪魔な布を、脱ぎ捨てた。


「アイネ、お願い。僕に……アイネの中を、見せて」


「いいよ。全部、見せてあげる」


 僕はアイネのスキルを呼び出す。


『虹色防壁LV6』『料理LV9』『掃除LV9』『棒術LV2』──それと。


 ……あった。


 アイネがギルドで僕にくれた、超コモンスキル。


 それは僕の中にもあるけど、今はアイネの魔力が必要だ。


 計算する。シミュレートする。よし……いける。


 二人分の魔力で魔剣レギナブラスを圧倒してやる。


「レギナブラス……お前は、自分は役目を果たす機能体だって言ったな。つまり、そういうスキルを持つ生き物ってことでいいのか?」


 僕はゆらゆらと宙に浮かぶ赤毛の少女レギナブラスを見上げた。


 彼女はもう、僕に勝ったつもりなのか、笑ってる。


『然り。姿かたちは違えど、生物であることに違いはない。ゆえに主様や他の人間の考えを理解することができる』


「わかった……いいだろう、レギナブラス」


『ならば望みを伝えよ、主様。我は主様のそばでその望みを叶えることとなるだろう』


 ……ってことは「消えろ」「失せろ」ってのはやっぱり駄目か。


 だったら──


「ああ、僕の望みを伝えてやる」


『うけたまわる。代償として我は自分のスキルを完全に発動させる』


「……僕がお前に望むことはひとつだけだ」


 僕はレギナブラスの手を、ぎゅ、と握りしめた。


 よし、実体がある。


 僕は首から『メダリオン』を取り出した。レギナブラスもまた、同じ。




「僕の『奴隷』になれ、魔剣レギナブラス!」


『愚かなり主様!』




 レギナブラスの首に、しゅる、と、革の首輪が巻き付く。


『奴隷』契約成立だ。


『今まで同じことを考えたものは何人もおった! だが、心を支配するということは契約の「指輪」のことを忘れさせることもできるということである!』


 甲高い声が、部屋中に響きわたった。


『命令されなければなんということもない。また、我は主様を傷つけることもしない。主様は我を「奴隷」とする。我は心を操るスキルを覚醒させ、主様を英雄へと導く!』


「悪いな。指輪のことなんか、とっくに忘れてたよ」


 アイネが僕を抱きしめてる。


 彼女の魔力を感じる──。


「お前は僕のスキルを知らない。だけど僕はお前のスキルを知ることができる」


 僕の右手は動く。


 じゃあ、僕たちの勝ちだ。


「勝負だ。レギナブラス。お前が僕の心を支配するのが先か、それとも──僕がお前のスキルを書き換えるのが先か!」


『……なに!?』




「発動『能力再構築スキル・ストラクチャーLV2』!!」

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