第23話「はじめての合体魔法(の提案と未遂)」
「……アイネさん、苦労されたんですね」
話を聞いたセシルは目をうるうるさせながら、アイネを見た。
アイネは相変わらず、半分ぼーっとした顔で、
「たいしたことないよ? 他にすることなかっただけだもの」
「いえそんな。あのギルドをひとりで切り盛りしてた経営力、人々とお話してる会話力、全部、わたしなんか敵わないです。アイネさんには十分『ちぃときゃら』の資格があると思います。でも……あのその」
セシルは自分の身長と、アイネの身長を比べてため息。
ついでに自分の胸をぱたぱたと叩いて、
「アイネさんは、ギルドのみなさんの相談に乗ってきたんですよね?」
「そうだよ?」
「……わたしの話も聞いてもらえますか?」
セシルはアイネの手を引っ張って、倉庫の隅に。
ふたりでしゃがみこんで、なにかぼそぼそと話してる。よく聞こえない。
「……胸」「家族」「……ちっちゃい」「自信がない……」
「だがそこがいい……」「子守はアイネが得意」「栄養のバランスを考えてあげる」「隙を見て……」
なんか不穏な単語が聞こえてくるんだけど。
「あの、ふたりともなにを話して……」
「話はついたから大丈夫なの、なぁくん」
ぱん、ぱぱん、と膝を払って、アイネさんが立ち上がる。
「アイネさんはすばらしい方です!」
セシルは目を輝かせてアイネを見つめてる。
褐色の肌も、赤色の瞳も、なんだかつやつやしてる。
まるで希望の未来を夢見てるみたいだった。
「わたし、全面的にアイネさんを受け入れます。リタさんも話を聞いてもらうといいです!」
「え? 私も? まぁ……せっかくだから」
ぼそぼそ、ぼそぼそ
倉庫の隅でしゃがみこみ、額をつきあわせて相談する奴隷少女ふたり。
「……かわいい服」「誘惑」「距離を近づけたい」「雰囲気がでるような……」
「裁縫は得意」「偶然を装って」「密室に誘い込む」「部屋のコーディネイト……」
がばっ
リタがすごい勢いでこっちを振り返る。
「ナギ! すごい人を見つけてきたわねっ! この人は私たちの仲間にするべきよ、絶対!」
「だからなんの話をしてるんだよっ!!」
主人を放置して3人で盛り上がるのやめてください。
「わたしのことはセシルと呼んでください。わたしもアイネさん、って呼びますから」
「私のことはリタでいいわ。私もアイネ、って呼ぶから」
「ありがとうなの。セシルさん、リタさん」
がしっ
固く手を握り合う3人。
いきなり友情が成立していた。
「わたしたちの幸せな未来のために。ナギさまのためにー」
「「おー」」
いや、仲良くなったのはいいんだけどさ。
不思議と寒気がするんだけど。
なんか危険な包囲網が作られてるような……。
「あ、そうだ。忘れてた」
「どしたの、リタ」
「今の話に比べればどうでもいいことだけど『貴族ギルド』が『魔剣捜索クエスト』やるみたい」
「あの話まだ続いてたの?」
というか、魔剣のことなんか忘れかけてた。
「そもそもあれは『庶民ギルド』のメンバーが待遇改善のためにはじめたクエストだろ?」
「『貴族ギルド』と『イトゥルナ教団』、それと元『庶民ギルド』の人たちが協力して、せっかく準備したんだから魔剣を手に入れて王様に献上しようってことになったんだって。町の人たちが言ってた」
「数日後に町をあげて、魔剣探索記念パレードをやって、そのあとみんなでダンジョンに潜るみたいです」
リタのセリフを、セシルが引き継いだ。
セシルは僕の服の裾を、ぎゅ、と握ってる。
不安になったときの癖だ。こういう時のセシルは、複雑そうな顔してる。
魔剣レギナブラスは魔族が召喚したものだから、色々考えちゃうんだろうな。
「『貴族ギルド』の伯爵は覚悟を示すって言ってたわ。魔剣を手に入れるまで一歩も退かないとか、『イトゥルナ教団』と『契約』したとか」
「なんで魔剣なんか欲しがるんだろうなぁ」
「王様に献上して爵位を上げてもらおうってことじゃない?」
「リタは爵位とか欲しい?」
「いらない。私の大事な人は、そんなもの欲しがらない人ばっかりだもん。爵位をもらうために時間を使うくらいなら、ナギを抱っこして一緒にごろごろしてた方がましよ」
「僕を抱き枕代わりにすることを除けば全面的に同意」
「
「だよねぇ」
僕は英雄の器じゃないから、持ってて破滅するのもいやだ。
できるだけ関わりたくない。関わりたくないんだけど……。
「みんなに協力して欲しいことがあるんだ」
魔族の遺産をこの町に残しておくのは、すっきりしない。
いつか思い出して「やっぱりあの時、回収して封印しておけば」ってなったら困るし。
セシルのことだから、魔剣を巡って血が流れたら気にするだろうし。
それに、
「僕は『貴族ギルド』の伯爵に一泡吹かせてから町を出たいと思う。それで、アイネとレティシアに聞きたいんだけど、伯爵ってどんな奴?」
「見栄っ張りなの」
アイネは言った。
「自分が話題の中心にいないと許せない人ですわ」
レティシアは言った。
「プライドがすっごく高くて、王様に信頼されてるのが自慢みたい」
「王と一緒にこの国を造った先祖を誇りにしてるわね。だから冒険者のまねごとをしてる」
「思いつきで動くから、アイネはいつも振り回されてたの」
「いつも自分が町の人々の注目の的だと思い込んでるみたいね。今回のパレードも、そういうことなんでしょ」
「結局のとこ、伯爵って人は英雄になりたいのかもな」
冒険者気分でクエストについてきていたとか。
魔剣を取られそうになったら慌てて邪魔しに来て、『庶民ギルド』を潰した。
そして今度は、大量の冒険者に守られながら、自分で魔剣を取りに行く。
「……たとえば、町をあげてパレードやって、たくさんの冒険者を引き連れてダンジョンに入ったのに、肝心の魔剣が消えてたら、すごい赤っ恥だよな」
考えたら楽しくなってきた。
これはただの、僕の趣味──というか、わがままだ。
次の町に行く前にちょっとだけ、伯爵って奴に一矢報いたい。
「『魔剣召喚スクロール』を使われるんですか、ナギさま?」
「うん。せっかく『天使ガーディアン』倒したんだから、使ってみようよ」
ガーゴイルの倍以上の時間をかけて、『超越感覚』使ってやっとだった。
これくらいの報酬があってもいいだろ。
「ナギさまがそうおっしゃるなら」
セシルがバックパックから巻物を取り出し、僕に差し出した。
リタ、アイネ、レティシアにもわかるように、僕はそれを掲げた。
「これは魔法使いの屋敷で見つけた遺産。詳しいことは言えないけど、その人は魔剣レギナブラスを手に入れようとしていた。これはこの研究成果」
『天使ガーディアン』が守ってたのはこれだった。
結局あの魔法使いは、最後まで魔剣にこだわってた。
一生をかけて、全精力をつぎ込んで、魔剣を呼び寄せる魔法式を完成させた。
もっとも、その頃には身体が弱って、自分では召喚できなかったらしいけど。
「こいつを使って魔剣レギナブラスに、ダンジョンの上層まで来てもらう」
そして封印する。
屋敷の地下にあった宝箱に放り込んで、そのまま放置。
あとは地下の入り口をセシルに封印してもらえば、誰も手が出せなくなる。
「魔剣レギナブラスは、主を探して移動する『
スクロールの使い方と詳しい説明は、セシルから」
「はい。えっと、この『魔剣召喚スクロール』は『門』を開いて、魔剣を自分の近くまで呼び出すものです。とある魔剣の研究者さんが人生かけて編み出したものなんですけど、けっこう厳しい条件がついてます」
両手でスクロールを抱えたセシルは、真面目な顔で語り始める。
魔剣召喚の条件はみっつ。
その1。召喚の場は、できるだけ魔剣に近い座標であること。
現在、魔剣はダンジョンの最下層近くにある。儀式はその
要は、釣り糸を垂らして引っ張り上げるようなイメージだ。
その2。召喚の場には、魔力がたっぷりと満ちあふれていること。
そういう場の方が、召喚用の『門』が安定しやすいらしい。
最後に、スクロールの使用者の魔力キャパシティが十分であること。
つまり、それだけの大魔法ってことなんだろうな。ゲームでも召喚魔法ってのは大体高レベルだから。この魔法は古代語で書かれてるから、セシルにしか使えない。だからセシルに十分な魔力があれば──
「──ということで、わたしの魔力だとぎりぎり足りないかもしれないんです……」
「大丈夫。そのことについては僕に考えがある」
「そうなんですか、じゃあ安心ですね! さすがナギさまです!」
「待ってください。ちっとも安心できませんわ」
レティシアが手を挙げた。
「まず第一に、そのスクロールの出所は問わないとしても、それが本物である保証はどこにありますの?」
「書かれてる呪文の検証はしました」
セシルが僕の代わりに答える。
「内容は間違いなく、魔剣の召喚を行うものでした。ちょっと特殊な言語なので、専門の魔法使いさんじゃないとわからないものなんですけど……」
「じゃあそれはいいとして。次にダンジョン攻略について」
こほん、と咳払いして、レティシアは青い髪を掻いた。
「魔剣の存在する座標の真上で、魔力に満ちている部屋なんて──」
「ダンジョンの第三階層には、魔力を宿した温泉が湧き出る泉が、数カ所あるの」
アイネが、レティシアの言葉の後を継いだ。
「その中に、探知魔法でわかった魔剣の座標の真上に近いものがあったはず。魔剣の反応はダンジョン下層の東南のあたりからだったから……」
「第三階層の魔力の泉は3カ所……魔剣の座標に近いのは東南の一番奥のやつ、かな?」
「よくわかるね、ご主人様」
「『庶民ギルド』で資料を見せてもらった時に覚えた」
資料室にはダンジョンの資料もあったから。
マッピングは得意なんだ。
ゲーム作るとき、いちいちダンジョンのマップを呼び出すのはめんどくさいし、全部頭に叩き込んだ方が早いし。
「というわけで、第三階層くらいなら僕たちでも行って来れると思うんだ」
「時間の制約については?」
「伯爵と『貴族ギルド』『新・庶民ギルド』の冒険者たちがダンジョンに来る前にすべてを終わらせなきゃいけない、ってことだろ?」
「できれば1日。かかっても2日未満で終わらせたいですわね」
「第一、第二階層に出てくるのは弱いモンスターだったよな。これは僕の方でなんとかする。前に、低レベルモンスター対策ってのをやったことがあるんだ」
「でも第三階層はゴブリンの巣ですわ。ここはどうクリアしますの?」
「
僕は言った。
レティシアの……そして、みんなの目が点になった。
あー、説明不足だったか。
これは「魔剣召喚スクロール」を使う時にもやろうと思ってた。今回の切り札だ。
「具体的に言うと僕とセシルが合体しながら魔法を使うってことだよ」
「にゃ、ナギひゃま!?」
あ、噛んだ。
なぜか真っ赤になったセシルが、震えながら僕を見つめてる。
そんなにすごいことを言ったつもりはないんだけど。
よくあると思うんだけどな。合体技や合体奥義、合体魔法とか。
この場合は互いの魔力を繋ぎ合わせるから「魔力合体」だ。
「2人で合体して魔力を共有すれば、セシルの負担も少なくなると思うんだ。『魔剣召喚スクロール』を使う時も同じことをしようと思う。だから、ダンジョンで魔法を使うときに僕とセシルが合体する」
「お外でですかっ!?」
「危険がともなうのは承知の上だ。だから、その間はみんなにサポートしてもらう」
「みなさんの目の前で!?」
「うまく行けばダンジョン攻略もスピードアップできるはずだ。新たなる力を手に入れた僕たちの姿を魔物たちに見せつけてやろう」
「み、み、見せつけるんですかぁっ!?」
「もちろん、僕の魔力なんかたかが知れてる。だから場合によってはアイネにも一緒に魔力合体してもらうことになるかもしれない。確かアイネも魔法が使えたよね? 僕が間に立って、セシルとアイネを合体させれば、魔力の供給は完璧になるかもしれない」
「にゃ、ナギさま!?…………ナギひゃま……なぎ、ひゃまぁ…………ぁ」
「ああっ! セシルちゃんしっかりしてえええええええっ!!」
「これなら『魔剣召喚スクロール』も使えるはずなんだけど……」
「ナギ! ナギやめてとめて! セシルちゃんはもう限界よっ!」
……あれ?
気がつくと、リタが目をつり上げて、ついでに尻尾も膨らませてこっちを見てた。
セシルは真っ赤な顔で、ちっちゃな身体をさらに縮めて座り込んでるし。
レティシアは恥ずかしそうに両手で顔をおおってる。
アイネだけが普通にうなずいてくれてるけど、でも「アイネはすべてを受けいれるの……」って、不思議なくらい優しい顔をしてるのは……なんで?
「……あれ? ひょっとして、だけどさ。この世界に『合体魔法』って、ないの?」
「ないわよ?」
「リタ、別の意味に取ったりしてないよね?」
「別の意味ってなんでしょうかご主人様。ご主人様がどうしてもって言うなら私も協力してさしあげますが、セシルちゃんにはあまりにハードルが高すぎるんじゃないでしょうかご主人様。というよりも、みんながいるところで堂々とそういうこと言うのはセシルちゃんの忠誠心と羞恥心を試してるんでしょうかご主人様。そういうプレイなんでしょうか私の愛するご主人様。
しょ、しょうがないわねっ……セシルちゃんの精神の安定のためにも、こ、こ、こ、ここは私が代わりにご主人様とがった……」
「待って落ち着いて説明させて」
合体魔法ってのは僕のゲームにもあったもので、二人の魔力を共有するシステムだ。
『能力再構築』を使ってる時に思いついたんだ。
もしかしたら、この世界では同じことができるんじゃないか、って。
「大丈夫。僕が考えてるのは、全年齢向けの合体魔法だから」
どんなに規制が厳しくても15禁。
ちゃんと、夕方のお茶の間で放送できるレベルだ。
僕は椅子に座りなおした。
そして、話しはじめた。
ダンジョンを高速で攻略して、魔剣を召喚するまでの作戦。
その切り札「合体魔法」についてのすべてを。
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