第9話「神官長は見た! 村の湖に潜む巨大水棲生物『レヴィアタン』!!」

『レヴィアタン』


 巨大水棲生物。大きさは小型のクジラくらい。


 頭部が無数の触手に覆われていて、縄張りを荒らしたり、住処の近くで騒いだりすると襲ってくる。触手の先端には麻痺毒を刺すための針がある。基本的に雑食で、なんでも食らう。住民が羊や牛を食われたこともあるらしい。


 イメージは、頭にイソギンチャクを乗せたクジラ。


 やっかいなのは触手に再生能力があること。斬っても斬ってもすぐに元に戻る。


 前はLV15クラスのスキル持ち冒険者が6人がかりで撃退したとか。


 ちなみに追い払ったときの報酬は4万アルシャ。


 退治したら8万アルシャ。ただし、ギルドに加入してない僕たちには関係なし。


「やだやだやだ! なんでこんなのがいるのよぅっ!?」


 湖から、文字通り鯨のような頭が突き出ている。そこから数十本の触手が伸びて、湖岸にいるリタを絡め取ろうとしてる。リタは飛んだり跳ねたりしながら、それを寸前でかわしてる。


 大変だなー。


 間に合わなかったか。


 僕たち途中で村人に『レヴィアタン』の情報を聞いたりしてたからなぁ。


 リタは襲ってくる触手を寸前でかわして、蹴って殴って、なんとか撃退しようとしてる。


 なるほど。武術のスキル持ちか。


 まるで野生動物みたいだ。


 何十本もある触手をかわして蹴飛ばしてる。背中に目でもついてるのか、あいつ。


 一人でも『レヴィアタン』の攻撃をしのげるくらい優秀なんだ。リタって。すげー。


「セシル」


「はい、ナギさま」


「さっそくだけど、古代語魔法の練習をしよう」


「わかりました『火球』を使ってみます」


「了解。合図したらはじめてくれ。おーい、神官長リタぁ──!」


 僕は岸辺で戦うリタに向かって叫んだ。


「これから特大魔法ぶちかますから逃げてこーい」


「やめてやめてだめぇ!」


「なんで!?」


 僕の声に、リタは岸辺に停まった馬車を指さした。


 馬はいない。


 窓とドアが開きっぱなしで、そこからひとの足が何本も突き出てる。


 シュールだった。


 あれは、『イトゥルナ教団』の人たちか。


 触手から逃げようとして馬車に飛び込んだら麻痺毒くらった、ってとこかな。


「部下を見殺しにしろっていうの!? 助けるなら全員助けなさいよ!」


「えー」


「えー、じゃないでしょおおおおおおっ!」


 僕の戦闘能力でこの状態に割り込むのはかなり危険だ。


 岸辺はピンク色の触手がにゅるにゅるしてて、それをリタが必死に捌いてる状態。


 そこを割り込んで馬車を救出するのは、「剣術」がLV2しかない僕にとって、かなり難易度が高い。


 馬車には同行させてもらったけど、命をかけるほどの義理はないし。


 リタひとりくらいなら助け出せるんだけど。


「わかったわよ! 依頼! 正式に依頼します。だから──って、またにゅるにゅる来たああああああっ!」


 って、話してるうちにリタが追い詰められていく。


『レヴィアタン』の動きを少しでも止めないと、話す暇もないか。


「セシル。通常魔法であいつの動きを止められる? 古代語火球を撃つ魔力を残しておけるレベルの奴で」


「『炎の矢』なら使えます。ただ、この距離ですから牽制くらいにしか……」


「それでいいよ。とりあえずリタと話す余裕ができれば」


「はいっ」


 セシルが片手を宙に掲げた。


「『精霊の息吹よ我が敵を撃て! 炎の矢!!』」


 人の腕くらいある火炎が、湖めがけて飛んでいく。


 触手の根元に直撃を食らった『レヴィアタン』の動きが止まる。数十本ある触手をたたんで、湖岸に引く。けど、触手の先端は馬車を狙ってる。敵が動き出したらまた『炎の矢』を撃つようにセシルに頼んで、僕は少しだけリタに近づいた。


「慈悲の教えをなんだと思ってるのよぉ! 困ってるひとを見捨てるなんて、やっぱ外道ぉ!」


 こっちに背中を向けながら、リタが叫んだ。


 あー、やっぱり、言われると思ったけどさ。


「村長さんに挨拶もしなかったお前らが悪い。湖の近くでキャンプするって伝えれば、絶対『レヴィアタン』のこと教えてくれたはずなんだ。無視して危険地帯に足突っ込んだのはそっちだろ!」


「ちゃんと言ったもん! お世話になるんだからドワーフの村長さんに挨拶してきなさいって! 部下はちゃんと『挨拶しました』ってゆってたもん!」


「まわりに人気がないのは見ればわかるだろ! 漁の船が出てないのとか、おかしいと思わなかったのかよ!?」


「言ったもん! そしたら『十日前もここでキャンプしたので大丈夫です』って言われたもん。私、新任の神官長だから、あんまりしつこくできなかったんだもんっ!」


 つまり、リタは部下に舐められてたわけだ。


 他の神官は貴族で、リタだけが拾われた人間。


 リタがどんな目で見られてたかは、さっき聞いた話でもわかる。


 でもって、『イトゥルナ教団』にとってはここに来るのは年中行事で、しかも人間至上主義の彼らはデミヒューマンを見下してるから宿にも泊まらないし挨拶もしない。勝手に湖畔でキャンプして、でもいつもしてるから大丈夫──って思ったら、数十年ぶりに帰ってきた湖の主に襲われた、と。


 おかしいな。


 異世界の話なのに、下請けや現場のたたき上げの人間の忠告無視して大損してぶっ潰れたバイト先を思い出したぞ。現場の努力を上の人間が無駄にするって話は、あっちの世界ではよく聞くけど……はぁ。


 ……しょうがないなあ。


「わかった。じゃあ依頼を受ける。2万アルシャでどうだ?」


「2万でいいの? 100万くらいふっかけられるかと思ってた」


 こいつは本気で僕を外道だと思ってるらしい。


「2万でいいよ! 村がギルドに依頼してる『湖の主退治』の報奨金が8万。追い払うだけなら4万。僕たちは神官たちを助けるだけだから、その半分で2万だ。それでいいだろ!」


「う、うんっ」


「…………本当にいいんだよな。払えるの?」


「ば、ばかにしてえええええっ」


 ばかにはしてないけど。


 リタはそこそこ信用できそうだけど、他の神官がなぁ。


 助けたあとで、色々言われそうな気がする。


「わかった! わかりました! 正式に依頼します!」


 背中を向けたまま、リタはうなずいた。


「『イトゥルナ教団』のキャラバンの代表として『契約』します。2万アルシャ払うから私たちを助けなさい! 払わなかったら、私をあんたの奴隷にでもなんでもすればいいじゃないっ!」


「いや、そこまでしなくても」


「メダリオンを出しなさい! 『契約コントラクト』!」


「あ、うん。『契約』」


 僕の胸のクリスタルと、リタが掲げたクリスタルが白く輝いた。


 クリスタルを打ち合わせるのが正式な『契約』だけど、略式ならこれでもいいらしい。


 まぁいいや。冒険者としての初仕事だ。


 仕事はシンプル。馬車の中にいる神官たちを救出して、僕とリタも逃げる。


 てなわけで、


「セシル。僕が走り出したらもう一度『炎の矢』で牽制。その後は『古代語詠唱』で『火球』の準備を。僕が合図したらぶっぱなしていい!」


「わかりました。気をつけてください、ナギさま」


 セシルは拍子抜けするくらい、あっさり頷いた。


 迷いはまったくないみたいだった。


「ナギさまが死んだらわたしもしに──」


「行ってくる! 背中は任せたから」


 最後まで聞かずに、僕は走り出した。


 さて、魔物とのはじめての戦闘だ。僕のスキルでどこまでできるか。


「発動『能力再構築スキル・ストラクチャー』!」


 走りながら、僕はスキルを起動する。








 リスクはちゃんと計算したつもりだ。


 ここにいるのはリタだけ。他の神官たちは馬車に頭を突っ込んで麻痺してる。


 リタはセシル萌えだから、彼女にお願いさせれば、秘密は守ってくれそうだ。


 多少、変なスキルを見せても大丈夫だと思う。たぶん、だけど。


 そして、僕の目的は馬車に詰まってる神官たちを助けることと、その隙を作ること。


 魔物退治は僕の仕事じゃない。


 だいたい、スキルLV15の冒険者でも倒せない奴を僕がなんとかできるなんて思ってない。


 そりゃ一応、護身用に武器ショートソードは持ち歩いてるけど、僕に戦闘用のスキルはひとつしかない。


 今回はそれを使う。倒すためじゃなくて、敵の動きを少しでも止めるために。


 現在、僕が持ってるスキルで再構築できるのは──




『剣術LV2』『異世界会話LV5』『瞑想LV1』『治癒LV1』




 これでどうやって『レヴィアタン』を止めるか、だ。


 ……そういえば元の世界でゲームを作ってたとき、再生能力を持つ敵をどうやって『倒させるか』って考えてたっけ。


 火力で圧倒するのは当たり前すぎるから、もっとトリッキーな方法はないかって。考えて考えて──実際に作って炎上したやつがあったはず。


 やってみるか。


 僕は『剣術LV2』と『治癒LV1』をセットする。




『剣術LV2』


(1)『剣や刀』で『与えるダメージ』を『増やす(10%+LV×10%)』スキル




『治癒LV1』


(2)『肉体』の『回復力』を『高める』スキル




 やり直しはきかない。いいかな。たぶん、これでいい。


 では、


「実行! 『能力再構築スキル・ストラクチャー』!」






「おそーいっ! 『契約コントラクト』したんだからちゃっちゃと仕事しなさいっ」


 ふたたび、湖から押し寄せる触手。


 その一つを、リタの拳がぶち抜いた。


 破壊された触手が動きを止めて、再生に入る。


 僕は、そいつの傷口をショートソードで斬った。


 ぷしゃ、と、粘液が散る。よし、当たった。


 レベルは下がったけど剣術入ってるから、動きが止まってれば攻撃は当たるのか。


「ちょっと! 私が倒したのを斬ってどうするの?」


「見てればわかる」


 僕の想像通りなら。


 ほら、




 ぐにぐに、ぐにぐに、ぶしゃあ




 再生しようとしていた触手の傷口から、肉のかたまりが噴き出した。


 元々のサイズよりもさらに大きく、先端部分だけが肥大化してる。


 触手はそのまま僕たちを襲おうとして──止まる。動かない。


 先端部分が重すぎて持ち上がらない。少し持ち上がって、落ちての繰り返し。


「あ、あんた一体なにしたの!?」


「触手の再生能力を暴走させた」


 話しながらリタが別の触手を蹴る。千切れた触手を、僕がまたショートソードで斬る。再生力が暴走した触手は、先端にボールをくっつけたような形になる。『レヴィアタン』は、自分で自分の触手に重りをつけてるようなものだ。


 触手は次々に動けなくなっていく。


「なんとかなるもんだなぁ。同じシチュエーションでも、ゲームだと炎上したのに」


 やっぱりゲームと現実は違うんだな……。




【攻略掲示板】


質問者 いくらやっても再生能力を持つ中ボスが倒せません。


回答者 中ボスに回復魔法をかけて再生能力を暴走させましょう。自壊します。この敵だけ回復魔法のカーソルを合わせられることにはお気づきだと思います。そして… (以下解説300字)


質問者 わかんないよそんなの。時間返して…





 ……うん、そんなこともあったね。


 それはいいとして、今回『能力再構築』が作ったスキルはふたつ。




『贈与剣術LV1』


(1)『剣や刀』で『回復力』を『増やす(10%+LV×10%)』スキル


 効果:剣や刀で斬った相手の再生能力を高める。相手本来の治癒能力にプラスされる。増加値はこのスキルのLV×10%+10%(現在の増加値:20%)。




『無刀格闘LV1』


(2)『肉体』の『与えるダメージ』を『高める』スキル


 効果:素手の状態で相手に与えるダメージを上昇させる。




『治癒LV1』が『肉体』の『回復力』を『高める』だったから、真ん中の文章を入れ替えただけだ。やっぱり、ひとりで作るとチートにはならないなぁ。


『贈与剣術LV1』は、僕が斬った相手の回復力を高める。


 で、相手の回復力が100%だった場合は、120%になる。


 再生能力が暴走する。


『レヴィアタン』の再生能力が「即時回復100%」なら、『贈与剣術LV1』はそれを「即時回復120%」に変えるってことだ。


『レヴィアタン』の触手に、余分な肉が20%つく…ってわけにはいかないだろうけど、変な具合に再生するのは間違いない。


 たとえば突然、人間の腕の重さが増えたらどうなる?


 動きも、肩や肘にかかる負荷も全部変わる。


 それに『レヴィアタン』の触手は、たぶん本能で動かしてる。再生能力の制御なんかできるとは思えない。


 だから、こいつはなんで自分の触手が急に重くなったのかもわかってない。まともに動かせるはずがないんだ。


「詳しいことは秘密だけど、僕の剣は敵の再生能力を暴走させられる。ただし、レベルは低いから命中率は悪い」


 僕はリタに説明した。


 リタは嫌そうな顔しながら、


「つまり……あんたは私が破壊して動きを止めた触手を斬るしかないってこと?」


「そういうこと。依頼料値引きしてるんだから楯代わりよろしく」


「ひどっ! やっぱりあんた外道じゃない!」


 しょうがないだろ僕はチートキャラじゃないんだから。


 金色の髪をひるがえし、リタは触手を三本まとめて蹴り飛ばす。


 僕は動きの止まった触手に、ショートソードで傷をつけていく。さくっと。


 以下繰り返し。


「って、調子に乗ってるんじゃないわよっ! 後ろっ!」


 いきなり、リタが僕を突き飛ばした。


 思わず振り返ると、僕の背後には『麻痺針』をむき出しにした触手。


「あんた素人なの!? まったく!」


 僕をかばったリタの肩を『麻痺針』が浅く裂いた。


 でも、リタは不敵に笑う。


「そんなもん効くかぁ! 『神聖加護』!!」


 リタの全身が金色に輝いた。『麻痺針』が砕け、その隙にリタの脚が触手をぶった切る。


「……意外とすごいな、リタ」


「神官長ですからー! 小さいころから努力してますからー!」


『神聖加護』の効果は、毒・麻痺の無効化だもん、って、リタは胸を張る。


 神官たちが全員麻痺してるのに一人だけぴんぴんしてるのは、そういうことか。


『イトゥルナ教団』は残念なやつばっかりだと思ってた。


 リタは次々に触手をねじふせていく。まるで触手の軌道がわかってるみたいに。


 時々、鼻を鳴らしてなにかをかぎ取ってる。


 セシルの言うとおりだ。こいつ、結構すごいんだな。


「話は変わるけど」


 僕はリタに聞いてみた。


「馬車って、部屋みたいなものだと思わないか?」


「はぁ?」


 足の突き出た馬車を指さした僕に、リタが呆れた声を出した。


 完全に重量オーバーの馬車は、土の上に車輪を食い込ませ、それでも奇跡的に倒れずに立っている。


「なに言ってるのよ、馬車は馬車じゃない」


「でも外国では車──じゃなくて……えっと、ああいう乗り物の中で生活する人もいるって話だし、馬車も似たようなもんだし、壁もあるし屋根もドアもついてるし、部屋と言えないこともないんじゃないかと」


「……言えなくもないけど、だから?」


「部屋ってことは、建築物だよな?」


「かもしれないけど、だからなんなの!?」


「うん、建築物ってことでいいよな」


 僕は馬車に駆け寄り、拳を振り上げる。


 フレームのあるあたり、一番頑丈そうなところを狙って──っ!




「『建築物強打LV1』(破壊特性無効)!!」




 がらがらがらがらがらがらがらがら────っ ぽてん


 うん、やっぱり無理があった。


 衝撃で40メートルほど進んだ馬車は途中で車軸が折れて、そのまま真横に倒れた。まあいいか。これくらい離れれば大丈夫だろ。


「なんなの!? なんなのよこれはっ!?」


「馬車を部屋ってことにして、建築物に大ダメージを与えるスキルで動かせないかな、って思ったんだけど……あれくらい動けばいいよな?」


「あんた、一体何者なの!? ただの外道じゃなかったの!?」


「そもそも外道じゃないし──って、それはいいからさっさと逃げろ!」


 僕とリタは走り出す。


『レヴィアタン』は自分の触手が邪魔して動けない。湖岸でじたばたしてるだけ。


 馬車は充分、湖から離れた。


 戦わずに逃げてもいいんだけど、セシルの魔法の威力も確認しておきたい。


『レヴィアタン』にダメージを与えれば、貴重なアイテムをドロップするかも知れないし。


「セシル! 撃っていいっ!!」


 走りながら、僕は詠唱を続けるセシルに向かって叫んだ。


 薄闇の向こうで、セシルが、こくん、とうなずいたのがわかった。


 そして──


「『其は十六の方位に灼熱を穿つ火山にも似て────火球ファイアボール!!』」


 古代語魔法『火球』が炸裂した。






 湖が吹っ飛んだ。






──────────────────


今回使用したスキル


「贈与剣術LV1]

 剣で斬った相手の回復力を20%高める。

 もちろん、剣で与えたダメージが減少するわけではなく、あくまでも斬った相手の回復力が増加するだけ。

 レベルが上昇すると回復力増加のパーセンテージも跳ね上がるため、斬った相手の回復力を高めて、傷が治ったらまた斬って、と、拷問や尋問にも使うことができるという、ある意味凶悪なスキルでもあります。

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