第70話「奴隷少女たちによる、有給休暇のつかいみち」

『「ゆうきゅうきゅうか」


 異世界「地球」に存在する制度。


 基本的には回数制で、使うとお休みでありながら給与を得ることができる。


 来訪者ソウマ=ナギが住んでたあたりにも存在するが、ときどき「それをつかうなんてとんでもない!」という警告が出ることがある』






「みんな急ぎの仕事とか、独自に受けてるクエストとかないよな? うん、それなら明日は一日有給休暇ゆうきゅうきゅうかにするから」


 地下牢に潜り込んだ次の日、僕はリビングに集まったみんなに告げた。


 セシルとリタ、アイネ。もちろん、ラフィリアとイリスも一緒だ。ついでにイリスには、エテリナ=ハースブルクから聞いた『異形ゴーレム』の情報も話しておいた。彼女を通して領主さんにを通して伝えてもらうことになってる。


 その情報を信じるか信じないかは領主さん次第だ。ここから先は、領主さんと正規兵のお仕事。そのへんは割り切って休もう。僕もいろいろあって疲れたから。


「お休みだけど、有給だから手当がでるよ。1人あたり12アルシャ。これは朝のうちに渡しとく。自由に使えるお小遣いだと思ってくれればいい。

 ……予算は大丈夫だよね。アイネ」


 僕はアイネに確認する。


 パーティの財務状況おさいふはアイネに任せてるから、彼女がOKならそのまま実行なんだけど。


「今回はたくさん報酬が出たから、それくらいへっちゃらなの」


「よし。じゃあ実行。明日はみんな仕事を休んで自由行動だ。クエストも片付いたし、定住する場所もできた記念の……ご主人様からの報酬ほうしゅう、ってことで」


 僕はみんなの顔を見回した。


 セシルはあんまり意味がわかってないのか、きょとんとしてる。


 リタはなにか計画があるみたいで、耳をぴこぴこさせながらうなずいてる。


 アイネは台所で食材の残りを数えてる。明日が休みなら、買い物には行かないから。


 レギィは……そういえばこいつは一緒なんだよな。一人歩きするのに手ぶらってわけにもいかないから。「悪い。お前は付き合って」って一応言っておく。ぽんっ、と、ちっちゃいキャラで現れたレギィは、赤いツインテールを揺らしながら『なんのなんの』って胸張ってる。こいつのお休みって、なにしてやればいいんだろうな。


 イリスとラフィリアは顔を見合わせて相談中。ここ数日で仲良くなったよね。でも「師匠」「弟子さま!」って呼び合ってるのは──いつの間にそうなったの?


「みんな、僕の言いたいことわかってる?」


「はいっ! それで、ナギさまの護衛ごえいは誰が担当しましょうか?」


 …………はい?


 セシルが勢いよく手を挙げて、まわりのみんなは「あーはいはい」ってうなずいてる。


「あの……休みって言ったよね? 明日はみんな、手当をもらって自由行動なんだよ?」


「はい。もちろんです」


 って答えるセシル。なにそのいい笑顔。


「でも、ナギさまになにかあったら……って思うと、わたしたちも落ち着いて自由行動できないです。誰かが護衛についた方がいいと思います」


「いいってば。僕の方は冒険者ギルドをのぞいて、あとは町をぶらぶらするだけだから」


「……ナギさま? 明日は自由に行動していいんですよね?」


「うん」


「だったら、わたしたちが自主的にナギさまの護衛をするのはいいですよね?」


「それじゃ仕事してるのと変わらないだろ?」


「わたし、ナギさまとご一緒するのを『お仕事』だなんて、思ったことないですよ?」


 セシル、じっと訴えかけるような目で僕を見てる。


 言いたいことはわかるけど、文明圏から来たご主人様としては、たまには自由な時間をあげたいって思うんだ。


 なのに…………どうしてお休みをあげるのが、こんなに難易度高いんだろう?


 リタもまじめな顔でうなずいてるし。


「あのね、ナギ。事件は片づいたとはいっても、まだこの町に慣れてないんだから、単独行動は危険よ? それに、ナギはこの世界に来てから2ヶ月も経ってないでしょ?」


「そうだっけ?」


 ひのふの……あ、確かにそのくらいだ。


 なんだかずいぶん長い間、みんなと一緒にいるような気がしてたけど。


「だから、この世界の住人である私たちの意見は聞くべきだと思うもん」


「まぁ、確かにリタたちはこの世界の先輩だからなぁ」


「だから、なんだかんだ理由をつけてナギを護衛したい私たちの意見は聞くべきだと思うもん」


「本音が出てるよ!?」


 でも、リタはじーっと訴えるように僕を見てる。獣耳はぴん、と立って、尻尾がちょっと膨らんでる。なんだか、本気で心配してるみたいだ。


 ……このままじゃ話が進まないか。


 アイネも、ラフィリアもイリスも同意見らしいし。ご主人様として、奴隷に心配をかけるわけにもいかないか……しょうがないなぁ。


「わかった。じゃあ悪いけど、1人だけ護衛についてもらうことにする」


 僕は言った。


 僕の用事は冒険者ギルドに行くだけだから、すぐに終わる。その後は、護衛役のリクエストをこっそり聞いて、その希望に沿って動くことにする。


 それなら一応、休みをあげたのと変わらない、ってことで。


 もしもそれがうまくいかなかったら、今度は『代休だいきゅう』を準備しよう。休みをきっちり消化させるのはご主人様の責任だ。それに『代休』ってのもいい響きだよね。


「1人だけ、悪いけど明日は僕につきあって」


「わかりました!」


 みんなを代表して、セシルがぱん、と手を叩いた。


「ではみなさん、ナギさまに教えていただいた『平和的勝敗決定法じゃんけん』で勝負です! うらみっこなしです。いいですか──」


 セシルのかけ声で、リタ、アイネ、ラフィリア、イリスがテーブルを囲むように集まる。





「「「「「じゃんけんに勝った人には、明日ナギさまを護衛する権利が与えられます!」」」」」





 ちょっと待って負けたら・・・・自由行動なの?


 有給休暇をあげようとしたご主人様の立場は!?




「「「「「じゃーんけーんっ!」」」」」







 そして翌日。


「えへへ……なんだか、みなさんに申し訳ないです」


 とろけそうな顔のセシルと手をつないで、僕は家を出た。


 昨日の戦いは、ご主人様の心が痛くなるくらい激しいものだった。


 白熱したじゃんけんは実に8回戦に及び、負けたリタは廊下をごろごろ転がり、アイネは夕飯の砂糖と塩を間違えて、ラフィリアはなぜか「ふふふ」ってぞくぞくした笑みを浮かべ、そんなみんなに向かって、一番ちっちゃなイリスが「落ち込んでいる暇はないでしょう! 明日の予定を考えなければ」って気合いを入れてた。


 ……でも、みんな納得してくれたみたいでなによりだ。


「それで、まずは冒険者ギルドですか?」


「うん。『神命騎士団』がいなくなったからね、改めて顔を出しておかないと」


 そこから先は本当にフリータイム。


 セシルの希望を探りながら、ぶらぶらすることにしよう。





「わわっ。イルガファのギルドって、結構にぎやかなんですね……」


「こないだ来たときはそうでもなかったんだけどね」


 ラフィリアが圧迫面接あっぱくめんせつ受けてたときは、閑散としてたっけ。


 でも、今は壁にもクエストの紙が十数枚貼られてて、たくさんの冒険者が集まってる。ギルドの管理者も変わったのか、あの時のお姉さんはもういない。もうちょっと若い、気の強そうな女性が受付をやってる。


 併設されている酒場もにぎわってて、みんな一昨日の祭りの話でもちきりだ。


「俺は海竜を間近で見た」「なにおー。俺なんかもっと近くで見た」「ははっ、俺なんか頭の上に乗ったぜ!」って、盛り上がってる。


 僕たちがばらまいた『海竜のメッセージ』も複写されて、掲示板を埋め尽くしてる。


 巫女が使命から解放されたってのは共通理解になってるみたいだ。よかった。


「ごめんねー。昨日だったらもっと割のいいクエストがあったんだけどねー」


 クエストボードを見てる僕とセシルに、ギルドのお姉さんが話しかけてきた。


 赤みがかった短い髪。ミニスカートにエプロン姿の、なんだか元気そうな少女だった。


「キミたち、ちょっと遅かったねー。今朝早くまでは『魔法の使い手求む! 急募! 割増料金支給。旅費交通費支給。食事あり。戦闘職のパートナー同伴歓迎』ってのがあったんだよ?」


「……なんか条件よすぎません?」


「だぁいじょうぶ。あの仮面の奴らも、奴らとつながってた連中も駆逐されたからねー。それに、あのクエストは領主家じきじきの依頼だったから」


「領主家じきじき?」


「うん。詳細はわからないけど、危険な魔法のアイテムを処分するのに人手がいる……って話だったかな?」


 お姉さんは少し考え込むしぐさをした。


 なるほど。エテリナ=ハースブルクが残したゴーレムの処分に動いたのか。


 反応が早いな。さすが領主さん。


「イルガファ領主家も、巫女さんが不要になったり、ノイエルさまがご病気になったり、いろいろだよね」


「まぁ、僕たち庶民には関係ないですけど」


「そんな向上心のないことじゃだめだよ!」


 びし、と、お姉さんはなんかお空のかなたを指さした。


「冒険者ギルドは、世界を救う英雄を求めている。さぁ、キミも加入して、一流の冒険者をめざそう。いや、実は人手が足りないの。海竜が出てきたおかげでイルガファの評判はうなぎのぼりで、港に荷物がたくさん入ってきてるの! キャラバンの護衛が求められてるんだよぉ。お願い、今すぐ加入して手伝って」


「いえ、僕たち今日はお休みなんで」


「そんなああああああっ」


 お姉さんはずるずると崩れ落ちた。


「今ならギルドの取り分を5割引にしてあげるからぁ! このクエストを受けてくれたら一気にCクラスからBクラスへ。Aクラスになったら報酬が1.5倍になるシステムを考えてあげる。だから!」


「あんた実は『神命騎士団』にいただろ!? 洗脳解けきってないよっ!?」


 あいつらの爪痕は、意外と大きかったらしい。


 僕にすがりつこうとするお姉さんを、セシルが「むぅぅっ」とにらみ付ける。見た目ダークエルフの眼光にひるんだのか、お姉さんはさみしそうな顔で、すごすごと受付に戻っていった。でも、気を取り直したのか次に入ってきた人たちに声をかけてる。そのうちいい相手が見つかるといいな。


「魔法の鎧退治とか、ガーゴイル鎮圧とかあったらいいんですけど」


 僕の隣でクエストボードを見ながら、セシルが残念そうにつぶやいた。


「新しい魔法が使えるようになったので、試してみたかったんです」


「対魔法生物用の切り札、だっけ」


「はい」


 セシルがわくわく顔でうなずいた。


 彼女はずっと、海竜のダンジョンでアイスゴーレムと戦ったときに手こずったのを気にしてた。自分は魔法が担当なんだから、魔法で動くものは自分の責任でやっつけるんです、って。ナギさまやリタさんに危ないことをさせたくなかった──って。


 別に気にすることないのに。


 セシルは僕のパーティにはもったいないくらいの『チートキャラ』で、城壁を一撃で吹っ飛ばすほどの魔法が使えるんだから。充分だって。


「セシルえらい」


 僕はセシルの頭に、ぽん、と手を載せてみた。


 セシルはくすぐったそうな顔で、僕を見上げてる。


「じゃあごほうびに、これからセシルの行きたいところに付き合うことにする」


 よし、計画通り。


 今日はもともと、そのつもりだったから。


「え!? あ、はい。ちょ、ちょっと待ってくださいナギさま!」


 セシルはびっくりした顔で、僕に向かってお辞儀。


 そのまま後ずさりながら、ギルドの建物の外に出て行く。日の当たる道で空を見上げて、自分の足下を見て──太陽と影の位置を確認してる? なんで?


 あ、戻って来た。腕をぶんぶん振りながら。小動物みたいな可愛さで。


「わ、わかりました。ちょっとまだ時間は早いんですけど……」


「早い?」


「いえ、なんでもありません。行きたいところを思いつきました。えっと、えとえと」


 セシルは桜色の唇を指で押さえて、首をかしげた。


 それから、ギルドの壁に貼ってある『イルガファ周辺地図』に駆け寄る。地図の一点を指さそうとしてるけど──手が届かない。「んー、んーっ!」ってめいっぱい背伸びしてる。かわいい。


「ここ?」


 僕はセシルの指の延長線上を指さした。


 セシルは、つま先立ちでふるふる震えながら「は、はい」ってうなずく。


 地図に書かれていたその場所は『結び目の丘』


 イルガファのすぐ近く──ここからだと、歩いて1時間足らずのところにある、高台の記念碑だった。


「そこは、海竜の子どもと、海竜の勇者がはじめて出会った場所だそうです。一回でいいですから……ナギさまと一緒に行ってみたかったんですけど……いい、ですか?」


「いいよ」


 もともと、今日はセシルのリクエストに応えるつもりだったから。


 だから、断らないから。そんな必死な顔で目をうるうるさせる必要はないんだってば。セシル。







『結び目の丘』は、港町イルガファの城壁の外にあった。


 町の近くだから、魔物は滅多に出てこない。出るとしても夜。それも低レベルの奴くらい。


 そんなわけで、そこそこ腕の立つ住人にとっては、海が見下ろせる観光スポットになってるらしい。もっとも、今日はみんな祭りの後片付けで忙しくしてるから、空いてるかも……ってギルドのお姉さんは言ってた。


 僕たちは町を出て、街道からちょっと外れた坂道を登っていく。


 隣を歩くセシルは、なぜか緊張した顔。


 僕が話しかけても「な、なんですかナギさま!?」「いえ、隠してません。なにも隠してませんよ!?」「だ、だめです。『意識共有LV1』を使うのはだめです。いえ、ナギさまがどうしてもって言うんでしたら……」って、ひとり百面相であわあわしてる。


 なにか隠してるのはまるわかりだけど……見てて楽しいからいいか。




 坂を登り切り、僕たちは海と、港町が見下ろせる『結び目の丘』にたどりついた。


 数人の先客がいた。祭りの後片付けで忙しいとはいっても、お休みの人はいるみたいだ。


 たとえば、草の上に敷物を敷いて、それを両手で整えてる、獣人の女の子とか。


 たとえば、石を積み上げて作ったかまどでお湯を沸かして、お茶の準備をしてるメイドさんとか。


 たとえば、バスケットから出したパンを、均等に6人分に切り分けてるエルフ少女とか。


 たとえば、することがないのか、その4人の間をうろうろしながら途方に暮れてる小学生くらいの女の子とか。


 みんなでピクニックの準備をしてるみたいだった。


 4人──リタも、アイネも、ラフィリアも、イリスも。


 僕たちに気づかないくらい、集中してた。


「……なるほどなー」


「……えへへ」


 セシルがなんだか困ったような顔をしてる。


 考えてみれば『平和的勝敗決定法じゃんけん』で勝ったからって、セシルが、自分だけ楽しく護衛任務をやろうなんて思うわけがなかった。昨日のうちにみんなで計画してたんだろうな。今日はパーティ全員でピクニックって。タイミングを見計らって、僕に「お昼はここで食べましょう」って言い出すつもりだったのか。


 というかちゃんと言えよ。僕が断ったらどうするつもりだったんだ……?


「それに、別に隠しておく必要なかったんじゃないか?」


「だってナギさま、前もってお教えしたら『せっかくの休みなのにー』っておっしゃるじゃないですか」


 セシルが人差し指を、つんつん、って合わせながら僕を見てる。


「そりゃご主人様としては、ちゃんと自由時間をあげたんだからさ」


「はい。だからわたしたちはご主人様の意向通り、したいことをすることにしたんです」


 ……まったくもう。


 わさわさ


「…………えへへ」


 結局、泣きそうな顔でうったえてくるセシルになにか言えるわけがなくて──


 僕はセシルの頭を撫でるしかできなかった。


 …………あとでちゃんと「正しい有給休暇の使い方」を、みんなに説明しておこう。




「あ、ナギとセシルちゃんだ──っ」


 リタが僕たちに気づいて、手を振った。


「なぁくーん。セシルさーん」「お待ちしておりましたですぅ」「ふっ。イリスの作戦勝ちでしょうね」


 アイネとラフィリアが声をあげ、イリスはどや顔でうなずいてる。いや、作戦成功してないから。ばればれだったから。


 ちょうどかまどの上でヤカンが湯気を吐き出して、ちょっと早めのお昼の準備が終わり──


 僕とセシルがみんなに合流しようとした、とき──突然、




 GUAGYAAAAAGAHAHAHAAAAAAA────!!


「た、たすけてくれ──────っ! かいりゅうううううううううぅ────っ!!」




 街道の方から金属をこすり合わせるような音と、濡れたものを引きずるような足音と──


 ──知らない誰かの叫び声が響き渡ったのだった。

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