第71話「『休日出勤』には、それなりの報酬が必要だった」
『結び目の丘』のてっぺんからは、イルガファに通じる街道が見下ろせる。
港町からの荷物を内陸に運ぶ、土で作られた広い道だ。
その東側には小さな森があって、真ん中あたりにぽっかりと空間がある。イリスによると、森の中に湖があるらしい。エテリナ=ハースブルクが『ゴーレムを隠した』って言ってたのはあそこだろう。
森のひらけたところには正規兵と冒険者たちが集まってる。
みんな武器を構えて、なにかに立ち向かってるみたいだ。
「こ、攻撃はするな──っ! ひ、ひとじちが──っ!!」
そこに現れたのは、身長数メートルの巨人だった。
ぶっちゃけ、ゴーレムだった。
基本的には人の姿をしてる。けど、脚の他にも大量の触手が生えてる。金属製なのか、動くたびに耳障りな音を鳴らしてる。伸び縮みして兵士と冒険者たちを
文字通り『異形のゴーレム』だ。頭は潰れたカエルみたいで、手にもヒレみたいなものがついてる。
あれを作った奴は『海竜の伝説』をはんぱに聞きかじったのかもしれない。『海竜の天敵』は触手を持つ化け物って伝説は、一般に知れ渡ってるみたいだから。
「ひ、ひるむなー! ひるむな。ひるむなーっ!」
って、兵士たちは叫んでるけど、攻撃はしていない。
それはたぶん──ゴーレムの手の中に、男性がひとり捕まっているから。
胴体を軽くつかまれた状態で、上半身だけが突き出てる。
ここからだと顔はわからない。高級そうな服を着てるな、くらい。でも……
「あのさ、イリス。もしかしたら、あの人は……」
「イリスはいますぐ消えてしまいたいです」
気がつくと、イリスが僕の足下で土下座してた。
つられたのか、隣でラフィリアも地面に頭をくっつけてた。
「やっぱり、捕まってるのはイルガファの領主さんか?」
「はい……。お父様で間違いありません……」
僕はイリスとラフィリアを引っ張り起こした。こんなの、イリスたちのせいじゃない。
イリスはちゃんと領主さんに情報を伝えてる。エテリナ=ハースブルクのゴーレムが町の近くに隠してあるって。それはとても危険なものだから、慎重に処分した方がいいってことも。
「リタ。正規兵と冒険者のまわりにエテリナ=ハースブルク──いや、黒髪で黒い目をした女性はいる? あと、セシルはゴーレムの魔力を確認して。イリスは僕と一緒に状況把握」
「は、はい。お兄ちゃん?」
このまま地面に下ろすと、まだ土下座を始めそうだからね。
僕はイリスを肩に乗せた。軽っ。というか細っ。
イリスは「わわっ」って声をあげるけど、僕の意図がわかったのか、一緒に周囲を見回し始める。
「体格から見て、正規兵の中に女性はいないわ。冒険者にも女性の黒髪はいない。瞳の色は……さすがにこの距離だと無理ね」
リタは金色の髪を揺らして、森をじっと見つめてた。
「わかった。じゃあ『いない』でいいと思う。あいつを連れてきてるなら拘束してるか、監視をつけてるはずだから。セシルはなにかわかった?」
「ゴーレムの中に、魔力の結晶体が埋め込まれています」
赤色の目をこらしながら、セシルは言った。
「ダンジョンの地下にいたアイスゴーレムの中のものより、ずっとずーっとおっきいです。でも、すごく高価いはずです。あんなの、貴族さんか地方領主さんでもないと買えないはず……」
つまり、領主さんなら買えるってことか。
この場にエテリナ=ハースブルクがいないってことは、あの人がやらかしたって可能性が高いな……。
「お父様は、ずっと恐がってました。自分が巫女の代わりになることを」
僕の頭の上で、イリスが言った。
「イリスに子どもが生まれなかったら、『海竜の祭り』は領主が取り仕切ることになります。そうなったら、自分が政敵に狙われることになる……って。おとといも、部屋のまわりを正規兵で固めてましたから……」
「地下牢のまわりに正規兵がいなかったのはそのせい?」
「……はい」
僕とイリスは同時に『あちゃー』って額を押さえた。
やっちゃったか、領主さん。
あのゴーレムを調査研究して、ボディガードに改造しようとでも思ったのか……?
地上ではゴーレムが金属製の触手を振り回して暴れてる。
魔法使いが呪文を唱えようとするけど、正規兵がそれを止める。「手を出すなと言っている! 領主さまが殺されたら我々の責任──いやいや、領主様を守らなければ」──って。
事件は地上で起こってる。僕たちのところまで飛び火することはない。
つまり、僕たちは普通に休日を楽しんでも問題なし。
だから、お茶を煎れなおして、このままピクニックの続きを──
「────できるわけないよな」
今、領主さんが死んだら、話がややこしくなる。
「…………しょうがねぇなぁ」
せっかく、みんなに『
『ごっめーん、急ぎの仕事が入ったから休日はここで切り上げて』なんてのは、最悪のセリフなんだ。もしも休日返上をさせるなら、代わりのものを約束しないと。僕がブラックな雇い主にならないためにも。
どうすればいい? 有給を増やした方がいいのか……。
それとも、社員旅行──バカンスにでも行った方が?
まぁ、そのへんはあとで考えるとして。
「あのさ、イリス。僕たちに領主さんの救出を依頼して欲しいんだけど」
僕はイリスを地面に下ろして、言った。
「イリスをイルガファ領主家に引き留めたのは領主さんだったよね? だったら、イリスは僕の奴隷でもあり、イルガファ領主家の人間でもあるってことになる。緊急時の今なら、イリスが領主を救う冒険者を雇うことに問題はないはずだ」
「……あ。は、はい。その通りですお兄ちゃん!」
イリスは一瞬だけ目を丸くしたけど、すぐに、こくん、とうなずいた。
「今は港町イルガファの危機です。ですので、イリス=ハフェウメアの名において、ご主人様にお父様の救出を依頼いたします。それで、報酬は?」
「僕は今日の有給休暇の代わりに、のんびりゆったり社員旅行を実行しようとを思う。だから、領主家の別荘を貸して欲しい。海沿いとか観光地にあるやつ。できれば旅費も出して欲しいけど、それは応相談。無茶は言わないよ」
「『しゃいんりょこう?』はよくわかりませんけど、おやすいご用です。イリスが、あとでお父様を説得します。もしも駄目だったら、イリスの私物を売り払ってでも、報酬をお支払いいたします」
「そこまでしなくてもいい。その辺は、僕が領主さんと交渉するから」
あのゴーレムがエテリナ=ハースブルクが作ったものなら、たぶん正規兵の手に余る。あくまで、たぶん、だけど。
でも、地下のアイスゴーレムは再生能力を持ってたし、飛び道具まで使ってきた。しかもあいつら、自律行動までする。
それに現在は人質まで取ってるっていうおまけつきだ。対応を間違えたら、領主さんはぺちゃんこになる。彼自身については──イリスの父さんだってこと以外──興味はないけど、そのあと面倒なことになるのは困るんだ。
「というわけで、領主さん救出をやろうと思うんだ」
僕はみんなに向き直って、言った。
「森で暴れてるのはたぶん、来訪者が作ったチートゴーレムだから、チートスキルじゃないと倒しにくい。領主さんはイリスの身内だからね、ほっとくわけにもいかない。
……ただし、みんなを『休日出勤』させるんだから、成功のあかつきにはそれなりの報酬は領主さまからもぎ取ってみせる。それは約束する。合法的に……穏便に。絶対に……あらゆる手段をつかって……」
「……それはいいんですけど、あの、ナギさま、なにか怒ってません?」
気づくと、セシルたちが僕をじーっと見てた。
怒ってる? ……そうかもしれない。
『休日出勤』って単語にはアレルギーがあるからなぁ。
「で、でも。そういうナギさまも…………です」
セシルはなんだか照れた顔。まわりのみんなも、うんうん、ってうなずいてる。なんでだろう?
「そういうわけで、この埋め合わせは絶対にするから。今は領主さんを助けに行こうか」
気を取り直して僕は、5人の奴隷少女たちに宣言した。
迷いなく「おー」って、全員手を挙げてくれたのが、休日出勤をさせるご主人様としては救いだったけど。
正規兵も、冒険者たちも混乱していた。
湖中に隠されていたゴーレムを発見し、正規兵たちがそれを岸辺に引き上げるまでは順調だった。それを見た領主が「制御できるか?」と、冒険者のひとりに聞いたのが間違いだった。
領主はなぜか、一抱えはある『魔力結晶』を用意していた。
文字通りの魔力を宿した結晶体で、それだけで十人家族を、一年は養えるという高価なものだ。それをゴーレムに装着した時に止めるべきだった。いや、正規兵隊長は止めたのだ。
だが領主に『だったら未来永劫、私を守り続けることができるのか!?』と怒鳴られたことが事態を悪化させた。正規兵たちはそっぽをむき、あとは好奇心旺盛な冒険者たちの言うがままになった。制御できると言っていたものは、どの面下げてこの場にいるのだろう。
ゴーレムは魔力の結晶を埋め込んだ瞬間に暴走をはじめ、領主さまが捕まり──その結果がこれだ。
森の中では、正規兵は戦力をうまく展開できない。
全員いったん森を出て、ゴーレムを迎え撃つ体勢を取るしかなかった。兵士は街道で槍を構えて並び、後方には冒険者を配置した。
「…………これだから冒険者など信用できぬ……いや、違うか」
正規兵隊長は思い出す。
巫女のイリスさまが連れていた冒険者たちのことを。
彼らは『
「彼らがこの場にいてくれたら……」
「イルガファの正規兵。および、この場にいる冒険者たちに告げます!」
突然、街道に、澄んだ声が響き渡った。
正規兵、冒険者たちが一斉に振り返るとそこには──桜色の髪のエルフと、その背中に乗った小さな少女──海竜の巫女イリス=ハフェウメア。
どこから走ってきたのだろう。エルフの少女は真っ赤な顔で息を切らしている。背中にいるイリス=ハフェウメアも汗びっしょりだ。ふらつきながらイリス=ハフェウメアは地上に立ち、小さな身体でめいっぱいに胸を張る。
「全員、一時退きなさい! これより海竜の加護を受けた者たちが、お父様の救助を行います!」
イリスの声に、正規兵たちがざわめく。冒険者たちが首をかしげる。だが、彼は指示にしたがいはじめる。じっくりと後ずさり、森から距離を取っていく。
彼らにとってはちょうどいい口実だったのだろう。
誰も、下手に手を出して領主を死なせたくなどない。そんな責任は取りたくない。それに現在、事態を解決するうまい手段があるわけでもない。
「ぜ、全員、一旦この場を離れよ! 巫女さまの指示に従うのだ──っ!!」
正規兵隊長は声を上げた。
彼はおそらく『海竜の加護を受けた者たち』が誰なのか、なんとなく予想がついている。が、口にはしない。代々、イルガファ領主に仕えてきた彼にとって、海竜の信仰は重い。だから口にはしない。
だが、信頼はしている。
「状況を説明しなさい、正規兵隊長ダルス。『情報は正確に手短に。不意の嵐で言葉が途切れないうちに』──イルガファのことわざを知っているでしょう?」
「は、はい」
正規兵隊長は、緑色の髪を持つ少女の前でひざまずく。
「どうしてこうなったのか。敵の能力について。知っていることをすべて教えなさい!」
小さな少女の威に撃たれて、正規兵隊長は早口で語り出す。
ゴーレムが起動するまでの経緯を。
奴の触手の攻撃範囲。移動速度。再生能力について。
奴がダメージを受けると、反射的に手に力をこめるため、領主のことを考えると攻撃もできないことなどを──
イリスはそんな正規兵隊長の言葉を、黙って聞いていた。
ひとつひとつを、心の中で繰り返しながら。
そして正規兵隊長が語り終えると──
『これで情報はすべてです。やはり正規兵と、ここにいる冒険者では手にあまるようです。
だから……お願いします。お兄ちゃん』
イリスは『
『情報ありがとう。イリスの方は指示通りに、お願い』
「ありがとう」はこっちのセリフですよ、お兄ちゃん。
リンクが切れたあと、イリスは自分の唇を押さえた。
『意識共有』を使ってもらったのは2度目。1度目は半分パニック状態だったけど、今回ははっきりと覚えている。ナギの唇に触れたときの感触も。温かさも。自分の心があったかくなってどきどきして歯止めがきかなくなりそうだったことも。
お兄ちゃん、気をつけて。セシルさん、リタさん、アイネさんも。
やっと見つけた温かいものをなくしてしまったら、自分はきっと壊れてしまうから。
「…………マスターはだいじょうぶなのです。イリスさま」
「……ししょう」
イリスを安心させるように、ラフィリアが手を握ってくれる。
気づかないうちに視界が涙でにじんでた。
ふたりは兵士と冒険者たちの視界を塞ぐように、彼らの先頭に立つ。
「飛び道具が使えるものは準備してください。これより、ゴーレムへの
イリスの言葉をラフィリアが復唱し、さらに正規兵隊長が他の者に伝える。
兵士と冒険者たちが弓を構え、魔法使いは詠唱をはじめる。
さぁ、作戦開始だ。
イリスは──おそらくはラフィリアも、心の中でナギの言葉を繰り返す。
『せめてこの戦いの結末に「有給休暇」を犠牲にするだけの価値がありますように』、と。
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