第109話「チート嫁軍団(おるすばん組)、冒険者ギルドを侵食す」
-2日前 別荘のリビングにて-
『きよめのやくそう』を買って別荘に戻った僕たちは、商人の娘さん──ホリアさんの話を聞いた。
魔物に占拠された砦の『攻略クエスト』に参加する冒険者についての相談だった。
「今、この町の冒険者のパーティは、分裂しかかってます」
「私にも、冒険者の友だちがいます」
「彼女も『王家の正規兵になるチャンスを逃せない』という仲間に押し切られて、『砦攻略クエスト』を受注して、今は『宿屋待機』してます」
「彼女も、他の冒険者も疑いはじめています。もしかしたら「砦攻略クエスト」なんて、本当は行われないんじゃないかって。でも、だめなんです」
「彼女の仲間は言うんです。『正規兵になるチャンスを逃したら責任取れるのか』って。クエストはパーティ単位で受けたから、彼女だけが抜けるわけにもいかないそうです」
「宿屋で時間を潰している。宿代もかさんでいく。そんなパーティばっかりです。このままでは、みんなばらばらになってしまいます」
「せめて……その砦の状況がわかれば……」
「……イリスさまはなにか情報をご存じありませんか? 海竜ケルカトルの巫女でいらっしゃるなら、海竜から情報を──いえ、忘れてください。陸地のことを、海竜さまが知ることはむりですね……失礼しました……」
そう言ってホリアさんは、寂しそうに帰って行った。
『宿屋待機』に強制力はない。
でも、破ったら貴族の怒りを買う。クエストのキャンセル料も取られる。
『王家の正規兵』になれば、安定した生活が見込まれる。なれなくても、王家のクエストを受けたとなれば、冒険者として箔がつく。そのために彼らは、子爵家令嬢の命令に従ってきた。
なのに、ここで辞めたら今まで払ったコストが無駄になる。
今まで『宿屋待機』に支払ったお金も、時間も、すべて。
──もう後には引けない──
そう言って押し切ろうとする冒険者と、それでもキャンセルしようとする冒険者。
彼らのせめぎあいが、今、この町のパーティでは起きてるそうだ。
「……お兄ちゃん。お部屋に入ってもよろしいでしょうか」
ホリアさんが帰ったあと、イリスが僕の部屋にやってきた。
イリスは丈の短い部屋着姿で、膝をそろえて椅子に、ちょこん、と座った。
緊張した顔で、長い緑色の髪をいじってる。
「お願いが、あります」
「いいよ」
「飛竜さんから手に入れた『砦』の情報を、冒険者のみなさんに教えてあげることはできませんか?」
「うん、わかった」
「役目にしばられて閉じ込められているみなさんが、昔のイリスと重なってしまって……見てられないんです。砦の魔物たちがほとんどいないことがわかれば、冒険者の皆さんにも交渉の余地がでてきます。もちろん、イリスはお兄ちゃんの奴隷です。その立場でお願いするからには、お兄ちゃんにちゃんとご奉仕──────あれれ? お兄ちゃん、今、なんて?」
「だからいいってば。情報を公開するだけだろ?」
見てられないのは、僕も同じだ。
僕も、信用できない求人票のせいで苦労したことがあったからな。
書いてあった基本給、交通費、残業についての情報をあてにして面接に行ったら、話がぜんぜん違ってた。しかもさんざん時間をかけて面接して、ラストにはえらい人まで出てきた。そうやってプレッシャーをかけたあと、「実は給与と残業は求人票と違って──」って言い出すという謎仕様。
僕の方は面接までにかけた時間と手間を無駄にしたくなかったし、向こうは向こうで「こんなに時間を取らせて断るの? 社会人ってそういうものじゃないよね?」って怒り出して、こっちの学校の電話番号とか言い出した。
しょうがないから働いてみたら、イメージ通りのブラックで、逃げ出すのに相当苦労した……。
あのときはバイトをはじめてすぐだったから、そういうこともあったんだ。
こっちの世界では求人票──じゃなかったクエストの条件が正しいかどうか、冒険者ギルドがチェックするんだろうけど、今はチェック機能が働いてない。だから冒険者が困ってる。
だったら、こっそり砦の情報くらい、あげてもいいよな。
「情報を流す。あの廃棄された砦にいた魔物は、もうほとんどいなくなってるってことを」
そうすれば、偵察くらい出すだろ。
口コミで就業場所の情報を流すだけだから、問題ないよな。
「これは飛竜のガルフェがくれた情報だから、正確だと思う。あいつは天竜に仕えるもので、僕たちを上位者扱いしてたから。あいつがくれた情報を、僕たちのことは隠して、こっそり伝えてみよう」
「はいっ!」
こくん、と、イリスが勢いよくうなずく。
「問題は、どういう手段で伝えるか、だよな」
「そうですね。言葉だけでは、説得力がありませんから」
「地図をつけてみようか」
「地図、でしょうか?」
「砦のまわりの簡単な地図をつけて、それを空から確かめたって設定にしよう」
僕は机の上に置いた『天竜の腕輪』を撫でた。
「いいかな、シロ。天竜の名前を借りても?」
『むにゃむにゃ──いーよー』
眠そうな声が返ってくる。
『ことわらなくていいかと。おとーさんはシロのおとーさん。だから、てんりゅうの次期おとーさん。おとーさんのことばは、シロの言葉かと』
「ありがと」
『おとーさんは……いだいなものであるじかくをもつべき……むにゃ』
シロの声が小さくなっていく。また、眠っちゃったみたいだ。
「というわけで、砦にいる魔物の情報と、まわりの簡単な地図を書いた紙に『天竜の代行者』の署名を加えておこう。天竜が空から砦の状況を確かめた、って設定で」
「なるほど!」
イリスは目を輝かせて、うなずいた。
「『霧の谷』で天竜の影を見たという情報はこの町にも伝わっています。信用してもらえるかもしれません」
「ついでに『霧の谷』で『天竜の骨』が言ったセリフを付け加えておこう。リアリティを出すために」
そういえば冒険者ギルドには『霧の谷』で出会ったひとがいたような。
気づいてくれるといいんだけど。
「それと、せっかくだから心に訴えかける感じで、感情を込めた文章にしよう」
僕はラフィリアを呼んだ。
「はいです。マスター」
「今から『砦にはほとんど魔物はいなくなってる。冒険者たちをだますなー』って文章を書くから、それをポエムっぽくしてくれないか。天竜の言葉みたいに、威厳がある感じで」
「りょうかいなのですぅー」
あとは、これを冒険者ギルドと宿屋に貼るわけだけど。うまい方法は──
僕はアイネを呼んだ。
「はい、なぁくん」
「天竜っぽい怪文書を冒険者ギルドと宿屋にこっそり貼ろうと思うんだけど、人目につきにくくて、かつ、あとになってわかる方法を考えて欲しいんだ」
「おまかせなの。それだったら、アイネのお仕事の経験から言うと──」
これくらい、いいよな。
僕たちは同じ冒険者に情報を与えるだけ。
仕事を選べるようにするだけ、なんだからさ。
それでどうするかは、冒険者たちが決めることだ。
「お兄ちゃん、この作戦、イリスにお任せいただけませんか?」
わくわくした顔で、イリスは言った。
「お兄ちゃんたちがお出かけしている間に、イリスが完璧に仕事をこなしてみせましょう」
「わかった。お願いするよ」
一応、イリスたちの作戦を聞いて──
それに僕がアドバイスをして──
そして、僕とセシル、リタ、レギィがでかけたあと、イリスたちの計画は実行されたのだった。
─数日後。ナギたちがデリリラ迷宮を攻略しているころ─
・保養地の冒険者ギルドにて
最初にその張り紙を見つけたのは、ギルドで働くドワーフの少女たちだった。
「これはなんだろうね、スーラ」
「これはなにかしらね、リーラ」
ふたりが掃除をしていると、クエストボードを埋め尽くす紙の隙間から、見慣れない羊皮紙がすべりおちた。
短い文章と、絵──いや、地図が書いてある。
書かれているのは、ここから離れたところにある『魔物に占拠されている』はずの砦。その周辺地図。
まるで空から見たとしか思えない正確な地図が、その紙には記されていた。
『与えられし仕事を果たしている者よ、残業はない』
紙に書いてある言葉を、ドワーフの少女たちは読み上げる。
言葉にするたびに、数日前の記憶がよみがえっていく。
どこかで聞いたような。この言葉は──もしかして──?
『霧の谷で我の声を聞いた者に真実を告げる。─天竜の代行者、ここに記す─』
「「……天竜さま!?」」
紙に書かれていたのは『霧の谷』で聞いた天竜の言葉だった。
『砦攻略クエスト』の現場の詳しい地図までついている。
クエストを受ける都合上、冒険者ギルドにも地図は置いてある。けれど、こんな詳しいものはない。まるで「空から見下ろしている」かのような。
さらに、それに付け加えられている言葉が、重みを持って迫ってくる。
『砦はすでに魔物たちから放棄されている。残っているのは少数のゴブリンのみ。
冒険者よ、おのれの目で確かめよ。貴族の言葉にまどわされることなく、その目で見て、選べ』
「「たいへんです! ギルドマスター!!」」
ふたりは雇い主の方を振り返る。けれど、いない。
ギルドマスターは冒険者たちと話し合いに行っているのだった。
「いませんね」「戻って来るまで待ちましょう」
ドワーフの少女たち──リーラとスーラは紙をテーブルの上に置いた。
彼女たちは魅入られたように、じっとそれを見つめていた。
「おじゃまします。うちの元奴隷たちは、働いておりますか?」
しばらくして、ギルドの入り口で、声がした。
伯爵令嬢カルミナと、その配下の老兵士だった。
「カルミナさま!」「遊びに来てくださったのですか!?」
思わず手を取って飛び跳ねるリーラとスーラから、伯爵令嬢カルミナは視線を逸らした。
「うるさい。私は『契約』を果たしにきただけ。奴隷から解放したとはいえ、あなたたちになにかあったら『契約』に引っかかるかも知れないのですから。ところで……なんですかこれは?」
ドワーフの少女たちが差し出した紙を、伯爵令嬢は思わず手に取った。
「ごらんくださいカルミナさま!」「『砦攻略クエスト』は嘘だそうです!」
「詳しく聞かせなさい」
伯爵令嬢カルミナは怪文書に目を走らせる。
「あのクエストに伯爵家は関わっていませんから、もしかしたらエデングルを追い落とす手段に……これは地図……周辺情報も正確。こんなもの……一体誰が?」
「天竜さまです!」「霧の谷で出会った『天竜の代行者』です!」
「馬鹿なことを。なになに……『天竜は時に使者を魔神の姿で遣わす……?』──!?」
魔神。
『霧の谷』で出会った、大きな影。
カルミナの計画をことごとく打ち破った、あの異形の──
「ひぇ────────────────────────────っ!」
伯爵令嬢カルミナの身体が小刻みに震え出す。
彼女の頭を『霧の谷』のできごとがよぎった。
あのとき『天竜の代行者』は魔神の姿で彼女の前に現れた。それを知っているのは彼女と、本当に親しい者だけだ。
「これは、これは間違いなく『天竜の代行者』の──っ!」
「お嬢様。お気を確かに!」
「カルミナさま!」「しっかりなさってください!」
じいやの声も、最近かわいいと思えるようになったドワーフ少女たちの声も聞こえない。
ここに書かれていることが本当なら、子爵家のエデングルはなんてことを! 天竜が復活したかもしれないのに。その怒りを買うようなことを!?
「ひいぃ……」
ぱったり。
白目をむいて、伯爵令嬢カルミナは倒れた。
そして『天竜の怪文書』の内容は、またたくまに町全体へと広まったのであった。
数時間後。
冒険者ギルドには、各パーティの代表者が集まっていた。
『天竜の代理人』の文書は、宿屋にも配られていた。
文書の内容を疑う者も多かった。が、地図が詳しすぎること、この地にいまだに残る天竜の伝説と、それが復活したという噂──なによりも長びく『宿屋待機』による不安が、冒険者たちを動かしていた。
そんなわけで、今。
冒険者ギルドの広間には冒険者たちと、ギルドマスター、そして子爵家令嬢エデングルとその配下が集まっているのだった。
「ここに書かれていることは本当ですか?」
「砦には本当に魔物の集団がいるのですか? 『砦攻略クエスト』は本当に行われるのですか!?」
「伯爵家令嬢カルミナさまが、これを見て倒れたというではないですか! 本当にこれは超越存在の代理人が書いたものなのですか?」
「クエストボードに正しい依頼が書かれていないなら、ギルドになんの意味があるんだ!?」
口々に叫ぶ冒険者たちに、ギルドマスターの顔が青ざめる。
彼は、正確な情報はなにも聞かされていない。ただ『貴族』という地位を信じただけだ。今になって悔やんでも遅い。ここまで事態がこじれてしまったら、自分だけでは受け止めきれない。ここは上に判断を任せるべきだろう。
「わ、わたしは、今回の件は特例として、子爵家令嬢に」
「…………不快なんだけど」
ぽつり、と、子爵家令嬢エデングルがつぶやく。
彼女は、自分がどうしてここにいるのかもわからないように、冒険者たちを見回していた。
「落ち着きなさい、みなさん」
ざわつく冒険者たちを見回しながら『暁の猟犬』の代表は言った。
この町では有名な女性だ。魔法剣と魔法を使いこなす、一流の冒険者だった。
冒険者たちが静まり返る。
『暁の猟犬』は、この町一番のパーティだ。彼らは『ロックリザード』さえも数名でほふり、『ブラックハウンド』とも対等に戦う。『ワイバーン』と出会っても無傷で帰ってくる。
それだけの武勇伝をほこるパーティの代表者に、冒険者たちは思わず姿勢を正すのだった。
「こんな怪しい文書にまどわされてどうするんですか? みなさんはこれから、王家の正規兵を目指しているのではないですか?」
固い口調で、『暁の猟犬』の女性は告げた。
「『宿屋待機』は皆さんの協調性と自主性を試すものでもあります。もちろん、負担になっているのもわかります。ですが、仕事とはそうしたものではないですか?」
彼女は、淡々と話し続ける。
「それに今回の砦攻略クエストは王家の正規兵となるための試験の一環でもあるのです。多少の苦労は──」
「──なんで貴族の私がこんなところに……」
「ですから! エデングルさまにはもう少しクエストを早めてもらうようにお願いします! どうか、怪文書に惑わされず、落ち着いて────っ!!」
エデングルの言葉をかき消すように、『暁の猟犬』の女性は叫んだ。
その必死な姿に、冒険者たちはうなずくだけ。
「……貴族の方が、皆さんに直接語りかけることは異例。そのことで、どれだけ皆さんを評価しているか、理解して、もう少し待ってください」
そう言って『暁の猟犬』の女性は、言葉を切った。
ギルドに集まった冒険者たちは、一斉にため息をついた。
『もう少し』『まもなく』『数日中に』
説明はまだ続く。
結局、彼らの選択肢は変わらない。
それに見合う報酬がもらえることを期待して『宿屋待機』を続けるか、キャンセル料を支払って、クエストを辞退するか。報酬から考えれば、キャンセル料も多額のものになるだろう。今からパーティでまた、話し合わなければいけない。
そう考えて、冒険者たちが大広間から出て行こうとした──ときだった。
「あのー、すいません。『クエスト延期の理由に正当性がない場合、冒険者ギルドから宿代を無利子で借りられる』って聞いたんですけど」
冒険者ギルドの大広間に、初心者っぽい冒険者が入って来た。
「え?」
思いもよらないセリフに、ギルドマスターの目が点になる。
広間に集まっていた冒険者、『暁の猟犬』たちの視線がギルドマスターの男性に集中する。彼は左右を見回して、とまどったように──
「た、確かに、そういうルールが昔あったような気がする。が、今もそれが機能しているかは。それに、書類を提出してもらわないと──」
「はい。書類はこれです。冒険者ギルド細則、特例第12項だそうです。ルールの方は、別の町……えっと、メテカルの冒険者ギルドと同じものになっているはずなので、まだ廃止されてないそうです。調べてもらえますか? いやー、助かります。これでしばらく『宿屋待機』できますよー」
冒険者はそう言ってギルドマスターに1枚の紙を手渡し、大広間を出て行った。
ギルドマスターは紙に視線を走らせる。
完璧だった。
書式、内容、必要事項──文字ひとつの不備もない。
ギルドマスターは思い出す。確かに、そういうルールは存在する。『冒険者保護』のために昔作られたものだ。今は表には出していないが、廃止もされていない。申請書類を複雑にすることで、申し出にくくしてあるはず。
「…………こんなものを、誰が……?」
「は、話の続きです!」
ギルドマスターの隣で、気を取り直したように『暁の猟犬』の女性が叫ぶ。
「皆さんは評価されている! 評価されているんです。宿代くらいなんですか。クエストのキャンセル料が、報酬の何割だと思ってるんですか!? そんなの、払うのはもったいないでしょう? ですから──」
「すいませーん。『クエストの内容に問題がある場合、キャンセル料なしでクエスト受注を取り消せる』って聞いたんで、お願いしたいんですけど。はい、これが書類です」
ふたたびドアが開いて、大広間に別の冒険者が現れる。
「確か、冒険者ギルドの『依頼者疑義による特例第8項』だそうです。書類はこれです。ギルドマスターが間に立って交渉してくれるんですよね? いや、助かりましたよー」
「ちょっと待ってくれ! そんなこと誰が!?」
「そのへんにいた、冒険者ギルドのルールに異常に詳しい奴隷の人ですけど?」
ギルドマスターは渡された書類を見つめる。
これも完璧だった。
適用されるのは、冒険者ギルドの創生期に作られたルールだ。商業都市メテカルの冒険者ギルドと話し合って決めたはず。確かに明文化されたルールとして存在はするが、冒険者がこんな細かいルールを知っているはずがない。というか表には出さないように隠していた。なのに──
「誰が? 誰がこれを!? どうして!?」
「じゃあ、お願いしますね。それじゃ」
そう言って若い冒険者は大広間を出て行った。
集まっていたパーティリーダーたちがざわつき始める。それを抑えようと『暁の猟犬』が再び叫ぶ。
「クエストの内容に疑いなどあるはずがありません!」
ばん、と、『暁の猟犬』の女性は壁を叩く。
「今まさに、子爵家直属の兵士の方々が、砦の周辺へと偵察に言っています。報告は毎日上がってきています。砦には大勢の魔物がいますし、それを討伐することで、皆さんの名も上がることは間違いありません。それを疑う必要など──」
「すいませーん。『ギルドマスターは複数名の冒険者の希望があれば、疑わしいクエストの内容を調査するように依頼できる。調査費はギルド持ち。冒険者ギルド附則第138項』って聞いたんですけどー」
「「いい加減にしろよ誰から聞いたの!?」」
ギルドマスターと『暁の猟犬』の女性は声をそろえて叫んだ。
入って来た冒険者は、きょとん、とした顔で。
「え? 冒険者ギルドの──」
「ルールに異常なほど詳しい奴隷ね!? そいつはどこに!?」
「ギルドの外の路地にいますよ。『冒険者無料ルール相談室』──略して『冒険者の
渡された書類を見て、ギルドマスターの顔が真っ青になる。
ルールは間違いなく存在する。最古のものだが、やはりまだ廃止はされていない。
誰が? どこから? こんな詳しいルールを知っている者など!?
「……調査……は」
「それがいい! 俺が調査に行こう!」
ギルドマスターの声をさえぎって、冒険者の一人が叫んだ。
「このまま宿屋待機を続けるより、ずっといい」
「我々に必要なのは正しい情報だ」
「確かに、このクエストには不可解なところが多すぎる! ギルドマスターは俺たちに調査を依頼するべきだ!」
次々に言葉が続いていく。
「あなたたちは正規兵をめざしているのでしょう! なのに、貴族の方の言葉を疑うのですか!?」
壇上にいる『暁の猟犬』の女性が叫んだ。
「『貴族の方が嘘をつくなんてありえない』」
さっき書類を持って来た──まだ十代そこそこの若い冒険者が、ぽつり、と口を開いた。
「『だから、今回はクエストの
大広間が静まりかえる。
若い冒険者は、まわりの反応にとまどうように左右を見回してから──
「──こう言うように『なぜか冒険者ギルドに異常に詳しい奴隷』に頼まれました」
「……そいつを今すぐつれて来い」
『暁の猟犬』の女性が、まわりの仲間にささやく。
数名の剣士が、大広間にを飛び出して行く。
残った冒険者たちが騒ぎはじめる。『天竜の代行者』のこと、砦の情報、クエストに疑いがあること、口々に調査の必要性を言い立てる。ギルドマスターは──なにもできない。
「……うるさい、払う、宿代くらい。こっち持ち。だから黙って欲しいんだけど」
不意に、子爵家令嬢エデングルが言った。
彼女は冒険者たちの方を見ることもなく、広間の裏口から、出て行った。
数人の護衛を連れて。
呆然とする冒険者と『暁の猟犬』のメンバーを残して。
そして、冒険者たちは歓声を上げるのだった。
『冒険者ギルド』を出た『暁の猟犬』の剣士たちは、路地でぼろぼろの屋台を見つけた。
書類を持って来た冒険者たちの証言の通りだ。
ここが『冒険者無料ルール相談室』──略して『冒険者の
人はいない。確か、黒いローブを着て、フードを目深に被った人物がいるはずだ。
姿は──男性なのか、女性なのか、老婆なのか──証言は一致しなかったが。
彼らは路地を飛び出し、黒いローブを着た人物を探す。
しばらく探し回って──彼らはそれを見つけた。
通りの向こうを歩いて行く、黒いローブを着た後ろ姿。
彼らは一斉に走り出す。
同時に、彼らの背中に寒気が走る。
悪い予感がする。冒険者の直感だ。
自分たちとは相容れない力が、この町に働いているような気がする。それがおそろしい。天竜の代行者が何者であっても、それを名乗る者がこの町にはいる。自分たちは子爵家令嬢についたけれど、それは本当に正しかったのか──望む地位は──得られるのか。
もしかしたら、恐ろしい何者かの怒りを買ってしまったのでは──。
恐れから目を逸らしながら、彼らは人波をかき分け、ローブの人物に近づく。そして──
「……貴様が余計なことをした者か?」
ぱちん
その背中に伸ばした手が、棒のようなもので払いのけられた。
ローブの人物が振り返る。
顔は、目深にフードを被っていてわからない。
手に、長い棒を持っている。武器だろうか。まるで掃除道具の先端を取り払ったもののようだが。
「我々は『暁の猟犬』だ。お前の正体について聞きたい。来てもらおうか」
『暁の猟犬』の剣士たちはローブの人物を取り囲もうとする──が。
ぱちん
まるで動きを読まれているかのように、その手が、足が、木製の棒で払われる。
「──ぐっ!?」
そのたび、彼らの全身にしびれが走る。
まるで、魔力で殴りつけられているかのようだった。
「貴様、何者だ? なにをたくらんでいるのだ!?」
「近づかないで。この身体に触れていいのは、ご主人様と仲間だけ」
フードの人物が冷たく言い放つ。
『暁の猟犬』たちは、その者に触れることもできない。完全に動きを読まれている。こちらが身体に力を入れた瞬間、相手は行動を先読みして対処してくる。棒で突かれるたびに、彼らの身体には、ずしん、という振動が響く。
人混みのせいで、動きは制限されている。けれど、自分たちは一流のパーティのはずだ。なのに、触れることができないなんて。
どんな能力を持っているというのだ、こいつは!?
彼らは知らない。
フードを被った少女が、かつてギルドマスター見習いをやっていたことも。
一流のギルドマスターとなるために、あらゆる町の冒険者ギルドのルールを、読み込んでいたことも。
そして──奴隷となった彼女が持つ『チートスキル』のことも。
『
『身体』の『緊張』を『見極める』スキル
視界に入った相手の、筋肉の緊張を読み取ることができる。
それを利用して、相手の動きを高確率で予測することも可能。
『魔力棒術LV1』
『棒』と『魔力』で『与えるダメージ』を『増やす』スキル
ロッド、ワンド、ホウキやモップなど、棒関係のものを武器として扱うためのスキル。
敵に与えるダメージをレベル×10%+10%増加させる。
魔力を宿した棒で敵を突くことで、宿した魔力を相手にたたき込むことができる。その衝撃により、防具を貫通して内部ダメージを与えることが可能。
「来ないで。人前でズボンを脱ぐようなひとには、関わりたくないの」
「なに!?」
追いかけようとした『暁の猟犬』たちの膝が、がくん、と、崩れた。
足が動かない。魔法か──と思ったら、ズボンが膝まで落ちていた。いつの間にか、ズボンのベルトが外れている。まるで一時的に『劣化』させられたように。
思わず腰に手をやる。が、剣もない。腰に下げていた剣までもが落ちている。
止めていた金具がはずれたのだ。どうして──?
とまどう彼らを置いて、ローブ姿の少女は遠ざかっていく。
人混みに紛れてすれ違った、エルフの少女が『ふっふーん、ですぅ』と笑う。
彼女のことは誰も気にとめない。
彼女が、すれちがいざまに使ったスキルのことも。
『
『アイテム』の『価値と効果』を『やわらげる』スキル
一時的にアイテムの効果を弱めることができる。
ベルトに触れれば、留め金をゆるめることができるし、剣にふれれば切れ味を悪くした上に、接続部分を外すこともできる。
人知れず使うと、かなりたいへん。
「くそ! 誰かそいつを捕らえてくれ!!」
『暁の猟犬』が叫んだ瞬間──ローブの人物が、分裂した。
同じローブ、同じフードを被った者たちが、町の道にあふれだす。数は、数十人。
『暁の猟犬』の剣士たちが、恐怖で震え出す。
空間を埋め尽くす幻想が見えたのは、おそらく数十秒。
それが消えると、さっきのローブ姿の人物は、ひとりもいなくなっていた。
いるのは商人、冒険者、メイド、エルフ、緑色の髪のシーフ──それくらいだ。
さっきの黒いローブを着た人物はどこにもいない。
隠れた? 着替えたのか? けれど、あんなローブを簡単に隠せるだろうか。
商人の手荷物に? 小さな革袋に──? ありえない。
「…………俺たちは、とんでもない間違いをしているのかもしれない」
『暁の猟犬』の剣士が、小さくつぶやいた。
彼の仲間たちも、呆然と立っていることしかできない。
『天竜の代行者』『冒険者ギルドに詳しい奴隷』『それを支援する、何者か』
おそろしい。なにもわからない。
貴族の下につけば安心だと思っていたのに…………。
もしかしたら自分たちは、超越存在のきまぐれで見逃されているだけなのでは……?
その恐怖はやがて彼らのパーティと──ギルドにまで伝染していくことになる。
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