第108話「聖なる杖をもらったので、魔法を広げたり縮めたりしてみた」
それから僕たちは、聖女さまの迷宮を逆戻りして──
最初の扉を抜けて、洞窟の出口にさしかかったとき、イリスからメッセージが来た。
宿屋待機の冒険者たちと、子爵家令嬢についての情報だった。
「聖女さま。追加情報だ」
それを読んだあと、僕は洞窟の奥へと叫んだけど、返事はなかった。
聖女さまは、もう眠っちゃったみたいだ。
『ことこと、こと』
代わりに返事をしたのは、作業用のゴーレムたち、十数体。
スコップやツルハシをもって、僕たちのまわりに集まってくる。
『ことこと、ことこと』
ゆるい手足を鳴らしながら、みんなで僕たちを見上げてる。
「聖女さまの代わりに、自分たちに伝えろ、ってこと?」
『ことこと』
ゴーレムたちは一斉に首を──ほとんど肩と一体化してるけど──縦に振った。
実際に迷宮を改造するのはこの子たちだから、それでもいいか。
「仲間から情報が入った。子爵家令嬢はあと2、3日でここに来るみたいだ。聖女さまが奴らを撃退したいなら、早めに迷宮を改造した方がいい。できる?」
僕の問いに、ゴーレムたちは一斉に『ぐっ』って親指を突きだした。
『任せとけ!』っていいたいらしい。
「手伝いは、いる?」
『ことことことことっ!』
ゴーレムたちは首を横に振った。
一斉に、持ってる道具で、壁に文字を刻みはじめる。
『ふつうによゆう』
……普通に余裕なのか。
「わかった。なにかあったら連絡してくれ。聖杖のお礼くらいするから」
『こくこく』
「それと、聖女さまが目覚めたら伝えて。『チートで迷宮クリアしてごめん。生活が落ち着いたら、ちゃんと正攻法で遊びに来ます』って」
『こく、こくこくこくこくっ!』
先頭のゴーレムが、僕たちの目の前にやってくる。
そして、ごつごつした手のひらを、セシルの前に差し出した。
手に載ってたのは、緋色のスキルクリスタルだった。
「わたしに、ですか?」
『こくこく』
ゴーレムが持っていたスコップで、壁に文字を掘り始める。
すごい速さだ。さすが伝説のパーティの使い魔。
これなら、迷宮のヴァージョンアップも余裕で間に合うかもしれない。
『おみやげ。正しきことを見極められるように』
「ありがとうございます。大切にします、とデリリラさまに伝えてください」
そう言ってセシルは、スキルクリスタルを受け取った。
『真実告白LV1』
『魔法陣』で『嘘』を『封じる』魔法
クリスタルには、聖女さまがセシルに使った魔法が入っていた。
この魔法で作った魔法陣の上に乗ると、嘘がつけなくなるらしい。
「ありがと。僕たちは2、3日は保養地にいるから、情報交換したくなったら来てくれ」
僕は保養地の別荘の場所を伝えた。
「聖女さまが生きてた時代のことはわからないけど、聖女さまの生き方に敬意は払うよ」
僕にはまねできそうにないけど。
というか、それは僕が逃げた生き方だけど。
「それじゃ、機会があったらまた」
『『『ことことことこと!』』』
ゴーレムたちに見送られて、僕たちは聖女さまの迷宮を出たのだった。
「町に戻る前に『聖杖』の機能をチェックしておこう」
僕は言った。
ここは洞窟から離れた、人気のない草原。
洞窟を出たあと、僕たちは静かに岩山から離れた。
岩山のずっと上、標高の高いところには強力な魔物──ヒュドラがいるそうだから、刺激しないためだ。
『ヒュドラ
低級の亜竜。知能は低いが、戦闘能力は高い。
多数の首を持ち、手当たり次第になんでも丸飲みする食欲を誇る。
再生能力が強く、首をすべてつぶさなければ死なない。
全長は数メートル。大きいものでは十数メートルに達する者もいる。
ナワバリを守る習性があるため、近くで大騒ぎすると襲ってくる』
そんなわけで、僕たちは街道が見える草原まで移動した。
聖女さまがくれた杖は、かなり強力なアイテムらしいから、なにが起きてもいいようにしないと。
『
『魔法』の『効果範囲』を『変化させる』杖
発動した魔法の効果範囲を広げたり、縮めたりできる。
ただし、魔法の威力そのものは変化しない。
拡大レベル10。縮小レベル10まで調整可能。
「この杖は魔法の範囲を広げたり……意味はないかもれですけど、縮めたりできます」
「魔法の範囲が広くなるのね……巻き込まれないように、みんなでくっついた方がいいわね」
リタが、ぴたり、と肩を寄せてくる。
離れてると魔法の効果範囲に入るかもしれないからね。
僕たちはくっついて、セシルの後ろに並んだ。
「それじゃセシル、試しに拡大レベル10で『炎の矢』を撃ってみて」
「わかりました。『精霊の息吹よ我が敵を撃て、炎の矢』!」
セシルは『聖杖』を構えて『炎の矢』を発動した。
まわりに火の粉が散った。
……おしまいだった。
「…………あの、ナギさま……これは……えっと」
「1発分の『炎の矢』が限界まで広がって火の粉になった、ってこと?」
僕の問いに、セシルはうなずいた。
範囲を広げすぎたせいだ。
熱も炎も拡散しちゃって、ただの火の粉になってる。
「セシル、次は炎の壁を」
「わ、わかりました! 『紅蓮よ我を守る障壁となれ』! 『炎の壁』!!」
僕たちの目の前に、横幅10メートルの炎の壁が出現した。
高さは20センチだった。
「……飛び越えられるよね、これ」
「……微妙な高さね」
ぴょんこ、ぴょんこ。
リタは膝くらいまでの高さの『炎の壁』を飛んで、戻って、困った顔。
範囲は広くなってるから、大量の敵の足止めに使える。能力としては悪くない。
「幅が十倍になってます。代わりに、高さが十分の一以下になっちゃうんですね……」
でも思ってたのと違うのか、セシルは杖を抱きしめたまま、がっくりと肩を落とした。
この『聖杖ノイエルート』は、魔法の効果範囲だけを変化させる。
聖女さまや、伝説の魔族みたいに高レベルの魔法使いなら、数人分の傷を治したり、城を取り囲む炎の壁を作れたりするけど、セシルだとまだ魔法使いとしてのレベルが足りない。
だから、こんなふうに『広く浅い』効果になるのか。
「……ナギさまをびっくりさせたかったのに……」
「がっかりすることないって。この杖は『古代語魔法』にすればいいだけなんだから」
古代語魔法なら威力そのものがチートだから、効果範囲を拡大すれば──
──怖いことになりそうだ。
「……でも、普段は宝のもちぐされです。この杖で、もっとナギさまのお役に立てると思ったのに……」
セシルが涙目で、僕を見てた。
「ひとつ思いついたことがあるんだけど、いいかな。セシル」
「わたしが失敗して、かっこわるいところをお見せしても、いいですか?」
「大丈夫。むしろセシルのことはくまなく知っておきたいから」
「……はい」
セシルは照れた顔で、杖を手に、うなずいてくれた。
僕は草原の向こうを指さした。
「たとえば、あっちに『ロックリザード』がいるだろ?」
「いますね」
「まだこっちには気づいてないわね」
「街道の方に歩き始めてるだろ?」
「歩き始めてますね」
「このままだと、旅人とキャラバンが襲われるかもしれないわね」
「そこでセシルの通常版『炎の矢』を撃ってみると?」
「はい。『ふれいむあろー』……あ、こっちに気づきました」
「向かってくるわね」
『ロックリザード』は街道を離れて、こっちに歩いて来る。
「セシル、もう一度『炎の矢』を」
「は、はいっ!」
「今度は『
「縮小、ですか!?」
セシルの問いに、僕はうなずいた。
魔法の効果範囲を広げたら、魔力と炎が拡散して火の粉になった。
じゃあ……縮小──いや、圧縮したらどうなる?
「やってみよう、セシルちゃん。ナギの言うことだから理由があるはずよ!」
「ありがと。リタは念のため、セシルをかついで逃げる準備をしてて」
「大丈夫です!」
セシルは『ロックリザード』に向かって、銀色の杖──『ノイエルート』を構えた。
「ナギさまの言うことに間違いはないです! 『縮小レベル10、炎の矢』!!」
ふぉん。
杖の先から、10分の1に圧縮された『炎の矢』が生まれた。
普段は人の腕くらいの大きさの矢が、潰れた割り箸みたいになってた。
しかも、飛ばない。
まるでなにかに押さえつけられてるみたいに、杖の先で震えてる。
「『炎の矢』が飛んでいかないです!」
セシルが目を見開いて、叫んだ。
「なにかがつっかえてる感じがします。杖の先で、止まってます!」
「水を流したホースの口を閉じるようなもの?」
「よくわかんないですけどそんな感じです!」
「じゃあそのまま連続詠唱。『炎の矢』を!」
「はい、ナギさま! 『炎の矢』『炎の矢!』『ふれいむ、あ、あろーっ!!』」
セシルが呪文を唱えるたびに、杖の先に『炎の矢』がたまっていく。
5発目の発動と同時に『ロックリザード』が射程に入った。
「今だセシル。圧縮を解除! 『炎の矢』を解放!」
「はいっ!!」
セシルが『聖杖ノイエルート』を握りしめる。
ホースの口を閉じるように、ぎりぎりまで圧縮されていた『炎の矢』は──
ぼしゅん
凝縮された熱と魔力を伴い、灼熱した光の弾丸になって飛んでいった。
そして──
じゅっ
光弾はあっさり『ロックリザード』の甲羅を貫通して、奴の胴体に食い込んだ。
『GUGAAAAAAAAAAっ!』
『ロックリザード』が絶叫する。
僕は魔剣レギィを空振りしてから、手負いの『ロックリザード』に近づいた。
そのまま、甲羅の穴めがけて剣を突き出して『
ざしゅ。
『──GU……GA』
紫色の血を吐いて、『ロックリザード』は動かなくなった。
『ロックリザード』をたおした!
倒れた『ロックリザード』の甲羅には、人の頭ぐらいの穴が空いてる。
圧縮された『炎の矢』が空けた穴だった。
「……やっぱり『遅延魔法』になったか」
ゲームとかでよくあるよな。
魔法をためておいて、『炎の矢』5発分の威力をたたきつけるって。
「さっきのあれは……ちょっと違います」
革袋から水を飲みながら、セシルが呆然とつぶやいてる。
「魔力と熱が圧縮されて、噴き出しちゃったみたいです。普通に『炎の矢』を5発撃ち込むより、ものすごく熱量と破壊力が上がってました」
「『ロックリザードの甲羅』って熱には強いはずよね?」
そうだよな。サウナの蒸気発生源にも使われてるくらいなんだから。
「それを貫通って……セシルちゃん、すごい」
「すごいのはナギさまです」
目をまんまるにしてるリタに、興奮ぎみのセシルが答えた。
「こんなこと、普通思いつかないです。すごいです。これでわたし……わわわ、
セシルが杖を取り落とした。
触れると──杖そのものが焼けそうなくらい熱くなってる。
やっぱりこれは、本来の使い方じゃないのか。
「チートな使い方したせいで負荷がかかってるのか」
「……はい。なんとなく感じます」
セシルが目を閉じて、言った。
「『使用限界を突破。再度使用可能まで──』しばらくかかるみたいです」
もともと『聖杖ノイエルート』は、魔法の範囲を変化させるもの。でもって、想定されてるのは拡大することで、縮小するのはついでの機能なんだろう。
魔法を圧縮するなんて、この世界の常識にはないから。
「セシル、大丈夫か? やけどしなかった?」
「だ、だいじょぶです……ひゅあっ、ナギさまぁ……」
僕はセシルのちっちゃな手を取った。
まだちょっと熱いな。やけどはしてないみたいだけど。
「ナ、ナギひゃま。わたし、もっかい『圧縮版炎の矢』を撃ちます。撃たせてください!」
「なんで!?」
「大丈夫! 私も一緒に杖を持ってあげる。やけどするときは一緒よ!」
「しなくていいから。というか、しばらく使えないんだろ! もらったばかりなんだら酷使しない!」
僕はセシルとリタを落ち着かせて──
それから『圧縮魔法』について確認した。
セシルの話によると、『炎の矢』は細くなりすぎたせいで飛び出すことができずに、目の前でとどまった。その後に次の『炎の矢』が来たから、魔力と熱がそこにたまってしまった。
最後に一気に解放されたせいで、高熱と高魔力のかたまりになって飛んでいった。
──ってことらしい。
「つまり、魔力の一点集中、ってことね」
リタは言った。
「私の『神聖力掌握』とおんなじ。魔力と熱を一点に集中することで、貫通力を上げてるってことじゃないかな」
「普段使ってるリタが言うと説得力があるな」
「ふっふーん。でしょでしょ?」
リタは尻尾をぴこぴこ振って、胸を張ってる。かわいい。
「わたし、これでもっとナギさまのお役に立てます!」
「やけどするから緊急時のみにしようね」
聖女さまがくれたのは、使い方によっては相当にやばいアイテムだった。
本当にどうしようもないときに、ありがたく使わせてもらおう。
僕たちは休憩してから、保養地に向かって歩き始めた。
「そういえば、洞窟でも言ったけど、イリスから連絡があったよ」
僕はセシルとリタに言った。
「内容はふたつ。
ひとつめは、僕たちが作った地図について、イルガファの領主さんから回答があった。早馬が戻って来たって。地図には価値があるから、ぜひ取引したい。その相談も兼ねて、一度イルガファに戻って来て欲しいそうだ」
ずいぶん休んだから、そろそろ戻るのもいいよな。
このあたりにある謎の遺跡や遺物はほとんどクリアしたし、長く家を空けておくのも落ち着かない。いったん戻って、仕事にとりかかろう。
「それともうひとつ、イリスが担当してた、宿屋待機中の冒険者への情報提供の話だけど」
「商人の娘さんにお願いされてたものですね」
「どうなったの、ナギ?」
それは商人の娘──ホリアさんの話を聞いたイリスが『関わらせてください』って希望した件だ。
イリスの報告はシンプルだった。
メッセージに書かれていたのは、たった一言。
『送信者:イリス
受信者:おにいちゃ
本文:「チート」な結果になりました』
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