第110話「番外編その11『チート嫁軍団(おるすばん組)の、ご主人様おもてなし計画』
今回は番外編の日常回です。
冒険者の手助けをしたあと、アイネ、イリス、ラフィリアは、ご主人様の帰宅を待っていたのでしたが……。
──────────────────
アイネたちの作戦が終わったあと──
「『
リビングで早めの昼食を取っていたアイネとラフィリアに、イリスが言った。
アイネはメイド服の胸を、ほぅ、となでおろした。
よかった。
なぁくんは強いし、セシルちゃんもリタさんも『ちぃときゃら』だから、大丈夫なのはわかってる。だけど、側にいないと心配になる。これは本能みたいなものだから、しょうがない。アイネはなぁくんの『お姉ちゃん』で『魂約者』なんだから。
そんなことを考えながら、アイネはナギとの『
ラフィリアは「ひゃっほー! マスターの伝説がまた1ページですぅ!」って怪しいダンスを踊ってる。イリスも巻き添えになってるけど、楽しそうだからいいかな。
「アイネさま、イリスはひとつ、思いついたことがあるのです」
ラフィリアの腕から逃れたイリスが、アイネの側にやってくる。
「なぁに? イリスさん」
そんなイリスに食後のお茶を差し出してから、アイネは聞いた。
「疲れて帰ってくるお兄ちゃんを、異世界のやり方でおもてなしするのはいかがでしょう」
「どういうことですぅ? イリスさまぁ」
「はい。お兄ちゃんはいつも、この世界のやり方にあわせてくださってます。イリスたちを扱うときも、そ、その──身体を、調整──強化、してくださるときも。まるでイリスたちの触れて欲しいところに合わせてくださってる……ような」
「……う、うん。そうなの」
「……そうでしょう?」
「……そうなの」
アイネは思わず顔が赤くなる。
スキルを『再構築』するとき、ご主人様は奴隷の状態を『もにたー?』してる。
呼吸とか、感覚とか、鼓動とか……アイネたちの負担にならないように、合わせて、くれてる。
「だから、今度はイリスたちがお兄ちゃんが元いた世界のやり方に合わせて、もてなして差し上げるのがいいように思うのです」
ぱん、と手を叩いたイリスを、アイネは呆然と見つめていた。
天才あらわる。
「その発想はなかったの。さすがイリスちゃん、賢いの」
「さすが竜の
「イリスは前線では戦えません。お兄ちゃんのために考えることしかできませんから、これくらいは当然でしょう」
「それで、具体的にどうするですぅ?」
ラフィリアの言葉に、ぴたり、と、イリスの動きが止まった。
天才返上。
考えてなかったらしい。
でも、それも無理はない。彼女たちのご主人様は、元いた世界のことをあまり話したがらない。
それはあんまりいい思い出がないからで、だからその分、あっさりこの世界になじめたというのもあるのだけど、こういうとき、すごく困る。
だって、どうすればご主人様がよろこんでくれるのか、わからないから。
「……もっとなぁくんの世界のことを聞いておくべきだったの」
「……そのうち機会を見つけて、いろいろお聞きしましょう」
「……古代エルフが自白剤でも作っていればよかったのですぅ。使えない種族でごめんなさいです」
「……それはいいの。今できることを考えるの」
「……イリスたちがこれまでに聞いた情報を総動員しましょう」
「……そこから、マスターがくつろげる環境を作り出すですね? 作戦名は『やっぱ奴隷のそばが一番』です!」
ひそひそひそひそ。
アイネ、イリス、ラフィリアは、おでこをつきあわせて話し合う。
別荘には他に誰もいない。声をひそめるのは気分を出すため。
そして3人の知識から浮かび上がった、ナギが喜んでくれそうなものとは──
ナギの世界の食べ物:「おすし」
ナギの世界の娯楽:「てれび」
ナギの世界のアイテム:「えあこん」
「『おすし』は難しいの。『ちらしずし』が比較的簡単みたい。魚介類を使った料理らしいの」
「『てれび』は、壁に映像を映し出すものだそうです。これはイリスのスキルでなんとかします」
「『えあこん』は涼むためのものらしいですぅ。保養地は暑いので、ちょうどいいですねー」
アイネ、イリス、ラフィリアは誰ともなく手を重ね合う。
互いにうなずき合い、作戦開始。
目的はご主人様に喜んでもらうことと、くつろいでもらうこと。
タイムリミットは、ご主人様が帰ってくるまでだ。
「それじゃ、まずアイネがお買い物に行くの。それから──」
「申し訳ありません。ホリア=ドルゴールです。イリスさまにお会いしたくてうかがいました」
アイネが言いかけたとき、家の前から声がした。
知り合いの商人さんの娘、ホリアさんだ。
お休みの間、彼女の家にはお世話になっている。居留守を使うわけにはいかない。
仲良しの奴隷3人は、とっさにアイコンタクト。
イリスは来客対応。アイネはその補助。ラフィリアは買い出しと役割を分担することに。
とりあえず着替えと準備のため、ラフィリアは自室に向かった。
イリスは応接間で『幻想空間』を起動。護衛役のナギがいないのは不自然だから、よく似た幻影を作り出す。
ディテールは完璧だ。自室に戻りかけたラフィリアが、思わず「ますたー!」って駆け寄るくらい。アイネはその腕をつかんでお部屋にぽーいっ。
そのままアイネは玄関に向かい、ホリアさんを招き入れた。
イリスはナギの幻影に背後に立ってもらい、部屋の奥──
立場が上のもののための席だ。港町では当たり前だったその場所が、なぜかすごく落ち着かない。今のイリスは、ただ大事にされるだけの巫女じゃない。ご主人様──お兄ちゃんの奴隷だ。だから一番えらい席にいるのに違和感がある。
それはきっと、いつの間にか自分が変わってしまったということで──たぶん、いいこと。
なんとなく楽しくなり、イリスはやわらかい笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ。ホリア=ドルゴールさま」
「……イリスさま……」
アイネの案内で応接間に入ってきたホリアさんはイリスを見て、深々と一礼。
「……お礼を、させてください」
「お礼?」
「友人から聞きました。『冒険者のお庭』……略して『
商人の娘、ホリアさんは説明をはじめた。
『天竜の代行者』を名乗る者によって『砦攻略クエスト』の情報が流されたこと。
冒険者ギルドのルールに詳しい『冒険者のお庭』のおかげで、クエストのキャンセルと調査ができるようになったこと。
追い詰められた子爵家令嬢エデングルが、宿代を払わされるはめになったことを。
「みんな疑ってたみたいですけど……実際に宿代は払われたそうです。すっごい嫌そうな顔、だったそうですけど」
「よいことですね」
「イリスさまが、手を回してくださったんですか?」
「いえいえー」
「天竜の代行者が関わっているという噂も聞きます。イリスさまは、海竜の巫女です。竜に連なる者として、お力を貸してくださったのではないかと」
「いえいえー」
「……も、もちろん、誰にも言いません。『
「ホリアさま」
イリスはホリアさんに、優しく声をかけた。
「イリスは海竜の巫女です。天竜の巫女ではないのです。同じ竜であっても、海竜と天竜はまったく別のものでしょう?」
「そ、そうですね。すいません。失礼なことを申し上げて」
ホリアさんは、ぺこり、と頭を下げた。
「確かに天竜と、海竜さまとでは、大きさも全然違いますものね」
「ええ。卵と小島ほどの違いがございます」
「……具体的すぎませんか?」
ホリアさんが不思議そうな顔になる。
おっといけない。
イリスは思わず口をおさえてから、ホリアさんに語りかける。
「それにしても天竜の代行者とは……まさに神話の再来のようですね」
「はい。きっとその方は、とても素敵な方だと思います」
「ええ、おそらくその方は天竜に信頼されているのでしょうね」
「どのような方ですかね」
「きっとすごく偉大で、かっこいい方だとイリスは思います」
「私も同感です」
「きっと強くて、優しくて、でも時々無茶することがあって。目が離せなくて。側にいてほしいけれど、独り占めするのはいけないような気がして、とても大切で、たぶん、その方のためなら自分の命を投げ出してもいいと思える……そんな方だと、イリスは思います」
「あ、あの、イリスさま、その方をご存じで」
「いえいえいっぱんろんでしょう?」
「……あの」
「いっぱんろんでしょう?」
「……」
「いっぱんろん」
「は、はい、一般論です」
イリスの言葉に、ホリアさんは首の関節がこわれたように、こくこくこくっ、とうなずく。
「イリスさまが、天竜の代行者と無関係なことはわかりました」
彼女は胸の『契約のメダリオン』を握りしめた。なにかの約束をするように、それをイリスに示す。
「でも、昨日イリスさまにお話を聞いていただいたことで、私はとても気が楽になったんです。そのお礼をさせてください」
真剣な顔で告げるホリアさんの前に、メイド服のアイネがお茶を置いた。
そして幻影のナギに寄り添うように、イリスの後ろに立つ。
小さくつぶやいてるのは、異世界のレシピを忘れないようにだろう。──「ちらしずし。おこめと、おさかなと、こうしんりょう」──って。
「お礼など。気にならさないでください」
「おこめ」
「いいえイリスさま。私も父の仕事を手伝っている身。少しのたくわえはあります。そうです。穀物などいかがですか?」
「おさかな」
「イリスはもうすぐイルガファに戻ります。荷物を増やすのは、ちょっと。もちろん、おさかなは好きなのですが……」
「こうしんりょう」
「でしたら、この地の名産品などはいかがでしょうか。香辛料の効いたおいしいものを食べて、それでお帰りになられるのは?」
「おすし」
「いえ、今日のメニューはちらしずし──いえいえ、決まっておりますので。おこめ──特に必要なものは──こうしんりょう。家のものがすでに買い物に出かける手はずを──」
「いってまいります、イリスさまぁ」
玄関から、ラフィリアの声がした。
「市場に買い物にしてくるです。必要なものは────」
沈黙が降りた。
「──────────────まぁいいです。行ってくるです!」
「「ちょっと待ってください(なの)!!」」
「……あの、イリスさま。おこめと、お魚と香辛料なら、私の方で準備できますが」
「……お願いいたします」
イリスとアイネ、そして幻影のナギは、そろってホリアさんに頭を下げたのだった。
ホリアさんが帰ったあと、3人はテレビの用意に取りかかることにした。
「『てれび』……つまり壁に映像を映せばいいのですよね? でしたらイリスのスキル『幻想空間』を使いましょう」
『幻想空間LV1』
頭の中に浮かんだイメージを、周囲の空間に映し出すことができる。
実体はないが、見た目、質感ともに現実と区別がつかない。リアルな音を出すこともできる。
イリスは幻影のナギを名残惜しそうに消してから、壁に映像を映し出した。
とりあえず、自分が一番なじんでいるもの。海竜の伝説についての物語だ。
影絵のような『海竜の勇者』と『海竜の娘』が動きはじめる。完璧な人形劇だ。
けれど──
「これでお兄ちゃんは、喜んでくださるでしょうか?」
今回の目的は『ご主人様に、元の世界のようにくつろいでもらうこと』だ。
イリスが楽しくても意味がないのだ。
「なぁくんの興味のありそうな映像を流した方がいいの」
「マスターが興味あることといえば『働かないで生きる』ことですぅ」
「わかりました。ではそれで」
アイネとラフィリアのアドバイスに従い、イリスは『幻想空間』を調整。
壁に、ごろごろするナギの姿を映し出す。
朝、ベッドから起きないナギ。
アイネに朝食を運んでもらい、イリスに食べさせてもらうナギ。
ラフィリアとイリスに着替えさせてもらうナギ。
お昼になったので、ご飯を──(以下繰り返し)。
「「「……ああ」」」
イリス、アイネ、ラフィリアはうっとりとため息。
ずっと見ていたい。というか、ご主人様の映像ならなんでもいい。
「これではイリスたちが楽しいだけです!」
イリスは『幻想空間』を解除した。
「「えー」」
「お兄ちゃんは、ご自分の姿に見とれるようなお方ではありません」
「確かに……なぁくんは自分より、奴隷のことを気にかけてくれるの」
「あたし、思いつきました。ここはイリスさまの映像を流すといいですよぅ」
「わかりました。では──」
イリスは再び『幻想空間』を起動。
壁をスクリーンにして、ベッドで眠るイリスを映し出す。
朝、目覚めてすぐに今日の予定を立てるイリス。
朝食の前に身だしなみを整えるイリス。
着替えるとき、セシルに教えてもらった『胸が大きくなる体操』のことを思いだし、カーテンをしっかりと閉めてから、少しためらいながら寝間着を脱ぎ捨て、下着に手をかけるイリス──
「わ、うわわ、あわわわあわあっ!」
ぷちっ。
イリスは『幻想空間』を解除した。
真っ赤になった顔を押さえて、そのまま床に座り込む。
「……こんな恥ずかしいところ、お兄ちゃんに見せられません」
「……映像記録というのに問題があったのかもですぅ」
「……なぁくんの世界の『げぇむ?』をイメージしてみるの」
「『げぇむ』……なるほど」
ラフィリアとアイネの言葉に、イリスはふたたび立ち上がる。
壁に映しだしたのは、前にナギに聞いたことがある『げぇむ』の画面だ。
画面中央には平面的なナギの姿。
その下に文字が浮かび、選択肢というものが表示されている。
『はなす』『ちかづく』『あいをささやく』──
「お兄ちゃんの世界ではこうやって誰かを『攻略』するようです」
「まずは『はなす』がいいと思うの」
「ここは『あいをささやく』一択ですよぅ。それより『おしたおす』がほしいです」
あーでもないこーでもないと、ご主人様の攻略をはじめた3人。
やがてそれは段々とリアルなものになっていき、ご主人様のセリフも複雑化。
最終的に、奴隷全員で相談して、この『げぇむ』を完璧なものにしようと決めたとき──
──気がつくと、2時間が経過していた。
「イリスさま、いらっしゃいますか? 食材を届けにまいりましたー!」
「「「はっ!?」」」
正気に戻してくれたのは、ホリアさんの声だった。
いけない。これは「ひとをだめにする『げぇむ』だ」
イリスは幻想空間を解除。『てれび』は後回しにして、ラフィリアと一緒に『えあこん』の準備をすることに。
アイネは荷物を受け取り、ホリアさんを見送ったあと、キッチンへ。
気を取り直して『おすし』の作成にとりかかる。
どういうものかはなんとなく聞いている。あとは高レベルの『お料理』スキルにお任せだ。
イリスさんに『意識共有・改』でメッセージを送ってもらって、ご主人様にレシピを聞くのもいいけど、やっぱりびっくりさせたいから。
「お魚は新鮮だけど……生だと危ないかもしれないの。ご主人様の健康のためにも、火を通すの」
アイネはお魚をすばやく切り身にして、油を入れた鍋に投入。
「長粒種の穀物は──『炊く』……やわらかく、スープを吸い込むように」
お米っぽい穀物は、水分たっぷりになるように。
「香辛料は──香り付けなの」
緑色の葉っぱをぱっぱっ。
『おすし』『ちらしずし』──どっちになるかわからないけど、アイネの『料理スキル』が、すごくいいできだって教えてくれる。おいしいのはまちがいない。
こっちはOK。たぶん。
さてさて、ラフィリアさんの『えあこん』はどうなったのかな?
「とにかく、空気を入れ換えればいいわけですよねぇ。じゃあ発動なのです『竜種旋風LV1』」
窓をいっぱいにあけて、ラフィリアは微調整した竜巻を発生させる。
サイズは最小。強さも最弱。
空気を入れ換えればいいだけだから、弱めに。
「師匠。角度をもうちょっと浅めに。強さは、上の方を強く。下の方は弱くした方がいいでしょう」
「はいはーい」
ささっ、と、ラフィリアは魔法を調整。
風向き、室温、日の射す角度。
すべてを計算したイリスの指示通りに、『竜種旋風』の竜巻を動かしていく。
さわやかな風が吹き込んでくる。
完璧だ。これなら、ご主人様もよろこんでくれるはず。
「……こんなすごいことができるのに、どうしてお買い物の内容が覚えられないのでしょう、師匠は」
「ひとには向き不向きがあるのですよぅ」
照れくさそうに、ラフィリアはエルフ耳を震わせた。
「魔法の調整なんて、どってことないのです。あたしにとって重要なのは、好きな人が笑ってくれることなのです。そのための最短距離を、あたしは行きたいのですよぅ。だから、ついつい途中経過を、すぽーん、ととばしちゃうのです」
「その生き方は、イリスも見習った方がいいのでしょうね」
「イリスさまは、そのままでいいですよぅ」
「いいのでしょうか?」
「あたしは細かいこと、見落としちゃいますから、そしたらイリスさまがあたしの落っことしたもの、見つけてください。そうすればあたしも安心です。代わりにあたしは、マスターとイリスさまが笑っていられるようにがんばりますよぅ」
「師匠」
イリスはほわほわしたラフィリアを見て、笑った。
「師匠が側にいてくれて、よかったです」
「あたしも、イリスさまがマスターのもので、よかったです」
「でも、イリスは……こんなです。胸も、ちっとも成長いたしません……」
「気にすることはないのですよぅ」
ラフィリアは優しく、イリスの肩に手を載せた。
「アイネさまが言ってました。『わたしたちのそこは、マスターに使っていただくためのものだから、価値はマスターが決める』って」
「アイネさまが?」
「はい。それに、イリスさまががんばっているように、アイネさまもマスターの隙をうかがっているはずですぅ。
……アイネさまのメイド服の襟元、ボタンが少しゆるくなってるのに気づきましたか? あれはマスターに胸の谷間を見ていただくためにわざと……すいませんアイネさま。ちがうです。あたしも同じ作戦を考えていただけですぅー!」
いつの間にか背後に近づいていたアイネに気づいて、ラフィリアが真っ青になる。
不思議なくらい優しい笑みを浮かべたアイネは、なぜかモップを手にしていた。
「ラフィリアさん」
「は、はいです!」
「それにイリスちゃんも、お風呂、入ってきたらどうかな?」
モップをくるくる回しながら、アイネは言った。
「なぁくんが戻って来る前に、身体を綺麗にしていた方がいいの。こないだの蒸し風呂、まだ使えるはず。ご主人様の許可は取ってあるから、ふたりで汗を流してくるといいの」
イリスとラフィリアは『お姉ちゃん』に従うことにした。
「「はふー……」」
別荘の建物の陰にある、大型の物置。
そこを改造して作った即席の蒸し風呂で、イリスとラフィリアは汗を流していた。
「イリスさま。蒸気を足しますよぅ」
「はい。この程度でまいっていては、お兄ちゃんの奴隷はつとまりません……」
床に座ったまま、イリスの小さな身体がゆらゆらと揺れる。
身につけている『ちょうこうきゅうなゆあみぎ』はセシルのものと共有だ。
イリスにはちょっとだけ大きいから、胸の上半分が見えてしまう。肌にぺったりと張り付いているのに、谷間さえも見えないこども体型。目の前でどどーんとボリュームを誇っているラフィリアと比べると、やっぱり引け目を感じてしまう。
「イリスも、いつかは師匠くらい立派になれるのでしょうか……」
「おむねですかぁ?」
「はっきりおっしゃらないでくださいさみしくなります!」
「大丈夫ですよぅ。イリスさまも、あたしくらいの年齢になれば、成長しますぅ」
「そうでしょうか……」
「まぁ、あたしは古代エルフの時代に作られたから、たぶん数百歳なんですけどね!」
「いきなり絶望いたしますが!?」
「え? イリスさまは『海竜の血』を引いてらっしゃるから、長生きなのではないですか?」
「そんな設定はございません」
ないはず。
イリスの母は、イリスを生んでからすぐに亡くなってしまった。
海竜の血は、あんまり寿命には関係ないのだ。
「では、覚醒するですぅ」
「その一言でなんでも解決すると思ってらっしゃいませんか、師匠」
「マスターにお願いすれば『海竜の血』が大覚醒するかもしれませんよ?」
「……確かに、お兄ちゃんなら、それくらい簡単かもしれませんが」
「するとあら不思議、謎の効果でイリスさまの寿命が延びるです。数百年の寿命を得たイリスさまは、長き生の果てに、あたしをも超えるおっきなお胸を手に入れるのですよぅ」
「いくらなんでもそんなに成長が遅くはございませんが!?」
「ゆっくりでいいのですー。そうするとお兄ちゃんは『今のイリスさま』『やや成長したイリスさま』『巨乳のイリスさま』のすべてをすみずみまで知ることができるのですよぅ。すばらしいと思わないですか?」
「かかる
「残念ですぅ……」
はふぅ、と、イリスとラフィリアは同時にためいき。
話題がいつの間にか『ご主人様』のことになってしまうのは、奴隷の──ううん、恋する女の子の本能だからしょうがない。お兄ちゃんに触れられたときのことを思い出して、身体がじんじんするのも。
「イルガファに戻ったら、しばらくは屋敷でおとなしくしていなければいけませんね……」
イリスはぽつり、とつぶやいた。
前はそれがすごく重荷だったけど、今はもう、なんとも思わない。
本当の居場所はご主人様のところにあるし、領主の屋敷なんか『チートスキル』を使えばいつでも抜け出せる。師匠も側にいてくれる。それはすごくぜいたくで、幸せなこと。
それに『お姉ちゃん』も言っていた『じらすのも女の子のスキルのうち』って。
別の家に住むということは、予想外の手段でお兄ちゃんを奇襲できるということでもある。
寝付いたところに忍び込んで、抱きついて、そして……。
じゅるり。
おっといけない。
作戦はまだ立案段階。もっと煮詰めて、完璧なものにしなくては。
「がんばりましょう、イリス=ハフェウメア……」
「はい。がんばるです」
意味はよくわかってないみたいだけど、ラフィリアは笑ってうなずいた。
イリスは胸を押さえて、お得意の悪だくみ。
イルガファに戻ったあとのことを考え始める。巫女の地位は利用できる。お兄ちゃんの『働かなくても生きる』生活を作り出すために、お助けしましょう。
そして、ふふふふふふ。
「イリスは、がんばります」
「いえイリスさま。そろそろ上がった方が」
「がんばります! お兄ちゃんのためにも」
「……しょうがないですねぇ。あと少しですよぅ」
「イリスはこれからもがんばります……絶対です。見ていてください、お兄ちゃん……」
大好きなお兄ちゃんとのいろんなことを妄想しながら、ラフィリアと一緒に蒸し風呂を楽しんでいるイリスは、満足で、こんな時間がずっと続けばいいな──って思っているうちに──
当たり前のように、真っ赤になってのぼせたのだった。
「……むしぶろ……あつい……おにいちゃん…………ふふふ」
「イリスさま、しっかりしてくださぁい!」
「アイネは濡らしたタオルを持ってくるの。ラフィリアさんは、イリスちゃんの身体を冷やしてあげて!」
アイネは急いでキッチンに走る。
自分がついていながら、こんなことに。『お姉ちゃん』失格だ。
料理に集中しすぎてた。
イリスちゃんは身体が小さいから、のぼせやすいってことに気づかなかった。ラフィリアも、彼女にしては珍しくあわててる。イリスを湯浴み着から寝間着に着替えさせて、小さな身体を窓際に運んでる。そして「今『えあこん』を点けますからねー」って、魔法を発動──ってちょっと待って!
「発動なのです。『竜種旋風LV1』(弱風)」
しゅごー。
リビングに風が吹き荒れた。
「そこまでなのラフィリアさん! ていっ!」
「え?」
振り向いたラフィリアの顔めがけて、アイネは濡らした布を投げつける。
狙いはあやまたず、水をたっぷり含んだ布はラフィリアの顔面に、べちゃ、と張り付く。口と鼻をふさがれたラフィリアは、もがーもがー、と、そのまま倒れた。
幸い『竜種旋風』は本当に弱になってたみたいで、リビングの椅子が倒れて、テーブルクロスが落ちただけ。転がった食器は洗えばいい。寝間着が吹っ飛んだせいで、イリスちゃんがすっぱだかになっちゃってるけどそれはそれ。お姉ちゃんはあわててる暇なんかない。なぁくんたちが帰ってくる前に片付けないと──
「ただいまー。アイネ、イリス、ラフィリア。留守番ごくろうさまー」
──って思ってる間に聞こえてきたのは、大好きなご主人様の声。
アイネの心臓は高鳴って、でも目の前はめちゃくちゃで、頭の中もぐちゃぐちゃで、もうどうしたらいいかわからない。
この状況、ご主人様にどうやっておわびをすれば……!
「──!」
アイネはいちもくさんにキッチンに走り、できあがったばかりのそれを手にした。
「そ、そうなの! なぁくんのために『ちらしずし』を作ったの!」
「うん。美味しそうなピラフ……いや、パエリア?」
間違った!?
慌ててキッチンから持って来た鍋の中には、ほかほかの海鮮料理。
火を通したお魚と貝のスープがしみこんだお米に、香辛料で味をつけたもの。
ご主人様はうれしそうな顔だけど、これは『ちらしずし』じゃないみたい。
アイネの頭が真っ白になる。ご主人様のお留守に、こんな失態をするなんて。
イリスさんは湯あたりして、ラフィリアさんはリビングをちらかして、アイネ自身はご主人様の故郷の料理を作るのに失敗。信頼しておるすばんを任せてもらったのになんてこと。
アイネは頭を抱えようとして──その前に鍋をしっかりキッチンに戻して、ナギの前に戻ってきてから、あらためて頭を抱える。事情がよく飲み込めないのか、呆然としてるご主人様。
ああ、困らせちゃった。どうしよう。どうすればいいんだろう……。
ご主人様の後ろには、奴隷仲間のセシルちゃんとリタさん。ふたりを見たとき、ぴん、と来た。
そうだ、ここは奴隷の先輩のリタさんにならって──
「おかえりなさい、ご主人様」
アイネは、ナギの前で正座した。
「いけないお姉ちゃんに、おしおきしてください」
ご主人様の目が点になりました。
番外編「おるすばんチート嫁たちの『ご主人様おもてなし計画』」おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます