異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました  − 概念交差のストラクチャー −(WEB版)

千月さかき

第1話「異世界で王様に嫌われてゴーストに気に入られる」

 学校行く途中で乗ってたバスが事故ったと思ったら視界が真っ白になって、乗客全員まとめて異世界に召喚された。


 光り輝く玉座の間で、王様とローブを着た魔法使いは言った。


「ようこそ。導かれし者たちよ」


「この世界は魔王の侵攻にさらされている」


「だからあなたたちが召喚された」


「異世界人にのみ与えられる特別なスキルで魔王を倒し、この世界を救って欲しい」


「魔王を滅ぼしたその時、元の世界へ戻る道も開けよう」




 僕は言った。


「敵の規模は? 人間側の戦力は?」


「報酬は? 最初に400アルシャ(銀貨)くれるって話だけど、この世界の貨幣価値はどうなっている? 400アルシャで一般家庭の人たちは何年暮らせる? 定期的な報酬はあるのか? それは成果による? それとも固定給与?」


「今から転移魔法で辺境の砦に送るって言うけど、それっておかしくないか? こっちはこの世界のことをなにも知らないのに? 文化体系や食料事情とかもわからないし、そもそも前線に送られちゃったら一般の生活になじむこともできない。逆らって放り出されることを考えたら、そっちの命令に従うしかなくなる。それってどうなの?」


「いや、魔王を倒したら元の世界に戻すと『契約』するとかそういう話じゃなくて。武器も装備も与えるってそういうこと言ってるんじゃなくて。我々を信じてくれってそういうことでもなくて! 選ばれた勇者とかそういうこと言ってるんじゃねぇって何度言えば!」


 追い出された。







「……やっちゃった」


 王都の広場で、僕は頭を抱えた。


 小学校の通知表にも『相馬そうま なぎくんはもう少しまわりに合わせることを考えた方がいいです』って書かれたんだよなぁ。


 ごめん、先生。卒業から五年も経ってるけど、僕はあんまり成長してませんでした。


 ……悩んでもしょうがない。状況を確認しよう。


 ここはサバラサ大陸の中央にあるリーグナダル王国、その王都。


 王都というのは王様がいるところで、その国一番の大都市だ。


 あっちに見える白くて立派な建物が、さっきまでいた王宮。


 僕がいるのは王宮からちょっと外れたところにある広場で、東西に延びた広い石畳の通りが交わるところ。大きな木が何本も植えてあって、僕はその根元に座ってる。


 通りが交わるところは人が集まる場所なわけで、まわりには店が並んでる。


 剣と魔法のファンタジー世界だからか、町を歩いてる人種もいろいろだ。耳の長いエルフもいれば、背の低いドワーフもいる。獣耳をしてるのは獣人族だろう。


 うん、この辺は予想通り。


 問題はこれからどうするかだ。


 王様は気前よく、400アルシャ──銀貨が400枚入った革袋をくれた。


 自分が異世界から呼び出した人間をすっぱだかで放り出すのは、さすがに気が引けたんだろう。武器( ショートソード)も、防具(革のよろい)も取り上げられなかった。あとの持ち物はバックパックに入っている薬草と二食分のパンと干し肉。


 今のところ、これが僕の全財産だ。


 遠慮なくもらっとこう。もともと王様が自分の都合で僕たちを召喚したんだし、これで貸し借りなしってことで。あのバスの事故だって、乗客が死ぬほどの大事故じゃなかった。命を助けられたわけじゃないんだから、負い目を感じる必要なんかない。


 玉座の間から追い出された時、ほかの乗客からは、すっごいにらみ付けられた。あと、空気読めとか言われたけど。


 でも、何度考えなおしても僕の選択は間違ってないと思う。


 王様の依頼はすごく不穏な気配がするんだ。


 高校三年にしてブラックバイトを五回も経験した僕に言わせれば、だけど。


 まず、最初の所持金400アルシャ。これは多いか少ないか?


 仕事の中身から考えれば、少ないと思う。


 さっき、市場をぐるっと回って、食堂と宿屋の代金を調べた。


 計算すると、400アルシャは一般人が20日くらい暮らせる金額だった。


 王様の言うことを聞いて衣食住を保障してもらえるなら、十分な金額かと思うかもしれないけど、そもそもその衣食住がどのくらいのレベルで提供されるのかがわからない。


 送られるのは辺境の前線だ。部屋も食事も僕たちに合うかわからない。不満があったら、400アルシャを取り崩して自分で手配するしかない。


 おまけに転移魔法で辺境に送られるってことは、そこまでの道を覚えられないってことだ。


 魔法で移動させるくらいだから、辺境の前線まではかなり距離があるはず。


 この王都が普通に賑わってるのがその証拠だ。


 魔王の脅威がすぐ近くまで迫ってるなら、みんなのんきに買い物なんかしてるわけがない。


 つまり、前線に行った僕たちは、自力では帰ってこられない。


 前線から王都まで、どのくらいの距離があるのか。文明圏に戻る道があるのかだってわからない。チートスキルがあったって、物理的な「距離」まではどうしようもない。完全に野生化して生き延びるんでもなければ、だけど。


 つまり前線に送られてしまったが最後、僕たちは雇い主のルールに従うしかない。


 金が欲しければ魔物と戦え。


 食事がしたければ魔物と戦え。


 治療して欲しければ成果を上げろ。


 というか、元の世界に戻りたければ魔王を倒すまで戦い続けるしかない。


 本当に元の世界に戻れるかどうかなんて、わからないってのに。


 これって、かなりブラックな仕事だと思うんだけどなぁ……。


「……いやまぁ、考えすぎかもしれないけどさ」


 一番大きな問題は、僕のスキルが弱すぎること。


 スキルはこの世界に召喚された時に自動的に与えられたらしいんだけど、僕のスキルは戦闘には使えそうもないものばっかりだった。それに全体的にレベルが低すぎだ。なんだこれ。



 固有スキル『能力再構築スキル・ストラクチャーLV1』


 通常スキル『剣術LV2』『強打LV1』『掃除LV1』『分析LV1』『異世界会話LV5』



 特に固有スキルの『能力再構築』が、まったく意味不明だった。


 剣術や強打はわかる。掃除もわかる。分析もわかる。


 異世界会話は、リアルタイムでまわりの言葉を翻訳してくれてる。


 他のスキルはイメージするだけで効果がわかるのに『能力再構築』だけは、どんなスキルなのかわからないってどういうことだよ。これ、僕だけの固有スキルだよな?


「『能力再構築』──発動」


 スキルを発動すると、僕の前に小さなウィンドウが現れる。


 誰もこっちを気にしてない。ってことは、これは僕だけにしか見えてないんだろう。


 で、このウィンドウにスキルをセットする。


 これは頭の中で『セットする』ってイメージするだけでいいらしい。


 アイコンみたいなものが表示される。


 例えば『強打LV1』をセットすると。



『強打LV1』


『低レベルモンスター』に『強力なダメージ』を『与える』スキル



 って、文字が表示される。


 それだけ。


「……これでどうやって生き残れと」


 前線に行きたくなかった最大の理由はこれだ。


(1)スキルが使い物にならない役立たず。


(2)給料減らされる。


(3)最低限の生活を保障する代わりに弾(魔法)避けに使われる。


 ──って未来が見えた気がしたんだ。


 だったら、町で生き残る手段を探した方がましだよなぁ。選択肢は多いほうがいいし。


 持ち金は400アルシャ。とりあえず20日間は生き残れる。


 それまでに、なんとか生活する手段を考えよう。


 元の世界は……「戻れたらラッキー」ってくらいに考えとこう。


 別にそれほど執着ないし。


 これからの目的は『生き残ること』


 できれば『普通の幸せ』を手に入れること。


 そして最終目標は、働かないで生きていけるようになること、ってことで。


 ……元の世界で生きてたころとなにも変わらないような気がするけど。


「どうしたもんかな……」


『面白いスキルを見せてもらった。手を組まないか?』


 声がした。


 僕の頭の中で。







 誰だ──って聞いても答えるわけないか。


 異世界だ。頭の中に語りかけるスキルを持ってる奴がいてもおかしくない。


 まだ昼前だからか、広場は人であふれてる。


 店もたくさん出てる。果物を売る店。名物(自称)の肉包みパンっぽいものを売る店。薬草や傷薬を売る店。露店以外にも、武器や防具の店もあるし、なにか人の握り拳くらいある水晶玉を売ってる店もある。首輪と鍵のマークの看板が出てる店は──なんだろう。


 とにかく人が多すぎる。どこから話しかけてるのかわからない。


 ってことは『誰が』話してるのかを考えてもしょうがない。


『何を』話そうとしてるのか、そっちに集中しよう。


「……手を組む? 意味がわからない」


『こちらが提供できるのは情報だけだ。お前、「来訪者」だろう?』


「来訪者?」


『別の世界から来た人間のことだ。そういうものが召喚されていることは知っている』


「一応聞くけど……お前は誰だ?」


『実体はないよ。過去の残留思念。いわゆるゴーストのようなものだ』


 ゴーストか……剣と魔法の世界で幽霊って言われても全然恐くないなぁ。


 もう少し、話を聞いてみよう。


「そのゴーストが、僕になにを教えてくれる?」


『この世界のルールと、お前のスキルの使い方を』


「ゴーストがどうしてスキルの使い方なんか知ってるんだ?」


『長く生きている……いや、長く生きていたからだ。来訪者には、お前のような世界のルールをひっくり返すスキルを持つ者がときどき現れる。選ばれし者という奴だな』


「王様と言ってることが変わらないぞ」


『魔王と戦えとは言わないさ。私はもうすぐ消える。世界に影響を与えることができない残留思念だから、他人のスキルを垣間見ることもできるのさ』


 ゴーストは少し、間をおいてから言った。


『「契約コントラクト」しよう。私はお前にスキルの使い方を教える。お前はそのスキルを使って、ある少女を助けて欲しい』


「『契約』?」


『この世界は「契約」がすべてだ。広場の先にある、水晶玉を売っている店を見ろ』


 言われるままにそっちを見た。


 店先で、二人の男性がやりとりをしている。


 一人が革袋──ずっしりと重そう。金貨が入っているんだろう──を店の人間に渡し、代わりに水晶玉を受け取る。客はそれを自分の胸に押し当てた。


 水晶玉は、すぅ、と、客の胸に吸い込まれていく。


 男性はさっきまでとは段違いのスピードでどこかへ走り去っていった。


『あれは「スキル」を売る店だ』


「スキルを!? 能力を売り買いできるのか!?」


『本人の同意があればな。取り出すことでどんなスキルかを知ることができる。売れば、金に換えることもできる。隣を見ろ』


「首輪と鍵のマークの看板が出てるけど?」


『あれは、奴隷を売る店だ』


「──!?」


 ちょっと待った。人まで売ってるのか?


「……王様から逃げてよかった」


『なに?』


「戦って、使えなくなったら放り出されて、金を得るためにスキルを売って、最後には奴隷行き……って流れが見えたような気がした。そういうことも普通にやってるんだろ。この世界では」


『ああ。確かに。そういうこともあるだろうな』


 ゴーストは『契約』のルールについて話しはじめた。


『契約』とは、お互いが同意の上で約束を守るって誓いを交わすこと。


 それは物の交換だったり売買だったり、


 情報を与えるからこういうことをしてくれ、だったりする。


 この世界には契約の神様がいて、「契約」した者同士には拘束力が働く。


 約束を果たさないと頭が痛くなったり、眠れなくなったりするらしい。


 ……ってことは、王様が言ってた「魔王を倒せば元の世界に戻すと『契約する』」って言葉は……逆を言えば、一度『契約』したが最後「魔王を倒さない限り、たとえ手段を見つけたとしても、僕たちは元の世界に戻れない」ってことじゃないのか?


 怖いよ! 王様やっぱり真っ黒だよ!


 他の人たちは……まぁ、もともと理不尽に召喚されてるんだし、疑問を持つ人もいるだろ。


 なんとか『契約』を回避しててくれることを祈ろう……。


 僕は気を取り直して、奴隷商人の店を見た。


 煉瓦造りの壁の建物で、窓には格子がはまってる。中の様子はわからない。


「僕に救って欲しい少女っていうのは、あの店の中にいるのか?」


『そうだ』


「どんな子だよ」


『あの店の中で、一番美しい少女だ』


「具体的には?」


『褐色の肌を持つ、背の低い少女だ。名前はセシル=ファロット。彼女は人間に滅ぼされた魔族の最後の生き残りなのだ』


 声は言った。


『私は魔族すべての残留思念。集合体としての名前は「アシュタルテー」


 あの子が正しい主のものになるのを見届けたら消えるものだ。


 私たちの娘をもらってくれないか。「来訪者」よ』

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