第103話「えらい人と先輩が無茶ぶりしてきたので、礼儀正しく足下をすくってみた」

子爵家ししゃくけの長女、エデングル=ハイムリッヒの名において、再度問う。他の冒険者が大人しく『宿屋待機』しているというのに、こうして出歩いているとはいかなる了見か?」


 少女は腰に手を当て、僕たちを冷めた目で見つめている。


 身長は僕より少し低いくらい。


 水色の髪を、宝石のついたバレッタで留めている。着ているのは丈の短めのドレスだ。


「非を認め、床に手をついて謝罪するべきであろう。冒険者よ」


 静かに目を細めて、子爵家令嬢は言った。


 後ろにいる冒険者たちも、にやにやしながらうなずいてる。剣士っぽいガタイのいい人が「土下座」「土下座」って手を叩いてる。なんだそれは。


『宿屋待機』しなきゃいけないのは『魔物に占拠された砦攻略クエスト』の参加者だけじゃなかったっけ?


「あの方は子爵家令嬢のエデングルさま。後ろにいるのは……護衛役の『あかつきの猟犬』です。この町のギルドに所属している凄腕のパーティです」


 小声でホリアさんが教えてくれる。


 確か、今この町にいる第8王子を支援しているのが子爵家と伯爵家だっけ。


 目の前にいるのはその片割れ、ってことか。


「恐れながら申し上げます」


 この場の僕はイリスの護衛、そして、付き添いのホリアさんもいる。


 ここは丁重に行こう。


 セシルたちにはしばらく様子を見ているように合図して、僕は子爵家の令嬢エデングルと向かい合った。


「僕たちは高貴なる方の護衛をつとめているものであり、この町の冒険者ギルドには登録しておりません。また『宿屋待機』なるクエストも受注しておらず、子爵家ご令嬢に非難されるにはあたらないかと」


「だが、この者たちはお前を冒険者ギルドで見たと申している」


「この町についた直後、ギルドに立ち寄ったことがありいます」


 たぶん、その時に顔を覚えられたんだろうな。


 そのうち隠密ハイディング系のチートスキルを作っとこう。


「その際に勘違いされたのでしょうね。繰り返しますが、我々は『宿屋待機』なるクエストも受注しておりません。我々がここにいるのは、雇ってくださった方へ感謝の気持ちをこめて、施設の蒸し風呂を使わせていただこうと思っただけであり、非難には当たらないと考えます」


 言い終えてから頭の中で確認。


 うん。筋は通ってる。問題ないな。


「以上をもちまして、子爵家ご令嬢エデングル=ハイムリッヒさまへの回答といたします」


 僕は言い終えて、軽く一礼した。


 子爵家令嬢は無表情のまま、口を開いた。


「だが、他の冒険者たちは『宿屋待機』をしているのだが?」


「はい、そうですね」


「…………」


「…………」


 え? 終わり?


『宿屋待機をしているのだが』の続きは?


 実はこの町の冒険者全員に同じ指令が出ていたとか、緊急の宿屋招集クエストがあったとかじゃないの?


 子爵家令嬢エデングル=ハイムリッヒは、黙ってこっちを見てる。


 僕の回答を待ってるみたいだ。


「確認します。王家依頼の『砦攻略クエスト』を受注した冒険者には『宿屋待機』の指示が出ている。他に、この町にいる冒険者たちへ特別な指示は出ていない、ということでいいでしょうか」


「そのような指示が出ているなどと言った覚えはないが?」


「では、我々は『宿屋待機』の対象にはなりません」


「だが、他の冒険者たちは『宿屋待機』をしているのだが?」


 ループした。


 時空がゆがんだのかと思った。


 なんで子爵家令嬢エデングルは「なに言ってんだこいつ」って顔をしてるの? おかしいのこっち?


 もしかして「無関係でも空気読んで宿屋待機してろ」って言われてるの?


 冗談だろ……。


 でも、子爵家令嬢は冷え切った表情でにらんでいるし、『暁の猟犬』のパーティは、僕たちを指さしながら笑ってる。


「なにを考えているんだこいつら」「協調性がない冒険者は最低」、そして「土下座土下座」──って、さっきから同じこと言ってる奴は……もう「剣士(仮)」でいいや。


 この貴族も、まわりにいる冒険者も、話が通じそうにないのはよくわかった。


 急いで蒸し風呂に入る必要もないし、ここは穏やかに切り抜けて帰ることにしよう。


 ……元の世界でも、同じようなことがあったから。


 確か、バイトなのにサービス残業を強制された時だ。


 定時になったから帰ろうとしたら、上司に「他の社員は自主残業してるけど?」って言われたんだ。バイトをはじめてから連日そんな感じだったし、その日は試験前だった。さすがに限界だったのと、こっちに落ち度はなかったから、残業しない理由を論理的に説明したんだ。


 そしたら……ふたたび同じセリフが返ってきた。集団で囲まれそうになった。


 あのときはどうやって脱出したんだっけ。えっと……。


「かさねて申し上げます」


 僕は顔を上げて、言った。


「我々は『宿屋待機』の対象にはなりません」


「だが、他の冒険者たちは、おとなしく『宿屋待機』をしているのだが? 違うか?」


 子爵家令嬢エデングルが振り返って、『暁の猟犬』たちを見た。


「まったくエデングルさまのおっしゃる通り! こいつらはなにもわかってない。さっさとお詫びしろ!」


『暁の猟犬』の先頭にいる男──土下座大好きな「剣士(仮)」─が声を張り上げた。


「俺はエデングルさまを完全に支持する! 普通の冒険者なら、他の人間がおとなしく『宿屋待機』しているときに、出歩こうなんて思わないはずだ。まったく、少しは協調性ってやつを考えたらどうなんだよ!?」


 剣士(仮)は「ふふん」と鼻を鳴らして、吐き捨てた。


 よし、ちょうどいいタイミングだ。


「ならば『暁の猟犬』の方に問います。あなたは、クエストに登録せず、この町の冒険者ギルドに登録もしていない者であっても、無関係のクエストの条件に従うべきだとお考えということでいいですか?」


 僕はまっすぐ、剣士(仮)を指さした。


 男性が意外そうに、びくっ、と震えた。


 さあ、どう返す?


「わ、我々はエデングルさまに雇われている身。エデングルさまの意志に従うだけだ」


「ならば、雇われていない僕たちは、子爵家ご令嬢の意志に従う必要はないということですね」


「誰もそんなことは言ってないだろう!?」


 剣士っぽい男性は唾を飛ばして叫んだ。


「ただの護衛がえらそうな口を! 我々は保養地ミシュリラ随一のパーティ『暁の猟犬』だ! 言葉を返すなら、もっと実績を積んでからにしろ! 対等な口をきける立場か!?」


「それは冒険者としての言葉ですか? それとも、子爵家令嬢エデングルさまに雇われた者として?」


 素早く言葉を返す。


「冒険者としてなら、『暁の猟犬』のあなたはすべての冒険者はクエストを受注しているかどうかに関係なく、別のクエストのルールに従うことを要求している。子爵家に雇われた冒険者として話しているのなら、そもそも雇われていない僕たちには関係がない。どっちですか?」


「……お、おれは……」


 こういう時の相手の反応って、元の世界と変わらないな。


 向こうは「冒険者の先輩」じゃなくて「人生の先輩」だったけど。


「残業しろ!」「雇われているからには雇用主の意志に従え!」「契約外? 自分の仕事は終わった? 関係ない。俺は人生の先輩だぞ! 先輩の話を聞かない奴はろくなものにならない!」って続いたんだっけ。


 まさか、こっちの世界でも同じパターンを繰り返すとは思わなかったよ。


「……どうした? 『暁の猟犬』よ。なぜ答えない?」


 子爵家令嬢エデングルは、部下の反応にとまどってる。


 無表情だったのが、不安そうな顔になってる。


 他の『暁の猟犬』は、剣士っぽい男性を遠巻きにしてる。


 会話に勝手に入っていいのかどうか、迷ってるみたいだ。


「……私にはお前がなにを言ってるのかわからないのだが?」


 子爵家令嬢エデングルが、僕たちの方を指さした。


「他の者たちは、指示通りに……」


「ご忠告感謝いたします、子爵家ご令嬢エデングルさま。僕たちは初心者冒険者なので、至らないところがあったならばお詫び申し上げます。

 また、これ以上、貴族の方を冒険者同士のいざこざでわずらわせるのも心苦しいのです」


 僕は軽く頭を下げてから、礼儀正しく答えた。


「そんなわけで、僕たちとしては冒険者の先輩である『暁の猟犬』の剣士さまにご教示をうけたまわりたいと考えております。

 我々の行いが間違いであるのなら、二度とこのようなことがないようにしたいので」


「──う」


「それで『暁の猟犬』の剣士さま。あなたの意見は?」


「お、俺の意見だと……!?」


 無茶を言ってるのは子爵家令嬢と『暁の猟犬』の方だ。


 これくらいしても文句はないだろ。こっちはただ、普通に反論してるだけなんだから。


 剣士が口ごもってるのは、変なことを言うと雇い主の機嫌を損ねることになるからか。でも「冒険者は関係ないクエストのルールに従うべき」なんて言えないよな。こいつらだって、この町の冒険者ギルドに所属してるんだから。


 まわりには人が集まって来てる。


 こっちはあくまでも礼儀を守って、先輩に教えを乞ってる立場だ。問題ないよな。


「か、考え方はひとそれぞれだ。『暁の猟犬』はエデングルさまに従っている。それが冒険者としてのあり方であると俺たちは思っている。俺たちが思っているだけで、冒険者全体をどうこういってるわけじゃない。そ、それだけだ。それだけなんだ!」


『暁の猟犬』の剣士(仮)は、疲れたように肩を落とした。


「──!?」


 子爵家令嬢は、目を見開いて剣士(仮)を見た。


 それからこっちをにらんで、ふるふると震えだす。


「ほ、他の冒険者たちは……お、おとなしく『宿屋待機』を──」


 同じことしか言わないのかこの貴族は。


「冒険者としての在り方はそれぞれかと思います。僕たちは『宿屋待機』を条件とするクエストを望まなかった。それだけです」


 僕は軽く目を伏せて、子爵家令嬢の顔を見た。


「申し上げることは以上です。子爵家ご令嬢エデングル=ハイムリッヒさま」


 僕は言った。


 子爵家令嬢は水色の目を見開いて、びくん、と震えたようだった。


「…………あ、あ」


「では、僕たちはここでおいとまいたします」


 僕は言った。


 ここが引き際だ。帰ろう。


 こいつらを押しのけて蒸し風呂入っても、緊張するだけだから。


「エデングルさまの『宿屋待機』の理想を理解しない我々をお許しください。できうるなら『宿屋待機』の目的を教えていただき、それに沿えるように心がけたいところでしたが、残念です」


「……目的……は」


 こういう状況ははじめてなのか。


 子爵家令嬢の目が、うつろになってきてる。


「……失われし聖なる。冒険者に邪魔されないように……」


「お目にかかれて光栄でした。今回はご縁がなかったこと、残念です。子爵家と『暁の猟犬』のますますの発展とご健勝をお祈り申し上げております」


 かなりヤバイ理由みたいだったから、割り込んで言葉を断ち切る。


 そして僕たちはそろって歩き出す。


 相手が呆然としてる間に、さっさとこの場を離れよう。


 僕たちは距離を開けて、子爵家令嬢エデングルと『暁の猟犬』の横を(かなり離れて)通り抜け、出口に通じる階段を下りていく。この施設、蒸し風呂が半地下になってる関係上、受付が高いところにあるんだ。地上までは段差が数十段。出るまでに、一応対策をしとこう。




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:スキルを準備して。内容は──』




 僕はイリスに指示を送った。


 そういえば昨日の『意識共有・改』を解除するの、すっかり忘れてたよ。


「……ほっとしました。うまくかわしましたね、ソウマさん」


 ホリアさんが、はぁ、とため息をついて、僕を見た。


「前にも同じ経験をしたことがあるからね……」


 あのときは上司の取り巻きの社員に意見を聞いたんだけど。


 今みたいに言葉をにごしてくれたから、礼儀正しく「残業できない理由」を説明して帰った。さすがに期末試験の前日に、日付が変わるまで働けってのはあんまりだったから。


 ただ、あとでにらまれることになるから、仕事を辞めてもいいって思える時限定の技だけど。




「……つ、使えない奴めっ」

 



 振り返ると、僕たちを罵った剣士(仮)を、子爵令嬢エデングルが冷え切った目で見ていた。


 わざとらしいため息をついて、そいつから目を逸らす。


 次の瞬間、『暁の猟犬』の剣士(仮)が、僕の方を向いた。


「……よくも俺に恥を…………!」


 男のわめき声に、子爵家令嬢は、なにも命令しなかった。


 ため息と、肩をすくめただけ。


「せっかく貴族に認められたのに、俺のキャリアに傷をつけやがって!」


 剣士(仮)はわめき声を上げながら、僕の方に向かって来る。公共施設だからか長剣は持ってない。だけど、ベルトにダガーを挟んでる。奴が後ろに手を回す──


「お嬢様。お退がりください!」


 僕はイリスの手を握って、リタの方に押しやった。


 イリスがすべてわかってるみたいに頷く。唇だけが動く。「発動『幻想空間LV1』」──って。


 僕は『暁の猟犬』の剣士(仮)を見た。動いてるのは、あいつ一人。


 奴の足が階段にさしかかったと同時に、イリスのスキルが効果を現す。


 次の瞬間──階段が、ぶれた。


「……うぉあぁっ!!?」


『暁の猟犬』の足が、宙を踏んだ。大柄な身体が、階段の途中で転がり、そのまま落ちてくる。




『送信者:イリス


 受信者:おにちゃ


 本文:成功です。「幻想空間LV1」は、幻の階段を2秒だけ出現させました』





 作戦は『合図したら、イリスは「幻想空間LV1」を発動する。それだけ。


 実際の階段の上に、本物とは少しずれた、まぼろしの階段を重ねる』





 階段は、施設の受付の方にいる子爵家令嬢と『暁の猟犬』たちからは、死角になって見えない。他の人たちからは、僕たちの姿が邪魔になってる。ホリアさんには見えただろうけど、彼女は一瞬、目をこすっただけだった。


『幻想空間LV1』が作り出す幻は、本物そっくりに見えるけれど、人の身体を支える力はない。


 だから、剣士(仮)は宙を踏んで、そのまま転がってきた。怪我はしていない。受け身を取ってたのは、さすが凄腕パーティのメンバーだ。


「なんの真似ですか!? これが後輩の冒険者に対してすることですか!?」


 僕は剣士(仮)に向かって、叫んだ。


「……ち、違う。俺は。俺は────」


『暁の猟犬』の剣士(仮)は、階段の下に転がってる。


 当の子爵家令嬢エデングルは…………何事もなかったみたいに、蒸し風呂の受付をはじめてる。


「これから7日間、ここは子爵家の貸しきりとする。身を清めなければならぬのだ」


 転げ落ちた『暁の猟犬』の剣士のことなんか、頭から消えたみたいに。


 なんだかこいつに同情したくなってきた。


 床の上で剣士(仮)は、頭を振って起き上がろうとしてる。腰に提げた革袋が開いて、中身がこぼれ落ちてる。銀貨と、銅貨。それと……小さな地図が一枚。


 ここ保養地の、周辺地図。僕たちが作ったのとは比較にならないほど荒いもので──


 保養地のすぐ近く。岩山のあたりに、印がついていた。


「お前は『宿屋待機』をしていろ」


 階段の上から、他の『暁の猟犬』たちが、倒れた男を見下ろしていた。


「また、そちらのお嬢様には後ほど、騒がせたことをお詫びすると、エデングルさまはおっしゃっている。後に使いを送るので、それまで外出しないようにお願いしたい、と」


「行き違いは誰にでもあることでしょう」


 イリスは『暁の猟犬』の冒険者を見上げて、言った。


「子爵家令嬢エデングル=ハイムリッヒさまとお近づきになれただけで充分。イリ──わたしは、優秀な護衛が守ってくれたので、傷ひとつございません。お気になさらぬよう、エデングルさまにお伝えください」


「……ご丁寧に」


『暁の猟犬』の代表──若い女性だった──は、深々と頭を下げ、子爵家令嬢の元に戻った。


 僕もイリスも、名乗らなかった。


 だけどイリスの正体は……ばれるだろうな。この施設、予約しちゃってるし、ファンタジー世界には、個人情報保護という概念はないから。


「……行かないと。『宿屋待機』に……」


 うずくまっていた男が、頭を振って起き上がった。


 彼は落ちた硬貨と、地図を慌てて拾い集めてる。


「ご無事ですか?」


「…………あ、ああ」


「重要な使命の前でしょう。気をつけてくださいね」


「悪かった……俺は。舞い上がって……この地にはお前らの想像もつかないような……」


 そこで男は、はっとしたように言葉を切った。


 それから僕を見て、一言。


「初心者冒険者が、俺を心配するなんか10年早ぇんだよ。いいか。俺はちょっと立ちくらみを起こしただけだ。それだけなんだ。他でよけいなこと言うんじゃねぇぞ!」


「言いませんよ。興味ないですから」


「……ちっ!」


 舌打ちして『暁の猟犬』の剣士(仮)は、施設から出て行った。






「本当に申し訳ありませんでした」


 僕たちが施設を出て、しばらく歩いたところで、案内役のホリアさんが頭を下げた。


「父が皆様に『癒やしイベント』を約束したというのに、果たせなくてごめんなさい。よければ別の施設をご案内させてください」


「この『癒やしイベント』は、護衛のおにいちゃ──いえ、ソウマさまがくれたもの。イリスはその意志に従いましょう」


 イリスは僕の方を見た。


 セシルも、リタも、アイネもラフィリアも、僕の判断を待ってる。


「日を改めましょう、イリスさま。子爵家令嬢エデングルさまは後ほどお詫びにいらっしゃるとおっしゃいました。ご不在では、イルガファ領主家が失礼を働いたことになります」


 同時に『意識共有・改』でイリスにメッセージを送る。




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:イリスは別荘で待機してて。子爵家令嬢がちょっかいを出してくるかもしれない。素直に従ってるふりをした方がいい』




『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃ


 本文:おにいちゃも、ちず、みました?』




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:あの男が落としたやつだろ。見たよ。この町の近くに印がついてた。ラフィリアが教えてくれた『古代エルフ魔法陣』の、失われた魔力ポイントだ』




『送信者:イリス


 受信者:おにちゃ


 本文:あのひとたちも、せいじょの、なにか、さがしてるのでしょか?』




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:可能性はあるね。貴族が別の情報源を持っててもおかしくない』




 もしかしたら『宿屋待機』の目的のひとつは、冒険者たちを町から出さないことなのかもしれない。


『暁の猟犬』が持っていたあの地図も気になる。


 僕たちが蒸し風呂を使おうとしたのは、ただの『癒やしイベント』だったけど、万一『魔力ポイント』に『聖女デリリラの神殿』があったときのために、身体を清めるって目的もあったんだ。奴らが同じような目的で動いてるとしたら……。


 ……運命だとしても嫌すぎる。


「……ホリアさま、これからお時間はありますか?」


 不意にイリスが、ホリアさんの方を見た。


 ホリアさんは穏やかな笑みを浮かべて、


「は、はい。ございます。みなさんのお風呂が終わるまでお付き合いするつもりでしたから」


「それならホリアさま、イリスと一緒にお茶など、どうでしょうか。商人ギルドや、おつきあいされている冒険者についてお話を聞かせて下さい」」




『送信者:イリス


 受信者:ナギ


 本文:イリスはホリアさまから、この町の冒険者の情報を引き出しましょう。商人ならば護衛を頼むこともあるでしょう。「宿屋待機」している人たちの話も聞けるかもしれません』




 メッセージを送ってきたイリスに、僕はうなずき返す。


 それに、イリスはしばらく、家から出ない方がいい。僕たちがなにに気づいたのか、奴らに悟られないためにも。


「リタ、ラフィリア。イリスさまを別荘にお送りするように」


「わかったわ」「了解なのですマスター!」


 リタとラフィリアを護衛に、イリスとホリアさんは別荘に向かった。


「さて、と。僕たちは買い物をして帰ろう」


 僕の方はセシル、アイネを連れて、大通りへ。


「なにを買われるんですか? ナギさま」


「身を清める薬草」


 短い返事を、僕は返した。


 探索に行くなら、身を清める必要があるけど、それなら家の風呂でもなんとかなる。ここは略式で、薬草だけはちゃんとしておこう。


「……なぁくんはやっぱり魔法陣の『魔力ポイント』になにかあると考えてるの?」


「まぁね。元の世界でも、マップの欠けた部分には秘密がある、ってお約束だったから」


「ナギさまはやっぱり、油断のならない世界から来られたんですね……」


 ゲームの話だけどね。


「それに『魔力ポイント』は魔力を集めやすい場所ってことだろ? 同じポイントに『霧の谷』『天竜封印の地』があったのに、最後のひとつだけなにもないってのは不自然だ。なにもなかったとしても──」


 僕は右腕を撫でた。


 服の袖で隠れてるけど、そこには銀色の腕輪がある。


「『天竜シロ』に魔力ごはんをあげられるだろ?」


「は、はいっ」


「魔力はシロちゃんにとって、ミルクみたいなものだもんね」


 セシルは手を叩いて、アイネはなぜか胸を押さえてる。


 シロも僕たちのパーティメンバーだから、魔力を大量補給できるなら、しておきたい。


 なにもなければ僕たちの勘違いだ。魔力だけ補給してさっさと帰ってくればいい。


 子爵家ご令嬢さまは──7日間、たっぷり身を清めるって言ってたから。


 気づかれないように、奴らが、動き出す前に。


 こっちの用事をさっさと終わらせよう。

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