第104話「シロにごはんをあげに行ったら、隠された場所で大歓迎された」

 市場で『きよめのやくそう』を買ったあと、僕たちは別荘に戻った。




『きよめのやくそう』


 やわらかい枝に薬草の葉っぱがついたもの。


 皮膚につくタイプの毒を浮かせて、洗い流すことができる。


 重要な儀式の前に、身を清めるのによく使われる。




 その後、僕は部屋で、これからのことを考えていた。


 明日は朝から『魔力ポイント』の探索に行く予定だ。


 目的は『天竜の残留魔力』の回収。


『魔力ポイント』には周囲の魔力が集まりやすいから、この前飛び散った『天竜の残留魔力』もある程度、集まってる可能性がある。


 この地方にいるうちに、できるだけ回収しておきたい。


 第二の目的は『聖女の遺跡』の発見。だけど、これはついでだから──




 こん、ここん




 そんなことを考えていたら、ノックの音がした。


「……ナギさま。セシルです。入ってもよろしいですか」


「いいよ。どうぞ」


「失礼します」


 ドアがそっと開いて、緊張した顔のセシルが入ってきた。


「明日のクエストのことなんですけど、ナギさまは、パーティを2つに分けるおつもりなんですよね?」


「うん。探索たんさく組と、居残り組に」


 探索組は『魔力ポイント』で魔力の回収。


 居残り組は、子爵家令嬢ししゃくけれいじょうがちょっかい出してきたときの対応をする予定だ。


「そのことでお願いがあるんです」


「お願い?」


「はい、ナギさま。どうかわたしを探索組に入れてください!」


 セシルは、僕に向かって深々と頭を下げた。


「いいよ」


「そんなあっさり!?」


「もともと、セシルかラフィリアを連れて行こうと思ってたから」


 探索組で確定してるのは、僕と、セシルかラフィリア。


 居残り組はイリスがリーダーだ。


 こっちは来客対応をするため。それにイリスなら、僕たちが「いる」ように偽装ぎそうできるし。


「もともとは『古代エルフと魔族の魔法陣』がきっかけだから、セシルかラフィリアのどちらかを連れてくって決めてたんだ。セシルが行きたいなら、それでいいよ」


 ラフィリアは「あたしの正体がわかった今は、細かいことはいいですよぅ」って言ってたから。


「ありがとうございます。ナギさま」


「でも、珍しいな。セシルが自分からクエストに行きたいって言い出すのは」


「……それは」


 セシルは、照れたように両手でほっぺたを押さえた。


「最近わたしは、魔族のことを、ちゃんと子孫に伝えたい……って思うようになったんです」


「子孫に?」


「はい。魔族の情報って、残ってるものが少ないですから」


「……確かに」


 魔族は今まで、歴史の表舞台に立つことがほどんどなかった。


 隠れ住む種族だったからか、詳しい記録も残っていない。


 これまで見つけた『魔族に関わるもの』は、クエストの途中で偶然見つけたものばかりだ。


「『霧の谷』にも、魔族と古代エルフが関わっていました。だから、今回の『魔力ポイント』にも、なにか魔族の情報があるのかもしれないって思ったんです」


「わかった」


 僕はうなずいた。


「そういうことなら、セシルにもクエストに参加してもらうよ」


「は、はいっ。ありがとうございます」


 セシルは銀色の髪を揺らして、笑った。


「わたし、お役に立てるようにがんばります。子孫に『魔族の記録を見つけるために、ご主人様と一緒にがんばりました』って、自慢できるように」


 未来のことを語るセシルは、やるきまんまんだった。


 目を輝かせて、拳を握りしめてる。


「そうだね。僕も協力するから」


「はい! ありがとうございます。ナギさまが協力してくれれば百人力です!」


「それほどたいしたことはできないけど」


「そ、そんなことないです。ナギさまがいなければ、わたしが『子孫に魔族の記録を伝えること』なんか、絶対にできないですから!」


「……そうなの?」


「なにをおっしゃってるんですか!? そんなの、当たり前ですっ!」


 ……そうなの?


「わかった。明日は僕とセシル、リタの3人でクエストに行く。イリスとアイネ、ラフィリアには別荘で、なにか起きたときのために待機してもらう。それでいこう」


 イリスとはまだ『意識共有・改』で繋がってる。


 お互いの状況は共有できるし、なにかあっても対処できるはずだ。


「それじゃ、念のため身を清めておくか」


 僕は席を立った。


『きよめのやくそう』は買ってある。


 メインの目的は『天竜の残留魔力の回収』だけど、他の遺跡に出会ったときのために。


「セシルは、この世界の清めの儀式について知ってる?」


「はい。わかります」


「じゃあ、それを教えてくれないかな」


「は、は、ひゃいっ!」


 セシルは真っ赤な顔で、僕の服の裾をつまんだ。


「そ、それでは、おそれながら……わたしが『きよめのぎしき』をお教えします。どうぞ……こちらにいらしてください、ナギさま」









− 同時刻、子爵家令嬢の屋敷にて エデングル=ハイムリッヒ −





 ここは、子爵家が所有する屋敷の応接間。


 大きなソファに座った子爵家令嬢ししゃくけれいじょう、エデングル=ハイムリッヒは、食後のお茶を楽しんでいた。


 彼女の隣には、黒いフードをかぶった少年が立っている。


 黒髪で、暗い目をした、背の高い少年だった。


「そもそも、冒険者などを自由にさせておくのが間違いなのです」


 彼は黒い板──タブレットをいじりながら、不快そうに言った。


「あいつらは動物と同じです。王や貴族が管理するべき、というのがわれわれ『白きギルドホワイトギルド』の意見です。それに同意してくださったことを感謝します。エデングル=ハイムリッヒさま」


「お前とは目的が一致しているだけなのだけど?」


 自宅用のドレスに身を包んだエデングルは、吐き捨てるように言った。


「冒険者などに、私の探索を邪魔されたら嫌なだけ」


「わかっております。そのための『宿屋待機』ですから」


「でも、お前が言った言葉……『人は期待値で動く』だったか。あれがよくわからないんだけど?」


「よいものが手に入るかもしれない、という期待だけで、人は動くということですよ」


「もう少しわかりやすく」


「……王家の正規兵になれるというのは、客引きにはぴったりです。王家の直属ですからね。給与も、待遇も冒険者とは違います。その地位が得られるとなれば、冒険者たちも多少の犠牲は払う、ということですよ」


 黒いフードの少年は、くくく、と喉を鳴らした。


「もっとも、こちらは『正規兵になれるかもしれない』としか言っていませんがね?

 クエスト開始前に最終選考を行います。大半のものは『ご縁がなかった』として切り捨てます。実際には働いていないのですから、『宿屋待機』の費用など払う必要はありません」


「宿代がなくなった冒険者にお金を貸すように言ってたけど。あれは?」


「ギルドを通して出資されたのでしょう?」


「そうだけど?」


「借金をした冒険者に『利子として格安でクエストを受けること』という『契約』をさせるおつもりなのですよね?」


「くどい」


「これは失礼」


 フードの少年は、芝居がかった動作で頭を下げた。


「確認しておきたかったのですよ。

 今回の目的のひとつめは、隠された遺跡の調査を行うまでの間に、冒険者を『自宅待機』させて、邪魔できないようにすること。ふたつめに、『宿屋待機』を長引かせることで、彼らに借金を負わせること」


 タブレットで口元を隠して、フードの少年はうっすらと笑った。


「採用した冒険者に報酬は支払いますが……借金の利子まで払う必要はありませんからね。うまく利用すれば、彼らをエデングルさまの目的のために使うこともできるでしょう」


「有効な手だということはわかる。タケノウチ=ヨージ」


「今の私はフェンリル=ラグナです」


 少年は心外そうに言い返した。


 黒いローブの裾をひるがえし、手の中にある黒いタブレットを指先でなぞる。


「ともかく『白きギルド』はエデングル=ハイムリッヒさまがクラヴィス王子の正妃となることをご支援いたします。そういう約束でありますから」


「今回の計画に我々は多額の出資をしている。元は取れるのだろうな?」


「この近くに『聖女デリリラ』の遺跡があるという記録がみつかりましたからね。彼女の遺産を手に入れれば、元はすぐにとれますよ」


「そのために他の冒険者を足止めしているのだけど」


 不意にエデングル=ハイムリッヒの脳裏のうりに、施設で出会った冒険者の顔が浮かんだ。


 なんだかよくわからないことを言っていた、生意気そうな少年。


 なにを言ったのかはよく覚えていない。


 ただ、自分の言葉にそのまま従わなかったことだけは確かだ。


 あそこは『申し訳ありません。宿屋待機します』だろうに。


 ああいう協調性のない奴らがいるのだ。冒険者は油断ができない。


「他の冒険者が、遺跡を見つけてしまう可能性は?」


「資料には『聖女の神殿は結界によって隠されている』とありました。並の冒険者には見つけられませんよ」


 少年は、見た目には似つかわしくない太い声で、笑った。


「宝物は早いもの勝ちだから?」


「そうです。そして、今はほとんどの冒険者が『管理』されています」


 フェンリルと名乗った少年は、席を立った。


「すべてのものは管理されなければいけないのです。身を捨てて人々を救い続けた、聖女デリリラのようにね。それが、わがギルドのモットーです」









ー翌日。保養地の西方にある岩山 (ナギ視点)ー




 夜明け前に町を出て、もうすぐお昼。


 襲ってきた魔物を倒した僕たちは、早めのお昼ご飯を取ることにした。


 ここは、保養地の西方にある岩山。そのふもと。


 地図で確認すると……このあたりが古代エルフと魔族の『魔力ポイント』で間違いない。


「セシル。『魔力探知』で確認して。『天竜の腕輪』は魔力をちゃんと吸収してる?」


 僕は右腕につけた『腕輪』をなでてから、言った。


「だいじょうぶです。シロさんの卵は、ちゃんとまわりの魔力を吸い込んでます」


「さわるとあったかいし、少し震えてるからね」


「シロさんにとっては水浴びをしてるみたいなものだと思います」


「そっか」


「うぅ……わぅわぅ……うー」


 僕たちの隣で、うなり声がした。


 サンドイッチを片手にリタがふるえてた。顔は真っ赤で、耳がぱたぱた揺れてた。


「リタ、疲れた?」


「そ、そんなわけないもん! そ、そうじゃなくてっ」


 リタがサンドイッチと水筒を握りしめて、声をあげた。


「わたしが、どきどきしてるだけ……だもん。昨日の、清めの儀式のせいで……」


 リタは僕を見ながら、ほっぺたをふくらませた。


「私、ナギとセシルちゃんのふたりがかりで、たっぷり清められたもん……」


 あー、あれか。


 3人でここに来ることになったから『きよめのやくそう』でお互いを清めたんだっけ。


 みんなにも協力してもらって、即席の『清めの部屋』を作ったんだ。


「ふたりがかりになったのは、リタが暴れたからじゃないかな?」


「うぅー」


 リタは涙目で、こっちを見た。


 このへんの話は、長くなりそうだから……。


「わかった。戻ったらちゃんと細かいところまで思い出して、話をしよう」


「ちゃ、ちゃんと」


「ちゃんと話を聞くから、今はクエスト優先ってことで」


「うー」


 リタは耳をぱたぱたさせてから、僕に顔を近づけてくる。


「なでなで、して」


「うん?」


「なでなでして、ご主人様のにおいをくれたら、がまんする」


「いいの?」


「いいもん。今回のクエストは、シロちゃんに魔力をあげるためのものだもん。わたしだって、シロちゃんの『おかーさん』なんだからねっ。わたしの、さ、さいしょのこどものまえで、わがままなんかいえないもんっ!」


「リタ」


「なによぅ。ご主人様」


「ありがと」


「う、う、うっさい。もう、早くなでなでしなさいっ!」


 はいはい。


 なでなで。なでなで。


「ふ、ふわぁあ……わぅん」


 金色の髪と、獣耳のうしろのあたりを軽くなでると、リタの目がとろん、となった。


 リタは気持ちよさそうなため息をついて、僕の肩に、ことん、と、頭を押しつけてくる。


 食べかけのサンドイッチを落としそうだったから、あわててキャッチ。


 それを口元に持って行くと──




 さくん




 リタは、まるでちっちゃな動物みたいに、かじって、こくん、と飲み込む。


 ……一緒にいると、だんだん獣っぽくなっていくみたいだ。


 とりあえず喉に詰まらせないように、水筒を口元に近づけて。


 リタの真っ白なあごを持ち上げて、栓をはずした水筒をかたむけて──




 こく、こくこく




「リタ、こぼれてる」


「んー」


 飲みきれなかった水が、リタの唇から顎のほうに伝ってる。


 僕がそれを指先でぬぐうと──





ぱくん


ぴちゃん、ちゅぷ、ちゅむ。




リタは僕の指を口にふくんで、ていねいに水をなめ取った。


「リタさん、気持ちよさそうですね」


 セシルはひだまりみたいな笑顔で、動物っぽいリタをながめてる。


「わたし、こんなふうにナギさまやリタさまと暮らすのが夢です」


「もうちょっと人っぽい状態の方がいいと思うけど」


「……はっ!」


 あ、正気に戻った。


 リタは左右を見回して、自分がなにをしてたのかに気づいて、真っ赤になった。


「わ、わわ、わぅ────っ!」


「わっ。だめですリタさん。大声を出したら」


 セシルがリタの唇を、人差し指で押さえた。


「岩山の上の方には、強い魔物がいるって、ナギさまがおっしゃってました」


「────っ?」


 こくこくこくこく


 ぶんぶんぶんぶん


 うなずいて首を振って、セシルとリタがジェスチャーで会話する。


 岩山の上の方に強い魔物がいる、っていうのは、前にギルドで聞いた話だ。


 めったにふもとに降りてくることはないから、刺激しなければどうってことはないらしいけど、注意はしておいた方がいい。


「わ、私……おかしいよぅ。最近、ナギに触れられると、すぐに……ぽーっとなっちゃう」


「それがふつうです」


「大丈夫。どんなリタでも受け入れるから」


「セシルちゃんもナギも……もーっ……って、あれ?」


 リタが不意に、岩山の一角で視線を止めた。


「ナギー。あそこに結界があるわ」


 岩がむきだしの山肌の途中、大きな岩があるあたり。


 その向こうを、リタが指さしてる。


「『結界破壊エリアブレイカーLV1』を起動してみたの。そしたら、あそこだけ青白く光ってる」


『結界破壊』は、前にリタと作った、魔法なんかで作られた特殊なエリアを壊すスキルだ。


 使うと、結界のある場所そのものを見抜くことができる。


「たぶん、偽装結界ぎそうけっかいね。リアルに見えるけど、あの岩肌は幻影よ」


「イリスの『幻想空間』と同じタイプか」


 たぶん、それよりもっと強い。


 近づいてみても、岩の斜面にしか見えない。触っても、岩の感触のままだ。


「……調べてみるか」


 シロが魔力で『おなかいっぱい』になるまでにはまだ時間があるからね。


「セシル、通常版の『火精召喚サモニングエレメンタル』でサラマンダーを呼び出して。この岩壁の向こうに行けるかどうか、実験してみよう」


「わかりました。『異界より来たりて我が意に従え──』、『火精召喚』!」


 召喚に応じて、目の前に炎に包まれた火トカゲが現れた。


 セシルが岩壁を指さすと、サラマンダーは迷わずそちらに突進して──消えた。


「反応は?」


「サラマンダーはそのまま存在しています。岩の中……じゃないですね。奥に洞窟があるみたいです。リタさんの言うとおり、この岩壁は幻影です。それも、かなり高レベルの」


「トラップはなにかある?」


「ないです。魔物もいないです。どうしますか、ナギさま」


 セシルが目を輝かせて、僕を見た。


 すっごい調べたそうだ。


 魔族と古代エルフに関わるものだからな。興味あるのはわかるよな。


「お宝があるかもしれないし、ちょっとだけ調べてみよう。危なそうなら戻ってくる、ってことで。リタもいい?」


「もちろん。ご主人様とセシルちゃんだけ探索、なんて許さないんだからね!」


 そんなわけで、僕たちは岩壁の向こうを調べて見ることにした。




 幻影の岩壁は、見た目も、感触も本物そのままだったけど──


 手を触れて、力を入れて押すと、通り抜けることができた。


 その向こうには、壁がかすかに発光する洞窟が広がっていて──




『おめでとう! よく見つけたね! 聖女デリリラの迷宮にようこそ!』




 声がした。




『すごいよ! ついに冒険者がここを見つけてくれたよ! さあ、こっちにおいで。迷宮の奥で私と握手!』




 ……はい?




『ついに、ついに! この迷宮にひとが遊びに来てくれたー! 生前できなかったことが、やっとできるよ。ねぇ、遊ぼう。デリリラとあそんでー。ねぇ、あそんでー!!』

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