第105話「さびしんぼの聖女さま(仮)と、約束されし攻略」
聖女デリリラ?
この近くに住んでいたという、伝説の聖女さまか。
そして、周囲には古代エルフの魔法陣──魔力を集める『魔力ポイント』がある。
ってことは──
「つまり
そして僕たちに奥に進むようにお願いしている。つまりここを攻略して欲しい。それが遊びで……ゴールには神殿があるの?」
『…………デリリラさんの言うことがなくなったよ……』
「…………なんかごめん」
『いや、賢い人は大好きだよ。もしかしたら、デリリラさんの友だちの同類がいるのかもしれないね。■■■■■、■■■■■■■、■』
聖女デリリラ(自称)の声に、知らない言葉が混ざった。
「……『デリリラ』『いいもの』『あげる』…『おいで』です」
セシルがつま先立ちになって、僕の耳元にささやいた。
「古代語?」
「はい。発音はあやふやで、片言ですけど」
「ということは聖女さまの正体は魔族……いや、それはないか」
アイネの話によると、聖女さまの仲間にはダークエルフがいたらしい。
それが魔族で、その人から聖女さまは古代語を習った、って考えた方がいいか。
「あのー、聖女さま。よく聞き取れなかったんだけど、なに?」
でも、ここはとぼけておこう。
『……デリリラさんのところまで来たらいいものをあげよう』
洞窟の中に、残念そうな声がひびいた。
相変わらず声だけで、姿は見えない。
「いいものってなんですか?」
『それを言っちゃったら面白くないだろう!?』
そりゃそうだ。
『この迷宮のできばえから想像してごらんよ。ふふふふっ!』
聖女さまは自慢そうだ。
僕たちのまわりで、洞窟の壁はほのかに光ってる。
幅は数メートル、高さは僕たちの身長の倍くらい。壁の光の他に、セシルの『
「リタ。この先に魔物の気配は?」
「ちょっと待ってね?」
リタが獣耳の横に手を立てて、目を閉じた。
「…………近くにはいないわ。少なくとも、気配は感じない」
「セシルも『魔力探知』をお願い。地上と迷宮の奥、魔力の反応はどっちが強い?」
「迷宮の奥の方です」
セシルは細長い耳をぴくん、とふるわせて、言った。
「『魔力ポイント』はこの迷宮の中心にあるみたいです」
「聖女さまは『魔力ポイント』の魔力を使って、この迷宮を維持してるって感じかな」
「はい。この迷宮を隠したり、いろいろな現象を生み出すのに使っているんだと思います」
セシルは僕の手に指をからめて、うなずいた。
『天竜の魔力の一部』は、迷宮の奥にありそうだ。
めんどくさいなぁ。
「セシル、リタ。悪いけど付き合ってくれる?」
「そこは私が逆にお願いするところだと思いますよ!? ナギさま!」
セシルは、びっくりした顔でこっちを見てた。
「わたし……魔族を知っているひとなら、会ってみたいです。
だから……これが終わったらなんでもしますから……奴隷の身でご主人様にお願いするのは心苦しいですけど……どうか一緒に行ってください…………って、わたしが言うべきところなのに……」
「いや、だって単純に僕も興味があるし」
セシルの「なんでもしますから」って言葉は、ちゃんともらっておくけど。
リタは──
「今回のクエストの目的は『天竜の残留魔力』回収だもん。必要なことはするもん。私はシロちゃんのおかーさんなんだからねっ」
リタならそう言うと思った。
というわけで、
「いいよ。遊ぼう。聖女さん」
『ほんとー!?』
すっごい嬉しそうだった。
敵意は感じない。
逆に向こうが、僕たちの様子をおそるおそるうかがってるような感じがする。
『送信者:ナギ
受信者:イリス
本文:聖女デリリラの遺跡らしきものを発見。今はその中にいる。通信が通じるかどうか、受信確認をお願い』
『送信者:イリス
受信者:おにいちゃーん
本文:受信確認いたしました。こちらもご報告がございます。落ち着いたらご連絡を』
イリスにメッセージを送ったら、すぐに返事が返ってきた。
『意識共有・改』は通じてる。なにかあっても、救助は呼べる。
セシルがいる。リタがいる。レギィもつきあってくれてる。そして『
これなら、なんとかなるかな。
「いいでしょう。伝説の聖女よ」
口調を改めて、僕は言った。
「あなたが生前の願いを叶えるために作った迷宮。僕たちが攻略してみせます」
『おおー。ぱちぱちぱちぱち』
適当な拍手が返ってきた。
『いいね。ここに気づいたのも、こんなに楽しそうに冒険するひとたちもはじめてだよ。デリリラさんの遊び相手として、期待が持てるね』
「こっちは初心者冒険者だけどね」
『気にしないよ、こほん』
声だけで、聖女さまがせきばらいする気配がした。
姿は相変わらず見えないけど、たぶん、迷宮の一番奥にいるんだろうな。
『「ゆうかんなるものよ。せいじょのひほうがほしければ、さいおくをめざすがいい!」』
棒読みの号令だった。
そして、鈴の音がして、ゲームスタート。
僕たちは『聖女デリリラ』の迷宮を攻略することになったのだった。
『おおっと、デリリラさんってば、うっかり最初から難易度高いものを設定しちゃったよ! まいったなぁ!』
僕たちの目の前にあるのは、背の高い鉄の扉だった。
表面には魔法陣が描いてある。
聖女さまのオリジナルなのか、セシルにも意味は読み取れない。
『これは「信頼の扉」だね。ひとりでは開くことができない。複数の人間が心をひとつにしなければ開けない扉さ。ねーねー? 聖女っぽいよね? どう? すごい?』
「すごいすごい」
『ふふっ。余裕ぶっていられるのも今だけだよ。こういう扉を前にしてパーティがケンカするのも、信頼関係が崩れるのも、デリリラさんは何度も見てきた』
聖女さまのため息が聞こえた。
『ひとの心なんかわからないものさ。お互いの本心を知りたくなければ引き返して──』
「それじゃ、セシル、リタ。ここで合体しよう」
「あ……え……は、はい。ナギさま……」「ふぇぇえええっ!?」
セシルは真っ赤になって、リタは獣耳をぴくぴくさせてのけぞって──
それでも、素直に身体を寄せてきてくれたから、僕はふたりの胸に手を当てた。
そして『能力再構築LV4』を発動。魔力を送り込んでいく。
「……んっ」「……あ、はぅ。おそとなのに……」
『…………あれ? ひとり? 他のふたりはどこへ行ったの?』
『能力再構築LV4』で、僕はふたりに『魔力の糸』を繋ぐ。魔力で、おたがいをゆっくりとかき混ぜていく。
『え? 1人? いや、2人? 3人? 君たち何人いるの? ねぇ!?』
「「「さー?」」」
よいしょ。
僕たちは魔力と、呼吸をひとつにして、扉を押した。
ぎぎ
開いた。
『え? え? ええええっ?』
洞窟内に聖女さまの声が響く。
向こうは、僕たちを魔力で識別してるみたいだ。
『おかしいよ! どうしてこんなにあっさりクリアするの!? 聖女さまのパーティだって、この手のイベントはクリアできなかったんだよ!』
「愛です」「う……うん。そうだもん」
『…………なんだよそれー。ずるっこだー』
不満そうな声を聞きながら、僕たちは扉の隙間を通り抜けた。
『次は迷路だよ。デリリラさんががんばって作った自信作だ! どれくらいの時間で突破できるかな!?』
扉を抜けると、そこはダンジョンのような場所だった。
「……ふしぎなところですね」
セシルの言うとおりだ。
地面はなめらかな石。壁は石やレンガ、木でできていて、複雑な迷路を作ってる。
壁は天井にくっついてるから、乗り越えることはできない。元の世界にあった巨大迷路に似てるけど、これはかなりレベルが高そうだ。
『デリリラさんの自信作だよ。食料が尽きる前に、出口を見つけられるかな?』
声だけの聖女さまは、ふふん、と荒い息を吐いてる。
『さあ、冒険者よ。汝の持てる
「持てる能力と知恵をふるって……か」
ダンジョン攻略は嫌いじゃないし、マッピングも好きだけど、時間はかけたくないなぁ。
「ナギ、ここは魔物の気配がするわ」
「まともに攻略したら、時間がかかりそうだな」
ゴールが『魔力ポイント』なら、魔力が強い方に向かえばいい。
だいたいの方向はセシルがわかるし、『
問題はそこまでどうやって行くか、だけど。
聖女さまがせっかく『
「発動。『
どごん
レンガの壁に穴が空いた。
『────ちょ!?』
聖女さまの悲鳴がひびいた。
穴の向こうでは、レンガの直撃を受けた大トカゲが倒れてた。
『ケイブリザード
洞窟に住む大トカゲ。
暗闇でも見える特殊な器官を持ち、迷い込んで来た動物や人間を襲う。
肉がしまっていて、タレをつけて焼くとおいしい』
「えい」
僕は魔剣レギィを振った。
さくん。
ケイブリザードをたおした!
壁の向こうは直線の通路だ。まっすぐ、ゴール(仮)の方向に続いてる。
……かなりショートカットできたな。
『いんちきだ! 最低でも十数時間かかるように作ったのに! もっと苦労してよ!』
「苦労はこれからすると思うよ。聖女さま」
聖女さまの自作迷路だからか、壁はダンジョンよりもかなり薄い。だから壊せた。
けど、僕とリタの『建築物強打LV1』は、レンガと木の壁しか壊せない。
ここには石の壁、大理石っぽい壁もある。ショートカットできる場所はどうしても限られる。
「多少のチートはできるけど、脱出までには結構時間がかかるんじゃないかな」
『え? そう。ならいいけどねー!』
聖女さまは安心したみたいだ。
『ふっふーん! 高レベルの魔物も配置してあるからね! 死なない程度にがんばりなよ!』
ネタバレありがとう。そっちは避けます。
しばらくは石の壁が続くから、次にレンガか木の壁が現れたら壊して──
「あのね、ナギ……私のご主人様」
リタが尻尾をぴこぴこさせて、僕の顔を見上げてた。
後ろにはレンガの壁の残骸。
リタも自分の『建築物強打LV1』で壁が壊せるか試したらしい。
「『建築物強打』のレベルが上がったの。ほめて!」
「本当に!? すごいな」
僕はリタの獣耳をなでた。
そういえば温泉街で『偽魔族』と戦ったとき、リタは『建築物強打』を連発してたっけ。
それにプラスして、今ので経験値が溜まったってことか。ステータスは──
『リタ=メルフェウス』
「建築物強打LV2」
殴ったり切りつけたりすることで、建築物にダメージを与えることができる。
破壊特性「木の壁」「レンガの壁」──「石壁 (NEW!)」
固い物質ほど、壊すときに魔力 (あるいは神聖力)を消費するので注意』
「……ごめん。聖女さん。この迷路、余裕かもしれない……」
『なんだよそれええええええええええっ!』
僕とリタであと一回ずつ壁を殴ったらゴールできました。
『お、お、お次は水路だよ? おっと、水中にデリリラさんが作った魔法生物がいるから、気を付けてねー』
迷路の先には、長さ20メートルくらいのプールがあった。
プールサイドはない。左右は壁だ。中には、怪しい魔法生物がいるらしい。
「レギィ、念のためスキルで干渉してみて」
『了解じゃ。発動「
『水中にいるのは、このデリリラさんが患者を止血するのに使っていた魔法物質で、それに擬似的な生命を与えたもの。休眠状態にすれば何年でも──って、話聞いてる!?』
『わかったぞ主さま。水中におるのはスライムの亜種じゃ。操ることは難しいが、しばらく動きを押さえることならできる』
「そっか。それなら、合図をしたらお願い」
僕は魔剣レギィを掲げた。
「それとリタ。向こう岸まで走れる?」
「よゆーだもん!」
リタは疲れた様子もなく、むん、と胸を張った。
「こないだ海で身につけた技『水上歩行』を使えば簡単よ」
「それじゃ頼む。その間、レギィは魔法生物──『ぬとぬと (仮称)』を抑えて」
『承知じゃ!』
そんなわけで作戦開始。
『神聖力』を足に集中したリタが、水面に立った。
「いくわよーっ。でりゃあああああああっ!」
ぴたぴたぴたぴたぴたっ!
リタはそのまま、高速でダッシュ。プールの中央まで行ったところで、Uターンして戻って来る。
『ぬぬぬ! 主さま! 水中の魔物が暴れておる! もたぬぞ!』
「いいよ。こっちも準備できた」
リタがこっち側に戻って来たところで、僕はレギィに指示を出す。
『「粘液生物支配LV1」を停止する。来るぞ、主さま!』
ぞぞぞぞぞぞぞっ!
水面が泡立った。
今まで押さえ込まれてた反動か、紫色の軟体生物が勢いよく飛び出してくる。
殻のないカタツムリみたいなかたちで、むちゃくちゃ大量の触角が生えてる。
というか、触手みたいだ。
『ふふふー。これがデリリラさん自慢の魔法生物だよ!』
聖女さまの声が響いた。
『思い出すなぁ。デリリラさんの仲間はスライム嫌いで、誰が倒すかってケンカしたっけ。魔法か、魔法の武器じゃないと効果が薄いから、みんな戦いたがらないんだよね!』
「発動! 『
魔剣レギィが巨大化した。
魔法生物『ぬとぬと (仮称)』が、まっぷたつになった。
ばしゃん、と、水音を立てて、プールの底に沈んでいく。よし、仕留めた。
「ここで休憩しよう。アイネがくれたクッキーがあるよ」
「はい。わたし、リタさんの足をもんで差し上げます。アイネさん直伝です」
「や、もう、セシルちゃん。くすぐったい。そんなことしなくていいってば!」
「貴重な触手系の魔物じゃったのになぁ。もったいなかったいのぅ。主さま」
僕とセシルとリタと、人型になったレギィは、クッキーをかじりながら一休み。
リタが回復したら、『水上歩行』で向こう岸まで運んでもらおう。
『…………あのさ、君たち』
「なんですか聖女さま」
『もしかして、魔王を倒した勇者とかじゃないよね?』
「そんなうさんくさいものと一緒にしないでください」
僕は言った。
聖女様は黙った。
『よ、よくぞここまでたどりついたね!』
プールの次は、円形の大広間だった。
天井が急に高くなってる。だいたい10メートルくらい。
そして広間の中央には、ドラゴンがいた。
全長は4から5メートル。2本の脚で地面をしっかりと踏みしめて、長い首を伸ばしてる。
色は灰色。
『さぁ、最後の試練だ。これはドラゴンゴーレム。私たちが最後のクエストで戦った相手のレプリカだよ。デリリラさんの宝物が欲しければ、ここを突破してみせなよ!』
「でかいな」
『でかいよー』
「これだけのものを、よく動かせるな」
『ふっふーん。そのためにこの土地を選んだんだからね。ここは天地の魔力を集めやすい魔力ポイント。そして、そのドラゴンゴーレムには、とれたてぴちぴちの魔力を注いであるのさっ』
「とれたてぴちぴちの魔力?」
『そう。最近、近所で魔力の爆発があってね。デリリラさんもそれで久しぶりに目を覚ましたんだよ』
「西の方で?」
『詳しいね?』
「冒険者ですから」
『そっか。そうだよね。どうだい、デリリラさんの後輩よ!』
大広間に、聖女さまの楽しそうな声が響いた。
『ここまでが簡単だったから油断したかい!? さあ、君たちの真の力を見せてもらうよ!』
「シロ。起きて」
僕は右腕にある『
「あの中にごはんがあるってさ」
『しってるー』
言うまでもなかった。
『たべてるー』
腕輪はむちゃくちゃ熱くなってて、シロの卵も小刻みに震えてる。
すごい勢いで魔力を吸収してるのがわかった。
『本気でやらないと大けがするよ! さぁ、やっちゃえ。ドラゴンゴーレム!!』
聖女さまは叫んだ。
しかし、ドラゴンゴーレムは動かなかった!
『……あれ? なんで?』
「魔力切れじゃないかな」
『そんなわけないよ? 最近集めたばっかりの魔力を注ぎ込んだのに!?』
たぶん、それは『天竜の残留魔力』だ。
この場所は、天地の魔力を集めやすい『魔力ポイント』で、つい最近、西の方で『天竜の残留魔力』が解放された。聖女さまは、それをゴーレムの動力にしてる。
たぶんドラゴンゴーレムを動かすのには、それが一番相性が良かったんだろう。
だけど、こっちには『天竜の残留魔力』を喰らう『
もともと自分に所有権があるその魔力を、シロは一気に吸い取っちゃったみたいだ。
『おとーさん』
「おいしかった? シロ」
『うん。きょうはおなかいっぱい。連れてきてくれて、ありがと……』
『天竜の腕輪』の振動が止まる。
満腹して、シロは眠った。
「こっちこそ、ありがと。おやすみ、シロ」
シロがいたから、僕たちは安心してこの迷宮を攻略できた。
聖女さまが迷宮のシステムに『天竜の残留魔力』を使ってるなら、シロは完全なアンチキャラだからね。
「迷宮のイベントはこれで終わりかな、聖女さま」
『…………現代の冒険者、こわい』
聖女さまの涙声が響いた。
なんだか、悪いことしてるような気になってきた。
『終わりだよ。君たちの勝ちだ』
「「「「よっしゃー!」」」」
ぱん、ぱぱん。
僕とセシル、リタ、レギィは手を打ち合わせた。
同時に、大広場の一番奥の壁が、開いた。
そこから陽の光があふれてる。迷宮の出口か。
「聞いてもいいかな、聖女さま」
『もーいいよ。なんでも聞けばいいじゃない!』
逆ギレしないでください聖女さま。
「聖女さまは本当に、僕たちと遊びたかっただけなのか?」
『そうだよ。だって、生きてる間は遊べなかったんだもの』
寂しそうな声が返ってくる。
『デリリラさんは世界の安定のために働いてたんだけど、死の間際まで解放してもらえなかった。本当は、ケンカ別れした友だちと遊ぶためにこの洞窟を作ったんだよ。でも、生きてる間は誰もこなかったけどね……』
「聖女も大変なんだな……」
僕はセシルとリタと手をつないで、魔剣に戻ったレギィを背中に、扉を通った。
セシルの『魔力探知』に、強い魔力の反応はなし。リタの『気配察知』にも、魔物の反応なし。
この先にあるのは、本当にただの遺跡だ。
『ようこそ。聖女をやらされてた彼女の墓所に』
聖女さまは言った。
『歓迎するよ。桁外れの冒険者たち。そして古い話と、
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