第194話「秘宝の選択と『古代エルフ遺跡』探索計画と、乙女のバカンス大作戦」

 それから、人魚のソーニアとルーミアは、3つの秘宝について説明してくれた。






ころものペンダント




 好きな服を着ているように『見せかける』ことができる。


 このペンダントを身につけると、周囲の人からは、装着者がイメージした服をまとっているように見える。(特殊なフィールドが形成されるため、触れることもできる。フィールドには布レベルの防御力もある)


 ただし、ペンダントで衣服を形成している間は下着も含め、服は一枚も身につけることができない。


(ペンダントが形成するフィールドが、実際の服と干渉かんしょうしてしまうため)


 また、装着者自身は、ペンダントが作り出す服を見ることができない。




 かつて「人間の王子に恋した人魚」が、人間のふりをするのに使ったという伝説がある。






しょくの腕輪




 対象が、食べられるかどうかを判断することができる。


 腕輪を起動すると、対象の魚、植物、動物、魔物の捕食ほしょくの可否、毒性、特殊効果が表示される。


 なお、人間や亜人を対象にはできない。




 主に人魚が、はじめての海草やお魚を見つけたときに使っている。








じゅうの指輪




 まわりの水温・水流(気温・気流)を、視覚的に見ることができる。


 水温が高いところは赤く、低いところは青く見える。


 水流の移動方向は矢印で表示される。


 装着者のまわりの水温(気温)を、適温に変えることもできる。最高温度は熱めのお風呂くらい。いながらにしてお風呂に入れる便利ツールでもある。






 迷うな……どれもすごく便利だ。


『衣のペンダント』があれば服を買わなくてよくなる。家の中では下着姿でいて、外に出るときだけ『衣のペンダント』で服を着てるように偽装することができる。服にかかるコストを限界まで減らせるんだ。


『住の指輪』なら、冬でも暖房いらずの生活が送れる。


 お風呂を沸かすまきもいらない。戦闘には使えそうにないけど、生活のためには十分以上の能力だ。


『食の腕輪』もすごい。これがあれば、えることがなくなる。


 たとえばこの国の貴族に追われて逃亡生活を送ることになったとしても、その場その場で食料の補給を繰り返して、どこまでだって逃げられる。究極のサバイバルアイテムだ。


「ちなみに、このアイテムってどこで手に入れたの?」


「遠い昔なのですー」「私たちのご先祖が、海に落ちてた宝箱から見つけたといわれていますー」


 やっぱり太古のアイテムか。


 もしかしたら、『地竜アースガルズ』さんが作ったのかもしれないな。


 となると、似たようなアイテムがどこかにあるかもしれない。たとえば──『古代エルフの都』とか。


 古代エルフと魔族は『霧の谷』のシステムを作るほどの技術を持っていた。生活お助けアイテムを作っていてもおかしくない。


 お休みが終わったら探しに行こう。


「「それで、どのアイテムにしますかー!」」


「『食の腕輪』をください」


 僕は言った。


 本当なら3つ全部欲しいくらいだ。でも、これは人魚の秘宝でもあるからね。


「おやおやー、予想外だね。ナギくん」


 鳥型ゴーレム(デリリラさん入り)が僕の肩に乗った。


「君のことだから、『住の指輪』使ってお部屋を適温にして、お昼までぐっすり二度寝するかなー、とか思ったんだけどねっ」


「それも考えたんですけどね」


「まぁ、『衣のペンダント』は選ばないと思ったけどね」


 デリリラさんは喉を鳴らして笑った。


 そりゃそうだ。全裸ぜんら状態で服を着たように見せかけるって、マニアックすぎるだろ。使ってる途中で効果が切れたら、って思うと、うかつに外を歩けないし。むしろこれを使って王子様のところに行ったという伝説の人魚姫を尊敬するレベルだ。


「『食の腕輪』を選んだ理由は簡単です。他のアイテムは、装着者が側にいないと意味がないからですよ」


「なるほど。そういうことか」


 僕が言うと、聖女さま入りゴーレムは、納得したようにうなずいた。


「他の2つのアイテムは、装着した人がそばにいないといけない。でも『食の腕輪』は違うからね」


「はい。食べ物の情報は、他の人にも共有きょうゆうできますから」


 僕たちには『意識共有・改』がある。


 例えば僕が、食べられそうなキノコを見つけたら、そのキノコの画像付きで情報を送ることができる。離れたところにいても、みんなはその情報を使える。生き残る可能性が高くなる。


 さらにこれを繰り返せば、いつか『食べられる植物・動物・魔物データベース』が作れる。


 いざというとき、その情報でお金を稼ぐことができるかもしれない。


「あとは、とりあえず食べなきゃなにもできない、ってのもあります。ハラペコじゃ動けませんからね。まずは一番、生き残るのに役立ちそうなのを選びました」


「うむ。君の判断は正しいと思うよ。さすがいんちきご主人様のナギくんだ」


「……結構迷ったんですけどね」


「食事は大切だからね」


「ですよね」


「まぁ、デリリラさんは霊体ゴーストだから、空腹なんか感じたことないけどねっ!」


 そう言って、聖女さま入りゴーレムは胸を張った。


 台無しだった。


「ありがとう。ソーニア、ルーミア。それじゃ『食の腕輪』をもらっていいかな?」


「どうぞー!」「よろこんででしゅ!」


 2人はちっちゃな手で、岩場に置いた腕輪を手に取った。


『食の腕輪』は青いサンゴのようなもので出来ていて、真ん中に真珠のようなものがはまっている。ソーニアとルーミアは腕輪を、僕に向かって差し出した。僕は腕輪を受け取り、右腕にはめた。


「それは『人魚の友だち』の証でもあるでしゅ」「海の近くで困ったときは、声をかけてくださいでしゅ!」


「「人魚は、恩人さんたちのお役に立ちたいでしゅー!!」」


「ありがと。いつか、力を借りるかもしれないね」


 僕はソーニアとルーミアの髪をなでた。


 ふたりとも、くすぐったそうな顔をしてる。他の人魚さんたちは、岩場で踊ってる。僕たちの方に泳いで来たり、戻ったり、捕まえたお魚を置いていったり。本当にフリーダムだ。


 ……ふむ。


 せっかく魚を持ってきてくれたんだ。『食の腕輪』を使ってみよう。


「起動、でいいのかな?」


 僕は腕輪に触れてから、岩場に置かれた魚を見た。


 元の世界のヒラメに似た姿をしていて、黒い横縞よこじまが入ってる。


 これを視界に入れると──






『カラクトヒラヒラウオ』




 捕食:可能


 味:美味


 特殊効果:10尾摂取せっしゅするごとに『血液さらさら+1』






 魚の上に文字が出た。


 名前までわかるのか。『カラクトヒラヒラウオ』は食べることができて、おいしい。10尾食べると、血液が『+1』さらさらになる。




「血液さらさらプラス1ってどのくらい?」


「さー」「さー」


「……だよねぇ」




 参考意見くらいに見といた方がよさそうだね。




「そういえば」「特産品をお持ちしましたー」




 ソーニアとルーミアが手を挙げた。


 見ると、彼女の後ろから、人魚の大人たちがやってきていた。みんな、腕になにかを抱えてる。僕たちの近くにやってきて、岩場にそれを置いていく。




「大人たち、やっと思い出したようでしゅ」「みなさんに、しゅんの『ホーンドサーペント』を食べて欲しいのでしゅ!」




 ……そんな話もあったね。


『ホーンドサーペント』はこの季節の特産品で、非常に栄養価が高いんだっけ。元々は人魚と地元の漁師さんが取り引きしてて、人魚たちが色んなものと交換してたって聞いてる。


 そっか、人魚たちが住処に戻ってきたから、『ホーンドサーペント』が獲れるようになったんだ。




「じゃあ、アイネ。収納スキルの『お姉ちゃんの宝箱』にしまっておいて」


「はいなの」


「そうだ。その前に『食の腕輪』で鑑定かんていを──」




 しゅぱぱっ。ささっ。




 僕がそう言った瞬間、5匹いた『ホーンドサーペント』が消えた。


 アイネが『お姉ちゃんの宝箱』にしまったからだ。一瞬で。


 ちょっとだけ文字が見えた。『捕食可能ほしょくかのう。味は──元気に』って。




「はい。なぁくん。予定通りにしまったの」


「……うん」


「わ、悪くなるといけないの。すぐ料理する分以外は、アイネが責任を持って長持ちするように加工するの。ね?」


「うん。そうだね」




 料理についてはアイネが専門だ。任せよう。




「じゃあ、この『食の腕輪』もアイネが持ってて」




 僕は腕輪を外して、アイネに差し出した。




「普段はアイネが自由に使っていいよ。『働かない生活』の研究をする時だけ、返してもらうから。この腕輪は、食材が美味しいかどうか見極めることができるからね。アイネが、買い物するときにも役に立つだろ?」


「……なぁくん」


 あれ?


 アイネがびっくりした顔になってる。


 別に、おかしなことは言ってないよな。


「もらったばかりの人魚の秘宝を、アイネに……?」


「キッチンを預かってくれてるのはアイネだからね。できるだけ仕事を楽にするのは当然だろ?」


「なぁくん」


「それに、僕が持ってると『味』『鮮度』で判定して、自動的に一番安い食材を仕入れてくるだろうから、365日同じ食材になりそうだし」


「栄養がかたよるの! わかったの。秘宝はアイネが預かるの!」


 アイネは慌てて、僕の手から秘宝を受け取った。


 僕は元の世界ではインスタントとカップめんがメインの食料だったからなぁ。


『食の腕輪』を使って買い物する、効率重視になりそうな気がする。メニューがワンパターンになっても困るし、これはアイネに預けるべきだろう。


「それで、さっきの『ホーンドサーペント』だけど」


「捕食可能、味は美味、食べると元気になるの!」


 アイネは真剣そのものの顔で、僕を見た。


 顔が真っ赤になってた。額に汗が浮いてた。息が荒かった。


 これ以上突っ込んだら、倒れちゃうんじゃないかって思った。


「あとで美味しく料理してあげるの! ちゃんと、元気になれる食材だって証明するの。だから!」


「わ、わかった。楽しみにしてるから」


 アイネがここまで必死になるのは珍しいけど──きっと、お姉ちゃんなりの理由があるんだろう。キッチンのことは任せるって言っちゃったからね。任せよう。




「それでは、みなさまー」「きっとまた遊びに来てくださいでしゅ!」


「「人魚はどこの海でも、みなさまを歓迎するでしゅ────っ」」




 それから、僕たちは人魚さんたちに別れを告げて──




「それじゃ、デリリラさんは迷宮に帰るね!」


『ことこと』『ことこと、こと』


「また遊びに来てよね! 1ヶ月以内に! 一週間以内でもいいからね!」




 街道の途中で聖女さまと、ゴーレムくんたちに手を振って──




 夕方、僕たちは『保養地ミシュリラ』の別荘に戻ったのだった。










 その日の夜。


 晩ご飯(「ホーンドサーペント」は下ごしらえが必要なので、おかずは『カラクトヒラヒラウオ』だった)を食べながら、僕たちはこれからの予定について話し合った。


 次の目的は『古代エルフの遺跡』の探索だ。


 せっかく『地竜アースガルズ』が教えてくれた情報を無駄にするわけにはいかない。


 なにより、古代エルフの遺跡なら、貴重なアイテムが残っているかもしれない。人魚さんの『衣食住の秘宝』のようなものがあれば、僕たちの生活はずっと楽になる。


 それに『古代エルフの遺跡』と聞いて、思い出したことがある。


 僕たちが前に探索した『霧の谷』には、ミイラ飛竜のライジカと一緒に、ラフィリアのお姉さん──『ガブリエラ=グレイス』が入ってたひつぎがあったんだ。


 ガブリエラ=グレイスはラフィリアよりずっと先に目覚めて、亡くなってしまったけれど、他にも『古代エルフのレプリカ』がいた可能性は十分にある。『古代エルフの遺跡』に行けば、なにか手がかりがわかるかもしれない。


「……ということなんだけど、ラフィリアはどう思う?」


「確かに、気になりますねぇ。もぐもぐ」


 煮魚を口いっぱいにほおばりながら、ラフィリアはうなずいた。


「あたしのような姉妹がいたら、やっぱり、見つけ出してあげないとですぅ」


「だよね。放置されたままだったら、かわいそうだもんな」


「いえいえ、マスターに首輪でつながれるしあわせを教えてあげたいですからぁ」


 さらっ、と物騒なこと言わないように。


「それに、あたしの同型がたくさんいれば、正義の戦隊が作れますぅ。5人全員同じ姿の『グレイス戦隊』ってかっこいいと思いませんか!」


「かっこいいです! 師匠ししょう!」


「さすがイリスさま。わかってらっしゃいます!」


「マスターに、元の世界の『ひーろーもの』について詳しくうかがいましたからねぇ。この世界でマスターという正義の味方になる決意は万全ですよぅ」


「うん。そのあたりは、ラフィリアの姉妹を見つけてからゆっくり話し合おうね」


 そう言って、僕は一旦、食事の手を止めた。


「『古代エルフの遺跡』までは距離があるからね。予定を立てて、ゆっくり休んでから行こう」


 僕の言葉に、みんなが一斉にうなずく。


「とりあえず予定通り、無人島旅行には行くよ。でも、その前に『海竜ケルカトル』に『地竜アースガルズ』のことを話しておきたいんだ。それで……フィーン」


『はい、あるじどの』


 カトラスの後ろに、半透明のフィーンが浮かび上がる。


『おっしゃりたいことはわかります。「転移アミュレット」はいつでも起動可能です』


「ありがと。それじゃイリス、悪いけど『海竜の聖地』までつきあってくれる?」


「承知いたしました。お兄ちゃん!」


 イリスはラフィリアの隣で、膝に乗せたゴーレム『りとごん』を抱きしめた。


「シロさまもご一緒して、『海竜ケルカトル』をおののかせて見せましょう!」


『いいかとー。ついてくよ。おかーさん!』


 ……なんだか最近、『海竜ケルカトル』と『海竜の巫女イリス』の力関係が逆転してるような……。


 まぁ、いいか。


「ボクもついていっていいでありますか? 『竜の護り手』になったのでありますから、海竜さまにご挨拶あいさつしたいのであります」


「もちろん。じゃあ『港町イルガファ』に戻るのは僕とカトラスと、イリスと──」


「はい! あたしはイリスさまのメイドでもありますから、ついてくですぅ!」


「──ラフィリアの5人だね」


「はい! それではわたしたちは、旅行の準備をしてます!」


 セシルが手を挙げた。


「ナギさまが戻られたらすぐに出かけられるように、完璧に仕上げてみませす!」


「……いや、そこまで気合いを入れなくても」


「なるほど……これは私とセシルちゃんとアイネが、ご主人様にたくされたクエストということね」


「その通りなの。気合いを入れないといけないの」


「リタさん。今、わたくしの名前を呼び忘れましたわよね? 忘れただけですわよね? わたくしも人数に入ってますわよね?」


 みんな (レティシアを含めて)やる気になってる。


「わかった。それじゃ、みんなにすべて任せるよ。予算も自由に使っていいよ。チートスキルも……まぁ、必要はないと思うけど、自由にしていいからね」


「はい! ナギさま!」「了解よ。ナギ」「おまかせなの」「もちろん。わたくしも参加しますからね。今回は一緒に行きますからね!」




 そんなわけで──




 翌日から僕たちはパーティを2つに分けて、それぞれ活動を開始したのだった。








 ──保養地、旅行準備組──






「ふっふーん。ふんふんふーん」




 別荘のリビングに、鼻歌が響いていた。


 開いたままの窓から、温かい風が入ってくる。


 時刻は午前。朝ごはんを食べて過ごし経ったくらい。まだ早い時間だからか、日差しはそんなに強くない。穏やかな風が、床に置いた荷物と、アイネの栗色の髪を揺らしていく。




「ふんふんふーん。ふふふふーん」




 アイネは、荷物をひとつひとつ選んで、革袋に詰めていく。


 身体を拭く布。下着はいつもより、たくさん。水筒用の革袋も必要だ。


 無人島には水源があるはずだけど、万が一時の準備は必要だ。




 ──ラフィリアさんの『浄水増加』があるから、いざとなったらそれを頼ろう。ジョウロはいくつ持って行けばいいかな……。水はたくさん必要だよね。体力を使ったあと、飲むのにも。火照った身体を冷やすのにも。


「ふふふーん。ふーん」


「アイネさん。うれしそうですね」


「えー、んー。なにいってるのかな、セシルちゃん。そんなことないのー」


 手元をのぞき込むセシルの銀髪を、アイネは優しい手つきでなでた。


「それよりセシルちゃん。用意した水着は、ちゃんと試着した? アイネの『ぽけっとまねー』で買ったものだけど、サイズは合ってた?」


「荷造り用のローブにしては細いと思ってました。あれ、水着だったんですね……」


「無人島だから問題ないの」


 アイネは、ぐっ、と親指を立てた。


 やるべきことは決まっている。セシルとリタ──もしかしたら、イリスとラフィリア、カトラスの全面支援だ。


『ホーンドサーペント』は血抜きをして、物置で下ごしらえ中だ。ご主人様が戻るころには、ちょうどよく熟成じゅくせいされているはず。


 無人島には2つコテージがあるそうだから、レティシアと自分は、みんなとは別のところに泊まろう。レティシアは「仲間外れですわ」って言うかもしれないけど──アイネも一緒だから、いいよね? もちろん、レティシアがみんなの仲間に入りたいならそれで──


「アイネさん?」


「だめなの。今はそっちのコテージに行ったらだめなの……もう、レティシアったら。そこまで言うなら、アイネもつきあうの。でもね、なにかあっても不可抗力だからね。それはわかって欲しいの……レティシア」


「アイネさんアイネさん! どうしちゃったんですか!?」


「──はっ?」


 ひざを揺すられて、アイネは我に返る。


 いけないいけない。つい、先のことを考えすぎてたみたい。


 まだ旅行ははじまってもいない。ご主人様は、夜明けと共に『港町イルガファ』に転移したばかり。今ごろは家で一休みしているはずだ。みんなで無人島に行って、ご主人様と「すごくなかよし」になるのは、もうちょっと先のお話なのに。


「…………じーっ」


「どうしたの? セシルちゃん」


「アイネさん、すごく熱心です」


「当たり前なの。旅行の準備はご主人様に任された、大切なお仕事なの」


「それだけですか?」


 アイネの膝に手を乗せて、セシルはじーっと、赤い目で見つめてくる。


 その瞳に気圧されて、思わずアイネは視線を逸らした。


「……ほんとは、ね。この旅行で、なぁくんがみんなと『すごくなかよし』になってくれたらいいな、って」


「『すごくなかよし』ですか?」


「うん。心とか……魂とか……だけじゃなくて、身体と身体を合わせて、溶け合って、お互いの境界線がなくなっちゃうくらいの……なかよし」


「…………はぅっ!」


 ぼっ、と、セシルの顔が真っ赤になる。


 言葉の意味がわかったのだろう。あわあわと両手を振り回して、かぶりを振って──胸を押さえて──


 それからまた、アイネの顔をじっと見つめる。


「アイネさん、そんなことを考えてたんですか?」


「うん。セシルちゃんとリタさんはもう一度──他のみんなも、なぁくんと『すごくなかよし』になって欲しいなって」


「アイネさんは?」


「アイネは、お姉ちゃんだもの。ついでの時に……ね」


「そうなんですか?」


「そうなの」


「わたしは、アイネさんも──わたしと同じくらい、ナギさまと『すごくなかよし』になりたいんじゃないかって思ってました」


「…………え」


 アイネの手から、革袋が落ちた。


 彼女はぽかん、と口を開けて、ちっちゃな奴隷仲間どれいなかまを見つめていた。


「だって、そういう話をしているときのアイネさんって、すっごく幸せそうな顔をしています。胸を押さえて──本当に、好きな人との未来を考えてる、乙女みたいに」


「あわ、あわわわわわ。そ、そんなことないのっ」


「……そうなんですか?」


「ア、アイネは、みんなのために……自分のためなんかじゃ、なくて。アイネがなぁくんと『すごくなかよし』……に、一緒に……セシルちゃんたち……みたいな……あわ、あわあわわわわわ」


 アイネは思わず顔を押さえた。


 頬がゆるんでるのがわかる。顔が、熱くなってるのがわかる。


 おかしいな。アイネが「そういうこと」を望んでるのは、みんなの赤ちゃんにミルクをあげるため。


 ナギパーティの奴隷少女たちは冒険者。いつクエストに出かけるかわからない。


 赤ちゃんを残して緊急きんきゅうクエストに行くことだってある。そんなときには乳母うばが必要。それはパーティのお姉ちゃんであるアイネが適任。だから、そのためのはず。アイネがご主人様と「そういうこと」をするのは、そのためのはずなのに──




 ──どうして、こんなに心臓がどきどきしてるんだろう。




「そ、そうなの。アイネはレティシアに話があったの。ちょっと行ってくるの!」




 そう言ってアイネは、リビングを飛び出して行ったのだった。










「あのね! レティシア──」


「はい。聞こえてましたわ。アイネ」


 部屋に飛び込んだアイネに向けて、レティシアはにやりと笑ってみせた。


「あのね、アイネ。一時的に『お姉ちゃん』を辞めて、ただの恋する乙女になっても、なにかを失うわけではありませんのよ?」


「あわ、あわわわわわわっ!」


 親友から返ってきたのは、問答無用で無慈悲むじひな言葉だった。


 なんだか包囲されたような気がして、アイネの脚が震え出す。


 おかしいな。


 無人島バカンスは、なぁくんとみんなのためなのに。そのために男の子を元気にする『ホーンドサーペント』を手配したのに。


 おかしいな。アイネの立場がおかしいな。どうしてこんなことになってるの──


 どうしよう。心の準備ができてない。おかしいな。


 みんなの『お姉ちゃん』として、そういうことをするための心構えは、十分できてたはずなのに──


「ふ、船の手配をしてくるの!」


「あ、こら、アイネ。待ちなさい!」


「なぁくんが戻ってきたとき、無人島に行く船の準備ができてなかったら、おしおきしてもらわなきゃいけなくなるの! ちょっと行ってくるね!」


「わたくしも行きますわ! って、こら、待ちなさい。アイネ──っ!!」












「あー。悪いな。無人島への船はしばらく出せないんだわ」




 船着き場にやってきたアイネとレティシアに向けて、船頭が言った。




「最近、『ホーンドサーペント』がれる入り江が立ち入り禁止になってただろ? そのせいで狩られなかった『ホーンドサーペント』が増えて、魔物の勢力範囲が変わったらしいんだわ。無人島にも魔物が現れたとかで、しばらく船が出せなくなってるんだ」


 そう言って、船頭はため息をついた。


「人魚たちから『ホーンドサーペント』が買えるようになったから、船を出す余裕はあるんだが……島に魔物が出たんじゃなぁ。申し訳ないけど、そんな状態なんだわ」


「…………な、なんてこと」


「冒険者ギルドに行ってみたらどうだ?」




 がっくりと膝をついたアイネに、船頭は告げる。




「漁師ギルドで討伐依頼は出しておいたからな。もしかしたら、誰かが受注して、もう討伐に向かってるかもしれねぇよ。確認してみたらどうかな?」




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