第193話「カトラスとフィーンの決意。そして『竜の護り手』の誕生」

「これでやっと、聖剣も落ち着いたかな……?」


 次の日の明け方。


『聖女デリリラ迷宮』の入り口で、僕は『聖剣ドラゴンスゴイナー』をチェックしていた。


 ドラゴンスゴイナー……略して『聖剣ドラスゴ』には、いびつなさやが装着してある。


 聖女さまの物置にあった、魔法剣のための鞘に、魔力封印の護符を埋め込んである。もう少し目立たないように加工してから、袋に入れてしまっておくつもりだ。


 鞘をつけるまでは、イリスとシロ (りとごん)が荒ぶって大変だった。


 身体がぽかぽかしてたみたいで、2人してプールに飛び込んで、人魚のソーニアと一緒に泳ぎまくってた。まるでカフェイン剤を飲んだあとみたいだった。聖剣をさやに収めたあとは2人とも、手足を投げ出して眠っちゃったけど。


 でも……この聖剣ドラスゴはまだ完全じゃない。最後の仕上げが残ってる。


 それをするべきかどうかについては……少し迷ってる。


 この聖剣は元々、竜を殺すためのものだった。


 それが今は、竜を活かすものに変わった。この聖剣はとっても重要なキーアイテムになったんだ。


 元々、竜殺しの聖剣で、今は竜を活かす聖剣。複雑で、強力な武器だ。


「やっぱり僕が持つべきかな……」


 こんなの誰かに、ぽーいっ、てあげるわけにはいかないよな。


「『地竜アースガルズ』を苦しめつづけた聖剣でもあるんだもんな。これは……」


 僕は迷宮の入り口に腰掛けて、そんなことを考えていた。


「あるじどの?」


 不意に、声がした。


 振り返ると、寝間着姿のカトラスと、フィーンがいた。


「おはよう。早いね。カトラス、フィーン」


「おはようございますであります!」


『あるじどのこそ、ずいぶん早起きなのではなくて?』


「……ちょっと考えたいことがあってね」


 僕は言った。


 すると、カトラスとフィーンは目を伏せて、


「……ボクもであります」『……あたくしも、眠れませんでした』


 ぽつり、と、そんなことをつぶやいた。


「どうしたの二人とも?」


 なんだか元気がないな。


 カトラスは目の下にくまができてるし、フィーンは髪の毛がぼさぼさだ。


「もしかして……『地竜アースガルズ』さんの『呪い』の影響?」


「それは大丈夫であります」『あたくしたちは、範囲外はんいがいにおりましたので』


 ふたりはそろって首を横に振った。


 それから──少し考え込むみたいに、うつむいて、


「あるじどのに」『お願いがございます』


 カトラスとフィーンは顔を上げ、まっすぐ、僕を見た。


「ボクを」『あたくしを』「『あるじどのだけじゃなく、みなさんの奴隷どれいに──もっと下の立場に──『奴隷の奴隷』にしてはいただけないでしょうか!?』」


「……はい?」


 なにそれ。


 冗談を言ってるわけじゃないよな。カトラスもフィーンも、真剣な顔をしてる。


 胸を押さえて、拳をぎゅ、って握りしめて、僕をじっと見つめてる。本気なんだ。ふたりとも。


「僕だけじゃなくて、みんなの奴隷って……どうしてそんなことを?」


「……ボクは王家の血を引いているのであります」


『……その王家は、地竜さまにひどいことをして、ずっと苦しめてきたのです。そんなものの血を引くあたくしたちが、他の奴隷のみなさまと対等なんかではいられません』


「『王家の血を引くボク(あたくし)は、そのつぐないをするべきだと思うの(であります)(です)』」


 カトラスもフィーンも、泣きそうな顔をしてる。


「……そんなことを考えてたの?」


 僕の問いに、ふたりは、こくん、とうなずいた。


 カトラスは唇をかみしめて、フィーンは寝間着の裾を握りしめて、震えてる。


「ふたりのせいじゃないよ。そんなの。絶対に」


 僕は手を伸ばして、ふたりの頭をなでた。


「『地竜アースガルズ』の魂は、本当に優しかった。カトラスとフィーンを恨んだりしないよ」


 ……僕はご主人様としてまだまだだな。ふたりがこんなふうに思い詰めてるなんて思わなかった。


 昨日『魔竜の──』じゃなかった『地竜のダンジョン』から戻って来てすぐに、みんなには詳しい情報を伝えたもんな。『地竜アースガルズ』が教えてくれたことを、すべて。


 人魚の住処すみか最奥さいおくに、太古の竜の骨があったこと。


 その骨と一緒に、『地竜アースガルズ』の魂が残っていたこと。


 地竜になにがあったのか。僕がもらってきた聖剣がどういうものだったのか、すべて。


『地竜アースガルズ』を殺したのは大昔の勇者で、それを呼び出したのは当時の王様だった。


 王様が呼び出した勇者は自分のスキルを活かすために聖剣を探し出し、竜殺しを実行した。


 カトラスはその王様の子孫──正確には、その王家の血を引いてる。しかも、すごく真面目だ。


 ……責任を感じても無理はないよな。


「ボクは……みなさんと対等の立場でいられるような者ではないのであります」


『王家の者として罪を背負っております。みなさんの下に立つべきなのです』


「だからみんなの下に──奴隷の奴隷に、ってこと?」


 僕が言うと、カトラスとフィーンはうなずいた。


 気持ちはわかるけど──


「却下」


「あるじどの……」『そ、それでは、あたくしたちの気が済みません!』


「カトラスもフィーンも、よく聞いて」


 僕はふたりの手を取って、告げる。


「仮に望み通り、ふたりが『奴隷の奴隷』になったとして、みんながそれで落ち着いて暮らせると思う?」


「『……あ』」


「うちのパーティに『お前たちは奴隷の奴隷だー。言うことを聞けー』なんて言う人はいないよ?」


「で、ですが……」『あたくしたちには責任が……』


 カトラスとフィーンは、首を横に振った。


 ……言葉だけじゃだめか。ふたりを納得させられるようなものがあればいいんだけど……。


 ──よし。


「わかった。じゃあこれを受け取って」


 僕は『聖剣ドラゴンスゴイナー』を、カトラスに手渡した。


「……え。え? え────っ!?」


 カトラスはそれを受け取り、びっくりしたみたいに目を見開いた。


「どうしても責任を取りたいなら、カトラスには『竜を活かす聖剣』の持ち主になってもらうよ」


 って、さすがにこの渡し方はあんまりか。やり直そう。


 僕はカトラスから聖剣ドラスゴを受け取って、その鞘を、彼女の肩に当てた。


 カトラスは自然と、僕の前に膝をつく。元騎士候補生だから。反射的に身体が動いたみたいだ。


「この聖剣ドラスゴは『竜の生命活動を高める』剣だ。これを使えば竜を元気にすることができる。それは、竜を守ることにもつながるよね?」


「はい──あるじどの」


「言っとくけど、カトラスは一切、王家のことに責任はない。だけど、カトラスの気持ちは尊重する」


 ここはご主人様として伝えよう。


 カトラスとフィーンが悩んでるんだから、こっちも真剣に。


「カトラス=ミュートラン。そして彼女と同じ魂を持つ、フィーンよ」


「はい!」『はいっ! あるじどの!』


「カトラスはこの剣を持ち『竜の守護者』になって欲しい。イリスと、シロと、海竜ケルカトルがピンチのとき、この剣で守ってあげて。フィーンはそのカトラスのサポートをしてあげて。ひとりで持つには強すぎる聖剣だからね」


 僕は言った。


 カトラスとフィーンは、うなずいた。


「カトラスは竜がこの剣を必要とするとき、使って欲しい。フィーンはそのタイミングと、正しい使い方を考えて。過去のつぐないのためじゃなくて、これからのために」


「は、はい! あるじどの!」『ありがとうございます……あるじどの』


 カトラスは胸に手を当てて、深く深く頭を下げた。


 フィーンも地面に座りこみ、お辞儀をしてる。


「このカトラス=ミュートラン。命に代えてもあるじどのの命令をお守りするであります!」


「命に代えちゃだめ。カトラスになにかあったら、『竜の守護者』はいなくなっちゃうだろ?」


「は、はい。で、ではでは、命ある限り、使命を全うするであります!」


「お願いするよ。カトラス」


「はいっ!」


 そう言ってカトラスは、満面の笑みを浮かべた。


 ここを出たら一度、港町イルガファに転移して、『海竜ケルカトル』に報告に行こう。『地竜アースガルズ』の情報は、『海竜ケルカトル』にも役に立つはず。そのときに聖剣ドラスゴのことも伝えよう。


 そのためにも──


「じゃあ、カトラス、悪いけど『再調整さいちょうせい』につきあって」


『お待ちしておりました。していただきなさい、カトラス』


「え、えええええっ!?」


 あ、真っ赤になった。


 でも、しょうがないよな。『聖剣ドラゴンスゴイナー』は大急ぎで『再構築』しちゃったから、パーソナライズで安定させなきゃいけないんだ。


「カトラスに負担がかかるのはわかるけど、『竜の守護者』担当になるわけだから、ね」


「そ、そういうことではないのであります」


 カトラスは恥ずかしそうに、両手の指を、つんつん、と合わせた。


「ボク……していただいてばかりで、ありますから」


 ……伸縮槍しんしゅくそうの時か。


 あれは時間がなかったから、ドルゴールさんのところに行く前に素早く『再調整』したんだよな。


『聖剣ドラゴンスゴイナー』は、あれよりもはるかに強い力を持っている。


 ゆっくり時間をかけて再調整した方がいい。だから、カトラスの負担になるかと思ったんだけど。


「……それでも……ボクは『竜の守護者』になると決めたのでありますから……」


 カトラスは、むん、と気合いを入れて、僕を見た。


「お願いするであります。あるじどの! ボクで『聖剣ドラゴンスゴイナー』を調整してくださいであります! この身と魔力を、竜のみなさんを守るために使わせてください!」


『……立派になったわね。カトラス』


 フィーン、涙ぐんでる。いや、君たち同一人物なんだけどね。


 僕は迷宮の方を見た。他のみんなはまだ起きてこない。


 外はまだ、陽が昇ったばかりだ。


 元々、このあたりにいた強い魔物はヒュドラだけ。それは前にセシルが、すっぱーん、とやっつけた。迷宮のまわりは聖女さまのゴーレムくんたちが、お客さんが来たときにわかるように巡回してる。つまり、今のとこ安全だ。


 みんなを起こさないように、外で『再調整』した方がいいかもしれないな。


「じゃあ、ちょっと出ようか。カトラス、フィーン」


「は、はい!」『お供いたしますわ。あるじどの』


 そうして、僕とカトラス、フィーンは手を繋いで、『再調整』する場所へと向かったのだった。






「……ここならいいかな」


 僕たちがやってきたのは、岩山の中腹にある、地面がくぼんだ場所だった。


 ここなら、まわりから見えない。近くの岩場からは水が湧き出していて、それが岩肌をゆっくりと流れ落ちてる。たぶん、聖女さまの迷宮にあるプールと、同じ水源を使ってるんだろう。


 この水音の側なら、多少声を出してもまわりには聞こえない。みんなを起こさないためには、ちょうどいいよね。


「じゃあ、カトラス。こっち来て」


 僕は地面にあぐらをかいて座った。


「し、失礼するであります……」


 その上に、カトラスが腰を下ろした。そして、『聖剣ドラゴンスゴイナー』を両手に抱く。


 これで、準備完了だ。


『あたくしは、安全のためにまわりを見張っておりますわね』


 そう言ってフィーンは、地面を蹴った。


 半透明の身体を宙に浮かべて、前後左右を見回してる。でも、しっかりとこっちも見てるね。


「『聖剣ドラゴンスゴイナー』の概念を表示」




『聖剣ドラゴンスゴイナー』






『竜活性化LV1』




『竜』の『生命力』を 『高める』剣








威力歌唱いりょくかしょうLV1』




『攻撃』の『威力』を  『自由に楽しく』  『歌う』剣


 




「……うん。それほど不安定化していないな」


『高速再構築』したマジックアイテムは、不安定化はするんだけど、『概念』はそれほど大きくずれたりはしない。スキルよりも安定してる。


 理由は……なんとなくわかる。


 スキルクリスタルはすべてが同じかたちをしてる。その能力をあらわすものは『概念』しかない。


 でもマジックアイテムは、それぞれに形が違う。剣だったり槍だったり、そのかたちに意味があって、能力にも関わってる。だからアイテムそのものの形が、『概念』や能力をある程度、安定化させてるのかもしれない。


 ……そのことをうまく利用すれば、オリジナルのマジックアイテムが作れるような気もするんだけど……。


 いや、さすがにそれはハードルが高すぎるか。


「……あるじどの?」


「ごめん。じゃあ、聖剣を『再調整』するよ」


「はい、であります…………んっ」


 聖剣に触れると、カトラスの身体が、ぴくん、と震えた。


 僕は今、カトラスと『聖剣ドラゴンスゴイナー』を魔力の糸で繋いでる。


 セシルの『真・聖杖ノイエルート』の時と同じだ。伝説級のアイテムだから、慎重に行こう。


「カトラス、どんな状態?」


「…………あるじどのに、直接、触れられてるみたいであります」


 はぅ、と、息を吐いて、カトラスは言った。


「…………ふしぎで……あります。あるじどのが触れてるのは……剣なのに……ボクに……直接……触れてるみたい。槍のときよりも……ふかいところ……に」


「剣の重さは?」


「……感じないで、あります。ほんとに……ボクの一部に……はぅっ」


 カトラスは、白い喉を反らした。


 アイテムを『再調整』中に僕が触れると、カトラスはそれを自分の一部だって認識する。


 その後は、アイテムが彼女の一部みたいになって、重さはほとんど感じない。


 セシルの時と同じだ。これなら、うまく行くかな。


「…………あるじどのぅ」


「どしたのカトラス」


「…………この『聖剣ドラゴンスゴイナー』って、結構おっきな剣でありますよね?」


「うん。そうだね」


「…………普通に持つと、意外と重いでありますよね」


「うん。『地竜のダンジョン』からがんばって持ってきたからね」


「…………その剣を、『重さをほとんど感じない』ように振り回すと……どうなるのでありますか?」


 それはたぶん……剣がカトラスの一部になって、重さを感じないだけだから、敵にとっては普通の大剣と変わらないわけで。


 …………カトラスは両手剣を片手で振り回す、怪力騎士少女になるんじゃ……。


「やったねカトラス、最強だ」


「…………なんだか怖くなってきたであります」


 カトラスにはチートスキル『覚醒乱打かくせいらんだ』もあるからね。


 両手剣を高速で振り回して、的確に急所を突いてくる騎士少女って……うん、強いね。


「……でもまぁ、聖剣ドラスゴは竜を守るための剣だからね」


「……儀式用の剣みたいなものでありますな。使うのは、本当に必要なときだけでありますね」


 僕とカトラスはうなずいた。


 話をしながら、僕は『聖剣ドラゴンスゴイナー』の概念の安定化を続けてる。


 指先で、『竜活性化LV1』の、『高める』を押して──


「…………んくっ」


 元の位置に戻るように、軽く叩いて、


「…………はぅ、あ……ん、ん」


『聖剣ドラゴンスゴイナー』はカトラスの魔力を受け入れはじめてる。カトラスの身体が震えるのに合わせて、剣の方も、鼓動するみたいに震えてる。『概念』も、ゆっくりとだけど、安定するようになってきてる。押して──ずれて。また押して──ずれての繰り返しだけど、ずれる範囲が狭くなってる。あと数回、魔力を送れば大丈夫そうだ。


「……や、やっぱり、あるじどのの魔力は……すごいでありますな」


「魔力の容量そのものは、そんなに大きくないんだけどね」


「…………い、いえ。そうではなくて……」


 カトラスは小指の先を、かり、と、んで。


 手を伸ばして、自分のお腹を、さわさわ、と、でて。


「…………あるじどのの魔力をいただくたび……ボクの……『おとこのこ』だった自分が……少しずつ消えていって……自分がちゃんと『おんなのこ』だってことが、くっきりとわかっていくようなので……あります」


「……『おとこのこ』だったカトラスが?」


 僕が聞くと、カトラスは、こくん、とうなずいた。


「…………ボクはずっと……自分が『おとこのこ』だと思っていたでありますから……性別がわかったあとも……やっぱり……あるじどのと同じ性別だ……という気分が、少し残っているのでありますよ。でも……あるじどのの魔力を受けると……それがだんだん削れていくようなのであります……」


「……それって、大丈夫なのか?」


「いいことなのでありますよ、きっと」


 そう言ってカトラスは、照れくさそうに笑った。


「…………今のボクは……ちゃんと『おんなのこ』になりたいと思っているのでありますから……はぅ」


 僕の手に、カトラスの指がからまる。


「……どんどん、あるじどのの魔力で……ボクの中の……『おとこのこ』を攻撃してほしいであります。そしたらボクは……みなさまのような……ほんとうの女の子に……」


「カトラス……うん、わかった」


 僕は聖剣ドラスゴに当てた指に、魔力を込めた。


「……ご主人様として、カトラスの願いを叶えてみるよ」


「……うれしいで、あります。あるじどのの魔力は……いつわりのボクを消してくれる、とっても強い──」






『るるるー』




 ──え?


『聖剣ドラゴンスゴイナー』が……歌い出した?






『──あるじどのと──ひとつになるの──うれしいな──』






「あ、あるじどの。これは!?」


「『聖剣ドラゴンスゴイナー』の『威力歌唱いりょくかしょうLV1』だ」






『──とても深くを──貫いてくれる──魔力。ボクのなかの「おとこのこ」に──100/100の──ダメージを──ボクの中の女の子を──呼び覚ます──』


「──わ、わわわわわわっ!?」




 カトラスは真っ赤になって、顔を押さえた。




「だ、だめであります。そんなこと……歌っては……ボクが……きもち……の、わかるの……恥ずかしいでありますううううっ!」


「……なんで『威力歌唱』が?」


 あ、そっか。


 カトラスが僕の魔力を『おとこのこを攻撃するもの』って言ったからだ。


『威力歌唱』は、対象の攻撃の威力を測定して、歌で教えてくれる。


 聖剣ドラスゴにはもう、カトラスの魔力が入ってるから、彼女の気持ちに反応してるんだ。


 でもって──






威力歌唱いりょくかしょうLV1』


『攻撃』の『威力』を『自由に楽しく』『歌う』剣






 こっちの『概念』はもう、完全に安定してる。


 だから自動発動したんだ。でも、これって……。






「──あ……また……あるじどのの──まりょく……」


『──カトラス=ミュートランの中にいる「おとこのこ」にクリティカルー。カトラスの中の「おんなのこ」にはノーダメージ。むしろ甘美な魔力にしびれ──』


「──はぅっ。や……あ、だめ、だめ、だめであります……あぅっ」




 だめだこの聖剣、早く『再調整』しないと。




「…………あるじどのぅ」




 カトラスはうるんだ目で、僕を見た。




「……は、はやく……『再調整』を……ボクはもう、げんかい──」


『いいえダメージは受けてないー。カトラスはまだまだ大丈夫。触れて欲しいと望むのは──』


「あ、あるじどのおおおおおっ!」




 カトラスが僕の手を、ぎゅ、とつかんだ。


 うん。カトラスの精神──というか、羞恥心しゅうちしんが限界なのはわかった。




 もうひとつの能力『竜活性化LV1』も、安定化してる。


 終わらせよう。




「実行! 『再調整』および『魔導具最適化パーソナライズ』!!」


「────あ、あああああっ!!」




 カトラスの身体が、跳ねた。


 僕の腕を抱きしめて、必死に手を握りしめる。




『────ダメージは皆無です──むしろ──カトラスは──もっとし──』


「──ストップであります聖剣さん!!」




『──── (ぴたっ)』


「…………はふぅ」


 カトラスが僕の腕の中で、大きく息を吐いた。


『聖剣ドラゴンスゴイナー』の言葉も、止まった。パーソナライズされたからだ。カトラスを主人として、認めたってことかな。


「…………」


 カトラスは肩越しに、僕を見た。


「…………えっと、あるじどの」


「…………う、うん」


「………………せ、聖剣とは、やはり使いこなすのが難しいものでありますなっ!」


 カトラスは叫んだ。


 目を閉じて、額に思いっきり汗を浮かべて。


「やはりこの剣は、イリスどのやシロどの、『海竜ケルカトル』さまのためだけに使うのがいいと、ボクは思うのであります! 未熟なボクにはまだ、完全に使いこなせないでありますから! 危険であります! すっごく、危険でありますからっ!!」


「……そーだね」


『再調整』も終わったから、同じことは起きないと思うけど。


 でも…………次回カトラスを『能力再構築』するときに聖剣を持ってたら、どうなるんだろうね。




『まったく、だらしないですわね。カトラスってば』




 ふわり。


 空中で見張りをしていたフィーンが、僕たちの前に降りてくる。


『そんなことで「竜の護り手」が勤まりますの? まったく』


「だ、大丈夫であります! が、がんばるでありますよ、ボクは!」


 カトラスは『聖剣ドラゴンスゴイナー』を胸に抱きしめた。


「それに、今回のようなことは、もうないはずでありますよ。聖剣が……その……ボクの『おとこのこ』を消す魔力に反応して……色々騙ってしまったのは……ほ、ほんとに例外的なものなのでありますから!」


『そうではありません。あたくしが言ってるのは、将来のことです』


「「将来?」」


 僕とカトラスの声がハモった。


 そんな僕たちに、フィーンは人差し指を立てて、カトラスに言い聞かせるみたいに、それを振って、


『ですから、将来の「竜の護り手」のことです。聖剣はカトラスと──あるじどのの魔力で「再調整」されているのですよね?』


「うん」


「で、あります」


 僕とカトラスはうなずいた。


『聖剣をカトラスの代で使えなくするわけにはいかないですわよね。聖剣を受け継ぐ者のことも考えなければいけません。カトラスの魔力で「再調整」されているのであれば、次の代の使い手も、カトラスに似た魔力を持っていなければいけないのでしょう?』


「……そうなるかな」


「……ってことは……」


 聖剣を次の世代に引き継ぐためには、僕か、カトラスと同じような魔力を持っている相手に渡さなければいけない。


 となると、最も適応性が高いのは──


『そうです。次の世代の「竜の護り手」は、あるじどのとカトラスの子どもが、一番ふさわしいのです!』


「……あ」


 ぼっ、と、カトラスの顔が、真っ赤になった。


「え? あ? え? ん────っ!?」


 ぽてっ。


 真っ赤になったカトラスは、そのまま気絶。


 真横に倒れそうになったのを、僕は慌てて受け止める。


『あらあら、カトラスったら』


 空中でフィーンが、肩をすくめる。


『こんなことで「竜の守護者」が務まるのかしら? 次期守護者もがんばって作らなければいけないというのに……』


「あのさ、フィーン」


『いかがいたしましたか? あるじどの』


「気が早すぎない?」


『そうかしら?』


「まだ聖剣をパーソナライズしただけなんだからさ」


『確かに……そうかもしれません』


 フィーンは不満そうだったけど、ほっぺたを膨らませて、うなずいた。


『……カトラスにはまだ早すぎるようですわね。心理的に。それに……皆さまの許可も……』


 ……空中で脚を組んで、頬杖をついたまま、なにかぶつぶつ言ってるけど。


 カトラスは僕の腕の中で眠ってる。


 昨日、考えすぎであんまり眠れなかったって言ってたからね。『奴隷の奴隷になりたい』なんて言い出すんだもんな。ほんとに、まじめすぎだよ。カトラス。


「無理はしなくていいんだからね」


 それが僕たちのパーティのモットーなんだから。


 聖剣だって、僕たちの世代で終わらせたって構わない。次の担い手が出来たら……まぁ、そのときはそのときで。うんうん。


「そろそろみんな起きたかな。戻ろうよ。フィーン」


『……そうですわね。やはりこういうことは……お姉ちゃんに相談を……』


「……フィーン?」


『は、はい。失礼いたしました』


 フィーンは、はっ、と顔をあげて、僕に向かって一礼。


 僕はカトラスをおぶって、フィーンはふわふわと浮かびながら、聖女さまの迷宮に戻ったのだった。








 それから僕たちは、ごはんを食べて、聖女さまと話をして──


 結局、パーティを2組に分けることにした。


 僕とリタ、アイネとイリス(と、聖女さま入りゴーレム)は、ソーニアを海に帰すために、『人魚の住処』へ。


 セシルとレティシア、ラフィリアとカトラスは、保養地の別荘へ。みんなでご飯を作ってお風呂を沸かして、僕たちの帰りを待っててくれることになってる。


 そうそう、旅行の準備もあるって言ってたっけ。そのあたりはアイネが仕切ってくれるそうで、みんなから細かい意見を聞いてた。聖剣をカトラス用にパーソナライズしたことの報告のあと、フィーンもアイネと打ち合わせをしてたみたいだ。みんな楽しみにしてるんだな。




 そして僕たちは打ち合わせのあと、一休みして──


 僕は人魚のソーニアを連れて、海へと向かったのだった。




 緊急用の地下水脈は流れが速くて、ソーニアじゃ遡れない。


 だから僕とリタと、聖女さまお手製の『ゴーレムくん』で交代して彼女をかついで、時々川の流れに入れてあげて、ゆっくりのんびり、海に向かった。


 人魚のソーニアはちっちゃいから、そんなに苦労はしなかった。


 ソーニアの方も、イリスと気が合うみたいで、元気いっぱいで話してた。ときどき突発的に歌い出して、リタとコーラスをしてたり、そんな楽しい小旅行を続けて──




「戻ってきたでしゅ──っ!」


「お帰りでちー。ソーニア──っ!」


「ルーミアでしゅ────っ!」


『人魚の住処』では、人魚のルーミアが待っていた。


 他にも大人と子どもの人魚さんが戻ってきてる。『新人研修』の人たちがいなくなったから、みんな、安心したみたいだ。


「この方たちが助けてくれたでしゅ!」


「ずっとソーニアたちが浄化し続けてた『呪い』の源のことも、調べてくれたでしゅ!」


「「天竜と海竜と、地竜に認められたお方たちでしゅ──っ!!」」




「「「「らららー」」」」




 いきなり歌い出した!?


 人魚さんたちは水面から上半身を出して、大人も子どももノリノリで歌ってる。


 僕がソーニアに伝えた、地竜アースガルズのことと、彼女が優しい竜だったこと。怒りも悲しみも消えて、今は安らかに眠っていること。個人情報はちゃんと伏せて、きれいで優しいハーモニーを奏でてる。


「──だから今は安らかに。誰も世界を呪ってはいない──」


 気がつくと、リタが胸を押さえて、人魚と歌声を会わせていた。


「──やさしい歌ね。うん。こういうの大好き」


「気に入った?」


「うん。さっすが歌って踊る種族よね。こんなの、即興で作れるなんて」


「あとで吟遊詩人ギルドに流しておこうか。人魚さんたちの許可が取れれば、だけど」


「そうね。地竜さんも、ずっと魔竜あつかいじゃ気の毒だもんね」


 僕とリタは顔を見合わせて、笑った。


 イリスは僕の隣で、歌に合わせて肩を揺らしてる。アイネも目を閉じて、歌に聴き入ってる。「──眠れないとき、これは子守歌になりそうなの」って。


「「おそまつでしたー」」


 突然始まった歌は、突然終わった。


「それでは、みなさまに秘宝を差し上げたいと思うのでしゅ」


「長老さまの許可は得たでしゅ。『衣・食・住』の秘宝なのでしゅ。みなさんには恩義がありましゅから、すべて差し上げてもいいでしゅ!」


「ひとつでいいよ。さすがに全部はもらえないってば」


 今回のようなことがあったとき、人魚さんたちも必要になるかもしれないからね。


『衣・食・住』の秘宝は、人魚にとってのお守りらしい。


 それを全部もらっちゃうわけにはいかないよな。


「でも……本当にもらっても大丈夫なのか?」


「平気でしゅー」「こういう時に恩をお返ししないと、逆にすっきりしないのでしゅ」


「人魚は、過去にはこだわらない種族なので」「というか、よく秘宝をなくしそうになるので」


「それに、すっきりしないのは嫌いなのでしゅ」「今回の事件は大変だったので……これを、終わりの儀式としたいのでしゅ!」


「「みなさまにもらっていただくことで、この事件はおしまいになるのでしゅ」」


 そう言って、ソーニアとルーミアは、濡れた岩場に3つのものを並べた。


 ペンダントと、腕輪、それに指輪だった。


 身につけるものになってるのは、人魚が基本的に、物を持たない種族だから。


 身体につけてればなくしにくい、ということらしい。


「『衣のペンダント』『食の腕輪』『住の指輪』でしゅ!」


「それぞれ身につけることで、衣・食・住に困らなくなると言われているでしゅ!」


「「どうぞ。この中から好きなものを選んでくださいでしゅ!」」


 人魚さんたちは一斉に腕を広げて、満面の笑顔で──


 僕たちに向けて、そんなことを宣言したのだった。

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