第192話「伝説に残らなかった聖剣と、心やさしい竜の半身(はんしん)」

 僕たちは少し休んでから、『人魚の住処』に向かった。


 そこは研修地から歩いて十数分のところにある岩場で、人魚が外敵から身を守るのにちょうどいい入り江になっていた。


 岩が波を防いでくれるから、人魚がのんきに集まって歌を歌うのにはちょうどいいでしゅ──って、人魚のルーミアは教えてくれた。


「おさがしの洞窟は、たぶん、この奥でしゅ」


 ルーミアは水を跳ねながら、僕たちを入り江の奥へと案内する。


 ときどき水面から顔を出して、にぱー、って笑ってる。侯爵こうしゃくたちがいなくなり、自由に泳げるようになったのがうれしいみたいだ。


 僕とセシル、リタ、アイネ、イリスはルーミアが指さすコースを通って進んでいく。


 岩場には細い道があって、その先は洞窟に繋がってた。


「この先が……『魔竜のダンジョン』なのかな」


 ヒルムト侯爵こうしゃくたちは、この先に『聖剣』があると確信していた。


『海竜ケルカトル』が教えてくれた、『魔竜のダンジョン』の候補地もこのへんだった。


 それらが同じ場所にあるってことは……なんだか、嫌な予感がする。


「アイネとイリスは、ここで待ってて。なにかあったらメッセージを送るよ」


 魔物が来るといけないからね。


「敵が来たら教えて、すぐに戻ってくるから」


「大丈夫。水辺ならアイネは無敵なの。誰が来ても干物にしちゃうの」


「イリスだって、覚醒かくせいすれば大抵の敵は倒せましょう」


 アイネとイリスは、むん、と胸を張った。


 水のあるところでは、アイネとイリスはかなり強いから、大丈夫だと思う。


 そんなわけで、僕とセシルとリタ、人魚のルーミアは、洞窟の奥へと向かうことにした。


「では『魔法属性変更エレメンタル・チェンジャー』を解除して……発動! 『古代語魔法 灯りライト』。出力調整版!」


 セシルは『真・聖杖ノイエルート』を掲げ、魔法を発動した。


 杖の先に、大きな光が灯った。サイズは、バレーボールの玉くらい。


 この古代語魔法『灯り』は、出力を小さくして、持続時間を長くしたものだ。通常の『灯り』より出力が高いからか、洞窟を昼間のように照らしてくれる。


「私が安全確認しながら進むわ。ナギとセシルちゃんは、ゆっくりついてきてね」


 リタは先頭に立って歩き出す。


 その後ろでセシルが『灯り』を高く掲げてついていく。僕と人魚のルーミアはその後方だ。


『灯り』は濡れた岩壁と地面と、通路に沿って流れる水路を照らしてる。


 人魚のルーミアは僕の歩く速度に合わせて、水路をゆっくりと泳いでる。ときどき指さし確認して「そこ、くずれてるでしゅ」「歩きにくいでしゅ」って教えてくれる。いい子だ。


「この洞窟どうくつ──ダンジョンの先になにがあるのか、ルーミアは知ってる?」


「水路が続いてるところまでなら、わかるでしゅ」


 ルーミアは水色の髪から水滴を飛ばしながら、うなずいた。


「その先は行ったことないでしゅけど……でも、ルーミアを捕まえてたひとは『洞窟の奥に聖剣がある』とか『剣術使いが、聖剣使いになって無敵無双』とか言ってたでしゅ」


「聖剣か……」


 普通に考えれば『神の加護を受けたむちゃくちゃ強い剣』だろうけど。


 ここに『呪い』があることと、ブラックな連中がそれを求めていたことから考えると……やっぱり嫌な予感しかしないな。


「──竜はとっても人が好きー。古い竜ほど人間萌えー。らららー」


 ルーミアが歌ってる。


 耐性のせいか、彼女の歌のおかげか、『呪い』の影響は感じない。魔物もいない。


 ただ……道が細くてむちゃくちゃ歩きにくい。


『魔竜のダンジョン』っていうけど、ここは自然の洞窟だ。地面も壁も濡れていて、ときどき、天井から水滴が降ってくる。ルーミアが「皆さんが落ちたら、ルーミアが受け止めるでしゅー」って言ってくれるけど、身体のサイズ的に無理だよね。


 すぐ前をリタが歩いてるから、僕が滑ったら気づいて支えてくれると思うけど。


「この先は分かれ道よ。ナギ」


 不意に、先頭を歩くリタが立ち止まった。


「左は道がでこぼこしてる。起伏もあるわね。右は通りやすそうよ」


「ルーミア、奥に通じるのはどっち?」


「こっちでしゅ」


 ルーミアは迷わず、左の方を指さした。


 セシルは杖で左の道を照らし出す。そっちは道が削れて、傾いてる。壁はなめらかな岩壁。崩れてくることはなさそうだ。


「左の道からは、奇妙な魔力の流れを感じます。まるで誰かが叫んでいるような……」


 セシルは僕の手を握って、ぽつり、とつぶやいた。


「リタ、進む速度をゆるめて。踏んでも大丈夫なところを確認しながら進もう」


「りょーかい」


 僕たちは左の道に向かった。


 その先も分岐点が続いたけど、ルーミアの案内と、セシルの『魔力感知』のおかげで、迷うことはなかった。


『古代語魔法 灯り』のおかげで、まわりの様子もよくわかる。


 水路はだんだん細くなり、ルーミアがぎりぎり泳げるくらいになってる。代わりに地面は徐々に乾いていき、天井からの水滴も止まってる。


 壁はごつごつしたものに変わり、地面も、岩場のようになってる。リタが足元の感触を確かめながら、一歩一歩進んでいく。彼女が歩いたあとを、僕とセシルがついていってる。なんだか、山歩きをしてるみたいだ。


「……誰かが通った跡がありますね。ナギさま」


「そうなの?」


「はい。自然の洞窟どうくつにしては不自然です。まるで、誰かが道を通してくれたみたいです」


 セシルは『灯り』を地面に向けた。


 地面はごつごつとした岩場が続いてる。でも、岩と岩の間に隙間がある。ひとが一人、ぎりぎり通れるくらいの足場だ。セシルが照らして、リタが見つけてくれたから、それがわかる。


「誰かがここを通れるようにしたってこと?」


「『呪い』に耐性を持つ人が、ここに来たのかもしれません」


「それはありえないでしゅ」


 セシルの言葉に、ルーミアが応えた。


「人魚はこの入り江で、ずっと生活していたでしゅ。誰かがここを通ったのなら伝承に残ってると思うでしゅ」


「それよりも前なら、どうかな」


 僕は言った。


「人魚がここに来る前。ここが『呪われた地』になる前に、誰かがここを通ったとしたら……」


 その『誰か』が、貴族に聖剣のことを教えたのかもしれない。


 でも、その人は、どうして自分で聖剣を持って行かなかったんだろう?


 そうすれば話は早かった。『呪い耐性』を持つ人を探す必要もなかったのに。


 ……わからない。


 それを知るには、この先に行って確かめるしかない。


「ご案内できるのはここまででしゅ」


 声がした。


 浅い水の中から、人魚のルーミアが僕たちを見上げていた。


 水路は落石で途切れている。ルーミアがついてこれるのはここまでだ。


「ルーミアはここで浄化の歌を歌い続けるでしゅ。みなさんはどうするでしゅか?」


「聖女さまの依頼は、『呪い』の中枢付近に銀盤ぎんばんをセットすれば完了なんだけどね」


 僕は荷物から『浄化の銀盤ぎんばん』を取り出した。


 これを起動して、人魚の住処を取り戻すまでが僕のクエストだけど、事情はもう変わってる。


 聖女さまが『銀盤』を起動するように言ったのは、研修生さんを正気に返すためだった。それはもう終わった。この『銀盤』をセットする必要はなくなった。


 ヒルムト侯爵はもう、この地に手は出せない。他の貴族が『呪い耐性』を持つ人を探すにしても時間がかかる。


 だけど……結局『勇者クエスト』の奴らは来るんだよな。


 来訪者は『魔竜のダンジョン』を探してる。その目的はたぶん、聖剣だ。ということは『呪い』があろうが結局、同じことが来る返される可能性はある。だから──


「行けるところまで、行ってみるよ」


 僕は言った。


 人魚の伝承によると、大地に住む竜に人間の王がとてもひどいことをしたらしい。


 そしてたぶん、そのことによって大地の竜は死んでる。


 もしも、その竜にした「ひどいこと」に聖剣が関わってるなら──




 放置したら、天竜シロや『海竜ケルカトル』が危ない気がするんだ。




「もちろん、もう駄目だって思ったら帰ってくるよ。いざとなったらアイネとイリスが助けてくれるからね。なんとかなるだろ」


「わたしも、古い竜さんには興味があります。魔族のこと……知ってるかもしれませんから」


「私も、シロちゃんに同族のことを話してあげたいもん」


 セシルとリタはうなずいた。


「でしたら、これを持って行ってほしいでしゅ」


 ルーミアは胸のあたりから、小さな水晶玉を取り出した。


 スキルクリスタルだ。


「人魚が楽しく歌うためのスキルでしゅ。『浄化の歌』のキーにもなりましゅ。リタしゃまなら『浄化の歌』が使えるかもしれません。人魚はしばらくすると、また勝手にスキルができますから、どうぞ」


「ありがとう。大事に使うよ」


 僕はスキルクリスタルを受け取った。


 スキル名は『無心歌唱むしんかしょうLV3』だ。








『無心歌唱LV3』




『歌』を『自由に楽しく』『歌う』スキル








 僕たちはルーミアに手を振って、また、進み始めた。




『……大地の竜は間違わない。彼女の選択は正しくて……とても哀しくて、優しくて……』




 ルーミアは『浄化の歌』を歌い続けてる。


『呪い』を少しでも打ち消そうとするみたいに。ほんと、いい子だな。人魚さん。




『その末路を誰も知らない──人を救いし大地の竜は──』


「大地の竜、か」




 名前を誰も知らない、大地の竜。


 それが本当に『人を呪う魔竜』になったんだろうか。


 海竜も天竜も、竜は基本的に、人間にとっても優しいのに。


 ──僕にとっては竜より、ブラックな人の方がよっぽど恐いんだ。




「空気の流れが変わったわ。ナギ」


 不意に、リタが足を止めた。


「この先は行き止まりよ。たぶん、終着点ね」


「……魔力が強くなってきました」


 セシルは──寒いのか──腕をさすりながら言った。


 僕に背中を預けて、自分を抱きしめるみたいにしてる。


「──怒ってます。なんだか、とっても大きなものがこの先にいて……近づくな……って」


「そういう魔力を感じる?」


「はい……『呪い』の影響はレジストできてますけど……こわい……です」


 がちがち、と、セシルの歯が鳴ってた。


 しばらくすると、周囲に転がってる石までも、かすかに揺れはじめた。


 この先にいる『誰か』も、僕たちに気づいてるのか。


 僕は通路の奥に視線を向けた。


 この先は急に道が狭くなってる。左右の壁が飛び出ているから、人ひとりがぎりぎり通れるくらいの隙間しかない。通ってる最中に岩が落ちてきたら避けられない。


 無事に通れたとしても、この先にいる誰かの怒りを買って、通路を塞がれたらアウトだ。


 ここは、相手の許可を得てからにした方がいいな。


「この先に誰かいるとしたら──『地竜ちりゅう』か」


『海竜ケルカトル』『天竜ブランシャルカ』と同じ、竜の仲間だ。


 でもって『天竜ブランシャルカ』の墓所を管理していたミイラ飛竜のライジカは『この墓所は魔族と古代エルフ』が作った、と言っていた。


 地竜がそれより古い時代の竜だとしたら、魔族のことは知っているはずだ。


「セシル、『真・聖杖ノイエルート』を洞窟の奥に差し込んでみて」


「こ、こんな感じですか?」


「うん、もうちょっと」


 僕とセシルは手を重ねて、『真・聖杖ノイエルート』を洞窟の奥に差し込んだ。


 杖の先には『古代語魔法 灯り』がともっている。


 魔族の秘宝『真・聖杖ノイエルート』と、魔族しか使えない古代語魔法。


 ここに魔族の生き残りがいるっていう証拠だ。


 天竜の味方だった魔族に、地竜がどう反応するか──








 ────オオォォォォォォ








 洞窟の奥から、声が聞こえた。


 同時に、セシルの身体の震えが止まった。まわりの石の揺れも。


「眠りをさまたげて申し訳ない。この地にいらっしゃる方よ」


 セシルの肩に手を乗せて、僕は言った。


「僕は『海竜ケルカトル』から話を聞いて、ここに来た。僕は海竜から加護を受けている。この子は僕と繋がっている。だから僕たちは『呪い』の影響を受けていない」


 返事はない。


 僕は続ける。


「この地が『呪われた地』であること、魔竜まりゅうという存在がいることも知ってる。僕は、この地がどうしてそういう場所になったのか知りたいんだ。過去に竜が殺されて──それに関わるアイテムがあるなら、ぶっちゃけ処分したい。

 僕の子どもには竜がいる。

 おとーさんとして、子どもを危険にさらすわけにはいかないからね」




 ────ふふ。




 気のせいか、かすかに笑う気配があった。




「もちろん、そういうものがなくて、あなたが眠りを妨げられたくないなら、僕たちはこのまま帰る。

 僕が頼まれたのは人魚の住処を取り戻すことと、『呪い』に侵された人を助けること。超越存在に怒られたくはないからね。

 むしろ、あなたが誰にも眠りを妨げられたくないなら、手前の岩壁を崩して行くけど、どうだろうか」


「……ナギさま」


「ナギってば、すごい……」


 セシルとリタも、笑ってる。


 僕は2人とくっついたまま、回答を待った。正直『聖剣』なんてものがないなら、このまま帰ってもいいんだけど──






 がらっ。






 突然、目の前の岩が動いた。


 通路をふさいでいた左右の岩壁が、手前に崩れる。


 狭くなっていた通路がひらけて、その先にあるものが見えた。




「……化石と……剣?」




 行き止まりの壁に、巨大な骨が埋まってる。


 壁の高さは数メートル。でも、そこに埋まってる骨は、肋骨の下半分くらい。


 つまり、この上には肋骨の上半分があって、さらにその先には背骨があるってことになる。全体の大きさは……想像もつかない。


 剣は、その肋骨のひとつに刺さっていた。刀身は銀色で、持ち手は真っ白だ。柄の先は竜の頭のかたちになっている。古いものだからか、頭の半分が欠けちゃってる。刀身そのものは錆びひとつない。その先端は、肋骨を貫いて、丸くなった岩に突き刺さっている。このかたち──なんだか、心臓みたいに見えるけど──


「竜の骨……だと思います。ナギさま」


 セシルは目を見開いて、『竜の骨』を見ていた。


「死んだ竜が、ここに埋まってるんです。それが骨になって──化石に」


「剣が突き刺さってるってことは、死因はこれかな」


「はい。たぶん……ですけど」


 道は開けた。岩場の揺れも止まった。


 セシルは安心した顔をしてる。怖いものは、もう感じてないみたいだ。


「……通れ、ってことかな」


 通った瞬間、出口がふさがれるってことはないよな。ないと思いたい。


 ふむ。


 この先に行くのは、ぶっちゃけ僕の好奇心だ。


 相手は地竜、あるいは魔竜。いつ荒ぶるかわからない。


 ここは、安全策を取るべきだな。なにかあったときに、2人を巻き込むわけにいかないから。


 よし。


「セシルとリタはそこで待──」


「はいはい、行きましょうナギさま」


「ここまで来て、迷うのはなしなし。生きるも死ぬも一緒よ。私たちは」


 セシルとリタは僕の手をつかんで、歩き出した。


 ──かなわないな、二人には。


 僕も覚悟を決めて、先に進んだ。


 近づくと、竜の骨の大きさがよくわかる。


 それを貫く聖剣も、かなり長い。竜の肋骨──細いあたりだけど──を貫いてるんだから当然だ。


「やっぱり。この岩は心臓に見えます」


 セシルは、剣が刺さってる岩に視線を向けた。


「この剣も、強力な魔法剣なのはまちがいないです。普通の剣なら、とっくにびて、壊れてるはずですから。それに、骨を貫いてるってことは、竜のうろこも肉も切り裂いてることになります。それだけの能力を持ってるんですね。この剣は」


「これが侯爵こうしゃくたちが欲しがってた『聖剣』か」


 やばいなー。


「……『聖剣』見つけちゃったわね」


「……想像以上にやばいアイテムだったけどね」


 僕とリタは、『聖剣』を遠巻きにしていた。


 この剣はやばい。


 竜の肋骨を貫いてるのもやばいし、古いはずなのにきれいなのもやばい。海の側なのに錆ひとつ浮いてないのもやばいし、『呪い』の中枢にあるのもやばい。


「もしも本当にこれが竜の死因なら……」


 この聖剣には、竜を殺す力があることになる。


 だとしたら、これは今すぐ海の底に捨てるべきだ。


 そのあと『海竜ケルカトル』に頼んで、岩でも石でもなんでも、深く深く埋めて、二度と人目に触れないようにして欲しい。


 そのためには、これを骨から抜く必要がある。


 剣は骨に貫通してる。つかんで引っ張っただけじゃ抜けない。石でがんがん叩いて、むりやり引っこ抜く必要がある。


「でも、そんなことしたら怒られるだろうな。この骨の主に」








『──この剣は抜けぬ』








 声がした。


 天井の方からだった。


 顔を上げると……壁から突き出た骨のひとつに、小さな人が座っていた。


 着ているのは、漆黒しっこくのローブ。


 髪も真っ黒だ。少しとがった耳の後ろに、小さな角が生えている。


 肌は真っ白で、目は細い。ほとんど、開いてるのがわからないくらい。かろうじて片方のまぶたの奥に、金色の瞳が見えるだけ。


『抜けるなら今すぐそうして欲しい。そしてお主の言うように、海の底に捨てるがよかろう』


 その少女は言った。


『名乗れ。竜の縁者。魔族の子孫と、その仲間よ』


「僕はソウマ=ナギ。この2人は僕の『結魂スピリットリンク』の相手で、魔族のセシル=ファロットと、獣人のリタ=メルフェウスです」


 間髪かんぱつ入れずに、僕は答えた。


「は、はじめまして」


「お、お邪魔してます」


 セシルとリタも、すぐにあいさつを返す。


 相手は地竜の関係者。しかも『呪い』の中枢にいる。


 かなり強いことは間違いない。怒らせない方がいい。


「名前を聞いてもいいですか。『呪われた地』にいらっしゃる人よ」


『我は、「地竜アースガルズ」の魂』


 黒髪の少女は言った。


 あっさりだった。


 まるで自分の出身地を語るみたいに、少女は、神話級の名前を告げた。


「……地竜……アースガルズ」


 僕はセシルとリタを見た。


 2人とも、首を横に振った。知らないらしい。


 聖女さまも、シロも、『海竜ケルカトル』でさえ、地竜──あるいは魔竜の名前を知らなかった。ということは、この骨の持ち主は、天竜よりも古い時代の竜ってことになる。


「……眠りをさまたげて申し訳ありません。偉大なる地竜よ」


『かしこまることはない。ここにいるのは、魂のかけら。本体はもう、死んでいる』


 黒髪の少女は困ったように首をかしげた。


『なぜか精神だけが死にきれず、こうして居残っているだけのこと。しかも心が分かれ、半分はどこかに行ってしまったからのぅ』


「半分?」


『それはどうでもよい。人の知識では把握はあくしきれまいに』


 黒髪の少女──『地竜アースガルズ』の魂は、溜息をついた。


『お前たちはここに、なにをしに来た』


「『呪い』の大元の調査に来ました」


 僕は地竜の魂を見上げて、こたえた。


 いつの間にかセシルとリタが、僕の両手をしっかりと握っていた。


 身体の震えが止まる──というか、震えてたことに、自分でも気づかなかった。


 しょうがないよな。神様レベルの相手と話をしてるんだから。


「この洞窟の外に住んでいた人魚が、貴族に住処すみかを追われてました」


 僕はセシルとリタにうなずいて、話を続ける。


「その理由が、貴族がこのあたりにあるという『聖剣』を手に入れるためだったんです。本当にそんなものがあるなら──」


『海の底に捨てる、か』


「それと、個人的に『魔竜のダンジョン』に興味があったので」


『なるほど──』


 黒髪の少女は、金色の左眼で、僕を見た。


 少し考えて、それから──


『お主からは、別の竜の気配を感じる。洞窟の外にも──同じ気配を持つ者がおる。そしてここに、竜の良き友であった魔族か。ふむ、よかろう』


 納得したようにうなずいて、彼女は言った。


『好奇心は若者の特権よ。質問を許そう。汝は、この「死にきれなかった地竜アースガルズ」になにを聞きたい?』


「過去になにがあったのか。あなたを誰が殺したのかを」


 僕は『地竜アースガルズ』の魂を見上げて、言った。


 視線はそらさない。相手は神様レベルの魂だ。海竜よりも、天竜よりも古い、いわゆる古代竜。そんなものとコミュニケーションを取ろうっていうんだから、どれだけ気をつけても足りない。


「できれば『呪い』の正体と、あなたがまだ、ここにいる理由も。過去になにがあったのか、教えてください。もしかしたらそれが……外の世界に『白いギルド』──竜の敵対者がいるのに関わりがあるかもしれないんです」


『……長い時を死にきれぬという意味が、わかるか?』


 黒髪の少女は、肋骨に手を乗せ、それを鉄棒みたいにして逆上がり。


 そのまま、とん、と、骨の上に立った。


『ここにいる我は、夢よ』


「夢?」


『そう。本体は死んで、まだ死にきれぬという夢を見ている。だから、我の言うことなどはあやふや。記憶も確かではなく、恨みも怒りも──我の方は──すでにない』


「それでもいいです」


『そうか?』


「僕は竜の身内です。竜にとって危険なアイテムや、危険な相手のことを知っておきたいだけなんです」


『そうか』


 黒髪の少女は迷っているように見えた。


 それにしても……いつの間にか残留思念や魂と話すことに、違和感がなくなってきてるな。


 海竜も天竜も、竜という種族は人間萌えで、僕にとってもフレンドリーだったからかな。


 ……王さまとか貴族とか、生きてる相手の方がよっぽど恐いもんな。僕にとっては。


『つまらぬ話よ』


 黒髪の少女は喉を反らして、はぁ、とため息をついた。


 それから、肋骨に突き刺さった剣を指さして、


『その剣の名前を──人間どもは「聖剣ドラゴンスレイヤー」と呼んでいた』


「聖剣──ドラゴンスレイヤー?」


 ──ストレートな名前だった。


『ドラゴンスレイヤー』、つまり『竜殺し』だ。


「……どうして、そんなものが」


『竜に恨みを持つ亜人がおり、その者の一族が長い長い時間をかけて作り上げた──と、聞いている』


 自分は居残った魂の半分ゆえ、正確なところはわからぬがな、と、黒い少女は言った。


『しかし、竜殺しの力が強すぎるゆえに、作った者でさえもこの剣を使うことはできなかった。状況が変わったのは、とある王が異世界より勇者を召喚したこと。その勇者が、この剣を使うためのスキルを持っていたことからだ』


 その勇者は、長い時間をかけて、聖剣ドラゴンスレイヤーを見つけ出した。


 そうしてさらに──気が遠くなるような時間をかけて、『地竜アースガルズ』にたどりついたのだという。


「……どうしてその人は……そうまでして、あなたと戦いたがったんですか?」


『王がその者と「契約コントラクト」したからだ。「スキルを活かして、その力を王に示す」と』


『地竜アースガルズ』の魂は、うんざりしたように言った。


『そして、その者のスキルは「剣術使い」と「聖剣適応」だけだったのだよ。普通の剣では奴の真の力は発現しない。奴が力を示すには、聖剣を実際に使う必要があったのだ』


「「「……はぁ」」」


 ……なんだそれ。


 遠い昔に呼ばれた召喚者は『聖剣を使うことで真の力を発現する』スキルを持っていた。


 その勇者は王さまに「スキルを活かして、その力を王に示す」と『契約』した。


 だから聖剣で、『地竜アースガルズ』と戦う必要があった──って。


「…………本末転倒ほんまつてんとうもいいところじゃねぇか」


『引っ込みがつかなくなった、と、奴は言っていた』


「引っ込み、ですか」


『聖剣を探すのに十数年。「地竜アースガルズ」にたどり着くのに数十年。その間に支払った時間と労力を考えると、いまさら止めるわけにはいかない、と』


「それだけの時間が経ったのなら、『契約』した王さまは死んでるんじゃ……?」


『跡を継いだ王も、「父がはじめたプロジェクトを、いまさら止めるわけにはいかぬ」「止めたらまわりの者に、先王のやり方を否定したと責められる」と言って、再び勇者と「契約」したそうだ』


「……あなたを倒すと、なにかいいことがあったんですか?」


『いや別に』


「ですよね。地竜は、人間の味方だったんですから」


『アーティファクトなんぞを作ってやったからの。もっとも、王族、貴族、平民問わずにくれてやったから、それが気に触ったのかもしれぬなぁ』


 地竜の魂は、遠い目をしていた。


 穏やかな顔だった。


 そんな目にあったのなら、人間を恨んでもいいはずなのに。


『そんなわけで、我は「聖剣使い」と戦って、敗れた。鱗も、肉も骨も「聖剣ドラゴンスレイヤー」に貫かれ、心臓を裂かれた。この剣は名前の通り、竜の天敵であったのだ』


 黒い少女は肋骨から飛び降り、骨に刺さった剣の横に立った。


 離れて、僕たちの近くで、純白の聖剣を指さす。


『だが我は、こんな危険な剣を、他の竜に使わせたくはなかった。ゆえに、この剣を身体に食い込ませたまま、海に身を投げたのだ。最後の力をふりしぼって、遠くの海岸まで泳ぎ、この洞窟を見つけた。その奥に身を横たえ──入り口を崩した』


「……え?」


 セシルが、小さく声をあげた。


「じゃ、じゃあ。ここに隠れたのは聖剣を封印するためだったんですか?」


『うむ』


「では、どうして『呪い』を発生させていたんですか?」


『この地に誰も近づけないため。聖剣を人に使わせないためだ』


『地竜アースガルズ』はうなずいた。


 名前はありきたりでも『聖剣ドラゴンスレイヤー』は、竜に対して強力な力を持つ。『天竜』や『海竜』──他の竜もダメージを受ける。そうならないために、この地竜は聖剣を身体に刺したまま逃げ延び、ここで命を落とした──って。


「…………いい竜さんだったんですね」


 セシルが、ぽつり、とつぶやいた。


 リタも、涙ぐんでる。確かに、いい話なんだけど──


「疑問があります」


『言うてみよ』


 黒髪の少女はほほえんだ。


『若者と話すのは楽しいものだ。新しい知見をくれるからの』


「ありがとうございます……えっと、洞窟を崩したのなら『呪い』は必要ありませんよね? それに、僕たちが来たとき、洞窟は開いてました」


 僕は言った。


「もうひとつ疑問があります。どうして聖剣がここにあることを貴族が知ってたんでしょう。あなたが聖剣を刺したままここに隠れたなら、誰も聖剣の在処は知らないはずじゃ──?」


『…………最初に言った。我は──半分と』


『地竜アースガルズ』の魂が両目を開けた。


 金色の左眼が、僕を見た。


 右目があるはずのところには……なにもなかった。


 右の眼窩がんかにあったのは、うつろな空間。


 それを手のひらで押さえて、黒髪の少女は、僕を見た。


『人間をいとおしいと思い、他の竜を守るために身を捨てる我がいた。同時に、心の中には、すべてを滅ぼしてしまいたいと思う我もいたのだよ』


「……二重人格──ってことですか?」


『うむ』


 ……それなら、わかる。


 いくら地竜が人間の味方でも、意味もなく殺されたら、怒るのは当たり前だ。しかもそれをやったのは勇者で、依頼したのは人間の王さまだ。問答無用で激怒したって責められない。


『我の心の半分は、こうしてここにいる。もう半分は出て行った。人の姿を借りて。人の世界に、怒りと混沌を振りまくために。そいつは我を「魔竜」と呼び、怒りの化身として語っているであろうな』


「だから、洞窟の入り口が開いていた?」


『そうじゃ。我の片割れが出て行ったとき、力をうばっていったからな。その力で入り口を開いたのであろう』


 そういうことか。


『地竜アースガルズ』は人間が大好きだった。でも、人間の勇者に殺されたことで、恨みを持った。


 その心がふたつに切り裂かれてしまったんだ。


 ひとつは、ここに残って『聖剣』を封印しつづけた。


 でも、もうひとつは洞窟を開いて出て行って、人間に仕返しすることを選んだ、ってことか。


「待って、ナギ。そんなものがいるなら、噂になってるはずよ?」


 リタが僕を見て、言った。


「竜レベルの力を持ってるんですよね? そんな存在、聞いたことがないです」


 セシルも不思議そうな顔をしてる。


 僕は首を横に振った。


 地竜の話を聞いて、思い出したことがあったからだ。


「……カトラスと出会ったあと、僕たちは黒騎士と戦ったよね」


 僕の言葉に、リタがうなずいた。


 セシルは目を見開き、はっとした顔になる。思い出したらしい。


「あのとき、黒騎士は言ったんだ。自分を呼び出した術者のことを『竜のようななにかであった』って」


 とても重苦しいものを感じた。あれが魔竜かもしれない、とも言ってた。


 だとしたらそれが、『地竜アースガルズ』の片割れなのかもしれない。


 そういえば『白いギルド』の『ギルドマスター』ってのもいた。あれも正体はわかってない。『来訪者』から色々な話を聞いたけど、姿かたちはそれぞれ違ってた。それが『地竜アースガルズ』の魂なら、『来訪者』を従えるほどの力を持っていてもおかしくない。


 でも……だとしたら──


「どうしてあなたの片割れは、人間に聖剣を与えようとするんでしょうか?」


『なにもかも憎いのかもしれぬ。人も、それに加護を与えようとする竜さえも』


 そう言って、『地竜アースガルズ』は話をしめくくった。


『もしもお主らに、この洞窟を崩す力があるのなら、そうするがよい』


「そうなったら、あなたは?」


『死にきれずにまた眠るよ。もう半身が動き回っている間は、死ねぬからのぅ。この剣が抜ければ……人への怒りも弱まる。我が半身もおとなしくなるはずなのじゃが』


『地竜アースガルズ』の魂は、肋骨ろっこつに刺さった聖剣を見た。


 僕とセシル、リタも、聖剣に視線を向ける。


 本当は地竜に出会ったら、いろいろ情報を聞きたかったんだけどな。魔族についてとか、古代エルフの話とか。


 だけど、今はそんな状況じゃないか。


「セシル、この聖剣を『鑑定かんてい』できる?」


「……ごめんなさい、ナギさま。この剣はレベルが高すぎます。本当に上位の勇者用のアイテムですから、私には……」


 セシルは申し訳なさそうに、目を伏せた。


「ただ、強力な魔力を感じます。その力が竜さんの骨に流れ込んでいるのも。竜を殺すのに特化したアイテムだというのは、間違いありません」


「リタ。仮に地竜の残留思念が『白いギルド』の関係者だとして、リタの神聖力で浄化できるかな?」


「無理ね。竜レベルでしょ? それって神様の怒りを『神聖力』で防げって言ってるのとおんなじよ」


「だよねぇ」


「フィーンちゃんの『即時神聖器物掌握アーティファクトルーラー』なら、聖剣を支配できるんじゃない?」


「『呪い』の影響があるからね。フィーンはこの場所には来られないよ。『呪い』を止めて呼んだとしても『聖剣使い』って使用条件がある以上、支配は難しいと思う」


『聖剣』の適格者じゃないと使えない──抜けない剣。


 理由は『竜殺しの力が強すぎるから』


 その条件をなんとかするには……。


 ……あれ? 簡単じゃないか?


 要はこの剣が『竜殺しの聖剣』じゃなければいいんだよな。


「質問です『地竜アースガルズ』。この剣の所有権は誰にあるんですか?」


『面白いことを考えるのだな』


「教えてください」


『長い時が経っているゆえ、当時の聖剣使いはもういない。だとすれば、数百年我の身体に刺さっていたわけだから、所有権は我にあろう』


「あなたはその所有権を、僕にゆずることはできますか?」


『できるが、譲ったところで使えぬぞ』


「それでもいいです」


 自分では使えないスキルでも、僕はこれまで『再構築』してきた。


 奴隷どれいのみんなのスキルと同じだ。要は所有権が僕にあればいい。


『よかろう。どうせ忌まわしい聖剣じゃ。お前に譲ろう。ソウマ=ナギ』


「ありがと」


 僕は壁に突き立つ聖剣に近づいた。


 正直『竜殺しの聖剣』なんか触れたくない。というか、見たくもない。


 だけど……これをこのままほっとくと、シロや『海竜ケルカトル』が、いつ危ない目にあうかわからない。


「やってみるか」


 深呼吸。


 覚悟を決めて、手を伸ばす。触れる。


 竜を模した柄を、握る。感触を確かめるみたいに力をこめて、僕はスキルを発動する。


「発動! 『能力再構築スキル・ストラクチャーLV7』!! 『聖剣ドラゴンスレイヤー』の概念を呼び出す!!」




『魔力の糸』で『聖剣ドラゴンスレイヤー』を絡め取る。


 ストレートな名前の聖剣だ。能力は予想がつく。


 概念をウィンドウに表示させると……やっぱり、思った通りだ。






『聖剣ドラゴンスレイヤー』




『竜殺しLV6』


『竜』の『生命活動』を『止める』剣




『威力増強LV6』


『攻撃』の『威力』を『高める』剣






 さすが聖剣。竜殺しのスキルと、攻撃力アップのスキルがついてる。


 竜の生命活動を止める剣か……なるほど、『地竜アースガルズ』が死にきれなかったのはこのせいか。生命活動は止められるけど、精神は別。魂の活動は止められなかった、ってことかな。


「最後にひとつ聞きます。もしも僕がこの聖剣を引き抜いて、さらに、竜にとっていいものに変えたら──人を呪っているあなたの半身は、どうなりますか?」


『消えるであろうな』


「消える?」


『恨みがなくなる。ここにいる半身の我も、満足して消える。仮に消えぬとも、力は弱まるであろうよ』


「あなたは、それを望みますか?」


『むろん。我の方は、人間も他の竜も愛している。我の半身を鎮めてくれるなら……それにまさるものはない』


 黒髪の少女──『地竜アースガルズ』の魂は、僕に向かって頭を下げた。


『この忌まわしき聖剣を消し去ってくれるのであれば、報酬ほうしゅうを与えてもよいくらいだ』


「じゃあ、昔のことを教えてください」


 僕はセシルの方を見て、言った。


「──魔族が昔、住んでいた場所なんかいいですね。知ってたら教えてくれませんか?」


「ナギさま!?」


 セシル、びっくりしてる。


「魔族が都を作りそうな場所でもいいです。人気がない山の奥地で、魔族が住むのによさそうな場所とか。僕は『結魂スピリットリンク』の相手──嫁に、一族のふるさとを見せてあげたいんです」


『それは知らぬ……が、「古代エルフ」の都の場所なら知っておる。そこに手がかりがあろう』


「それでいいです。じゃあ──」


 僕は自分自身に、人魚のルーミアからもらった『無心歌唱むしんかしょうLV3』をインストールした。


 頭の中で『概念がいねん』を入れ替えてみる。シミュレートする。


 そして、忌まわしい聖剣を握りしめる。


「『聖剣ドラゴンスレイヤー』に命じる。竜にとっていいものに変われ」


 魔力を込めて、宣言する。


「死後も竜と人をしばる聖剣よ。お前を今すぐ書き換えてやる! 発動! 『高速再構築クイック・ストラクチャー』!」


 僕は『聖剣ドラゴンスレイヤー』の『概念』を素早く入れ替えた。


 少し抵抗があったけど、大丈夫だ。大元の『能力再構築』はレベル7になってる。それに、マジックアイテムの書き換えは何度もやってる。


 さらに、僕は怒ってる。かなり。


『竜殺しの聖剣』なんてものを作った奴にも、それを勇者に使わせた王さまにも。


 もしも、この聖剣と──地竜アースガルズの、怒りに満ちた片割れが、この世界のブラック労働と関わってるなら──


 ──『地竜アースガルズ』をこの剣から解放することで、止めることができるかもしれない。


「『天竜の幼生体シロ』のおとーさんをなめんな。こんな危ない聖剣、ぶっこわして書き換えてやる!」


『竜殺し』の概念は、ひとつだけ入れ替える。


『威力増強』はどうでもいいや。この地を浄化し続けた、ゆかいな人魚のスキルを使おう。


 ざまみろだ。昔の王さまも、この剣を作った誰かも。


 あんたたちの聖剣は、僕が別物に書き換える。


 失敗して、聖剣が使い物にならなくなっても、それはそれでいい。


 竜にとって危なくない剣になれば、あとはどうでもいいんだ。


「実行! 『高速再構築クイック・ストラクチャー』!! 聖剣よ、竜をほめる剣に変われ!!」


 魔力を込めて宣言する。


『聖剣ドラゴンスレイヤー』の表面に、光が走る。


 肋骨ろっこつに突き刺さったままの聖剣が、ぶるぶると震えはじめる。


 聖剣は、しばらく抵抗するみたいに揺れていたけど──








 ぽろ、








 ──って、骨から抜けて、落ちた。


『オ、オオオオオオオオ!?』


『地竜アースガルズ』の魂が──絶叫した。


『オ、オオオオオオオオオオオ!? 剣が、数百年我と、我の心臓を傷つけ続けた剣が──剣が────っ!』


「よっと」


 僕は落ちた聖剣を手に取った。


 こいつはもう、『聖剣ドラゴンスレイヤー』じゃない。


 能力を書き換えたら、名前まで違うものに変わってた。






『聖剣ドラゴンスゴイナー』




『竜活性化LV1』


『竜』の『生命力』を『高める』剣




 効果範囲内にいる竜と、竜と繋がっている者の生命力を高める。


 生命活動が活発になるため、小さな傷なら即座に治ってしまう。






威力歌唱いりょくかしょうLV1』


『攻撃』の『威力』を『自由に楽しく』『歌う』剣




 対象の攻撃の威力を測定して、それを楽しい歌で教えてくれる。


 竜の仲間が使うと「こっちの一撃は高威力ー。ゴブリン即死。ドラゴンとってもすごいなー」って感じで、歌いながら敵を威嚇いかくしてくれる。




『──け』


 洞窟どうくつが、揺れはじめた。


『竜殺しの聖剣は新たな力を得て、竜を祝福するものとなった。我がこの土地を呪うことは、もうない。また、その剣が竜にとって善きものに変わったことで、我の力も少しだけよみがえった。その力をもって、洞窟を完全にくずす。聖剣が消えたことは──我の半身も感じ取っているはず──奴も──解放され──る』


「ありがとう。『地竜アースガルズ』」


『伝えよう。古代エルフの都の位置を──って、準備いいな、お主は!!』


 彼女が言いかけた瞬間、僕は荷物から地図を取り出して、広げた。


『黒い少女』──『地竜アースガルズ』の指が、地図の一点を指さした。


 そこは、地図の外。保養地ミシュリラの北。徒歩4日くらいかかる距離の場所だった。


け。この時代の竜に、我のことを伝えよ。我は記録も、伝承も残さずともよい。竜の同族がたまに思い出してくれればいいさ。それだけで満足だ──』


「わかりました。さようなら。『地竜アースガルズ』」


「ありがとうございました。あなたのことは、忘れません」


「歌でみんなに伝えるもん。この世界には、本当に優しい竜がいたって」


 そうして僕たちは竜の骨に背を向け、走り出した。


「みなさまー! なんだかすごい揺れでしゅ──わわわっ!!」


「ごめんルーミア。ちょっとだけ我慢して!」


 水路まで戻った僕は、問答無用でルーミアを抱き上げた。


 狭い水路を泳ぐのは時間がかかる。抱き上げて走った方が速い。


 それに、さっきよりも足が軽い気がする。


 これって──『聖剣ドラゴンスゴイナー』の『竜活性化』の力か?


『聖剣ドラゴンスゴイナー』は『竜と、竜の関係者』の生命力を高める。


 僕は『海竜の勇者』で『イリスの「魂約者」』だ。セシルとリタは、僕と魂で繋がってる。


 3人とも竜の関係者と言えないこともない。だから『竜活性化LV1』は僕たちに影響を与えていて、だから走るのが速くなってるのかも──っ!


「なぁくん!」「お兄ちゃん! いそいで──っ!!」


 洞窟の中まで来ていたアイネとイリスが、僕からルーミアを受け取った。


 そのまま全力疾走で砂浜まで──って、イリス速っ!? めちゃくちゃ速っ!?


「イリス、なぜかみなぎっております────っ!! ひゃっはーでしょう────っ!!」


 どっぼん。


 勢い余ってイリスは、そのまま海の中に飛び込んだ。


 まぁ、大丈夫だろ。イリス、水泳スキル持ってるから。


「……洞窟はどうなった?」


 振り返ると、洞窟は岩に埋もれていた。


 人魚さんの水路だけが残ってる。『地竜アースガルズ』は、ちゃんと考えてくれてたみたいだ。


 やっぱり、優しい竜だったんだな。


「クエスト完了ですね。ナギさま」


「終わったね。ナギ」


 砂浜に座ったまま、セシルとリタが笑った。


『呪い』も完全に消えている。ここはもう『呪われた地』じゃなくなった。もちろん『聖剣ドラゴンスレイヤー』もなくなった。『聖剣ドラゴンスゴイナー』はあるけど──貴族や王家には必要ないだろうなぁ。献上けんじょうしたら、逆ギレされるレベルだ。


「わわっ! こら。ルーミアさん、はしゃぎすぎでしょう!?」


「ははははーっ! 終わったでしゅ! みんな、戻ってくるでしゅーっ!!」


 イリスと人魚のルーミアは、海の中で抱き合ってる。


 呪いが消えたってメッセージを送ったからか、レティシアとカトラスとラフィリアが、こっちに向かって走ってくる。


 僕は人魚のルーミアに、『呪いは消えたけど、人魚はこれからどうするの』って聞いてみた。すると──




「飽きるまで歌って、飽きたら別のところ行くでしゅー」




 ──って、返事が返ってきた。


 うらやましいなぁ。その性格。


 そんなわけで僕たちは、しばらく砂浜で休んで。


 落ち着いたところで、人魚のルーミアと一旦、別れた。あとで聖女さまと一緒に、人魚のソーニアを連れて戻ってくることになる。人魚さんの秘宝をもらうのはそのときだ。


 周囲に敵の気配はなし。侯爵さんの船は、もう見えない。戻って来る様子はない。


 そんなわけで、僕たちは安心して、聖女デリリラさまの迷宮に向かったのだった。




 僕は聖女さまに、使わなかった銀盤ぎんばんを返して、『クエスト完了』の報告をして──


『新人研修』が終わったことと、人々を浄化して解放したこと、


『魔竜のダンジョン』と『呪い』の正体、


 貴族が求めていた、竜殺しの剣『聖剣ドラゴンスレイヤー』のこと、


 それを僕が、竜が元気になる剣『聖剣ドラゴンスゴイナー』にしたこと、


『地竜アースガルズ』が、満足して消えたこと。ダンジョンがなくなったこと、


 そして『地竜の魂』の半身のことを伝えたんだけど──








『君たちやりすぎっ! 伝説、作りすぎ──っ!!』


 怒られた。


『クエストを依頼してから1週間も経ってないよね!? なのに、全部解決しちゃってるよね!? そもそも伝説とか神話生物と平気でお話してるよね!? その悩みも解決して、下手したら世界を変革しちゃってるよね!? どうなのそれ!? しかも君たち無名だよね!? 伝説の聖女なんて呼ばれてるデリリラさんの方が、たいしたことしてないよね!? デリリラさんこれからどうしたらいいの──っ!?』


「聖女さまが探してる、『魔族の都』の手がかりももらいましたけど」


『それはあとでじっくり話をしよう。それより──』








『うおおおおおお。みなぎるかと──っ!』


『イリス、落ち着きません! みなぎってます──っ!!』








『その「聖剣ドラゴンスゴイナー」の力を封じるさやを探してあげるから、「りとごん」とイリスくんを落ち着かせて──っ! やめてとめてふたりをとめて! そこのダンジョンはまだ制作中だから、勢いで突破するのやめて──っ!!』




 そんなわけで。


 僕たちは手分けして、聖女さまの物置から、魔力遮断能力の強い鞘を見つけ出し『聖剣ドラゴンスゴイナー』に装着した。


 それから、みんなで情報共有して、




「「「「「「「『『『お疲れさまでしたー!』』』」」」」」」」




 今日はダンジョンに泊まることにして、僕たちは(聖女さまと、人魚のソーニアも交えて)眠くなるまで、ぼんやりとお話を続けたのだった。













──────────────────


『聖剣ドラゴンスゴイナー』


かつての勇者が使っていた聖剣を『竜にとってきもの』を書き換えた逸品いっぴん

竜を殺す剣から、竜をほめたたえる剣に変わっている。

『能力再構築』によってレベルが下がったことで、誰にでも扱える剣となった。


その能力はきわめて高く、刀身をあらわにしただけで、まわりの竜を元気にさせてしまう。

『天竜の幼生体』のシロや、海竜の血を引くイリスはもちろん、その『魂約者』であるナギ、ナギと『結魂スピリットリンク』しているセシルとリタも例外ではない。

ただ、ハイになってしまうので、魔力を封じる鞘は必要。


もうひとつのスキル『威力歌唱いりょくかしょう』は、人や魔物の攻撃の威力を歌にして教えてくれる。その声はすべての人に聞かせることもできれば、自分にしか聞こえないようにもできる。


なお、その名前のせいで、ときどき「竜すごい! とてもすごい。ドラゴンってすごいなー!」って叫び出すことがある。その声を聞くと士気が上がり、攻撃力にプラス修正がついたりする。

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