第191話「『天竜の代行者』の作戦は、安全第一でアフターケアもついていた」

 ──ナギ視点──




「てったーい! 一時てったいだーっ!」


 僕たちは人魚のルーミアを抱えたまま、兵士たちとは逆方向に向かって走り出す。


 セシルの『古代語魔法 濃霧フォグ』はまだ効果を発揮してる。ただ、セシルと僕だけは、術者とご主人様権限で、霧を自在に見通すことができる。


 だからヒルムト侯爵と兵士たちが、波打ち際でまごついてるのもわかる。


「……作戦を立てる時間はありそうだ」


 せっかく上陸してきてくれたんだ。向こうの情報を手に入れておきたい。


 特に、兵士の中にいる、黒髪の剣士──あれは放置しとくと危険かもしれない。いかにもな片刃剣を持ってるのが、今までにも増して勇者っぽい。やつの同類がレティシアの『強制礼節マナーギアス』をレジストしかけてたことを考えると、同様の抵抗力がありそうだ。


 できれば持久戦を狙いたいけど、あいつ、普通に霧を突破してきそうな気がするなぁ。


 安全に戦う方法があればいいんだけど……。


「……あるな」


 思いついた。


 僕はリタを手招きした。


「ん? なになに、ご主人様」


 側にやってきたリタの獣耳に、僕は口を近づける。


「……こないだ獣人の村で……覚醒かくせいしたスキルを……」


「────っ!!」


 ぼっ。


 リタの顔が真っ赤になった。


「あ、あのとき……その、私とナギが……すぴりっとりんく……したときの……あの、そのあの……」


 頭から湯気が出そうになったリタは、ほっぺたを押さえて、横を向いて、上を向いて、それから──




 はむははむはむはむっ!!




 こらえきれなくなったように、僕の手のひらを甘かみした。はむはむって。


 尻尾がぴくぴくしてる。獣耳がぱたぱたしてる。


 ……うん。あのときのこと、思い出しちゃったんだね……。


「……わ、わかったもん」


 リタは僕の手のひらを放して、ついでに持ってたハンカチで拭いて、うなずいた。


「私とご主人様が……魂で結びついてできたスキルで、悪い人をやっつければいいのよね?」


「お願い。できるだけ安全な方法でね」


「言わなくてもわかるもん。私はナギと繋がってるんだもん。私はもう……ご主人様の一部みたいなものなんだからねっ」


 リタはぐっ、と拳を握りしめた。


 僕の一部か……なんだか、恥ずかしいような嬉しいような……ん?


 リタは僕の一部……僕とリタは、魂で繋がってる。


 ──ってことは、リタは僕の身体の延長ともいえるわけで。となると、イリスと『魂約エンゲージ』してできたこのスキルも──?





能力接触分析スキル・アナライザー


 自分が受けたスキルや魔法を『分析』することができる。


 対象の効果と概念を知ることができる。


 ただし、自分の身体か、身体の延長・・・・・となるもので・・・・・・接触しなければいけない。





 ……なるほど。


「それで、君たちはどうする?」


 僕は2人の『エリート研修生』の方を見て、言った。


 剣士の少女からも、ローブの少女からも、もう敵意は感じない。


 ただ、2人とも僕たちから距離を取ってる。警戒してるのか……混乱してるのか、どっちだろう。


「……『天竜の代行者』さま」「私たちは……できれば、自分自身で確かめたいことが……」


 2人はためらいながら、短い話をした。


 それに僕が答えて、ちいさな約束をして。





 それから僕たちは素早く、作戦を開始したのだった。










 ──ヒルムト侯爵こうしゃく視点──






 ヒルムト侯爵たちが剣を手に駆けだした瞬間、『天竜の代行者』は霧の中に姿を消した。


 なにを考えているのか……しばらく、反応はなかった。


「……逃がすのは面倒だな」


「侯爵閣下。しかし、この霧では……」


 兵士の一人が、不安そうな声でつぶやく。


「案ずるな。わしは霧の中での戦闘など、幾度いくどとなく経験しておるわ!」


 両刃の大剣を手に、ヒルムト侯爵は叫んだ。


「動きにくい砂地での戦闘も経験済みだ。そのために軽い革鎧かわよろいを身につけてきたのだからな。さらに、儂には『指揮スキル』がある」


武術指南役ぶじゅつしなんやくとして部隊を指揮されていた侯爵閣下ご自慢のスキルですな」


「そうだ『聖剣使い』──いや、イクスよ。お前には教えておったか」


 霧でぼんやりとしか見えない少年に向かって、ヒルムト侯爵は応えた。






『指揮LV6』


 所有者の『指揮下』として登録された配下に、プラス修正を与える。


 攻撃力+10%+2%x『指揮下の人数』


 レジスト能力、人数分プラス修正。


 大将マーカーの表示(ヒルムト侯爵こうしゃくの頭上に、大将マーカーが表示される。指揮下にはいった兵士にしか見えない。魔力で表示されているため、周辺環境の影響を受けない)






「我が兵士たちよ。『大将マーカー』は見えているな!」


「「「「「見えております!!!」」」」


 ヒルムト侯爵の周囲で叫び声が上がった。


 配下の兵士は5人。だが、それで十分だ。


「そして、霧など俺の『剣技』があればこの通り──『空裂斬ウィンディング・スラッシャー』!!」


『聖剣使い』が片刃の剣を振った。


 空気が裂ける音がして、彼の周囲、数メートルの範囲の霧が消えた。


 剣が生み出した衝撃波が吹き飛ばしたのだ。


「このように切り払って進めば、霧などどうということもありません」


「さすがはイクス。貴様が聖剣を手に入れたときが楽しみだ」


「その時は、さらにお役に立てることでしょう。今は──役立たずを見つけ出すのが精一杯ですが」


『聖剣使い』イクスの目が、2人分の人影を捉えた。


 霧が消えた空間に、剣士と魔法使いの少女がいた。


「『エリート研修生』の2人か」


「ヒルムト侯爵閣下! 『教官剣士きょうかんけんし』のイクスさま。質問があります!」


「この地は人をおかしくする場所というのは本当ですか!?」


 剣士と魔法使いの少女は叫んだ。


「天竜は言っていました。この地は呪われた場所で、研修生たちは強くなったのではなく、こわれてしまったのだと。それは本当なのですか!? おかしいのは逃げた人たちではなく、私たちだったのですか!?」


「嘘ですよね。私たちに『死ね』とか。私たちは研修生なんですから!!」


「ああ、殺さぬ。兵士ども、こいつらを捕らえろ」


 ヒルムト侯爵は吐き捨てた。


「こうして儂の前に現れたからには、殺さぬ。『契約コントラクト』して、例の場所の探索に使うこととしよう」


侯爵閣下こうしゃくかっか!?」「私たちがなにをしたというんですか!?」


「研修生がわしに疑問をぶつけるとはなにごとだ?」


 ヒルムト侯爵は目を細め、『エリート研修生』の2人をにらんだ。


「その性根をたたき直す。研修はまだ、終わっていないのだ」


 侯爵の声に応じて、5人の兵士たちが動いた。


 左右に分かれ、2人の『エリート研修生』を包囲にかかる。


「うそ──こんなの、うそっ!! 信じてた……のに!!」


「どうして!? 私たちは、研修生の中でも優秀じゃなかったの!? だから侯爵閣下は目をかけてくださったのでは!?」


「……お前はお前はなにもわかっていないようだな、この研修について」


 ヒルムト侯爵は長いため息をついた。


「みんな強くなって、自分に自信を持てるようになる。前向きに仕事をかんばれるようになる……そうじゃないんですか!?」


「そうです。だからみんながんばってたのに……」


 剣士の少女とフードの少女の問いに、ヒルムト侯爵はかぶりを振った。


「違う。協調性を身につけることで、上司の意見を『察する』ようになることだ」


「察する……って」


「なにも言われなくても、こちらのしたいことを理解し、その通りにすることだ」


「侯爵閣下が考えてること? 先回りして? そんなのどうすれば!?」


「がんばれ」


「先回りして動いて、それが間違えていたら?」


「お前が間違えたのなら、お前たちの責任だ」


「…………無理ですよ」「普通に命令してくださいよ……」


「なんで儂がお前らごときに直接命令を下さなければならんのだ。図に乗るな」


 ヒルムト侯爵は2人の少女に、大剣を向けた。


「儂の意図を先回りして、黙っていても聖剣を持ってくるくらいできずに、立派な社会人と言えるか。まったく。

 まぁいい。さっさと『契約コントラクト』しろ。儂の道具になれ。『契約のメダリオン』を出すがいい。研修生。グループAAの1番と2番」


「……違う」「私たちは、そんな名前じゃない!」


 ローブの少女は首を振った。


「私の名前はティニス」


「私はケルン」


「「私たちはこの時点をもって研修をめさせていただきます!」」


 少女は兵士たちの剣を避けるように──真後ろに転がった。


 そして、叫ぶ──


「「私たちが間違ってました。お願いです。お助けください! 『天竜の代行者』さま!!」」






 どがががっ!!






「──ぐぁっ!?」「がっ。ぐぁっ!!」


 少女の真後ろから飛び出してきた金髪の獣人が、2人の兵士を蹴り飛ばした!


 2人の少女は獣人の少女の手をつかむ。獣人は彼女たちの手を引いて、霧の中へ駆け込む。


「逃がすな、『聖剣使い』!!」


「『空裂斬ウィンディング・スラッシャー』!! 『2連撃ダブル』!」




 ぶぉん。ぶん。




『聖剣使い』の剣が霧を払う。衝撃波が空を裂く。


 だが、獣人の少女には届かない。彼女の姿は霧に溶けるように消えていく。


「霧の中に突入する! 兵士たち、ついてこい!!」


「「「はいっ!!」」」


「そういえば──さっき、霧の中にうっすら見えた人影の中に、獣人はひとりだけだったな」


 兵士たちと一緒に駆け出しながら、ヒルムト侯爵はほくぞ笑む。


「ならば、奴らは墓穴を掘ったぞ。動きにくいこの砂浜で、最も機動力のある獣人を、役立たずの救出に使うとはな!! これで奴らの戦闘力は激減した!!」


「「「一気に敵を追い詰めるとしましょう!!」」」


 ヒルムト侯爵の軍団は隊列を組んだまま、砂浜を駆ける。


『聖剣使い』を含め、全員が手練れの戦士だ。脚力には自信がある。しかも、敵は人魚も連れているはずだ。奴らは足手まといを見捨てることはできない。


「奥義! 『大空裂斬ギガソニックスラッシャー』!!」


『聖剣使い』が剣を振る。扇形に霧が払われ、クリアな空間が生まれる。


 砂浜には足跡が残っている。獣人のものはかすかに──逃げた研修生のものははっきりとわかる。


「周囲を警戒しろ! 伏兵がいるかもしれぬ!!」


「了解し──」


 侯爵が叫んだ瞬間、霧の向こうから敵が現れた。


 兵士たちが剣を構える。最後尾の兵が、出現した人影に向かって剣を振る。


 その彼が、現れた敵を見て、目を見開いた。


「──同じ獣人──だと!?」


「えい」




 どごぉっ!




 兵士の剣をかいくぐって、金髪の獣人の蹴りが飛ぶ。


 まともに胴体にくらった兵士がのけぞり、そのまま地面に転がる。


 振り返った侯爵が見たのは──さっきと同じ『金髪の獣人』だった。顔はわからない。竜っぽいお面を被っているからだ。それもさっき現れた者と同じだ。その戦闘力も──その速さも。


「ばかな! 奴の足跡は逆方向に向かっていたはず!?」


「──侯爵閣下! 側面からも獣人が──ぐはっ!!」


 兵士の身体が吹っ飛んだ。彼を殴り飛ばしたのは──やはりお面を被った金髪の獣人。


 侯爵は首を振る。まるで霧に惑わされているかのようだ。同時に2方向から、同じ姿の獣人が襲ってくる。しかも戦闘能力はきわめて高い。まるで向こうにはこちらの姿が、完全に見えてしまっているかのように。


「密集隊形を取れ! 敵はどこから来るかわからぬ。備えるのだ!」


「──侯爵閣下。長時間の戦闘は『呪い』の影響が……」


「わかっておる!」


 侯爵は叫び返す。


 だが、このまま進むわけにはいかない。敵がどの方向にいるか、わからないのだ。


 こちらの兵士は残り2人。うち1人が怪我を負っている。数の優位はすでに消えた。


 侯爵は目的を切り替える。人魚の奪還と『エリート研修生』の捕獲──それはあきらめる。撤退てったいを優先する。


 小舟に戻るのは──駄目だ。船に乗り込んだ瞬間に隙ができる。


 このまま砂浜を突破して、呪いの影響から脱するしかない。そのまま陸路を走って、保養地で船と合流する。その前に──


「『聖剣使い』イクスよ。次に獣人が現れたら、確実に斬り倒せ。できるな?」


「──可能です。絶技を使います。我が剣は、魔法さえも切り裂きますから」


し。敵を一人でも捕獲し、その正体を調べる。相手を捕らえることさえできれば、あとは『白いギルド』に動いてもらう」


「御意」


 侯爵、『聖剣使い』、残った兵士は息をひそめる。


 敵はどこから来るかわからない。魔法での攻撃もありうる。


 だが、こちらには『聖剣使い』がいる。その絶技で圧倒し、一気に走り抜ける。


 侯爵は大剣を、『聖剣使い』は片刃の剣を握りしめる。


 そして敵は、側面から現れた。


「てーい」


「絶技! 『究極八連空斬波アルティメット・ソニック・エイトスラッシャー』!!」


『聖剣使い』の片刃剣が、金髪の獣人の腕に触れる。敵の拳が、剣とぶつかり合い、固い音を立てる。獣人はさらに蹴りを繰り出す。が、『聖剣使い』の絶技は超高速の連続技だ。そのころにはすでに刃が、獣人の腕を捕らえている。刃先が白い肌に触れようとした──瞬間。




「ヤラレチャッター」




 ぱしゃんっ!




 獣人の身体が水になって、消えた。


「…………え」


『聖剣使い』イクスの目が点になる。


 確かに、彼は獣人の少女を斬ったはず。なのに目の前にあるのは、飛び散った水だけだ。


 それが顔にかかり、視界を塞ぐ。


 水を払おうと横を向くと、2人分の影が見えた。


 1人は、小さな誰かを抱きしめていて──


 もう1人は霧に隠れ、こっちに指先を向けていた。






「『能力接触分析スキル・アナライザー』完了。やっぱり『結魂スピリットリンク』した相手は、自分の身体の延長だって見なされるみたいだ」


 大きい方の影が言った。


「でもって、こいつの『究極八連空斬波アルティメット・ソニック・エイトスラッシャー』は──8連撃前提で側面が死角だ」


「了解しました! ご主人様!!」


 小さい影が叫んだ。


『聖剣使い』イクスは、盛大に2撃目を空振りしながら、それを聞いていた。


 彼の額に冷や汗が伝う。絶技はあと7回の剣撃が残っている。しかも、最後の2撃は真空の衝撃波を飛ばす大技だ。獣人の少女は消えた。小さな影は彼の側面。技の死角に立っている。どう見ても呪文を詠唱している。


 ──まずいまずいまずい!


 絶技は急に止まれない。


 敵は完全にこっちの動きを読んでいた。『聖剣使い』イクスが並外れて強いことさえも計算に入れていた。大技を誘って、その硬直時間に魔法を割り込ませてきた。


『天竜の代行者』が、そんなことができる相手だとしたら──勝てない。


 彼が勇者なら、向こうは勇者対策のプロだ──





「詠唱完了です。古代語魔法──『水球ウォーターボール』!!」





 そして巨大な水の球体が、彼らに向かって飛んできた。





「な、なななななっ、なんだこの水のかたまりは──家よりもでかい──だと!?」


「知らない──っ! こんな魔法は知らないぞ──っ!!」


「に、逃げましょう。逃げましょう侯爵閣下!!」


 叫ぶ侯爵も兵士も動けない。頼りの『聖剣使い』は絶技のあとの硬直時間。その上、敵がどこから来るのかわからない。侯爵自慢の『指揮スキル』も、配下が1人になってしまっては意味がない。そして目の前には、足をすくませるほどの巨大魔法。




「に、にげがぼがぼごぼごぼ」


「げぼがぼごぼがばぼぼぼぼぼぼっ!!」




 そうしているうちに──飲み込まれた。


 巨大な水の玉は、侯爵も聖剣使いも兵士もまとめて飲み込んで──そのまま渦を巻いて回転し──





 ぱんっ、と、破裂した。

 




「「「ぐがらばっ!」」」


 巨大な水の中で振り回され、飛ばされ、最後に水の塊をたたきつけられての3連コンボ。


 衝撃で頭を揺さぶられ、侯爵たちは砂浜に転がった。


「……たた、かえ、『せいけんつかい』……」


「……あなたの指揮が…………ひどすぎ……いえ、天竜を相手にしたのが……まちがい」


 がく、と、『聖剣使い』は意識を失った。


 ヒルムト侯爵はひとりになった。


 やがて、霧が晴れていく。


 彼が見たのは、倒れて動かない配下の姿と、それを一人一人縛り上げていく、メイド姿の少女。


 こちらをにらみつけている『エリート研修生』ケルンと、それを支えている緑色の髪の少女。


 そして人間の少年と、彼の左右にいる、まったく同じ姿をした金色の獣人。それと、少年の腕の中にいるダークエルフの少女。


「話を聞かせてくれるかな、侯爵閣下」


 少年は言った。


「あなたがここで行っていた、『新人研修』の真の目的について」








 ──ナギ視点──




「安全策をとって正解だったね……」


 本当にすごかったな。あの少年剣士の連撃。


 僕の『柔水剣術』でも受けきれなかったかもしれない。


 奴を見たとき、やばいと思った。


 貴族の護衛。『聖剣使い』という名前。さらに、すごくかっこいい片刃剣。


 いかにも強そうだったから、そっちにはリタの分身を・・・・・・送り込んだんだ。


 今回使ったのはリタの『結魂スピリットリンク』スキル『分身攻撃エクステンド・アーミィ』だ。





分身攻撃エクステンド・アーミィ


 神聖力でリタ自身の分身を2体まで作り出す。


 分身はそれぞれの意思を持って行動することができる。分身は一定以上のダメージを受けると消滅する。


 同じ『結魂スピリットリンク』状態のセシル=ファロットの力を借りることで、分身にひとつの『属性』を加えることも可能。


 たとえば『炎』属性を与えられた分身は、すべての攻撃に炎属性がつく。




 今回はリタの分身に『水属性』がついてる。だから打撃に、水の重みと衝撃が追加されてた。


 倒されたときに水に変化したのもそのせいだ。


 しかも、リタが僕の一部って認識されてるように、分身まで『僕の延長のそのまた延長』って扱いになってた。


 おかげで──勇者のスキルについて詳しく知ることができた。


『エリート研修生』たちには戦闘が終わるまで遠くにいるように言ったんだけど、彼女たちは「自分たちで真実を確かめる」って言ってきかなかった。まぁ「真実は自分たちで確かめてくれ」って言ったのはこっちだからね。しょうがないよね。


 充分に距離を取って話をするようにって忠告に、2人はちゃんと従ってくれてた。


 もちろん、危なくなったら突撃するつもりだったけど。


 それにしても結構、時間がかかっちゃったな。レジスト能力の高い敵は面倒だ。束縛系のスキルが通じない相手への対策も、これからは考えておかないとね。


「……はふぅ」


「セシ──じゃなかった、『天竜の代行者』2号さん。体調は大丈夫?」


 敵の前だからね。本名は出さないようにしないと。


「だいじょぶ、です。水魔法は殺傷能力が低いですから、魔力消費も少ないみたいで……」


 セシルは肩越しに僕を見上げながら、笑った。


 セシルの『古代語魔法 水球ウォーターボール』は『火球ファイアボール』の水バージョンだ。火球が爆風と火炎をまき散らすのに対して、水球は相手を中に取り込んで、洗濯機みたいにかき混ぜた上で破裂する。


 こないだ『非殺傷魔法』使おうとして、魔物を輪切りにしちゃったからね。


 今回は本当に、安全に無力化できる魔法を使ってみたんだ。


「でも、『火球』系は魔力を馬鹿食いするからね。本当に平気?」


「…………は、はい。はぅ……」


 僕の腕の中で、セシルはため息をついてる。


 額に手を当てると……うん、ちょっと熱いかな。首筋も汗ばんでる。


 耳もちょっと赤くなってる。やっぱり少し休んだ方が──


「ひゃ、ご、ご主人さま。みなさんが見てますっ」


「ご、ごめん」


 僕は慌ててセシルの首筋から手を放した。


 霧の中だからまわりから見えないと思って、堂々とセシルの胸に手を当てて、魔力供給してたらからね。つい、その流れで……反省反省。


 まだ終わってない。早いところ貴族さんから話を聞き出して、メインのクエストに向かおう。





 ────────────






 そして十数分後。


 僕はうずくまるヒルムト侯爵と向かい合っていた。


『聖剣使い』と他の兵士たちは、まだ気絶してる。当分は目覚めないと思う。


 隠れ場所から出てきたアイネとイリスが、兵士さんたちの面倒を見てる・・・・・・からね。


「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな。ヒルムト侯爵」


 顔につけた『海竜のお面』を直しながら、僕は聞いた。


「あなたが人魚を住処から追い出し、この地で『呪い』耐性を持つ人を探していた理由を」


「…………う、うぅ」


「こちらは正式に、この地の住人から依頼を受けている。正気に返った研修生たちも、ここでなにが行われていたか、みんなに話すだろう。『研修』はもう終わりだ」


「う、ううううっ! うがああああ!」


 ヒルムト侯爵は頭を抱えてうなってる。


 時間がかかりそうだな。


 こっちで予想を立ててみよう。えっと、この地は呪われていて、その原因は、竜に王さまがひどいことをしたから。にもかかわらず、貴族はこの地に人を集めて、なにかをしようとしていた。『呪い』耐性を持つ人を探してるってことは、呪いの地に踏みこむわけで、それを企んでいた貴族の配下にいるのが『聖剣使い』──ってことは。


「……隠しても無駄だ。聖剣を探しているのだろう?」


「貴様。なぜそれを知っている!」


 当たった。


 ……あんまりうれしくないなぁ。なんだか、やっかいな情報を手に入れちゃったような気がする。


「…………おそるべきは『天竜の代行者』よ……あぁ」


 あきらめたのか、ヒルムト侯爵はうずくまったまま、話し始めた。


「……高位の貴族にだけ伝わる伝説があるのだ。この地に、かつて巨大な存在がいたと。それをいにしえの勇者が──殺したと」


 ──『海竜ケルカトル』が言ってた『地竜』のことか。


 それをいにしえの勇者が、殺した……って。そりゃ怒るよ。


「そのとき勇者はその場に聖剣を置いていった。理由は知らぬ。確かめようもなかったからな。この地は……人の精神を侵す『呪いの地』であったから。だが──」


 倒れたままの黒髪の少年を指さす、ヒルムト侯爵。


「そして今、我らが協力している組織がこのイクスを派遣してきた。こやつには『聖剣使い』のスキルがある。『聖剣』さえ手に入れれば最強になれる。この護符を使って、聖剣を手に入れろと」


「その組織というと……?」


「儂も詳しいことは知らぬ。だが……代理人の者はこう言っていた」


 ヒルムト侯爵は左右を見回し、誰かに聞かれることを恐れているように、小さな声で──


「…………聖剣を手に入れたものは、その組織について知ることができるだろう。それがまた、高位の貴族の証となるのだ──と」


 ……なるほど。


 だからこの貴族さんは、わざわざ研修なんて名目で人を集めて、聖剣を探す人材を見つけようとしてた、ってことか。


「だから……儂は聖剣を探していたのだ……なのに……こんな」


「……あんたが聖剣を手に入れるかどうかは、どうでもいいよ」


 それに口出しするつもりはない。探索するのは自由だし。


「他人を利用しないで、自分自身でやれば、なにも問題はなかったんじゃないかな?」


「ばかな! 儂にもしものことがあったらどうする!」


 おいこら。


「どうして儂が危険を冒して呪いの中心に踏み込まねばならぬ!? そういうことは配下が気を利かせて行うことであろう!? だから儂は『研修』を企画し、協調性があり、察しの良いものを育てようとした。『呪い』に耐性があるものも見つけ出した。あと数人、それが増えれば探索させるつもりだったのだ……」


「人魚を捕らえたのは、『呪い』浄化の役目をさせるためか」


「そうだ。なのに、儂らが来たら、奴らはさっさと逃げおった。しかも気の利かない亜人どもは、わざわざ命令しなければ浄化の歌を歌わないのだ!! まったく!!」


 …………なんだか、話をするのが嫌になってきたなー。


 セシルもリタも、うんざりした顔になってるし。


 とりあえず、彼らのやろうとしてたことはわかった。


 この地──おそらく『魔竜のダンジョン』には、かつて地竜を殺した『聖剣』が眠っている。


 彼らはそれを手に入れようとしていた。


『研修』を行っていたのは、この地に人を近づかせないようにするためと、『呪い』に耐性を持つ者を見つけ出すため。


 今のところ、見つかったのは『エリート研修生』の2人だけ。


 もう少し数が増えたら、聖剣の探索をするつもりだった、ってことか。


「……なんだかなぁ」


 この話を聞いたら聖女さまも、うんざりするんじゃないかなぁ。


 聖剣を探すのはいいんだけど、そのために人をだまして使おうって発想がよくわからん。


「普通に『求む! 呪いに耐性を持つ者!』って求人を出したらいいなじゃないかな。『イトゥルナ教団』あたりだと神聖力持ってる人いるんだから、仕事をしてもらえるんじゃないのか?」


「……この聖剣探索は、あくまで極秘に、だ」


「そういう依頼か」


 僕の質問に、ヒルムト侯爵はうなずいた。


「それに、スキルを持つ者を雇ったら、それなりの報酬を支払わねばならぬ。『研修』名目で自主的に人に来てもらえば、コストは安く済む。聖剣探索も、研修の一環ということでな。貴様は人を使うということがまるでわかっておらぬ!!」


「……ソウデスカ」


 話は終わりだ。


 聞きたいことはすべて聞いた。


『聖剣使い』のスキルについてはだいたいわかった。弱点も分析できた。能力はまるはだかになったから、対策は難しくない。あとで保養地の人たちに情報を流しておこう。


 ヒルムト侯爵の方は──


「わ、わ、わわわわわわ儂を殺すのか」


 ヒルムト侯爵はガタガタと震え始めた。 


「それを決めるのは、あんたにひどい目にあわされた人たちの権利だよ」


 僕は後ろで待っていた3人に向かって、うなずいた。


 1人は、船に捕らわれていた人魚の少女──ソーニアのおさななじみで、ユーミル。


 あとの2人は、『呪い』耐性を持つ研修生の少女たち。


「人魚の代表として、君はこいつをどうするか決める権利があると思う。どうする?」


「……もう、ここにこないで」


 リタに背負われた人魚は、小さな声で言った。


「…………このひとのせいで、人魚はたくさん泳がなくちゃいけなかった。みんながんばって逃げた……はたらいた。それは人魚のしたくないことだから…………にどとここにこない。ここのことは考えないって、『けいやく』して」


「私たちには……なにも言う権利はありません」


 ローブを着た少女ケルンは、少し考えてから言った。


 もうひとりの少女も、さみしそうに首を横に振る。


「私も……『エリート研修生』っておだてられて、研修生のみなさんに対して、いばってましたから」


「そっか」


「ただ……できれば、それと、これからは仕事の条件はちゃんと提示して、守るって『契約』して欲しいと思います。それと、心をやられてしまった研修生のみなさんを、ちゃんと治療してくれれば。もちろん……これは、私も、がんばって手伝いますけど」


 そう言って『エリート研修生』の少女たちは、僕たちに深々と頭を下げた。


「ということだよ、ヒルムト侯爵。この条件を飲むか?」


「……ぐぬぬ」


 ヒルムト侯爵は僕たちをにらみつけた。


 歯がみして、今にもこっちにつかみかかろうとしてるみたいに。


 だけど奴の配下は全員、気絶してる。


 奴は『聖剣使い』を横目で見るけど、そいつの顔はもう、アイネのモップが通過したあとだ。彼女の『記憶一掃』スキルでスタンさせられてる。この場に奴の味方は、もういない。


 僕が聖女さまに依頼されたのは『人魚の住処を取り返すこと』。


 その条件が満たされれば、僕としてはそれでいい。


「…………わかった。代わりに……頼む。『浄化の歌』を……お願いだ」


 彼は腰につけた護符ごふを差し出した。


 中央にある水晶が、どす黒く染まりかけてる。ヒルムト侯爵は続ける。これが真っ黒になってしまったら、自分は『呪い』から身を守ることができなくなる。精神がやられてしまえば、『契約』を実行することも難しいだろう……と。


「どうする? ルーミア」


「うたうー」


 人魚の少女は軽くうなずいた。


 そういえば人魚はのんき者で、嫌なことはすぐに忘れちゃうんだっけ。


『契約』したことで、もう侯爵のことは終わった話になっちゃったみたいだ。


 そして最後に僕のアイディアで「人魚にも研修生にも、嫌がらせや報復をしない」って条件を付け加えて──


 人魚のルーミアと『エリート研修生』の2人は、ヒルムト侯爵と『契約のメダリオン』を打ち合わせた。


「それじゃ、うたうねー」


 リタの背中に乗っかったまま、人魚のルーミアは歌い始めた。





「…………いにしえに…………3つの竜がおりました…………」




 そうして──


『浄化』が終わったあと、侯爵は小舟に乗って、沖の船へと戻っていった。


 さてと、こっちは仕上げだ。


『呪いの地』の調査と、聖女さまに頼まれた『浄化の銀盤』の設置作業を済ませよう。









 ──その後、船に戻ったヒルムト侯爵たちは──




「お前たちが役立たずだからこうなったのだ!!」


 広い船室に配下を集めて、ヒルムト侯爵は叫んだ。


「あの『天竜の代行者』とやらに先手を打たれたのも、すべてはお前たちに協調性が足りなかったからだ。儂の考えを察して、早めに手を打っていれば、こんなことにはならなかったものを」


「……侯爵閣下こうしゃくかっか


 不意に、兵の一人が声を上げた。


「『天竜の代行者』とは、なんのことでしょうか?」


「……は?」


 侯爵は目を丸くした。


 彼は知らない。


 倒れた兵士たちをスタンさせたアイネのモップには『記憶を消去する』能力があったことを。


 兵士たちはすでに、ここ数十分のことを忘れている。


『天竜の代行者』のことも、自分たちが彼らに、無力化されたことも。


「ばかものが! まったくお前たちは無能な奴らだ。雇った儂が恥ずかしいわ!」


「「「「…………」」」」


「さあ、さっさと持ち場につけ。全速力で町に…………おい、なんだその目は」


 ゆらり、と兵士たちが立ち上がる。


 全員、怒りに眉をつり上げて、こぶしを握りしめて。


「儂にそんな態度を取って、ただで済むと思っているのか……待て。なんだ。お前たち、自分の立場がわかっているのか。儂に逆らったらどうなるか……」


「いえいえ、べつにー?」


 兵士の一人が言った。


 彼は首の後ろを押さえて、妙にすっきりした顔で、告げる。


「ちょっと前まであなたが恐ろしかったんだけどな……今は、それほどでもねぇんだ」


「妙に安心してるんだよなぁ。なんとかなる、って」


「まるで、見えない精霊が、俺の心配ごとを払ってくれたようだ」


 兵士たちは顔を見合わせだ。


 ナギがこの場にいたら解説してくれただろう。




 ──それはイリスの『安心刀あんしんとう 心安丸こころやすまる』の力だと。




 侯爵に強制的に使われてた兵士に罪はない。


 だから、彼らにトラウマが残らないように、イリスが『心安丸』で、彼らの不安を払っておいたのだ。




 ──その結果、彼らの心に巣くっていた『侯爵閣下への恐れ』もすっきり消えてしまっていたわけで──




「よくも今まで、無茶な命令ばかりしてくれましたねぇ」


「いつもいつもののしって……罵倒ばとうして」


「俺らだってがんばって働いてるのに、よくそんな態度が取れたもんだ」


 兵士たちはゆっくりと、侯爵に詰め寄っていく。


 侯爵の顔がひきつる。青ざめる。助けを求めて左右を見回すが、『聖剣使い』は未だに気絶中だ。もう一人の『教官魔道士』は行方不明。彼の武器の大剣は壁のそば。いつもそれを持たせてくれる兵士も、一緒になって迫ってきている。逃げだそうにもここは船の中。飛び込んで逃げても、行き着く先は『呪いの地』の砂浜だ。


 侯爵の身体が震え出す。


 立場をわきまえろ──その言葉がそのまま跳ね返ってきたように、彼はかすれる声で叫び出す。





「待て。待ってくれ。儂が悪かった……お前たちにも『研修』を……いや、ちゃんと護符は渡していただろう? いや、儂が仕事を頼まなければ必要はなかったのだが……待って。反省するから。休みもあげる……え? 今まで未払いになっていた報酬を払え? 一括で? お前たち、それは話が違うだろう。立場をわきま──あ、待って。やめてくれ。儂が、わしがわるかった────っ!!」







 ──広い広い海原に、ヒルムト侯爵の悲鳴が響き渡った。










──────────────────


今回使用した魔法


『古代語魔法 水球ウォーターボール


セシルの『魔法属性変更』によって、水属性に変化した『火球ファイアボール


小屋くらいの大きさがある水の玉が相手を飲み込み、ぐるぐるぐるぐるかき回したあとで、大質量の水とともにどっかんぼっかん大爆発するという、かなり凶悪な「非殺傷魔法ひさっしょうまほう」。

敵は洗濯物のように回転したあと、水の塊で殴られるので、とにかくたいへんな状態になる。


なお、水のたまりやすい地面でこれをやると、その後アイネの『汚水増加LV2』がコンボとしてつながるので、さらに危険。というか、人としてなにか間違っているコンボになります。


ちなみに、この魔法に洗濯物をぶつけると、かきまぜられて汚れが取れるので、きれいになって出てきます。

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