第191話「『天竜の代行者』の作戦は、安全第一でアフターケアもついていた」
──ナギ視点──
「てったーい! 一時てったいだーっ!」
僕たちは人魚のルーミアを抱えたまま、兵士たちとは逆方向に向かって走り出す。
セシルの『古代語魔法
だからヒルムト侯爵と兵士たちが、波打ち際でまごついてるのもわかる。
「……作戦を立てる時間はありそうだ」
せっかく上陸してきてくれたんだ。向こうの情報を手に入れておきたい。
特に、兵士の中にいる、黒髪の剣士──あれは放置しとくと危険かもしれない。いかにもな片刃剣を持ってるのが、今までにも増して勇者っぽい。やつの同類がレティシアの『
できれば持久戦を狙いたいけど、あいつ、普通に霧を突破してきそうな気がするなぁ。
安全に戦う方法があればいいんだけど……。
「……あるな」
思いついた。
僕はリタを手招きした。
「ん? なになに、ご主人様」
側にやってきたリタの獣耳に、僕は口を近づける。
「……こないだ獣人の村で……
「────っ!!」
ぼっ。
リタの顔が真っ赤になった。
「あ、あのとき……その、私とナギが……すぴりっとりんく……したときの……あの、そのあの……」
頭から湯気が出そうになったリタは、ほっぺたを押さえて、横を向いて、上を向いて、それから──
はむははむはむはむっ!!
こらえきれなくなったように、僕の手のひらを甘かみした。はむはむって。
尻尾がぴくぴくしてる。獣耳がぱたぱたしてる。
……うん。あのときのこと、思い出しちゃったんだね……。
「……わ、わかったもん」
リタは僕の手のひらを放して、ついでに持ってたハンカチで拭いて、うなずいた。
「私とご主人様が……魂で結びついてできたスキルで、悪い人をやっつければいいのよね?」
「お願い。できるだけ安全な方法でね」
「言わなくてもわかるもん。私はナギと繋がってるんだもん。私はもう……ご主人様の一部みたいなものなんだからねっ」
リタはぐっ、と拳を握りしめた。
僕の一部か……なんだか、恥ずかしいような嬉しいような……ん?
リタは僕の一部……僕とリタは、魂で繋がってる。
──ってことは、リタは僕の身体の延長ともいえるわけで。となると、イリスと『
『
自分が受けたスキルや魔法を『分析』することができる。
対象の効果と概念を知ることができる。
ただし、自分の身体か、
……なるほど。
「それで、君たちはどうする?」
僕は2人の『エリート研修生』の方を見て、言った。
剣士の少女からも、ローブの少女からも、もう敵意は感じない。
ただ、2人とも僕たちから距離を取ってる。警戒してるのか……混乱してるのか、どっちだろう。
「……『天竜の代行者』さま」「私たちは……できれば、自分自身で確かめたいことが……」
2人はためらいながら、短い話をした。
それに僕が答えて、ちいさな約束をして。
それから僕たちは素早く、作戦を開始したのだった。
──ヒルムト
ヒルムト侯爵たちが剣を手に駆けだした瞬間、『天竜の代行者』は霧の中に姿を消した。
なにを考えているのか……しばらく、反応はなかった。
「……逃がすのは面倒だな」
「侯爵閣下。しかし、この霧では……」
兵士の一人が、不安そうな声でつぶやく。
「案ずるな。
両刃の大剣を手に、ヒルムト侯爵は叫んだ。
「動きにくい砂地での戦闘も経験済みだ。そのために軽い
「
「そうだ『聖剣使い』──いや、イクスよ。お前には教えておったか」
霧でぼんやりとしか見えない少年に向かって、ヒルムト侯爵は応えた。
『指揮LV6』
所有者の『指揮下』として登録された配下に、プラス修正を与える。
攻撃力+10%+2%x『指揮下の人数』
レジスト能力、人数分プラス修正。
大将マーカーの表示(ヒルムト
「我が兵士たちよ。『大将マーカー』は見えているな!」
「「「「「見えております!!!」」」」
ヒルムト侯爵の周囲で叫び声が上がった。
配下の兵士は5人。だが、それで十分だ。
「そして、霧など俺の『剣技』があればこの通り──『
『聖剣使い』が片刃の剣を振った。
空気が裂ける音がして、彼の周囲、数メートルの範囲の霧が消えた。
剣が生み出した衝撃波が吹き飛ばしたのだ。
「このように切り払って進めば、霧などどうということもありません」
「さすがはイクス。貴様が聖剣を手に入れたときが楽しみだ」
「その時は、さらにお役に立てることでしょう。今は──役立たずを見つけ出すのが精一杯ですが」
『聖剣使い』イクスの目が、2人分の人影を捉えた。
霧が消えた空間に、剣士と魔法使いの少女がいた。
「『エリート研修生』の2人か」
「ヒルムト侯爵閣下! 『
「この地は人をおかしくする場所というのは本当ですか!?」
剣士と魔法使いの少女は叫んだ。
「天竜は言っていました。この地は呪われた場所で、研修生たちは強くなったのではなく、こわれてしまったのだと。それは本当なのですか!? おかしいのは逃げた人たちではなく、私たちだったのですか!?」
「嘘ですよね。私たちに『死ね』とか。私たちは研修生なんですから!!」
「ああ、殺さぬ。兵士ども、こいつらを捕らえろ」
ヒルムト侯爵は吐き捨てた。
「こうして儂の前に現れたからには、殺さぬ。『
「
「研修生が
ヒルムト侯爵は目を細め、『エリート研修生』の2人をにらんだ。
「その性根をたたき直す。研修はまだ、終わっていないのだ」
侯爵の声に応じて、5人の兵士たちが動いた。
左右に分かれ、2人の『エリート研修生』を包囲にかかる。
「うそ──こんなの、うそっ!! 信じてた……のに!!」
「どうして!? 私たちは、研修生の中でも優秀じゃなかったの!? だから侯爵閣下は目をかけてくださったのでは!?」
「……お前はお前はなにもわかっていないようだな、この研修について」
ヒルムト侯爵は長いため息をついた。
「みんな強くなって、自分に自信を持てるようになる。前向きに仕事をかんばれるようになる……そうじゃないんですか!?」
「そうです。だからみんながんばってたのに……」
剣士の少女とフードの少女の問いに、ヒルムト侯爵は
「違う。協調性を身につけることで、上司の意見を『察する』ようになることだ」
「察する……って」
「なにも言われなくても、こちらのしたいことを理解し、その通りにすることだ」
「侯爵閣下が考えてること? 先回りして? そんなのどうすれば!?」
「がんばれ」
「先回りして動いて、それが間違えていたら?」
「お前が間違えたのなら、お前たちの責任だ」
「…………無理ですよ」「普通に命令してくださいよ……」
「なんで儂がお前らごときに直接命令を下さなければならんのだ。図に乗るな」
ヒルムト侯爵は2人の少女に、大剣を向けた。
「儂の意図を先回りして、黙っていても聖剣を持ってくるくらいできずに、立派な社会人と言えるか。まったく。
まぁいい。さっさと『
「……違う」「私たちは、そんな名前じゃない!」
ローブの少女は首を振った。
「私の名前はティニス」
「私はケルン」
「「私たちはこの時点をもって研修を
少女は兵士たちの剣を避けるように──真後ろに転がった。
そして、叫ぶ──
「「私たちが間違ってました。お願いです。お助けください! 『天竜の代行者』さま!!」」
どがががっ!!
「──ぐぁっ!?」「がっ。ぐぁっ!!」
少女の真後ろから飛び出してきた金髪の獣人が、2人の兵士を蹴り飛ばした!
2人の少女は獣人の少女の手をつかむ。獣人は彼女たちの手を引いて、霧の中へ駆け込む。
「逃がすな、『聖剣使い』!!」
「『
ぶぉん。ぶん。
『聖剣使い』の剣が霧を払う。衝撃波が空を裂く。
だが、獣人の少女には届かない。彼女の姿は霧に溶けるように消えていく。
「霧の中に突入する! 兵士たち、ついてこい!!」
「「「はいっ!!」」」
「そういえば──さっき、霧の中にうっすら見えた人影の中に、獣人はひとりだけだったな」
兵士たちと一緒に駆け出しながら、ヒルムト侯爵はほくぞ笑む。
「ならば、奴らは墓穴を掘ったぞ。動きにくいこの砂浜で、最も機動力のある獣人を、役立たずの救出に使うとはな!! これで奴らの戦闘力は激減した!!」
「「「一気に敵を追い詰めるとしましょう!!」」」
ヒルムト侯爵の軍団は隊列を組んだまま、砂浜を駆ける。
『聖剣使い』を含め、全員が手練れの戦士だ。脚力には自信がある。しかも、敵は人魚も連れているはずだ。奴らは足手まといを見捨てることはできない。
「奥義! 『
『聖剣使い』が剣を振る。扇形に霧が払われ、クリアな空間が生まれる。
砂浜には足跡が残っている。獣人のものはかすかに──逃げた研修生のものははっきりとわかる。
「周囲を警戒しろ! 伏兵がいるかもしれぬ!!」
「了解し──」
侯爵が叫んだ瞬間、霧の向こうから敵が現れた。
兵士たちが剣を構える。最後尾の兵が、出現した人影に向かって剣を振る。
その彼が、現れた敵を見て、目を見開いた。
「──同じ獣人──だと!?」
「えい」
どごぉっ!
兵士の剣をかいくぐって、金髪の獣人の蹴りが飛ぶ。
まともに胴体にくらった兵士がのけぞり、そのまま地面に転がる。
振り返った侯爵が見たのは──さっきと同じ『金髪の獣人』だった。顔はわからない。竜っぽいお面を被っているからだ。それもさっき現れた者と同じだ。その戦闘力も──その速さも。
「ばかな! 奴の足跡は逆方向に向かっていたはず!?」
「──侯爵閣下! 側面からも獣人が──ぐはっ!!」
兵士の身体が吹っ飛んだ。彼を殴り飛ばしたのは──やはりお面を被った金髪の獣人。
侯爵は首を振る。まるで霧に惑わされているかのようだ。同時に2方向から、同じ姿の獣人が襲ってくる。しかも戦闘能力はきわめて高い。まるで向こうにはこちらの姿が、完全に見えてしまっているかのように。
「密集隊形を取れ! 敵はどこから来るかわからぬ。備えるのだ!」
「──侯爵閣下。長時間の戦闘は『呪い』の影響が……」
「わかっておる!」
侯爵は叫び返す。
だが、このまま進むわけにはいかない。敵がどの方向にいるか、わからないのだ。
こちらの兵士は残り2人。うち1人が怪我を負っている。数の優位はすでに消えた。
侯爵は目的を切り替える。人魚の奪還と『エリート研修生』の捕獲──それはあきらめる。
小舟に戻るのは──駄目だ。船に乗り込んだ瞬間に隙ができる。
このまま砂浜を突破して、呪いの影響から脱するしかない。そのまま陸路を走って、保養地で船と合流する。その前に──
「『聖剣使い』イクスよ。次に獣人が現れたら、確実に斬り倒せ。できるな?」
「──可能です。絶技を使います。我が剣は、魔法さえも切り裂きますから」
「
「御意」
侯爵、『聖剣使い』、残った兵士は息をひそめる。
敵はどこから来るかわからない。魔法での攻撃もありうる。
だが、こちらには『聖剣使い』がいる。その絶技で圧倒し、一気に走り抜ける。
侯爵は大剣を、『聖剣使い』は片刃の剣を握りしめる。
そして敵は、側面から現れた。
「てーい」
「絶技! 『
『聖剣使い』の片刃剣が、金髪の獣人の腕に触れる。敵の拳が、剣とぶつかり合い、固い音を立てる。獣人はさらに蹴りを繰り出す。が、『聖剣使い』の絶技は超高速の連続技だ。そのころにはすでに刃が、獣人の腕を捕らえている。刃先が白い肌に触れようとした──瞬間。
「ヤラレチャッター」
ぱしゃんっ!
獣人の身体が水になって、消えた。
「…………え」
『聖剣使い』イクスの目が点になる。
確かに、彼は獣人の少女を斬ったはず。なのに目の前にあるのは、飛び散った水だけだ。
それが顔にかかり、視界を塞ぐ。
水を払おうと横を向くと、2人分の影が見えた。
1人は、小さな誰かを抱きしめていて──
もう1人は霧に隠れ、こっちに指先を向けていた。
「『
大きい方の影が言った。
「でもって、こいつの『
「了解しました! ご主人様!!」
小さい影が叫んだ。
『聖剣使い』イクスは、盛大に2撃目を空振りしながら、それを聞いていた。
彼の額に冷や汗が伝う。絶技はあと7回の剣撃が残っている。しかも、最後の2撃は真空の衝撃波を飛ばす大技だ。獣人の少女は消えた。小さな影は彼の側面。技の死角に立っている。どう見ても呪文を詠唱している。
──まずいまずいまずい!
絶技は急に止まれない。
敵は完全にこっちの動きを読んでいた。『聖剣使い』イクスが並外れて強いことさえも計算に入れていた。大技を誘って、その硬直時間に魔法を割り込ませてきた。
『天竜の代行者』が、そんなことができる相手だとしたら──勝てない。
彼が勇者なら、向こうは勇者対策のプロだ──
「詠唱完了です。古代語魔法──『
そして巨大な水の球体が、彼らに向かって飛んできた。
「な、なななななっ、なんだこの水のかたまりは──家よりもでかい──だと!?」
「知らない──っ! こんな魔法は知らないぞ──っ!!」
「に、逃げましょう。逃げましょう侯爵閣下!!」
叫ぶ侯爵も兵士も動けない。頼りの『聖剣使い』は絶技のあとの硬直時間。その上、敵がどこから来るのかわからない。侯爵自慢の『指揮スキル』も、配下が1人になってしまっては意味がない。そして目の前には、足をすくませるほどの巨大魔法。
「に、にげがぼがぼごぼごぼ」
「げぼがぼごぼがばぼぼぼぼぼぼっ!!」
そうしているうちに──飲み込まれた。
巨大な水の玉は、侯爵も聖剣使いも兵士もまとめて飲み込んで──そのまま渦を巻いて回転し──
ぱんっ、と、破裂した。
「「「ぐがらばっ!」」」
巨大な水の中で振り回され、飛ばされ、最後に水の塊をたたきつけられての3連コンボ。
衝撃で頭を揺さぶられ、侯爵たちは砂浜に転がった。
「……たた、かえ、『せいけんつかい』……」
「……あなたの指揮が…………ひどすぎ……いえ、天竜を相手にしたのが……まちがい」
がく、と、『聖剣使い』は意識を失った。
ヒルムト侯爵はひとりになった。
やがて、霧が晴れていく。
彼が見たのは、倒れて動かない配下の姿と、それを一人一人縛り上げていく、メイド姿の少女。
こちらをにらみつけている『エリート研修生』ケルンと、それを支えている緑色の髪の少女。
そして人間の少年と、彼の左右にいる、まったく同じ姿をした金色の獣人。それと、少年の腕の中にいるダークエルフの少女。
「話を聞かせてくれるかな、侯爵閣下」
少年は言った。
「あなたがここで行っていた、『新人研修』の真の目的について」
──ナギ視点──
「安全策をとって正解だったね……」
本当にすごかったな。あの少年剣士の連撃。
僕の『柔水剣術』でも受けきれなかったかもしれない。
奴を見たとき、やばいと思った。
貴族の護衛。『聖剣使い』という名前。さらに、すごくかっこいい片刃剣。
いかにも強そうだったから、そっちには
今回使ったのはリタの『
『
神聖力でリタ自身の分身を2体まで作り出す。
分身はそれぞれの意思を持って行動することができる。分身は一定以上のダメージを受けると消滅する。
同じ『
たとえば『炎』属性を与えられた分身は、すべての攻撃に炎属性がつく。
今回はリタの分身に『水属性』がついてる。だから打撃に、水の重みと衝撃が追加されてた。
倒されたときに水に変化したのもそのせいだ。
しかも、リタが僕の一部って認識されてるように、分身まで『僕の延長のそのまた延長』って扱いになってた。
おかげで──勇者のスキルについて詳しく知ることができた。
『エリート研修生』たちには戦闘が終わるまで遠くにいるように言ったんだけど、彼女たちは「自分たちで真実を確かめる」って言ってきかなかった。まぁ「真実は自分たちで確かめてくれ」って言ったのはこっちだからね。しょうがないよね。
充分に距離を取って話をするようにって忠告に、2人はちゃんと従ってくれてた。
もちろん、危なくなったら突撃するつもりだったけど。
それにしても結構、時間がかかっちゃったな。レジスト能力の高い敵は面倒だ。束縛系のスキルが通じない相手への対策も、これからは考えておかないとね。
「……はふぅ」
「セシ──じゃなかった、『天竜の代行者』2号さん。体調は大丈夫?」
敵の前だからね。本名は出さないようにしないと。
「だいじょぶ、です。水魔法は殺傷能力が低いですから、魔力消費も少ないみたいで……」
セシルは肩越しに僕を見上げながら、笑った。
セシルの『古代語魔法
こないだ『非殺傷魔法』使おうとして、魔物を輪切りにしちゃったからね。
今回は本当に、安全に無力化できる魔法を使ってみたんだ。
「でも、『火球』系は魔力を馬鹿食いするからね。本当に平気?」
「…………は、はい。はぅ……」
僕の腕の中で、セシルはため息をついてる。
額に手を当てると……うん、ちょっと熱いかな。首筋も汗ばんでる。
耳もちょっと赤くなってる。やっぱり少し休んだ方が──
「ひゃ、ご、ご主人さま。みなさんが見てますっ」
「ご、ごめん」
僕は慌ててセシルの首筋から手を放した。
霧の中だからまわりから見えないと思って、堂々とセシルの胸に手を当てて、魔力供給してたらからね。つい、その流れで……反省反省。
まだ終わってない。早いところ貴族さんから話を聞き出して、メインのクエストに向かおう。
────────────
そして十数分後。
僕はうずくまるヒルムト侯爵と向かい合っていた。
『聖剣使い』と他の兵士たちは、まだ気絶してる。当分は目覚めないと思う。
隠れ場所から出てきたアイネとイリスが、兵士さんたちの
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな。ヒルムト侯爵」
顔につけた『海竜のお面』を直しながら、僕は聞いた。
「あなたが人魚を住処から追い出し、この地で『呪い』耐性を持つ人を探していた理由を」
「…………う、うぅ」
「こちらは正式に、この地の住人から依頼を受けている。正気に返った研修生たちも、ここでなにが行われていたか、みんなに話すだろう。『研修』はもう終わりだ」
「う、ううううっ! うがああああ!」
ヒルムト侯爵は頭を抱えてうなってる。
時間がかかりそうだな。
こっちで予想を立ててみよう。えっと、この地は呪われていて、その原因は、竜に王さまがひどいことをしたから。にもかかわらず、貴族はこの地に人を集めて、なにかをしようとしていた。『呪い』耐性を持つ人を探してるってことは、呪いの地に踏みこむわけで、それを企んでいた貴族の配下にいるのが『聖剣使い』──ってことは。
「……隠しても無駄だ。聖剣を探しているのだろう?」
「貴様。なぜそれを知っている!」
当たった。
……あんまりうれしくないなぁ。なんだか、やっかいな情報を手に入れちゃったような気がする。
「…………おそるべきは『天竜の代行者』よ……あぁ」
あきらめたのか、ヒルムト侯爵はうずくまったまま、話し始めた。
「……高位の貴族にだけ伝わる伝説があるのだ。この地に、かつて巨大な存在がいたと。それをいにしえの勇者が──殺したと」
──『海竜ケルカトル』が言ってた『地竜』のことか。
それをいにしえの勇者が、殺した……って。そりゃ怒るよ。
「そのとき勇者はその場に聖剣を置いていった。理由は知らぬ。確かめようもなかったからな。この地は……人の精神を侵す『呪いの地』であったから。だが──」
倒れたままの黒髪の少年を指さす、ヒルムト侯爵。
「そして今、我らが協力している組織がこのイクスを派遣してきた。こやつには『聖剣使い』のスキルがある。『聖剣』さえ手に入れれば最強になれる。この護符を使って、聖剣を手に入れろと」
「その組織というと……?」
「儂も詳しいことは知らぬ。だが……代理人の者はこう言っていた」
ヒルムト侯爵は左右を見回し、誰かに聞かれることを恐れているように、小さな声で──
「…………聖剣を手に入れたものは、その組織について知ることができるだろう。それがまた、高位の貴族の証となるのだ──と」
……なるほど。
だからこの貴族さんは、わざわざ研修なんて名目で人を集めて、聖剣を探す人材を見つけようとしてた、ってことか。
「だから……儂は聖剣を探していたのだ……なのに……こんな」
「……あんたが聖剣を手に入れるかどうかは、どうでもいいよ」
それに口出しするつもりはない。探索するのは自由だし。
「他人を利用しないで、自分自身でやれば、なにも問題はなかったんじゃないかな?」
「ばかな! 儂にもしものことがあったらどうする!」
おいこら。
「どうして儂が危険を冒して呪いの中心に踏み込まねばならぬ!? そういうことは配下が気を利かせて行うことであろう!? だから儂は『研修』を企画し、協調性があり、察しの良いものを育てようとした。『呪い』に耐性があるものも見つけ出した。あと数人、それが増えれば探索させるつもりだったのだ……」
「人魚を捕らえたのは、『呪い』浄化の役目をさせるためか」
「そうだ。なのに、儂らが来たら、奴らはさっさと逃げおった。しかも気の利かない亜人どもは、わざわざ命令しなければ浄化の歌を歌わないのだ!! まったく!!」
…………なんだか、話をするのが嫌になってきたなー。
セシルもリタも、うんざりした顔になってるし。
とりあえず、彼らのやろうとしてたことはわかった。
この地──おそらく『魔竜のダンジョン』には、かつて地竜を殺した『聖剣』が眠っている。
彼らはそれを手に入れようとしていた。
『研修』を行っていたのは、この地に人を近づかせないようにするためと、『呪い』に耐性を持つ者を見つけ出すため。
今のところ、見つかったのは『エリート研修生』の2人だけ。
もう少し数が増えたら、聖剣の探索をするつもりだった、ってことか。
「……なんだかなぁ」
この話を聞いたら聖女さまも、うんざりするんじゃないかなぁ。
聖剣を探すのはいいんだけど、そのために人をだまして使おうって発想がよくわからん。
「普通に『求む! 呪いに耐性を持つ者!』って求人を出したらいいなじゃないかな。『イトゥルナ教団』あたりだと神聖力持ってる人いるんだから、仕事をしてもらえるんじゃないのか?」
「……この聖剣探索は、あくまで極秘に、だ」
「そういう依頼か」
僕の質問に、ヒルムト侯爵はうなずいた。
「それに、スキルを持つ者を雇ったら、それなりの報酬を支払わねばならぬ。『研修』名目で自主的に人に来てもらえば、コストは安く済む。聖剣探索も、研修の一環ということでな。貴様は人を使うということがまるでわかっておらぬ!!」
「……ソウデスカ」
話は終わりだ。
聞きたいことはすべて聞いた。
『聖剣使い』のスキルについてはだいたいわかった。弱点も分析できた。能力はまるはだかになったから、対策は難しくない。あとで保養地の人たちに情報を流しておこう。
ヒルムト侯爵の方は──
「わ、わ、わわわわわわ儂を殺すのか」
ヒルムト侯爵はガタガタと震え始めた。
「それを決めるのは、あんたにひどい目にあわされた人たちの権利だよ」
僕は後ろで待っていた3人に向かって、うなずいた。
1人は、船に捕らわれていた人魚の少女──ソーニアのおさななじみで、ユーミル。
あとの2人は、『呪い』耐性を持つ研修生の少女たち。
「人魚の代表として、君はこいつをどうするか決める権利があると思う。どうする?」
「……もう、ここにこないで」
リタに背負われた人魚は、小さな声で言った。
「…………このひとのせいで、人魚はたくさん泳がなくちゃいけなかった。みんながんばって逃げた……はたらいた。それは人魚のしたくないことだから…………にどとここにこない。ここのことは考えないって、『けいやく』して」
「私たちには……なにも言う権利はありません」
ローブを着た少女ケルンは、少し考えてから言った。
もうひとりの少女も、さみしそうに首を横に振る。
「私も……『エリート研修生』っておだてられて、研修生のみなさんに対して、いばってましたから」
「そっか」
「ただ……できれば、それと、これからは仕事の条件はちゃんと提示して、守るって『契約』して欲しいと思います。それと、心をやられてしまった研修生のみなさんを、ちゃんと治療してくれれば。もちろん……これは、私も、がんばって手伝いますけど」
そう言って『エリート研修生』の少女たちは、僕たちに深々と頭を下げた。
「ということだよ、ヒルムト侯爵。この条件を飲むか?」
「……ぐぬぬ」
ヒルムト侯爵は僕たちをにらみつけた。
歯がみして、今にもこっちにつかみかかろうとしてるみたいに。
だけど奴の配下は全員、気絶してる。
奴は『聖剣使い』を横目で見るけど、そいつの顔はもう、アイネのモップが通過したあとだ。彼女の『記憶一掃』スキルでスタンさせられてる。この場に奴の味方は、もういない。
僕が聖女さまに依頼されたのは『人魚の住処を取り返すこと』。
その条件が満たされれば、僕としてはそれでいい。
「…………わかった。代わりに……頼む。『浄化の歌』を……お願いだ」
彼は腰につけた
中央にある水晶が、どす黒く染まりかけてる。ヒルムト侯爵は続ける。これが真っ黒になってしまったら、自分は『呪い』から身を守ることができなくなる。精神がやられてしまえば、『契約』を実行することも難しいだろう……と。
「どうする? ルーミア」
「うたうー」
人魚の少女は軽くうなずいた。
そういえば人魚はのんき者で、嫌なことはすぐに忘れちゃうんだっけ。
『契約』したことで、もう侯爵のことは終わった話になっちゃったみたいだ。
そして最後に僕のアイディアで「人魚にも研修生にも、嫌がらせや報復をしない」って条件を付け加えて──
人魚のルーミアと『エリート研修生』の2人は、ヒルムト侯爵と『契約のメダリオン』を打ち合わせた。
「それじゃ、うたうねー」
リタの背中に乗っかったまま、人魚のルーミアは歌い始めた。
「…………いにしえに…………3つの竜がおりました…………」
そうして──
『浄化』が終わったあと、侯爵は小舟に乗って、沖の船へと戻っていった。
さてと、こっちは仕上げだ。
『呪いの地』の調査と、聖女さまに頼まれた『浄化の銀盤』の設置作業を済ませよう。
──その後、船に戻ったヒルムト侯爵たちは──
「お前たちが役立たずだからこうなったのだ!!」
広い船室に配下を集めて、ヒルムト侯爵は叫んだ。
「あの『天竜の代行者』とやらに先手を打たれたのも、すべてはお前たちに協調性が足りなかったからだ。儂の考えを察して、早めに手を打っていれば、こんなことにはならなかったものを」
「……
不意に、兵の一人が声を上げた。
「『天竜の代行者』とは、なんのことでしょうか?」
「……は?」
侯爵は目を丸くした。
彼は知らない。
倒れた兵士たちをスタンさせたアイネのモップには『記憶を消去する』能力があったことを。
兵士たちはすでに、ここ数十分のことを忘れている。
『天竜の代行者』のことも、自分たちが彼らに、無力化されたことも。
「ばかものが! まったくお前たちは無能な奴らだ。雇った儂が恥ずかしいわ!」
「「「「…………」」」」
「さあ、さっさと持ち場につけ。全速力で町に…………おい、なんだその目は」
ゆらり、と兵士たちが立ち上がる。
全員、怒りに眉をつり上げて、
「儂にそんな態度を取って、ただで済むと思っているのか……待て。なんだ。お前たち、自分の立場がわかっているのか。儂に逆らったらどうなるか……」
「いえいえ、べつにー?」
兵士の一人が言った。
彼は首の後ろを押さえて、妙にすっきりした顔で、告げる。
「ちょっと前まであなたが恐ろしかったんだけどな……今は、それほどでもねぇんだ」
「妙に安心してるんだよなぁ。なんとかなる、って」
「まるで、見えない精霊が、俺の心配ごとを払ってくれたようだ」
兵士たちは顔を見合わせだ。
ナギがこの場にいたら解説してくれただろう。
──それはイリスの『
侯爵に強制的に使われてた兵士に罪はない。
だから、彼らにトラウマが残らないように、イリスが『心安丸』で、彼らの不安を払っておいたのだ。
──その結果、彼らの心に巣くっていた『侯爵閣下への恐れ』もすっきり消えてしまっていたわけで──
「よくも今まで、無茶な命令ばかりしてくれましたねぇ」
「いつもいつもののしって……
「俺らだってがんばって働いてるのに、よくそんな態度が取れたもんだ」
兵士たちはゆっくりと、侯爵に詰め寄っていく。
侯爵の顔がひきつる。青ざめる。助けを求めて左右を見回すが、『聖剣使い』は未だに気絶中だ。もう一人の『教官魔道士』は行方不明。彼の武器の大剣は壁のそば。いつもそれを持たせてくれる兵士も、一緒になって迫ってきている。逃げだそうにもここは船の中。飛び込んで逃げても、行き着く先は『呪いの地』の砂浜だ。
侯爵の身体が震え出す。
立場をわきまえろ──その言葉がそのまま跳ね返ってきたように、彼はかすれる声で叫び出す。
「待て。待ってくれ。儂が悪かった……お前たちにも『研修』を……いや、ちゃんと護符は渡していただろう? いや、儂が仕事を頼まなければ必要はなかったのだが……待って。反省するから。休みもあげる……え? 今まで未払いになっていた報酬を払え? 一括で? お前たち、それは話が違うだろう。立場をわきま──あ、待って。やめてくれ。儂が、わしがわるかった────っ!!」
──広い広い海原に、ヒルムト侯爵の悲鳴が響き渡った。
──────────────────
今回使用した魔法
『古代語魔法
セシルの『魔法属性変更』によって、水属性に変化した『
小屋くらいの大きさがある水の玉が相手を飲み込み、ぐるぐるぐるぐるかき回したあとで、大質量の水とともにどっかんぼっかん大爆発するという、かなり凶悪な「
敵は洗濯物のように回転したあと、水の塊で殴られるので、とにかくたいへんな状態になる。
なお、水のたまりやすい地面でこれをやると、その後アイネの『汚水増加LV2』がコンボとしてつながるので、さらに危険。というか、人としてなにか間違っているコンボになります。
ちなみに、この魔法に洗濯物をぶつけると、かきまぜられて汚れが取れるので、きれいになって出てきます。
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