第190話「海岸地域攻略戦(その2) 回避不能の『浄化魔法』」

 ──海辺に浮かぶ船の中──





「『教官魔道士きょうかんまどうし』が戻らない、だと!?」


 男性はざらついた声で叫んだ


 大柄な身体を椅子に預け、苛立ったように肘掛けを叩きながら、目の前の少年に問いかける。


「わざわざ『インスパイア・ヒュドラ』を動かした上でか? なにが起こったというのだ?」


「侵入者の対応に失敗したかと思われます」


 銀色のよろいを着た少年が答えた。


 ここは、船の中にある一室。


 ひと一人が寝起きするには広すぎ、豪華ごうかすぎる場所で、男性と少年は向かい合っていた。 


「『教官魔道士』──ロード=オブ=ヴァーミリオンなどと名乗ってますが、ヒモト=ケイスケは慌て者なもので」


 鎧を着た少年は、長いため息をはき出した。


「詰めが甘いのですよ。奴が有能なら、人魚をもっと捕らえられたはずなのですが」


 彼は船室の奥に置かれた浴槽よくそうを見た。


 そこには人魚の少女がいた。


 彼女は浴槽の縁に寄りかかり、ぐったりとうなだれている。


「いずれにしても、直接指揮を執る必要があるでしょう。上陸の小舟を出すこと、許可いただけますか? ヒルムト侯爵こうしゃくさま」


「貴様はわしの護衛だ。単独で動くのは許さぬ」


「ですが──」


「まだ護符ごふの浄化が完全ではないのだ。儂らは動くべきではなかろう」


 ヒルムト侯爵と呼ばれた男性は、腰に提げた水晶を見た。


『教官魔道士』と、目の前の少年が持っているのと同じ『呪い避けの護符』だ。


 土地にあふれる『呪い』から所有者を守る力があるが、1日使うと曇り、浄化には人魚の歌声を必要とする。


 ヒルムト侯爵は、毎日必ず上陸して、『研修生』に気合いを入れることにしている。その時にどうしても呪いの影響を受けてしまう。だから毎晩、人魚の歌声で浄化していたのだが──


「昨日から歌おうとしないのだ。このなまけものの亜人あじんは!」


 侯爵こうしゃくは手にしていた銀製の器を、浴槽に向かって投げた。


 がぃん、と、音がして、器が浴槽に当たり、跳ね返る。飛び散ったワインが床と、人魚の少女の髪を濡らす。


「居場所をくれてやっただろうが! その浴槽にどれだけ金をかけたと思っている。名工の陶器を使い、水晶で飾り、宝石をちりばめているのだぞ! きさまら亜人が、どれだけがんばっても手に入らない逸品いっぴんだ。海水も毎日取り替えている。高級な香油さえも振りまいている。なにが不満だ!」


 侯爵の声が、広い船室に響き渡る。


 しばらく、沈黙が落ちた。


 浴槽の水が、ぴしゃり、とはねる音がして──


「……はたらきたくない」


 人魚の少女が、ぽつり、とつぶやいた。


「……はたらきたくない。なかまに、あいたい」


「まったく、近ごろの若い者は!」


 つばを飛ばして叫ぶ侯爵こうしゃく


「用事が済めば返してやると言っているだろうが! ここががんばりどころだと、どうしてわからぬのだ!」


「……がんばり、どころ?」


わしは元、王家の武術指南役ぶじゅつしなんやくであった。若い頃は大剣を振るい、魔物をばっさばっさと斬り殺したものだ。そのわしが、ギルドより重要な鍵キーアイテムの探索を請け負ったのだ!」


「…………しらないもん」


「お前たちだって、いつまでも歌って踊ってばかりもいられまい。世界はやがて変化を迎えるはずだ。そのときのため、お前たちに歴史に関わる機会を与えているのだぞ?」


 男性はここが劇場でもあるかのように、両腕を広げて語り続ける。


わしは、お前たちならキーアイテム探索の浄化役ができると見込んだからこそ、こんなことをしているのだ。お前たちならできると期待しているのだぞ。それを裏切るというのか!?」


「しらないって、言ってるもん」


 人魚の少女は首を横に振った。


 水色の髪が揺れて、したたる海水が床を濡らす。


 それがまた気に入らないのか、ヒルムト侯爵は鼻息を鳴らす。「だらしない。なっておらん」と。


「人魚のお嬢さん」


 銀色のよろいを着た少年が浴槽に近づき、言った。


「俺と、『契約コントラクト』しませんか? あなたは『浄化のために歌を歌う』。俺は『聖剣を手に入れ、正義のために戦う』」


「……いみがわかんない」


「俺には『聖剣』が必要なんだよ。自分のスキルを活かすためにね」


 少年の問いに、人魚は答えない。


「…………わかんない、なにも」


 彼女は目を閉じ、波の音に耳を澄ませた。


 今すぐ海に飛び込みたい。なにもいらないから、自由に泳いで歌いたい。


 ここにいる人間たちがなにを考えているのか、彼女にはわからなかったから。


「……おそとをみせて……」


 少女は言った。


「……わたしに……おそとをみせて……流れる水にさわらせて……そしたら歌ってあげる」


「手間のかかることだな!」


 ヒルムト侯爵こうしゃくは吐き捨てた。


 面倒そうに顔をしかめて、それから、鎧の少年に向かって手を振った。


「望み通りにしてやれ、『聖剣使い』。ただし、こやつをくさりつなぐのを忘れるな」


「侵入者への対応はどうしますか?」


「包囲して殺せ。後始末はわしがする」


「海岸には教官の補助をしている『エリート研修生』──『準勇者』がおります。ここから旗で指示を出せばわかるでしょう。指揮は彼らに任せましょう。それでよろしいですか?」


「……ああ……いや、待て」


 侯爵は、動き出そうとする少年を止めた。


「少し前に、街道にアンデッドの集団が現れたことがあったな」


「聞き及んでおります」


「それらを巨大な光の輪──浄化の光が包み込んで消し去ったと」


うわさでは、復活した天竜が力を振るった。あるいは『天竜の代行者』がいる、とのことですが」


「天竜の復活などは信じていないが……浄化の大魔法は存在する。ならば、対策をすべきだろう」


 男性は少し考えてから、


「研修生たちを分散させ、その上で侵入者を包囲せよ。そうすれば全員を浄化することができなくなる。『呪い』の影響が消えたら面倒だからな」


「侯爵さまのお知恵には驚くばかりです」


『聖剣使い』と呼ばれた少年は、床の上にひざまずいた。


「さすが元、王家の武術指南役であったお方です。戦術に長けておられる」


「貴様の価値に気づいたのも儂だからな」


 男性は立ち上がり、剣を手に取った。


 うやうやしい動きで、それを少年に手渡す。


「今はただの『剣術使い』、されど聖剣さえ手に入れれば無双となる者よ。来たるべき魔王との戦いの時には、わしかたわらで、思う存分に手柄を立てるがいい」


御意ぎょい


 少年はうつむき、答えた。


「この地が例の場所ならば、必ずや聖剣が眠っているはず。どんな方法を使ってでも、手に入れてみせましょう」


「ああ」


 彼の見えないところで侯爵は、唇をゆがめて笑った。


 まるで自分のセリフが、面白い冗談でもあるかのように。











 ──ナギ・セシル・リタチーム──






 空気が重い。


 まだ、僕たちは海岸に近づいてもいない。それでも、まわりの空気がよどんでるのがわかる。


「ここが『呪われた土地』か」


 でもって、人魚の住処のある場所だ。


 なんだかなー。まわりに誰もいないのに、妙に耳鳴りがする。ずっと誰かに見られているような、そんな気分だ。


「セシルとリタは平気? 具合が悪かったら言ってよ」


 僕は左右にいる2人に問いかける。


「だいじょぶ、です。なんとなくプレッシャーみたいなものは感じますけど──」


「そうね。誰かが、聞こえない声で怒鳴どなってる感じ。これが『呪い』みたいね」


『聞こえない声で怒鳴ってる感じ』か。


 確かに、そんな感じがする。


 とてつもなく大きなものに見られてて、それがいつ怒るかわからなくて、圧力をずっと受け続けてる。そんなイメージだ。


「……でも、意識ははっきりしてる。身体も、おかしくない」


 聖女さまが保証してくれた通り、僕とセシル、リタには『呪い』への耐性があるみたいだ。


「耐性があっても『呪われた地』だってのはわかるんだよな。耐性のない研修生さんたちは、どんな状態なんだろうな」


「……脱走研修生さんが言ってましたね。みんな、2日目までは逃げようとするって」


「……3日目からみんな目つきが変わって……あきらめちゃうって」


 僕たちは岩場のかげから、研修生が集まる砂浜を見下ろしていた。


 みんなさっきまで組体操をしていたけれど、今はぼんやりと突っ立ってる。


『研修生』の間を走り回ってるのは、剣士の少女とローブを着た少女。さっき『教官魔道士』が2人に指示を出すのが見えた。


『教官魔道士』の補助役だろう。




「──全員集合だ。休んでいる者も出てこい」


「──すいませんみなさん。はたらいてくださーい!」




 少女たちは叫びながら、海に浮かぶ船を見てる。


 あちらはまったく動きはない。さっきリタが、甲板で旗が動くのを見た、と言っていたっけ。なにかの合図だろうか。


『新人研修』の情報は、レティシアが助けた『脱走研修生』の少女から聞いてる。


 情報共有は基本だからね。必要な情報は『意識共有マインドリンケージ・改』で伝えることになってるんだ。


 少女が教えてくれたのは、『教官魔道士』には補助役がいること。


 沖にある船には貴族と剣士がいること。貴族──ヒルムト侯爵は1日1回、必ずやってきて、研修生に『ありがたい指導』をしていくこと。それでいつも怪我人が出ていることなんかを。


 彼らは、呪いに耐性を持つ者を探している。


 その人たちを使って、人魚の生息地を探索しようとしてるんだろうな。


「……本当に人魚の住処の近くに『魔竜まりゅうのダンジョン』があるのかな」


 僕は隣にいるセシルとリタと視線を交わした。


「なにもなければ一番楽だと思ってたけど、そうもいかないか」


「……ですね」「うん。しょうがないわよね」


 僕たちは3人で岩場に伏せて、砂浜の方を眺めてる。


 いつでも合体できるように、手をつないで。


 セシルのちっちゃい手は、いつもより熱くなってる。


 汗ばんでるのを気にしてるのか、ときどき、結んだ手を放して、ローブでぬぐってる。


 リタの方は、僕にぴったりと肩をくっつけてる。


 緊張はしてないみたいで、きれいな尻尾をぱたぱた振ってる。自分でも気づいてないのか、たまに手で押さえてるけど、すぐに元通り。砂浜からは離れてるし、木の根元にいるから、そうそう見つからないと思うけどね。


「作戦はシンプルだ。まずは砂浜にいる人たちに巨大な『神聖力』をぶつける」


 僕は説明をはじめた。


「そうすると『呪い』の影響から解放されて、正気に戻るはずだ。『脱走研修生』さんによると、みんなでたらめな研修内容を信じてここに来てるらしい。正気に戻れば、おかしいってわかるだろ。そのあたりの説得は、イリスにお願いかな。僕たちは『呪い』の中心を調べて、聖女さまからもらった浄化の銀盤ぎんばんを置いてくればクリアだ」


「……呪いの地、ですか」


 ぽつり、と、セシルがつぶやいた。


「人間の王が竜に犯した罪って、なんなんでしょう。ずっと長い間『呪い』が消えないくらい。そんな罪ってあるんでしょうか? わたしには……想像もつかないです」


「……うん。僕もそのことを考えてた」


 僕はセシルの銀色の髪を、くしゃり、とでた。


 セシルが不安そうな顔をしてたから。


 人魚のソーニアは『昔、大地に住む竜に対して、人間の王がとても大きな罪を犯した』って言ってた。


 でも、それなら魔族だって似たような被害を受けてる。


 人間は魔族という種族ひとつをほろぼしたんだから。


 でも、セシルは人間を恨んでいない。呪ったりもしてない。


 逆に『自分が心の底で人を恨んでたらどうしよう』と恐れて、僕に潜在意識を引き出してくれるようにお願いしたくらいだ。その結果……僕はセシルの本当の願いを知ることになっちゃったわけだけど。


 でも、この呪いの源になってる竜は、相手のしたことにまだ怒ってる。


 それだけの怒りを生み出す者がなんなのか──僕たちには想像もつかない。


「みんながセシルちゃんみたいに優しかったら、世の中もっと平和になるのにね」


 リタが、不意にセシルを抱き寄せた。


 セシルの頬に、自分の頬を押しつけて、笑ってる。


「人を恨んでる竜さんに会ったら『魔族を見習いなさいよねっ』って言ってあげないとね」


「わたしは『大好きなご主人様に出会えて幸せです』って言ってあげたいです」


「常識よね」


「ですよね」


 ……ふたりとも、『呪い』の源になにを話すつもりなの。


 突っ込もうとしたけど、セシルとリタは顔を見合わせて笑ってる。


 ふたりともほんとに仲いいな。


 いつも思うんだけど、セシルとリタは種族違いの姉妹みたいだ。もちろんリタの方がお姉さん。お風呂上がりのセシルの髪を、リタが整えてるのをよく見かける。


 ちなみに今日のセシルの髪型は、リタがきれいにセットしたツインテールだ。リタもおそろいだ。僕が櫛を入れて、リタが自分で整えてる。


 作戦の都合上、仲間同士見つけやすいようにしてある。これはあとで、効果を発揮するはず。


「……よし、そろそろ全員出てきたかな」


 僕は砂浜の方に視線を戻した。


 そちらでは、少女剣士が叫んでる。『自分はエリート研修生』『1時間遅く起きることが許されている』『差別は大事』『大事にされている者がいれば、みんな自分もそうなりたいと思って努力する』『そうすれば気合いが入る』『我々のようになれ』──そして最後に『全員出動』。


 その言葉に反応して、砂浜のあちこちから研修生が集まってくる。


 研修中の人の他にも、毛布にくるまって休んでいた人がいたらしい。


 つまり──浄化しなきゃいけない研修生は、これで全部だ。


「よし。セシル、リタ。合体魔法の準備だ」


 僕はふたりに指示を出した。


「……待って、ナギ。『研修生』さんたちが散らばりはじめてる──」


「本当です! これだと浄化の範囲に入らない人が──」


 リタが砂浜を指さし、セシルが声をあげる。


 2人の言う通りだった。


 砂浜にいる『研修生』たちは数十人。それが4班に分かれて、別々の方向に移動をはじめている。




「この場に敵が近づいている!!」


「敵は、巨大な魔法を使う可能性がある」




 エリート研修生は声を上げた。




「全員を4班に分ける。2班ごとに我らが率いる。『インスパイア・ヒュドラ』を2匹を護衛ごえいにつける」


「研修生の皆さん、緊急時のマニュアル通りにしてくださぁい!」




 声を広げる魔法を使っているらしい。ここまで聞こえる。


 研修生を率いているのは、両手に剣を持った少年と、杖を手にした少女。


 さらに海の中から、小ぶりのヒュドラが現れる。ヒュドラは『エリート研修生』に操られているのか、命令通り、研修生の後ろをついていく。


「──対策されたか」


 向こうも、多少は情報をつかんでる。


 以前、街道にアンデッドがあふれたとき、神聖力の大魔法で一斉浄化したからね。噂になるのはしょうがないか。


 敵が人を操るのに『呪い』を使ってるなら、当然、浄化への対策くらいはするだろう。


 さすが貴族だ。いろいろ対策を考えてるんだな……。




「だけど、僕たちはあれから進化してる」




 僕はスキルを起動した。




「発動。『能力再構築スキル・ストラクチャーLV7』──『能力交差スキル・クロッシング・改』!!」



 今回使うのは、『能力再構築スキル・ストラクチャー』の新たな力だ。レギィとラフィリアを『再構築』したとき、『能力再構築』がLV7になった。それと一緒に、『能力交差スキル・クロッシング』が使えるようになったんだ。


 ──ただし、『かい』がついてるけど。


「いくよ、セシル。リタ」


「は、はいっ」「……いいわよ。来てください、ご主人様」


 僕は右手でセシルの胸に、左手でリタの胸に触れる。


 この前と同じだ。3人を『魔力の糸』でつなぐ。


 僕たちをひとつにして、浄化の大魔法を放つために。



「…………んっ。入って来ます。ナギさまの魔力と、リタさんの神聖力」


「うん……じんじんする……というより……これは、いとおしい感じ……かな」



 セシルは目を閉じて、リタは安らいだ顔でほほえんでる。


 僕はご主人様権限で2人のスキルをウィンドウに呼び出す。


 使うのは前回と同じ『古代語詠唱こだいごえいしょうLV1』と『神聖力掌握しんせいりょくしょうあくLV1』だ。


『能力交差』は『スキル合体エミュレーター』だ。2つのスキルを組み合わせて、一時的に6概念のチートスキルを生み出すことができる。


 そしてその上位版『能力交差スキル・クロッシング・改』は、それに僕が持ってるスキルの概念を、ひとつだけ付け加えることができるようになったんだ。


 ──はじめてだからね。わかりやすい『概念』を使おう。たとえば……これかな。




贈与剣術ぞうよけんじゅつLV1』


『剣や刀』で『回復力』を『増やす(10%+『贈与剣術』LVx10%)』スキル




 このスキルの『増やす』を使ってみよう。


 えっと、『古代語詠唱LV1』と『神聖力掌握LV1』のつなぎ方は、前回と同じにして、と。


 それに『贈与剣術』の概念を加えて……こんな感じかな。





『所有者』──『呪文』──『神聖力』──『詳しく』──『唱える』──『気づく』──『増やす』





「…………なんだか、ぽかぽかしてきました」


 セシルがローブの胸を押さえて、僕を見た。


「いえ、嫌な感じじゃなくて、安らかな……安心する『ぽかぽか』です……んっ」


「セシルちゃん、なんだかうれしそうね」


 リタがセシルの銀髪をなでた。


「ひょっとしてナギと、ずっと繋がっていたいのかなぁ?」


「リタさん? な、な、なにを!?」


 セシルの顔が真っ赤になる。


 でも、リタになでられてることには気づいてない。


 これって、感覚とかもひとつになってるのかな。


「リ、リタさんだって、いろいろ思い出しちゃってるじゃないですか!」「セシルちゃん! ちょ、今それを考えるのは反則でしょ!?」


「──って、そう言ったらリタさんの記憶が入ってきました!?」「待って、待って待って待って!」


「わ、わわわ、こ、これって。リタさんが……その……」「あ、わ、あわわわわ。セシルちゃん……」


 なんか大変なことになってる!?


 セシルとリタの言葉が重なり、ふたりは同時にあわあわしてる。


 感覚だけじゃなくて、互いの記憶までわかっちゃってるみたいだ。でも、ふたりがそんなに真っ赤になる記憶って──?


「と、とにかく。2人とも、大魔法使うから集中して!」


「は、はいっ。そーでした。リタさんからいただいた記憶は、今は忘れます!」


「セシルちゃん、『今は』ってゆった!? 『今は』──って!?」


 僕は、とりあえず2人の頭をなでて落ち着かせた。




 そして『能力交差スキル・クロッシング・改』を──『適用』する。


 組み上げたスキルが、動き出す。


 僕とセシルとリタ、7つの『概念』が絡まり合いを、その間を言葉が埋めていく。




 そうして──新たに『模倣エミュレート』されたスキルは──




────────────




『古代語・神聖力魔法詠唱 (多重捕捉型マルチロックオン)』




『所有者』の『呪文』を『神聖力』で『詳しく』『唱える』ことに『気づく』スキル


(ご主人様の『概念』、『増やす』が追加されたことにより、多重ロックオンが可能となった)



────────────




 ……なんだかすごい機能がついてた。


 僕が与えた『概念がいねん』は、機能追加に使われるらしい。


 能力は前回と同じかな。えっと、




────────────




『古代語・神聖力魔法詠唱 (多重捕捉型マルチロックオン)』は、ソウマ=ナギの『能力交差スキル・クロッシング・改』により、擬似的に生み出されたスキルである。


 セシル=ファロット(限定)の魔法を、リタ=メルフェウス(限定)の『神聖力』で発動することができるようになる。


 これによって発動した魔法は浄化の力を帯びたものに変わる。


 使用回数制限:1回のみ。


 使用直後に『古代語神聖力魔法詠唱 (多重捕捉型マルチロックオン)』と『能力交差・改』は消滅する。


『能力交差・改』は一定時間後に復活する。




────────────




 ……『能力交差・改』って、一定時間後に復活するのか。


 レベルが高いだけあって、やばいくらいにチートだな。これ。


 このパターンで『古代語魔法 炎の矢』にマルチロックオン能力つけたらどうなるんだろう……。


 それを『真・聖杖ノイエルート』でレーザーにしたら……ホーミングレーザーに……?




 ……………………なんだか、怖い考えになってきた。





「えっと、気を取り直して、詠唱えいしょう開始です!」


「セ、セシルちゃんに『神聖力』供給するわね」


 セシルとリタは顔を見合わせて、うなずいた。


 そして2人は、手をつないで詠唱をはじめる。




「『清浄を告げ、天を巡りしものの姿を借りて降り注ぐ──』」


「『神聖なる名のもとに──』」




 ふたりの声が、草木を揺らしていく。


 同時に、僕の目の前にマーカーが表示された。赤い、円形のものが4つ。


『ロックオンマーカー』だ。


 元々の『贈与剣術』が、10%+(10%xスキルレベル)で威力を高めるスキル。その概念を利用したせいで、魔法の対象を『増やす』ことができるようになってる。


 ロックオンできる数は、4つ。


 僕とセシルとリタが使ったスキルのレベル+1、って感じか。


「これを『研修生』さんの、それぞれの班に合わせればいいのか……」


 僕はロックオンマーカーを指先で移動させた。


 『研修生』の班に重ねて押すと──マーカーが緑に変わる。


 これでロックオン完了だ。


「それじゃ、セシル、リタ。撃っていい!」


「「了解です! 発動! 神聖古代語魔法! 『神聖浄化光輪ホリーハイロゥ』!!」





 セシルとリタが高らかに宣言した瞬間しゅんかん──海辺に、光の輪が出現した。





「来た! 敵の魔法だ! 各班、全速力で回避しろ!!」


「な、なんだか心地いい光ですが──だまされてはだめです。各班ごとに、列を乱さずに逃げてください──っ!」




 砂浜にいた『エリート研修生』と研修生たちが、4方向に分かれて走り出す。


 けれど──




「は、速い!? しかも広がってる!?」


「な、なんだかついてくるんですけどおおおおおっ! ちょっと、そこの研修生さん。光を浴びてうっとりしてるのはどうして!? 身体から黒いものが抜けて行ってますけど──っ!!」




 光の輪は広がりながら、正確に研修生さんたちを追尾ホーミングしていく。


 降り注ぐ光はもちろん、悪いものじゃない。『呪い』の影響を消し去る、神聖力のシャワーだ。


 それを浴びた研修生さんが足を止める。


 自分が、とても疲れていたことに──始めて気づいたように、光のシャワーの中で目を閉じる。


 そして──





『オオオオオオオオオオオオオ──ッ!』





 空気が震えた。


 このあたりに漂っていた黒い気配が、消えていく。


 それは『研修生』さんたちの中からも。


 まるで身体の中に食い込んでいた毒が、霧となって浮き上がってくるみたいだった。


 みんな『呪い』の影響で精神が不安定になっていた。それを浄化すると──




「おうちかえる!」




 不意に、『研修生』の一人が叫んだ。




「なんでこんな変な研修を受け続けなきゃいけないの!? なんで、自分をあそこまで否定されなきゃいけないの!?」


「そうだ。わたしたちは強くなるためにここに来たのに? 変な体操やらされて!」


「ここを逃げたら他に仕事がないって──そんなわけないじゃない!」




 口々に『研修生』さんたちは声を上げる。




「──って、魔物!? ヒュドラがすぐそばにいるじゃねぇか!?」


「どうして私たち気づかなかったの!?」


「逃げろ──っ! 喰われるぞ。みんな逃げろ──っ!!」




 さらに、彼らは『インスパイア・ヒュドラ』を見て走り出す。


 まぁ、そうなるよね。


 目の前に魔物がいるんだから。正気に戻れば、逃げ出すのは当たり前だ。




「か、彼らを止めろ! 『インスパイア・ヒュドラ』!」


「よ、よくわかんないけど、脱走はだめです! 私たちが怒られます!」




『エリート研修生』が『インスパイア・ヒュドラ』に指示を飛ばす。反応が変わらないってことは、あの人たちには『呪い』の耐性があるらしい。


 でも、『研修生』たちはすでに、散り散りに逃げはじめている。


 それを追いかけようとする『インスパイア・ヒュドラ』の前に──





『人の子よ、逃げるがいい! ここは我が食い止める!!』





 白い翼の竜が立ちはだかった。





「天竜ブランシャルカさま!?」「どうして、天竜がここに!?」「復活した、という噂は聞いていたけど……」


『細かいことは後だ。今はとにかく、安全なところへ逃げるのだ』





 真っ白な竜は、人々をかばいながら、首をもたげて吠える。




『先に逃げた者から聞いた。私物はこの先の小屋にある。それを持って、保養地までかたまって逃げよ! ここは悪意の地。決して振り返ってはならぬ!!』


「「「わかりました、天竜さま!!」」」




 人々は一斉に走り出す。





『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:いいタイミングだ。イリス。あとは手はず通りに足止めを』




 僕はイリスに『意識共有マインドリンケージ・改』のメッセージを送った。




『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃん


 本文:おまかせください。お兄ちゃんとの「魂約エンゲージ」で手に入れたスキルは伊達ではありません!』




 自信たっぷりだ。


 僕とセシルとリタは、岩のかげで戦闘態勢。


 うまくいかなかったときはフォローしないとね。




「──船より信号。あの天竜はニセモノ。『インスパイア・ヒュドラ』で倒せと」


「──本物にしか見えないよ!?」



 砂浜で『エリート研修生』が手を振った。


 それを合図に『インスパイア・ヒュドラ』が動き出す。




『『『『ヒュィィイイイイイ!』』』』



 2体の『インスパイア・ヒュドラ』が、行く手を阻む『天竜ブランシャルカ』に向かって突進する。


 身長約4メートルの小型ヒュドラはそのままの勢いで『天竜ブランシャルカの幻影』に近づき、そして──





『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃ


 本文:このタイミングです。発動「竜の祝福ドラゴニック・ブレス」!』




 べしっ。




 ころんっ。





『天竜ブランシャルカ』の尻尾が、『インスパイア・ヒュドラ』を引っかけて、倒した。




「「幻影じゃ──ない!? 実体があるだとおおおおっ!?」」




 いや、幻影だけどね。尻尾・・にだけ一瞬・・・・・物理判定・・・・をつけただけで。




『送信者:イリス


 受信者:ナギ


 本文:成功です。お兄ちゃん! イリスの「竜の祝福ドラゴニック・ブレス」の力、ごらんいただけましたか!?』




竜の祝福ドラゴニック・ブレス


『竜の血』の加護により、武器、スキル、魔法に『物理強化』を与える。


 対象は1回につき1個のみ。


 違う対象を『強化』した瞬間に、前の『強化』は消滅する。




 このスキルは、武器と魔法だけじゃなく、スキルそのものに『物理強化』を与えることができる。


 これを『幻想空間』に使えば、一時的に『天竜ブランシャルカの幻影』に『物理的な感触』を与えられるんだ。




『送信者:ラフィリア


 受信者:マスター。イリスさま


 本文:足止めありがとうですぅ。「豪雨弓術」プラス「身体貫通フィジカル・ペネトレイター」、いくでーす』





 ひゅーん。ひゅーん。ひゅん。ひゅん。




 さくっ。




『『『『ヒュウウウウアアアアアアアアア!!』』』』




 岩場の向こうから飛んできたラフィリアの矢が、『インスパイア・ヒュドラ』の頭部を貫通した。


 あっさりだった。


 動力源の『魔力結晶』を破壊され、『インスパイア・ヒュドラ』は崩れ落ちた。




『我が加護は、魔物の胴体さえも、薄布うすぬのに変えることができる』




 幻影の天竜が吠えた。




『人の子よ。同族に魔物をけしかけるおろかな者よ……すみやかに立ち去れ』


「あ、あ、あ…………」




 ぺたん。




 剣士の少女は震えながら、砂浜に座り込んでる。


『この地は人魚の住処すみかであり、人の踏み込む場所ではない』


「だ、だけど……この土地での研修は確かに人を強くする」


 少女は震えながら立ち上がり、剣を抜いた。


 魔法使いの少女も杖を取る。少女をかばうみたいに。


「そうです。私たちはこの研修で、自分に自信がもてるようになりました! 元々私たちは、ただの低レベル冒険者だったんです。なのに、ここで研修を受けてから、他の人にも負けないように──」


 ……強情だな『エリート研修生』さんたち。


 早めに説得して、離れてもらった方がいいんだけど。


 僕はイリスにメッセージを送ることにした。


『天竜の台本』つきで。


『それはこの地が呪われているからだ。お前たちが強くなったのではない。他が弱くなった』


『天竜ブランシャルカの幻影』は、指示した通りのセリフを口にした。


『お前たちは混乱して弱っている者たちと、自分を比べていただけだ』


「……そんな!?」「嘘です。貴族の方がそんなことをするはずが!?」


『では真実は君たちの目で確かめるがいいだろう』


 天竜ブランシャルカの幻影は叫んだ。


『間もなくこの地は、濃い霧に包まれる。巻き込まれたくなければ逃げよ。我が代行者は、静かに仕事をこなすであろう』


 そう言って、天竜の幻影は僕の方を向いた。


 僕はセシルに合図を送る。セシルはうなずいて、唱えておいた魔法を発動させる。




「『属性変更エレメント・チェンジャー』で魔法を水属性に変更しました。発動します。『古代語魔法、濃霧フォグ』」




 ぶぉ。




 海岸と海が、濃い霧に包まれた。


「この状態なら僕たちの顔も見えないだろ。念のためいつもの『海竜お面』を装着」


「はい。ナギさま」「りょーかい」


 セシルとリタのツインテールが揺れてる。


 みんなの髪型を統一したのはそのためだ。霧の中でもシルエットで、仲間だって見分けられるように。


「あの船は……このままどっか行ってくれればいいんだけどな」


 沖に出れば、霧の影響を受けない。


 研修生さんたちは陸路を保養地に向かうから、船で追うのは不可能だ。保養地についた研修生さんたちは、商人のドルゴールさんが保護してくれることになってる。ドルゴールさんと研修生さんたちの証言があれば、さすがに『新人研修』の異常性も伝わるはずだ。


 その間に僕たちは『人魚の住処』の奥を調べて、『呪い』の原因になってるものを突き止める。


 それが本当に『魔竜』に関わるものなら──『海竜ケルカトル』の力を借りる必要があるかもしれない。『呪い』の原因がなくなれば、貴族がここを占拠する理由もなくなる。人魚たちも戻ってこられるはずだ。


 ちっちゃな人魚のソーニアも、それを望んでいた。


「この土地で『浄化の歌』を歌い続けるのか、別の土地で暮らすのか、落ち着いてから決めましゅ」──って。


 ──そんなことを考えながら、僕たちは海岸に向かって走り出す。


 霧は深いけど、僕とセシルは影響を受けない。足元も見えるし、『エリート研修生』が呆然と突っ立ってるのもわかる。


 とりあえずあの2人と話してみるか──


「ナギ。歌が聞こえるわ」


 リタが不意に、足を止めた。


「……浄化の力を感じる……これって、人魚さんの歌よ」


 しばらく走ると、僕にも聞こえてきた。


 波間に溶け込むような、透明な歌声。さっきまでの重い空気を浄化するように。


 歌が聞こえるのは波打ち際。


 そこには──胴体を鎖で縛られた、小さな人魚の少女がいた。


「…………だれ?」


 少女は僕を見て、ぼんやりとつぶやいた。


「……こわいひと……にんげん?」


「僕たちは人魚のソーニアの友だちだ。彼女の依頼で、ここに来た」


「…………ソーニア……の?」


「ひどいな。くさりで縛られてる……もしかして貴族に捕まってたの?」


 人魚の少女はうなずいた。


「船の中……水夫と、貴族のひとと、剣の勇者がいて……その人たち……この地で……聖剣を探してる。その人たちが……『呪い』の影響……受けないように、歌わされてた。今は船の外につながれていたけど……霧が出て、びっくりして、鎖がゆるんだから、逃げて来た……の」


「わかった。君のことは、僕たちが保護するから。ソーニアのところに連れて行くよ。いいかな」


「…………ありが、とう……しんじます……」


 そう言って、人魚の少女は目を閉じた。


 僕は彼女を、水辺から抱き上げた。軽い。ソーニアよりも。本当にまだ子どもみたいだ。


「…………いったんアイネたちと合流しよう」


「…………この子を預けないと、ですね」


「…………ちっちゃい子の方が優先よね。しょうがないもんね」


 僕はセシル、リタと、小声で打ち合わせ。


 そうしていると、『エリート研修生』たちが近づいてくる。


「あ、あなたたちは?」


「……『天竜の代行者』だ」


 仮面を被ったまま、僕は答えた。


「すべての竜とえにしつなぐものでもある。『海竜』の依頼を受けて、この地の調査に来た。人魚──海の生き物が、迫害を受けていると聞いたのでな」


「……迫害、って」


「嘘です。侯爵さまは、人魚はこの地を、偉大なる使命に燃える私たちに譲ってくれたって」


 ……そういうこと言ってたのか。


 なんだろ。その壮大で高尚な嘘。


「それこそ偽りだ。この人魚の少女に絡みついている鎖が証拠。彼女は、あの船から逃げて来たのだ」


「じゃあ、この地が『真の勇者の使命のために、浄化された』っていうのは……」


「嘘だ。他の研修生たちは『呪い』に侵されておかしくなっていた。侯爵たちは『人魚の歌』で自分たちだけ『呪い』から逃れていたのだろう」


「…………あ、あ」


「まぁ、嘘か本当かは、自分で確かめてくれ。それじゃ」


 僕は人魚を背負って、走り出そうとした。


 けど──




 ばしゃばしゃばしゃばしゃっ!




 水と、砂浜を蹴る音がした。


 振り返ると、沖の船から出てきた小舟が、砂浜にやってきてた。


 そこから数人の兵士と、剣士、貴族っぽい男性が降りてくる。


「人魚を返せ。そして死ね」


 剣士っぽい影は、そういった。


「その人魚は俺が『聖剣』を手に入れるためのキーアイテムだ。今すぐ俺に返せ。そして無用なことを知ったお前たちは全員死ね!!」


 兵士たちは隊列を組んで僕たちと──『エリート研修生』の2人に襲いかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る