第190話「海岸地域攻略戦(その2) 回避不能の『浄化魔法』」
──海辺に浮かぶ船の中──
「『
男性はざらついた声で叫んだ
大柄な身体を椅子に預け、苛立ったように肘掛けを叩きながら、目の前の少年に問いかける。
「わざわざ『インスパイア・ヒュドラ』を動かした上でか? なにが起こったというのだ?」
「侵入者の対応に失敗したかと思われます」
銀色の
ここは、船の中にある一室。
ひと一人が寝起きするには広すぎ、
「『教官魔道士』──ロード=オブ=ヴァーミリオンなどと名乗ってますが、ヒモト=ケイスケは慌て者なもので」
鎧を着た少年は、長いため息をはき出した。
「詰めが甘いのですよ。奴が有能なら、人魚をもっと捕らえられたはずなのですが」
彼は船室の奥に置かれた
そこには人魚の少女がいた。
彼女は浴槽の縁に寄りかかり、ぐったりとうなだれている。
「いずれにしても、直接指揮を執る必要があるでしょう。上陸の小舟を出すこと、許可いただけますか? ヒルムト
「貴様は
「ですが──」
「まだ
ヒルムト侯爵と呼ばれた男性は、腰に提げた水晶を見た。
『教官魔道士』と、目の前の少年が持っているのと同じ『呪い避けの護符』だ。
土地にあふれる『呪い』から所有者を守る力があるが、1日使うと曇り、浄化には人魚の歌声を必要とする。
ヒルムト侯爵は、毎日必ず上陸して、『研修生』に気合いを入れることにしている。その時にどうしても呪いの影響を受けてしまう。だから毎晩、人魚の歌声で浄化していたのだが──
「昨日から歌おうとしないのだ。このなまけものの
がぃん、と、音がして、器が浴槽に当たり、跳ね返る。飛び散ったワインが床と、人魚の少女の髪を濡らす。
「居場所をくれてやっただろうが! その浴槽にどれだけ金をかけたと思っている。名工の陶器を使い、水晶で飾り、宝石をちりばめているのだぞ! きさまら亜人が、どれだけがんばっても手に入らない
侯爵の声が、広い船室に響き渡る。
しばらく、沈黙が落ちた。
浴槽の水が、ぴしゃり、とはねる音がして──
「……はたらきたくない」
人魚の少女が、ぽつり、とつぶやいた。
「……はたらきたくない。なかまに、あいたい」
「まったく、近ごろの若い者は!」
つばを飛ばして叫ぶ
「用事が済めば返してやると言っているだろうが! ここががんばりどころだと、どうしてわからぬのだ!」
「……がんばり、どころ?」
「
「…………しらないもん」
「お前たちだって、いつまでも歌って踊ってばかりもいられまい。世界はやがて変化を迎えるはずだ。そのときのため、お前たちに歴史に関わる機会を与えているのだぞ?」
男性はここが劇場でもあるかのように、両腕を広げて語り続ける。
「
「しらないって、言ってるもん」
人魚の少女は首を横に振った。
水色の髪が揺れて、したたる海水が床を濡らす。
それがまた気に入らないのか、ヒルムト侯爵は鼻息を鳴らす。「だらしない。なっておらん」と。
「人魚のお嬢さん」
銀色の
「俺と、『
「……いみがわかんない」
「俺には『聖剣』が必要なんだよ。自分のスキルを活かすためにね」
少年の問いに、人魚は答えない。
「…………わかんない、なにも」
彼女は目を閉じ、波の音に耳を澄ませた。
今すぐ海に飛び込みたい。なにもいらないから、自由に泳いで歌いたい。
ここにいる人間たちがなにを考えているのか、彼女にはわからなかったから。
「……おそとをみせて……」
少女は言った。
「……わたしに……おそとをみせて……流れる水にさわらせて……そしたら歌ってあげる」
「手間のかかることだな!」
ヒルムト
面倒そうに顔をしかめて、それから、鎧の少年に向かって手を振った。
「望み通りにしてやれ、『聖剣使い』。ただし、こやつを
「侵入者への対応はどうしますか?」
「包囲して殺せ。後始末は
「海岸には教官の補助をしている『エリート研修生』──『準勇者』がおります。ここから旗で指示を出せばわかるでしょう。指揮は彼らに任せましょう。それでよろしいですか?」
「……ああ……いや、待て」
侯爵は、動き出そうとする少年を止めた。
「少し前に、街道にアンデッドの集団が現れたことがあったな」
「聞き及んでおります」
「それらを巨大な光の輪──浄化の光が包み込んで消し去ったと」
「
「天竜の復活などは信じていないが……浄化の大魔法は存在する。ならば、対策をすべきだろう」
男性は少し考えてから、
「研修生たちを分散させ、その上で侵入者を包囲せよ。そうすれば全員を浄化することができなくなる。『呪い』の影響が消えたら面倒だからな」
「侯爵さまのお知恵には驚くばかりです」
『聖剣使い』と呼ばれた少年は、床の上にひざまずいた。
「さすが元、王家の武術指南役であったお方です。戦術に長けておられる」
「貴様の価値に気づいたのも儂だからな」
男性は立ち上がり、剣を手に取った。
うやうやしい動きで、それを少年に手渡す。
「今はただの『剣術使い』、されど聖剣さえ手に入れれば無双となる者よ。来たるべき魔王との戦いの時には、
「
少年はうつむき、答えた。
「この地が例の場所ならば、必ずや聖剣が眠っているはず。どんな方法を使ってでも、手に入れてみせましょう」
「ああ」
彼の見えないところで侯爵は、唇をゆがめて笑った。
まるで自分のセリフが、面白い冗談でもあるかのように。
──ナギ・セシル・リタチーム──
空気が重い。
まだ、僕たちは海岸に近づいてもいない。それでも、まわりの空気がよどんでるのがわかる。
「ここが『呪われた土地』か」
でもって、人魚の住処のある場所だ。
なんだかなー。まわりに誰もいないのに、妙に耳鳴りがする。ずっと誰かに見られているような、そんな気分だ。
「セシルとリタは平気? 具合が悪かったら言ってよ」
僕は左右にいる2人に問いかける。
「だいじょぶ、です。なんとなくプレッシャーみたいなものは感じますけど──」
「そうね。誰かが、聞こえない声で
『聞こえない声で怒鳴ってる感じ』か。
確かに、そんな感じがする。
とてつもなく大きなものに見られてて、それがいつ怒るかわからなくて、圧力をずっと受け続けてる。そんなイメージだ。
「……でも、意識ははっきりしてる。身体も、おかしくない」
聖女さまが保証してくれた通り、僕とセシル、リタには『呪い』への耐性があるみたいだ。
「耐性があっても『呪われた地』だってのはわかるんだよな。耐性のない研修生さんたちは、どんな状態なんだろうな」
「……脱走研修生さんが言ってましたね。みんな、2日目までは逃げようとするって」
「……3日目からみんな目つきが変わって……あきらめちゃうって」
僕たちは岩場の
みんなさっきまで組体操をしていたけれど、今はぼんやりと突っ立ってる。
『研修生』の間を走り回ってるのは、剣士の少女とローブを着た少女。さっき『教官魔道士』が2人に指示を出すのが見えた。
『教官魔道士』の補助役だろう。
「──全員集合だ。休んでいる者も出てこい」
「──すいませんみなさん。はたらいてくださーい!」
少女たちは叫びながら、海に浮かぶ船を見てる。
あちらはまったく動きはない。さっきリタが、甲板で旗が動くのを見た、と言っていたっけ。なにかの合図だろうか。
『新人研修』の情報は、レティシアが助けた『脱走研修生』の少女から聞いてる。
情報共有は基本だからね。必要な情報は『
少女が教えてくれたのは、『教官魔道士』には補助役がいること。
沖にある船には貴族と剣士がいること。貴族──ヒルムト侯爵は1日1回、必ずやってきて、研修生に『ありがたい指導』をしていくこと。それでいつも怪我人が出ていることなんかを。
彼らは、呪いに耐性を持つ者を探している。
その人たちを使って、人魚の生息地を探索しようとしてるんだろうな。
「……本当に人魚の住処の近くに『
僕は隣にいるセシルとリタと視線を交わした。
「なにもなければ一番楽だと思ってたけど、そうもいかないか」
「……ですね」「うん。しょうがないわよね」
僕たちは3人で岩場に伏せて、砂浜の方を眺めてる。
いつでも合体できるように、手をつないで。
セシルのちっちゃい手は、いつもより熱くなってる。
汗ばんでるのを気にしてるのか、ときどき、結んだ手を放して、ローブでぬぐってる。
リタの方は、僕にぴったりと肩をくっつけてる。
緊張はしてないみたいで、きれいな尻尾をぱたぱた振ってる。自分でも気づいてないのか、たまに手で押さえてるけど、すぐに元通り。砂浜からは離れてるし、木の根元にいるから、そうそう見つからないと思うけどね。
「作戦はシンプルだ。まずは砂浜にいる人たちに巨大な『神聖力』をぶつける」
僕は説明をはじめた。
「そうすると『呪い』の影響から解放されて、正気に戻るはずだ。『脱走研修生』さんによると、みんなでたらめな研修内容を信じてここに来てるらしい。正気に戻れば、おかしいってわかるだろ。そのあたりの説得は、イリスにお願いかな。僕たちは『呪い』の中心を調べて、聖女さまからもらった浄化の
「……呪いの地、ですか」
ぽつり、と、セシルがつぶやいた。
「人間の王が竜に犯した罪って、なんなんでしょう。ずっと長い間『呪い』が消えないくらい。そんな罪ってあるんでしょうか? わたしには……想像もつかないです」
「……うん。僕もそのことを考えてた」
僕はセシルの銀色の髪を、くしゃり、と
セシルが不安そうな顔をしてたから。
人魚のソーニアは『昔、大地に住む竜に対して、人間の王がとても大きな罪を犯した』って言ってた。
でも、それなら魔族だって似たような被害を受けてる。
人間は魔族という種族ひとつをほろぼしたんだから。
でも、セシルは人間を恨んでいない。呪ったりもしてない。
逆に『自分が心の底で人を恨んでたらどうしよう』と恐れて、僕に潜在意識を引き出してくれるようにお願いしたくらいだ。その結果……僕はセシルの本当の願いを知ることになっちゃったわけだけど。
でも、この呪いの源になってる竜は、相手のしたことにまだ怒ってる。
それだけの怒りを生み出す者がなんなのか──僕たちには想像もつかない。
「みんながセシルちゃんみたいに優しかったら、世の中もっと平和になるのにね」
リタが、不意にセシルを抱き寄せた。
セシルの頬に、自分の頬を押しつけて、笑ってる。
「人を恨んでる竜さんに会ったら『魔族を見習いなさいよねっ』って言ってあげないとね」
「わたしは『大好きなご主人様に出会えて幸せです』って言ってあげたいです」
「常識よね」
「ですよね」
……ふたりとも、『呪い』の源になにを話すつもりなの。
突っ込もうとしたけど、セシルとリタは顔を見合わせて笑ってる。
ふたりともほんとに仲いいな。
いつも思うんだけど、セシルとリタは種族違いの姉妹みたいだ。もちろんリタの方がお姉さん。お風呂上がりのセシルの髪を、リタが整えてるのをよく見かける。
ちなみに今日のセシルの髪型は、リタがきれいにセットしたツインテールだ。リタもおそろいだ。僕が櫛を入れて、リタが自分で整えてる。
作戦の都合上、仲間同士見つけやすいようにしてある。これはあとで、効果を発揮するはず。
「……よし、そろそろ全員出てきたかな」
僕は砂浜の方に視線を戻した。
そちらでは、少女剣士が叫んでる。『自分はエリート研修生』『1時間遅く起きることが許されている』『差別は大事』『大事にされている者がいれば、みんな自分もそうなりたいと思って努力する』『そうすれば気合いが入る』『我々のようになれ』──そして最後に『全員出動』。
その言葉に反応して、砂浜のあちこちから研修生が集まってくる。
研修中の人の他にも、毛布にくるまって休んでいた人がいたらしい。
つまり──浄化しなきゃいけない研修生は、これで全部だ。
「よし。セシル、リタ。合体魔法の準備だ」
僕はふたりに指示を出した。
「……待って、ナギ。『研修生』さんたちが散らばりはじめてる──」
「本当です! これだと浄化の範囲に入らない人が──」
リタが砂浜を指さし、セシルが声をあげる。
2人の言う通りだった。
砂浜にいる『研修生』たちは数十人。それが4班に分かれて、別々の方向に移動をはじめている。
「この場に敵が近づいている!!」
「敵は、巨大な魔法を使う可能性がある」
エリート研修生は声を上げた。
「全員を4班に分ける。2班ごとに我らが率いる。『インスパイア・ヒュドラ』を2匹を
「研修生の皆さん、緊急時のマニュアル通りにしてくださぁい!」
声を広げる魔法を使っているらしい。ここまで聞こえる。
研修生を率いているのは、両手に剣を持った少年と、杖を手にした少女。
さらに海の中から、小ぶりのヒュドラが現れる。ヒュドラは『エリート研修生』に操られているのか、命令通り、研修生の後ろをついていく。
「──対策されたか」
向こうも、多少は情報をつかんでる。
以前、街道にアンデッドがあふれたとき、神聖力の大魔法で一斉浄化したからね。噂になるのはしょうがないか。
敵が人を操るのに『呪い』を使ってるなら、当然、浄化への対策くらいはするだろう。
さすが貴族だ。いろいろ対策を考えてるんだな……。
「だけど、僕たちはあれから進化してる」
僕はスキルを起動した。
「発動。『
今回使うのは、『
──ただし、『
「いくよ、セシル。リタ」
「は、はいっ」「……いいわよ。来てください、ご主人様」
僕は右手でセシルの胸に、左手でリタの胸に触れる。
この前と同じだ。3人を『魔力の糸』で
僕たちをひとつにして、浄化の大魔法を放つために。
「…………んっ。入って来ます。ナギさまの魔力と、リタさんの神聖力」
「うん……じんじんする……というより……これは、いとおしい感じ……かな」
セシルは目を閉じて、リタは安らいだ顔でほほえんでる。
僕はご主人様権限で2人のスキルをウィンドウに呼び出す。
使うのは前回と同じ『
『能力交差』は『スキル合体エミュレーター』だ。2つのスキルを組み合わせて、一時的に6概念のチートスキルを生み出すことができる。
そしてその上位版『
──はじめてだからね。わかりやすい『概念』を使おう。たとえば……これかな。
『
『剣や刀』で『回復力』を『増やす(10%+『贈与剣術』LVx10%)』スキル
このスキルの『増やす』を使ってみよう。
えっと、『古代語詠唱LV1』と『神聖力掌握LV1』のつなぎ方は、前回と同じにして、と。
それに『贈与剣術』の概念を加えて……こんな感じかな。
『所有者』──『呪文』──『神聖力』──『詳しく』──『唱える』──『気づく』──『増やす』
「…………なんだか、ぽかぽかしてきました」
セシルがローブの胸を押さえて、僕を見た。
「いえ、嫌な感じじゃなくて、安らかな……安心する『ぽかぽか』です……んっ」
「セシルちゃん、なんだかうれしそうね」
リタがセシルの銀髪をなでた。
「ひょっとしてナギと、ずっと繋がっていたいのかなぁ?」
「リタさん? な、な、なにを!?」
セシルの顔が真っ赤になる。
でも、リタになでられてることには気づいてない。
これって、感覚とかもひとつになってるのかな。
「リ、リタさんだって、いろいろ思い出しちゃってるじゃないですか!」「セシルちゃん! ちょ、今それを考えるのは反則でしょ!?」
「──って、そう言ったらリタさんの記憶が入ってきました!?」「待って、待って待って待って!」
「わ、わわわ、こ、これって。リタさんが……その……」「あ、わ、あわわわわ。セシルちゃん……」
なんか大変なことになってる!?
セシルとリタの言葉が重なり、ふたりは同時にあわあわしてる。
感覚だけじゃなくて、互いの記憶までわかっちゃってるみたいだ。でも、ふたりがそんなに真っ赤になる記憶って──?
「と、とにかく。2人とも、大魔法使うから集中して!」
「は、はいっ。そーでした。リタさんからいただいた記憶は、今は忘れます!」
「セシルちゃん、『今は』ってゆった!? 『今は』──って!?」
僕は、とりあえず2人の頭をなでて落ち着かせた。
そして『
組み上げたスキルが、動き出す。
僕とセシルとリタ、7つの『概念』が絡まり合いを、その間を言葉が埋めていく。
そうして──新たに『
────────────
『古代語・神聖力魔法詠唱 (
『所有者』の『呪文』を『神聖力』で『詳しく』『唱える』ことに『気づく』スキル
(ご主人様の『概念』、『増やす』が追加されたことにより、多重ロックオンが可能となった)
────────────
……なんだかすごい機能がついてた。
僕が与えた『
能力は前回と同じかな。えっと、
────────────
『古代語・神聖力魔法詠唱 (
セシル=ファロット(限定)の魔法を、リタ=メルフェウス(限定)の『神聖力』で発動することができるようになる。
これによって発動した魔法は浄化の力を帯びたものに変わる。
使用回数制限:1回のみ。
使用直後に『古代語神聖力魔法詠唱 (
『能力交差・改』は一定時間後に復活する。
────────────
……『能力交差・改』って、一定時間後に復活するのか。
レベルが高いだけあって、やばいくらいにチートだな。これ。
このパターンで『古代語魔法 炎の矢』にマルチロックオン能力つけたらどうなるんだろう……。
それを『真・聖杖ノイエルート』でレーザーにしたら……ホーミングレーザーに……?
……………………なんだか、怖い考えになってきた。
「えっと、気を取り直して、
「セ、セシルちゃんに『神聖力』供給するわね」
セシルとリタは顔を見合わせて、うなずいた。
そして2人は、手をつないで詠唱をはじめる。
「『清浄を告げ、天を巡りしものの姿を借りて降り注ぐ──』」
「『神聖なる名のもとに──』」
ふたりの声が、草木を揺らしていく。
同時に、僕の目の前にマーカーが表示された。赤い、円形のものが4つ。
『ロックオンマーカー』だ。
元々の『贈与剣術』が、10%+(10%xスキルレベル)で威力を高めるスキル。その概念を利用したせいで、魔法の対象を『増やす』ことができるようになってる。
ロックオンできる数は、4つ。
僕とセシルとリタが使ったスキルのレベル+1、って感じか。
「これを『研修生』さんの、それぞれの班に合わせればいいのか……」
僕はロックオンマーカーを指先で移動させた。
『研修生』の班に重ねて押すと──マーカーが緑に変わる。
これでロックオン完了だ。
「それじゃ、セシル、リタ。撃っていい!」
「「了解です! 発動! 神聖古代語魔法! 『
セシルとリタが高らかに宣言した
「来た! 敵の魔法だ! 各班、全速力で回避しろ!!」
「な、なんだか心地いい光ですが──だまされてはだめです。各班ごとに、列を乱さずに逃げてください──っ!」
砂浜にいた『エリート研修生』と研修生たちが、4方向に分かれて走り出す。
けれど──
「は、速い!? しかも広がってる!?」
「な、なんだかついてくるんですけどおおおおおっ! ちょっと、そこの研修生さん。光を浴びてうっとりしてるのはどうして!? 身体から黒いものが抜けて行ってますけど──っ!!」
光の輪は広がりながら、正確に研修生さんたちを
降り注ぐ光はもちろん、悪いものじゃない。『呪い』の影響を消し去る、神聖力のシャワーだ。
それを浴びた研修生さんが足を止める。
自分が、とても疲れていたことに──始めて気づいたように、光のシャワーの中で目を閉じる。
そして──
『オオオオオオオオオオオオオ──ッ!』
空気が震えた。
このあたりに漂っていた黒い気配が、消えていく。
それは『研修生』さんたちの中からも。
まるで身体の中に食い込んでいた毒が、霧となって浮き上がってくるみたいだった。
みんな『呪い』の影響で精神が不安定になっていた。それを浄化すると──
「おうちかえる!」
不意に、『研修生』の一人が叫んだ。
「なんでこんな変な研修を受け続けなきゃいけないの!? なんで、自分をあそこまで否定されなきゃいけないの!?」
「そうだ。わたしたちは強くなるためにここに来たのに? 変な体操やらされて!」
「ここを逃げたら他に仕事がないって──そんなわけないじゃない!」
口々に『研修生』さんたちは声を上げる。
「──って、魔物!? ヒュドラがすぐそばにいるじゃねぇか!?」
「どうして私たち気づかなかったの!?」
「逃げろ──っ! 喰われるぞ。みんな逃げろ──っ!!」
さらに、彼らは『インスパイア・ヒュドラ』を見て走り出す。
まぁ、そうなるよね。
目の前に魔物がいるんだから。正気に戻れば、逃げ出すのは当たり前だ。
「か、彼らを止めろ! 『インスパイア・ヒュドラ』!」
「よ、よくわかんないけど、脱走はだめです! 私たちが怒られます!」
『エリート研修生』が『インスパイア・ヒュドラ』に指示を飛ばす。反応が変わらないってことは、あの人たちには『呪い』の耐性があるらしい。
でも、『研修生』たちはすでに、散り散りに逃げはじめている。
それを追いかけようとする『インスパイア・ヒュドラ』の前に──
『人の子よ、逃げるがいい! ここは我が食い止める!!』
白い翼の竜が立ちはだかった。
「天竜ブランシャルカさま!?」「どうして、天竜がここに!?」「復活した、という噂は聞いていたけど……」
『細かいことは後だ。今はとにかく、安全なところへ逃げるのだ』
真っ白な竜は、人々をかばいながら、首をもたげて吠える。
『先に逃げた者から聞いた。私物はこの先の小屋にある。それを持って、保養地までかたまって逃げよ! ここは悪意の地。決して振り返ってはならぬ!!』
「「「わかりました、天竜さま!!」」」
人々は一斉に走り出す。
『送信者:ナギ
受信者:イリス
本文:いいタイミングだ。イリス。あとは手はず通りに足止めを』
僕はイリスに『
『送信者:イリス
受信者:おにいちゃん
本文:おまかせください。お兄ちゃんとの「
自信たっぷりだ。
僕とセシルとリタは、岩の
うまくいかなかったときはフォローしないとね。
「──船より信号。あの天竜はニセモノ。『インスパイア・ヒュドラ』で倒せと」
「──本物にしか見えないよ!?」
砂浜で『エリート研修生』が手を振った。
それを合図に『インスパイア・ヒュドラ』が動き出す。
『『『『ヒュィィイイイイイ!』』』』
2体の『インスパイア・ヒュドラ』が、行く手を阻む『天竜ブランシャルカ』に向かって突進する。
身長約4メートルの小型ヒュドラはそのままの勢いで『天竜ブランシャルカの幻影』に近づき、そして──
『送信者:イリス
受信者:おにいちゃ
本文:このタイミングです。発動「
べしっ。
ころんっ。
『天竜ブランシャルカ』の尻尾が、『インスパイア・ヒュドラ』を引っかけて、倒した。
「「幻影じゃ──ない!? 実体があるだとおおおおっ!?」」
いや、幻影だけどね。
『送信者:イリス
受信者:ナギ
本文:成功です。お兄ちゃん! イリスの「
『
『竜の血』の加護により、武器、スキル、魔法に『物理強化』を与える。
対象は1回につき1個のみ。
違う対象を『強化』した瞬間に、前の『強化』は消滅する。
このスキルは、武器と魔法だけじゃなく、スキルそのものに『物理強化』を与えることができる。
これを『幻想空間』に使えば、一時的に『天竜ブランシャルカの幻影』に『物理的な感触』を与えられるんだ。
『送信者:ラフィリア
受信者:マスター。イリスさま
本文:足止めありがとうですぅ。「豪雨弓術」プラス「
ひゅーん。ひゅーん。ひゅん。ひゅん。
さくっ。
『『『『ヒュウウウウアアアアアアアアア!!』』』』
岩場の向こうから飛んできたラフィリアの矢が、『インスパイア・ヒュドラ』の頭部を貫通した。
あっさりだった。
動力源の『魔力結晶』を破壊され、『インスパイア・ヒュドラ』は崩れ落ちた。
『我が加護は、魔物の胴体さえも、
幻影の天竜が吠えた。
『人の子よ。同族に魔物をけしかけるおろかな者よ……すみやかに立ち去れ』
「あ、あ、あ…………」
ぺたん。
剣士の少女は震えながら、砂浜に座り込んでる。
『この地は人魚の
「だ、だけど……この土地での研修は確かに人を強くする」
少女は震えながら立ち上がり、剣を抜いた。
魔法使いの少女も杖を取る。少女をかばうみたいに。
「そうです。私たちはこの研修で、自分に自信がもてるようになりました! 元々私たちは、ただの低レベル冒険者だったんです。なのに、ここで研修を受けてから、他の人にも負けないように──」
……強情だな『エリート研修生』さんたち。
早めに説得して、離れてもらった方がいいんだけど。
僕はイリスにメッセージを送ることにした。
『天竜の台本』つきで。
『それはこの地が呪われているからだ。お前たちが強くなったのではない。他が弱くなった』
『天竜ブランシャルカの幻影』は、指示した通りのセリフを口にした。
『お前たちは混乱して弱っている者たちと、自分を比べていただけだ』
「……そんな!?」「嘘です。貴族の方がそんなことをするはずが!?」
『では真実は君たちの目で確かめるがいいだろう』
天竜ブランシャルカの幻影は叫んだ。
『間もなくこの地は、濃い霧に包まれる。巻き込まれたくなければ逃げよ。我が代行者は、静かに仕事をこなすであろう』
そう言って、天竜の幻影は僕の方を向いた。
僕はセシルに合図を送る。セシルはうなずいて、唱えておいた魔法を発動させる。
「『
ぶぉ。
海岸と海が、濃い霧に包まれた。
「この状態なら僕たちの顔も見えないだろ。念のためいつもの『海竜お面』を装着」
「はい。ナギさま」「りょーかい」
セシルとリタのツインテールが揺れてる。
みんなの髪型を統一したのはそのためだ。霧の中でもシルエットで、仲間だって見分けられるように。
「あの船は……このままどっか行ってくれればいいんだけどな」
沖に出れば、霧の影響を受けない。
研修生さんたちは陸路を保養地に向かうから、船で追うのは不可能だ。保養地についた研修生さんたちは、商人のドルゴールさんが保護してくれることになってる。ドルゴールさんと研修生さんたちの証言があれば、さすがに『新人研修』の異常性も伝わるはずだ。
その間に僕たちは『人魚の住処』の奥を調べて、『呪い』の原因になってるものを突き止める。
それが本当に『魔竜』に関わるものなら──『海竜ケルカトル』の力を借りる必要があるかもしれない。『呪い』の原因がなくなれば、貴族がここを占拠する理由もなくなる。人魚たちも戻ってこられるはずだ。
ちっちゃな人魚のソーニアも、それを望んでいた。
「この土地で『浄化の歌』を歌い続けるのか、別の土地で暮らすのか、落ち着いてから決めましゅ」──って。
──そんなことを考えながら、僕たちは海岸に向かって走り出す。
霧は深いけど、僕とセシルは影響を受けない。足元も見えるし、『エリート研修生』が呆然と突っ立ってるのもわかる。
とりあえずあの2人と話してみるか──
「ナギ。歌が聞こえるわ」
リタが不意に、足を止めた。
「……浄化の力を感じる……これって、人魚さんの歌よ」
しばらく走ると、僕にも聞こえてきた。
波間に溶け込むような、透明な歌声。さっきまでの重い空気を浄化するように。
歌が聞こえるのは波打ち際。
そこには──胴体を鎖で縛られた、小さな人魚の少女がいた。
「…………だれ?」
少女は僕を見て、ぼんやりとつぶやいた。
「……こわいひと……にんげん?」
「僕たちは人魚のソーニアの友だちだ。彼女の依頼で、ここに来た」
「…………ソーニア……の?」
「ひどいな。
人魚の少女はうなずいた。
「船の中……水夫と、貴族のひとと、剣の勇者がいて……その人たち……この地で……聖剣を探してる。その人たちが……『呪い』の影響……受けないように、歌わされてた。今は船の外につながれていたけど……霧が出て、びっくりして、鎖がゆるんだから、逃げて来た……の」
「わかった。君のことは、僕たちが保護するから。ソーニアのところに連れて行くよ。いいかな」
「…………ありが、とう……しんじます……」
そう言って、人魚の少女は目を閉じた。
僕は彼女を、水辺から抱き上げた。軽い。ソーニアよりも。本当にまだ子どもみたいだ。
「…………いったんアイネたちと合流しよう」
「…………この子を預けないと、ですね」
「…………ちっちゃい子の方が優先よね。しょうがないもんね」
僕はセシル、リタと、小声で打ち合わせ。
そうしていると、『エリート研修生』たちが近づいてくる。
「あ、あなたたちは?」
「……『天竜の代行者』だ」
仮面を被ったまま、僕は答えた。
「すべての竜と
「……迫害、って」
「嘘です。侯爵さまは、人魚はこの地を、偉大なる使命に燃える私たちに譲ってくれたって」
……そういうこと言ってたのか。
なんだろ。その壮大で高尚な嘘。
「それこそ偽りだ。この人魚の少女に絡みついている鎖が証拠。彼女は、あの船から逃げて来たのだ」
「じゃあ、この地が『真の勇者の使命のために、浄化された』っていうのは……」
「嘘だ。他の研修生たちは『呪い』に侵されておかしくなっていた。侯爵たちは『人魚の歌』で自分たちだけ『呪い』から逃れていたのだろう」
「…………あ、あ」
「まぁ、嘘か本当かは、自分で確かめてくれ。それじゃ」
僕は人魚を背負って、走り出そうとした。
けど──
ばしゃばしゃばしゃばしゃっ!
水と、砂浜を蹴る音がした。
振り返ると、沖の船から出てきた小舟が、砂浜にやってきてた。
そこから数人の兵士と、剣士、貴族っぽい男性が降りてくる。
「人魚を返せ。そして死ね」
剣士っぽい影は、そういった。
「その人魚は俺が『聖剣』を手に入れるためのキーアイテムだ。今すぐ俺に返せ。そして無用なことを知ったお前たちは全員死ね!!」
兵士たちは隊列を組んで僕たちと──『エリート研修生』の2人に襲いかかった。
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