第187話「魔物の生態エリア異常現象と、草原でのチートスキル実験大会」

 翌日。


 僕たちが聖女さまの迷宮に向かって進んでいる、その途中。


 とある草原で、僕たちは足を止めた。






「魔物だ! 助けてくれ──っ!!」






 僕たちが向かっている先から、叫び声が聞こえたからだ。


「──魔物?」


 叫び声のした方を見ると──なんだ、あれ。


 空中を、長細い生き物が飛び回ってる。飛竜ひりゅうかと思ったけど、かなり小さい。大コウモリよりひとまわり大きいくらいだ。


 大きな翼を広げて、地上の人間に向かって攻撃を繰り返してる。


「あれは……ウイングリザードですわ、ナギさん!」


 レティシアが剣に手をかけ、叫んだ。


「本来は海のそばに住む魔物です。普段は、陸地側には現れないはずなのですけれども……」


「聖女さまの迷宮行きのルートは、途中で海へのルートに分岐ぶんきするの」


 アイネが地図を手に教えてくれる。


「海側のルートから、誰かが魔物を追い込んでるのかも、なの」


「『研修』と『人魚の住処』に行かせないため?」


「可能性はあるの。どうする? なぁくん」


「そうだね……せっかくだから、ここでスキルの実験をしていこうか」


 見ないふりして通過ってのはありえない。


 この草原を通らないと、聖女さまの迷宮にはたどりつけないし。


「あくまでスキルの実験だよ。僕は正義の味方じゃないからね。人助けはついでだ」




「「「「そうですねー」」」」




 ……だからそんな温かい目をしてこっちを見るのやめなさい。


 特にレティシア、今、問答無用で剣を抜いて走り出そうとしてたよね。


「アイネ。魔物の情報を教えて、それですぐに作戦を立てよう」


「はい。ご主人さま。えっとね」




『ウイングリザード』



 翼の生えたトカゲ。ワイバーン系の最下級種。


 肉食で、キャラバンの荷物を狙って襲うことがある。


 ワイバーンには及ばないものの、固いうろこが生えているため、防御力は高い。





「よし。作戦決定。前衛は僕とラフィリア、それとレギィ。レティシアとアイネとカトラスはバックアップをお願い」


「「「「「りょーかい!!」」」」」


 そんなわけで、僕たちはスキルの実験のついでに魔物退治することにした。


 セシルとリタとイリスを待たせるわけにはいかない。手早く済まそう。


 まずは、ラフィリアがマントを被って、と。


「『光学迷彩こうがくめいさい』発動なのですぅ!」


 ラフィリアが宣言する。


「いやぁ、ここの地面はすばらしいですねぇ! 実に見事な草っ原ですよぅ。草の生え方とか、緑の色も感動的です。特にこの、朝露に濡れた草なんか、汗が浮かんだレギィさんのおむねのようで、そのやわらかな曲線美に思わず昨日のことを──」


「「「おおおおおおおっ!!」」」


 レティシアたちが声をあげた。


 もちろん、ラフィリアのセリフに感動したからじゃない。


 彼女の姿が、完全に草原に溶け込んでいたからだ。





『光学迷彩マント』


『話』に『合わせて』『服』の『色が変わる』マント



 ラフィリアの解説によって、マントそのものと服の色を変えることができる。


 発動すると服とマントが風景に溶け込むため、頭と手足さえカバーすれば、中の人を見つけることができなくなる。






「すごいな。これが『光学迷彩こうがくめいさい』か」


 ラフィリアの姿がどこにいるのか全然わからない。


 僕たちの視界にあるのはただ、風にそよいでいる草だけ。


 ラフィリアは草原で身をかがめているはずだ。なのに、左右どちらから見ても、その姿を認識できない。


 『再構築』した感じだと、このマントは完全に光そのものをごまかしてる。たぶん、赤外線なんかも調整してるはずだ。


「それじゃ、僕も行ってくる」


 確かラフィリアはこのへんにいたはずだな。一緒にマントを被ればいいな。


 手をのばして、マントをめくりあげて、と。


「マ、マスター。それはあたしのスカートですぅ!」


「ご、ごめん。こっち?」


「そこは耳です……そっちはおむね……こっちです……来てくださいぃ」


 目の前で草が、風もないのに動いた。


 そこがマントの範囲内か。僕もそこに移動すると──


「なぁくんが消えたの!」「すごいですわ。2人くらいなら存在を隠せるんですのね」「……ボク、心配になってきたであります。あるじどの……いるのでありますよね……」


「いるよ。じゃあ、行ってくる。みんなは見つからないように、迂回うかいしながらついてきて。なにかあったら『意識共有・改』で連絡するから、援護よろしく」


 僕とラフィリアは手を繋いで歩き出した。






「──あれが『ウイングリザード』か」


 百メートルくらい進んだところで、僕たちは足を止めた。



『ヒュオオオオオオ!』


『ヒィガアアアアアア!!』




 叫びながら飛び回っているのは、文字通り、翼の生えたトカゲだった。


 ワイバーンとも違う。全長1・5メートルくらいのトカゲに、コウモリの翼が生えてる。



『ヒュイイイィィィ!』


「ひいっ! 来るな! 来るなぁ!!」


『ウイングリザード』の攻撃は、急降下しての尻尾による打撃と、爪と、みつき。


 地上にいる人たち──少人数のキャラバンは全員で集まって、『ウイングリザード』を追い払おうとしてる。


「護衛の冒険者たち。なんとかしてくれ!!」


「だめだ! 矢が! 矢が通らない!!」




 がきんっ。




『ヒガガガガガガハハハハ!』




 護衛の冒険者たちは空中に向かって矢を放ってる。


 けど、それは『ウイングリザード』のうろこにはじかれて落ちるだけ。


 魔法使いがいればなんとかなるけど、見た感じ小規模のキャラバンだから、そういうのは雇わなかったのかもしれない。


「正義を行うときが来ましたねぇ。マスター」


「違うよ。僕たちはあくまでもスキルの実験をするだけだ」


 僕はラフィリアに向かって言った。


「その結果、流れ矢が『ウイングリザード』を射貫いたとしても、まぁ、偶然ってことで」


「ふふふ。マスターは照れ屋さんですねぇ」


「……うっさいなぁ」


「いいですよぅ。マスターは照れ屋さんの総司令。あたしはその配下の、正義の戦闘員なのですぅ!」


「その知識の出所はあとで聞くとして……ラフィリア、この位置から魔物を狙える?」


 距離は、弓矢の射程ぎりぎりだ。


「当てることはできるですぅ。ただ、威力はあんまり出ないですよ?」


「威力はいらないんだ。やわらかい部分・・・・・・・だけに当たれば」


「なるほど。『かたい部分は無視』するわけですねぇ。なるほどですぅ!」


 僕とラフィリアは顔を見合わせて、にやりと笑う。


 レギィもいつの間にかフィギュアサイズになって、僕の肩に乗っかってる。


「スキルの『概念がいねん』を分け合った仲じゃ。お主のスキル、見せてもらうぞ、エルフ娘よ!」


「はい! レギィさまぁ!」


光学迷彩こうがくめいさいマント』を被ったまま、ラフィリアは弓を構える。


 狙いは、空を舞う『ウィングリザード』。数は6匹。


 奴らの攻撃パターンは、もうわかった。


 急降下して、爪と尻尾で攻撃して、今度は急上昇。空中で一旦姿勢を変更する。


 そのとき一度動きが止まるから、狙うのはその瞬間──




「──ラフィリア、今だ!」


「発動です! 『豪雨弓術ごううきゅうじゅつ』プラス『身体貫通フィジカル・ペネトレイター』──貫通対象は魔物の『鱗と皮膚』『筋肉』『骨』ですぅ!」




 弓弦ゆづるの音がして、ラフィリアの手元から、5本の矢が発射された。


 それはまっすぐ、空中で群れる『ウィングリザード』に向かって飛んでいく。


 距離はぎりぎりだ。威力はあんまりない。普通だったら、トカゲの鱗を貫くほどの威力はない。


 だけど、それはあくまで普通・・の場合だ。


 僕たちはそうじゃない。だから──





 ぱすっ。





『『『『『グギヤァアアアアアアアアア!!』』』』』




 絶叫が上がった。


 ラフィリアの矢は見事に『ウィングリザード』の胴体を貫いていた。


 トカゲたちが青色の血を吐き出しながら、そのまま地上へと落ちていくから。





「な、なんだ今の矢は!? 誰かが助けてくれたのか!?」


「射た人間はどこにいるんだ!? 見えない位置から──『ウイングリザード』の鱗を貫くほどの強弓って──どんだけ筋肉ムキムキなんだよ! 豪傑ごうけつかよ!?」


「矢が胴体を貫通してる!? 鱗を突破して内臓を貫くって……完全に致命傷じゃねぇか」




「「「おお────っ」」」



 僕とラフィリア、レギィは声をあげた。

身体貫通フィジカル・ペネトレイター』の効果はわかってたつもりだけど、実際に使ってみるとびっくりだ。


 射程距離ぎりぎりの矢で、5匹の『ウイングリザード』にクリティカルヒット。


 本当に『魔物限定の防御無効スキル』になっちゃってる。





身体貫通フィジカル・ペネトレイターLV1』



『近くにいる魔物』の『内容』を『無視する』スキル




 視界に入った魔物の身体を構成している『内容物(骨・うろこ・筋肉など)』を選び、それを「ないものとして」、武器を打ち込むことができる。


 打ち込まれた武器は、皮膚・鱗・骨などを貫通してしまうため、血管や内臓などに大ダメージを与えられる。





「あたし、トカゲさんの『鱗と皮膚』『骨』と『筋肉』を無視しちゃいましたからねぇ」


「それってうろこでも筋肉でも骨でも止められないってことじゃろ? 勢いが落ちずに、そのまま体内に食い込むってことじゃから……」


「血管とか心臓とか他の器官とか、あっさり射貫いちゃったんだろうね……ラフィリアの矢」


 言いながら僕たちは再び戦闘態勢に移行。


 ラフィリアは弓に矢をつがえ、僕は魔剣レギィを握り直す。


 キャラバンを襲ってた『ウイングリザード』は6匹。ラフィリアが放った矢は5本。


 残った1体が、こっちに向かって来てる。




『ピギャア! ヒィィギャアアアアア!!』




『ウイングリザード』は首を振りながら、仲間のかたきを探してる。


 でも、僕たちの方を見てない。『光学迷彩』は完全に機能を発揮してる。


「矢が飛んできた方向を見て飛んできたか。この距離なら──」


「我らの出番じゃな、主さま」


 肩に乗ったレギィに向かって、僕はうなずく。魔剣の空振りは済ませてある。


 僕の腕でも、当てるくらいはできるはずだ。




『ヒィュオオオオオオオ! ピィギャアアア!!』




『ウイングリザード』が急降下してくる。でも、的外れだ。


 奴は僕たちのはるか後ろを狙ってる。


 僕たちの頭上に無防備な、つばさはらをさらして。




「発動! 『遅延闘技ディレイアーツ』x2。プラス! 『体調変化斬りコンディションチェンジャー』!!」


 ぶん。




 巨大化した魔剣レギィが、『ウイングリザード』の胴体を裂いた。


 浅い。でも、構わずに2発目を放つ。


 16回空振りしてるから、威力は割る2で8回分。


 巨大化したレギィの刃は、今度は翼をかすめる。どっちもかすり傷。




 そして次の瞬間、僕の目の前にルーレットが表示された。


 文字が高速回転してる。『睡眠すいみん』『麻痺まひ』『発熱はつねつ』──症状を示す文字が、次々に入れ替わる。


 これを止めればいいのか?


「レギィ、押して!」


「よっしゃ。じゃあ、これじゃ!!」


 僕の肩からジャンプして、レギィがルーレットを叩いた。


 文字がぴたり、と停止する。


 レギィが押した『症状しょうじょう』は──えっと。





「「…………『かゆみ』?」」





『ピィギャアアアアアアアアアアアアア!!』




 突然、『ウイングリザード』が地面に落下した。


『ピィギャ! ピギャアアアアア!!』


 悲鳴をあげながら、胴体と翼を地面にこすりつけてる。


 両方とも、レギィの刃がかすったあたりだ。


『ウイングリザード』の手足は短い。胴体にも、翼にも届かない。


 だからただ、のたうちまわって草と土で身体をこするだけ。しかも、ずっと同じ場所を。


 これって──




「……かゆいの?」


「じゃろうなぁ」


「……あたしのスキルより邪悪じゃないですか? マスター」




体調変化斬りコンディション・チェンジャー LV4』



『似合い』の『体調』を『選ぶ』スキル





 レギィが斬った相手の体調を変化させる。


『睡眠』『発熱』『麻痺まひ』など、症状しょうじょうは多数。


 実はレベル4なので、意外と効果が強い。


『神聖力』を注げば、回復にも使えるすぐれものである。





 いろんな効果があるのはわかってたけど……『かゆみ』なんてのもあるのか。


 しかも『かゆみ』だと病気っぽくないせいか、僕の魔力はほとんど消費してない。


 なのにこの状態だ。『ウイングリザード』は地面を転がるばっかりで、戦うことも飛ぶこともできずにいる。


 持続時間は……たぶん十分から数十分。なんだこのスキル。鬼か。


「マスター。向こうのキャラバンさんが近づいてきますよぅ」


「ここまで大騒ぎすれば気づくか。さっさと片付けて立ち去ろう。ラフィリア」


「はぁい」


 ラフィリアは矢を放った。




 さくっ。




『…………ピギャア』


身体貫通フィジカル・ペネトレイター』を追加した矢は、あっさりと『ウイングリザード』の心臓を貫いた。




 まものむれをたおした!




「というわけで即座に撤退てったい! 聖女さまの迷宮に全速で移動だ」


 すでにアイネたちには『意識共有マインドリンケージ・改』でメッセージを送ってある。


 戦闘終了と同時に、みんな移動を始めてるはずだ。


「僕たちは『光学迷彩』のまま、この場を離れよう。保養地まではすぐだから、キャラバンさんたちは無事に着けるだろ」


「ちびっこ魔族娘と獣人娘、巫女娘も待っておるからな」


「あたしたちのスキルのこともお伝えしないとです」


 レギィとラフィリアのスキルと、再構築した『光学迷彩マント』はチート以上にチートだった。


 この2人が背中を守ってくれるなら、安心して『魔竜のダンジョン』の調査に行ける。


「人魚さんを海に帰すだけで終わればいいんだけどね」


 そのへんは聖女さまと相談しよう。


 呪いなんてなくて、『魔竜のダンジョン』も存在せず、ただ、普通に『新人研修』してただけ。


 もしそうなら僕たちも、安心して別荘に帰れるからね。




 ──早く今回の事件が片付いて、保養地でのんびりできますように。



 そんなことを願いながら、僕たちは足早に進むのだった。






──────────────────


【今回使用したスキル】


・「体調変化斬りコンディション・チェンジャーLV4」


魔剣レギィが斬った対象に、状態異常を与える。

対象を斬ると縦回転のルーレットが表示され、レギィが止めたところに表示されている体調が付加される。(レベル4なので回転は遅く、よく見ると実は目押しできる)

もちろん、相手によってはレジストされることもあるので、頼りすぎは禁物。

ちなみに回復効果もルーレットで選ぶので、思わぬ効果が出ることもあったりする。



・「身体貫通フィジカル・ペネトレイターLV1」


ラフィリアの新スキル。

魔物の身体を構成している『内容物(骨・肉など)』を無視する力を、武器に与えることができる。

このスキルの対象になった武器は、魔物の身体の部分への「貫通能力」を得る。

骨や皮膚を無視して、直接心臓などにダメージを与えることができるので、とてもあぶない。

魔物の分泌物も「魔物の一部」と認識されるので、(吐いたばかりの)竜のブレスを貫いてダメージを与えることだって可能。ほんとにあぶない。



・「光学迷彩こうがくめいさいマント」


文字通りの「光学迷彩」を、マントそのものと服に与えるアイテム。

手足と頭さえマントで隠せば、風景に完全に溶け込むことができる。

赤外線もごまかしてしまうので、体温で見つかることもない。ただ、においはどうしようもないので、嗅覚のするどい相手には通じない。

なので、ラフィリアがこっそりナギの部屋に忍び込もうとしても、リタをごまかすことはできない。

ラフィリアのことだから、そういうときはいさぎよく下着姿で忍び込むので、結局偽装はしきれないのだけど。

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