第75話「番外編その6『魔剣レギィ、はじめてのおつかい』」
今回も番外編になります。
魔剣レギィメインの話がなかったので、書いてみました。
「スライムを操る魔剣」というトンデモアイテムになってしまった彼女にも、いろいろやりたいことはあるようです。
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「主さま、我は働きたい」
魔剣レギィが人間の姿で変なことを言ったから、とりあえずベッドの上に座らせた。
「お前、今なんて言った?」
「働きたいと言ったのじゃ」
人型のレギィはベッドの端に膝をそろえて座ってる。100年を生きた魔剣だけど、身体のサイズはイリスよりもちっちゃい。ゆったりとした白い衣をまとって、お気に入りのツインテールの髪を揺らしてる。
こうしてる姿は完全に人間だけど、こいつの考えてることはよくわからない。
あんまり真面目な話とか、することなかったからね。すぐにえろい方面に話題をすり替えるから、こいつ。
「働きたい、って、でも、お前いつも働いてるよね?」
イルガファに来てからは、ゴーレムぶった切ったり、サーペントぶった切ったりしてる。
剣としての役目は果たしてるよね。
「そういうことではなくて、他の小娘どもと同じような仕事がしたいのじゃ」
レギィは大きな黒い目を見開いて、ぽん、と腕を叩いた。
「ああ、そういうことか。でも、なんでいきなり?」
「我は元々、宝物として扱われることが多くてな。外に出ることはほとんどなかったのじゃ。このままでは世間知らずの魔剣で人生ならぬ剣生を終わってしまう」
「世間知らずの魔剣て」
「箱入りならぬ、鞘入りの魔剣じゃな」
「そりゃむき出しだと危なくてしょうがないからな」
切れ味いいし再生するし、やたらと高性能だし。
「とにかく、奴隷となったのじゃから、なんかさせろ、主さま」
レギィはベッドに寝転がり、じたばたじたばた。
鞘入り箱入りはともかく、駄々こねる魔剣も珍しい。
「言いたいことはわかったよ」
「わかってくれたか。さすが主さま」
「お前が別の所有者に渡ったら、また宝物庫に入れられるから、その前に普通の生活がしてみたいってことだろ?」
「いや、どのみち主さまが亡くなったら、海に身を投げて後を追う所存ではあるが」
「重いよ! というか魔剣が自殺すんな!」
「しょうがないじゃろ『精神操作の魔剣』が『スライム操作の魔剣』なんてゲテモノにされてしまったのじゃから。いまや我はただのびっくりどっきりアイテムなのじゃぞ。いまさら、主さま以外のものになどなれるわけがなかろう?」
それを言われると弱いな。
精神支配を避けるためとはいえ、僕がこいつをダウングレードしちゃったんだし。
「わかった。レギィにできる仕事があるか、みんなに聞いてみるよ」
「わーい」
レギィはツインテールの髪を揺らしてジャンプ。
100年近く生きてるくせに、こういうところは子どもっぽいな、こいつ。
「それじゃあ、市場でおさかなを買ってきてくれる?」
アイネは、台所で食器を洗っているところだった。
港町イルガファは水道網が発達していて、ポンプを操作すると真水が出てくる。これは地下に張り巡らされた上水道によるもので、技術者と魔法使いが管理しているらしい。
「洗い物を手伝ってもいいのじゃが」
「レギィさん、やったことあるの?」
「やったことないが任せよ! 我は破滅と破壊を司る魔剣じゃぞ!」
「……やっぱりお使いをお願いするの」
「不可解な」
当たり前だ。破壊の魔剣にこわれもの任せる奴がどこにいる。
レギィはまだ不満そうだったけど、アイネはいつものふわふわな笑顔でそれをスルー。
彼女はエプロンで手を拭いて、それから、棚の上に置いた財布から、銀貨を3枚取り出した。
「イルガファは肉よりお魚が安いって聞いたからね。旅行前に栄養のあるものを食べないと。数は6人分。鮮度のいいのをお願い。できるかな、レギィさん」
「はっ! なにを言うかメイド娘よ。我は100年を生きた魔剣じゃぞ。新鮮はおさかなを買うくらい造作もないわ!」
レギィはまったいらな胸を張って、僕を見た。
「さぁ、主様よ! 今すぐ我に『おさかなの鮮度を見分けるスキル』をインストールするがいい!」
「てい」
ぺちっ
僕はレギィのつむじのあたりにチョップ。
「んなスキルを買ったら予算オーバーだろ。食事にいくら使うつもりだ」
「我は確実に使命を果たさねばならぬのじゃ。そのための必要経費として仕方がなかろ?」
そもそも、そんなピンポイントなスキルは存在しない。
……いや、あるのかもしれないけど。夕食の必要経費としては高すぎだ。
「あのねレギィさん。おさかなは、目が黒くてつやつやしたものが新鮮なんだよ? あとはヒレがぴんと張っているもの。あとはエラが綺麗なものを選んでね」
さすがアイネ。
しゃがんで、レギィの目を見ながら、的確なアドバイスをくれる。
「イルガファは港町だから、市場に行けば今朝獲れたものがあるはずなの。目が白くにごってたり、身体がぶよぶよするものを置いているお店は避けてね。くれぐれも、大切ななぁくんが食べるものだってことを忘れずに」
「心得た! では主様、ゆこうか」
レギィが僕の手をつかんだ。
「僕も?」
「当然であろう。我は我の本体から遠く離れることはできぬのだからな」
そうだった。
目の前にいる、少女の姿をした赤毛のレギィは魔力で作ったアバターみたいなもので、本体は黒い魔剣だったっけ。当然、本体から離れることはできない。だから、外に出るには誰かが魔剣を持ち歩く必要がある。
ってことは、当然、それは僕の役目になるわけだ。
「わかった。僕も市場で見たいものがあるし、付き合う」
「ちょっと待って、なぁくんが外に出るなら、護衛をつけないと」
「はっ! なにを言うかメイド娘よ。我は100年を生きた魔剣じゃぞ。主様を護衛するくらい造作もないわ!」
「あ、そっかぁ。なぁくんひとりなら心配だけど、レギィさんがついててくれれば安心……ん? あれ?」
アイネ、だまされてる。
人型レギィには戦闘力ないから、そもそも僕ひとりなのと変わらないんだけど。
でも……まぁいいか。市場に行くだけだから、危険もないだろ。
「安心せよメイド娘。約束しよう。魔剣レギィの名誉にかけて、新鮮なおさかなを持ち帰ると。さもなくば我を煮るなり焼くなり売り飛ばすなり、好きにするがいい!」
そんなわけで、
僕はレギィと一緒に、お使いに行くことになったのだった。
「……お魚がない?」
ぽとん、と、レギィの背中からバックパックが落ちた。
ここは市場の一角。
町の人から話を聞いて、漁師から直接魚を仕入れてる店に来たところだった。
でも、店はからっぽ。一匹の魚も置いてない。
店先でおばさんが退屈そうに、頭を掻いてるだけだった。
「ああ、今日は船が出なかったのさ。干物なら奥にあるんだけどねぇ」
「そっか、じゃあしょうがない。そっちを買って帰ろう」
「なにを言うか主さま!」
地面にがっくりと膝をついて、レギィが声をあげた。
店先でなにやってるんだお前は。
「我がはじめて与えられた日常の使命を、果たせぬなどあっていいはずがあるまい?」
「売ってないものはしょうがないだろ」
「魚は海におるはずじゃ、捕ってくればよかろ?」
つま先立ちで、くるり、と一回転して、レギィは海を指さした。
時々こいつが芝居がかった動きをするのは、王宮にいたことがあるから、らしい。物腰とか、マナーとか、そういうのはしっかり身についてる。問題はこいつが世間知らずだってことなんだけど。
「我が潜る。魚をつかむ。主さまに渡す。完璧じゃろ?」
「お前って水に浮くのか?」
「やったことないからわからぬ!」
レギィが胸を張って宣言する。
こいつの本体は、僕が背中にかついでる魔剣だ。人型のレギィと魔剣は繋がってて、互いが互いに影響を与えてるらしい。なので、浮くか沈むかは不明。でも、錆びると困るから却下だ。
「そもそも、そんな簡単に魚が獲れるわけないだろ。道具を揃えるにはお金がかかるし、時間だってかかる。今日は諦めろ」
「ああ、それなら浜辺に行ってごらん?」
不意に、魚屋のおばさんが言った。
がっくりと地面に膝をついたレギィの顔を、心配そうにのぞき込んでる。
「お嬢ちゃん、首輪をしてるってことは奴隷だろう? 事情があるんだね」
「我は…………奴隷として使命を果たさねばならぬのじゃ」
いや、そんなたいそうなもんじゃないから。
どうしてそんなリアルに悲壮感出してるんだよ、お前は。
ただのお使いだよね。命がかかってるわけじゃないよね?
「……お魚が買えなければ……使命を果たし、他の奴隷どもを見返すという計画がだいなしになってしまう」
「そんな計画が?」
「そうじゃ。そして、自分たちも主さまの役に立とうと一発奮起した他の娘たちをけしかけて、奴らが主さまの寝所に潜りこむところをニヤニヤしながら見守るという……超
「わかった。今すぐ帰ろう。お前とは話し合う必要がある」
僕はレギィを抱え上げた。とりあえず家まで連行だ。
「よくわからないけど。あんたの忠誠心はわかったよ。ちっちゃいのに感心だねぇ」
でも、魚屋のおばさんは、なぜか目を輝かせてレギィを見てた。
「それなら、西の浜辺にいってごらん。うちの馬鹿どもも、他の漁師たちもいるはずだ。行って話をしてみるといいよ。運が良ければ高級魚が手に入るかもしれない」
「高級魚じゃと!?」
「しかも、『ソードフィッシュ』だよ」
ソードフィッシュ……聞いたことあるな。
確か、領主家の食事に、酢漬けにしたものが出てくるってイリスが言ってたっけ。
「『海竜の祭り』のあとには、たまにこういうことがあるのさ。沖の方で魚が穫れなくなって、海岸に高級魚が押し寄せるってイベントがね。腕に覚えがあるなら行ってみるといい。わたしの名前を出せば、一匹ぐらいは譲ってもらえるだろうよ」
「ぬ、主さま!!」
レギィが僕の腕を引っぱった。
「これは好機じゃ。はじめてのおつかいに出かけた我が、とれたての高級魚を持ち帰ったとなれば、ほかの奴隷娘ともも『さすがは100年を生きた魔剣レギィ』と、我を見直すに違いない」
「お前の計画はどうでもいいけど……うん、わかった」
高級魚か。そんなの食べたことないな。
元の世界では魚をよく食べる国に住んでたけど。一番よく食べてたのは、弁当のごはんに乗ってた白身魚のフライだった。あとはおにぎりに入ってるほぐした魚、とか。
せっかく港町にいるんだから、新鮮な魚を食べてみたいよね。
「じゃあ、浜の方へ行ってみるか」
「さすが我のぬしさま、話がわかる!」
ぴょん、と飛びついてくるレギィ。
ちっちゃな頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めてる。
いつもこうしてればいいのに。
そんなわけで、魚屋のおばさんに正確な場所を聞いて、僕とレギィは浜辺に向かったのだった。
海沿いの通りを歩いてたら、砂浜が見えてきた。
中央通りからは徒歩で1時間くらい離れてる。ここまで来ると家もほとんどなくて、道のまわりは岩場になってる。堤防みたいに切り立った岩場に沿うようにして、ほんの小さな砂浜がある。
広さは元の世界でいえば、2車線の道路くらい。
そこにガタイのいい男たちが集まって、竿で海面を叩いてる。
漁師……にしては変だ。みんな鎧を着てる。
網は砂浜に置いてあるけど、魚を捕ってるわけでもない。なにかの儀式みたいにも見える。
「イルガファの宗教儀式か?」
「祭りは終わったはずじゃよな。別の竜でも来るのじゃろうか」
魚屋のおばさんは、漁師が高級魚を捕ってる、って言ってたっけ。
でも、魚の姿なんかどこにもない。網が砂浜の上に置いてあるだけだ。
「おや、この前の冒険者ではないか」
声がした。
岩場の下に、鎧を着た男性がいた。
角つきの兜をかぶった、正規兵の隊長さんだ。確か名前は、ダルス、だったっけ。
「久しいな。海竜の祭りの時以来か。もはや覚醒はしないのか?」
「……あの時の記憶は、あまり残ってないのです」
覚醒か……そういえばそんなこと言ってたっけ。
「あれは祭りの際にのみ訪れる、冒険者にとっては
「よくそんなにぽんぽん出てくるのぅ。主さま」
レギィが呆れたみたいに僕を見てる。うっさいなぁ。
「そうか、やはり海竜の加護か。そうだよなぁ。我ら正規兵をさしおいて、ただの冒険者が覚醒するわけないものなぁ。うんうん」
正規兵の隊長さんは、うなずいてくれた。
よく見ると、岩場には鎧を着た正規兵が並んでる。数は十数人。全員、大型の楯を持ってる。
「それで、お前たちはなぜここにいるのだ? もしや正規兵に加入希望なのか?」
「違います」
ありえません。正式に依頼されても嫌です。というか働きたくないです。
「いやいや遠慮することはない。望むなら私が紹介状を書いてやるぞ。正規兵は領主家の正規雇用だから、社会的信用を得られるという特典があるぞ? 実にやりがいのある職場だ。なぜか新人は居着かないが、家庭的で、なじむことさえできれば問題なく続けられる。どうだ?」
「まったく興味がありません」
僕が首を横に振ると、正規兵の隊長さんはがっくりと肩を落とした。
「僕たちは漁師から魚を買いに来ただけです」
「そうじゃ。高級魚はどこにある?」
「……お前たちもか」
なぜかうんざりした顔をしてる正規兵の隊長さん。
「『ソードフィッシュ』の漁法は控えるように通達がでているというのに、この時期になると漁師どもが集まってくる。おまけに冒険者もとは。小金を稼ぎたいのはわかるが、いい加減にしてほしいものだ」
「そんなに高く売れるんですか?」
「ああ、『ソードフィッシュ』は、非常に捕るのがむずかしい魚だからな」
正規兵隊長は心底嫌そうに、漁師が狙う獲物について説明してくれた。
『ソードフィッシュ。
頭に両刃の剣をつけた大型の魚。
「剣術」スキルを持っている。
大型のヒレを持ち、高速で泳ぐ。また、ヒレで水面を叩くことで、十数メートルの距離を飛翔することもできる。
気性が荒く、挑発されると黙ってはいない。集団で敵を殲滅しようとする習性がある。
その肉はうまみ成分が豊富で、栄養価も高い。
ただし、日持ちしないのが難点。すぐに肉が悪くなる。
剣の部分が急所で、折ったり、傷つけたりすると、すぐに腐り出す。
そのため捕まえるのが恐ろしく難しく、高級魚とされている。新鮮なものの相場は、銀貨5枚から10枚』
「……というわけで、ああやって漁師どもが『ソードフィッシュ』を挑発しているのだ。大きな群が毎年、海竜の祭りのあとにやってくるものでな」
宗教儀式じゃなくて、イルガファの伝統漁法だったらしい。
「民を守るのも正規兵の仕事だからな、わざわざ手を貸さねばならぬのだ」
「正規兵の手助けが必要なんですか? 魚なのに?」
「見ていればわかる……来たぞ」
水面が波打った。
陽の光を受けて、海が銀色に光り始める。
波打ち際で海を叩いていた漁師たちが、砂浜へと退いていく。
漁師たちは砂浜においてあった漁網をつかんで、空中で広げた。まるで、鳥を捕まえようとしてるみたいに。でも、これからはじまるのって魚捕りだよな。
「お前たちは邪魔だ! そっちの岩場に隠れていろ!」
正規兵の隊長が岩場の隅を指さしたから、僕はレギィを抱き上げて走る。
そこは岩場のくぼみで、小さな砂浜があるけど、他からは隔離されてる。
僕とレギィがそこに飛び込むのと、海面から銀色のものが飛び出すのが、同時だった。
後ろで激しい水音と、甲高い悲鳴が響きだす。
僕とレギィは岩の陰から頭をつきだして、漁師たちがいる方を見た。そこは──
「ぐがああああああっ!」
「ばかな! 今年のおさかなは頸動脈を狙うぞ!」
「海竜出現の影響で潮の流れが変わったからか! 知恵までついてる!」
「金属製の網でも駄目だ!」
「ばか! 鎧で受けるな! 頭を潰したらなんにもならんだろうが!」
……修羅場になってた。
海からあらわれたのは、弾丸みたいな勢いで地上へと飛んでいく、銀色の魚の群れだった。
あれが『ソードフィッシュ』……形はカジキマグロに似てるな。
でも、頭に剣を着けて宙を舞うその姿は、まさに空飛ぶ凶器だ。
大きさは、1メートル前後。頭の剣を入れればレギィと同じくらい。
そして、数は十数匹。
それが一斉に、砂浜にいる漁師たちに襲いかかってる。漁師たちが海面を叩いて挑発したせいで、怒り狂ってるみたいだ。
ソードフィッシュは長いヒレで水面を叩いてジャンプ。そのまま漁師たちに飛びかかる。大型のトビウオみたいだ。漁師たちは網を構えるけど──破られてる。ソードフィッシュは頭の剣で、黒光りする網を断ち切ってる。魚網じゃやつらの剣は止められない。魚にしては強すぎだ。
そして、網を破ったソードフィッシュたちはそのまま勢いあまって岩場に激突。
べき、と、頭の剣を自分でへし折ってる。剣が折れた魚は、しゅうしゅうと湯気を上げて腐っていく。剣は陶器のようなものでできていて、最大の武器で弱点でもあるんだっけ。養分と神経が集中してる、とか。
なるほど、めったに獲れない高級魚ってこういうことか。
漁師の目的はソードフィッシュを無傷でとらえることだけど……網は切られるし、手で捕まえようとすると剣が刺さるし、刺さった剣は折れてすぐに魚は腐り出す。かといって攻撃を避けるとソードフィッシュは岩場に激突して自爆。剣が折れて、魚はあっさり朽ちていく。
リタと同等の格闘能力がないとあれを無傷で捕らえるのは無理だな……あれは。
「ここまでだ漁師ども! 砂浜より去れ──っ!」
正規兵の隊長が叫んで、兵士たちが砂浜に降りてくる。
潮時みたいだ。
漁師たちは全員負傷。腕や脚から血を流して倒れてる。
兵士たちは怪我をした漁師たちをかばうように楯を構える。ソードフィッシュたちは楯にぶつかって、ぐしゃ、ぐしゃ、ってつぶれる……もったいない。
「今年の『ソードフィッシュ』漁は終わりだ! あきらめて家に戻るがいい!」
「ちくしょー。今年も駄目だった」「一匹10アルシャの高級魚が」「なんとかうまい方法はねぇかなぁ」「魔法を使うと味が落ちるしよぉ」「かみさんになんて言えば……」
正規兵に連れられて、漁師たちは去っていき、
しばらくするとソードフィッシュの群れもいなくなって──
浜辺は、静けさを取り戻した。
「つまり、我のおつかいは失敗ということか?」
「そういうこと。あきらめろ、レギィ」
砂浜にはソードフィッシュの死体が転がってる。勢いよく水面から飛び出したせいで、一匹残らず頭の剣を折って死んでる。目は真っ白。エラはどす黒い赤。お腹はぶよぶよに膨らんでる。ヒレはぐにゃ、と、ゆがんで、おまけに身体から得体の知れない湯気が出てる。
漁師にぶつかった奴も、岩場に激突した奴も、正規兵の楯に当たった奴も。
これ、持って帰ったらアイネに怒られるやつだ……。
「どんな味なんだろうな、ソードフィッシュって」
「正規兵は、頭の剣の部分が一番うまいと言っておったな」
「急所だけに、脂がのってるらしいな」
「固くて珍味と言っておった。あとは全体的に身が締まっていて味が濃いと」
「アイネだったら、刺身も作ってくれそうだな」
「『サシミ』とは?」
「生魚を切って、そのまま食べることだよ。でも、旅の前だからな。食中毒が怖いから刺身はなしだ。焼き魚か煮魚ってのが無難かな」
「我にはよくわからぬが『ソードフィッシュ』をとって帰れば、ほかの奴隷どもを尊敬させることができたのじゃろうか?」
「かもね。僕も異世界の高級魚は食べてみたかったよ」
「ええい、主さまの願いを叶えられぬとは情けない!」
ばしん
漁師たちが置き忘れていった竿で、レギィが水面を叩いた。
ばしん、ばしゃん、ぴしゃん
「やめなさい。また群れが来たらどうするんだよ」
「主さまがとらえればよかろ?」
「そんなこと僕にできるわけ──」
『ソードフィッシュ』の武器は頭の剣。固くて、もろい。
捕まえるには、それを壊さずに無力化しなきゃいけない。
網でもだめ。楯でもだめ。魔法を使えばとらえられるかもしれないけど、味が落ちるらしい。
つまり、奴らを食用に捕らえるには、剣を折らずに無力化する必要が──
……あれ?
「…………できそうな気がする」
もっと早く気づけばよかった。
そっか、僕とレギィのスキルなら、あいつらを捕まえられたのか……。
もったいないな。実験は、次にソードフィッシュの群れが来るまでおあずけか。
「主さま」
「ん?」
「第二陣が来おったぞ」
ばしん、ばしばしん
レギィは腰まで水に浸かって、必死に水面を叩いてる。
その向こう、波打ちぎわから数十メートルのところで、銀色のヒレが揺れてた。
水面からのぞいてるのは、銀色の剣。
間違いなくソードフィッシュの群れだった。
「そういえば、さっき漁師が、海竜出現の影響で潮の流れが変わったって言ってたっけ」
そのせいで、第二の群れが来たらしい。
数は少ないけど、レギィの挑発にしっかり引っかかってる。
「よっしゃくるのじゃーっ!」
どすこーい、って感じで両手を広げたレギィの襟首を、僕はひっつかんだ。
そのまま後ろに放り投げる。
「な、なにをするかー、ぬしさまー」
レギィは砂浜をごろごろ転がり、砂まみれで起きあがった。
「それはこっちのセリフだ。死ぬ気か」
「この身体は魔力で作ったまがいものじゃ。ばらばらになったとしても、本体が生きてれば10年くらいで再生するわ!」
「それでも駄目」
「おさかなと、奴隷の身体とどっちが大切なのじゃ!?」
「常識的に考えて奴隷に決まってるだろ」
しょうがねぇなぁ。
レギィは全力でアイネに言われたおつかいを果たすつもりらしいから、ご主人様として、ちょっとくらい手伝ってやるか。
僕もスキルが魚捕りに使えるか、試してみたいからね。
「高級魚を持って帰れば文句はないんだろ」
「それだけではないぞ。我が手伝わねばならぬのじゃ!」
「わかった。だったら手伝え」
僕は背中にかついた魔剣レギィを引き抜いた。
「後ろで待ってろ、レギィ。僕がお前の本体を使って高級魚を捕まえてやる」
「……主さま」
砂浜にぺたん、と座ったレギィが、ぼーっと僕を見てる。
漁師も正規兵もみんな帰って、あたりに人気はない。
「それに、こっちの世界の高級魚を食べてみたいのは、僕も同じだ」
僕は魔剣を構える──魚が、来る。
戦闘を泳いでたソードフィッシュが、巨大なヒレで水面を叩く。水が跳ねる。銀色の魚体が、空中に浮き上がる。こいつらは大型のトビウオだ。しかも知能も高い。角度、スピードともに完璧で、僕の心臓のあたりを狙ってくる。
だけど、それだけに動きは読みやすい。
「発動! 『
しゅるん。
魔剣レギィの刀身が、ソードフィッシュの頭の剣を受け流した。
敵の直線的な突撃を、上向きに逸らす。
ソードフィッシュはその勢いのまま斜めに飛び上がり、僕の頭上でくるくる回転して──
そのまま、さくっ、と、頭から砂浜に落ちた。
びだびだっ、びだびだびだびだ!
砂の上に垂直に突き刺さったソードフィッシュは、必死でヒレを動かしてる。
でも、剣はすっぽり砂浜に刺さってる。抜けない。ソードフィッシュはしばらくヒレで空中を叩いていたけど、力つきたのか、そのまま、くたん、と動かなくなった。
頭の剣は砂が受け止めてくれた。魚体にも傷はついてない。
目は黒い。鱗はつやつやしてる。エラも鮮やかな赤。
晩ご飯にするには、理想的なお魚だった。
「お、おお。おおおおおおおおおおっ! ぬ、主さま、すごい!」
「レギィはそいつをバッグに入れて。完全に動かなくなってから、剣を上にして」
「は、はいっ! わかったのじゃ!」
次が来る。ソードフィッシュの狙いは正確で、迷いがない。
こっちはタイミングを合わせて『柔水剣術』を発動。奴らの突撃を受け流す。
しゅるん、しゅるん、しゅるん
さくっ、さくっ、さくっ
魚は空中で回って、落ちて──の繰り返し。
砂浜に、頭を下にしたソードフィッシュが並んでいく。まるで銀色の植木みたいだ。
『
敵の刀剣全般の攻撃を、水のように受け流すことができる。
まさか魚捕りにも使えるとは思わなかった。
砂浜に突き刺さってるソードフィッシュは8匹。パーティ6人分には十分だ。
僕は海に向かって剣を5回、空振りしてみる。一応、
これで止まらなかったら『
びたびた、ぱしゃぱしゃ
さすがに異常を感じたのか、魚の群れが波打ち際で止まった。
ソードフィッシュたちは水面から剣をつきだして、僕を見ていたと思ったら──くるん、魚体をひるがえして、去っていった。
よかった。
これ以上つかまえても食べきれないからね。
「主さまー、大漁じゃ」
レギィが砂浜を駆け回ってる。
ソードフィッシュたちはエラをぱくぱくさせてあえいでる。もう剣を振る体力もないみたいだ。
レギィがそれをバックパックに詰め込むと、袋から剣先が突き出た状態になる。
それを抱えて、あまり人目につかないように、僕たちは家に戻ることにした。
「ふふん。これでおつかいクエストは完璧にクリアじゃ」
バックパックを両手で抱えながら、レギィは不敵に笑った。
「我と主さまの力に、メイド娘もびっくりするであろうよ。あやつの顔が見物じゃ。ふは、ふはははっははははっ!」
「なんでふたりとも、そんなにお魚くさいの!?」
びっくりされた。
家に戻った僕たちを見るなり、アイネは体を拭く布を渡して、一言。
「ふたりとも、家に入る前にお風呂に行ってくださいなの」
家のお風呂は沸かすのに時間がかかる。
というわけで、僕とレギィは町のお風呂屋に行くことになった。
その途中、さっきの魚屋に寄って、情報量としておばさんにソードフィッシュを1匹、渡した。
漁師たちが去ったあとに1匹だけ、迷い込んで来たのを捕まえたことにしたんだ。
おばさんはびっくりしてたけど「情報量としては高すぎる」ってことで、銀貨をくれた。アイネにもらったお使いの資金と合わせると4アルシャ。風呂屋で個室の風呂に入るには、十分な資金だった。
そんなわけで、
「……ふぅ」「んーっ。くはーっ」
僕とレギィは背中を合わせて、湯船に浸かることになったのだった。
人間の姿をいたレギィと魔剣の本体は表裏一体で、人間型の身体がきれいになれば、魔剣の汚れも落ちるってことだった。もちろん、あとで剣を水分をしっかり拭き取る必要があるけど。
……便利なのか不便なのかわからん。
「これがお風呂に入る、という感覚か。気持ちのいいものじゃな」
「お前の感覚ってどうなってるんだ? レギィ」
仕事には適正な報酬を。
お風呂をレギィへのお駄賃にしたのは、こいつは食事ができないから。
せっかく捕った魚の味がわからないのは残念だから、せめてお風呂に入りたい、って言われたからだ。
「味覚はわからない。でも、お風呂は気持ちいい、ってのは不思議なんだけど」
「そりゃ簡単じゃ。剣に口はない。されど、きれいに磨かれれば気持ちいい」
「そういうものか」
「そういうものじゃ」
そういうものならしょうがないな。
レギィの身長はセシルよりも低い。彼女の頭は僕の肩の下あたり。濡れた赤い髪が、水の中で揺れている。白い肌はピンク色に上気して、ふつうに呼吸するみたいに動いてる。見た目は人間と変わらない。不思議な魔剣だよな。こいつ。
「ありがとうな、主さま」
「なにが?」
「我に、はじめてを教えてくれて」
レギィは僕にも見えるように手を挙げた。それから、指を折っていろいろと数え始める。
「支配される喜びを教えてもらった。少女の身体の機能を教えてもらった。新しい名前をもらった。常に主さまの側にあり、ともに戦うことを許してもらった。対等の奴隷仲間を与えてもらった。そして今回は、おつかいと、お風呂に入る感覚を教えてもらった。すごいぞ主さま。はじめてがいっぱいじゃ」
「そっか。お前はずっと、宝物として隠されていたんだっけ」
「然り。王の手にある時は、秘宝として城の歳奥にあった。そうでない時は迷宮をさまようか、破滅の魔剣として嫌われておったなぁ」
「ラッキースケベの呪いなんて使うからだろ」
「我はそういう機能体じゃったのだからしょうがあるまい。文句なら、我を異界より呼び出した者に言え」
「……お前は自分の役目をどう思ってたんだよ?」
「我には選ぶ権利などなかったよ。剣は敵を斬るもの。我の『人を操るスキル』もそれと同じ。ただ果たすべき機能のひとつじゃ」
レギィは手のひらでお湯をすくって、それをちゃぷ、と落とした。
ひとつひとつの感覚を確かめるみたいに。
湯気の中にいるレギィの目が、なんだか今にも泣き出しそうに見えた。
「じゃがな、今となっては後悔もしておるのじゃよ。もっと早く主さまと出会っておれば……とな。じゃから、償いの意味も込めて、主さまには我を使い尽くして欲しいと思っておる」
レギィは振り返り、肩越しに僕を見た。
「我が願えるのはそのくらいじゃろう。よいかな、主さま」
「僕にはお前が必要だよ、レギィ」
最大の攻撃用スキル『遅延闘技』に耐えられるのは魔剣レギィくらいだし。
こいつの知識も、たまには役に立つこともあるし。
それにレギィだって、パーティの仲間なのは間違いないから。
「僕が生きてる間は、僕のそばで働いてもらう。ただ、ブラック労働させるのは嫌だから、お前の希望はできる限り叶える。それくらいだよ、僕がお前にしてやれるのは」
「多くは望まぬ。その程度がちょうどよいよ、我には」
「僕はいなくなったあとは好きにすればいい。別に後を追う必要なんかないんだから」
「わかった。では余生は主さまの子どもたちに、生前の主さまのツンデレっぷりを伝えることとしよう」
「……やっぱり後を追っていいや」
僕の死後になにを語り継ぐつもりだこいつは。
ちゃぷ
後ろで、レギィが立ち上がる気配があって、
小さな手が、僕の肩に触れた。
「しょうがないじゃろ。魔剣は子孫を残せぬのじゃから!
主さまについて語り継ぐのはその代わりじゃ。やめさせたければ我をはらませてみよ!」
無茶言うな。
こいつのデタラメっぷりには、苦笑いするしかなかったんだけど、
後ろで、レギィも喉を押さえて笑ってるのがわかったから、
それ以上は、特に話すこともなくなって──
僕たちはさっさと風呂から上がって、家に帰ることにした。
ちなみに、夕食にアイネが作ってくれた『ソードフィッシュのソテー』は、絶句するほどの美味しさで──
椅子の上に立ってどや顔で謎ポーズを決めたレギィは、奴隷仲間の
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