第42話「『選ばれし者』の憂鬱」
そして次の日。
旅の準備とか、片付けとか、買い出しを済ませて、夕方。
僕が温泉施設の脱衣所の扉を開けると、全裸のエルフ少女がいた。
「「え……?」」
時間が止まったみたいに、僕たちは見つめ合う。
おかしいな。
ここ、イリスから入浴券をもらった温泉施設だよな?
で、入り口で案内されて、貸し切り風呂ってとこに来たはずだけど……。
「え? えっ、えええっ?」
エルフ少女は、呆然とこっちを見てる。
彼女は最後の一枚を膝まで下げた状態で硬直してる。髪はふわふわしたピンク色。青みがかった目でこっちを見てる。肌はどこも真っ白で、それが耳のさきっぽから徐々に真っ赤になっていく。僕の視線をまっすぐ受け止めたまま、身体を隠すことも忘れて、エルフ少女はふるふると震えてる。
あれ? 僕が入る場所を間違えたのか?
でもここって、受付の人に「ここです」って案内された場所のはず。
イリスはもちろん、僕がここに来るってことはわかってる。
なのに女の子がいるということは──
もしかしたら、異世界の温泉は混浴が基本なのか?
だったら、ここは礼儀正しく。
「あ、どうも。いいお天気ですね」
「え? あれ? は、はい。絶好の温泉日和です」
「これからお風呂ですか?」
「そ、そ、そうです」
「僕もそうなんです。知り合いに入浴券をもらったので」
「え、えとえと……あ、はい、じゃあご一緒に…………って、違います!」
真っ赤になったエルフ少女はあわてて、持ってた布で身体を覆った。
混浴じゃなかったらしい。
「どうして男の人が入ってくるんですか! へ、へ、へんたいですか──っ!」
「変態じゃねぇ!」
「あ、はい、どうもすいませんでした!」
思わず突っ込むと、エルフ少女は、びく、びくん、と身体を震わせて、そのまま頭を下げた。
なんだこの
前にも同じようなことがあったような……?
「すいません。思わず大声を出しちゃって」
「いえいえこちらこそ変態なんて言ってすいません」
お辞儀合戦。
このままじゃまずいから、僕は後ろを向いた。
背後でしゅる、と、服を着る気配。
「あの、僕は──ある人に招待されてここに来たんです。変態じゃないです本当です」
「あ、あたしは、お仕事の関係で。その、よく働いてくれたから温泉に入って休んでくださいって言われて……」
「すいませーん間違えましたーっ。ラフィリア=グレイスさーん。冒険者の方はこちらの大浴場でーす」
脱衣所の外で、施設の店員の声がした。
「…………ついてないなぁ」
がっくり、って感じで、エルフ少女がつぶやくのが聞こえた。
冒険者のひとだったのか。
さっき感じた既視感はそのせいか。もしかしたらどこかで会ってるかもしれないな。
「うぅ……ごめんなさい。間違ってるのはあたしでした」
身支度を調えたエルフ少女が僕の前にやってきて、頭を下げた。
「お見苦しいものを見せてしまってすいません。忘れてください」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
ふたたびのお辞儀合戦。
エルフ少女はふらふらと、脱衣所を出て行った。
……なんか
「ふ─────っ」
僕は浴槽の中で手脚を伸ばした。
こんなのは久しぶり……というか、温泉に入ったのなんか生まれてはじめてかもしれない。
浴室は石でつくられていて、脱衣所とは反対側の壁の上の方に、換気と明かり取りの窓が開いてる。浴槽は円形で、真ん中に天井まで続く柱がある。そこから、ちょっとぬるめの温泉が流れ出てる。
「みんなも来ればよかったのに」
でも、セシルは旅の準備、リタは真っ赤になって逃げ回ってるせいでつかまらず、アイネは離れの掃除と片付け、レティシアは「仲間はずれは嫌」ってことで、結局、僕ひとりになってしまった。
事件解決のお祝いに、って思ったんだけどな。
「……偽魔族、か」
事件は解決したはずなのに、すっきりしない。
あいつが僕と同じ来訪者だとしたら、勇者として召喚されたはず。そして王様に使われて──捨てられて、それでも元の勇者に戻りたがってた。そこまで勇者にこだわる理由は、僕にはわからない。『
あんなのが暴れ回ってるとしたら、魔物よりたち悪い。
イリスもショックだろうな。
自分が狙われたことで、町ひとつを巻き込んじゃったんだから。
見た目はセシルと同じくらいなのに「イリスが責任者ですから」って、冒険者のひとたちに謝って回ってた。補償もちゃんとするって。
「……『粗品』は……くれって言えなくなっちゃったか」
まぁ、いいや。
報酬は別にくれるらしいし、温泉の入浴券ももらったからね。
僕たちはそれでいい。
あんまり高望みしすぎると、あとが怖いから。
「……のんびりできただけで充分かな。あとは……」
あとは『
「…………っ」
脱衣所の方で、音がした。
誰かが入ってきたみたいだ。
僕は、柱の裏側に移動する。この風呂はイリスが借りてるはず。
……ってことは、入って来たのは正規兵か。ついたばかりの兵団の人か。
………………よし。あがろう。
名もない冒険者としては、あんまり顔を合わせたくない。
「…………失礼します」
来た。
湯気の向こうに、小さな影が見える。
気づかれないように迂回して、脱衣所に──
「ソウマさま。いらっしゃるのでしょう……?」
ぴちゃ
まるでどこかの王宮とか宮殿とか、そういうところを歩いているように、優雅に。
裸足で、湿った石の床を踏みながら。
すらりとした身体に、湯浴み用の布を巻いただけの格好で。
不安そうに左右を見回しながら、緑の髪の少女が、浴室に入ってきた。
イリスだった。
「あ、ソウマさま、いらっしゃったのですね。よかった」
イリスは僕を見つけて、安心したように笑った。
「……どうしてイリスがここに?」
「ソウマさまと、ふたりきりでお話がしたかったのです」
イリスそう言って、湯船の縁に腰かける。
恥ずかしそうに胸を押さえて、柱のこっち側にいる僕を見てる。
「
かえって心配だった。
貸し切りの風呂場には、僕とイリスだけ。
他に人の気配はしない。ただ、お湯が流れる音だけが聞こえる。
「そういえば、イリスにイルガファのことを聞こうと思ってたんだ」
なんだか間が持たなかったから、僕は言った。
「僕たちはこれから定住することになるから、そのための手続きとか、町の構造とか、あとは治安……かな。そういうことをイリスに教えて欲しいんだ」
「そうですね。長く住むなら住民登録はしておいた方がいいと思います。町の構造は、図でないと説明しづらいですね。治安はいいと思いますよ。商人ギルド同士の対立はありますけど、基本的にはイルガファ領主家には逆らえませんから」
すらすらと答えが返ってくる。
さすが『海竜の巫女』、ちっちゃいけど優秀だ。
「逆らえない、ってのは『海竜』と契約する権利を持ってるから?」
「そうです。それができるのは領主家だけですから」
「そんな町に、僕たちみたいな
「海運の町ですからね。海を越えてやってくる人たちもいますし、普通に冒険者ギルドもあります。イリスが住民登録の推薦人になってさしあげます。ご質問についての詳しい資料は、あとでソウマさまのところにお届けしますよ」
「もうひとつ質問。
ずっと気になってた。
王様は魔王がいると言った。だから僕たちは召喚された。
でも、ここまでの旅の間で、魔王がいるって信じられるものを、僕たちはなにひとつ見ていない。魔物はいるけど、暴れてるのは貴族や、捨てられた来訪者とか。魔王の脅威ってのがいまいちよくわからない。
「……いる、と思います。イルガファからは海路で支援物資を送ってますから。物資は海の向こうにある港で陸揚げされて、そこから魔王軍と戦ってる辺境の砦へと運ばれてるはずです」
「はず、ってことは、港から先のことはわかってないんだよな」
「はい。辺境までは国王陛下の直属の兵士たちが輸送にあたりますから……でも、いくらなんでも……」
「ごめん。ただの思いつきだから」
いくらなんでもありえないか。
魔王がいないとしたら、王様は
どう考えても妄想だよな。それって。
「気になるのでしたら、辺境あての物資の担当者に話を聞いておきますけれど」
「そこまでしてくれなくてもいいよ。イリスが知ってることを教えてくれれば」
「いいえ」
お風呂の縁に腰掛けたまま、イリスは首を横に振った。
「ソウマさまには、そんなことでは返せないほどのご恩があります。『嵐の時に助け合った者は生涯の家族になれる』イルガファのことわざです」
「家族……って。友だちを助けるのは当たり前だろ」
『偽魔族』の正体を知りたかったってのもあるけど。
でも、身分違いの僕たちを『友だち』あつかいしてくれたイリスを助けたかったってのは本当だ。そうじゃなかったら、チートスキルを使って戦闘に介入したりなんかしなかった。
「はい。ソウマさまたちとイリスは、お友だちです」
そう言ってイリスは笑った。
こうしてると、普通の小さな女の子って感じだ。
「イリスと……ソウマさまは、お友だちです?」
「う、うん」
なんでそんな心配そうな顔で確認するの?
「お友だちなら、一緒にお風呂に入るくらい当たり前ですよね? 隠し事はしないですよね?」
「お風呂に入るのはその地方の風習によって違うし、隠し事はあってもいいと思うよ」
「じゃあ、イリスの風習ではお友だちは一緒にお風呂に入って、隠し事をしない、ということでよろしいですね?」
一瞬でこっちのロジックが逆手に取られた。
さすがイリス。彼女の交渉スキルって、どれくらい高レベルなんだろう。
「対等のお友だちって、あこがれだったんです」
イリスは夢見るみたいに目をきらきらさせて、つぶやいた。
「夢や妄想や好きな人のことを語り合うのが『友だちLV1』、お泊まり会を開いたり交換日誌をするのが『LV2』、そして、一緒に死線をくぐって、なにも隠し事をしないのが『LV9』、ですよね?」
「イリスの友だちってスキル扱いなの……?」
「ソウマさまとイリスは一緒に死線をくぐってますから、『友だちLV9』です。だから、イリスはソウマさまにすべてを知っていただきたいのです」
そう言ってイリスは、風呂場においてあった手桶を取り、お湯をすくった。
それをそのまま、自分の肩から、ぱしゃ、とかける。いわゆるかけ湯ってやつだ。
……湯気のせいか?
イリスの肌に、なにか緑色のものが浮がびあがってるように見えた。
「これが、魔の者が欲した『海竜の血』を引くものの証です」
イリスは僕に背中を向けて、布を腰まで落とした。
つるん、とした背中。
その肩のあたりを、緑色の
高い、明かり取りの窓から差し込む、真っ赤な夕陽。
それを映してイリスの鱗は、ぼんやりと輝いている。
「……海竜の鱗」
「はい」
ゲームとかでもよくあるよな。半人半竜。
イリスの場合はご先祖さまである『海竜の娘』の遺伝子が、こうやってあらわれるってことか。
「水に濡れると、海竜の鱗があらわれるのです。このことは家族と……身の回りの世話をする者しか知りません」
「なるほど。で、この鱗に防御力ってあるの?」
「ぼ、ぼうぎょりょく、ですか?」
「うん。竜の鱗といえば不可侵の防御力の象徴でもあるし」
「さ、さぁ。考えたこともないです。ぶつけてもあんまり痛くはないですけれど」
「だよね。竜だもんなぁ。かっこいいよな」
おっと。あんまりじろじろ見たら失礼だな。
竜──ドラゴン。そうだよなぁ。
ファンタジー世界だから、竜も竜の血を引く少女もいるよな。
「……はじめてです」
「え?」
「イリスの鱗を、かっこいいって言ってくれた方は」
「……ファンタジー──じゃなかった、ここは剣と魔法の世界なんだから、鱗くらい当たり前じゃないのか?」
「いいえ……昔は『海竜の血』を引く娘は、生まれるとすぐに幽閉されて、『海竜の祭り』の時以外は外に出ることもなかったと聞きます。時代も進んで、イリスはこうやって普通に外に出歩けますけど……やっぱり気持ち悪いって言われることもあります」
イリスはぽつり、ぽつりとつぶやいた。
「イリスの世話をしてくれるメイドを見つけるのは本当に大変でした。この鱗を見ても気にしなかったのは、メイドのマチルダくらい……」
あの性格でイリスの側近をやってたのはそういう理由があったのか。
誰にでもいいところってあるものなんだね。
「『海竜の巫女』なんて言われてますけど、イリスは本当はつまらないものなんです。イルガファに戻れば、『海竜の祭り』と、父の仕事の手伝いくらいしかすることはないのですから。本当は、兵士たちが身を捨てて守るほどの価値なんか、イリス自身にはないんです。大事なのは『海竜の血』なんですから……」
イリスは布を身体にまき直して、こっちを向いた。
そしてさみしそうに笑った。
「人間とデミヒューマンがいる世界だから、鱗とか細かいことは誰も気にしないって思ってた」
「そういう世界だからこそ、人か魔物かわからない者は嫌われるのですよ」
「でも、イリスは優秀なんだよね?」
「得体の知れない者が、自分より仕事ができたら嫌な気分になるでしょう?」
……あるよな、そういうの。
立場は下だけど、いないと困る。自分より仕事ができる奴。うとんではいるけど、排除することのできない相手、というもの。そういうのへの風当たりって結構強いからなぁ。
「イルガファのために働くのは領主家に生まれたもののつとめです。それはいいんですけど……『海竜の血』が原因で命まで狙われると、さすがに、イリスも」
「へこむよな」
「へこむ……はい、その表現はぴったりですね。イリス、へこみます」
イリスは布に包まれた胸を押さえて、笑った。
「そこで、ソウマさまに人生と先輩として、相談に乗っていただきたいのです。こっそり」
「人生の先輩って。そんなに長生きしてるわけじゃないけど」
「でも、奴隷を3人も連れてらっしゃるじゃないですか。しかもみなさん、ソウマさまを慕ってらっしゃいます。なのに全員が仲良しです。そんなことできるソウマさまは、人生の酸いも甘いもきわめていらっしゃるに違いありません!」
「そうかなぁ」
僕の奴隷たちが仲良しなのは、単純な話、セシルは他のみんなを家族みたいに思ってて、リタはセシル大好きでアイネも友だちだと思ってるから。アイネはご奉仕が大好きで、みんなのために働くのを楽しんでる。
魔剣のレギィはそんなみんなを見ながら「さすが我の見込んだ主さまじゃ。さあこやつらと子どもを作ろう」ってこと言ってるけど、それはそれ。
「で、相談って?」
「はい、これはみんなには秘密なんですけど……くちゅん!」
ちいさなくしゃみ。
イリスが口を押さえる。彼女は僕に背中を向けて、身体にまいていた布をほどいた。
僕が後ろを向くと、ちゃぷん、と、小さな身体がお湯に沈む音。
振り返ると、肩まで温泉に浸かったイリスが、僕を手招きしていた。
「……大きな声を出すと、外の兵士に聞こえるかもしれません。おそばに」
「えっと」
「悪巧み、です。こっそりお話ししましょう。ソウマさま」
僕に背中を向けたまま、イリスはいたずらっぽく笑う。
……まぁ、いいか。
僕はイリスに近づいて、彼女に背中を向けて座った。
ことん、と、細い背中が、僕の背中によりかかる。
肌はほんのり桜色。でも肩のあたりは、緑色の鱗が浮かび上がっている。背中に、つるんとした感触が伝わってくる。別に気持ち悪いとかおかしいとかは感じない。ただ、ここは異世界なんだってことを改めて実感するくらい。
「イリスは、悪い子になったみたいなんです」
僕に背中を預けて、イリスは言った。
「『海竜の巫女』であることを、重荷に感じるようになってしまいました」
「うん、僕がイリスだったらとっくに逃げ出してると思う」
実際のところ『海竜の巫女』の使命って、聞いてるだけでも重すぎる。年に一度の祭りのために自由に外に出ることもできなくて、やっと外に出たと思ったら命を狙われて。しかも部下は言うことを聞かない。気を許せるのは、利害関係のない冒険者の僕たちだけ。
1日の仕事のために、他の364日拘束されてるようなもんだよな。
「一時的になら、巫女の立場から離れてみてもいいんじゃないかな」
僕はイリスの『友だち』で、イルガファ領主家には恩も借りもない。
だからここは、無責任なこと言わせてもらおう。
「『海竜の祭り』は年に1回だけなんだよね。だったら空いた日に、変装して気晴らしにぶらぶらするくらい、許してもらえるんじゃないか? もちろん、今回の事件が完全に片付いてからってことになるだろうけど。護衛が必要なら、僕たちが手伝ってもいいから」
「……前に、同じようなことを両親にお願いしたことがあります。でも、駄目でした」
「どうして?」
「そんなことをして、もしなにかあって祭りの日までに戻れなかったらどうするんだ……って」
イリスはしょんぼりとつぶやいた。
「今回は母の5回目の命日だってことで、やっと旅を許してもらえたんです。それがこんなことになったから、たぶん、しばらくは外に出してもらえないでしょうね」
巫女の宿命か。
ゲームや小説なんかだと「選ばれし者」ってのは憧れだけど、考えてみればワンオフな人材なんだから、行動の自由なんかないよな。
イリスの場合、彼女がいなくなったら海竜の加護を失う。ってことは、彼女の存在に、イルガファの海運すべてがかかってる。だから、移動する自由はない。仕事を選ぶ自由もない。そしてその血にむらがってくる奴らによって、まわりに被害が出る……。
そっか。
「選ばれし者」って仕事と人生が一体化した、ある意味ブラック労働者だったんだね……。
「イリスなしで『海竜ケルカトル』との契約を更新する方法は?」
「ふたつだけあります」
「ひとつめは?」
「イリスが子どもを作ることです」
背中越しに、小さな身体がもじもじするのがわかった。
「子どもを作って、その子どもに『海竜の血』が移れば、イリスは巫女の仕事から解放されます。ですけど……」
「それは子どもにイリスと同じ運命を背負わせることだから、やりたくない?」
「……です。それに、イリスは初恋もまだですから」
それはちょっとぶっちゃけすぎじゃないかな、イリス。
「ふたつ目の方法は?」
「海竜の勇者と一緒に儀式を行えば、イリスが生きている間は祭りの必要がなくなります。いわば、原初の儀式の再演ですね」
「再演……『海竜の娘』と人間の少年の『結魂』の儀式をもう一度やるってこと?」
「はい。『結魂』でなくてもいいです。とにかく『海竜の娘』の血を引くイリスと、勇者のしるしを持つ少年が結びつけば、それで海竜は認めてくれます。そうすれば、イリスとその少年が生きている間は祭りの必要がなくなります」
「つまり海竜の勇者を見つけ出せば、イリスは巫女の役目から解放される」
「はい。勇者と触れ合うと、イリスの鱗は真珠色に輝くので、わかるんです」
海竜の勇者がいれば、イリスは巫女の儀式から解放される。
そしてその勇者と触れ合えば、鱗が真珠色に輝くのでわかる、ってことか。
……というか、条件がきびしすぎだろ。
「……難しいですよね。勇者になるには海竜の天敵を倒す必要があります。その天敵の鱗が勇者のしるしなんです。でも、そんな巨大な魔物を倒せる人なんて……いるわけないんです。今は伝説の時代じゃないんですから……」
イリス、泣いてる?
僕の背中に寄りかかって、小さな身体が震えてた。
イリスは港町イルガファの命運を背負ってる。そしてイリス自身も、町と深く結びついてる。僕がむりやり連れ出すことはできるかもしれないけど、それでイルガファになにかあったら、イリスはずっと気にし続ける、きっと。
『選ばれし者』って……大変だよな。
イリスも、勇者も。
なんで、王様とか伯爵とか、あの偽魔族も、そんなものになりたがるんだろう。
「僕たちはしばらくイルガファに定住するつもりだから」
「…………ソウマ……さま?」
「イリスが巫女をやるのに疲れたら、うちに遊びに来ればいいんじゃないかな。ただし、特別あつかいはできないけど。仕事が忙しかったら手伝いをしてもらうし、着替えもお風呂も僕の奴隷と一緒になっちゃうけど、それでいいなら」
もちろん、来るならこっそりと。お忍びでってことになるけど。
「は、はいっ! ありがとうございます……ナギさま……あり……がとう」
イリスが、ちゃぷ、と両手で顔を押さえてた。
振り返って見ても、イリスの鱗は緑色。まぁ、当たり前か。
海竜の天敵ってことは、そいつは伝説級の魔物のはず。僕たちが出会うことはないと思うけど……もしも出会ったら、セシルの超巨大魔法で鱗の一枚くらいはがせないかどうか試してみよう。
「さ、先にあがりますね。なんだか、のぼせちゃいました」
イリスがつぶやき、水音とともに立ち上がる。
僕は慌てて前を向いた。
「ソウマさまはゆっくりしていってください。出立まで、この施設は何度もご利用できますので、よろしければ、お仲間とも……それでは!」
ドアが開いて、閉じた。
『選ばれし者』を救う方法か。
それってもしかしたら、魔王を倒すくらい難しいのかもしれないな。
「……イリスはとてもはずかしいことをしてしまいました」
脱衣所で、イリスは濡れた身体を拭いていた。
起伏のほとんどない自分の姿。ソウマさまがどう思っただろうって、考えただけでも真っ赤になってしまう。
でも、やっぱりソウマ=ナギさまは『お友だち』だった。
はしたないとわかってても、にやにや笑いを止められない。
思わずぴょんぴょんと飛び跳ねてしまう。
イリスに友だちができた。ずっとじゃないかもしれないけど、同じ町にいてくれる。
いつでも遊びにおいでって言ってくれた。
それだけでもう、なんにもいらない。別の自分になんかならなくていい。
「なにをして遊びましょう。まずは自作のポエムの朗読会から? それとも一晩、枕をならべて恋のお話をしましょうか」
夢見る口調でつぶやきながら、イリスは下着を身につけた。
その時、気づいた。
一瞬のことだった。それは現れて、すぐに消えた。
「……目の錯覚……でしょうか」
イリスは小さな胸を押さえた。心臓のどきどきが止まらない。
さっき、一瞬だけ、
イリスの鱗が、
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