第41話「リタとスキルの再調整。そして約束」

「発動! 『能力再構築スキル・ストラクチャーLV3』」


 僕はリタのスキルを、『能力再構築』のウィンドウに表示させた。




結界破壊エリアブレイカーLV1』


『相手のエリア』      を     『素早く』     『破壊する』

   スキル




「……これって」


 スキルの概念がいねんがゆるみかけてる?


 スキル全体が、小刻みに震えてる。文字が揺れて、ぶつかり合ったり、こすれたり。


 まるで魚が水面で呼吸するみたいに、概念の間が、閉じたり、開いたりしてる。


 書き換えた『相手のエリア』の文字なんか……はずれそうになってる。


「……や、ぁ! だめっ」


 文字がふれあうたびに、リタの身体がびくん、ってなる。


「ナギ……なんとかして。せつない……せつないよぅ」


 リタは、うるんだ目で僕を見つめてる。


 口は半分開いたまま、ふるふると震える胸を押さえて、ぴくぴくする尻尾を振りながら。


 これが、『高速再構築クイックストラクチャー』の副作用……?


 勘違いしてた。


 副作用は、僕とリタが魔力の糸でつながるだけじゃなかった。


 通常の『能力再構築スキル・ストラクチャー』は僕の魔力を注いで、ゆっくりとなじませながらスキルの概念を入れ替えてる。だから書き換えた後も安定してる。


 でも、『高速再構築』はインスタントに再構築する分だけ、安定性が悪いんだ。


 だから文字と文字がゆるみかけてる。注いだ分の魔力が、ほどけて、はじけてる。


 その魔力と、震える文字が、リタの身体の中で暴れてる……。


 僕の『生命交渉フード・ネゴシエーションLV1』は安定してる。『能力再構築』持ちの僕には、スキルを安定させる上方修正があるみたいだ。でも、リタにはそれがない。だから──


「ごめん。リタ。すぐにスキルを安定させるから」


 僕は指先でリタのスキルに触れて、魔力をゆっくりと送り込んでいく──。


「んくっ! わぅ! ん────────────っ!」


「リタ!?」


 リタが僕を抱きしめた。


 そしていつもみたいに、僕の肩をぱくん、と甘かみ。


「んっ、んっ、んっ──────っ! わぅ、わぅぅぅ……」


 びくんっ びく びくんっ


 リタは身体をそらして、硬直して、僕に身体をこすりつける。


 そしてそのまま、ぱたん、とベッドに倒れた。


「わ、わぅ……ふぁ、ナギ、ナギぃ」


「触れただけでこうなっちゃうのか……」


 はう、ってリタの身体から力が抜ける。


 寝間着の帯がほどけかけてる。けど、リタは気づいてない。


 目はうつろで、息も荒い。


 大きな胸を押さえて、せつなそうに膝をこすり合わせてる。


 リタの心臓はすごい勢いで鼓動してる。触れてて、怖くなるくらいに。


「……リタ、『結界破壊エリアブレイカーLV1』を身体から出して」


 スキルをアンインストールしよう。


 このスキルはもう、だめだ。不安定になりすぎてる。


 僕の中にインストールしなおして調整するって手もあるけど、これは不安定になりすぎてる。


 なんとなくだけど、わかる。たぶん『結界破壊LV1』はリタから取りだしたら、そのショックで、概念がばらばらになってこわれる。


 そして、リタの中に入れた状態で安定させるのは負担がかかりすぎる。


『結界破壊LV1』は貴重なスキルだけど、リタと引き替えにするほどじゃない。


「『結界破壊LV1』はあきらめよう。そうすればリタも楽になるはずだから」


「……やだ」


「なんで!?」


「だってこれ、ご主人様と一緒に作ったスキル……なんだもん! 私たちの子どもみたいなものなんだもんっ! それをなくすなんて絶対に嫌だもんっ!」


「だからって、ずっとこの状態のままってわけにはいかないだろ」


「ナギが……し、しずめて。できるでしょ? 私の中であばれてるこの子を……お、おとなしくさせてっ……あんっ」


「リタに負担がかかりすぎるよ。それは」


「……へいきだもん」


 うそつけ。


 首筋から胸元まで汗びっしょりだし、身体なんか溶けそうなくらい熱いし、白い肌も、胸も、尻尾まで一定間隔でぴくん、ぴくん、ってはねてるくせに。


 目はとろん、としてるし、綺麗な金色の髪は汗で肌にはりついてるし。


 意識してないだろ、僕の手のひらをずっと甘かみしてるの。


「ご主人様として、奴隷にこれ以上の負担をかけるわけにはいかない」


「……が、がまんするもん。頭まっしろになるのも……私の……深いところが……きゅーん、ってなっちゃうのも……ぞくぞくするのも、びくびくするのも…………ナギが、私と……子どもを作りたくなった、ときの…………予行練習だと思えばどうってことないもんっ!」


「予行練習って」


「それに、ナギは『結界破壊LV1』を作るとき、お願い聞いてくれるってゆったっ! ゆったもんっ! だから、このスキルをしずめて……これが私のお願いだもんっ!」


 リタは胸を押さえて、涙目でこっちを見てる。


「私のご主人様は、奴隷との約束を破ったりしないもん……」


 ……2人で作ったスキルだから、僕たちの子どもって……。


 リタはそんなふうに考えてたのか。


 だったら、リタは絶対にあきらめないだろうな……。リタは家族に捨てられたことがあって、自分は同じことはしないって思ってるから。


 …………しょうがないなぁ……。


「わかったよ。特別だからな」


 覚悟を決めよう。朝までかかってもいいから。


「『能力再構築スキル・ストラクチャーLV3』で『結界破壊エリアブレイカーLV1』を再調整する」


「……うんっ!」


 リタは僕の手を掴んだまま、こくこくと頷いた。


 ……で、どうするか。


 ちょっと触っただけで、リタはあんなふうになる。


 それを抑えないと、リタがもたないかもしれない。


 そうだな……たぶん、触れられただけで反応しちゃうのは、リタが僕の魔力に対して敏感になってるからだ。


 だったらセシルと『魂約』した時みたいに、リタと合体すればいいんじゃないか?


 お互いの魔力と神聖力を循環して、ひとつの生き物みたいになる。境界線をなくす。


 うまくいけば、リタが僕の魔力に「なじんで」くれるかもしれない。


「リタ、こっち来て」


 僕はベッドに脚を伸ばして座った。


 リタは僕の脚の間に、腰を下ろした。


 僕の背中に寄りかかるみたいにして、体重をかけてくる。


 僕は後ろから、リタの左胸に左手を当てる。


 大きな胸の間を、汗が流れ落ちてる。薄い寝間着は脱げかけて、胸の一部かたくなったところに引っかかってる。白いお腹が、寝間着からはみ出してる。そこから下は暗くて見えない。


 僕はリタの前に右腕を差し出す。リタは待ちかねたみたいに、手首と肘のあいだあたりをぱくん、とくわえる。いつもの甘かみだ。


 噛んだっていいや。それでリタが楽になるなら。


「いくよ」


 僕はもう一度『能力再構築LV3』に、リタの『結界破壊LV1』をセットした。


「…………ごしゅじん、さま」


 リタの桜色の目が、僕を見た。


「…………えんりょ、しないで……したいように、私に……して」


 答える代わりに、僕はリタのスキルに手を伸ばした。


「ん────っ!」


 ぴちゃ


 リタの唇が、僕の右腕を甘かみする。リタの背中が反り返る。伸ばした足の指が、ぎゅ、と縮こまる。でも、構わない。僕はゆっくりと魔力を送っていく。指は、スキルの文字にぎりぎり触れるか触れないかってところだ。それでもリタはせつなそうに身体を震わせてる。


「やぁ…………ナギ。あつい…………あつぅい」


 リタがほっぺたを真っ赤に染めて、ぱくぱくと口を開く。


 魔力がリタにしみこんでいくのがわかる。リタからも、魔力に似たものが流れ込んでくる。ちょっと感触の違う、ぴりぴりしたもの。リタの中にある神聖力だ。


「あつぅい……あついよぅ。身体、とけちゃう……じんじん…………もぞもぞ……すごぃ……」


 リタがもじもじする。寝間着の帯がほどけたけど、気にしてる余裕なんかない。


 僕はウィンドウのスキルを見る。


 文字のふるえが、少し小さくなったような気がする。


 よし、いけそうだ。


 開いたり閉じたりを繰り返してる文字の隙間に、僕は指をはわせた。


「あぅっ!」


 リタが両膝を、きゅ、と閉じる。


「はぅ…………あ、あ」


 文字からも熱が伝わってくる。


 リタの汗が移ってるのか、文字と文字の隙間に触れると、ちゃぷ、と音がする。


 熱くて、深くて、指が飲み込まれそうになる。


「…………は…………はぁ…………ぁ……はぁ」


 リタは僕の左手に手のひらを重ねる。


 そのまま僕の手のひらを撫でて、押さえる。


 自分の反応を確かめるみたいに。何度も。


「……ナ、ナギ……私、落ち着いてきた……みたい」


 リタが僕の耳元でささやいた。


「スキル……いじって……いいよ。たぶん…………もう……うごかして……も、へいき」


「いいの?」


「うん……かわりに、ナギのにおいを…………ちょうだい」


「におい……?」


「たくさん…………みんなの前でも、私が素直でいられるように…………消えないくらいの……ナギのにおい……ほしいの……」


 すりすり


 リタが、僕の右腕にほっぺたをこすりつけた。


「これで…………あぅ、んっ。だいじょぶ……だから…………つづけて……ごしゅじんさま」


「わかった」


 好きなようにさせよう。


 ちょっと手が動かしにくいけど、それでリタが落ち着くなら。


 僕はスキルの文字に指を押しつける。


『結界破壊LV1』は落ち着いてきたけど、まだ完全じゃない。


『相手のエリア』『素早く』『解体する』──全部の文字が、小刻みに震えてる。


 まずは右側の概念からだ。


 僕は開きかけた文字の隙間に指を入れて、『解体する』をつまんだ。


「────は、はぅっ! んっ」


 ちゃぷ、ちゅ


 リタが両膝を、ぎゅ、と閉じる。僕の腕を舐める。


 僕はそのまま、一番後ろの文字を、左側に動かしていく。


「ん──────っ! はぅ…………あっ! ん──────っ!!」


 リタが真っ白な背中を反らす。僕の腕を甘かみしながら、声をおさえてる。


 汗のにおいがする。リタのにおいだ。


 僕が息を吸うたびに、リタは恥ずかしそうに首を振る。気にすることないのに。


「あと少し」


 僕は魔力を循環させながら、『解体する』を『素早く』に押しつける。


 軽く力を入れる。くいっ、と。


「ひぅっ! あ、あ……ぁ。んっ!」


 二つの概念が安定したのを確かめてから、指を離す。


 ……よし。これで『素早く』と『解体する』は元の位置に戻った。


 文字の震えも止まってる。


 僕の魔力が、暴れてたスキルを落ち着かせてるんだ。


「……リタ、大丈夫?」


「…………ひゃ…………は、ぁ…………ああぁ…………んっ」


「リタ? 返事して。大丈夫だよな?」


「…………へい……きぃ」


 さっきまで両膝を閉じたり、開いたりを繰り返してたリタは、今は両脚を投げ出してぐったりしてる。寝ぼけてるみたいに、僕の右腕を甘かみして、舌をはわせて──その繰り返し。


「あともうちょっとで終わるから、がんばって」


「…………ナギ」


「うん?」


「………………しゅき。ずっと……そばに…………いて」


「うん」


「…………りた=めるふぇうすは、そうま=なぎと…………ずっといっしょ…………ちかい…………ます。ずっと…………なぎのもので、いたいの……。……だから…………いいの…………ナギをかんじるから…………いいの…………して」


「…………リタがいないと、僕はすぐに死んじゃうかもしれないし」


 聞こえてるかな。


 リタ、目が半分閉じかけてるけど。


 こんな恥ずかしいセリフ、聞こえてないほうがいいんだけど。


「僕はたぶん、生まれ変わっても性格変わらないだろうから、リタがいないと困るんだ」


「…………うれしい…………えんげぃじ……するぅ」


「……『魂約エンゲージ』は……もうちょっと余裕がある時に」


 というか、この状態で儀式を成立させるのは無理だろ。


 今は、とにかくリタのスキルを安定させないと。


「じゃあ、これでおしまいにしよう」


「…………んっ。ぁ。ひゃい」


 僕ははずれかけた『相手のエリア』の文字を、指ではさんだ。


「あ、ああああああんっ」


 ぐったりしてたリタが目を見開き、真っ白な喉を反らす。


 これで最後だ。


 僕は鼓動している概念の隙間に『相手のエリア』の文字を────押し込む!


『能力再構築』のウィンドウに『実行』ボタンはない。


『結界破壊LV1』は再構築したスキルだから。


 だけど代わりに『再調整』の文字が表示されてる。これだ!


「『結界破壊エリアブレイカーLV1』を再調整する! 『能力再構築スキル・ストラクチャーLV3』」


「わ、わぅ。あ、あああああっ! んっ、ん──────────っ!! ナギ、ナギぃっ!」


 リタが真っ白な背中を反らす。びくん、びくん、って、僕に腰を押しつけてくる。


 大きな胸が、僕の手の中でかたちを変える。手のひらの真ん中に、不思議な圧迫感。


 僕の魔力とリタの神聖力が、ふたりの中をぐるぐると回る。


「ナギ……ぎゅっ! おねがい──ぎゅっ!」


「ぎゅ?」


「はなれてるの……やぁ。ナギと隙間があるの……やだぁ。いっしょ──ずっといっしょ……」


 言われるままに、僕はリタを後ろから抱きしめた。


 その瞬間──




能力再構築スキル・ストラクチャー』のウィンドウから、魔力の糸があふれ出した。


 糸が、リタの身体を這い回る。僕とリタをつないでいく。


 まるで、僕がリタをスキャンしてるみたいに。


 これは……セシルと『魂約エンゲージ』した時と同じ!?


「……あ、あう、ああああああっ。ナギが、はいってくる……あつい……すごい……しあわ…………」


 リタの胸の中心が、光り始める。


 光るものが、そこにいる。


 ちっちゃなリタ──リタの魂が出てこようとしてる。


 なにも着てない、裸の、尻尾と耳をつけた女の子。


 まさか『魂約エンゲージ』の儀式が成立してた?


 ……そっか、さっきリタが僕と一緒にいたいって誓って、僕も同じことを言って。


 その後、ふたりとも『魂約エンゲージ』って口にしたから。




『さみしいたましいを抱きしめてくれるひと。あいすべきひと』




 金色の耳と尻尾をつけた手のひらサイズのリタは、よいしょ、よいしょ、って、リタの胸から出てこようとして──


 そのまま、ぺたん、って倒れた。




『儀式が……ふかんぜんなの……』




 あー。


 やっぱりか。


 もともと、これは『魂約エンゲージ』のためにやってるわけじゃないし、誓いの言葉だってあやふやだった。


 というか、むしろあんなので魂を召喚できるリタにびっくりだ。




「ごめん。『魂約エンゲージ』は、リタがもうちょっと調子いいときに」


『そうかんたんに、私が、うけいれるとはおもわないことね』




 魂になっても、リタはリタだった。


 腕を組んで、胸を反らして、尻尾だけぶんぶん振ってる。




『でも、最後にはぜったい受け入れるから、あきらめないことね!』


「……うん」


リタは、すなおじゃないから』




 そう言って、リタの魂は、リタの胸に戻っていった。




『あなたがみちびいてあげてね。あいすべきひと』




 最後に声だけが、僕の耳の奥で聞こえた。


 気がつくと、リタは穏やかな顔で眠ってた。


 僕はスキルを呼び出す。




結界破壊エリアブレイカーLV1』


『相手のエリア』を『素早く』『解体する』スキル




『再調整』したスキルは震えてもいないし、発熱してもいなかった。


 完全に安定してる。


「…………ふぅ」


 僕はぐったりしたリタの髪をなでた。


 よかった。リタも落ち着いてる。呼吸も、鼓動も。


 ……目が覚めたら真っ赤になって怒り出しそうな格好になってるけど。


 でも……『高速再構築クイックストラクチャー』は封印した方がいいな。


 便利だけど、使ったあとが問題だ。


 奴隷のみんなに、負担がかかりすぎる。


「……リタがこわれるんじゃないかって思ったもんなぁ」


「……ううん……いいの」


 リタは眠ってる。


 けど、僕の声が聞こえたみたいに、小さくうなずいた。


「…………ナギにおしおきされてるみたい……うれし……かった……」


「なにを夢見てるんですかリタさん」


「でも……だめ。……だめになっちゃう、から。まっしろで、しあわせになっちゃう……ナギのにおいが、からだじゅうに……ほしく、て…………そとにも…………なかにも…………すぅ」


 ……むずむずする。


 この状態は……けっこう、まずいかも。


 でも……僕の体力も限界だった。


 考えてみれば、昼間はリビングメイルと戦って、イリスの屋敷で交渉して、セシルと『魂約』して、戦闘して、リタを『再構築』して────


 かくん


 最後にのばした手が、リタの一番やわらかいところに触れた。


 そして、僕の意識もブラックアウトしたのだった。






 翌朝。


「…………おはよう、ナギ」


「…………おはよ、リタ」


「「………………………………」」


 ぼっ


 先にギブアップしたのはリタだった。


 全身真っ赤になったリタは「か、身体きれいにしてくるっ」って言って部屋を出ようとした。


 最後に、ドアの前で振り返って、


「ぜんぶほんとだから!」


「え?」


「『再調整』の間に言ったのは全部ほんとだから!」


「う、うん」


「でも! あんな恥ずかしいこと二度と言わないんだからねっ!」


「大丈夫。ひとこと残らず暗記したから」


「な……。わぅ…………もー! ご主人さまのいじわるーっ!」


 って言いながら、リタは飛び出していったのだった。





 そのすぐ後に、イリスが家のドアを叩いた。


 僕は身支度もそこそこに、飛び込んできたイリスを出迎えた。


 緑色の髪を振り乱して、丈の短いドレスをひるがえし、彼女は震えながら僕の手を握った。


 顔色は──真っ青だった。


「魔の者は、死にました」


 イリスは言った。


 魔の者は結界を張った牢屋に、鎖で拘束されて閉じ込められた。


 だけど、そこに侵入した者たちがいたのだという。


 それは、僕たちを襲った3人の正規兵だった。


 殴られ、気絶した牢番はあいつらが「魔族にとどめをさせば、その功績で自分たちの失敗は帳消しになるかもしれない」って言ったのを聞いていた。牢番は、いざというときに結界の中に入るための護符を持っていた。ひげ面正規兵たちはそれを奪ったのだ。


 そして3人の正規兵は「魔の者」を殺した。


 だけど、奴らも返り討ちにあった。


 魔の者は最後の力で「鈍速領域スローフィールド」と「合成」を使ったんだろう。


 牢番が気づいたとき、牢屋の中にあったのは、肉と骨の奇妙なオブジェだった。


 角と翼が生えた生き物が、正規兵たちの肉体を取り込みかけた状態で、死んでいた。


 イリスはそれを見せてもらえなかった。


 今後10年くらいは悪夢を見そうな光景だったから……。


「申し訳ありませんでした、ソウマさま。我々のミスです……」


「仕方ないよ。こんなの、予想できるわけないんだから」


 ほんっとにあのヒゲ面正規兵たち、ろくなことしない。


 魔の者の正体は……たぶん「来訪者」だ。


 リタとの会話から推測すると、おそらくあいつは王様に勇者として召喚されて、捨てられたんだろう。


 そして、もう一度勇者として認めてもらうために、合成生物を作っていた。イリスをほしがっていたのは、彼女の中にある『海竜の血』を使いたかったから。僕の世界の悪魔っぽい格好をしてたのは、正体を隠すためか。


 あいつが死んじゃった以上、もう、確かめようもないことだけど。


「これで事件は終わりなのか……本当に」


 イリスは無事だった。正規兵と冒険者の犠牲者もわずかだった。町そのものにはほとんど被害は出なかった。僕たちを攻撃してきた正規兵たちはいなくなり、メイドのマチルダさんは責任を取って解雇され、イルガファへ連行されることになった。


 そして魔の者が死んだなら……これで事件解決ってことになるのか。


 ……まだ少し、引っかかるところはあるけど。


「あとはイルガファからの兵団を待つだけってこと?」


「はい。明日の夕方には到着する予定です。ナギさまにも、イルガファまでご同行していただければうれしいです」


「それはもちろん」


 行列のすみっこにでも入れてもらえれば、僕たちも助かる。


「イリスはこれから、冒険者さんたちをねぎらって、補償と……報酬を渡して回る予定です。正規兵の者たちからの情報が行かなかったことにもお詫びをしなければいけません。すべて……イリスの責任ですから。

 ナギさまはどうなさるおつもりですか?」


「今日はみんなとこれからのことを話して、一日のんびりするつもりだよ」


 昨日は働きづめだったから。


「明日は旅の準備と買い物。夕方になったら…………温泉にでも入ろうと思ってる」


 僕は言った。




 そしたらイリスから、この町一番の施設の温泉入浴券をもらった。






──────────────────


高速再構築クイックストラクチャー


セシルとの『魂約』によって生まれた『能力再構築LV3』の派生スキル。

奴隷との間でURウルトラレアスキルを、すぐにその場で生み出すことができる代わりに、お互いが数時間『魔力の糸』で繋がることになります。さらに作り出したスキルも非常に不安定になるので『能力再構築』で調整する必要があります。

ほっとくと奴隷の中にあるスキルと魔力が暴れ出し、色々たいへんなことに……。

そうなったらナギにケアしてもらうか、スキルを取り出して破棄するしかない、という、ハイリスクハイリターンなスキルでもあります。

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