第11話「リタ神官長の華麗なる転職」

 落ち着いて考えよう。


 泣きそうな顔でドアの前に立ってるのは、『イトゥルナ教団』神官長のリタ。これは間違いない。こないだと同じローブを着てるし、ふわふわの金髪も桜色の瞳もそのままだ。


 いや……ちょっと違うか?


 首輪をつけてる。セシルがしてるのと同じ、革の首輪だ。


 ってことは、リタが奴隷になった、ってこと?


 誰の?


「ナギの」


 僕が首輪をガン見してることに気づいたのか、リタは言った。


「僕の?」


「そう」


「奴隷?」


「うん」


「誰が?」


「私が」


「どうして?」


「『契約』したじゃない」


「したけど。確かにしたけどさ」


 2万アルシャで教団の人たちを助けるって『契約』した。


 あの時リタはなんて言ったんだっけ?





「『イトゥルナ教団』のキャラバンの代表として『契約』します。2万アルシャ払うから私たちを助けなさい! 払わなかったら、私をあんたの奴隷にでもなんでもすればいいじゃないっ!」





「……払えばいいだろ」


「だからっ! 教団をクビになったって言ってるじゃないっ!」


「今までの給料とか貯金とかは?」


「給料が出るのは神官以上で、それより下は生活費と相殺そうさいなの! 私、三階級特進して神官長になったばっかりだから、まだ給料なんかもらってなかったんだってばっ!!」


 ずん、と、リタが部屋に入ってくる。


 そのまま後ろ手にドアを閉めて、僕を怒鳴るかと思ったら──泣き出した。


 唇をかみしめたまま、涙が後からあとから流れ出てくる。


「わ、私はちゃんと言ったんだもん。ナギとセシルちゃんが私たちを助けてくれたって。『レヴィアタン』と戦う私を助けて、馬車を安全なところに移動させてくれたって。命がけだったって、ちゃんと言ったんだもんっ!」


 ばん、ばばん、と、リタはベッドを叩いた。


 ほこりが立つし、セシルが驚くからやめてください。


「人命救助の報酬として2万アルシャ。教団の名誉にかけて払うべきだって言ったもん」


「そしたら、どうなった?」


「……えっと」


 リタはセシルの方を横目でちらりと見てから、悲しそうな顔で、


「……魔物に襲われたのは、邪悪なダークエルフを馬車に乗せたからだって……女神の罰があたったんだって言われた」


「よし、教団を今すぐ滅ぼしに行こう」


 チート解禁だ。今すぐ滅ぼそう。そうしよう。


 ふざけんな。


 それが助けてもらった奴らの言うことかよ。


「セシル、『古代語火球ファイアボール』の使用を許す。『イトゥルナ教団』の支部を吹っ飛ばそう」


「そんなことしないでくださいっ!」


 セシルは慌てて、僕の手を掴んだ。


「わたしはなに言われたって気にしませんっ。ナギさまの目的は『力を隠して役立たずの振りをして世間を乗り切ろう』ですよね? そんな派手なことしてどうするんですか?」


「今回だけ。こっそり焼くだけだから」


「わたしが困ります。ナギさまの気持ちは嬉しいですし、れ直したのでやめてください」


「……ちぇ」


 人畜無害な同人ゲームクリエイターを怒らせたらどうなるか思い知らせてやろうと思ったのに。


 自分のサイトが炎上した時でも、こんなに頭には来なかったんだ。


「で、リタはそれ言われたあと、どうしたんだ?」


「いやー、それがちょっと切れちゃって。つい、司教さまを外道げどう呼ばわりしちゃった。えへへ」


 そこ、照れるところじゃない。


「うっかり『神聖系のスキル』を封印されちゃった。ははは」


 そこ、笑うところでもないから。


「いやー、私、自分じゃもうちょっと大人だと思ってたのよねー。でも、セシルちゃんにひどいこと言われて、同行してた神官たちからも『お前のせいだ! どう責任を取るつもりだ!?』って責め立てられて、気がついたら叫んじゃってたの……『この外道!』って。

 そしたら司教さまに『そこまで言うなら、その冒険者に報酬を支払うことを考えてもよい。しかしお前は暴言の罰として封印を受けよ』って言われたの」


「リタは自分から『神聖力』の封印を受け入れたってこと?」


「なのよねー。で、司教さまと副司教と他の神官長たちがもう一度話し合った結果が」


「やっぱり払えない?」


「よくわかったわね」


「で、リタはまた、司教を外道呼ばわりした?」


「ううん。回し蹴り食らわしただけ」


 そりゃクビになるだろ。


 退職時にやっちゃいけないことベスト3に入るぞ、それ。


「大丈夫、当ててないもん。趣味の悪いお髭をかすめただけだもん。勝手に目を回した司教さまが悪いんだもん。あと、ちゃんと爪先洗って綺麗にしてきたもん!」


「それでも駄目だってば。それと最後のはどうでもいいから」


「あとは、教団のひとたちに取り押さえられて、教団支部の外に放り出されて『出て行け、クビだーっ!』で、おしまい」


 重い空気を追い払おうとするみたいに、リタは、ぱん、ぱぱん、と手を打ち鳴らした。


「……私やっぱり、勘違いしてたの」


 リタは長いためいきをついた。


「わかっちゃった。自分は神官長なんか向いてなかったんだなぁ、って」


「教団の方に問題があるだろ、それ」


「ううん。司教さまに回し蹴りをしたとき、自分が教団の中ですっごい無理してたことに気づいたんだもん。教団の方に問題があったってうまくやってける奴はやってける。でも、私はそうじゃなかったってこと。遅かれ早かれこうなってたのよ、きっと」


 リタは、うーん、と背伸びをして、さっぱりした顔で言った。


「今気づいてよかったのかも。10年後とか20年後に気づいてたら取り返しがつかなかった。もっと絶望してたもん、きっと。人生がたがたになるくらいにね。これでよかったのよ」


 そっか。


 まぁ、やっちゃったもんはしょうがないし、本人が納得してるならそれで。


 ……あれ? なんで僕の前にひざまづいてるんだ?


 僕の手を大切そうに捧げ持って、唇で触れて──って、なにしてんの?


「『契約』の名のもとにナギを我が主と認め、この身と心、魂を捧げ、奴隷としてお仕えすることを、ここに誓います。願わくば来世でもこの縁が途切れませぬように」


「……リタ?」


「この首輪が見えない」


「見えるけど?」


「これが『契約』が発動した証。教団をクビになった時点で、ナギに約束した報酬を支払えなくなったから、私はもうひとつの約束『払えなかったら奴隷にでもなんでもなる』を果たさなきゃいけなくなったの。この首輪が、その証。『契約』の結果よ」


 そう言って、リタは僕の左手の指輪に触れた。


 セシルと契約したときにできた赤い水晶玉の隣に、同じサイズの、桜色の水晶玉ができてる。


 ──って、いつの間に!?


「ほらね、ナギにもしっかり『契約』のあかしが生まれてる……」


 リタは立ち上がり、なぜかほっぺたを赤くして、ちらり、と僕を見た。


「覚悟は決めてきたわよ。さぁご主人さま! どんとこーいっ!」


 僕より少しだけ背が低いリタ。


 金色のふわふわ髪を指にまきつけながら、真っ赤になってうつむいてる。


 緊張してるのか、肩が震えてる。細い首に巻き付いた首輪の金具が、ちりん、と鳴ってる。


 ローブの下で、弾力のありそうな胸が揺れてる。


 素手で『レヴィアタン』とやりあってたリタは、格闘系のスキ持ち。鍛えてるせいか、身体は引き締まって、でも、出てるところはしっかり出てる。思わず視線を奪われて、自分が彼女の胸のあたりから腰のあたりまでじっくり見てることに気づいて、あわてて僕は目をそらす。


「ど、どんとこーい、じゃねぇ! 勝手に覚悟決められたって困る!」


「私だって悩んだわよ。すっごく考えたわよ!」


「僕の奴隷になるなんてまっぴらって言ってただろ!」


「口に出して言っちゃったから『本当にそうかなー』って、具体的にイメージしちゃったんじゃない! ナギやセシルちゃんと一緒にいるところとか、あんなことやこんなこと。そしたら……」


「そしたら?」


「……ナギが相手なら嫌じゃなかったんだからしょうがないじゃない……どうしてくれるのよ!? こんな気持ちになったのはじめてなんだから! 責任取れご主人様っ!」


「そんな上から目線の奴隷がいるか!」


「教団のことしか知らなかった私に、外からの視点を教えてくれたのはナギでしょ。助けてくれたし、忠告までしてくれた。こうやって話だって聞いてくれてる。それに……あんたが奴隷を大切にしてくれるってことは、セシルちゃんを見ればわかるもん! だからいいんだもん!」


「……いいって言われても」


「それに、他に行くところないし!」


「そっちが本音かよ!」


「ナギはこれから冒険者をやるんでしょ? 私、神聖系のスキルは封じられてるとはいえ、格闘系のスキルは健在よ。セシルちゃんが後衛、私が前衛で戦えばバランスはいいと思うけど?」


 言われて思わず言葉に詰まった。


 僕の目的は『なるべく全力を出さずになんとか生き延びること』だ。


 別に魔王を倒したいわけじゃないし、冒険者のギルドのトップに立ちたいわけでもない。


 安全な採取系のクエストをやって、その間にスキルを集めて、働かなくても生きていけるスキルを作り出すこと、それが僕の最終目標。


 でも、それはそれとしてこの世界、どうしても戦闘能力は必要だ。


 セシルの『古代語詠唱』は問答無用のチートスキルだけど、その分、詠唱速度を犠牲にしてる。


 魔法が発動するまでの時間を稼いでくれる人が必要なんだ。


 それはギルドで誰かとパーティを組めば済むことだけど、そしたら今度は仲間から「お前たちのレアスキルはどうやって手に入れたんだー?」って探られることになるかもしれない。話がわかって、信じてくれて、しかも信じられる仲間──そういう人が簡単に見つかるとは思えない。


 その点、リタならぴったりだ。


 少なくとも奴隷『契約』してる。リタは僕の命令には逆らえない。


 戦闘能力はこの間見せてもらった。セシルもリタになついてる。


 僕が異世界から来た「来訪者」だって告白しても、気にしなさそうだし。


 綺麗だし。


 僕は大きい胸にも興味がないわけじゃな──って、それはいいとして!


 これ以上ないっていうくらいの条件なんだけど、あーなんだろ。


 この「やってしまった」感。


「わたし、リタさんのこと、好きですよ?」


「セシルちゃああああああああんっ! 大好き」


「でも、決めるのはナギさまです」


 びしり


 セシルは思わず抱きつこうとしたリタを、すっぱりと斬って捨てる。


 このあたりは『契約』の問題だから容赦ないのか……。


「……僕がどうしても嫌だって言ったら?」


「その時は……ナギが私を誰かに譲り渡すってことになるわね。もう主従契約は成立してるんだから」


「……はぁ」


 僕は頭をかいた。


 考えてみれば、もう『契約』は成立してるわけで、その拘束力は僕にも働いてる。


 僕はリタを受け入れるか、別の人に売り渡すかの二者択一。


 そのどっちを選ぶかっていえば、答えなんか決まってる。


 でも、なんか引っかかるんだよなぁ。


 あれだけ教団にこだわってたリタにしては、あっさりしすぎというか。


「あのさ、リタ。なにか隠してな──」


「失礼します。耳寄りなお話をお持ちしました」


 ノックもなしに、部屋のドアが開いた。


 入ってきたのは、宝石をあしらった神官服を来た男の人。


「『イトゥルナ教団』副司教のアルギスと申します。『契約』の話をしに参りました。そこにいる少女リタ=メルフェウスを、私に買い取らせていただきたい」

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