第185話「ご主人様とチート嫁と親友(+聖女さま)の『ダンジョンおよび新人研修攻略会議』」
──保養地ミシュリラの別荘 ナギ視点──
夕方。
僕とレティシア、カトラス、アイネとラフィリアは、別荘のリビングに集まっていた。
セシルたちはまだ、聖女デリリラさまの迷宮にいる。人魚さんが起きて話してくれるのを待ってるらしい。
あっちにいるのはセシル、リタ、イリス(シロ)、そして聖女さまと、人魚のソーニアだ。
2手に分かれていても、僕たちは『
だからメッセージを介して、リアルタイム遠隔会議をすることにした。いろんな情報が集まったからね。これからどうするのか、みんなで話し合っておいたほうがいい。
聖女さまの意見は、セシルがメッセージとして送ってくれることになってる。
こっちの参加者は僕。あとはアイネを通じて、レティシアも参加する予定だ。
『送信者:ナギ(受信者:セシル・アイネ)
本文:じゃあ、はじめるよ。まずは僕たちの方で集めた情報を伝えるね』
僕たちとアイネたちが集めた情報を、僕はまとめて送信した。
・まず前提として、僕たちは『魔竜のダンジョン』を探している。
それがどんなものか知っておきたい。危ないようなら封じたい。
・地図によると、この町の『新人研修』は『魔竜のダンジョン』の近くでやっている。
僕たちがダンジョンを探索するためには、こっそりやるしかない。
・その『新人研修』は、人魚さんを住処から追い出してる上に、研修を受けた人をおかしくさせる。
『新人研修』の主催者は「ヒルムト
その人のことはレティシアが知ってた。武をもってなる貴族で、人が休暇を取るのが大嫌い。保養地などというものは人を堕落させる、というのが持論だそうだ。
・貴族がからんでいるのせいで、研修を受けると補助金がもらえる。
研修を受けた人は強くなる。でも、応用が利かなくなる。
研修の内容は……思い出すと不快になるので、繰り返さない。
・結局、新人研修の目的は不明。これだけは、まだわかってない。
ナギ:『と、いうことで、ここまででなにか意見はある?』
デリリラ:『おかしいよね!? 君たち。一体どんな情報収集をしたの!?』
セシル経由で聖女さまが叫んだ。
メッセージの方も、聖女さまの怒った顔と、「
ナギ:『どこかおかしいですか? 聖女さま』
デリリラ(セシル経由):『あのね。みんなで人魚さんを助けてから、1日しか経ってないよね? こっちの情報は人魚のソーニアちゃんの「新人研修がこわい」といううわごとだけだよね? それなのに、どうして研修の情報とか、ぜんぶ
そんなこと言われても。
急にみんながやる気を出して、情報収集と分析をはじめたからね。
あっという間に、必要な情報が集まっちゃったんだ。
ナギ:『でも、まだ
レティシア(アイネ経由):『そうですわ。向こうが「研修」にこだわる理由もわかっていませんわ。それに、「研修」を受けただけで、人があんなふうになってしまう理由も』
デリリラ:『人が変化する理由については、デリリラさんの方に心当たりがあるよ』
聖女さまはセシルたちを見回して、えっへん、と胸を張った(セシル談)。
デリリラ:『人が踏み込んではいけない、「呪われた土地」というものがあるんだよ。もしかしたら「新人研修」は、その場所で行われているのかもしれない』
ナギ・レティシア:『『呪われた土地 (ですか)(ですの)?』』
デリリラ:『そうだよ。人間以上の存在が、大きなうらみを抱いて死んだりした場合、残留思念がその土地に影響を与えることがあるんだ。いわゆる「呪い」のようなものだね』
ナギ:『……だからその土地で「研修」を受けた人が、おかしくなっちゃうんですか?』
デリリラ:『ああいう土地では、人間は精神が不安定になるからね』
確かにアイネの情報にも「人魚の住処に踏み込んだ漁師さんが正気をなくした」ってあったけど。
ナギ:『もしもそんな場所で……無茶苦茶きつい「研修」なんかやってるとしたら……』
人格が変化してしまうのも、無理ないよな。
それに、僕たちは以前に『天竜の残留思念』と出会ってる。あのときは『残留思念』が怒ってたせいで、魔物が
たとえば、もっと荒ぶった存在の残留思念がいて、土地に影響を与えてるとしたら……。
──確かにそれは『呪い』なのかもしれない。
ナギ:『3つ、疑問があります』
デリリラ:『うむ。言ってみたまえ』
ナギ:『人魚さんは、どうしてそんなところに住んでるんでしょうか?』
デリリラ:『それは彼らが、楽しく遊ぶ種族ことで「浄化」する種族だからだよ』
ナギ:『楽しく遊ぶことで──浄化?』
デリリラ:『そうだよ。人魚たちは文明を持たない。彼らは無邪気に楽しく遊ぶのが仕事なのさ。彼らは「楽しさ」とか「愉快な気分」で、呪いや恨みを中和するスキルをもってるのさ』
……
デリリラ:『だからデリリラさんはソーニアちゃんをみつけたとき、やばいって思ったんだよ。人魚を泣かせてはいけない、ってのは、異種族に詳しいものにとっては常識だからね……』
ナギ:『ここが保養地なのも、浄化に関係があるんですか?』
デリリラ:『可能性はあるね。だからこの土地に来た人は、のんびり楽しくすごさなきゃいけないんだよ。そこで大忙しの「新人研修」をするなんて、まったく理解できないよ』
レティシア:『ナギさん……人魚に生まれたかったんではありませんの』
人の心を読まないように、
ナギ:『ふたつめの質問です。聖女さまは、その土地に行ったことはありますか?』
デリリラ:『ないよ』
聖女さまは首を横に振った。
デリリラ:『デリリラさんは肉体を持たない霊体だからね。呪いみたいなものに影響を受けると、後が大変なんだよ。肉体を持つ人なら、身体を休めて浄化するって手があるけど、デリリラさんだと精神に直接影響を受けちゃうからね。近づけないんだよ』
となると、聖女さまに頼るわけにはいかないか。
あんまり危ないところにみんなを連れて行きたくないんだけど。
でもなぁ、このまま放置して、以前この町に来たときの『ヒュドラ事件』みたいになっても困るな……。さすがに『魔竜クラス』のものが現れたら、僕たちだって手に負えない。さらに呪いがあふれだしたら、聖女さまもここに住めなくなるかもしれない……。
ナギ:『最後の質問です。その土地で「新人研修」を主催してる方は、どうやってその呪いに耐えてるんですか?』
デリリラ:『わからないな。レジストする力を持ってるのか、影響を受けないような
ナギ:『たとえばどんな人ですか?』
デリリラ:『そうだね……』
聖女さまは空中で
デリリラ:『強い浄化の力──「神聖力」を持つ人なら、そういう土地でも平気だろうね』
リタ:『はい。聖女さま』
リタが手を挙げた。
デリリラ:『竜の血を引く人にも呪いは効かないよ。ほら、そういう人は竜のプレッシャーにだって耐えられるからね。特に好きな人と繋がってる人は、精神的にむちゃくちゃ安定するからね』
イリス:『承知いたしました。おまかせください』
イリスが手を挙げた。
デリリラ:『……竜から『勇者』や『英雄』として認められた人も大丈夫だね。そういう人もやっぱり、超越存在のプレッシャーに耐えられるだろうからね。でもそんな人、この中にいるわけ……』
ナギ:『はい』
僕は手を挙げた。
デリリラ:『……そ、その勇者と魂で繋がってる人も抵抗力があるね』
セシル、リタ、アイネ、イリスが手を挙げた。
デリリラ:『…………それからぁ。竜に家族として認められている人も、呪いは効かないと思う。なんせ、超越存在に認められてるわけだからね。加護を受けてるようなものだよ』
リタ、アイネ、イリスが手を挙げた。
デリリラ:『………………もう、好きにしたらいいんじゃないかな』
なんで怒ってるんですか聖女さま。
ナギ:『心配してくれてるんですよね。聖女さま』
デリリラ:『ふーんだ。君たちが規格外だってことを忘れてただけだよーっだ。この調子で世界とか救っちゃえ。レティシアくんが王さまになって、ナギくんが影の支配者になれば、世界はもっとやさしくのんきになると思うよ』
ナギ:『それだと僕がやさしくのんきに生きられなくなるので嫌です』
デリリラ:『こっそり影で世界を支配できる能力とか身につければいいじゃない』
ナギ:『それは……』
「こっそり」「世界」を「支配する」スキル、とか?
そりゃ素材があったら作ってもいいけどさ。どんだけ魔力がいるんだろうね。そのスキル。
「……それはさておき。とにかく、結論は出たな」
『新人研修』が行われている場所の調査に行くことができるのは、僕とセシル、リタ、アイネ、イリスの5人。
レティシアとラフィリア、カトラスは支援をお願いすることになる。シロはまだちっちゃいから、影響を受けることも考えて支援組に。レギィはデリリラさんと同じ精神体だから、やっぱり支援組ってことになる。
ナギ:『聖女さま』
デリリラ:『なにかな?』
ナギ:『あとで地図を見て、「呪い」が影響してる範囲を予測してくれませんか?』
デリリラ:『わかった。それから、これを持っていきたまえ』
セシルから画像つきのメッセージが届く。
映ってるのは……円盤状の、銀色の板だった。
デリリラ:『これはデリリラさんが聖女時代に、呪いにかかっていた人を助けるために作ったものだよ。この
聖女さまは言った。
デリリラ:『呪われた場所に入ったら、この銀盤を起動するといい。そうすればしばらくの間……3ヶ月くらいは、呪いの影響を抑えることができる。「新人研修」を受けた人を正気に返せるよ』
ナギ:『ありがとうございます。聖女さま』
デリリラ:『気にすることはないよ。元々デリリラさんが、君たちを巻き込んだんだ』
霊体の聖女さまは肩をすくめた。
デリリラ:『人任せは好きじゃないんだけどね。でも、君たちなら安心だ。ちゃんと報酬は用意しておくからさ、お願いするよ。この土地を守る、聖女デリリラの名にかけて』
ナギ・レティシア:『『了解!』』
『ことこと、こと』
デリリラ:『おや。ゴーレムくんだ……ふむ、ふむふむ』
通信の向こうで聖女さまがうなずいてる(セシル談)。
デリリラ:『人魚のソーニアちゃんが目覚めたってさ。ちょっと話してくるね。また連絡するねー』
そうして僕たちは、通信を終えた。
「……ふぅ」
意識を現実に戻して、僕はリビングの椅子で力を抜く。
テーブルの向こう側の椅子には、アイネとレティシア、ラフィリアとカトラスが座ってる。
聖女さまと話した内容は、アイネ経由でみんなにも伝わってるはずだ。
あとはこっちで話し合って、具体的な作戦を詰めよう。
僕たちの目的は『魔竜のダンジョン』の調査。
そこに『残留思念の影響』──呪いのようなものがあるなら、聖女さまの力で浄化しておきたい。
これ以上『新人研修』が暴走したら困るからね。研修関係の人は、港町イルガファにもちょっかいを出してきてるし。あそこには僕たちの家がある。おだやかな生活を邪魔されたくない。
それに、領主さんはイリスの父親でもあるし、新領主のロイエルドもいい子だからね。
「……別に『研修』したいなら、勝手にやっててくれてもいいんだけど。でも、人魚さんたちは、住処に戻してあげたいな……」
ブラック労働があふれてるこの世界だからこそ、ただ遊んで歌うだけの種族ってのがいてもいいと思うんだ。
「そうなの。人魚さんは絶対、
「さすがマスター。わかってるです!」
「ボクも……いえ、フィ、フィーンも同意見でありますよ」
「…………ですわね」
アイネとラフィリア、カトラスとレティシアもうなずいてる。
やっぱり、みんな優しいな。人魚さんに同情してるみたいだ。
……全員そろって、なんだかほっぺたを赤くしてるのが気になるけど。
「こりゃー! 主さま。我は不満があるぞーっ!」
と、思ってたら、魔剣からレギィが飛び出した。
赤いツインテールを揺らして、僕の膝に飛び乗る。
「なんで! 我が居残り組なのじゃ! 我は主さまの愛剣じゃぞ! 主さまが危険な戦いにおもむくというのに、置いていかれるのは精神的にむちゃくちゃきついのじゃぞーっ!!」
「しょうがないだろ。精神体のレギィは呪いの影響を受けちゃうんだから」
肉体を持ってる人なら、そっちに刺激を与えることで、土地の呪いを解除できる。僕たちと戦った商人さんの奴隷も、ぐっすり眠ったら少しだけ回復したらしいし。
でも、デリリラさんやレギィのように、肉体を持たない人は、一度精神をやられてしまったら解除がむちゃくちゃ難しい。身体に刺激を与える、ってことができないからだ。
デリリラさんは肉体がないし、レギィの身体は、いわば魔力で作った分身だ。
剣本体に刺激を与えて回復──ってのができるかどうかわからない以上、レギィを連れて行くわけにはいかない。今回は、僕も普通の剣を持っていかなきゃいけないんだ。
「お前だって僕の家族みたいなものなんだから、呪い──つまり、病気になりそうなところに連れて行けるわけないだろ?」
「……そう言われると弱いのじゃが……」
「お前はレティシアたちと一緒に、僕たちをバックアップしてて。お願いだからさ」
僕はレギィのおでこをなでた。
レギィは僕の膝の上で、しばらくほっぺたをふくらませていたけど──
「そういうことなら、仕方ないの」
「わかってくれた?」
「ならば我がちゃんと主さまをバックアップできるように、強化しておくれ」
レギィはまっすぐ僕の目を見て、言った。
「ほら、以前、我に『お着替え補助』をインストールしたであろ? あれを『ちぃとすきる』に変えて欲しいのじゃ」
「いいよ」
僕はそう言って、レギィの頭をなでた。
確かに、そろそろレギィも強化していい頃だよな。マジックアイテムの『再構築』するのに慣れて来たから。
「ラフィリアさんもスキルが増えたので『再構築』してみたらどうかな?」
アイネが言った。
「あの『保護色マント』を強化すれば、もっと便利になるかもしれないの」
……なるほど。
レギィとラフィリアの強化、か。
そうすると『
「……その手があったか」
僕は、前に使った『
あれは『能力再構築』のレベルが上がった時に増えた、使い切りのスキルだ。あれを使って僕とセシル、リタで合体して、浄化の巨大魔法を作り出したんだ。
聖女さまの話によれば『神聖力』を持つ者は、呪いに抵抗力がある。
そして『神聖力』は呪いの解除にも使われる。
もしも、もう一度『能力交差』に目覚めることができれば、『新人研修』の現場を一気に浄化できるかもしれない。
「「「「「なるほどっ!!!!」」」」」
僕がそう言うと、みんなが、ぽん、と手を叩いた。
「さすがはなぁくんなの。すごいの」
「そういうことなら、予備のスキルを差し上げますわ」
「では、汗を流せるように、ボクとフィーンはお風呂の準備をするであります」
「わくわくしますねぇ」
「うむ。見せてもらおうか! エルフ娘よ!」
そんなわけで全会一致。
『能力交差』が目覚めるかどうかはわからないけど──とりあえず、できることはやっておこう。
──保養地周辺のとある場所で──
「『準勇者』は何人できあがったのだ?」
とある部屋の中で、男性は言った。
「予定が詰まっているのだ。早く報告しろ」
「『新人研修』の成功例は3名。うち2名が、『勇者に次ぐもの』と言ってもいいかと」
「まったく、本物の召喚者は使いにくくて敵わない。ギルドの使用料も高くなった。いずれにしろ、新しい人材を確保すべきだな」
「おおせのままに」
「ところで、人魚の住処の探索はどうなっている?」
「……外にいる人魚たちが歌わなくなりましたので」
「『浄化の歌』が効くのは船の中──我が部屋までか。プール付きの屋敷を建ててやると言ったのだろう? まったく、亜人とはものの価値がわからない奴らだ」
「いずれは──さまの慈悲に感謝することでしょう」
「そうだろうな。いずれにせよ『準勇者』を数多く作り出せば、王家も評価してくださるだろう。今──では、評価によって王家に縁続きになるということがはじまっているのだから」
「評価──」
「なにか不満か?」
「いいえ」
フードをかぶった影は、首を横に振った。
「いずれにせよ、自分はあなたに忠誠を誓っております。武辺により、やがて魔王を倒すお方である、あなたに──」
やがて小声で話し始めた2名の会話を、波の音がかき消した。
遠くから気合いの入ったかけ声が聞こえる。男性は満足そうにうなずく。
「つらいのは今だけ、ここを乗り越えれば強くなれる。わかりきったことだ」
「…………」
フードの影は答えない。
やがて風が強くなり、沖に停泊した船を、ゆっくりと揺らし始める。
「……よくあることだ。これを乗り越えれば強くなれる」
さきほどと同じ言葉を口にしながら、男性はグラスを傾ける。
船の中に詰め込まれた『研修生』たちのことを──彼の主観で──たっぷりと思いやりながら。
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