第184話「聞き上手ラフィリアと、アイネによる『季節料理ふるまい計画』」
──アイネ・ラフィリアチーム──
「なぁくんから『
「どういうものなんですかぁ?」
「……あんまり、言いたくないの」
アイネは口ごもった。
ナギが商人のカイマルから聞き出した『新人研修』の内容は、アイネにとってもかなり不快なものだったからだ。
・『お互いを否定しつづけて、邪魔な人格を破壊する』
・『人前で秘密をさらけだして共有することで、互いに裏切れなくする』
・『矛盾した命令を出して混乱させることで、命令を受け入れやすい精神状態にする』
「──こんな話を聞いたら、なぁくんが怒るのも無理ないの」
「研修を受けさせられてるのは商人さんの護衛や、従業員さんなんですよね?」
「うん。雇い主の命令で馬車に乗せられて、海の方へ運ばれていくらしいの。研修は船の上で行われているんだって」
「逃げられないように……でしょうかねぇ」
「たぶんね……」
アイネは、はぁ、とため息をついた。
「それと、聖女デリリラさまは、なぁくんに『人魚さんを海に戻してもらうクエスト』を依頼するみたい。なぁくんはきっと、それを受けると思うの」
「マスターにとって聖女さまは、大事なお友だちですからね」
「……なぁくんには保養地でのんびりして欲しかったのに……」
「そういえば今回の『お休み旅行』の予定は、アイネさまが立てられたのですよね? 予算を組まれたのも、スケジュールを考えたのも」
「……うん」
アイネは、ぽつり、と答えた。
ラフィリアの言葉には上の空で、ぼんやりとモップをいじっている。
「アイネさま?」
「……とにかく、『新人研修』の人たちは、迷惑なの」
アイネはきっぱりと言った。
「なぁくんが探してる『魔竜のダンジョン』の近くで研修なんかされたら、落ち着いて探索できないの。情報を集めて、なんとかするの。でないと、アイネは──」
「わかったです!」
ラフィリアはアイネの手を握った。
「だから、冒険者ギルドでの情報収集が大事なのですね」
「う、うん」
「あたしもがんばるです。マスターからアイテムをもらったですから!」
そう言ってラフィリアはつま先立ちになり、くるり、と一回転。
背中につけた青いマントが、ふわり、と揺れる。
「マスターが港町の『隠し市場』で見つけたマントです! これとあたしの
「巧みな話術?」
「ええ、マスターやイリスさまと話し合って、あたしにぴったりの話術を開発したです!」
「それは期待できそうなの」
「ふふふ、見せてさしあげましょう!」
ラフィリアはマントをなびかせ、空に向かって
「イルガファ領主家のうわさ話をあらいざらい引き出した、あたしの巧みな話術。名付けて『ラフィリア聞き上手モード』ですぅ!」
そしてアイネとラフィリアは、保養地の冒険者ギルドに乗り込んだのだった。
──冒険者ギルドにて・ラフィリア視点──
「まぁ、それは大変魅力的なお話ですねぇ」
ラフィリアは言った。
ここは、冒険者ギルド。その1階にある酒場。
席に座って、のんびりお茶を飲むラフィリアを、数名の女性が取り囲んでいた。
「──ですから、特別な人には、それにふさわしい特別な『研修』が必要なのですよ。私にはわかります。あなたには、特別な気配を感じるんです」
「とても耳よりなお話ですねぇ」
「そうでしょう!?」
ラフィリアを囲む女性たちが、ぽん、と手を叩いた。
「こんなに熱心に耳を傾けてくださる方ははじめてですよ」
「天性の聞き上手というのはいるのですね」
「それで、続きをお話してもいいかしら。あの『新人研修』は、ですね──」
「うんうん。興味深いですー」
「「「そうですかー」」」
そうして3人の女性たちは話し始めた。
ラフィリアを彼女たちが取り囲んだのは、ギルドに入ってすぐのこと。アイネとは、ギルドの入り口で別れている。
アイネの方は元ギルドマスターだったつてをたどって、資料を見せてもらうことになっている。
いかにも『ひまですー。おしごとさがしてますー』って感じでお茶を飲み始めたラフィリアを、3人の女性たちはあっという間に取り囲んでしまった。
ギルドには他にも冒険者がいるが、騒がしい女性たちを横目で見るだけでなにも言わない。ラフィリアに「早く立ち去った方がいい」って、ハンドサインを送ってくるだけ。
けれどラフィリアは気にしない。
こんな勧誘なんか、港町イルガファで受けた『
それに今のラフィリアは自分が何者で、なにを望んでいるかもわかっている。アイネも──大事な仲間も見守ってくれてる。チートスキルもある。今のラフィリアには、怖いものなんかない。
ラフィリアの目的は『マスターにのんびりしてもらうこと』
そのための情報収集なら望むところ。
だってそれは、自由な
(それに……なんだか不思議と力がわいてくるようなのですぅ)
「──は──。ですから──」
「そうですよ──受けた人は──強く──」
「あなたも他の方たちと──に──つまり──」
ラフィリアは、女性たちの話をほとんど聞いていない。
イリスと共に開発したマジックワード「大変魅力的」「とても耳より」「すごく興味深い」を、話の合間に繰り返しているだけだ。
話の内容はこっそりアイネが『意識共有・改』でナギに送っているはず。
ラフィリアはただ、お茶を飲んで座っているだけの簡単なお仕事だ。
(そしてさらに、まったくちっとも興味のないこのお話に巻き込まれることによって……あたしの新たな力が目覚めるはずです!)
ナギとも、正義ともまったく関係のない、退屈な勧誘。
それに耐えることによって──ラフィリアはついに、新たなスキルに
『聞き流し LV2』
『話』の『内容』を『無視する』スキル
まわりの雑音めいた話を、意識から閉め出すスキル。
勧誘だろうが悪口だろうが、完全に無効化してしまう。
天然で、のほほんとした人が習得しやすい。
(ふふふ。これであたしは……マスターと……)
ラフィリアはほくそ笑む。
(デリリラさまの「人魚さんを海に戻してもらうクエスト」をクリアするために、マスターは謎の『新人研修』を調査するはずですぅ。つまりそうなると
「よし。用事は済んだです!」
そう言ってラフィリアは席を立った。
「「「──はっ!?」」」
熱心に勧誘していた女性たちが口を押さえた。
「……わ、私たちは、どこまで……話を?」
「……い、いつの間にこんな時間に? 時が……飛んでしまったような」
「……なんなんですか、このエルフ少女は……話しているうちに私たち……余計なことまで……?」
3人は顔を見合わせる。
勧誘役の女性たちは、ラフィリアの天然っぷりに油断させられていた。勧誘方法としては、なにも間違っていないのだけど、あまりに相手が無防備すぎた。あらゆることに『魅力的』『耳より』『興味深い』という反応を示すエルフの少女に、釣り込まれてしまったのだ。
『脈がある相手は逃がすな』
──一瞬、彼女たちの脳裏に、言葉が浮かぶ
しかし、目の前のエルフ少女は立ち去ろうとしている。まるで、それが最初からの予定だったかのように。
女性たちはラフィリアの首筋に視線を向けた。
革製の首輪が目に入る。このエルフ少女は奴隷だ。
奴隷ならば、それに対応した勧誘方法を──
「と、とにかく、『研修』を受ければ、あなたはもっとご主人様の役に立てるようになりますよ」
「結果を出せば、すぐに解放してもらえるかもしれません」
「役に立つ奴隷になれば、ご主人様も満足して──」
慌てたように女性たちは口走る。
けれど──
「あたしのマスターは『役に立つ奴隷』なんか求めてないですよ?」
ラフィリアは、きょとん、と首をかしげただけだった。
「だってマスターは、したいことを見つけたら、いつでも解放してあげる──って、そんなことを言ってくださる方ですから」
勧誘役の女性たちは、思わずあとずさった。
奴隷だというのが信じられないくらい──ラフィリアの笑顔が澄み切っていたからだ。
「もしもマスターがあたしに、この『新人研修』を受けて欲しいと言うなら──あたしに『そういうものになれ』と言うのであれば、あたしは喜んで研修を受けますよー。それだけなのです」
(……まぁ、そういうあたしになったら……それはそれでぞくぞくしますねぇ)
思わず背筋を這い上ってくる謎の感覚に、ラフィリアは身体を震わせる。
(マスターの命令が下るまで直立不動で待つだけ……着替えも……食べるのも……お風呂で身体を洗う順番さえ、マスターの意のまま。それはそれでぞくぞくするですけど……マスターはそういうのを喜ぶお方じゃないですからねー)
「貴重なお話、ありがとうございました……えっと」
最初の方だけは聞いていた。
ラフィリアは唇に指を当て、その部分を思い出すかのように──
「研修は5泊6日。2日に1回、貴族の方とお目通りする機会がある、でしたね」
「そ、そうです」
「あたしのマスターは、貴族の方のなさることに興味をお持ちなのですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、ですから、あなた方のお話にも興味を持ってくださるはずです」
嘘は一言も言っていない。
ラフィリアのご主人様は、彼女たちが勧める『新人研修』にとても興味を持っている。もっとも、彼女たちが求める『興味』とは、逆方向のものかもしれないけれど。
勧誘役の女性たちの顔が青くなる。
彼女たちは自分たちがどこまで話したのかを覚えていない。
適度なところで囲んで、別の場所に連れて行くはずだったのに、どうしてここまで話してしまったのか……。
「それでは、あたしはもう行くです。魅力的で、有意義で、興味深いお話、ありがとうございましたぁ」
「ま、待ってください!」
女性たちが慌てて立ち上がり、ラフィリアに向かって手を伸ばす──
ずるっ。
その足が、滑った。
3人まとめて同時に足をとられ、思わずテーブルにしがみつく。
床を見ると──足が、ぬるり、としたものを踏んでいた。誰かが水をこぼしたのだろうか? でも、こぼれている液体は青い。それに、かすかに動いているような……?
「ああ、あたしが落としたマントを踏んじゃったんですねぇ」
そう言ってラフィリアは、床の上からマントを拾い上げた。
そのマントの裏地から、青いものがはみ出しているが、勧誘の女性たちは気づかない。
彼女たちはラフィリアから距離をとって、唇をかみしめている。
口々につぶやく。「しゃべらされた」と。
この相手は、自分たちの扱い方をわかっている──と。
(マスターから、商人の護衛さんの話を聞いておいてよかったですぅ)
ラフィリアはひそかにうなずき、話を続ける。
「大変有意義なお話でした。ぜひとも、主催者のお名前をおうかがいしたいですねぇ」
「……ヒルムト侯爵は『保養地』という存在がお嫌いで──」
「……おやめなさい!」
自然なままに語ろうとした女性の口を、もう一人の女性が塞いだ。
その隙にラフィリアは外へと駆け出す。潮時だろう。これ以上、話を続けると実力行使が来そうだ。せっかく遊びに来たのに、町を荒らすわけにはいかない。
「とぅ!」
マントをなびかせて、ラフィリアはギルドを飛び出した。
「待ちなさい!」「と、とにかく話を」「連れて行くのです。そうすればなんとでもなります!」
思った通り、女性たちは追ってくる。ラフィリアはマントを振り回しながら走っている。向こうからはいい目印だろう。こっちに気を取られてくれればいいと思う。
そうすれば、ラフィリアが仕掛けたトラップに引っかかってくれるだろうから。
ぺちゃん。
「や、屋根から!?」「スライムが!?」「い、いやあああっ!」
(かかりましたぁ!)
ラフィリアは思わずガッツポーズ。
このマントは、ナギが港町で買った『使えないアイテム』のひとつだ。
マントの色が変化するように、魔法がかかっているのだ。
『
『近くにいる魔物』に『合わせて』『色が変わる』マント
魔物から身を守るために開発されたマント。
近くにいる魔物と同じ色に、布地が変化する。
ただし、色を変えるためには魔物にマントが触れていなければいけないため、身を守るのにはちっとも役立たない。
なお、開発者の
ラフィリアはずっと、マントの裏に使い魔の『エルダースライム』を貼り付けていた。
冒険者ギルドで勧誘役の女性たちが転びそうになったのは、スライムを踏んづけたからだ。
さっき外に出たときにマントを振り回していたのは、『エルダースライム』を飛ばすためだ。宙を飛んだスライムは、建物のひさしにくっついていた。その後、女性たちが追いかけてきたとき、スライムはその頭上から降ってきた。足止めには十分だ。
「さっすがマスター、面白い使い方を考えてくれるです」
人気のない路地で、ラフィリアは腕組みをして、満足そうにうなずいた。
女性たちが勧める『新人研修』がどんなものか、すでにラフィリアは知っている。あんなものが行われている場所に、むりやり連れていかれるわけにはいかない。彼女の役割はあくまでも、情報収集だ。
もちろん、マスターが許すならそのまま勧誘についていって、悪い人をやっつける『正義のエルフ』に変身してもいい。失敗して無理矢理『研修』を受けることになったとしても……ナギは、ラフィリアをかわいがってくれるだろう。
「あたしはただ、マスターと長く一緒にいられる方を選んだだけです。うんうん」
そう言って、ラフィリアはギルドがある方に視線を向けた。
「さてさて、アイネさまはの情報収集はうまくいったでしょうか? アイネさま……なんだか怒ってたようですからねぇ。心配ですねぇ」
もちろん、アイネにちょっかいを出す相手に。
そんなことを考えながら、集合場所に向かうラフィリアだった。
──アイネ視点(ラフィリアが勧誘を受けているのと同時刻)──
「さすがラフィリアさんなの……」
冒険者ギルドの資料を漁りながら、アイネは小さくつぶやいた。
ラフィリアはいつの間にか、自分の『天然』を利用する技を身につけていた。ラフィリアの『聞き流し』『聞き上手』のせいで、勧誘役の女性たちは知っている情報をすべて引き出されていた。
あんなことはアイネにもできない。まるでそれ自体がスキルのようだった。
「情報はすべてなぁくんに流したし、そろそろ
そう言ってアイネは資料のファイルを閉じた。
彼女が調べていたのは、海に住まう人魚と、その住処についての情報だ。
なにかあるんじゃないかな……という、ナギの予想は的中。人魚族の住まう地は、保養地にいる人たちにとっては『近づいてはいけない場所』とされていたのだ。
「人魚は『文明を持たない
人魚たちはただひたすら、海で歌って泳ぐ種族。
お金も、家さえも必要としない。
そんな種族が住処を追われずにいたのは、保養地の人たちと海産物の取引をしていたからだ。
中でもこの季節に獲れる『ホーンドサーペント』は保養地の特産品とされている。特に『ホーンドサーペントのかばやき』は季節の名物とされていて、『食べるととても元気になる』と言われている。思わずアイネが市場で探し回ってしまったくらいだ。
「有名だものね。『ホーンドサーペントのかばやき』って」
アイネはそう言って、ギルドの資料を棚に戻した。
「ありがとうございましたなの。資料、参考になったの」
「もういいのですか?」
ギルドの受付嬢は、そう言って『
このギルドと、アイネの故郷、商業都市メテカルの冒険者ギルドは提携を結んでいる。冒険者はどちらに登録していても、必要な資料を見ることができる。まして『ギルドマスター見習い』ともなれば、外部にも出せない資料が見られる。アイネがここに来たのは、そういう理由だった。
「ところで……あの勧誘のひとたち、ほっといていいの?」
アイネは、勧誘中の女性たちを指さした。
「……わかってます」
受付嬢は頭を抱えた。
「わかってるんですけど……ギルドマスターは手を出すなって。うちのギルドマスター……権威に弱いもんで」
「そうなの……」
だったら仕方ない。冒険者ギルドには、その土地土地のやり方があるから。
だからアイネは、話を変えることにした。
「ところで、アイネはこの町の名産を買いにきたの」
「そうですか、名産ですか」
ほっとしたように胸をなでおろす、受付嬢の少女。
「うん。『ホーンドサーペントのかばやき』って、どこで買えるの?」
「……」
「あれは、男の子をすごく元気にしてくれるんだよね? ご主人様に買ってあげたいんだけど……市場で売ってなかったの」
「……あれは、今年はちょっと……獲れないようで」
「もうひとつ。地元の漁師さんの案内で、無人島にお泊まりできるイベントがあるって聞いたの。それはどこで予約できるか、教えて欲しいの」
「……あれは、ですね。『ホーンドサーペントのかばやき』を売って、生活に余裕ができた漁師さんが企画するイベントで……ですから……今年は……」
「ん?」
「……今年は?」
「ん? んん?」
「……内緒ですよ?」
降参、とばかりに、受付の少女は両手を挙げた。
「『ホーンドサーペント』は、人魚にしか
「漁師さんが自分で『ホーンドサーペント』を獲りに行くことはできないの?」
「昔……それをやった人がいたそうです」
「どうなったの?」
「正気をなくして帰ってきた、と」
「……」
「もしかしたら人魚の歌には、人の正気を失わせる効果があるのかもしれません。あるいはその土地に、なにか秘密があるのかも。いずれにしても漁師は、あの場所へは近づかない。だからあの地ではクエストは発生しない。依頼する人間がいないからです」
「だけど今は、その土地で『新人研修』が行われているの」
「だからおかしいんです。普通だったら、あんな場所に近づかない。人魚を追い払ったか……あるいは」
「あるいは?」
「それを無効化できるほど、強くなれるのかもしれません」
「勇者になれるの……?」
「いえ──勇者に次ぐ者に」
話しすぎたと思ったのだろう。
受付嬢の少女は、それきり言葉を発することはなかった。
アイネはとりあえず、これまでに集めた情報を『
これで情報共有は完璧。あとはご主人様の判断待ちだ。
アイネはラフィリアとの合流地点に向かった。
「……まったく、計画がだいなしなの」
「どんな計画ですかぁ?」
「うん。なぁくんに『ホーンドサーペントのかばやき』をたくさん食べてもらって、みんなと一緒に無人島に行ってもらうの。アイネがみんなの着替えを『うっかり』忘れて、みんなが1日中水着で過ごすようになれば、なぁくんの理性も
合流地点に向かう途中。
いつの間にか背後に回り込んでいたラフィリアの姿に、アイネは思わず飛び上がった。
「なるほどですねー。アイネさまは『無人島でどっきり無防備解放感』作戦の、さらに上位ヴァージョンを考えていたですね」
「……ラフィリアさん」
「わかるです、わかるです。せっかくの旅行ですからね。理性を吹き飛ばして、解放感いっぱいのイベントがあってもいいと思うですよ」
ラフィリアは優しく、アイネの手を取った。
道の端に移動して、ぼんやりと視線を合わせるふたり。
「実は、アイネさまがなにを考えていらっしゃるか、あたしはわかっていました」
「……そうなの?」
「この保養地に来る前、アイネさまが
「──!?」
「わかってます。あたし、よーくわかってます」
本当になにもかもわかってるかのように、ラフィリアはうなずく。
「アイネさまはパーティの『お姉ちゃん』からレベルアップして、パーティの『おかあさん』になりたいとお考えないのですね!?」
「考えてないの!」
「いーえ、産着のデザインを考えていたときのお顔は、絶対そういう感じでした。古代エルフのレプリカたるあたしの直感です。間違いないです!」
「……そ、そんなこと」
「本当ですか? 絶対にないと言い切れるですか?」
「そ、そう言われると……ちょっとだけ……ほんの少しだけ……考えていたかもしれないの」
「そうです。アイネさまは、パーティに子どもが生まれるということを想定していらっしゃるのです。そして、アイネさまのことだから、パーティのお姉ちゃんとして、その子の面倒を見ることを考えられていたのでしょう?」
「……うん」
「でも、それは違うと、あたしは思うです」
「違う……って?」
「それはアイネさまの一面でしかないからです!」
「一面!?」
「そう、あたしには見えているです。アイネさまと、パーティの未来が」
びしり、と、あさっての方向を指さすラフィリア。
「セシルさまとリタさまの子どもをあやしているアイネさま……そのアイネさまはきっと『いけないお姉ちゃん』として、マスターと愛を交わしているです。やがてアイネさまにも子どもができるです。そうして自分の子どもが生まれたとき……アイネさまはきっと、悩むはずです。『パーティのお姉ちゃん』のままでは、自分の子どもと、他の方の子どもを区別しなければいけないことに」
「……はっ!」
アイネは思わず、メイド服の胸を押さえた。
確かにそうだ。
アイネがセシルたちの子どもの面倒を見るときは『ほーら、アイネおねえちゃんだよ』と名乗ることになる。けれど、自分に子どもができたときは? 自分の子どもにだけ『アイネおかーさんですよ』と名乗るのだろうか……?
もちろん、それは間違いではない。なにひとつ、間違ってはいない。
ただ、どこかが『違う』のだ。ほんのかすかな違いだが、違和感があるのだ。
「そうです。パーティの……いえ、『マスターのお姉ちゃん』としてセシルさまたちの子の面倒を見るのと、母親として自分の子どもの面倒を見るのは違うです。わずかな違いですが、ありあまる包容力をお持ちのアイネさまには、その違いが許せないはずです」
続くラフィリアの言葉が、まるで稲妻のようにアイネを打ち据えた。
「た、確かに、そうかもしれないの……」
かすれる声でアイネは答える。
さらにラフィリアは、びしり、と、やっぱりお空を指さして──
「その問題を解決する方法はひとつ。アイネさまがレベルアップして『パーティのおかーさん』になることですぅ! そうすれば、セシルさまの子もリタさまの子もご自身の子も──ついでにあたしの子も、みんなご自身のお子様のようなものです」
「……いまさりげなくラフィリアさんの子も混ぜたよね?」
「ああ、あたしには見えます。アイネさまがたくさんの子どもに囲まれているところが。アイネさまには見えないですか?」
「ごまかしてない?」
「見えないですか?」
「いえ……見えるような気がするの」
「そうです。アイネさまは褐色の肌の子どもと、獣耳を保つ子どもに囲まれているです。ああ、なんて楽しい光景でしょうか。目を閉じてください。たくさんの赤ちゃんがゆりかごで眠っているです。みんな、アイネさまの家族です。その子を抱いて、ミルクをあげるとき……アイネさまはなんと名乗りますか? 『お姉ちゃん』ですか。それとも『おかーさん』ですか?」
「むむむ」
アイネは頭を抱えていたけれど、やがて──
「やっぱりまだ、実感が湧かないの」
すとん、と肩を下ろして、つぶやいた。
違和感はある。だけど、対策を練るのは、やっぱりまだ早すぎるような気がした。
「そうですかぁ。では、あたしはアイネさまに実感が湧くように協力しますよぅ」
ラフィリアは小声で言った。
「つまり……それって……」
アイネはラフィリアの口元に耳を近づける。
「そうです。『マスターにホーンドサーペントをたくさん食べていただいて、無人島でどっきり無防備解放感』大作戦です!」
「……ラフィリアさん、協力してくれるの?」
「もちろんです。あたしも無人島で解放感を味わってみたいですからねぇ。もっとも、おそばにマスターがいなければ、楽しくもなんでもないですけど」
「わかったの。そのためにアイネは『人魚さんおうちに帰すクエスト』と『魔竜のダンジョン探索クエスト』をついでに片付けるの」
「そうです。マスターと無人島でどっきりすることに比べたら、『新人研修』も『謎ダンジョン』もただのついでですよぅ」
「ラフィリアさん……」
「アイネさま……」
がしっ。
アイネとラフィリアは、力強く手を握り合う。
「あ、なぁくんからメッセージが入ったの」
「マスターはなんと?」
「別荘に集合だって。情報が集まったから、『
「……ちょうどいいです。あたしたちの計画、レティシアさまとカトラスさまにも共有するです」
「カトラスさんは、フィーンさんから説得してもらった方がいいの。魔剣のレギィちゃんも協力してくれるはずなの。それでセシルちゃん、リタちゃん、イリスさんはどうするの?」
「セシルさまにメッセージを送ると、マスターにも『しーしー』で行ってしまいますからねぇ。ここは、ないしょで事をすすめましょう。あくまでも目的は、いつも難しいことを考えていらっしゃるマスターに、おもてなしをするためのものです。あとで話せば、わかってくれると思うです。だから──」
こうして、保養地の影でうごめく陰謀の、さらにその影で、奴隷少女たちの極秘計画が進められることになり──
謎の『新人研修』と『魔竜のダンジョン』は彼女たちにとって、『ついでの障害物』になってしまったのだった。
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