第95話「番外編その9『ナギとラフィリアと、人生を変える食材』」

「マスター、ちょっとつきあって欲しいのですぅ」


 シロの事件が終わった翌日の朝、ラフィリアが言った。


 今日は特に予定もないし、うん。いいかな。


「わかった付き合おう。英雄ごっこか? それとも中二病ポエム作成か?」


「英雄ごっこの方です。マスターが世界を救うダークヒーローで、あたしが大魔竜デデンゴガルガです!」


 ラフィリアは腰をかがめ、きれいなエルフ耳の横で両手を水平に構えるかっこいいポーズを取った。


「さあ勇者よ、魔竜の暗黒魔法を受けるがいい──って、違いますぅ!」


 ラフィリアはほっぺたを赤くして、僕を見た。


「あれ? 違った?」


「……マスターは、あたしをなんだと思ってるんですぅ?」


「ヒーロー好きでかっこいいのが大好きなエルフ少女だと思ってる」


「……マスターはあたしのこと、ちゃんと見てくださるのですね……それはうれしいのですが、今日はそういうお話ではないのです」


 ラフィリアはこほん、と咳払いをひとつ。


「あたしと一緒に、狩りに行っていただけませんか?」


「狩り?」


「はい。人生を変える食材──『極楽ごくらくターキー』狩りなのです!」


 狩りか。


 ファンタジーな世界のお約束だけど、そういえばやったことなかったな。


「でも、『極楽ターキー』って聞いたことないな。どんな鳥だ?」


「はい。とってもレアで美味しい鳥で。こんな奴ですぅ」




『極楽ターキー』


 野生種の鳥。極彩色の羽根がとても美しい。


 全長は羽根を広げた状態で数メートルくらい(ナギ計算による)。


 肉がとてもジューシーで美味しい。


 上昇中無敵(完全ではない)。




「……上昇中無敵?」


「はい。飛び上がるとき、矢や、レベルの低い魔法を無効化する能力があるのです。そのため、なかなか手に入らない貴重な鳥として珍重されているのですぅ」


「でも、それじゃ倒せないだろ」


 古代語魔法使ったら黒こげになっちゃうし。


 警戒心が強いなら、近づくこともできない。


「大丈夫なのです。そのへんは、あたしに考えがあるです!」


「まじでかー」


「意味はよくわからないけど、まじですー。古代の知識がたまにちょろっとよみがえる、古代エルフレプリカのラフィリア=グレイスにお任せください!」


 ラフィリア、自信たっぷりだ。


 ほわほわしてても、彼女の正体は、古代エルフが作り出した生命体だ。『極楽ターキー』の攻略法も、頭の中に残ってるのかもしれない。


「狩りはいいけど、それはクエスト? それとも遊びみたいなもの?」


 クエストだったら失敗するわけにはいかないから、全員参加にするけど。


 でも、昨日の今日でみんなを働かせるのは、ちょっと気が引けるんだよな。


「だいじょぶです。遊びみたいなものなのです」


 ラフィリアは僕を安心させるように、ぽわんぽわん、と胸を叩いた。


「実は昨日、おつかいに出たときに、近くの森で『極楽ターキー』が出没したという情報を得たのですぅ。それで、いてもたってもいられなくなっちゃったのです」


「なるほど……」


「早く行かないと、他の冒険者に狩られちゃうかもしれないです。すっごい美味な鳥さんですから!」


「そんなに美味いのか?」


「それはもう。一度食べただけで、あたしの人生が変わっちゃったくらいですから」


 ラフィリアはうっとりした顔で話し始めた。


『極楽ターキー』は滅多に手に入らない高級食材。


 だけど、ラフィリアは以前お世話になっていたパン屋で、一度だけ食べたことがあるそうだ。店主が偶然にその肉を手に入れて、照り焼きにしてパンに挟んで、店に出したとか。


 その照り焼きは、皮はぱりぱりで脂がのっていて、中は歯を少し立てると肉汁があふれ出してくるほどにジューシー。


 においだけでお腹が空くほどで、早朝店に出したら即完売だったらしい。


「それを食べたあと、あたしは世界を知るために旅に出たのです。いうならば『あたしの人生を変えた鶏肉』ですねぇ」


「ちょっと待った。完売だったらラフィリアはどうやって食べたんだ?」


「店に出す前に、店長さんが試食品を作ったのです」


「ああ、その余りを」


「はい。焦げた皮の切れっぱしをほんの少しだけくれたんですぅ! お店には出せない分ですし、かといって捨てるにはもったいないですからねぇ。店に残り物をもらいにくる猫さんとどっちにあげるか議論した結果、あたしにくれることに──」


「わかった今すぐ狩りにいこうそうしよう」


 そんなさびしい記憶をいつまでも抱えてるんじゃない。


 今回捕まえて、たらふく食べて、それで記憶を上書きしよう。


 それに、僕もその『極楽ターキー』には興味がある。


 お休み中のみんなを高級食材でもてなすのって、福利厚生っぽくていいよね。


 そんなわけで、僕とラフィリアは冒険者ギルドで情報を聞いて、狩り場へと向かったのだった。





 狩りのメンバーは僕とラフィリアだけ。


 彼女が立てた作戦によると、それで十分対応できるそうだ。


「今回の狩りはあたしの趣味ですからねぇ。他のみなさんをわずらわせるのはどうかと」


「僕ならいいのか」


「この計画にはマスターの力が不可欠ですから」


 ラフィリアは僕を見て、笑った。


「それに、マスターがいるといないとでは、あたしのやる気が『100おくまん倍』違うのです! もちろん、ご一緒してくださったお礼に、あたしがあとでご奉仕いたしますぅ」


 まぁ、いいけど。


 今は僕たちはお休みだ。


 ラフィリアは自由にしてていいし、僕だって面白そうだからつきあってるってだけだし。


 僕たちがいるのは、保養地から徒歩数時間のところにある、深い森。


 強力な魔物もいないので、狩猟にも使われているそうだ。


 ひとけがないのは時間が早いからと、『極楽ターキー』が一般人には手に負えない相手だから、だそうだ。


「……いたです、マスター」


 ラフィリアが指さす先に──虹色の鳥がいた。


 ここから少し離れたところにある木の枝に留まって、じっとまわりを見てる。


『ターキー』の名前の通り、姿は僕の世界の七面鳥に似ている。


 ただし、顔にも首にも羽毛があって、きれいなトサカがついてる。それに、羽根がすごく長い。身体の2倍くらいはありそうだ。それが日光を映してさまざまな色に光ってる。本当に虹色だ。


 ここからの距離は30から40メートル、ってところか。


 まだこっちには気づいてないみたいだ。


「気を付けてくださいです。『極楽ターキー』は敵が近づくとすぐに移動します。そして、飛ぶときに羽尾を撃ち出すです」


「羽根を?」


「そうです。それはナイフのような切れ味があり、高速で飛んでくるのですごく危険なのです」


「つまり、羽根を手裏剣みたいに使う鳥、ってことか」


「なのです。また、身体の下には巨大な爪があり、安物のカブトなら簡単に貫通してしまうです」


「わかった。それで、ラフィリアの作戦は?」


「はい。覚醒したマスターが気配を消して近づき、紙一重で羽根をかわしながら、相手の翼だけを叩き切るのです!」




 ……………………はい?




 なんでそんな期待に満ちた目をしてるんですかラフィリアさん?


 レザーアーマーの胸を押さえて、じっと顔を近づけてきてるし。


「あのね、ラフィリア」


「はい。マスター」


「……覚醒してとか……んなことできないから」


「……いいえ、できるです!」


「どうして確信を?」


「マスターはあたしの英雄だからですぅ!」


 言い切った。


 弓矢を握った手を、高々と空に掲げて。


「マスターはあたしをいつも幸せにしてくれるです。マスターの側にいるだけで、いつもさみしかった自分が、ぴったりとくつろいで、落ち着いているです。マスターとの契約の証であるこの首輪が、あたしをいつもあったかい気持ちにしてくれるのです」


 そう言って、ラフィリアは白い肌を飾る首輪をなでた。


「なので、マスターなら『極楽ターキー』なんか、あっさりと捕まえてしまうと思うです!」


 無茶言うな。


 そもそも僕はチートキャラじゃないんだから。


「みんなを連れて出直してくるのはどうかな?」


「駄目なのです。のんびりしてると、あの冒険者たちに先を越されてしまうです……」


 ……あの冒険者?


 耳を澄ますと──足音が聞こえた。


 枝の上に留まったままの、『極楽ターキー』が、向きを変えてた。


 僕たちがいるのとは逆方向を見てる。


 他にも狩りに来た奴がいたのか。


 木の根元に隠れてるけど……大人数だからか、ここからでも居場所がわかる。


 弓を持った冒険者と、魔法使い。それと盾を持ってる戦士が2人。


 がさがさと枝を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。


「噂通りだ。これを商人に売りつければひともうけ」って、声がでかすぎるだろ。ここまで聞こえてきてるってことは、鳥にも気づかれてるはず。




「KIIIIEEEEEEEE────!」




『極楽ターキー』が喉をそらして鳴いた。


 同時に、羽根を広げて飛び上がる。


 でかい。


 翼を広げたサイズは数メートルってところだ。


 大きな翼で風を起こしながら、回転して上昇してる。


 翼の下からは、小さな羽根がトゲみたいに突き出ている。


『極楽ターキー』がはばたくと、それが一斉に発射されて──


「隠れろ。ラフィリア!」


 僕はラフィリアを抱えて、木の陰に転がった。


 風切り音がした。


 鳥から、無数の羽根が飛んでくる。


 まるで散弾銃みたいだった。ゲームのボスで、ジャンプ中に飛び道具を連射するやつがいるけど、それと同じだ。『極楽ターキー』は羽ばたきながら、下方向に大量の羽根を飛ばしてる。この世界の鳥類すごいな。戦闘能力が魔物レベルじゃねぇか。


「KIIIIIIAAAAAAAA!」


 鳴き声がして、羽根の乱射が止まった。


 木の影から顔を出してみると──


「……ぐぁぁぁ」「な、なんだあの鳥さんは……」「冗談じゃねぇ。魔法が効かないなんて……」


 冒険者たち、全員地面に倒れてる。


 戦士の弓はまっぷたつになってる。魔法使いは『炎の矢』を撃ってたけど『極楽ターキー』の羽根で相殺されてた。逆に杖をへし折られてる。


 戦士が持ってる盾には、大量の羽根が食い込んでる。あれは鉄も切り裂くのか。


 というか、ボス級に強いだろ。あの鳥。


「KIIIi。GUA、GYA!」


『極楽ターキー』は翼をたたんで、元の枝に戻った。


 地上ではいつくばってる冒険者たちを見て『ケケッ』っと、馬鹿にした声で鳴いてる。


 飛ばした羽根はもう生え替わりはじめてる。鳥はその翼の先で、冒険者たちを指し示す。まるで「かかってこいやー」って言ってるみたいだ。目つきも鋭くて、見てるだけでも威圧感を感じる。


 それは冒険者たちも同じみたいで、全員這いつくばったまま、ゆっくりと後ずさっていく。


「だめだ。撤退てったいだー」


 そして冒険者たちは去っていった。


 …………さて、と。


「それじゃ、僕たちも帰るか……」


「えー」


「えー、じゃねぇだろ。あの鳥は強すぎだ」


 上昇中、羽根をばらまいて下方向無敵になるし。


 ばらまいた羽根はもう生え替わってるから、残弾が無くなることもない。


 おまけに鳥はかなり視力が強い。こっちだって、もう見つかってるかもしれない。


 たとえ、羽根の雨をなんかして近づいても、飛んで逃げられたらそれで終わりだ。


 あれはセシルの古代語『火球ファイアボール』で森ごと焼くか、リタの『神聖力掌握』で羽根を全部打ち落として殴るとか、ラフィリアの『竜種りゅうしゅ旋風』で吹き飛ばすとか、そういうレベルの生き物だ。


 この場で使えるのは『竜種旋風』だけだけど、あいつが攻撃範囲に入るレベルの竜巻を作ったら、森を大破壊することになる。木を根こそぎにして、土をひっくり返して鳥を一羽捕獲って、効率が悪すぎるだろ。


「でも……あたしは、大好きなひとたちに、美味しいものを食べさせてあげたいです」


「それはわかるけど」


 僕たちは普段、食べるものにはこだわってない。


 アイネにお願いすれば、安い食材でも美味しいものを作ってくれるからね。


 最近じゃその料理スキルに惚れ込んだセシルとイリスが、こっそり弟子入りしてる。


 ちなみにリタは、うっかり包丁とまな板を拳で破壊してから破門になってるんだけど。


 そのアイネに貴重な鶏肉とりにく──『人生を変える食材』を渡したら、どんなすごい料理ができるか、興味はあるよな。せっかくの旅行中なんだから、旅行先のごちそうってのも食べてみたい。


 ……しょうがない、ちょっとだけ攻略法を考えてみよう。


 まずは敵のスペックを再度分析。


『極楽ターキー』は体長数メートルの巨鳥。


 能力は、羽根を散弾のように飛ばしてくること。


 それとかぎ爪。


 接近しても、逃げられたら終わり。


 矢や魔法は撃ち落とされる。


 鳥の視力は人間の数倍。素早く動くものでも、簡単にとらえてしまう。


 僕たちの目的はあいつを倒すことじゃなくて、食材にすることだから、大破壊系の魔法は使えない。


 それを踏まえた上で、逃がさず、こっちも怪我をせず、楽にとらえる方法は──


「……あるな」


「じゃあそれでいくです」


「まだなにも説明してないんだけど」


「マスターのお考えになったことなら、あたしはなんでもするですよ?」


 そんな「なに言ってるですかこの人は?」って顔をされても。


「マスターと一緒に美味しい照り焼きを食べるためなら、あたしはどのような犠牲でも払う覚悟なのですぅ!」


 ラフィリアは、まるでちっちゃな猫みたいに、僕の胸に頭をこすりつけた。


「んな覚悟しなくていい」


 でもまぁ、いいか。


 この世界の高級食材『極楽ターキーの照り焼き』がどんなものか、僕も食べてみたいから。


 僕はラフィリアの綺麗なエルフ耳に、作戦をささやいた。


「…………なんと!?」


 ラフィリアは、ぼっ、と顔を真っ赤にして──


 それから期待に満ちた顔で、こくこくこく、っとうなずいたのだった。





『極楽ターキー』は高位の鳥類である。


 知能も高く、鳥の中では上位にあり『森の鳥の王』と呼ばれることもある。


 そんな彼にとって、地上を歩くことしかできない『ニンゲン』『デミヒューマン』は下等生物でしかない。


『極楽ターキー』の真の敵は、ワイバーン、ハーピー、それら空を飛ぶ魔物である。


 人の食卓に上るのは、けがをして飛べなくなった者たちだけ。


 欲にかられてやってきた『ニンゲン』『デミヒューマン』は返り討ちか、あるいは放置してきた。


 今回も同じ──だと、彼は思っていた。


「──?」


 木々が揺れた。


 隠れていた『ニンゲン』と『エルフ』が近づいてきたのだろうか──違う。


 風が渦を巻いている・・・・・・・・・


『極楽ターキー』は思わず飛び上がろうとして、止まる。


 風が強すぎる。森の中なのに。枝が激しく揺れ始めている。


 これは──乱気流?




「いくですよー! 『極楽ターキー』さん! 発動『竜種旋風りゅうしゅせんぷうLV1!』」




 ごぅ、と、渦巻く風が強くなる。なんだこれは。


 風魔法? 違う。攻撃魔法ならば、羽根で防げる。


 これは、空気そのものを操る魔法だ。


「KIIIIIII!」


『極楽ターキー』は喉をそらして鳴いた。


 よかろう。


 挑戦を受けよう。


 我が血肉を喰らうことを望むなら、覚悟を持ってかかってくるがいい。


 見知らぬエルフとニンゲンよ。


 我は全力をもって汝らを討ち果たそう!





「KIIIAAAAAAAAA!!」


 絶叫とともに、『極楽ターキー』が無数の羽根を撃ち出した!


「予想通りだ。ラフィリア、防御を!」


「は、はいですぅ!」


『竜種旋風』が作り上げたふたつの竜巻が、僕たちの前に移動する。


 僕の隣でラフィリアは、両手でスカートを押さえながら意識を集中させてる。暴風でピンク色の髪がなびき、緊張してるせいか、レザーアーマーの隙間から見える肌が上気していく。


 土と、砂埃、木の葉とかが宙に巻き上げられていく。


 今回の竜巻は攻撃が目的じゃない。だから、前回よりもサイズは小さい。『極楽ターキー』までは届かない。


 まずは煙幕と防御。それと暴風で奴を足止めできればいい。


「KIKI! AAAAA!」


 思った通り、奴は飛び上がれずにいる。


 この乱気流で飛ぶのは無理なのか、枝をつかんだままで羽ばたくだけ。


 だけど、僕たちをめがけて無数の羽根を発射してきた。


 数は、数十本。そのほとんどが『竜種旋風』の竜巻で弾き飛ばされてる。


 全部じゃない。数本が竜巻をくぐり抜けてくる!


「発動! 『遅延──』」


 それも予想ずみだ。あらかじめ『遅延闘技』をチャージしてある。


「払いのける! 発動『遅延』──」




『おとーさんにぶきをむけるなーっ! しーるどっ!』




 ──目の前に半透明の丸楯ラウンドシールドが出現した。


 ぱしゅん、って音とともに現れたそれは、『極楽ターキー』の羽根をあっさりと跳ね返した。


「……シロ?」


 返事はない。無意識で防御してくれたみたいだ。




天竜シロの腕輪』


 一時的に魔力で円形の楯ラウンドシールドを発生させることができる。


 装備できるのは、シロの「おとーさん」「おかーさん」のみ。




 ったく。こんなことに魔力使うなよ。


 魔力は温存して、さっさと生まれてきなさい。


 右腕にはめた『天竜の腕輪』をなでて、言い聞かせる。


 シロの卵はあったかい。そこにいるのがわかる。だったら今は、それでいいや。


「ラフィリア! 相手の攻撃が止まった──矢を!」


「はいです。いきますよーっ! 『豪雨弓術』!」


『竜種旋風』を解除したラフィリアが、しゅぱっ、と矢を発射。


 5本の矢が木の枝の隙間を縫い、『極楽ターキー』に向かって飛んでいく。


「KIAAAAAAA? AAAN!?」


『極楽ターキー』があざわらうように首をかしげた。


 奴は竜巻が止まった瞬間、木の枝を蹴った。


 枝をへし折って飛び上がり、矢をあっさりを回避する。4本は完全に外れ。最後の1本が翼をかすめただけ。


 それでも交戦扱いになったのか、僕の『高速分析』スキルに、奴のデータが表示された。




『極楽ターキー


 森にすまう、魔物に近い能力を持つ鳥。


 プライドが高く、ナワバリを荒らす者を攻撃し、相手の心を折ってから逃げる習性がある。


 主な攻撃:くちばしによる打撃。かぎ爪。


 スキル:「換羽投擲」生え替わったばかりの羽根を発射する。


     「羽根再生」発射した羽根を即座に再生する』




「……魔物と同レベルかよ。どうりで強いはずだ」


 使える手は全部使った。


 これでだめなら諦める。別の鳥を狩って帰ろう。


 こっちは貴重な獲物を、みんなに食べさせてやりたいだけだし。


 ほら、旅行先で食べたものって、記憶に残るものだし。僕だって修学旅行で食べたものは、今でも覚えてるから。それがラフィリアの『人生を変える食材』ならなおさらだ。


 でも、だめかなー。


 なんとかなるかなー。


「KIAAAAA! AA! AAA!」


『極楽ターキー』は僕たちを笑うみたいに、くちばしを打ち鳴らしながら上昇。


 虹色の翼が、枝の向こうに消えていく。


 僕とラフィリアは並んでそれを見上げてる。


 もう攻撃範囲外だ。あとは、運に任せるしかない。


「だいじょぶですよぅ。マスター。あたし、運はいい方ですから」


 ラフィリアは、ぐっ、とこぶしを握りしめた。


「あたし、運はいい方です。運は、いい方ですからーっ!」


「繰り返さなくていい」


「あこがれだったんですぅ。このセリフ」


 ラフィリアの頭のてっぺんと、胸と、お腹が光ってる。


 チートスキル『不運消滅』を使ったのか。


 あれはラフィリアの幸運ラックを急上昇させるスキルだっけ。


 じゃあ、当たる・・・かもなぁ。


 僕たちが、ぽかーんと見上げてる間に、『極楽ターキー』は森の上へと出て行く。


 木々の向こうで「KIIIIAAAAAAAANN?」と、鳴いて──




 べちゃ




 空の上から降ってきたスライムに、激突した。


 あ、ほんとに当たった。


「KI? A? KIAAAAA!?」


 さらに2匹目、3匹目。


 ラフィリアのブラとパンツとシャツで分裂したエルダースライムが『極楽ターキー』の頭と翼にからみつく。『極楽ターキー』は翼を振り回してあばれる。けど、翼の上にはりついたスライムはどうしようもない。そもそも羽ばたくこともできない。


 そんなわけで──




 ぽとん




 飛べなくなった『極楽ターキー』は、僕たちの前に落ちてきた。


「お、おつかれさまですぅ。スライムさんたち」


 うねうね、うねうね。


 主人ラフィリアに答えるみたいに、青色のスライムたちが身体を震わせた。


 ラフィリアは両手でしっかりとスカートを押さえながら、満足そうにうなずいてる。


 彼女の髪を飾る青いアクセサリーは『エルダースライム』が擬態したもの。


 そして『エルダースライム』は、ラフィリアの体液を吸って分裂する。今回、汗を吸った下着を食わせて、『エルダースライム』のコピーを3体生み出して、それを真上に向かって飛ばした。


『極楽ターキー』は上昇中無敵。


 だけどそれは、下方向にいる相手に対してだけ。


 こいつは真上への攻撃手段を持たない。


『竜種旋風』を使った本当の目的は、スライムを竜巻に乗せて打ち上げること。


 地上で大騒ぎしたのは『極楽ターキー』の注意を地上に引きつけるため。


 矢を射たのは、スライムの落下地点に誘導するためだ。


『エルダースライム』はラフィリアの命令をそれなりに聞いてくれるから、身体を空中で変形させて、うまく『極楽ターキー』に向かって落ちるように調整させた。


 あとは全部運任せだ。


「あ、あたしの下着を犠牲にしたかいがあったですぅ」


 ラフィリアは、とがった耳の先っぽまで真っ赤になってる。


 素肌にレザーアーマー、スカートの下はなにもはいてない──かなりマニアックな格好にさせちゃったけど。その状態で竜巻を発生させるってのも、かなりハードルが高いよな……。


「マスターはどうしていつも、こんないけない作戦を考えるですか……この解放感がくせになってしまったら……どうしてくれるのですぅ」


「大丈夫」


 僕はできるだけ優しく、ラフィリアの肩に手を乗せた。


「気づかないふりくらいはするから」


「ますたあああああああっ!」


「さてと」


 僕は地上に落ちた『極楽ターキー』を見た。


 虹色の鳥は、暴れるのをやめて、じっとこっちを見てる。


「あんたは強敵だったよ。こっちが『チートキャラ』じゃなかったら勝てなかった」


「……KI、II」


 くい、と、『極楽ターキー』がうなずいた。


 落下したときの衝撃で羽根が折れてる。もうこいつは飛べない。


 僕は偉大なる鳥に敬意を表して、さっきチャージした『遅延闘技』でとどめを刺した。







 そして、数時間後。




「「「おおおおおおおおおおおおっ!?」」」




 今日のメニュー『鳥の照り焼き入り堅焼きパン』に、セシル、リタ、イリスが歓声を上げた。


 みんなが驚くのもわかる。


 まさか、これほど美味しいとは思わなかった。


 ちょっと茶色がかった鶏肉は、歯ごたえはあるのに、噛んでいるうちに、すぅ、っと溶けていく。飲み込むころにはうまみだけが残ってて、それでいてしつこくない。肉汁がラフィリア特製のパンにしみこんで、さらに味わいを深くしてる。


 付け合わせは鶏ガラのスープ。鶏肉と野菜入りだ。


 こっちも出汁ダシが出ててすごくおいしい。


 ……ありがとう好敵手。感謝していただきます。


「本当にうまいな、これ」


「ですよねぇ! マスター!」


「皮はぱりぱりしてて、ほどよく脂が乗ってる。中はちょっと噛むだけで味がしみ出してきて、それでいてしつこくない。いくらでも食べられそうだ」


 元の世界だと冷凍の唐揚げくらいしか食べたことなかったからな。


 そっか、本物の鶏肉照り焼きって、こんな味がするのか。びっくりだ。


「アイネの料理の腕がいいってのもあるんだろうけど」


「素材が違うの。アイネもこんな鶏肉はじめて使うの」


「ですよね。わたしもびっくりです」


「教団幹部が食べてたディナーだって敵わないわよ、こんなの」


「イリスが誕生日に出してもらったものよりも美味しいでしょう。さすがお兄ちゃんと師匠です」


 みんなが感想をつぶやくたびに、ラフィリアは「ふっふーん」と胸を張ってる。


 すごいドヤ顔だけど、それだけの価値はあるからな。この料理には。


 これに匹敵するのは、レギィと一緒に捕まえた『ソードフィッシュ』のフルコースくらいだ。


「ところで、アイネはよく知らないんだけど、これはなんて鳥なの?」


「はいっ! 『極楽ターキー』ですぅ!」


 ぽとっ


 セシルとイリスが、食べかけのパンを取り落とした。


 あれ?


 ふたりとも、目が点になってる。


「……『極楽ターキー』……まさか……」


「……本当ですか師匠。あの『あなたの人生を変える高級食材』を、まさか!?」


「……食べちゃいました。わたし、食べちゃいました!」


「……なんてことでしょう。イリス、どうなっちゃうんでしょうか……」


 ふるふると震え出すセシルとイリス。ちっちゃい組の2人。


 リタとアイネは、きょとん、としてる。


「ラフィリア。『極楽ターキー』ってのは、ただの高級食材だよな?」


「はい『人生を変える高級食材』ですよぅ」


 …………ん?


「確認だけど」


「はいぃ」


「人生を変えるっていうのは、ラフィリアがパン屋にいたころ、これを食べて、こんな美味しい食材が世界にあることを知って感動した。だから世界を知るために旅に出た……って話だよね?」


「ちがいますぅ」


 ラフィリアは首を横に振った。


「『極楽ターキー』を食べると、『理想の自分』をすっごく現実的リアルな夢に見るんですよぅ」


 こくこく、こくこく。


 ラフィリアの言葉に、セシルもイリスもうなずいてる。


「……人生を変える食材というのは、そういうことです。ナギさま」


「……『理想の自分』を知ることで、そうなるための行動を取ることができるようになりますから」


 うーあー、って、頭を抱えながら、セシルとイリスは説明してくれる。


 知らない人にとっては『極楽ターキー』はただの高級食材で、栄養満点。


 セシルが隠れた効果を知っていたのは、魔族の両親から聞いていたから。イリスは古い書物で調べたそうだ。ラフィリアは……実体験で気づいてた。


「あたしはパン屋にいたときにこれを食べて、自分が何者かを知りたがってることに気づいたです。そして冒険者として旅に出た、というわけなのですよぅ」


「そういうことは先に言いなさい」


 リタとアイネまで頭抱えちゃってるじゃねぇか。


 どうなるんだこれは。


「みんなが自分の本当の望みに気づいて旅に出るって言い出したら……?」


「それはありません」


「そんなことありえないもん」


「ありえないの」


「ありえない話でしょう」


 セシル、リタ、アイネ、イリスは同時に首を横に振った。


 だけどそのまま、ふたたび頭を抱えて「あーうー」ってうなりはじめる。


「ナギさま……お願いがあります」


「……お願い?」


「はい。今夜は耳栓をして眠っていただけませんか?」


「……耳栓?」


「そして、朝になるまでお部屋から出ないでいただきたいです」


「……朝になるまで?」


「万が一、夜中になにか……その………………変な声が聞こえてきても! それがどんな……はずかし……声でも! 実在する人物、パーティとは、一切関係ないものだと考えていただければと!!」


 セシルの言葉に、ラフィリア以外のみんなが一斉にうなずく。


「それは構わないけど」


 従業員……じゃなかった、奴隷のみんなの願いはできるだけ聞くようにしてるから。


「でもさ、それだったら今日は眠らない、って手もあるんじゃないか? 僕の『救心抱擁ハートヒーリング・ハグ』を使えば睡眠効果は解除できるし。あと、調べれば『極楽ターキー』の効果をキャンセルする方法が見つかるかもしれない」


「それはいいです」


「いいのかよ!?」


「…………もったいないので。せっかくの現実みたいな夢なので。見てみたい気持ちは……あるので」


 そう言ってみんなは、照り焼きパンとスープを黙々と食べはじめた。


「……あの、もしかして」


 もぐもぐ、はむはむ。


「……みんな、実は『理想の自分』に気づいてる、とか」


 もぐもぐ、はむはむ、ごくごく。


「…………おーい」


「誰しも、自分の未来像を知るのは怖いものなのですねぇ」


「ラフィリアのせいじゃねぇか」


 夕陽を背に、かっこいいポーズを取ってる場合じゃないだろ。


 かっこいいけど。


「それに、ラフィリアだって『理想の自分』を見ることになるんじゃないのか?」


「平気ですよぅ」


 ラフィリアは思い出したように「ごちそうさま」と手を合わせてから、笑った。


「あたしはもう、自分が何者になりたいのか、わかってるですから」


 そうしてるうちに、息詰まる夕食は終わり──


 僕たちは、さっさとお風呂に入って、眠ることにしたのだった。






 そして、翌朝。


「おはようございますです。マスター」


「おはよう、ラフィリア」


 日が昇ってから2時間くらいうとうとして、部屋を出たらラフィリアがいた。


 ちょうど起きてきたところらしい。


「マスターは、どんな夢を見られましたか?」


「普通の夢だったよ。昼間から、働かないでごろごろしてた」


 たまに超絶チートスキルを操って冒険もしてたけど。


「ラフィリアはどうだった?」


「あたしも同じですぅ。マスターやみなさんと、普通に冒険をやってました」


「たいしたことないな」


「たいしたことなかったですねぇ」


「もしかして『極楽ターキー』の効果って、個人差があるのかもな」


「あるいは、ただの伝説だったのかもしれませんねぇ」


「貴重な鳥だから、あんまり食べた人もいないだろうし」


「あたしが昔見た夢も、『極楽ターキー』とは無関係だったのかもしれませんねぇ」


 しみじみ。


 僕たちは並んで歩きながら、リビングに入った。


 ……誰もいない。


 みんなまだ寝てるのか。


 まぁ、お休みだからいいか。今日こそ、のんびりしよう。


 そう思って僕がソファに座ると──




 ささっ




 後ろで物音がした。


 振り返ると、金色の髪がふわりと揺れて──


「リタ?」


「……えものをおもちしました、ごしゅじんさま」


 まるで子猫みたいな動きで、リタが僕の膝の上に登ってくる。


 その手には、たぶん──外で狩ってきたばかりの──野鳥。まだ息があるのか、かすかに動いてる。


「どしたの、リタ……って、寝てる!?」


「これでごしゅじんさまは、きょうもはたらかなくていいもん。だから、なでなでしてください……ぎゅってして……ごしゅじんさまに、もっとくっつかせて……」


 リタは目を閉じたまま、僕の脚にほっぺたをこすりつけてる。


「……これって、まさか」


「……『極楽ターキー』の効果ですねぇ。しかも、効き過ぎちゃってます……」


 やっぱりかー。


 夢と、現実がごっちゃになってる。


「……リタはどんな未来を夢見てるんだよ」


「大丈夫です、お兄ちゃん」


 いつの間にか、イリスが僕の隣に立っていた。


 半分、目を閉じたまま、口だけで微笑んでる。


「イリスの策略により、お父様は失脚いたしました。今日からイリスが、港町イルガファの領主です」


「実の父親に策略を!?」


「お兄ちゃんにはイリスの知恵袋としての地位をご用意いたしました。副官は好きなだけ雇ってください。たとえ世界が戦火にまみれようとも、お兄ちゃんの地位はイリスが死守いたします。どうか、好きなように生きてください」


「そこまでしなくてもいい。というか具体的にはなにを──」


「まずは嵐で船団が沈没したことにして、食料不足を意図的に起こします。ほどよく値段がつり上がったところで物資を補給し、資金を得ます。奴隷仲間のみなさんのスキルを使って陸上の流通を封鎖すれば、なお効果的でしょう。そののちに、食料を武器に王家と貴族を分断し──」


「それをやったら来訪者軍団が攻めてくるだろ」


「わかりました。作戦を立て直します……すぅ」


 イリスはそのままソファに座って、眠ってしまった。


 リタもいつの間にか寝息を立ててる。


「今日はみんな、そっとしておこう」


「セシルさまとアイネさまはどうしてますかねぇ」


「……今日はみんな、そっとしておこう」


「おふたりとも、暴走してなければいいのですけど」


 ……みんな夢と現実がごっちゃになってるんだよな。


 セシルは大量破壊魔法が使えるし、アイネは他者の記憶をコントロールできる。


 もしも、寝ぼけたふたりが外に出てたら……。


「ラフィリア、念のために『エルダースライム』を準備して」


「それは無理です。今日穿く分の下着が、まだ乾いてませぇん」


 スカート一体型の寝間着の裾を押さえて、ラフィリアは恥ずかしそうに小指をかんでる。


 …………へー。そうなんだ。


 それなら……しょうがないな。


 僕はセシルの部屋に向かった……ドアが開いてる。でも、声が聞こえる。


 ふたりぶん。




「やりましたー。がんばって体操したおかげで、わたし、リタさんとラフィリアさんを超える胸囲を……身につけました……これでナギさまも…………いちころ」


「ああ、だめなのセシルさん。赤ちゃんほっといたら。ほら、泣かないの。アイネお姉ちゃんがいまミルクをあげるの…………」




 ぱたん


 僕はドアを閉じた。


「……今日はみんな…………そっとしておこうよ……」


「……それがいいかもしれませんねぇ」


 今日もいい天気。


 お腹は空いてるけど、みんなが寝ぼけた状態で火を使うわけにもいかない。


 そんなわけで僕とラフィリアは、一緒に水を汲んで、カップに入れて、




「いい陽気だねぇ」


「あったかいですねぇ」




 みんなが目覚めるまで、ひなたぼっこをして過ごしたのだった。

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