第96話「奴隷少女たちの海水浴と、彼女のお願い」
そして次の日。
天気は晴れ。
ついに僕たちは、海水浴に行くことにしたのだった。
この保養地は常に暖かくて、海水浴の時期も決まっていない。
それに今は、西の方で起こった「竜のかたちをした謎の発光現象」のうわさでもちきりで、海水浴をしようなんて人はいないらしい。
そんなわけで僕たちは、久しぶりに馬車に乗って、町外れにある海岸に向かったのだった。
「見てくださいナギさま。海です。うーみー!」
御者席に座ったセシルが、水平線に向かって手を振ってる。
保養地ミシュリラの海は遠浅で、沖にある岩場が防波堤の代わりになってる。
そのせいか波も静かだ。潮の流れの関係で、水に住む危険な魔物も来ないらしい。
さてと。
僕は町の道沿いに、馬車を停めた。
御者席の後ろにある車両の中では、リタ、アイネ、イリス、ラフィリアが、水着に着替えてるはずだ。
あとはみんなに海水浴を楽しんでもらうだけだな。
奴隷のみんなに、やっとまともな休暇をあげられたような気がする。
「ナギさま、わたしも……いいですか?」
セシルが子犬みたいな目で僕を見てる。
いいよ、って言うと、セシルは御者台から車両へと飛び込んでいった。
今日は御者台の間に、布で仕切りをつけてある。外からは見えないように。
『気配察知』スキル持ちのリタがいるから大丈夫だとは思うけど、一応、まわりには警戒しとこう。
「悪いけど、みんなが泳いでる間、お前たちには留守番を頼めるかな?」
僕は馬車馬の背中を撫でた。
「怪しい奴らが近づいてきたら、いなないて教えてくれ。お前たちの声が頼りだ」
『がってんでい! 旦那!』
『休暇を邪魔する奴は、わしらの一鳴きで追い払ってみせやしょう!』
頼りになるなぁ。
今日も『生命交渉』で意志疎通をしてる馬たちは、やる気まんまんだ。
天気もいいし、いい休暇になりそうだなー。
「お待たせしましたー。ナギさまー」
水着に着替えたセシルたちが、後ろの箱から降りてくる。
リタは照れくさそうに、アイネはいつものぼんやりした顔で、イリスはもじもじと、ラフィリアはなぜか胸を張ってこっちを見てる。
みんなを見て、ひとつ気づいたことがある。
……水着に首輪つけてるって、かなり
みんなは気にしてないし、僕も最近慣れてきたから、忘れてたけど。
元の世界だったら通報されるか、職務質問されるの確定だ。
……ここが異世界で本当によかった。
「馬車を降りたら準備体操をして。深みには入らないように。浅瀬で遊ぶこと」
まずは注意事項から。
僕が言うと、全員「はい」って返事が返ってくる。
みんな、海水浴なんかしたことなさそうだから、このあたりは僕の世界の知識を活用する。
「リタとアイネ、みんなを見てあげて。イリスは港町育ちだけど、泳ぐのははじめてだから、足がつかないところには行かないように。セシルも。ラフィリアは……変なことしないようにな」
再び、いい返事。素直でよろしい。
天気はいい。波も穏やか。おやつは昨日のうちにアイネが作ってくれた。
ラフィリアがジョウロを持って来てるから、真水は『浄水増加』スキルで増やせる。水分補給も問題なしだ。
着替えもOK。身体を拭く布もOK。
サンダルはないから、足下に注意するように。
「うん。準備はいいな」
僕は言った。
「じゃあ、体操が終わったら行ってくるといい。僕は荷物の番をしてるから」
「「「「「……………………」」」」」
あれ?
なんでみんな、ぽかんとした顔でこっちを見てるの?
「ここは剣と魔法の世界で、治安もよくない。だから誰かが荷物番をしなきゃならない。で、今は奴隷のみんなの休暇中だから、ご主人様の僕が背後を守る」
証明終了。
そりゃみんなが波打ち際できゃっきゃうふふしてるのを間近で見たいってのはあるけど、それと奴隷に休暇をあげることを天秤にかけたら……休暇をあげるほうがぎりぎり重いんだ。ご主人様として今回の旅行は「ぶれいこう」って約束したからな。
「そんなわけで、みんなは遠慮せずに遊んでくるといい。時間になったら呼ぶから。それじゃ」
「「「「「お話がありますご主人様!!」」」」」」
……怒られた。
「ナギさまがいらっしゃらないのに、私たちが楽しめるわけないですっ!」
「ゆ、勇気を出して、かわいい水着を着たんだもん」
「なぁくんを放置して、お姉ちゃんが遊ぶなんてありえないの」
「ここでおあずけはずるいでしょう?」
「ふふっ。限界までじらして、あたしたちにおねだりをさせるつもりですね。マスター」
なぜか僕は奴隷少女たちに「正しいご主人様のありかた」について教えられることになり──
とりあえずみんなは、ローテーションで荷物番と水遊びをすることになった。
・リタとイリスのターン
「イリスは、この日を待っていました!」
イリスは波打ち際に立ち、水平線に向かって叫んだ。
着てる水着は、肩まですっぽりおおうタイプのもの。水に濡れると『海竜の鱗』が浮き出るイリスには、このタイプの水着しかなかった。胸元と背中が空いてないスクール水着、って感じだ。すっきりとした体型のイリスにはよく似合ってる。
「それでは、泳ぎを教えてくださいませ。リタさま!」
「任せて、イリスちゃん!」
イリスとリタは、がし、と手を握りあった。
リタが着てるのは、ビキニタイプの水着だ。ラフィリア用のだから少しサイズが合わなくて、背中の結び目を何度も調整してる。なるほど、リタにはオレンジ色が似合うのか。覚えておこう。ご主人様として。
「獣人の運動能力を見せてあげるわ。まずは水の中で立って──」
リタは浅瀬に立ち、前屈みになる。
「そして顔は上げたまま手足を前後に動かせば。ほら、完璧!」
犬かきだった。
リタは水面から顔と尻尾を出して、前後に移動。しかも速い。
獣人の運動能力だと、犬かきもハイスピードになるのか。
「すばらしいです。リタさま。これならイリスにもできましょう!」
「ふっふーん。ナギも見てみてー」
泳ぎながらリタは、ふっふーんと鼻を鳴らした。
「こうしてると、水に顔をつけなくていいから……って、なにこれ。波!?」
さばーん。
大きめの波が、犬掻き状態のリタを直撃した。
「リタ!?」
横波を受けたリタは浅瀬で大回転。
僕が腕をつかんで引っ張りあげると、ぺぺぺっ、と、潮水を吐き出した。
「……うー。なにこれ。べたべたするよぅ……」
獣耳と尻尾を震わせて、リタはしみこんだ海水を飛ばした。
それから髪の毛をたたいて、その感触に嫌そうな顔になる。
「……海の水って、こんなにべたべたざらざらするの……尻尾も耳もへんな感じする……」
「もしかして、リタ。泳いだことないのか?」
「失礼ね! 泳ぎは得意だもん!」
リタは真っ赤になって、首を横に振った。
「湖と川ではおぼれたことないんだからね!」
「海は?」
「波がなければ泳げるもん!」
無茶言うな。
そっか。獣人のリタは海で泳いだことないのか。
考えてみたらそうだよな。
獣人の仲間だったころは森に住んでて、それからはイトゥルナ教団で下働きをしてたんだから、海で泳ぐ機会なんかあるわけないか。
「あの、リタさま……泳ぎを教えてくださるのでは……」
海から上がってきたイリスが、砂浜にぺたん、と座ったリタの顔をのぞき込んだ。
「ちょっと待ってねイリスちゃん。波が完全に静まるまで」
「それは……いつになるのでしょう?」
「さー」
しょうがないから、泳ぎは僕が教えることにした。
小学校と中学校では水泳の授業があったから、基本くらいなら──。
──5分後──
「お兄ちゃんの教え方は素晴らしいです!」
ざばばばばばばばばばっばばばばば。
浅瀬を、イリスが綺麗なクロールで横断していく。
しゅる、と、身体を揺らして、そのままターン。さらに加速。
フォームにはまったくぶれがない。
すでに教師である僕さえも超えたイリスの泳ぎは、まさに水棲生物のようだった。
というか、あそこまで高度なのは教えてないんだけど……。
「イリス=ハフェウメアのステータスを開示」
僕はイリスの情報を呼び出す。
ウィンドウに表示されたスキルリストに、さっきまではなかった『水泳』が増えてた。
レベルは『2』いや『3』
──さらに上昇して『4』?
なんでこの短時間で!? バタ足とクロールのやり方を教えただけなのに?
「そうか……『海竜の血』か……」
イリスの中にある『海竜ケルカトル』の血と遺伝子が、海に入って覚醒したんだ。
確か、イリスは海に入ったことがないって言ってた。
『海竜の祭り』のときは儀式のために海水に浸かるけど、泳いだりはしない。
だからイリスは今まで、自分が泳ぎに向いてるってことを知らなかったのか。
考えてみれば『海竜ケルカトル』は海を住む神さまみたいなものなんだから、その血を引くイリスに、水泳への適性がないって方がおかしいよな。
もしかしたら、今まで海竜の巫女が外に出してもらえなかった理由って、海に近づけると泳いで逃げられるからだったのかもしれない……。
「……ねぇ、ナギ」
「……どしたの、リタ」
「わたし……どうしたらいいのかな」
リタは、僕のとなりでしょんぼりしてる。
5分でイリスが『水泳』スキル身につけちゃったからな。しょうがないよね。
「イリスちゃんに、私、大見得きっちゃったよね……」
「リタは陸上なら最強だから、気にすることないんじゃないか?」
「水中では?」
「川や湖では泳げるから、問題ないよ」
「でも、私……」
リタはさみしそうに、僕を見た。
「海でナギの役に立てないのは……やだなぁ」
「海上で戦うことはないと思うけど」
「それでナギに万一のことがあったら……?」
絶対にない、とは言い切れないか。
僕たちはこれから、港町に住むことになるから。対策くらいは考えてみようかな。
まず、リタは海水が苦手──というか、嫌ってる。
獣耳と尻尾が潮水に浸かるのが嫌で、べとべとするのも嫌い。
つまり、海に入らずに動ける方法があればいい。
そしてリタには驚異的な運動能力と、『神聖力』がある。
『神聖力』は、リタの手足を強化する。ある意味、元の世界で言う『気』のようなもの。
つまり、海水に顔をつけずに動く方法があればいい。
──ってことは。
「あのさ、リタ」
「なぁに、ナギ」
「ちょっと試してみたいことがあるんだけど。いいかな」
「す、すごいですリタさま!」
イリスは、目の前の光景に見とれてる。
腕をぶんぶん振って、緑色の髪を揺らしてジャンプ。
ちっちゃな身体ぜんぶで、リタへの尊敬を表してる。
「ま、まぁねっ!」
リタは水面を、つま先で蹴った。
「『超絶運動能力を持つチートキャラ、リタ=メルフェウス』にとっては、こんなの楽勝だもん!」
リタが一点に集中した『神聖力』が反発力を生み出し、細い身体が宙を舞う。
高々とジャンプしたリタは、そのまま
小さな波紋を立てて、水の上を走り出す。
「まさか……ほんとにできるとは思わなかった」
元の世界のゲームや小説には『気』を集中して、水面を歩くって話があった。
で、リタの運動能力と『神聖力』なら、同じことができるんじゃないかって思ったんだけど……まさか実現できるなんて。さすがチートキャラ、リタ=メルフェウス。
魔物と戦うときのリタは手足に『神聖力』を集中して、身体を強化してる。
それは見えない
今はその障壁を弱めて、その分広げて、小さな板のようにしてる。
足を強化するほどじゃないけど、水面に1秒、立つくらいならできる。
そんなわけで、リタは水面を走れるようになってるんだ。
「さすがナギ。こんなこと、私ぜんぜん思いつかなかったもん!」
リタは水面を蹴って宙返り。砂浜に着地する。
「これで海でも私、ナギの役に立てるわ!」
「それはイリスも同じです。自分に水泳能力があるなんて、思いもしませんでした」
「ご主人様に教えてもらったおかげね!」
「お兄ちゃんには感謝しかありません!」
「イリスちゃん!」
「リタさま!」
リタとイリスは手を握りあい、それを高々とかかげた。
「「リタ=メルフェウスとイリス=ハフェウメアは厳しい修行を乗り越え、ついに新たな力を手に入れました!」」
「いや、今日は遊びに来ただけだから。これ修行じゃないから!」
・イリス=ハフェウメアは新たなスキルを手に入れた!
『水泳LV4』
海竜の血によって高速収得したスキル。
水中を魚のように泳ぐことができる。
距離は数キロ。速度は高校生のインターハイ県予選レベル。
・リタ=メルフェウスは応用技『水上歩行』能力を手に入れた!
『神聖力掌握』の応用により、リタは水上を歩けるようになった。
連続使用時間は数分から十数分。その間は、地上と同じように水上を歩ける。
ただし『神聖力』を両足に集中する必要があるため、身体や腕の防御ができなくなる。
あくまで緊急用の能力と考えるべき。
・セシルとラフィリアのターン
「それではラフィリアさん。『砂のお城』を作りましょう」
「やるですぅー!」
セシルとラフィリアは向かい合って砂浜に座った。
「以前、ナギさまに聞いたことがあります。普通は海に来たら『砂のお城』を作るそうです」
「わかってるです。せっかくなので、マスターに教えてもらったゲームを混ぜるですぅ」
セシルは砂浜に正座。ラフィリアは両脚を広げて座ってる。
2人がいるのは、波打ち際から約1メートル離れた場所。
砂も、水も、自由に手に入る位置だ。
「ナギさま」「マスター」
「「試合開始の合図をお願いします!」」
「いつ試合になったんだよ……」
まぁ、今日は一日、自由時間だから。
奴隷のみんなの遊び方に、ご主人様が文句をつけることもないか。
「はい、かいしー」
僕の合図で、セシルとラフィリアが同時に砂をかき集めていく。
セシルが着てるのは、こないだ見せてもらった白い水着。
砂浜にいると、セシルの褐色の肌がすごく綺麗に見える。かわいい。
ラフィリアが着てるのは、ビキニタイプの水着だ。色は桜色。
布地が少ない──というか、ラフィリアが着るとどうしても布地が少なく見える。
激しく動くと危険だけど、僕や仲間以外に見てる人はいないからね。
セシルとラフィリア、2人の作業は対照的だ。
セシルは砂をきれいに集めて、こまめに形を整えて、正確に土台から作っていく。
ラフィリアは波打ち際から水がしみこんだ砂を持ってきて、片っ端からべちゃ、と、つみあげていく。砂遊びというか、すでに泥んこ遊びの領域だ。手がすべって頭から砂をかぶること、2回。肌も水着も濡れた砂にまみれて、巨乳エルフというよりも巨乳園児みたいになってる。
手の小さいセシルが不利かと思ったけど、ラフィリアの不器用さはそのハンデを無にしてる。
そういえば、これはゲームって言ってたよな。
勝敗はどうやって決めるんだ?
「「できましたー」」
城が完成したのは、ほぼ同時だった。
セシルが作ったのは、正確にデザインされた立方体のお城。
四方に塔があって、矢を射るための窓まで開いてる。
城壁までしっかり作ってあるのはすごいな。
「このあたりが、ナギさまの寝室になります」
……僕の城かよ。
「それを取り囲んでいるのが、わたしとリタさんと、アイネさんとイリスさんとラフィリアさんのお部屋です」
「具体的だな」
「将来の夢も混ざってますから」
「でもこの城、城門がないよね」
「別にいいんじゃないでしょうか?」
「まじか」
「働かないでごろごろするだけなんですから、別に無理して外に出なくても。ね……ナギさま」
セシルは甘えるみたいにつぶやいた。
僕の奴隷は近い将来、ご主人様を監禁するつもりらしい。
「マスター。あたしのも見てくださいぃ!」
全身砂と泥水まみれになったラフィリアが手を挙げた。
どうしてそうなった。
「あたしのは、無敵城、ナギ=キャッスル。ですぅ!」
「砂の山じゃねぇか」
無残だった。
ラフィリアが作ったのは、中央がくぼんだ、砂の山。
ちっちゃな子が砂場で無心に遊んでるとできあがるやつだった。
「真上に向かって口を開けたドラゴンをイメージしたですぅ」
「超低解像度のJPG画像だと思えばそう見えないこともないけど」
「ここがマスターの寝室。ここがあたしの寝室。ここが覚醒したマスターの寝室です」
ラフィリアには、僕には見えないなにかが見えているらしい。
勝敗は……考えるまでもないか。
「「勝負はここからです」」
え? そうなの?
セシルとリタは、互いが作った城を前に、ゆっくりと手を伸ばした。
「……わたし、ラフィリアさんを見くびっていました。なかなかやりますね」
「……水気を多くしたのは賭けですよぅ」
「……わたしのお城も、奥の方は水を含ませて固めてあります」
「……ならば、決着をつけるです」
セシルとリタは、どこからともなく、小さな木の枝を取り出した。
「これが、ナギさまです」
「マスターです」
そう言って2人は、木の枝を城の中央部に差し込んだ。
「先手はどっちですか?」
「セシルさまからどうぞ、ですぅ」
互いが作った城を前に、身構える少女たち。
なんだ……なにを始めるつもりだ。
「「それではゲーム『ナギさま危機一髪』開始です」」
なんだそれ。
そりゃ同じような名前のゲームの話をしたことあるけどさ。
どうアレンジしたらこうなるんだ?
「いきます。『ふれいむ、あろー』!」
がすっ。
セシルの指から発射された『炎の矢』が、ラフィリアの城の外壁を削り取った。
「なかなかやりますねぇ。次はこっちの番です『炎の矢』!」
ラフィリアの一撃は、セシルの城壁をえぐった。
違う。
砂浜の城で遊ぶって、こういうことじゃない。
「それに城を崩すなら、根元の方を狙った方がいいんじゃないか?」
「なにを言ってるんですか。城が崩れたらナギさまがつぶれちゃうじゃないですか」
「これは、マスターを傷つけずに取り出すゲームですなのですよぅ」
「今までナギさまに教えていただいた『もとのせかいのげーむ』を参考に考えました」
「いわば、あたしたちとマスターの共同製作とも言えるでしょうー!」
僕のせいだった。
ちなみに、2人が考えたのはこんなゲームらしい。
『異世界遊戯「ナギさま危機一髪」』
セシルとラフィリアが砂浜で遊ぶために考えたゲーム。
お互いが「砂のお城」を作って、その中にナギの役目の木の枝を埋め込む。
「炎の矢」を撃ち込んで「ナギさま」を傷つけずに取り出した方の勝ち。
必要人数:2人。
必要な道具:砂。木の棒。低レベル攻撃魔法。
ペナルティ:ナギさまを燃やした方は、あとでご主人様におしおきを受ける。
「……はぁ。やりますね、ラフィリアさん」
「……セシルさまこそしぶといです。あたしの集中力がきれそうです」
あれから十数分が過ぎた。
セシルもラフィリアも、限界が近づいていた。
城を完全には壊さないように、出力を絞って『炎の矢』を使うための、魔力調節能力。
「木の枝(ナギ)」に当てないようにする、集中力。
そして魔法の連続発射能力。
まさに魔力に長けた魔族と、古代エルフのレプリカの、力と技のぶつかり合いだった。
砂の城は、もはや原型をとどめていない。
「木の枝(ナギさま)」は、半分以上、砂山から出てるけど、倒れるにはまだ時間がかかりそうだ。
セシルもラフィリアも、息も絶え絶えになってるし。
…………そろそろ
「こ、これがナギさまの世界の『げーむ』ですか」
「マスターは、こんな苦難に満ちた戦いをされていたのですねぇ」
「すごいです、ナギさま……」
「おそるべしです、マスター」
ふたりは同時に、僕の方を見た。
「その器の大きさを見込んで」
「お願いがあるです」
「「私(あたし)たちと合体して、魔力をお貸しください!」」
「却下」
僕は肩で息をしてるふたりを引っ張って、馬車に放り込んだ。
・アイネとレギィのターン
「アイネの番は飛ばしていいの」
「え?」
「アイネは、お休みしてるから、遊ぶのはいいの」
馬車の出口に腰掛けたまま、アイネは言った。
「なぁくんは、みんなと遊んできて」
「こんなときまでお姉ちゃんしなくても」
「違うの」
アイネは首を横に振った。
「今日はお休みだから、お姉ちゃんもお休みなの。アイネは、したいことをしてるだけ」
「……そうなの?」
僕の問いに、アイネは黙ってうなずいた。
水着姿のアイネは、髪を首の後ろで結んでる。
手には布と、ラフィリアのジョウロ。布に真水を含ませて、疲れて動けないセシルとリタの身体を拭いてあげてる。
アイネは、やわらかな笑みを浮かべてる。
あれでいいのかな。
……本人が満足してるなら、いいか。
今日は自由行動の日って決めてる。
パーティの方針だからって、無理に海で遊ばせることないよな。
それじゃ無理矢理お酒を勧めるブラックな飲み会と変わらないし。
「わかった。遊びたくなったら言ってよ」
僕は馬車に置いておいた、魔剣のレギィを取り出した。
「お前はどうする? レギィ」
『我も、楽しんでおるよ』
「泳がなくてもいいのか?」
『肌を露出させた娘どもが、きゃっきゃうふふしておるところを見ているだけで満足じゃ。無邪気なあやつらが……やがて本能に身をゆだね、それにおぼれていくところを想像しただけで……ふふ……ふふふふ…………』
……レギィの方はほっとこう。
というわけで、再度リタとイリスのターン。
リタはふたたび、水上歩行の練習。イリスは僕の世界の平泳ぎをおぼえた。
最後に浅瀬で水をかけあって、今日の海水浴は終了となった。
時間にしてみれば、4時間とちょっと。
朝早くに出てきた僕たちは、お昼前に別荘へと戻った。
それから、朝のうちに準備した昼食を食べたらあとは──
ぐだーっ。
セシルも、リタも、イリスも、ラフィリアも、
小学校の時を思い出すなー。
4時間目が水泳だったときの昼休みって、こんな感じだったっけ。
「おつかれさま。なぁくん」
リビングのソファに座ってると、アイネがお茶を煎れてくれた。
「僕は疲れてないよ。みんなを見てただけだから」
「アイネも平気だよ。むしろ、いいお休みだったの」
庶民ギルド時代のワンピースを着たアイネが、僕の隣に座った。
「ねぇ、なぁくん。これからのことなんだけど」
「これからのこと?」
「なぁくんは、町のギルドでクエストを受けるんだよね?」
「うん。前にも言った通り、この町で売れそうな素材とか、資材とかを調べておきたいから」
そのためには素材集めのクエストをこなすのが、一番てっとり早い。
町の周囲にいる魔物や動物、植物のことも知ることができるし、なにより採取クエストがあるってことは、その素材が必要とされてるってことだ。
最終目的の『働かなくても生きるスキル』を作り出すまでは、クエストや商売をやらなきゃいけないし、働かなくても生きられる状態になったあともカムフラージュでなにか商売をやるつもりだから、どっちにしても、そういう知識は必要になるんだ。
だから採取クエストか、簡単な討伐クエストを、この町でもやっておきたい。
「もうひとつ。この保養地にいる間に、『竜の封印の地』と『砦』で起きてることも調べるつもりだよ。これは、協力者が必要かな。そいつとはあとで接触するつもり」
「することがいっぱいあるね……」
「大丈夫、みんなには負担はかけないから」
「なぁくんは?」
「僕ものんびりやるよ。自主的ブラック労働は趣味じゃないからね」
「そうなの」
アイネと僕は、ふたりそろってお茶をすすった。
おだやかな午後。
他のみんなは、リビングの床で寝息を立ててる。毛布をかけてあげたけど、まともにくるまってるのはイリスくらいだ。
セシルは寝返りを打ったり転がったり。リタはいつの間にか家具と家具の間にいて、毛布で出口をふさいでる。
ラフィリアは……椅子に上半身だけ乗せたブリッジ状態で眠ってる。どうしてそういう寝方になるの? 古代エルフの儀式なの?
でも、こうしてごろごろしてると、休日って感じがしていいよね。
だいたい夕方に目を覚まして、せっかくの休日がー、ってなるんだけど……。
「今日はほかにすることもないから、のんびりしててもいいよな」
「ううん。そうでもないの」
僕の言葉に、アイネが首を横に振った。
「あのね、なぁくん。今日はお休みなんだよね?」
「…………うん」
アイネが耳元でささやいた声に、僕はうなずいた。
「それぞれの役目もお休み、冒険者としてもお休み。奴隷だけど……やっぱりお休みでいいの?」
「もちろん」
「じゃあ……今日だけは『お姉ちゃん』もお休みでいいかな?」
アイネはゆっくりと立ち上がり、僕の方を見た。
「これからのために、アイネはもっとなぁくんの役に立てるようになりたいの……だから」
こんなアイネを見るのは、はじめてだった。
顔を真っ赤にして、スカートの裾を、ぎゅ、っと握りしめて。
「お願いします。アイネをもっと強化して。なぁくんの『魂約者』にしてください」
目を閉じて、胸を押さえて──
恥ずかしそうに、アイネは言ったのだった。
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