第97話「『チート嫁第2形態(アイネ)』プラス『お姉ちゃんVer3』

「アイネをなぁくんの『魂約者』で『4概念チートキャラ』にしてください」


 自室のベッドに腰掛けて、アイネはあらためて、僕にお願いをした。


 アイネの部屋は初めて来たけど、きれいに片付いてる。


 壁にはメイド服が吊してある。びしっと皺が伸ばしてあるし、ベッドのシーツもきれいに整えてある。


 さすがの家事スキルだけど……アイネ、最初から準備してたな。


「これからアイネは、なぁくんのしたいことが2つあるとき、その半分を背負えるようになりたいの」


 アイネは言った。


「パーティメンバーも増えたでしょ? だから、アイネをもっと強化すれば、いちどにふたつのクエストができるようになるかもしれないの」


 それが『魂約者』『4概念チートキャラ』になりたいって言った理由か。


「つまり、パーティを2つに分けて行動できるように、ってこと?」


 僕の問いに、アイネはうなずいた。


 それは僕も以前に考えたことがある。


 現在、僕たちのパーティは6人。それぞれが強力なチートスキルを持ってる。


 簡単なクエストなら、僕とセシル、リタの3人でこなすことができる。


 もしもアイネに、リタと同レベル──は、無理でも、もう少し戦闘能力があれば、アイネとイリス、ラフィリアの3人でもパーティが組める。採取系のクエストくらいならこなせるかもしれない。もちろん、その場合はイリスも強化しなきゃいけないけど。


「アイネも、そこまで考えてたのか」


「……という口実で、なぁくんと『魂約』したくなったの」


 アイネは目を閉じて、ぺたんと、僕の方に寄りかかってくる。


 口実だったの?


 まぁ、僕としてもパーティを分けて仕事を増やす、ってのは、どうでもいいんだけど。


 仕事がたくさんできるようになった、だからシフトを大量に入れて──って流れで、職場がブラック化するのを、僕は見てきたから。


 ただ、アイネには『魂約』して、この先も一緒にいて欲しいってのはあるんだ。


「でもさ、アイネ。弟の……ナイアスのことは、いいのか?」


「縁があれば、きっと会えるの」


 真面目な顔で、アイネはうなずいた。


「なぁくんとこうして出会えたように、アイネと、弟のナイアスがどこかで結びついているなら、また会える。今は……ね、目の前にいる、世界で一番大切なひとと……魂の約束、したいの」


「うん。わかった」


 僕はアイネの頭をなでた。


 アイネはくすぐったそうに目を細めてる。


 いつもとは違って、今日はアイネが年下に見える。


 まぁ、実年齢では僕たち、1歳くらいしか違わないんだけど。


 普段のアイネは「お姉ちゃん」だから。


「わかった。やるよ『魂約エンゲージ』」


「はい。お願いします。なぁくん」


 アイネが、僕の手を握った。


 それをゆっくりと、自分の胸に押し当てていく。


 鼓動が伝わってくる。どくん、どくん、って。


 前に『再構築』したときより、ずっと早い。


「あ、でもでも」


 アイネは真っ赤な顔で、首を横に振った。


「みんなには、まだ、内緒にしてて欲しいの」


「いいけど。どうして?」


「実はアイネは、クールで威厳いげんのあるお姉ちゃんを目指してるの」


 ……まじかー。


 いつもほんわかしてるから、気づかなかったよ。


「そのアイネが……その……みんなが寝てるあいだに、なぁくんに『魂約』をおねだりしたなんてことがばれたら…………なんだか、ゆうわくに負けちゃったみたいで……恥ずかしいの」


 アイネは、すごく照れた顔で、両手の指をつんつん、と合わせた。


「こ、このために海では体力を残しておいて……みんなが眠ったすきに……なんて……言えないの。恥ずかしいお姉ちゃんになっちゃうの。いつもは『みんなはなぁくんと一緒にいて。アイネは、後でいいから』って言ってるのに」


「言ってるの?」


「……言ってるの」


 言ってたのか。


 アイネはパーティのお姉ちゃんとして、いろいろ我慢してたんだな。


「だから、ね。みんなの前ではちゃんとしたお姉ちゃんでいたいの。だから……」


「そういうものなの?」


「そういうものなの!」


 そういうものなのか。じゃあしょうがないな。


「でも、首輪の色が銀色に変わるから、わかると思うんだけど」


「それはメイド服の襟で隠すから、大丈夫なの」


「大丈夫なの?」


「大丈夫なの!」


 アイネは頬をふくらませて、恨めしそうに僕を見てる。


「もー、なぁくん理屈っぽいの! こういうのは気持ちが優先でしょ!」


 怒られた。


 怒ったアイネって、なんだか新鮮だった。


「わかったよ。じゃあ、アイネ、僕の前に座って」


「……んっ」


 言われた通り、アイネは僕の前に腰掛ける。


 僕は改めて、アイネの後ろから、胸に手を当てた。


 そして『能力再構築スキル・ストラクチャー』を起動。


 アイネのステータスを開示する。


 アイネのスキルで再構築できるのは『虹色防壁LV6』『料理LV9』『掃除LV9』『棒術LV2』だ。


 戦闘力を上げるなら、『棒術』を使った方がいいな。


 手元には天竜の封印を壊したときに手に入れた概念『魔力』がある。


 これを使ってアイネを『4概念チートキャラ』にしよう。


「『魂約エンゲージ』と『再構築』をいっぺんにやるのは、かなり負担がかかるよ。大丈夫?」


「大丈夫、なの」


 アイネは肩越しに僕を見て、笑った。


「みんなの『お姉ちゃん』は、みんな以上の試練を乗り越えなきゃなの」


 また『お姉ちゃん』に戻ってる。


 アイネは、役割にこだわるくせがあるよな。『庶民ギルド』のギルドマスター見習いをやってたときもそうだったけど。


「限界だと思ったら言うように。いいな」


「はい……んっ」


 アイネはなんだか、熱っぽい息を吐いてる。


「でも……だいじょうぶ、かな。アイネ、恥ずかしい声を出したり、しない、かな」


「それは気にしないから、大丈夫」


「……もうぅ」


「はじめるよ。アイネ」


 僕が言うと、アイネは耳まで真っ赤にして、うなずいた。


 僕は『能力再構築』のウィンドウに、アイネの『棒術LV2』を呼び出した。




『棒術LV2』


『棒』で『与えるダメージ』を『増やす』スキル。




 まずはアイネを、僕の魔力になじませるよう。


 僕は『魔力の糸』を呼び出して、アイネのスキルの概念にからめていく。


 そして、徐々に魔力を送り込んでいく──


「──んぁっ」


 ぴくん、と、アイネの身体が反応した。


「あ……ひさしぶり……なぁくんと、ひとつに……なるの。んっ」


「つらくない? もっと弱くしようか?」


「逆なの。もうちょっと強くても、だいじょぶ」


 アイネは肩越しに僕を見て、わらった。


「おねだりが……ばれたら恥ずかしいから、みんなが起きるまえに、終わらせて……ね」


「わかった」


 魔力を強めに。そして『棒術』の概念もほぐしておこう。


 僕は『棒』と『与えるダメージ』に魔力を強めに、流し込んだ。


「あ、あん。あ、はぁ。あ……なぁくん……が、はいって……うれ……し……んっ」


 ぴりっ、と、アイネの中にある『概念』が震えた。


 同時に、僕の手のひらにも、アイネの熱が伝わってくる。


 アイネのワンピース越しに感じる、この感じは……?


 なんだか、妙に生々しいような……。


「……アイネ。この服の下って……?」


「……下着……うっかりみんなの水着と一緒にしちゃったの……」


 アイネは、ふるん、と、肩を震わせて、僕を見た。


 そっか。今日の分の下着を、海水を吸った水着と一緒にしちゃったのか。


 …………………………………………じゃあしょうがないよな。


「……続き、いくよ」


「うん…………あぅ。は……あ、あん。うん」


 アイネは僕の手を握ったまま、太股をこすりあわせてる。


 ときどき、びくん、って、膝を持ち上げて、落として。


 首輪がついた白い首筋には、汗が浮き出てる。


 僕はアイネのスキルの概念を、ゆっくりと揺らしていく。


『魂約」だけじゃない。『4概念チートキャラ』にするために、スキルをほぐしておかないと。


「…………はふぅ」


『棒術』の概念が、少しゆるんできた。


『棒』と『与えるダメージ』の間が開きはじめてる。


 もっとなじませるために……内側から、魔力を注いでみるか。


 僕はアイネのスキルの中にある隙間に、指と『魔力の糸』数本、滑り込ませる。


「──────っ!?」


 よし。いける。このまま魔力を強めに送り込む。


 アイネの内側に直接、僕を流し込むイメージだ。


「…………んっ。なぁくん…………いじり、すぎっ……」


 アイネは涙をためて、横目で僕をにらんだ。


 いや、でも『魂約』するんだから、アイネの全部を知っておかないと。


『能力再構築』のウィンドウには、アイネの全身像が表示されてる。魔力の流れも見える。


 アイネの深いところに直接、魔力を流し込んでるせいか、循環効率がいい。


 今のところ、循環率は60パーセントってところだ。


「も、もう」


 アイネは切なそうに、身をよじった。


「……アイネのこんなところ見せるの……なぁくんだけ……だよ?」


「……でも、前にみんなの前で『再構築』したよね……?」


「あ、あれは、あれ……は、緊急の場合、でしょ!?」


 アイネはぷーっと、ほっぺたを膨らませた。


「……それに……アイネはもう、みんなの『お姉ちゃん』だから……こんなふうに、なぁくんにおねだりして……まりょくで……つながって……るとこ………見られたら……あ……んっ」




「アイネさーん。ナギさまがいないです。ご存じないですかー?」


 とん、ととん。




 ノックの音がした。


 びくんっ。


 アイネの身体が、はねた。


「────んっ! セ、セシルちゃん──あ。んっ。あ────ん────っ!」


 とっさに出そうになった声を、アイネが口を押さえてこらえる。


 ドアの外にいるのは、セシル。


 目を覚まして、僕を探しに来たみたいだ。


「────っ。な、なぁくん…………これ…………どうしよう……どうしよう……んっ。あ、やんっ」


「……途中でやめるのはまずいな」


 というか『再構築』と『魂約』を中止したらどうなるのか、想像もつかない。


 アイネのスキルはゆるゆるになって、束になった『魔力の糸』を飲み込んでる。スキルの概念も外れそうだ。


『再構築』しないままで、ほっとくわけにもいかない。


 僕とアイネの魔力も、完全に循環をはじめてる。


 接続を解除するのにも時間が必要だ。『能力再構築』はUSBケーブルでもHDMIケーブルでもないんだから。


「…………な、なぁくんなら……んっ。お部屋に」


 アイネはやっと、それだけを口にした。


「いらっしゃらなかったです」


 無慈悲な答えが返ってくる。


「お風呂に」


「いらっしゃらなかったです」


「あ……あのあの…………なぁくん……なら……いま」


 アイネは口をぱくぱくさせて──


「……アイネの…………なかに…………」


「…………あ」


 言っちゃった。


「…………あ…………あ、あん。あ、や、ぁ」


「ちょ、アイネ、動くな」


 全身ゆでだこみたいになったアイネが逃げようとしたから、僕は後ろから抱きしめた。


 その拍子に、指が動いて、『棒術LV2』の『棒』と『与えるダメージ』の間に飲み込まれる。しゅり、と、指先が概念の内側を引っ掻く。


「あ、あ、や。なぁくん……そんな……ぃ、とこ……ん────ああああっ!?」


 内側から入り込んでくる刺激と、魔力に、アイネの身体が反り返る。


 ウィンドウに表示されたアイネの全身図に、びり、と、魔力の火花が散るのが見えた。


「あん……あ。ちかちか、する。あっ。んっ。ああああああああっ!」


 アイネが目を見開いた。


 細い身体が、びくん、びくん、と、跳ねて。


 限界まで硬直したアイネが、くたん、と脱力した。


「…………ごめんね、セシルちゃん。アイネ……は、お姉ちゃんなのに……きょうか……なぁくんにおねだりして………………してもらってるの……」


 アイネの目から、涙の粒が落ちた。


「ちゃんと『お姉ちゃん』するつもりだったのに。アイネは最後でいいって思ってたのに……がまん、できなくて……」


「だ、だだだだ、だいじょうぶです! わたし、なにも聞いてないですからっ!」


「…………なぁくんの手……あったかくて……ちかくに……あって……しあわ……せ。こんな……だめな……お姉ちゃん……なのに……」


「あのさ、アイネ」


 僕は、アイネの頭をなでた。


「アイネ、『お姉ちゃん』にこだわりすぎだってば」


「……え?」


「アイネは『お姉ちゃん』をやりたいからやってるわけで、それに縛られる必要なんかないんだって。それじゃ、前と同じになっちゃうだろ?」


 短いつきあいだけど、わかる。


 アイネは、自分の仕事にこだわりすぎるくせがある。前に『ギルドマスター見習い』をやってたときもそうだけど。


 ご主人様としては、無理してたら、止めてあげないと。


 でないと『庶民ギルド』の『ギルドマスター見習い』やってたときと同じだ。『お姉ちゃん』がアイネを縛ることになってしまう。そういうのは、違うから。


 ほら、たまにいるよね。


 学校や職場で『皆勤賞かいきんしょうを取る』って、うっかり宣言したせいで、体調が悪くても休めなくなっちゃう人って。


 僕のパーティはそういうところじゃない。


 アイネは『お姉ちゃん』をやりたいときだけ、やればいいんだ。


「それに、お姉ちゃんだっていろいろあるだろ? 無理に理想のお姉ちゃんにならなくたっていいから」


「……なぁくん…………うん。うん! ん、あ。ああああっ」


 もう一度頭をなでると、アイネの身体がびくん、びくんと、震えた。


「……ごめんね。セシルちゃん。アイネ、恥ずかしいおねえちゃんで、ごめんね」


「そんなことないです!」


 ドアの向こうで、セシルが叫んだ。


「ナギさまに強化していただくのは、奴隷としてあたりまえのことです。恥ずかしいことなんかないです」


「…………う、うん」


「わたしなんて、いつお呼びがかかってもいいように、毎晩お肌がきれいになって、胸がおっきくなる体操を────じゃなくて!」


 自白すんな。


「と、とにかく。わたしは、どんなアイネさんも、大好きですから」


「うん…………アイネも、だいすき。みんな……だいすき、だよ────んぁっ!」


『魂約』と『4概念チートキャラ』への再構築。


 その刺激は強すぎるみたいで、アイネは涙目になってる。


 それでもアイネの手は、僕の手を押さえてる。もう片方の手は、よく見えない。お腹のあたりを押さえてるみたいだ。


「あ…………あ…………あ」


 アイネは、もう、なにが起きてるのかわからないみたいに、うつろな目をして、口をぱくぱくとさせてる。セシルがそこにいることで、逆に力が抜けたのか、魔力の循環も早くなってくる。


 魔力が、すぅ、と、流れ込むたびに、アイネは身体を上下にゆさぶって。


 そしてまた、力を抜く──その繰り返し。


 いつの間にかワンピースはよれよれになり、ボタンは全部外れて、背中の真ん中まで落ちて、僕の手がなんとか支えてる状態。


「あう……あいね……しあわせに……なってる……あたまのなか……まっしろ。アイネが、まっしろな、ところにいて──ずっと……なぁくんと……いっしょ…………あぅ……あ…………あ」


 アイネは何度も首を振ってる。


 僕は『能力再構築』のウィンドウを見た。


 ふたりぶんの魔力は完全に入り交じってる。もう十分だ。


『魂約』するなら、そろそろ誓いの言葉を口にしないと。


「アイネ……『魂約』の誓いを」


「あ…………はぁ…………ぁ」


 アイネの目が、僕を見た。


 汗でしめった手が、僕のシャツを、ぎゅ、と握りしめてくる。


「アイネは…………アイネ、は……」


「生まれ変わっても、僕はアイネと一緒にいたい」


 僕はアイネの耳元に顔を近づけて、言った。


「アイネにも側にいて欲しいってのもあるけど、僕の仲間は無理しちゃう人ばっかりだから、ちゃんと見ててくれる家族が必要なんだ。だから、アイネも、一緒にいてほしい」


「…………なぁ……く…………なぁくん…………あん……はぃ…………」


 アイネの顔は、涙と汗で、ぐしゃぐしゃだったけど。


「…………アイネは…………アイネ=クルネットは…………なぁくんと……ずっと……いっしょに……いたいの。生まれ変わっても…………ひとつになりたい…………こんなふうに……しあわせで……いたいの」


 言い終えたアイネは、また、はぅ、と息を吐いた。


 魔力に反応した身体が、がくがくと揺れてる。


「…………あ…………あん…………アイネ…………おかしく……ってる…………はぅ……あ」


「もうちょっとだから……がんばって」


「…………は、はい。なぁくん……アイネの……すきな……ごしゅじん……さま」


 アイネが、僕を見た。


 うつろだった目に、かすかな光がともる。


「魂の」「……た、たましぃ、の」


 そしてアイネは、僕と声を揃えて、つぶやく。




「「──結び目の約束を──『魂約エンゲージ』」」




 言葉にした瞬間、アイネの身体から、力が抜けた。


 同時に、胸の中央に、光の輪が生まれる。


 そこから出てきたのは──小さな、アイネだった。


 いつものふわふわ髪と、優しい瞳。生まれたままの姿だ。かわいい。




『とらわれていたたましいにひかりをあててくれたひと。みちびいてくれたひと』




 魂のアイネは、言った。


『ありがとう。いつも、そばにいてくれて』


「それはこっちのセリフだよ」


『お姉ちゃんだけど、いいよね? 「魂約者」でも、いいよね?』


 アイネの胸から現れた『魂』は、身体を伝ってのぼってきて、肩のあたりに腰掛けた。


『こんなだめなお姉ちゃんだけど、一緒にいてくれるの?』


「それも、こっちからお願いすることだろ?」


『これからも、お姉ちゃん、やりすぎて、ぼうそうしたり、お姉ちゃんかぜをふかせたりするけど、いいよね?』


「そこがアイネだもんな。いいよ」


『いつか、みんなのあかちゃんに、みるくをあげたい』


「……うん。いつか、ね」


 僕が言うと、アイネの『魂』は、満面の笑みを浮かべた。


『「けいやく」よりもふかいえにしを、あなたに!』


 そう言ってアイネの魂は、栗色の髪を一本引き抜いて、僕の薬指に巻き付けた。


 僕が顔を近づけるとアイネの魂は、なぜか僕のみみたぶに唇で触れてから、髪を引き抜き、アイネの薬指にからめた。


『アイネは「やくわり」にとらわれすぎるから』


 魂のアイネは、そう言って、お辞儀をした。


『アイネがなにをしたいのか、思い出させてあげてね。なぁくん』


 そして、しゅる、と、アイネの魂は、彼女の胸の中に帰って行った。


「役割」にとらわれすぎるところ、か。


 アイネは、そういうところあるよな。『ギルドマスター見習い』やってたときも『お姉ちゃん』をやってる今も。


 別にアイネは、アイネのままでいいんだけどね。


「……ん、なぁくん」


「『魂約』は成功したよ。アイネ」


 アイネのステータスには、新しいスキルが追加されてる。




お姉ちゃんの宝箱クローズドボックス


 指定した革袋や鞄に、荷物を入れるための謎空間を作り出す。


 広さは宝箱ひとつ分。


 入れた荷物の重さは感じない。


 が、普通に時間は経過するので、生ものを入れるのには向かない。




 できたのは、倉庫スキルだ。


 容量は宝箱ひとつ分──頭に浮かんだイメージからすると、本棚くらいのサイズか。




 僕の『魂約』スキルは──


意識共有マインドリンケージ・改』


『意識共有』の上位版。


 奴隷にくちづけして、魔力のかけらを送り込むことで、遠く離れていてもメッセージをやりとりすることができる。徒歩で2日分くらいの距離まで離れてもOK。


 対象は2人まで。


 通常の『意識共有』との併用は不可。つかえるのは、どちらか片方だけ。





 こっちは離れていてもやりとりができるスキルみたいだ。


 メールを送るようなものかな。


 パーティを分けた時なんかに使えそうだ。


「…………アイネ……ちゃんと……できた……?」


 アイネはまばたきをしてから、言った。


「できたよ」


 僕はアイネの髪を撫でた。


 栗色の、ふわふわな髪は汗で湿ってる。けど、やっぱり気持ちいい。


「……ん。よかった。それと……セシルちゃん……」


 満たされたような顔をしたアイネは、ドアの方に目を向けた。


「……ぬけがけして……ごめんね」


「そんなことないです」


「なぁくん。セシルちゃんに……入って来てもらって、いい?」


 アイネが言ったから、僕はうなずいた。


「いいよ」


「……いいんですか?」


「アイネも、いいよ。どれいのなかまは、みんな……家族なの……」


 がちゃ、と、ドアが少しだけ開いて、困ったような顔のセシルがのぞいた。


 アイネは、ぼんやりした目で、それを見てた。


「ごめんね……アイネ、こんなかっこうで」


「そんなことないです。アイネさん……きれい……というか、うらやましいです」


「…………これで、アイネも……なぁくんの『魂約者』になれたの……よかった……」


 アイネは安心したみたいに、身体の力を抜いた。


 うん。よかった。


 アイネのスキルは『倉庫系』だ。本棚ひとつ分の荷物を普通に運べる、チート中のチート。


 上手く使えば交易もできるし、流通関係ではすごく強い。


 ……これで、あとは。


「…………アイネ、ちゃんとできたの?」


「できたよ。よく、がんばったね」


「…………よかった…………」


「あとは『4概念チートスキル』を作るだけだ」


 僕は、概念がゆるんだ『棒術LV2』に概念『魔力』を押し当てた。


「わ、わすれてたの……あ、あっ」


 スキルの隙間に『魔力』を押し込むと、アイネの身体が、びくん、と反応した。


「や、あっ──それ────あ、いまは────め──ぁ! あ」


「アイネさん、すごいです……」


 セシルは床に正座して、両手で顔をおおってる。指の隙間からこっちを見てる。


「わたし、『魂約』と『再構築』なんか同時にしたことないです。尊敬します!」


「…………そ、そう。そうなの」


 アイネは僕の手を握りしめたまま、涙目で笑った。


「だ、だよね。アイネは『お姉ちゃん』だもんね……これくらい、へっちゃら。みられてても……へいき……ん、あ、あああああっ!」


 ぐったりしてたアイネの身体が、反り返る。


 僕はアイネの『棒術LV2』に、概念『魔力』を押し込んだ。


 十分にゆるんでいたスキルは、新しい概念をあっさりと飲み込み、そして──




「実行! 『能力再構築スキル・ストラクチャーLV4』!」




「────────────────────っ!」


 僕の目の前で、アイネの身体が小刻みに上下して──。


 そして、完全に脱力した。


 肌は全身どこも上気してる。湯気が出そうなくらい。


「大丈夫か、アイネ?」


「……な、なぁ……くん…………」


 アイネは「はぁー」「はぁあー」って、息を吐いてから、僕を見た。


「アイネは、完全になぁくんのものに……なれた?」


「なれたよ。『魂約』は成功した。『4概念チートスキル』もできたよ。よく、がんばったね」


「…………お姉ちゃんだから、ね……」


「また、お姉ちゃんに戻ってる」


「アイネは今日から……かざらないお姉ちゃんになるの。恥ずかしいお姉ちゃんで……ご主人様が大好きなお姉ちゃん、みんなには内緒で、こっそり恥ずかしいことをおねだりしちゃう……お姉ちゃん……『アイネ=クルネット3』だよ?」


「ぼ────────────────────っ」


 ぼんやりとヴァージョンアップ宣言したアイネを、セシルがぼーっとした顔で見てた。


 真っ赤になった顔でこっちを見てる。


 一応、顔を手でおおってるけど……あごまで下がってるから意味ないよね……。


「ア、アイネさん。すごいです。『魂約』と『4概念再構築』、どっちもしちゃうなんて……お、おとな……です」


「セシルちゃんも、してもらうといいの」


「わ、わたしは、もう『魂約』しちゃいましたから……もっと別の……」


「それはあとで相談するの。ね」


「は、はい。よろしくお願いします。アイネお姉ちゃん!」


 なんの相談するつもりだろう。


 僕の腕の中で、ぐったりしてるけど、満たされたような顔で、アイネは笑った。


 そして『再構築』したアイネの『棒術』スキルは──





『魔力棒術LV1』


『棒』と『魔力』で『与えるダメージ』を『増やす』スキル


 ロッド、ワンド、ホウキやモップなど、棒関係のものを武器として扱うためのスキル。


 敵に与えるダメージをレベル×10%+10%増加させる。


 概念『魔力』が加わったことで、魔力を棒に宿すことができるようになった。


 そのため、注いだ魔力によって、攻撃力が上昇する。


 また、このスキルの使用中は、棒が『魔法の武器』扱いになるため、ゴーストなど、本来魔法の武器でないとダメージを与えられない相手とも戦うことができる。


 また、派生技として『魔力刺突』を使用可能。


 魔力を宿した棒で敵を突くことで、宿した魔力を相手にたたき込むことができる。その衝撃により、防具を貫通して内部ダメージを与えることが可能。





「ね、なぁくん……なぁくん」


 気がつくと、ベッドの隣にアイネが立っていた。


 着ているのはいつものメイド服──って、早っ。まだふらふらしてるし、下着はつけてないはずだけど。


「こういうことは、ちゃんとしないとだめだから」


 そういってアイネは床に座り、僕に向かって頭を下げた。


「アイネは、やっぱりお姉ちゃんをやりたいの。これは役割とかじゃなくて、たぶん、アイネの本能みたいなもの。だから、だから、ね」


「うん」


「みんなのお願いを叶えてあげたい。それが、アイネの一番したいことだから。お休みでも、仕事をしてるときも、それは変わらないの。もちろん、ご主人様のお願いが一番だけど、セシルちゃんたちのお願いも聞いてあげたいの」


「アイネ自身のお願いは?」


「それもちゃんと言うの。今回みたいに、ね。もう、遠慮しないから」


 そういって、アイネはいたずらっぽく笑った。


「でも、今回はなぁくんに、アイネだけたくさん……してもらったから、次はみんなの番なの。だから、あとでセシルちゃんのお願いを聞かせて?」


「わたしのお願い、ですか?」


「うん。アイネはしばらく、みんなを全力でサポートするの。そしたらまた、なぁくんにおねだりするから」


 さすが、パーティのお姉ちゃん。


 今回、アイネが『魂約エンゲージ』と『4概念チートスキル』への『再構築』をお願いしてきたのも、結局は僕の役に立ちたいから、だったし。


 結局のところ、アイネは僕も含めて、みんなのことが大好きなんだ。


「手に入れた力でもっともーっと、楽しい毎日にするの」


 パーティの『お姉ちゃん』は、うれしそうに宣言した。


「それがアイネの願うことであり、楽しみなんだよ。なぁくん」






 そして、アイネはみんなに、自分が『魂約者』と『4概念チートキャラ』になったことを伝えて。


 日が暮れる前に僕たちは、海水浴の後かたづけをすることにした。


 塩水を吸い込んだ水着とその他を洗って、絞って、空き部屋につるして、その下に泥水の入った水桶を置いて。


 アイネが「発動! 『汚水増加LV1』」ってがんばったら、すぐに乾いた。


『汚水増加』はまわりから水分を吸い取って、汚水を増やすことができる。


 まわりを桶で仕切ると、真上からしか水分を吸収できなくなる。その結果、洗濯物から水分を取り込むことになるから、あっという間に乾くんだ。


 その後は、今度こそアイネを休ませて、僕たちは夕食の支度。


 お湯を沸かしてスープを作ってるところで──来客があった。




「イリス=ハフェウメアさまとそのご一行様に、わが主人の書状をお持ちしました」


 それは、この町にいる商人さんの使者だった。


 イルガファと昔からつきあいのあるひとで、イリスがこの町に到着した、って報告をした相手だ。


「我が主人、ドルゴール=ハルトランドより海竜の巫女さまと、そのご一行さまにお伝えしたいことがごさいます。どうぞ、招待に応じていただけないでしょうか」






──────────────────



意識共有マインドリンケージ・改』


前に手に入れた『意識共有』の上位ヴァージョン。

奴隷にくちづけして、魔力のかけらを体内に送り込むことで、それを媒体に遠隔通信が可能になります。

距離は、徒歩2日分くらいなら離れていても大丈夫。

ただ、通常の『意識共有』のように、リアルタイムで読み取ることはできず、本当にメッセージを送るためのもの。

もちろん、通常の『意識共有』も使用可能。ですが、同時使用はできないので、使い分けが必要。

なお、ご主人様を好きすぎる奴隷に使うと、連続してスパムメールが飛んでくる可能性も。



『魔力棒術LV4』


アイネと『再構築』して作り出した戦闘スキル。

体内の魔力を送り込むことで、モップやホウキも魔法の武器にしてしまうという、かなり凶悪なスキルであります。たぶん、運が良ければ低レベル魔法をたたき落とすこともできるかも。



『お姉ちゃんの宝箱』


アイネの『魂約』スキル。

袋や箱に使用することで、中に謎空間を作り出すことができる。

作り出せるのは1つのみ。容量は本棚ひとつ分くらい。

入れたものの重さは感じないが、普通に時間は流れているので、生ものはくさってしまうことも。

また、中の物はアイネにしか出し入れできないので、えっちな本などを取り上げられた場合、二度と戻ってこないと考えた方がいいです。

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