第97話「『チート嫁第2形態(アイネ)』プラス『お姉ちゃんVer3』
「アイネをなぁくんの『魂約者』で『4概念チートキャラ』にしてください」
自室のベッドに腰掛けて、アイネはあらためて、僕にお願いをした。
アイネの部屋は初めて来たけど、きれいに片付いてる。
壁にはメイド服が吊してある。びしっと皺が伸ばしてあるし、ベッドのシーツもきれいに整えてある。
さすがの家事スキルだけど……アイネ、最初から準備してたな。
「これからアイネは、なぁくんのしたいことが2つあるとき、その半分を背負えるようになりたいの」
アイネは言った。
「パーティメンバーも増えたでしょ? だから、アイネをもっと強化すれば、いちどにふたつのクエストができるようになるかもしれないの」
それが『魂約者』『4概念チートキャラ』になりたいって言った理由か。
「つまり、パーティを2つに分けて行動できるように、ってこと?」
僕の問いに、アイネはうなずいた。
それは僕も以前に考えたことがある。
現在、僕たちのパーティは6人。それぞれが強力なチートスキルを持ってる。
簡単なクエストなら、僕とセシル、リタの3人でこなすことができる。
もしもアイネに、リタと同レベル──は、無理でも、もう少し戦闘能力があれば、アイネとイリス、ラフィリアの3人でもパーティが組める。採取系のクエストくらいならこなせるかもしれない。もちろん、その場合はイリスも強化しなきゃいけないけど。
「アイネも、そこまで考えてたのか」
「……という口実で、なぁくんと『魂約』したくなったの」
アイネは目を閉じて、ぺたんと、僕の方に寄りかかってくる。
口実だったの?
まぁ、僕としてもパーティを分けて仕事を増やす、ってのは、どうでもいいんだけど。
仕事がたくさんできるようになった、だからシフトを大量に入れて──って流れで、職場がブラック化するのを、僕は見てきたから。
ただ、アイネには『魂約』して、この先も一緒にいて欲しいってのはあるんだ。
「でもさ、アイネ。弟の……ナイアスのことは、いいのか?」
「縁があれば、きっと会えるの」
真面目な顔で、アイネはうなずいた。
「なぁくんとこうして出会えたように、アイネと、弟のナイアスがどこかで結びついているなら、また会える。今は……ね、目の前にいる、世界で一番大切なひとと……魂の約束、したいの」
「うん。わかった」
僕はアイネの頭をなでた。
アイネはくすぐったそうに目を細めてる。
いつもとは違って、今日はアイネが年下に見える。
まぁ、実年齢では僕たち、1歳くらいしか違わないんだけど。
普段のアイネは「お姉ちゃん」だから。
「わかった。やるよ『
「はい。お願いします。なぁくん」
アイネが、僕の手を握った。
それをゆっくりと、自分の胸に押し当てていく。
鼓動が伝わってくる。どくん、どくん、って。
前に『再構築』したときより、ずっと早い。
「あ、でもでも」
アイネは真っ赤な顔で、首を横に振った。
「みんなには、まだ、内緒にしてて欲しいの」
「いいけど。どうして?」
「実はアイネは、クールで
……まじかー。
いつもほんわかしてるから、気づかなかったよ。
「そのアイネが……その……みんなが寝てるあいだに、なぁくんに『魂約』をおねだりしたなんてことがばれたら…………なんだか、ゆうわくに負けちゃったみたいで……恥ずかしいの」
アイネは、すごく照れた顔で、両手の指をつんつん、と合わせた。
「こ、このために海では体力を残しておいて……みんなが眠ったすきに……なんて……言えないの。恥ずかしいお姉ちゃんになっちゃうの。いつもは『みんなはなぁくんと一緒にいて。アイネは、後でいいから』って言ってるのに」
「言ってるの?」
「……言ってるの」
言ってたのか。
アイネはパーティのお姉ちゃんとして、いろいろ我慢してたんだな。
「だから、ね。みんなの前ではちゃんとしたお姉ちゃんでいたいの。だから……」
「そういうものなの?」
「そういうものなの!」
そういうものなのか。じゃあしょうがないな。
「でも、首輪の色が銀色に変わるから、わかると思うんだけど」
「それはメイド服の襟で隠すから、大丈夫なの」
「大丈夫なの?」
「大丈夫なの!」
アイネは頬をふくらませて、恨めしそうに僕を見てる。
「もー、なぁくん理屈っぽいの! こういうのは気持ちが優先でしょ!」
怒られた。
怒ったアイネって、なんだか新鮮だった。
「わかったよ。じゃあ、アイネ、僕の前に座って」
「……んっ」
言われた通り、アイネは僕の前に腰掛ける。
僕は改めて、アイネの後ろから、胸に手を当てた。
そして『
アイネのステータスを開示する。
アイネのスキルで再構築できるのは『虹色防壁LV6』『料理LV9』『掃除LV9』『棒術LV2』だ。
戦闘力を上げるなら、『棒術』を使った方がいいな。
手元には天竜の封印を壊したときに手に入れた概念『魔力』がある。
これを使ってアイネを『4概念チートキャラ』にしよう。
「『
「大丈夫、なの」
アイネは肩越しに僕を見て、笑った。
「みんなの『お姉ちゃん』は、みんな以上の試練を乗り越えなきゃなの」
また『お姉ちゃん』に戻ってる。
アイネは、役割にこだわるくせがあるよな。『庶民ギルド』のギルドマスター見習いをやってたときもそうだったけど。
「限界だと思ったら言うように。いいな」
「はい……んっ」
アイネはなんだか、熱っぽい息を吐いてる。
「でも……だいじょうぶ、かな。アイネ、恥ずかしい声を出したり、しない、かな」
「それは気にしないから、大丈夫」
「……もうぅ」
「はじめるよ。アイネ」
僕が言うと、アイネは耳まで真っ赤にして、うなずいた。
僕は『能力再構築』のウィンドウに、アイネの『棒術LV2』を呼び出した。
『棒術LV2』
『棒』で『与えるダメージ』を『増やす』スキル。
まずはアイネを、僕の魔力になじませるよう。
僕は『魔力の糸』を呼び出して、アイネのスキルの概念にからめていく。
そして、徐々に魔力を送り込んでいく──
「──んぁっ」
ぴくん、と、アイネの身体が反応した。
「あ……ひさしぶり……なぁくんと、ひとつに……なるの。んっ」
「つらくない? もっと弱くしようか?」
「逆なの。もうちょっと強くても、だいじょぶ」
アイネは肩越しに僕を見て、わらった。
「おねだりが……ばれたら恥ずかしいから、みんなが起きるまえに、終わらせて……ね」
「わかった」
魔力を強めに。そして『棒術』の概念もほぐしておこう。
僕は『棒』と『与えるダメージ』に魔力を強めに、流し込んだ。
「あ、あん。あ、はぁ。あ……なぁくん……が、はいって……うれ……し……んっ」
ぴりっ、と、アイネの中にある『概念』が震えた。
同時に、僕の手のひらにも、アイネの熱が伝わってくる。
アイネのワンピース越しに感じる、この感じは……?
なんだか、妙に生々しいような……。
「……アイネ。この服の下って……?」
「……下着……うっかりみんなの水着と一緒にしちゃったの……」
アイネは、ふるん、と、肩を震わせて、僕を見た。
そっか。今日の分の下着を、海水を吸った水着と一緒にしちゃったのか。
…………………………………………じゃあしょうがないよな。
「……続き、いくよ」
「うん…………あぅ。は……あ、あん。うん」
アイネは僕の手を握ったまま、太股をこすりあわせてる。
ときどき、びくん、って、膝を持ち上げて、落として。
首輪がついた白い首筋には、汗が浮き出てる。
僕はアイネのスキルの概念を、ゆっくりと揺らしていく。
『魂約」だけじゃない。『4概念チートキャラ』にするために、スキルをほぐしておかないと。
「…………はふぅ」
『棒術』の概念が、少しゆるんできた。
『棒』と『与えるダメージ』の間が開きはじめてる。
もっとなじませるために……内側から、魔力を注いでみるか。
僕はアイネのスキルの中にある隙間に、指と『魔力の糸』数本、滑り込ませる。
「──────っ!?」
よし。いける。このまま魔力を強めに送り込む。
アイネの内側に直接、僕を流し込むイメージだ。
「…………んっ。なぁくん…………いじり、すぎっ……」
アイネは涙をためて、横目で僕をにらんだ。
いや、でも『魂約』するんだから、アイネの全部を知っておかないと。
『能力再構築』のウィンドウには、アイネの全身像が表示されてる。魔力の流れも見える。
アイネの深いところに直接、魔力を流し込んでるせいか、循環効率がいい。
今のところ、循環率は60パーセントってところだ。
「も、もう」
アイネは切なそうに、身をよじった。
「……アイネのこんなところ見せるの……なぁくんだけ……だよ?」
「……でも、前にみんなの前で『再構築』したよね……?」
「あ、あれは、あれ……は、緊急の場合、でしょ!?」
アイネはぷーっと、ほっぺたを膨らませた。
「……それに……アイネはもう、みんなの『お姉ちゃん』だから……こんなふうに、なぁくんにおねだりして……まりょくで……つながって……るとこ………見られたら……あ……んっ」
「アイネさーん。ナギさまがいないです。ご存じないですかー?」
とん、ととん。
ノックの音がした。
びくんっ。
アイネの身体が、はねた。
「────んっ! セ、セシルちゃん──あ。んっ。あ────ん────っ!」
とっさに出そうになった声を、アイネが口を押さえてこらえる。
ドアの外にいるのは、セシル。
目を覚まして、僕を探しに来たみたいだ。
「────っ。な、なぁくん…………これ…………どうしよう……どうしよう……んっ。あ、やんっ」
「……途中でやめるのはまずいな」
というか『再構築』と『魂約』を中止したらどうなるのか、想像もつかない。
アイネのスキルはゆるゆるになって、束になった『魔力の糸』を飲み込んでる。スキルの概念も外れそうだ。
『再構築』しないままで、ほっとくわけにもいかない。
僕とアイネの魔力も、完全に循環をはじめてる。
接続を解除するのにも時間が必要だ。『能力再構築』はUSBケーブルでもHDMIケーブルでもないんだから。
「…………な、なぁくんなら……んっ。お部屋に」
アイネはやっと、それだけを口にした。
「いらっしゃらなかったです」
無慈悲な答えが返ってくる。
「お風呂に」
「いらっしゃらなかったです」
「あ……あのあの…………なぁくん……なら……いま」
アイネは口をぱくぱくさせて──
「……アイネの…………なかに…………」
「…………あ」
言っちゃった。
「…………あ…………あ、あん。あ、や、ぁ」
「ちょ、アイネ、動くな」
全身ゆでだこみたいになったアイネが逃げようとしたから、僕は後ろから抱きしめた。
その拍子に、指が動いて、『棒術LV2』の『棒』と『与えるダメージ』の間に飲み込まれる。しゅり、と、指先が概念の内側を引っ掻く。
「あ、あ、や。なぁくん……そんな……ぃ、とこ……ん────ああああっ!?」
内側から入り込んでくる刺激と、魔力に、アイネの身体が反り返る。
ウィンドウに表示されたアイネの全身図に、びり、と、魔力の火花が散るのが見えた。
「あん……あ。ちかちか、する。あっ。んっ。ああああああああっ!」
アイネが目を見開いた。
細い身体が、びくん、びくん、と、跳ねて。
限界まで硬直したアイネが、くたん、と脱力した。
「…………ごめんね、セシルちゃん。アイネ……は、お姉ちゃんなのに……きょうか……なぁくんにおねだりして………………してもらってるの……」
アイネの目から、涙の粒が落ちた。
「ちゃんと『お姉ちゃん』するつもりだったのに。アイネは最後でいいって思ってたのに……がまん、できなくて……」
「だ、だだだだ、だいじょうぶです! わたし、なにも聞いてないですからっ!」
「…………なぁくんの手……あったかくて……ちかくに……あって……しあわ……せ。こんな……だめな……お姉ちゃん……なのに……」
「あのさ、アイネ」
僕は、アイネの頭をなでた。
「アイネ、『お姉ちゃん』にこだわりすぎだってば」
「……え?」
「アイネは『お姉ちゃん』をやりたいからやってるわけで、それに縛られる必要なんかないんだって。それじゃ、前と同じになっちゃうだろ?」
短いつきあいだけど、わかる。
アイネは、自分の仕事にこだわりすぎるくせがある。前に『ギルドマスター見習い』をやってたときもそうだけど。
ご主人様としては、無理してたら、止めてあげないと。
でないと『庶民ギルド』の『ギルドマスター見習い』やってたときと同じだ。『お姉ちゃん』がアイネを縛ることになってしまう。そういうのは、違うから。
ほら、たまにいるよね。
学校や職場で『
僕のパーティはそういうところじゃない。
アイネは『お姉ちゃん』をやりたいときだけ、やればいいんだ。
「それに、お姉ちゃんだっていろいろあるだろ? 無理に理想のお姉ちゃんにならなくたっていいから」
「……なぁくん…………うん。うん! ん、あ。ああああっ」
もう一度頭をなでると、アイネの身体がびくん、びくんと、震えた。
「……ごめんね。セシルちゃん。アイネ、恥ずかしいおねえちゃんで、ごめんね」
「そんなことないです!」
ドアの向こうで、セシルが叫んだ。
「ナギさまに強化していただくのは、奴隷としてあたりまえのことです。恥ずかしいことなんかないです」
「…………う、うん」
「わたしなんて、いつお呼びがかかってもいいように、毎晩お肌がきれいになって、胸がおっきくなる体操を────じゃなくて!」
自白すんな。
「と、とにかく。わたしは、どんなアイネさんも、大好きですから」
「うん…………アイネも、だいすき。みんな……だいすき、だよ────んぁっ!」
『魂約』と『4概念チートキャラ』への再構築。
その刺激は強すぎるみたいで、アイネは涙目になってる。
それでもアイネの手は、僕の手を押さえてる。もう片方の手は、よく見えない。お腹のあたりを押さえてるみたいだ。
「あ…………あ…………あ」
アイネは、もう、なにが起きてるのかわからないみたいに、うつろな目をして、口をぱくぱくとさせてる。セシルがそこにいることで、逆に力が抜けたのか、魔力の循環も早くなってくる。
魔力が、すぅ、と、流れ込むたびに、アイネは身体を上下にゆさぶって。
そしてまた、力を抜く──その繰り返し。
いつの間にかワンピースはよれよれになり、ボタンは全部外れて、背中の真ん中まで落ちて、僕の手がなんとか支えてる状態。
「あう……あいね……しあわせに……なってる……あたまのなか……まっしろ。アイネが、まっしろな、ところにいて──ずっと……なぁくんと……いっしょ…………あぅ……あ…………あ」
アイネは何度も首を振ってる。
僕は『能力再構築』のウィンドウを見た。
ふたりぶんの魔力は完全に入り交じってる。もう十分だ。
『魂約』するなら、そろそろ誓いの言葉を口にしないと。
「アイネ……『魂約』の誓いを」
「あ…………はぁ…………ぁ」
アイネの目が、僕を見た。
汗でしめった手が、僕のシャツを、ぎゅ、と握りしめてくる。
「アイネは…………アイネ、は……」
「生まれ変わっても、僕はアイネと一緒にいたい」
僕はアイネの耳元に顔を近づけて、言った。
「アイネにも側にいて欲しいってのもあるけど、僕の仲間は無理しちゃう人ばっかりだから、ちゃんと見ててくれる家族が必要なんだ。だから、アイネも、一緒にいてほしい」
「…………なぁ……く…………なぁくん…………あん……はぃ…………」
アイネの顔は、涙と汗で、ぐしゃぐしゃだったけど。
「…………アイネは…………アイネ=クルネットは…………なぁくんと……ずっと……いっしょに……いたいの。生まれ変わっても…………ひとつになりたい…………こんなふうに……しあわせで……いたいの」
言い終えたアイネは、また、はぅ、と息を吐いた。
魔力に反応した身体が、がくがくと揺れてる。
「…………あ…………あん…………アイネ…………おかしく……ってる…………はぅ……あ」
「もうちょっとだから……がんばって」
「…………は、はい。なぁくん……アイネの……すきな……ごしゅじん……さま」
アイネが、僕を見た。
うつろだった目に、かすかな光がともる。
「魂の」「……た、たましぃ、の」
そしてアイネは、僕と声を揃えて、つぶやく。
「「──結び目の約束を──『
言葉にした瞬間、アイネの身体から、力が抜けた。
同時に、胸の中央に、光の輪が生まれる。
そこから出てきたのは──小さな、アイネだった。
いつものふわふわ髪と、優しい瞳。生まれたままの姿だ。かわいい。
『とらわれていたたましいにひかりをあててくれたひと。みちびいてくれたひと』
魂のアイネは、言った。
『ありがとう。いつも、そばにいてくれて』
「それはこっちのセリフだよ」
『お姉ちゃんだけど、いいよね? 「魂約者」でも、いいよね?』
アイネの胸から現れた『魂』は、身体を伝ってのぼってきて、肩のあたりに腰掛けた。
『こんなだめなお姉ちゃんだけど、一緒にいてくれるの?』
「それも、こっちからお願いすることだろ?」
『これからも、お姉ちゃん、やりすぎて、ぼうそうしたり、お姉ちゃんかぜをふかせたりするけど、いいよね?』
「そこがアイネだもんな。いいよ」
『いつか、みんなのあかちゃんに、みるくをあげたい』
「……うん。いつか、ね」
僕が言うと、アイネの『魂』は、満面の笑みを浮かべた。
『「けいやく」よりもふかいえにしを、あなたに!』
そう言ってアイネの魂は、栗色の髪を一本引き抜いて、僕の薬指に巻き付けた。
僕が顔を近づけるとアイネの魂は、なぜか僕のみみたぶに唇で触れてから、髪を引き抜き、アイネの薬指にからめた。
『アイネは「やくわり」にとらわれすぎるから』
魂のアイネは、そう言って、お辞儀をした。
『アイネがなにをしたいのか、思い出させてあげてね。なぁくん』
そして、しゅる、と、アイネの魂は、彼女の胸の中に帰って行った。
「役割」にとらわれすぎるところ、か。
アイネは、そういうところあるよな。『ギルドマスター見習い』やってたときも『お姉ちゃん』をやってる今も。
別にアイネは、アイネのままでいいんだけどね。
「……ん、なぁくん」
「『魂約』は成功したよ。アイネ」
アイネのステータスには、新しいスキルが追加されてる。
『
指定した革袋や鞄に、荷物を入れるための謎空間を作り出す。
広さは宝箱ひとつ分。
入れた荷物の重さは感じない。
が、普通に時間は経過するので、生ものを入れるのには向かない。
できたのは、倉庫スキルだ。
容量は宝箱ひとつ分──頭に浮かんだイメージからすると、本棚くらいのサイズか。
僕の『魂約』スキルは──
『
『意識共有』の上位版。
奴隷にくちづけして、魔力のかけらを送り込むことで、遠く離れていてもメッセージをやりとりすることができる。徒歩で2日分くらいの距離まで離れてもOK。
対象は2人まで。
通常の『意識共有』との併用は不可。つかえるのは、どちらか片方だけ。
こっちは離れていてもやりとりができるスキルみたいだ。
メールを送るようなものかな。
パーティを分けた時なんかに使えそうだ。
「…………アイネ……ちゃんと……できた……?」
アイネはまばたきをしてから、言った。
「できたよ」
僕はアイネの髪を撫でた。
栗色の、ふわふわな髪は汗で湿ってる。けど、やっぱり気持ちいい。
「……ん。よかった。それと……セシルちゃん……」
満たされたような顔をしたアイネは、ドアの方に目を向けた。
「……ぬけがけして……ごめんね」
「そんなことないです」
「なぁくん。セシルちゃんに……入って来てもらって、いい?」
アイネが言ったから、僕はうなずいた。
「いいよ」
「……いいんですか?」
「アイネも、いいよ。どれいのなかまは、みんな……家族なの……」
がちゃ、と、ドアが少しだけ開いて、困ったような顔のセシルがのぞいた。
アイネは、ぼんやりした目で、それを見てた。
「ごめんね……アイネ、こんなかっこうで」
「そんなことないです。アイネさん……きれい……というか、うらやましいです」
「…………これで、アイネも……なぁくんの『魂約者』になれたの……よかった……」
アイネは安心したみたいに、身体の力を抜いた。
うん。よかった。
アイネのスキルは『倉庫系』だ。本棚ひとつ分の荷物を普通に運べる、チート中のチート。
上手く使えば交易もできるし、流通関係ではすごく強い。
……これで、あとは。
「…………アイネ、ちゃんとできたの?」
「できたよ。よく、がんばったね」
「…………よかった…………」
「あとは『4概念チートスキル』を作るだけだ」
僕は、概念がゆるんだ『棒術LV2』に概念『魔力』を押し当てた。
「わ、わすれてたの……あ、あっ」
スキルの隙間に『魔力』を押し込むと、アイネの身体が、びくん、と反応した。
「や、あっ──それ────あ、いまは────め──ぁ! あ」
「アイネさん、すごいです……」
セシルは床に正座して、両手で顔をおおってる。指の隙間からこっちを見てる。
「わたし、『魂約』と『再構築』なんか同時にしたことないです。尊敬します!」
「…………そ、そう。そうなの」
アイネは僕の手を握りしめたまま、涙目で笑った。
「だ、だよね。アイネは『お姉ちゃん』だもんね……これくらい、へっちゃら。みられてても……へいき……ん、あ、あああああっ!」
ぐったりしてたアイネの身体が、反り返る。
僕はアイネの『棒術LV2』に、概念『魔力』を押し込んだ。
十分にゆるんでいたスキルは、新しい概念をあっさりと飲み込み、そして──
「実行! 『
「────────────────────っ!」
僕の目の前で、アイネの身体が小刻みに上下して──。
そして、完全に脱力した。
肌は全身どこも上気してる。湯気が出そうなくらい。
「大丈夫か、アイネ?」
「……な、なぁ……くん…………」
アイネは「はぁー」「はぁあー」って、息を吐いてから、僕を見た。
「アイネは、完全になぁくんのものに……なれた?」
「なれたよ。『魂約』は成功した。『4概念チートスキル』もできたよ。よく、がんばったね」
「…………お姉ちゃんだから、ね……」
「また、お姉ちゃんに戻ってる」
「アイネは今日から……かざらないお姉ちゃんになるの。恥ずかしいお姉ちゃんで……ご主人様が大好きなお姉ちゃん、みんなには内緒で、こっそり恥ずかしいことをおねだりしちゃう……お姉ちゃん……『アイネ=クルネット3』だよ?」
「ぼ────────────────────っ」
ぼんやりとヴァージョンアップ宣言したアイネを、セシルがぼーっとした顔で見てた。
真っ赤になった顔でこっちを見てる。
一応、顔を手でおおってるけど……あごまで下がってるから意味ないよね……。
「ア、アイネさん。すごいです。『魂約』と『4概念再構築』、どっちもしちゃうなんて……お、おとな……です」
「セシルちゃんも、してもらうといいの」
「わ、わたしは、もう『魂約』しちゃいましたから……もっと別の……」
「それはあとで相談するの。ね」
「は、はい。よろしくお願いします。アイネお姉ちゃん!」
なんの相談するつもりだろう。
僕の腕の中で、ぐったりしてるけど、満たされたような顔で、アイネは笑った。
そして『再構築』したアイネの『棒術』スキルは──
『魔力棒術LV1』
『棒』と『魔力』で『与えるダメージ』を『増やす』スキル
ロッド、ワンド、ホウキやモップなど、棒関係のものを武器として扱うためのスキル。
敵に与えるダメージをレベル×10%+10%増加させる。
概念『魔力』が加わったことで、魔力を棒に宿すことができるようになった。
そのため、注いだ魔力によって、攻撃力が上昇する。
また、このスキルの使用中は、棒が『魔法の武器』扱いになるため、ゴーストなど、本来魔法の武器でないとダメージを与えられない相手とも戦うことができる。
また、派生技として『魔力刺突』を使用可能。
魔力を宿した棒で敵を突くことで、宿した魔力を相手にたたき込むことができる。その衝撃により、防具を貫通して内部ダメージを与えることが可能。
「ね、なぁくん……なぁくん」
気がつくと、ベッドの隣にアイネが立っていた。
着ているのはいつものメイド服──って、早っ。まだふらふらしてるし、下着はつけてないはずだけど。
「こういうことは、ちゃんとしないとだめだから」
そういってアイネは床に座り、僕に向かって頭を下げた。
「アイネは、やっぱりお姉ちゃんをやりたいの。これは役割とかじゃなくて、たぶん、アイネの本能みたいなもの。だから、だから、ね」
「うん」
「みんなのお願いを叶えてあげたい。それが、アイネの一番したいことだから。お休みでも、仕事をしてるときも、それは変わらないの。もちろん、ご主人様のお願いが一番だけど、セシルちゃんたちのお願いも聞いてあげたいの」
「アイネ自身のお願いは?」
「それもちゃんと言うの。今回みたいに、ね。もう、遠慮しないから」
そういって、アイネはいたずらっぽく笑った。
「でも、今回はなぁくんに、アイネだけたくさん……してもらったから、次はみんなの番なの。だから、あとでセシルちゃんのお願いを聞かせて?」
「わたしのお願い、ですか?」
「うん。アイネはしばらく、みんなを全力でサポートするの。そしたらまた、なぁくんにおねだりするから」
さすが、パーティのお姉ちゃん。
今回、アイネが『
結局のところ、アイネは僕も含めて、みんなのことが大好きなんだ。
「手に入れた力でもっともーっと、楽しい毎日にするの」
パーティの『お姉ちゃん』は、うれしそうに宣言した。
「それがアイネの願うことであり、楽しみなんだよ。なぁくん」
そして、アイネはみんなに、自分が『魂約者』と『4概念チートキャラ』になったことを伝えて。
日が暮れる前に僕たちは、海水浴の後かたづけをすることにした。
塩水を吸い込んだ水着とその他を洗って、絞って、空き部屋につるして、その下に泥水の入った水桶を置いて。
アイネが「発動! 『汚水増加LV1』」ってがんばったら、すぐに乾いた。
『汚水増加』はまわりから水分を吸い取って、汚水を増やすことができる。
まわりを桶で仕切ると、真上からしか水分を吸収できなくなる。その結果、洗濯物から水分を取り込むことになるから、あっという間に乾くんだ。
その後は、今度こそアイネを休ませて、僕たちは夕食の支度。
お湯を沸かしてスープを作ってるところで──来客があった。
「イリス=ハフェウメアさまとそのご一行様に、わが主人の書状をお持ちしました」
それは、この町にいる商人さんの使者だった。
イルガファと昔からつきあいのあるひとで、イリスがこの町に到着した、って報告をした相手だ。
「我が主人、ドルゴール=ハルトランドより海竜の巫女さまと、そのご一行さまにお伝えしたいことがごさいます。どうぞ、招待に応じていただけないでしょうか」
──────────────────
『
前に手に入れた『意識共有』の上位ヴァージョン。
奴隷にくちづけして、魔力のかけらを体内に送り込むことで、それを媒体に遠隔通信が可能になります。
距離は、徒歩2日分くらいなら離れていても大丈夫。
ただ、通常の『意識共有』のように、リアルタイムで読み取ることはできず、本当にメッセージを送るためのもの。
もちろん、通常の『意識共有』も使用可能。ですが、同時使用はできないので、使い分けが必要。
なお、ご主人様を好きすぎる奴隷に使うと、連続してスパムメールが飛んでくる可能性も。
『魔力棒術LV4』
アイネと『再構築』して作り出した戦闘スキル。
体内の魔力を送り込むことで、モップやホウキも魔法の武器にしてしまうという、かなり凶悪なスキルであります。たぶん、運が良ければ低レベル魔法をたたき落とすこともできるかも。
『お姉ちゃんの宝箱』
アイネの『魂約』スキル。
袋や箱に使用することで、中に謎空間を作り出すことができる。
作り出せるのは1つのみ。容量は本棚ひとつ分くらい。
入れたものの重さは感じないが、普通に時間は流れているので、生ものはくさってしまうことも。
また、中の物はアイネにしか出し入れできないので、えっちな本などを取り上げられた場合、二度と戻ってこないと考えた方がいいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます