第98話「町のちょっとした危機を救うため、奴隷とメールでやりとりしてみた」

 保養地に住む商人、ドルゴール=ハルトランドさんは、ガタイのいい男性だった。


 イリスによると、彼はもともと冒険者だったらしい。


 いくつかのクエストをこなしたあとで、商人に転職したそうだ。海運にも関わって、今では保養地の商人ギルドに所属している。扱っているのは南方から運ばれてくる海産物が主で、素材を集めて武器や防具なんかも卸しているらしい。


「わしは若いころ、海竜ケルカトルに命を救われたことがありましてなぁ」


 ドルゴールさんはワインのボトルを片手に、熊みたいなヒゲをなでながら言った。


「それからは、海竜をあがめるようになったのですな。海竜への祈りは欠かしたことがありません。海竜ケルカトルと巫女さまを裏切ったときは、この命を差し出すつもりでおります。その証拠に、祭りのときには『海竜のお面』を買い込んで、部屋にかざっておりますよ」


 招待に応じた僕たちに、ドルゴールさんは豪快に笑ってみせた。


 冗談に聞こえるけど……たぶん、本気だ。この部屋を見ればわかる。


 僕たちがいる応接間の壁には、無数の『海竜のお面』が飾ってあるから。


 古いものや新しいもの。鉄製のもの、陶器のもの、水晶でできたものもある。


 お面だけじゃない。海竜ケルカトルのフィギュアに、海竜の伝説をモチーフにしたタペストリー、絵画、詩まで飾ってある。


 まるで『海竜ケルカトル博物館』だ。


 というか、あがめてる、というより「海竜オタク部屋」にしか見えないんですが。


 でも、ドルゴールさんは自慢げに部屋を見回して、


「そんなわけで、イリスさまがこの町に静養に来られるという話をお聞きして、ぜひ、一度じっくりとお話をしたいと思っていたのですな」


「それはそれは」


 そんな商人さんに、イリスは穏やかな笑みを浮かべて、答えた。


「わが守り神、海竜ケルカトルも、ドルゴールさまの忠誠に感謝していることでしょう」


 勧められたお茶を飲みながら、さらりと言葉を返すイリス。


 このあたりは、さすがイルガファ領主家の娘だ。


 パーティでみんなといるときの、あまえんぼな感じとはぜんぜん違うな。


 あっちが本性なんだけどね。


 今だってテーブルの下で、イリスは僕の服の裾をつかんでるから。


 僕たちがいるのは、商人ドルゴールさんの屋敷。敷地の中に倉庫がある、割と小さな家で、その応接間で食事をごちそうになってる。


 ここにいるのは商人のドルゴールさんと屋敷のメイドさん。それと、僕とイリスとリタと、アイネ。計6人。


 主賓しゅひんはイリス。


 僕とリタはその護衛。アイネはイリスづきのメイド、ってことにしてある。


「護衛の方々も、どうぞ遠慮なく。旅の話などを聞かせてくだされ」


 そう言ってドルゴールさんは、僕たちにも料理をすすめた。


 同じテーブルで護衛にも食事をさせてるあたり、細かいことにはこだわらない人みたいだ。


 元の世界にもこういう人いたな。現場たたきあげで、立場とか関係なく、能力で評価してくれる人。本社から派遣されてきた管理職とケンカして、結局、辞めさせられちゃったけど。おっちゃん、元気かな……。


「そういえばイリスさまはご存じですか、魔物に占拠された砦のことを」


 ドルゴールさんはワインを口にしながら、言った。


「ええ」


 イリスはスープを一口飲み込んでから、うなずいた。


「王子様が中心となり、奪還作戦を行われるのでしたね」


「さようです。冒険者ギルドは、かつてない騒ぎになっているようで」


「イリスもおにいちゃ──いえ、ごしゅじ──いえ、この者から聞いております。ですよね? ですよね? 間違いないでしょう?」


 イリスはくいくい、と、僕の服の裾を引っ張った。


 ここからは、僕の出番か。


 情報収集するなら、冒険者の立場でやった方がいいよな。


「失礼します。ドルゴールさま、お話に参加してよろしいですか?」


「むろん。わしも以前は冒険者をやっていた身だからな。現役の者と話ができるのはうれしい」


 ドルゴールさんはヒゲをなでて答えた。


「それに『海竜の巫女』の護衛ともなれば、さぞ信頼されているのだろう?」


 商人ドルゴールさんは笑いながら、油断なくこっちを見てる。


 リタもアイネも、緊張してる。リラックスしてるのはイリスくらいだ。


 彼女は領主の仕事を手伝ってた関係で、商人さんともつきあいがあったらしいから。でも、イリス、切り分けたお肉をこっそり僕の皿に入れるのやめなさい。メイドさんたちも見てるから。あと、キャルベット(異世界ニンジン)も食べなさいって、アイネに言われてるよね?


「僕も、砦攻略とりでこうりゃくクエストについては、冒険者ギルドで聞きました」


 気を取り直して、僕は言った。


「もっとも、僕たちは現在、そのようなことに構っている余裕はありませんが。イリスさまを命かけてお守りし、共にあることが最優先事項ですからね」


「なるほど」


 ドルゴールさんはうなずいた。


「さすが『海竜の巫女』さまが信頼されているだけのことはありますな」


「……は、はい。イリスも、おにいちゃ……いえ、皆様とともに旅を続けることが、最大の目的です。もう、人生の楽しみといっていいほどでしょう」


 イリス、顔赤くしすぎだ。


「僕としても、砦攻略クエストは魅力的ではありますが……今は、優先事項を間違えないようにしたいと思っていますよ」


 僕は言った。


「それがいいでしょうな。もっとも、あのクエストは現在、保留になっとるのですが」


 ぽつり、と、ドルゴールさんは教えてくれる。


「クエストの内容はご存じですかな。護衛の方よ」


「凶暴化した魔物たちが、廃棄された砦を占拠したんですよね……」


 そのために、王家は冒険者を大量に募集してた。


 優秀な者は王家の正規兵に採用されるって条件がついてて、そのせいで大盛況だったはずだ。


 でも……確か、魔物が凶暴化した理由って『天竜の魔力の怒り』の影響だったかもしれないんだよな。そのへんは、シロとシンクロいたときに、天竜の残留魔力に聞いた。調べたら、砦は『天竜の封印の地』の近くにあったし。


 ここは、軽く探りを入れてみるか。


「しかし、その砦攻略クエストが保留になっているということは……もしかして、魔物がさらに凶暴化しているとか、でしょうか?」


「逆ですね。むしろおとなしくなっているようです」


「おとなしく、ですか?」


「魔物たちは徒党を組んで、近くの村への侵攻をめざしていたのだが、急に砦から出てこなくなったとか。毎晩聞こえてきていた咆哮ほうこうも途切れ、かえって不気味だということであるですな」


 ……やっぱり。


『天竜の残留魔力』を解放したことで、魔物の凶暴化が解けたのか。


 仕事をなくしちゃった冒険者たちには悪いことしたけど。


「でも『保留』なのですよね?」


「そう。魔物が大人しくなったのなら急ぐこともないからですな」


「確かに」


「そういうわけだから、せっかくなので、第8王子クラヴィスさまの誕生日にあわせて、華々はなばなしく討伐を行おうという話になっとります」


 …………どうしてそうなった。


「クエストに登録した冒険者たちは、みんな『宿屋待機やどやたいき』中だそうで」


『宿屋待機』って……。


 内定出た求職者を『自宅待機』させてるようなものか。


 それでいいのか異世界。


「なんでも、正規兵として雇われるための適性検査もかねているらしい。いつでも呼び出しに応じるように、と。どう思われるかな、護衛の方」


「ちなみに『宿屋待機』の費用は?」


「自腹だそうです」


「……クエストの受注を取り消すことはできないのですか? ドルゴールさま」


「わしもそう思うのですが、すでに人数を王子様に申告してしまったので、穴があくと冒険者ギルドの責任問題になるらしい。

 受注することを決めたのに取り消すような冒険者には、適性に問題がある。そのような者を登録させている冒険者ギルドも連帯責任を負う、とのことで、今後ギルドは王家から仕事を受けられなくなる、とおどされているのだよ……」


「でも、クエストがいつ始まるかは決まってないんですよね?」


「ですな。だから『正式な配置が決まるまでは宿屋待機』ということですな」


 元の世界風に翻訳すると『内定は出したけど、職場の配置はまだ決まってない。だから自宅待機。その間、別の仕事はさせない。内定を辞退したら、今後その学校からの求職は受けない』って感じかな。


 うん。わかった。


 王家に関わるのはやめよう。


「しかし、治安のためには、それも仕方のないことなのでしょうね」


 僕は内心を顔に出さないようにして、言った。


 ため息くらいつきたかったけど、この人が王家と取引がないとも限らないからな。


とりでに魔物がいるような状態では、落ち着いて旅もできませんから」


「はぁ。ですが冒険者が不足したせいで、街道かいどうの近くに魔物が出始めておりましてなぁ」


 ……だめだろ、それ。


「そのせいで、商人ギルドの荷馬車が出発できくなっておりまして……はぁ」


 ため息をついたのは、ドルゴールさんの方だった。


「魔物退治を依頼しようにも、冒険者は宿屋待機中。冒険者ギルドに依頼を出そうにも、冒険者を横取りしたとなれば、王家ににらまれてしまいますからな……」


「困ったものですね」


 いや、まったく。


「実は、イリスさまとご一行をご招待したのは、そのあたりを相談するためでもあるのです」


 商人ドルゴールさんは、丈の長いガウンの襟元をなおして、言った。


「イリスさまの護衛をされているからには、そこにいる冒険者の皆様は、腕利きぞろいなのですな?」


「いえ、並です」


「並ですか」


「ぶっちゃけ、冒険者をはじめて1か月くらいで、やっと初心者脱出というところです」


「しかし、街道をここまで旅されるのに不都合はない程度なのですな?」


 ……確かにな。


 僕たちは現に、魔物が現れる街道を旅してここにいるわけだから。


「ゴブリンか、大コウモリ程度なら普通に倒せます。アンデッドや、ジャイアントアリゲーターと戦ったこともあります。そのくらいのレベルですよ」


「ならば、お願いを聞いていただきたい」


「街道の魔物を退治して欲しい、ということですか」


「よくおわかりだ」


「話の流れから」


「わしらは、本当に困っているのです」


 商人ドルゴールさんは話し始めた。


 街道に魔物が現れたときは、いつもだったら冒険者ギルドを通して、退治を依頼する。


 そうしないと物資が安全に運べない。護衛をつけてはいるけど、対処できる相手には限界がある。そもそも、町のそばの戦闘で、護衛が消耗しちゃったら意味がない。


 だから街道の近くに魔物が現れたときは『至急』ということで、クエストの依頼料を上げたりもするんだけど、今はそれができない。


 冒険者のほとんどは王家におさえられている。もしも『至急』のクエストで引き抜いてしまったら、王家に『冒険者の横取りか』って、にらまれるかもしれない。そうなったら商売どころじゃなくなる。


 だから、この町の冒険者ギルドとは関係のない、僕たちの力を借りたい、ということだった。


「現在、街道のまわりには『ロックリザード』が出没しているとのこと。旅人がひとり、食われてしまったとの話も聞いております」




『ロックリザード』


 頭から尻尾までの長さが、2メートル弱の大トカゲ。


 背中が岩のような甲羅こうらにおおわれている。


 悪食で、岩でも、人でも、目についたものはなんでも喰らう。


 背中の甲羅は、加工用の素材として重宝されているため、そこそこの値段で売れる。


 レベルは高くないが、甲羅を傷つけずに倒そうとすると、意外と苦労する。




「ロックリザードが現れたのは、このあたりです」


 ドルゴールさんはメイドさんに料理を片づけさせて、テーブルに地図を広げた。


 指さした場所は、ここから徒歩で1日くらいの距離にある、廃村だった。


 街道の側に位置していて、近くに川が流れていることもあり、キャラバンや旅人の野営場所になっているそうだ。


 確かに……そんなところで巨大トカゲとエンカウントしたら恐怖だよな。


「報酬は、わしが間違いなくお支払いいたします。いかがでしょう」


 ドルゴールさんはイリスの方を向いて言った。


 僕たちはイリスに雇われてることになってる。だから、決定権は彼女にある。表向きだけど。


「……お兄ちゃん」


 正面を向いたまま、イリスが唇だけでつぶやいた。


 ちっちゃな手が、くいくい、と僕の服を引っ張ってる。


 目の前にいる商人、ドルゴールさんは、悪い人じゃないらしい。


 そのへんはイリスから聞いた。苦労人だからか、従業員にもそこそこ親切。商人ギルドには所属してるけど、そんなに大物でもないからか、物腰もおだやか。奴隷の首輪をつけてるリタとアイネに対しても普通に接してる。


 僕たちとしても、少しくらいはつながりを持つのも、悪くない。


 ……しょうがないなぁ。


 どのみち、僕たちも街道を通って次の町に行く予定だ。


 その前に、軽く掃除をしておくのもいいかな。クエストの報酬がもらえるなら、路銀の足しにもなるから。


 僕はテーブルの下で、イリスの手を握り返した。


「できる限りのことをいたしましょう。イリスの護衛の方たちが、町のお役に立つのなら」


 それでイリスは、僕の意を察してくれたみたいだ。


「おお! 感謝いたします!」


「詳しい話は、おにぃ──いえ、護衛の者と」


 そういってイリスは僕の方を示した。


 僕は、こほん、と咳払いをしてから、立ち上がる。


「それでは、クエストの内容と労働条件について確認しておきたいのですが──」






「なるほど、そういう条件なら、クエストをお受けしましょう」


 あれ?


 ドルゴールさん、どうして息も絶え絶えになってるんだ?


 まわりのメイドさんも、目を丸くしてるし。


 リタは、あちゃー、って顔。アイネはさすがなぁくん、ってうなずいてる。イリスはうっとりした顔してる。


 いや、だって労働条件を確認するのは大切なことだろ?


 特に、知らない相手の依頼だし、冒険者ギルドを通してないし。イルガファ領主家が後ろ盾になってるとはいえ、あとでトラブルになっても困る。


 だから、報酬、魔物の種類と数の確認、周辺状況の確認、期限、支払い能力の有無。ついでに魔物を素材化したときの追加報酬に、相場。このあたりに現れる魔物で、素材として流通しているものの情報。そこから経済に話をつなげて──第8王子クラヴィス殿下のことを聞いただけだ。気にすることもないと思うんだけどな。


 もちろんドルゴールさんには、僕たちのことを他人には話さないようにお願いした。


 イリスの許可があるとはいえ、護衛任務をお休みするようなものだから、あまり外聞がよくないというのが、その理由だ。表向きは、パーティを2つに分けて、半分が屋敷に残ることになっている。


 それと、クエストの間は、ドルゴールさんの知り合いの兵士が屋敷のまわりを警備してくれるらしい。


「イ、イリスさまは、よい部下をお持ちのようですな」


「ええ、この方は、イリスの自慢です」


 イリスはまったいらな胸を張った。


「この方たちになら、イリスは命をあずけることにためらいはありません。運命共同体と言っても過言ではないでしょう」


「……イリスさまは、よい部下をお持ちのようですな……」


 それで話は一段落して、あとは普通の晩餐会になった。


 今回のクエストのメリットは、素材集めができること。


 ロックリザードの甲羅はいい値段で売れるらしい。


 乾燥させて防具の材料にしたり、加工して入れ物にしたり、と。


 次に、それほど難しいクエストじゃないこと。失敗しても、キャンセル料がかからないこと。


 最後に、商人さんに恩を売れること。


 それと、ちょうど人気のないところに行きたかった、というのもある。


 そんなわけで、僕たちは『ロックリザード討伐クエスト』に行くことにしたのだった。







 近場のクエストとはいえ、念のためフルメンバーで。


 イリスは護衛と一緒に別荘で僕たちの無事を祈ってる──という設定で、変装してついてきてもらった。


 大きめのバンダナで髪を隠し、丈の短い上着を羽織ったイリスは、駆け出しのシーフみたいだ。護身用のダガーと、小型の盾を装備して、馬車の中に隠れてる。本人いわく「義賊、イリス=ハフェウメアの誕生でしょう!」ってことだけど、本名言ってる時点でアウトだ。


 屋敷で僕たちを見送ってくれたイリスとアイネ、ラフィリアは、イリスが、4概念チートスキル『幻想空間』で作った虚像イメージだ。それらは僕たちが馬車ででかけたあとに屋敷に戻り、そのまま消えた。ドルゴールさんには、イリスは配下の無事を祈るため、数日屋敷にこもって面会をすべてお断りします、って言ってある。2・3日ならごまかせるはずだ。


 クエストの場所は、保養地リヒェルダから街道を西に進んだ、街道のそばで、岩山のふもと。


 その先にある、廃棄された村跡だった。


 近くに小さな川が流れていて、旅人やキャラバンが野営するのによく使われているらしい。


 村が廃棄されたのは数十年前で、理由は戦乱だとか、疫病だとか、はたまた魔王の呪いだとか言われているけれど、詳しいことはわかっていない。


 今は建物の土台と壁だけが残る、本当に寂しい場所だ。


 ただ、雨風がしのげるので、草原で野営するよりはいい、らしい。


 そこが今は、甲羅のついた大トカゲ『ロックリザード』のたまり場になっているそうだ。


 僕は馬車で街道を進みながら、作戦を立てた。


 目的はロックリザードの排除と、素材集め。


 考えてみれば、素材集めはやったことなかったからね。訓練にはちょうどいい。


 失敗したら、セシルの『古代語 火球ファイアボール』で、なにもかも灰にすることにして──


 僕たちは『ロックリザード討伐作戦』に移ったのだった。





「……あれがロックリザードか」


 僕とアイネは、廃村の近くにある森に隠れていた。馬車は森の入り口に停めてきた。馬たちには『生命交渉』で、静かにするように、でも危険があったらいなないて知らせるようにお願いしてある。


 ここから廃村までは、直線距離で数十メートル。


 崩れた家の壁の向こうに、魔物の姿が見える。灰色の甲羅をまとった、大トカゲが。


 でかい。


 背中が屋根の上からはみ出してる。身長だけでも2メートルくらい。


 皮膚は岩のような色をしてる。見た感じ、むちゃくちゃ固そうだ。


 石や岩を食らう習性があるっていうから、この廃村はちょうどいい餌場なんだろうな。


 数は……わからない。目撃証言では3から5体だって言ってたけど、正確なところが知りたい。


 ……よし。


「『意識共有マインドリンケージ・改』のウィンドウを表示」


 僕が宣言すると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。


 メールソフトの画面に似てる。これでメッセージを作ればいいのか。




『送信者:ナギ


 宛先:リタ


 本文:僕たちの位置からじゃ敵の数がわからない。リタの「気配察知」をお願い』




「送信、と」


 ぽちっ、と、僕はウィンドウに表示されたボタンを押した。


『意識共有・改』は常時発動型だ。頭の中で文章を考えるだけで、ウィンドウにメッセージが表示される。『送信』ボタンを押せば、それが接続したリタたちに飛んでいく。


 このスキルがあるから、パーティを2つに分けることができた。


 僕とアイネは森から。


 セシル、リタ、イリス、ラフィリアは、川の方から廃村に近づいてるはずだ。


『メッセージを受信しました』


 ウィンドウにメッセージが表示された。




『送信者:リタ


 宛先:ナギ


 本文:「気配察知」はりょうかい。

 ところで、これじゅしんするとからだのなかの「けっしょうたい」がびくっとなるんだけど、なんとかならない? それはそうとナギの一部が身体の中に入ってると思うとなんだか恥ずかしいけど……あったかい気分になる……え? これ、もうメッセージになってるの? えっと、取り消し取り消し…………ってどうするの? そうそう「気配察知」には反応あったから。ロックリザードは村の真ん中、もともと集会所だった空き地に集まってるみたい。数は4匹……うん、間違いないかな。ところで取り消しはどうするの。送信? え、送っちゃったあああ──』




 なるほど。


 みんなが『意識共有・改』を使うときは、頭の中でイメージするのか。


 僕の場合はウィンドウに表示されるけど、少し違うのかな。




『送信者:ナギ


 宛先:リタ


 本文:まぁ、落ち着いて。元の世界と違ってこれはログも残らな……あ、ごめん。普通に残ってた。そうか、僕の方は普通にログが残るのか。まぁいいや。しばらく待機してて。ラフィリアの準備はどう?』




『送信者:リタ


 宛先:ナギ


 本文:いやああああああっ! これって、全部記録が残っちゃうの? 私が言ったこと、全部。え? セシルちゃん? 落ち着いてください。むしろうらやましいです。ナギさまの一部が身体の中に入ってるのなんて、わたしだったらお願いしたいくらいです、って。そういう問題じゃないの! あと、私のお腹に耳を当てても「ナギの一部の心音」とか、聞こえないから? え? 聞こえるような気がする? イリスちゃんまで!? でもでも、私、自分じゃお腹に耳を当てられないんだけど……』




『送信者:ラフィリア


 宛先:ナギ


 本文:なんか目の前でリタさまとセシルさまとイリスさまがくんずほぐれつしてるです。マスターにお見せできないのが残念です。でも、マスターの一部が身体の中にあるだけで緊張するなんて、おこちゃまなのですよぅ。

 あたしくらいになると、10ヶ月と10日くらいは、マスターの一部を身体の中に入れる覚悟があるのです。ぐへへ。それはそうと、あたしの方の準備はできたのです。いつでも「竜種旋風」を使えますよぅ』




『送信者:リタ


 宛先:ナギ


 本文:ちょっとラフィリア! 冷静に観察するのやめてーっ! それと、ナギになに送ってるの!? リタさまとセシルさまイリスさまの愛の記録とかそういうのいいから! でもあとで読ませてねっ』




『送信者:ラフィリア


 宛先:リタ


 本文:落ち着いてくださいリタさま。慣れればどうってことないのです。落ち着いて、メッセージを作るのです。大丈夫ですよぅ。あたしにだってできるのですから』




『送信者:リタ


 宛先:ラフィリア


 本文:……じゃあ、ラフィリア相手で練習してもいい? ラフィリアなら、私が失敗しても気にしないよね? 私、ナギにちゃんとしたメッセージを送れるようになりたいもん』




「……あれ?」





『送信者:ラフィリア


 宛先:リタ


 本文:もちろんですよぅ。どうぞー』




『送信者:リタ


 宛先:ラフィリア


 本文:じゃあ、私が思ったことを送ってみるね』




「ちょっと待てラフィリア。リタも」




『送信者:リタ


 宛先:ラフィリア


 本文:あのね、私、ナギにこの『意識共有マインドリンケージ・改』を使ってもらったとき、すごくうれしかったの。

 まだ、普通の『意識共有』してもらったこと、なかったから。

 でもね、おねだりするのって、恥ずかしいよね。ほ、ほんとは、してほしいことはおねだりするべきだってわかってるんだけど。ナギに「私のことをもっと考えて」とか「私がいつもナギのことを考えてるんだから、その半分──10分の1──ううん、100分の1くらい」なんて思うのは、わがままだってわかってる。して欲しいことは、ちゃんと「ご主人様、してください」って言わないと、ね。

 でも、でもでも! ナギがキスしてくれて、魔力を私の中に入れてくれたとき──しあわせな気分だったなぁ……。ラフィリアならわかってくれるでしょ? だから、言うね。うっかりナギに送っちゃわないように、ここで言っちゃうね』




「……おーい、リタ」




『送信者:ラフィリア


 宛先:リタ


 本文:気持ちはわかるです。あたしだって、マスターの一部が自分の中に入っていると思うだけでぐへへ、なのですよー』




 あの、ふたりとも。


 このスキルを使うとき、説明したはずなんだけど……。




『送信者:ナギ


 宛先:リタ、ラフィリア


 本文:あのね、ふたりとも…………この「意識共有・改」を使うとね。奴隷同士が送ったメッセージも、ご主人様に届くようになってるから。馬車の中で説明したはずだけど、わかりにくかった?』




 奴隷同士が内緒話できないように、ご主人様にも同じメッセージを送るようになってるんだ。


 そういうのは別にいらないんだけど、基本システムだからしょうがないよね……。




『リタ:うわあああああああああああああんっ! 忘れてたああああああっ』


『ラフィリア:はい。おぼえていたですよ?』




 ……覚えてたのかよ。




『ラフィリア:リタさまも……やっと、マスターの前ですべてをさらすよろこびに目覚められたのですよね?』


『リタ:そんなのに目覚めてないもん! いつだって、すっごく恥ずかしいもん!』




 ………………ラフィリアにはあとでよく言い聞かせておこう。うん。


 それはともかく。




『ナギ:ふたりとも落ち着いて。もうすぐ作戦開始だから、準備して』


『リタ:わぅぅ。準備なんかできてるもん……』


『ラフィリア:いつでもどーんとこい、ですぅ!』




「……えっと。あっちの準備はいいみたいだよ」


 僕はリタとラフィリアのメールの内容を、適当にピックアップしてアイネに伝えた。


 視界の先には廃村。


 こわれた建物の向こうを『ロックリザード』が歩いてる。


 身体は灰色。背中を岩のような甲羅でおおわれた大トカゲだ。


 弱点は腹の下だけど、足が短いからねらいにくい。身体の下に潜り込んで刺せば、倒したあとにボディプレスを食らうことになる。力も強い。おまけになんでも喰らう。岩でも、煉瓦でも、もちろん人間でも。動きがそんなに速くないのが救いか。


 魔法を連発すれば倒せる相手だけど、素材をちゃんとした状態で採取しようとすると、難しい。


 ロックリザードってのはそういう敵らしい。


「せっかくだから、甲羅はきれいに採取してみたいよな」


「わかってるの。アイネのスキルはそのためにあるの」


 僕のとなりでアイネがうなずいてる。


 リタたちのチームも準備はできた。


 あとは作戦を実行するだけだ。


 目的は街道の治安維持──人助けだ。無理せずにいこう。




『宛先:リタ、ラフィリア


 送信者:ナギ


 本文:それじゃ作戦を開始する。戦術は「いのちをだいじに」。無理はしない。いざという時は逃げること。いいな』




『リタ:わかりました、ご主人さま』『ラフィリア:わかったですぅー』




 2人から返事が返ってくる。


 僕はアイネに向かってうなずいた。


「それじゃ作戦開始だ。いくよ」


「はい。この作戦は、アイネが鍵なんだよね?」


 アイネは手にした『はがねのモップ』を、ぎゅ、って抱きしめた。


「だったら、アイネはなぁくんの『魂約者』として、全力で使命を果たすの!」


 そして僕たちは、廃村へと走り出したのだった。






──────────────────

今回使用したスキル。


意識共有マインドリンケージ・改』(追加情報)


奴隷に魔力のかけらを送り込んで、メッセージをやりとりすることができるスキル。

ご主人様はPCかスマホのように、ウィンドウ上でメッセージの作成(考えるだけで可能)ができるが、奴隷は頭の中で本文を作って、送信しないといけない。

そのため、慣れないと普通の『意識共有』のように、思考がだだもれになってしまうこともしばしば。

また、奴隷同士でメッセージをやりとりすることもできるが、その内容はご主人様にも送られてしまうため、あんまり恥ずかしい内容を送るのはやめたほうがいいです。

なお、画像の添付もできるようですが、使い方がむずかしい上に、それを教えると──誰とは言わないけれど危険なことに使いそうな巨乳エルフさんがいるので、現在、ご主人様が使用制限をかけています。

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