第99話「水と乾燥を操る者。そして『強敵(とも)』との再会」

 廃村に集まった『ロックリザード』たちは、餌を求めていた。


 彼らは、貪欲どんよくな魔物たちだ。


 好き嫌いはない。なんでもいい。口に入りさえすればいい。


 発達した顎はなんでも喰いちぎれる。腹にたまれば文句はない。


 頭をよぎるのは、食欲。食欲。食欲。


 この、古い村の跡に来たのも、エサの気配に引かれてのこと。


 ここは『ヒト』──人間やデミヒューマンのたまり場だ。


 腹を満たすのにはちょうどいい。


『ヒト』が通りかかればそれを。


 そうでなければ崩れた岩壁と煉瓦を喰らい、かみ砕く。それだけだ。


「……ZAZAZA?」


 不意に、砂を噛むような声で、一頭のロックリザードが鳴いた。


 短い足で地面を叩き、仲間の注意を引きつける。


『ヒト』の足音が聞こえたのだ。


 それに気づいたのか他の仲間たちも、川の方に頭を向けた。


 なにかが近づいてきている。見えた──『ヒト』の仲間だ──速い。


『ロックリザード』たちは脚を曲げ、身をかがめた。


 弱点である腹を地面に押しつける。こうすれば安心だ。


 ほっと息をついたところで──




「でええええええりゃああああああああ────っ!」




 がいいいいいん!


 金色の髪を持つ獣が、ロックリザードの甲羅に拳をたたきつけた。


 全身を振動が走る。背中の岩の一部が、砕ける。


 だけど、それだけ。


 致命傷にはならない。かすり傷ていどだ。


「ZIIZAAAAZAZAZA!?」


『ロックリザード』は、ごつごつした頭を、金髪の獣に向けた。


「うわーかたいー。だめだー。にげなきゃー」


 獣は『ロックリザード』に背中を向けて、逃げ出した。


『ロックリザード』の本能がささやく。


 あれは動物のような耳があるが、『ヒト』の仲間だ。食える。


『ヒト』は多数で群れる習性がある。


 追いかければ、もっとたくさんの餌にありつけるはず。


「……かかった」


 金髪の獣がなにか言っている。だが、関係ない。


 ロックリザードは素早く足を動かして、獣のあとを追い始める。


 ほかの3匹もあとに続く。遅れをとるわけにはいかない。


『ヒト』はやわらかい。温かい。消化にいい。


 繁殖時の栄養になってくれるだろう。


 飛ぶように走る獣のあとを、4匹のロックリザードは追いかける。『金髪の獣』は建物を回避して走っている。『ロックリザード』には、それほどのフットワークはない。代わりに彼らは身体を丸めて、崩れかけた建物に体当たりした。


 壁は砕けて、道になる。『ロックリザード』たちはそこを駆け抜ける。


「ちっ! 意外と速いわね!」


「リタさん! 援護します! 『炎の壁フレイムウォール』!」


 ぼっ


 ロックリザードと獣の間に、燃えさかる壁が生まれた。


 よく見ると、廃村の向こうに、もっと小さな『ヒト』がいた。


 やっぱり『ヒト』は群れていたのだ。


『ZUOOOOAAAAAAAA!!』


 燃えさかる炎に『ロックリザード』が足を止めたのは一瞬だけ。


 彼らは炎の壁につっこんだ。


 皮膚に火の粉が降りかかる。甲羅も、固い皮膚も、熱はほとんど伝えない。


 さらに走る。


「うわーきゃーこわいー」って、声をあげる『ヒト』たちを追いかける。


 頭の中は『ヒト』を喰らうことでいっぱい。


 敵が「ちょうどいい速度」で逃げてることにも気づかない。


 そして──




「ありがと。リタ、セシル。ちょうどいいタイミングだ」




 不意に『ロックリザード』の真横から、声がした。


 人影は、こわれた家の陰に隠れていた。


 気づかなかった。


 目の前にある熱と、走りさる獣に気を取られていた。


 ロックリザードたちが見たのは、黒い剣を地面すれすれに構えた、ヒトの姿。




「発動。『遅延闘技ディレイアーツLV1』──!」




 そして地面すれすれで巨大化した黒い剣が、『ロックリザード』たちの足を切り裂いた。





『ZIIIAAAAAAAA!!!!』


 絶叫が響いた。


 足を切られた4体の『ロックリザード』は、青緑の血を流して暴れ回る。


「ちょっと浅かったか」


 本当なら、足は全部切り落とすつもりだったけど。


 やっぱり岩トカゲロックリザードの名前は伊達じゃない。皮膚が意外と硬かった。


 それに、地面すれすれで剣をぶんまわすのは、剣術レベルの低い僕には、結構、難易度が高かったから。


 それでも、巨大化した魔剣レギィの刃は、ロックリザードたちの前足を、半分くらいは断ち切ってる。


 足止めには十分だ。




『送信者:ナギ


 宛先:ラフィリア


 本文:奇襲はうまくいった。作戦の第2段階に移行するよ』




『送信者:ラフィリア


 宛先:ナギ


 本文:了解なのです。

 それと、セシルさまからの情報です。『ロックリザード』は動けなくなると、防御姿勢で尻尾を振り回すそうなのです。うかつに近づかないでください。マスター!』




『ZUOOOOAAAAAAAAA!!!』


 うん。それは見ればわかる。


 目の前にいる大トカゲはお腹を地面に押しつけて、尻尾を振り回してる。


 尻尾の太さは電柱くらい。岩のような鱗におおわれてて、振るたびに周りの石壁が砕け散ってる。その破片を含めて攻撃範囲は5メートルくらい。




『送信者:ナギ


 宛先:ラフィリア


 本文:再確認。敵の基本戦術は「ひたすら防御を固めて、こっちの消耗を待つ」で、いいんだよな?』




『送信者:ラフィリア


 宛先:愛しのマスター


 本文:間違いないです。セシルさまに再確認したのです!』




 だったら、こっちに特攻とかはしてこないな。


『ロックリザード』は身体を甲羅の下に隠して、尻尾だけを振り回してる。こいつらはとにかく防御力が高いから、まともに戦ったら時間がかかる。敵としてはとにかく身を守って、こちらの傷を増やすのが基本的な戦術だそうだ。


 だけど、こっちは最初から、まともにやるつもりなんかない。




『ナギ:ラフィリア! 予定通りだ! 水をこっちに・・・・・・!』



『ラフィリア:了解なのですマスター! 発動しますです。「竜種旋風りゅうしゅせんぷうLV1」』




 今回のクエストの目的は、安全に魔物を退治すること。


 それと、素材である甲羅をできるだけ完全な状態で集めることだ。


 ここは障害物の多い、廃棄された村。


 近くにある、小さな川。


 僕たちは、その状況すべてを利用することにした。




 ごおおおおおおおおおおおっ!




 僕たちのまわりで、風が渦を巻いた。


 廃棄された村の向こうに視線を向けると──川のあたりで竜巻が発生してた。


 ラフィリアの『竜種旋風LV1』の効果だ。


 高さは十数メートル。


 はでな水音をさせながら、こっちに・・・・近づいてくる・・・・・・


『ZU? ZOZOZOZO!?』


 ロックリザードたちが振り返る。


 異常に気づいたんだろう。


 まぁ、普通はありえないよな。


 エルフが、竜巻で水を・・・・・吸い上げながら・・・・・・・、歩いて来るなんてことは。


 ラフィリアの『竜種旋風』は、自分のまわりに竜巻を生み出して、自由に動かせる。


 使い方によっては、川の水を吸い上げたまま動かすことだって可能だ。


『ラフィリア:なんだか水しぶきを浴びてるみたいですぅ。んー。悪くない解放感なのですっ』


 飛び散る水滴が、ラフィリアの姿をおおい隠してる。


 見えるのは白い肌とピンク色の髪だけ。


 ラフィリアは、なんとなくわかる『かっこいいポーズ』を取り、そして──



「『竜種旋風』を、解除するですーっ!」




 ざっぱん。




 竜巻が消えて、解放された川の水が、ロックリザードたちに降り注いだ。


『ZUOOOOOOO! ZGUAAAAA!!』


 土、泥、がれきと入り交じり、泥水に変わる。


 ロックリザードたちの腹をひたすほどの、大きな大きな水たまりが、できあがる。


 そのままラフィリアは待避。川の側に戻ったセシルとリタ、それにイリスと合流するはずだ。


 こっちもさっさと、仕上げにかかろう。


「人を喰らう魔物は退治させてもらう。悪いけど、アイネ。頼む」


「はーい。じゃあなぁくんは離れててね」


 アイネは水たまりにモップを突き入れた。


「発動『汚水増加おすいぞうかLV1』なの!!」




『汚水増加LV1』


『掃除道具』で『汚れた水』を『増やす』スキル


 掃除道具を浸している泥水などを、20%増加させる。


 増える分の水は、汚水に接触している空間・生物から、強制的に吸い上げる。




 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ──っ!


 アイネの足下で、泥水が増えていく。


『ZUAAAAAAAAA!!』


 ロックリザードの甲羅は硬い。


 物理防御も高いし、魔法にだってある程度なら耐えてしまう。


 だから、弱点の腹を狙うことにした。


 あいつらは防御のために、腹を地面に押しつけてる。


 足首くらいにまで泥水が溜まった地面に。


 そして、足の切り傷も泥水に浸かってる。


 アイネの『汚水増加』は、好きなだけ奴らの体液を奪い取ることができる。


『ZUOOAAA……A……AA……』


 ごろん


 身体中の水分を吸い取られ、腹部がしわしわになったロックリザードが、ごろん、と転がった。


 足をかすかに痙攣けいれんさせてたけど、そのうち動かなくなる。


 他の2体も同じだ。身体の水分を吸われて絶命してる。


 動いてるのは、泥水に半分しか浸からなかった1体だ。


「ここは安全策でいくか。『遅延闘技』を起動して、と」


 僕は魔剣レギィを10回空振りして、構えた。


「待って。なぁくん」


 その僕を、アイネが止めた。


「アイネが戦えるところを見て欲しいの。やらせて」


 アイネは『はがねのモップ』を手に、生き残りの『ロックリザード』に近づく。


『ZUO、O、O、OOOOO!!』


 ロックリザードが、巨大な口を開いた。


 アイネは、その側面に回り込み──




「発動! 『魔力棒術LV1』なのっ!」




 ──『はがねのモップ』の柄で『ロックリザード』の甲羅を突いた。


 近距離からの刺突。


 甲羅が、固い音を立てた。


 攻撃がはじかれたように見えるけど、アイネの魔力をモニターすると、わかる。


 アイネの体内魔力は、甲羅を貫通して魔物の体内に撃ち込まれた。


 それは弾丸のように、魔物の体内で暴れ回り、内臓ををかきまわして──




 ごぼっ。




『ロックリザード』は巨大な口から、青緑の血液を吐き出し、倒れた。


「はぅぅ……」


「おつかれさま、アイネ」


 僕は、ふらり、と、倒れそうになるアイネの身体を受け止めた。


『汚水増加』も『魔力棒術』も、魔力を使うからな。


 あとでつながって、魔力補給をしてあげないと。


「無理しないこと、って言っただろ」


「お姉ちゃんには、なぁくんにおねだりをしちゃった責任があるの」


「そんなものないよ」


「という口実で、かっこいいところを見せたかったの」


 アイネはいたずらっぽく、ぺろ、と舌を出してみせた。


「なぁくんだってすごいの。ラフィリアさんの『竜種旋風』で竜巻を起こして川の水を巻き上げるなんて、普通考えないの」


「これだと素材集めが楽かなって思ったんだ」


 獲物の甲羅を痛めないようにしたかった。


 水分は吸っちゃうけど、どのみち甲羅は乾燥させて使うものだし。その上、しわしわになった皮膚と隙間ができるから、はがしやすくなるっていうおまけつきだ。


 実験としては、成功かな。


「素材回収はあとで。まずはみんなと合流して、ひとやすみしようよ」


「はい。アイネのご主人様」


 アイネは僕の腕の中で、優しい笑みを浮かべた。


 廃村、水びたしにしちゃったな。まぁ、そのうち乾くだろ。いい天気だし。


「見て、なぁくん」


 アイネが、倒れた『ロックリザード』を指さした。


 あおむけになった敵の胸のあたりが光って──スキルクリスタルが現れた。


 久しぶりだな。魔物がスキルをドロップするの。


 近くに小川があるから、あとで浄化しておこう。




匍匐防御ほふくぼうぎょLV1』を手に入れた!


『地面』に『伏せて』『身を守る』スキル


 しかし、背中に甲羅がないので意味がなかった!




 これで『ロックリザード討伐クエスト』は終了。


 これからはピクニックと、もうひとつのクエストだ。




『送信者:ナギ


 宛先:リタ、ラフィリア


 本文:終わったよ。そっちは大丈夫?』




『送信者:ラフィリア


 宛先:ナギ


 本文:びしょぬれになった以外は問題なしですぅ。こんなこともあろうかと、セシルさまとリタさまとイリスさまは、服の下に水着を着てましたからねぇ』




『送信者:ナギ


 宛先:ラフィリア


 本文:ラフィリアは?』




『送信者:ラフィリア


 宛先:ダークヒーローマスター


 本文:あたし、洗濯物は増やさない主義なのですぅ。ふふふ』




 そういえばさっきのラフィリアって、水しぶきの向こうに白い影しか見えなかったけど……。


 ………………………まぁいいか。


 風邪引かないようにたき火して、あとは野営の準備だ。




『送信者:ラフィリア


 宛先:ナギ


 本文:ところで、リタさまがさっきのメッセージを思い出して、顔を真っ赤にしてどっか行っちゃいましたけど。どうするですか?』




 クエストが終わって冷静になったら、恥ずかしくなったらしい。




『送信者:ナギ


 宛先:リタ


 本文:おーい。リタ。ごはんにするから、戻ってこーい』




『送信者:リタ


 宛先:ナギ


 本文:わぅっ。がるるるるるるるるるーっ!』




 メッセージが返ってきた。


 リタ……知的なのか野生化してるのか、どっちかにしなさい。










『ロックリザード討伐クエスト』は終わり。


 廃村のすみっこで、みんなは野営の準備をはじめた。


 ここからは、もうひとつのクエストの開始だ。


 ドルゴールさんも町の危機も関係ない。僕たちの個人的な目的のためのもの。


「それじゃイリス、つきあって。リタは護衛をお願い」


「はい。お兄ちゃん」


「わぅ……」


 イリスは僕と手をつないで機嫌よく。


 リタはしょぼん、として、少し離れた後ろをついてくる。


「うぅ。ナギに内緒話を聞かれちゃった……わうぅ」


「リタ。こっちおいで」


「わうぅ」


 まだ顔は赤くなってるけど、リタは素直に僕のところへやってくる。


 少しうつむいて、上目遣いで、耳をぺたんと倒してる。


「別に恥ずかしがることないって……僕も説明不足だったし」


 こっちの世界のひとが、メールの扱いに慣れてないってのは、もうちょっと考えるべきだった。


「あと、いつもスキルの実験に手伝ってくれて感謝してるから」


 僕はリタの金色の髪を、軽くなでた。


 リタはくすぐったそうに目を細めて、


「……ほんとぅ?」


「ほんとだって。だから、野生化しなくてもいいから」


「……ん。わかった」


 リタはうなずいて、軽く咳払い。


「しょ、しょうがないわね。いつまでも私が恥ずかしがってたら、敵の気配を見落としちゃうかもしれないもん。私が、ナギとイリスちゃんを危ない目にあわせるわけにはいかないんだからねっ」


 落ち着いてくれたみたいだ。


「イリスだって、いつもリタさまの働きには感動しています」


「そ、そうなの? イリスちゃん」


「はい。イリスは今回、まだなんの役にも立ってませんので……」


「なーにゆってるの、まったく」


 リタは手を伸ばして、ちっちゃなイリスの髪に触れた。


「イリスちゃんはこれから、イリスちゃんにしかできないお仕事をするんでしょ?」


「それでいいのでしょうか……?」


「当たり前だもん。一緒にナギの役に立ちましょ。ね」


「……はいっ」


 そんなわけで、リタはイリスと手をつないで歩き出す。


 廃村から離れて、森の方へ。人里とはいえない場所へ。


『気配察知』に魔物の反応はなし。


 日はそろそろ傾いてきてる。いわゆる、黄昏時だ。


 ここなら人目にもつかないかな。


「そろそろ始めるよ。リタはイリスを背負ってあげて。なにかあったら、いつでも逃げられるように」


 たぶん、戦闘にはならないはずだ。


 僕の手の中には、あいつからもらったクリスタルがある。


 それに、奴の同族からもらったあの子も、一緒にいるからね。大丈夫だろ。


「じゃあ、ミイラ飛竜ライジカからもらったスキルを使う」




『魔物召喚LV5』


『身体の一部』で『関連する魔物』を『呼び出す』スキル




 これは魔物の身体の一部を触媒にして、本体を呼び出すことができるスキル、らしい。


 正直、使い道はあんまりない。


 たとえばスライムを召喚したって、のたのたやってくるからいつになるかわからないし、近くにいなければ召喚そのものが成立しない。


「確かリタは『霧の谷』の近くで、あいつを見かけたって言ってたよね」


「う、うん。お、お風呂のとき。獣になって走ってたら、谷の上を飛んでたもん」


 あれはまだ、数日前のことだ。


 だったら、まだ近くにいるかもしれないな。


 僕は荷物袋から、赤いクリスタル──『飛竜ワイバーンのブラッドクリスタル』を取り出した。


 こないだ戦った奴がくれたものだ。


「我らと争い、わかりあった飛竜よ。お前に話がある。近くにいるなら、ここへ!」


 そして発動『魔物召喚LV5』


 意識を広げていく。東西南北から、反応が返ってくるのを待つ。


 ……いた。


 皮膚に、ちくり、という感触。同時に、風切り音。


 意外と近くにいたみたいだ。


「……来たか」




『GUUUAAAAAAAAAAAA!!』




 僕たちの頭上に、翼を広げた飛竜ワイバーンが現れた。


 街道で出会った、あの飛竜だ。


 尻尾のあたりに『古代語 炎の矢』を喰らった焦げ跡が残ってる。


『GUO。GUA。GUAAAAA!!』


 飛竜は口をゆがめてにやりと笑う。


 僕たちの頭上を旋回して、かかってこいやー、って感じで鳴いてる。


 でも、こっちは戦いたいわけじゃない。


 それに、あいつはもう「人を襲わないって」誓ってるから。


「我らが強敵ともたる飛竜ワイバーンよ。お兄ちゃんとイリスの声をお聞きなさい!」


 空に向かって、イリスが声をあげる。


「あなたに話があります。これをごらんなさい! 発動『幻想空間LV1』」


 イリスがスキルを起動すると──僕たちのまわりに、岩壁が生まれた。


 このあいだ行った『霧の谷』の再奥。


『天竜の卵』が置いてあった洞窟の姿だ。


 壁際に宝箱があって、その上にミイラ飛竜のライジカがいる。


 さすがイリス。あのとき見た光景を、完全に再現してくれてる。


「イリスたちはこの場所で、古き飛竜よりあるものを託されました」


『……GU……A』


 幻想を見た飛竜が、はばたくのをやめた。


 ゆっくりした滑空状態で、僕たちの前に降りてくる。


「その意味がわかるなら。あなたがもしも、古き飛竜と同じように天竜の味方なら……話があります」


『O……GUOOOOOOOっ!』


 着地した飛竜は空に向かって一声吠えて、そして、翼を閉じて。


 頭を地面につけて、伏せた。


 わかってくれたみたいだ。


『生命交渉』を使う前にバトルになったら意味がないからね。


 イリスの作り出す幻想でコミュニケーションをとれるかと思ったけど、うまくいったみたいだ。


「あなたは、あの古き飛竜と同じように、天竜をあがめているのですね?」


『GU、A』


 イリスの言葉に、飛竜はうなずいた。


 だったら、話してもいいかな。


 僕は干し肉を取り出して、伏せた飛竜の前に置いた。


「とりあえずそれを食べてよ。話が通じるようになるから」


 イリスに通訳をお願いして、僕は続ける。


「交換条件だ。僕たちは『霧の谷』で起きたことを伝える。代わりに、あんたは空から見た、この国で起きていることを教えて欲しい」


 魔物に占拠された砦のこと。天竜の封印の地のこと。魔法実験都市のこと。


 知りたいことはたくさんあるけど、僕たちの目はそこまで届かない。


 天駆ける飛竜なら、広い範囲を移動してるはずだ。こいつの目で見た情報が欲しい。


「僕たちが、おたがいの情報を交換することにはメリットがあるはずだ。違うか?」


 僕は荷物袋から、赤い宝石を取り出した。


 これは『霧の谷』で、ミイラ飛竜のライジカがくれたものだ。この宝石を見れば、僕たちが彼に認められたってことがわかるはず。


 ミイラ飛竜のライジカは知的な魔物だった。


 もしも、この飛竜が彼の同族なら、話が通じるかもしれない。


「どうでしょう。イリスたちの『強敵とも』よ」


 イリスはリタの手を握って、じっと飛竜を見つめてる。


『GUO……』


 そして飛竜は、僕が差し出した干し肉を、ぐぶり、と飲み込んで──




『……そうだな、強敵ともよ。我が祖先たるライジカが認めたのなら……お前はすでに俺の上位者である』




 金色の目を細めて、怖い顔で笑ったのだった。

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