第63話「覚醒。チート嫁第2形態(リタ)」そして「能力再構築LV4」

 かぽーん



 お風呂場には、石で作られた浴槽があった。


 ぶっとい脚がついた、中世の絵画に出てきそうなやつだ。


 水は壁にある銅製の蛇口から出てくるようになってる。身体を洗う人は浴槽に座って、蛇口からの水で行水するってのが一般的な使い方らしい。


 けど、この家の人はお風呂好きだったみたいで、風呂桶の隣には小さなかまどみたいなものがついていて、魔法でお湯を沸かせるようになってる。


 湯浴み着を着て風呂場に入った僕は、壁際の椅子に腰を下ろした。


 ぺたん、と背後でアイネの足音がする。リタはこういう時、足音をさせないみたいだ。


「じゃあ、アイネがなぁくんの背中にお湯をかけるから、リタさんが洗ってあげて?」


「う、うん。まずはご主人様から、だよね」


 ぱしゃ、と、肩のあたりから、ちょうどいい温度のお湯をかけられる。


 背中に、ぴた、と、布が当てられる。こっちはリタだ。


 指が震えてるのがわかる。戦ってる時とは比べものにならないくらい、優しくて、ぎこちない動作で、僕の背中をこすってる。


 しゅこ、しゃか、しゅこ、って。


「リタさんの背中は、アイネが洗ってあげるね?」


「ひゃっ! あ、あふ。アイネ、そんな、いきなり」


「はーい、きれいきれい、なの」


「ゆ、湯浴み着まくりあげないで。潮のべとべとが取れればいいんだから」


「リタさんの背中、引き締まっててとってもきれいなの」


「ア、アイネだって、お肌すべすべじゃない」


「リタさんの野性的な美しさとは比べものにならないの」


「そんなことないもん。アイネはあったかくて、ふにふにで、さわってると安心するもん」


「ちょ、リタさん。アイネのふとももをなでるのは反則……なの」


 くつろいでるなー、ふたりとも。


 僕もだけど。


 湯浴み着一枚着てるだけで、すごく落ち着く。


 ちなみに男性用の湯浴み着はハーフパンツみたいなもので、女性用は肩紐がついたキャミソール。リタは黄色の、アイネは薄紫のものを着てる。お互いの髪や瞳の色に合わせた、アイネのセレクトだ。


 湯浴み着は肌が見えないようにするためのものだから、身体のかたちはよくわかる。


 視線制御の魔法がかかってるわけじゃないからね。


 とりあえずリタの胸が思わず視線を奪われるくらい大きくて、なのに重力を無視してるみたいにきれいなかたちだってことは、さっき確認した。アイネが着やせするタイプだってのもわかったし、完璧なお姉ちゃんでも、やっぱりじっくり見られると恥ずかしがるんだな、ってのもわかった。


 ……今日はこれでいいことにしよう。


 これから『魂約エンゲージ』する約束してるから。そっちに影響が出たらまずいからね。


「ナ、ナギ……気持ち、いい?」


 さわさわ


 リタの指が、僕の背中を撫でてる。


「うん。そういえば、誰かに背中を流してもらうのなんてはじめてだ」


「……ナギのはじめて、いただきました……」


 リタはこっそり、耳元でささやいた。


 後ろでしゃかしゃか音がするのは、アイネがリタの身体を洗ってるんだろうな。


「私も……アイネに洗ってもらうの、気持ちいいよ」


「アイネも、家族とお風呂に入ってるみたいで、うれしいの」


「そうなんだ……うん。あれ?」


 背中に触れてるリタの手が、びくん、と、震えた。


「なんだか…………へん。なに…………これ」


 ぺたん


 あったかくて柔らかいものが、僕の背中に触れたけどこれは……?


 耳元で、はう、はぅぅ、ってため息が聞こえる。小刻みに。しかも、熱い。


「……リタ?」


「…………あ。くぅん。あ、わぅ。あ、は。あ…………あぁ」


 まさか?


 僕は右腕を見た。


 さっきまであった魔力の糸が、消えてる。


 背中ごしに、どくん、どくん、って鼓動が伝わって来る。速い。


「やだ……だめ。せつ……な。とまん……ない。やだ…………だめぇ」


 リタは後ろから僕に抱きついて、小刻みにふるえてる。それが止まったかと思ったら「んーっ」って、硬直して、くたん、ってなる。そしてまだ揺れはじめる。その繰り返し。


「……なぁくん、これは……?」


 アイネが心配そうに、リタを見てる。


「『高速再構築クイックストラクチャー』の副作用。リタの中で、スキルの概念が暴れてるんだ」


 僕は答える。でも、前回は、もうちょっと時間があったのに?


「リタ、立てる?」


「ふわぁ。らい……じょぶ」


 なんかもう色々構ってられない。


 僕はリタの腕をつかんだ。


 リタの細い身体に、湿った湯浴み着が張り付いてる。鎖骨も。胸も。尖ったところも。おへそのかたちまでわかるくらい。リタは、せつなそうに指をくわえてる。目はうつろで、肌は真っ赤だし、尻尾なんか壊れそうなくらいぶんぶん振ってる。


「……これが『高速再構築』の副作用なの……?」


「僕がスキルを安定化させれば治るから。手伝って、アイネ」


「うん。わかった。お姉ちゃんはよくわかったの」


 アイネは湯浴み着の胸を押さえて、何度もうなずいてる。


「どうすればいいの? なぁくん」


「僕がリタを運ぶから、アイネは身体を拭いて着替えさせてあげて。僕の部屋に運んでからスキルの調整をする。あと……できれば」


「『魂約エンゲージ』ね?」


「……約束したからね」


「それはとてもいいことなの」


 こんなときなのに、ふっふーん、って鼻を鳴らすアイネ。


「なぁくんとリタさんならできるの。絶対なの」


「それじゃリタを脱衣所まで……」


 僕はリタの身体に手をかけた。


 正確には、腕をつかんで肩を貸そうとした。ぴた、って身体をくっつけた。




「や、だめ。あ、あ。あ────────っ!」




 びくん、びくびくん


 リタが真っ白な喉を反らして、声をあげた。


「だめ。だめだめだめ……や……ぁ」


 ずるん


 リタはそのまま、風呂場の床に座り込む。


 ぱしゃ、って、水音。


「ん──────っ! はぁ。あ、あ……」


 リタの身体から、くたん、と力が抜けた。


 前よりも反応が強い。身体をくっつけただけでこうなっちゃうのか……。


 じゃあ、スキルの状態は?


「発動。『能力再構築LV3』」


 僕はリタの胸に触れて、『能力再構築LV3』を発動。


 ウィンドウにリタのスキルを表示させる。




束縛歌唱ソング・オブ・バインディングLV1』


『『歌歌』』でで『『敵敵』』をを『『締締めめ上上げげるる』』スキル




 文字が二重になってる……いや、違う。


 概念が、うぃーん、って音がしそうなくらい高速で、リタの中で振動してる。


「だ、だい、じょぶ。らから」


 でも、リタは胸を押さえながら、じっと僕を見つめてる。


「せつないけど……しあわせ……だから。だいじょうぶ」


「……だいじょうぶなわけ、ないだろ」


「ナギが、私の中にいるって……感じるから、いいの。

 アイネだったら、どう……? ナギが作ってくれたスキルが……自分の中であばれてたら、いや? それとも、しあわせ?」


「今すぐスキルクリスタルを買いに行きたい気分なの。湯浴み着で全財産を使い果たしたのは失敗だったの」


「ね?」


 ね? じゃねぇだろ。


 とにかく、早いとこリタを『再調整』しないと。


「リタを浴槽に入れる。アイネも手伝って」


「はい。なぁくん」


 僕はもう一度、リタの肩に手をかけた。


 リタはまた、びくん、ってなりそうになるけど、唇をかんでこらえてる。


 アイネにリタの脚を抱えてもらって、浴槽に入れる。


 リタは僕にくっついただけで身体がおかしくなる。


 だから、リタの負担を減らすには、接触面を小さくして『再調整』するしかない。


「リタ、ちょっと我慢して」


 僕はリタの背後に回って、お湯の中に手を突っ込んだ。


 時間が経ったせいか、お湯は人肌くらいになってる。


 僕はそのままリタの胸に手を──って、お湯のせいで、湯浴み着が浮き上がってる。揺れてる。押さえにくい。


 ああもう、いいや。


「ひゃぅっ! ナ、ナギ!?」


 僕は手さぐりで、リタの胸に手を当てた。


 すべすべしてた。


 手のひらに、吸い付いてくるみたいだった。


「ちょ…………や、やぁ。アイネもいるのに」


「うん。じゃあアイネは外にいるね。ふたりとも、ごゆっくりなの」


 アイネは、浴槽の中に座るリタが安定するように、肩を押さえて、脚の位置をずらして、それから満足したみたいに、ぐっ、って、リタに向かって親指を立てた。


「ふぁいと。リタさん」


「は、はぅ…………」


 リタは僕とアイネの顔を交互にみて、諦めたみたいに、うつむいた。


 アイネは「がんばってなの」って言い残して、風呂場から出て行った。


「あのさ、リタ」


「な、なに、ナギ」


「今度から『高速再構築』の後は、戦闘終了と同時に再構築、ってことで、いいな」


「で、でもでも。身体べとべとだったもん。髪もごわごわで、そんなのでナギに触れてもらうの……んっ、いやだった……んだもん…………」


「……リタ」


「だって私、きれいになってから、ナギとちゃんと……したかった、から」


「海水まみれだって泥まみれだって、リタがきれいなのは変わらないって。

 だから『高速再構築』のあとは『再調整』させて。それはリタを引き取った者の──ご主人様の責任なんだからさ。リタ」


「…………はい。わがままいってごめんなさい。ご主人様」


 リタはお湯の中に顔を半分沈めて、うなずいた。


 わかってくれたみたいだ。


「じゃあ『再調整』を始めるから」


『再調整』するには、僕の魔力と、リタの神聖力を循環させる必要がある。でも、あちこちさわるとリタはさっきみたいになっちゃうから……直接触らないでなんとかできれば、一番いいんだけど。


 ……『魔力の糸』を使えないかな。


『高速再構築』の後に出てくる、魔力の交換に使える糸だ。


 確か、リタと『魂約』しかけたときにも出てきた。あれが『能力再構築』の効果なら、意識して使えるかもしれない。


 やってみよう。意識を集中して。リタをからめとるイメージで……。


「──『魔力の糸』──召喚」


 しゅる


『能力再構築』のウィンドウから、毛糸くらいの太さがある、金色の糸が現れた。


 ……できた。


『再構築』『高速再構築』『再調整』って、使いまくってるせいか、『能力再構築』スキルをかなり使いこなせるようになってるみたいだ。


 僕は『魔力の糸』でリタと自分の身体をつないでいく。


 火照った首筋──胸元。腕。お湯の中の見えない──深いところまで。


 リタは湯船の中で目を閉じてる。


 小さくつぶやいてから、なにか決意したみたいに、


「ナギに…………してもらうと…………ふわふわして、うまく言えないかもしれないから……今のうち」


 リタはすぅ、と深呼吸して、告げた。




「リタ=メルフェウスは誓います。ソウマ=ナギとの消えないえにしを。


 魂の結び目の約束を。


 神さまに願います。ナギが……消えないしるしを、私にくれることを。


 生まれ変わっても、別の世界に行っても、この縁が消えないことを」




 そう言って、リタは満足そうにため息をついた。


「ちゃんと言っておかないとね。『魂約エンゲージ』の誓い、だもん。えらい?」


「よくできました……ありがと、リタ」


 さわさわ


 髪を撫でると、リタは嬉しそうに尻尾を揺らした。


 僕はもう一度リタのスキルをウィンドウに表示させる。




『束縛歌唱LV1』


『『『歌歌歌』』』ででで『『『敵敵敵』』』ををを『『『締締締めめめ上上上げげげるるる』』』スキル




 振動が強くなってる。


 リタは、身体を揺らしながら、小刻みに熱っぽい息を吐いてる。


 肩を、ぎゅ、と、縮めて。両手はお湯の中に突っ込んで。


 ちゃぷちゃぷちゃぷ、って、お湯が波打ってる。


 そのせいで湯船の中は見えない。その方がいい。集中できるからね。


「始めるよ。リタ」


 僕は『魔力の糸』から、リタに自分の魔力を送り込んでいく。


 同時に、リタからも『神聖力』が流れ込んでくる。


「…………はぅ」


 リタがため息をついた。


 僕は湯船の外から、リタの左胸に手を当ててる。


 魔力の糸はリタの首に、腕に、胴体に──見えないけど脚にも絡みついてる。


 そういえば、いつの間にか『魔力の糸』を思い通りにあやつれるようになってる。手を使わなくても、イメージしただけで好きなように動かせる。経験値が上がってるのか?


 意識を集中させると……『魔力の糸』で触れてる部分の感触までわかる。


 たとえば、ちょっと火照ったリタの細い首筋とか。


「──んっ。あっ。ちょ……やん。くっすぐったい……よぅ」


 鎖骨のくぼみのあたりとか。うん。つるつるしてるね。


「…………はふ。ひゅっ。あ、あふ」


 リタの指は……やっぱり、細くてきれいで、やわらかい。これでゴーレムをぶちのめしたなんて信じられない。『神聖力掌握』があるからって、頼りすぎるのはよくないよな。


「…………ら、らめ。そこ。お腹おさえてるから……一緒にさわさわするの──ら……め」


 あれ?


 いつの間に『魔力の糸』で、触ったところの感触までわかるようになったんだ?


 ──まさか。


 僕は自分のスキルを表示させた。




 固有スキル『能力再構築スキル・ストラクチャーLV4』




『能力再構築』が、いつの間にかレベル4になってた。


 あいかわらずの謎スキルだ。


 レベル4になって、『魔力の糸』と触覚がつながるようになったのか? いや、それだけじゃない。意識を集中すると、もっと深いところまでわかりそうな気がする。


「リタの状態を詳細開示」


 言ってみた。


 別ウィンドウが現れた。


 リタの全身図が表示された。


 体温、脈拍。それに、身体を流れる魔力と神聖力までわかるようになってる。


 ……これが『能力再構築LV4』の効果なのか。


 触っている奴隷の状態を、今まで以上に詳しく調べることができるようになってる。


 リタの現在の状態は──体温上昇中。敏感。再調整中、か。


 彼女を『再調整』するには、身体を僕の魔力で満たす必要がある。つまりこのウィンドウを参考に、全身くまなく魔力を流すようにすればいいってことだ。


 これならリタの負担も減らせるはず。


「リタ、今はどんな状態?」


「…………ふわぁ。ふわふわ……するぅ」


 リタはうつろな目で、僕を見た。


「…………ナギが、身体の中に、しみこんでるみたい。とまんない。ナギが…………もっと……ほしぃ」


「どのあたりに?」


「そ、そんなの……言えな──」


「あ、いいや。言わなくてもわかるから」


「…………え?」


「リタがどこに僕の魔力を欲しがってるか、わかるようになったから。『能力再構築LV4』で」


「れ、れべるよん!? なにそれ!? 待って──」


 そんな余裕はありません。


 リタの負担を減らすためにも、効率的に行こう。


 僕はウィンドウを見ながら、リタの全身をくまなくスキャンしていく。


 魔力が一番弱いのは手の先と爪先だ。リタはいつもここに『神聖力』を集中させてるから、僕の魔力が通りにくくなってる。


 僕はウィンドウから『魔力の糸』を追加で呼び出す。


 リタの手の指と脚の指は、お湯の下。だから『魔力の糸』をそっちに向ける。リタの身体に沿って沈めていく。触った感覚でわかる。これがリタのお腹で、太もも。その下に──あった。手の指。そこに絡めて、っと。


「──ひゃっ!?」


 あとは太ももをつーっと伝わせて、爪先へ。


「んっ。あ、んんんっ!」


 よし、指の間に、入った。あとは絡めて。魔力を注いで、っと。


「ふわ、あ、わぅ。ふ、あああああああああっ!」


 ばしゃ、ちゃぶ、ばしゃっ。しゅわ。


 リタが湯船の中で身をよじる。


「な、なんで、ゆび…………あつ……きもち…………い」


 ばしゃばしゃばしゃっ


 僕はウィンドウを再確認。魔力が行ってないところは……。


 うん、尾てい骨から尻尾のあたりが、ちょっと薄いな。


「ナギ…………わたし……おかし。いつもと…………ちが……とけ、ちゃ」


「大丈夫。『能力再構築LV4』の効果だから」


「…………あ……んくっ。これが……れべる……よん?」


「うん。リタを隅から隅までスキャンできるようになった。だから、リタの体温とか脈拍とか、身体の状態とか、どこに魔力を欲しがってるかまでわかるんだ。だから、リタは安心して『再調整』されてればおっけーだ」


「…………わたしの、ぜんぶ。ナギに…………まるみえ…………あ、はぅぅっ! し、しっぽまでぇ!?」


 魔力の糸を尻尾に絡める。しゅる、って、魔力を強めに注ぎ込む。


 リタの身体が、ぴん、と、反り返る。


「だめ……だよぅ。もう……わたし…………ナギで……いっぱい」


 これでリタの全部に、僕の魔力が行き渡った。


 あとはスキルを落ち着かせればいいだけだ。




『束縛歌唱LV1』


『『歌歌』』でで『『敵敵』』をを『『締締めめ上上げげるる』』スキル




 振動が弱くなってる。


 念のため、スキルにも『魔力の糸』をからめて、意識を集中すると──




『再構築スキル:束縛歌唱LV1


 状態:やや不安定


 再構築:不可


 概念レベル:最大3』




『束縛歌唱LV1』の詳細情報もわかってくる。


『能力再構築LV4』は、スキルの細かいステータスまでわかるのか。


 じゃあ、これを『高速再構築クイックストラクチャー』に使ったら?




『固有スキル:高速再構築クイックストラクチャー


 状態:安定


 再構築:不可


 概念レベル:最大3』




『能力再構築LV3』の派生スキル。奴隷ひとりと自分のスキルを素早く再構築することができる。


 警告:副作用あり。使用は緊急時のみにすること。使うとあとがたいへん。


 副作用の詳細:再構築の後、スキルが不安定になるため『再調整』が必要となる。さもないとスキルが振動を始め、奴隷が『敏感状態』になる。また、同じ奴隷に『高速再構築』を使うごとに、不安定化までの時間が短くなる。




 詳細情報が表示された。


 なるほど。同じ相手に『高速再構築』を使うと不安定になるのか……。


 リタは2回目の『高速再構築』だから、スキルの不安定化までの時間が短くなってるってことか。これ以上、リタには『高速再構築』は使わない方がいいな。


 とにかく、今はリタを安定化させないと。


 リタの状態を再確認。


 本人はぐったりと、浴槽に座り込んでる。


 片手でお腹の下の方を押さえて、片手で湯浴み着の上から、僕の手を押さえてる。


 さっきより呼吸は安定してる。心臓の鼓動も、落ち着いてきてる。


 魔力はほぼ100パーセント行き渡ってる。僕とリタは完全に繋がってる状態だ。


 ウィンドウにはリタの全部が表示されてる。全身図は輪郭だけだけど、体温や心臓の脈拍まで。


「あのさ、リタ。聞いて」


「ふわぃ…………ごしゅじん……さまぁ」


「ソウマ=ナギはリタ=メルフェウスとの消えない縁を願う」


 僕は言った。


 ぼんやりしてたリタが、目を見開いた。




「この生命が尽きても。次の生命となっても。


 魂の結び目の約束をこいねがう。


 どうか未来永劫、この約束が続きますように」




 照れくさいから、少しだけ早口で。


 だけど、ご主人様としては、ちゃんと言わなきゃいけない。


 ここまで深く繋がって、リタの隅々まで知っちゃったんだから。


 この先なにがあっても、僕よりもリタを詳しく知ってる奴なんかいない。


 そのリタが望むなら、魂の終わりまでのえにしを誓う。


 それが奴隷を従えるご主人様の責任ってやつだからね。


「ナギぃ…………ナギ?」


 ぽろん、って、リタの目から涙がこぼれた。


「…………うれしい……すごく、うれしいよぅ…………ナギぃ」


「よしよし」


 僕はリタの髪を撫でた。


「…………わたしも…………ちかい…………ます。ナギと…………ごしゅじんさまと…………ずっといっしょ。

 いっしょなら……せつないのも………………ぃぃのも……わけあって……わたし。かぞく…………ナギ…………いっしょ……みんな…………あ、あああああっ。あ、んっ」


 ぴくん、と、リタの身体が震えた。


 僕はリタの反応をモニターしながら『束縛歌唱LV1』のスキルに触れる。


 暴れるスキルを、しずめていく。


 震える概念を、指で叩いて。


「ん、んっんっんっ」


『歌』と『敵』の間が開いたり閉じたりしてるから、押さえつけて。


「つよっ。あ……ううん。らい……じょぶ……」


『歌』と『締め上げる』の隙間に指を差し込んで、つまんで。揺らして、移動させて。


「──────ぅ。は、はぁ…………ん」


 リタはそのたびに背筋を伸ばして、ゆるめて。


 僕の首筋に顔を近づけて、鼻を鳴らして。


 それでも僕を安心させるみたいに「だいじょぶ……だいじょぶ」って繰り返す。


「……ねぇ、ナギ。スキル……落ち着いてきた?」


「うん」


「私、今度はうまく……『魂約』できるかなぁ……」


「大丈夫。できるまで何度でもやるから」


「そんなことしたら………………わたし…………こわれちゃうよ?

 ……ううん。でも、いいかな…………いいの、かな……それでも……」


 そう言ってリタは、照れくさそうに笑った。




『束縛歌唱LV1』


『歌』で『敵』を『締め上げる』スキル




 スキルは落ち着いた。


 あとは『再調整』を実行するだけだ。


「いいな。リタ」


「うん……して……ナギ…………」


 僕は『能力再構築LV4』に表示された『再調整』の文字に触れた。


「『束縛歌唱LV1』を再調整する。『能力再構築LV4』」


「……そして……魂の結び目の約束を──」




「「『魂約エンゲージ』」」




 リタの胸の中央が、光った。


 2度目だから、わかる。


 ちっちゃなリタが、ゆっくりと出てこようとしている




『さみしいたましいを抱きしめてくれるひと、あいすべきひと』




 よいしょ。よいしょ。って、出てくるのに苦労してる。


 僕は思わず、人差し指を差し出した。




『ありがとう……だいすき』




 そう言って、リタの魂は僕の人差し指を抱きしめて、くちづけた。


 そして、指につかまりながら、胸の中から出てくる。




『あきらめないでいてくれて、ありがとう』


「こっちも、リタには無茶させたから、おあいこだ」


リタって、めんどくさいでしょ?』


「だけどそこがいい」


『リタって、いじっぱりでしょ?』


「だからついてきてくれるんだろ?」


『リタって、究極のさびしんぼだよね?』


「僕もさびしんぼだから、同じだ」


『だから、とこしえにいっしょにいようね』




 リタの魂は、金色の髪の毛を一本、引き抜いて、僕の薬指に巻き付けた。




『「けいやく」より、ふかいえにしを、あなたに』




 リタの魂が僕の腕を駆け上がってくる。


 そして、僕の胸に触れた。


 そのまま肩までのぼって、僕の髪を引き抜く。


 それをリタの薬指に巻き付ける。




リタをおねがいします。あいすべきひと』


『どんなこんなんがあっても、リタはあなたのそばにいるから』


『じゅうじんのちゅうせいを、あまくみないことね! どんなにとおくにいても、ぜったいにナギをみつけだすんだからねっ!』




 しゅるん


 リタの魂が、リタの胸に戻った。




魂約エンゲージ』成立だ。




 ウィンドウに表示されているリタのステータスは──





役職:奴隷婚約者フォーチュンスレイブ


魂の結びつき:強度・中。


状態:気力充実。最良。


固有スキル:『格闘適性LV5』『完全獣化ビーストモードLV1』『■■■■■■■』




 リタの『魂約』スキルは完全に獣の姿になるスキルみたいだ。


 どんな獣なんだろう。


 綺麗だってのは、わかってるけど。




 僕のステータスは。


『ソウマ=ナギ


 固有スキル:『能力再構築LV4』『高速再構築』『意識共有マインド・リンケージ




 固有スキルがひとつ、増えた。




意識共有マインド・リンケージ


 奴隷と一定時間、意識を通い合わせるスキル。


 離れたところにいても、奴隷は主人に意思を伝えることができる。


 主人も同様のことができるが、主人は意識を集中することで、奴隷の思考を読み取ることも可能になる。


 発動には互いの信頼が必要。


 その証明として、唇にくちづけることが発動のキーとなる。




 唇にキスすることで意識共有か……。


 ハードルが高いのか低いのかわかんないな。使えそうなスキルだけどさ。




「……リタ、大丈夫?」


「ここは……てんごく?」


 湯船に浸かったまま、リタが目を開けた。


 まだちょっとぼんやりした顔で、僕を見返す。


「…………どこでもいいや……ナギがいるなら」


 リタは左手の薬指の指輪に気づいた。


 宝物みたいに、ぎゅ、と抱きしめて、くちづけた。


「これで私、魂までナギのものになっちゃったね」


「獣人の忠誠を甘くみるなって言われた」


「私の魂に?」


「生まれ変わっても絶対に見つけだすって」


「じゃあナギと……セシルちゃんのにおいを、もっともーっと記憶しなきゃね」


 そう言ってリタは、僕の首筋に鼻を近づけた。


 耳がぴこぴこ動いてるのが可愛かったから、僕は髪をなでてみた。リタはびっくりしたみたいに目を見開いて、それから気持ちよさそうに目を細めた。


「私がなでなでしてほしいって、わかった?」


「それくらい気づかなきゃ、ご主人様はできない」


「ナギの世界に生まれ変わったら、私はどんなふうになるのかな?」


「わからないけど……その世界でも僕に『能力再構築』があったら、とりあえず『リタを見つけだすスキル』を作ってみることにする」


「そんなスキル、誰がほしがるの?」


「少なくとも僕にはすごく必要だし、セシルも欲しがると思うよ? アイネだって」


「ふーん」


 リタは浴槽のなかで、にやり、と笑った。


 あ、なにたくらんでるか、わかった。


「ねぇ、ナギ。生まれ変わった私たちには、頼りになる『お姉ちゃん』が必要だと思わない?」


「……やっぱり」


「私、心配だなぁ。ナギは危なっかしいから、来世で私やセシルちゃんと出会う前に死んじゃわないか心配だなぁ。頼りになるお姉ちゃんが、ナギのそばにいてくれたらいいのになー」


「そのへんは、アイネと相談かな」


 アイネには、本当の弟のこともあるし、押しつけるわけにもいかないからね。


 そのうち話をしてみることにしよう。


 ところで、さっきアイネがお風呂場から出てったけど、脱衣所から廊下に出るドアが開く音はしたっけ? 『再調整』に集中してたから気づかなかった。


 まぁ、思い過ごしかもしれないけど。


「それでは、ご主人様」


 浴槽で立ち上がったリタは、金色の髪を手で整えて、乱れた湯浴み着を直して。


 それから胸に手を当てて、頭を下げた。




「リタ=メルフェウスはナギの『魂約者』として、この命が尽きても、次の生でも──ああもう、とにかく、世界の終わりまでずっと一緒にいるって誓ったんだからね! 覚悟しなさい。逃げられるなんて思わないこと、いい!?」




 リタは照れ笑いのまま、宣言したのだった。





──────────────────


能力再構築クイックストラクチャーLV4』


チートスキル作成スキルである『能力再構築』の第4形態。

『魔力の糸』を呼び出し、自由に動かすことができる。

(金色の糸で、太さは毛糸くらい。奴隷につなぐことで、魔力のやりとりができます)

この糸、あるいは指で奴隷やスキルに触れることで、詳細情報を呼び出すことができる。

奴隷の体調や心拍数。集中すればもっと深いところまでわかります。

スキルについては、使い方や能力の詳細まで。

とにかく詳しいところまで知ることができるのが『レベル4』のひとつめの・・・・・能力であります。

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