第182話「水辺の謎を解くために、チートキャラ全員で調査をはじめてみた」

 ──翌日の朝。保養地ミシュリラの別荘──




「──と、いうことがあったんですわ」


 保養地に転移した僕たちは、レティシアとカトラスの報告を聞いていた。


 こちらに転移してきたのは、昨日の夜。


 それから一夜明けて、今は別荘のリビングに、セシル、アイネ、イリス、ラフィリア、レティシア、カトラスが集まってる。リタはまだ、聖女さまの迷宮にいるはずだ。


 レティシアの報告は簡潔で、正確だった。


 リタ、カトラス、レティシアが川の上流で、デリリラさん(入りゴーレム)と、人魚マーメイドの少女を保護したこと。


 人魚も、村で見つかった魔物の遺体──『ホーンドサーペント』も海の生き物で、川にいるはずがないこと。


 そして、冒険者ギルドにはなぜか『海に関わるクエスト』が、ひとつもなかったことを。


「なんだか……不気味な感じがするよね」


「同感ですわ」「そうでありますな」


 僕とレティシアとカトラスは、そろってうなずいた。


 セシルとイリスも、難しい顔をしてる。


 アイネとラフィリアは、お湯が沸く音を聞いて立ち上がる。お茶を淹れてくれるみたいだ。


「セシルとイリスの意見は?」


「わたしはその人魚さんのお話を聞いてみたいです。海の亜人さんなら、海沿いにあるという『魔竜のダンジョン』の情報を持っているかもしれません」


「そうですね。海にまつわる亜人であれば、イリスの言葉を聞いてくださるかもしれないでしょう」


 ……一理あるな。どっちにしても、その人魚の少女を、このまま放っておくわけにはいかないわけだし。


 海に戻してあげるついでに、話くらいは聞いてみるべきかな。


 それに、イリスは海竜の血を引いてる。海の亜人から見れば、神にも等しい存在の子孫だ。今のイリスなら、人魚の少女ともコミュニケートできるかもしれない。セシルがついていれば、魔法関係の問題があってもなんとかなる。


 まずは2人に、聖女さまのところに行ってもらうべきかな。


 それに『海竜ケルカトル』は『最近、海が騒がしい』って言ってた。今回のことと、なにか関係があるのかもしれない。


 セシルの言う通り『魔竜のダンジョン』らしい場所も、海側にあるからね。


 実際に行く前に、そのまわりの下調べをしておいた方がいいな。


「わかった。こっちに来たばかりで悪いけど、セシルとイリスは、聖女さまのところに行ってもらえるかな。アイネとラフィリアは2人の護衛をお願いできるかな? 馬を使えば『デリリラ迷宮』まで、そんなにかからないはずだから」


「「「「はーいっ!!」」」


 声をそろえたセシルとイリスが手を挙げ、キッチンからはアイネとラフィリアの声が返ってくる。


「セシルとイリスを送り届けたら、アイネとラフィリアは一旦戻って来て。2人で、冒険者ギルドの調査をお願いしたんだ。アイネなら、表に出ない情報をつかめるかもしれない。急がなくてもいいからね」


「了解なの。はい、お茶なのー」「調査も大事ですけど、みんなでお茶をするのも大事な時間ですよぅ」


 そう言ってアイネとラフィリアは、みんなにお茶を配ってくれる。


 朝食のあとのティータイムだ。


 ほんとはこのあと、お昼寝タイムにしたいけど……。


 人魚の少女、助けちゃったからね。あとは知らんぷりってわけにもいかないか。


 気になることもあるから、調べられるところは調べておこう。


「それであるじどの、ボクはなにをすればいいでありますか?」

 

「僕と一緒に、商人のドルゴールさんのところに行こう。ドルゴールさんは『商人ギルド』にも所属してるから、なにか情報がもらえるかもしれない」


「承知であります」


「わたくしもご一緒してよろしいかしら」


 レティシアは言った。


「信頼できる商人というのは、あまりいませんものね。ナギさんが頼りにしている方なら、お近づきになっておきたいですわ」


「わかった。じゃあ、レティシアも僕のチームで」


 これで分担が決まった。


 僕とレティシア、カトラスは商人のドルゴールさんのところで情報収集。


 セシルとイリス、アイネとラフィリアは聖女さまのところに行って、リタと合流。聖女さまからの情報と、できれば人魚の少女の話を聞く。これでいこう。


「いけない、忘れるところでした。カトラスさま」


 イリスが、ぱん、と手を叩いた。


「お兄ちゃんに書状を頼まれておりましたの。これをドルゴールさんにお見せくださいませ」


「……なんでありますか? これは」


「カトラスさまは、商人さんの支援を受けて、騎士資格試験を受けに行ったのでしょう? そのあとのフォローをしておいた方がいいと思いまして」


「はっ!」


 カトラスは目を見開いた。


「そうでありました! ボクは、ドルゴールさんのお力を借りていたのであります!」


 商人のドルゴールさんは、若い者の手助けをするのを趣味にしてるらしい。


 それでカトラスも『騎士資格試験』を受けるとき、住所変更の手伝いとか、王都に行くキャラバンに同行させてもらったりしていたんだ。


 本当は、もっと早くあいさつに行くべきだったんだけど。 


「……カトラスの正体を知られるわけにはいかないからね。こっちの準備が整うまで、言わないでおこう、って決めてたんだ」


 なんたってカトラスは、王家の隠された王女さま、だからね。


 それに、自分の性別を自覚してしまったカトラスは、もう以前の彼女とは違ってる。正体がばれないためには、準備をすべて整えて、僕が側にいてフォローできる状態で、ドルゴールさんに会いに行った方がいいと思ったんだ。


「この書状はカトラスの立場を保証してくれるはずだよ。イリスに頼んでおいたんだ。これを持って、ドルゴールさんにあいさつに行こう。僕も一緒に行くからさ」


「ありがとうございます! あるじどの」


 まぁ、なんというか。


 無敵の『働かない生活』のためには、後腐れないようにしておきたい、ということ。


「そんなわけだから、お茶飲んで一服して、それから装備を確認して……落ち着いたら出発しよう。あせらず、のんびりと」


「「「「「「おー!」」」」」」


 そんなわけで、僕たちは出かける準備をはじめたのだけど……。


「ごめん、カトラス。ちょっとだけつきあってくれるかな?」


 僕はカトラスの耳元にささやいた。それから手招きして、廊下へと連れて行く。


 出かける前に、しておかなきゃいけないことがあったんだ。


「もちろんいいでありますよ。どんなご用でありますか?」


 カトラスも僕の耳元にささやき返す。


 僕は荷物の入った袋から、ショートスピアを取り出した。


 隠し市場で買った『伸縮槍フェトラ』。その再構築版だ。


「港町イルガファの市場でこれを買ったんだ。よければ、カトラスに使ってもらえないかなって思って」


「……あ、あるじどの」


 カトラスは目を輝かせて、僕を見た。


「ボ、ボクのためにそんなことしていただかなくてもいいのでありますよ。そこまでしていただいたら、ボクは……なにをしてお返しすればいいのか、わからないであります!」


「そんなに気にしなくても」


「いいえ」


 カトラスは僕の前に膝をついた。


「ボクはあるじどのの配下──いえ、奴隷であります。ご主人様になにかしていただいたときは、この身に代えてもご恩返しをしなければいけないのであります!」


「そこまでされると僕の方も困るんだってば。これからこの槍をカトラスと『再調整』しなきゃいけないんだから」


「……え?」


 カトラスが目を見開いた。そういえば、言ってなかったっけ。


「今回は市場で、急いで『高速再構築クイック・ストラクチャー』しちゃったからね。『概念がいねん』を安定化させなきゃいけないんだ。この槍はカトラス用だから、カトラスの魔力で調整しなきゃいけない。だから──」


「も、もちろん。望むところであります!」


 カトラスは、ぽん、と胸を叩いた。


「あるじどのが強化してくださったマジックアイテムなのでありますから、その『再調整』に、ボクが協力するのは当然のことであります。むしろ、ボクの方がお願いしたいくらいでありますよ!」


「そっか」


 頼もしいな。カトラス。


「さぁさぁ、時間がないでありますよ。出かける前に槍の『再調整』をするのでありましょう!」


 そう言ってカトラスは僕の手を引いて、自分の部屋に向かったのだった。








 ──ナギ・カトラス・レティシアチーム──






 ──1時間後──




「か、『海竜の巫女』、イリス=ハフェウメアさま直筆の書状ですと!?」


 ここは、保養地でいつもお世話になってる、ドルゴールさんのお屋敷。


 応接間に通された僕は、まずはイリスからの書状を手渡した。


 カトラスとレティシアはソファに座り、落ち着かない様子でまわりを見回してる。


 びっくりするよね。この部屋。海竜グッズでいっぱいだから。


「ふむふむ……なんと! カトラスはイリスさまにお仕えすることになったのですか!」


「正確には、イリスさまの護衛である、僕のパーティの仲間になったんです」


 嘘は言ってない。


 カトラスはパーティの仲間で、僕は表面的には、イリスの護衛をやってるからね。


「カトラスが受けるはずだった『騎士資格試験』にトラブルがあったというお話は、ドルゴールさんもご存じでしょう?」


「存じております。時期を同じくして、街道にゴーストの群れが大量発生したと」


「カトラスはその時、僕のパーティの仲間として、問題解決に協力してくれたのです」


「なんと!? ですがあの時は空から謎の光が降ってきて、ゴーストを一掃したと聞いておりますが!?」


「ええ、僕も間近で見る機会がありました」


「まさに天の加護のようだったと、話には聞いております」


「天竜の加護かもしれませんねー」


「まさしく。まさしく!」


 ドルゴールさんは興奮してる。


 セシルとリタが合体して極大魔法を使ったと言っても、信じてくれないだろうな……。


「当時、イリスさまはイルガファに来られる貴族の方たちを迎えるため、街道に来ていらっしゃいました。そのときにイリスさまはカトラスの働きを認め、僕の仲間にするべき、とおっしゃったのです」


「……そういうことでしたか」


「わたくしも、ナギさんとカトラスさんに救われた一人ですわ」


 レティシアが立ち上がり、宣言した。


 ちらりと横目で僕の方を見て、片目を閉じて──


「ゴースト……スケルトン……押し寄せるアンデッドの中で、わたくしは必死に戦っておりましたの。ナギさんたちの支援がなければ……命を落としていたかもしれません」


「おぉ……子爵家の方がそのような」


 ドルゴールさんは、カトラスの方に視線を向けた。


「誇らしいぞ、カトラス! 私が支援した少年が、アンデッドに立ち向かう勇気を持っていたとは。見上げたものだ!」


「…………(ぽーっ)」


「カトラス?」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


 カトラスは慌てて顔を上げた。


 ほっぺたと、耳たぶが真っ赤になってた。太ももに手を当てて、さっきから膝をこすり合わせてる。


「だ、大丈夫であります。ボクは、平気であります」


 カトラスは、あわわわわっ、って感じで、手を振ってる。


 その指先が──僕の頬にふれると──


「──ひゃんっ」


 カトラスは、きゅっ、って、両膝を閉じた。


「カトラス。大丈夫かね」


「だいじょぶであります。ちょっと……出がけに……しあわせなことがあったもので……」


 カトラスはうるんだひとみで、僕を見た。


 肩が小刻みに震えてる。心臓がばっくんばっくん鳴る音が、聞こえるような気がする。


 ……うん。やっぱり出かける前に『再調整』するのは、やめた方がよかったね。


 カトラスの中にはまだ僕の魔力が残ってるみたいだ。僕に触れるたびに、びくん、って震えてる。


 ここは僕がフォローしよう。


「カトラスは騎士の立場より、人を守ることを優先したいと……そう言っていました」


 僕は席を立ち、ドルゴールさんに頭を下げた。


 それを見たカトラスも同じようにする。それから彼女は、深呼吸して──


「そうなのであります。ボクは新しい道として、ここにいるソウマ=ナギさんのパーティに入ることにしたのであります。騎士試験を受けるのにお世話になったドルゴールさんには申し訳ないのでありますが……」


 カトラスは深々と頭を下げたまま、長い息を吐き出した。


 僕の方を見て、照れたように頬をゆるめる。やっと、落ち着いたみたいだ。


「顔を上げなさい、カトラス」


 ドルゴールさんは穏やかにほほえんでいた。


「若い者を助けるのは私の趣味だよ。お前が自分の道を見つけたのであれば、それでいいのだ」


「ドルゴールさん……」


「しかし、その首輪はどうしたのだね?」


 ドルゴールさんは、カトラスの首にある『主従契約の首輪』を指さした。


「こ、こ、これは……ボクが自分を高めるためであります!」


 カトラスは首輪に手を触れて、宣言した。


「自分を(あるじどのの奴隷にすることにより。スキルを組み替えてもらって)強くして。(立派な奴隷として他の奴隷のみなさんと同じ位置に)高めるため、主従契約をしたのであります!」


「なるほど。自分を(困難な立場において)強くして。(立派な騎士として)高めるためか。うんうん。『海竜の巫女』さまが関わっているのなら、間違いはあるまい」


「「はーっはっはー」」


 カトラスとドルゴールさんは顔を見合わせて笑った。


「ただ、ドルゴールさんには本当にお世話になりましたので、なにか恩返しをしたいのであります。なにかクエストの依頼などはないでありますか?」


「クエスト?」


「はい、あるじどの──じゃなかった、ナギさんと話し合って決めたのであります。それくらいのことは、しようって」


 カトラスが僕の方を見た。


 ここからは、僕の出番かな。情報収集も兼ねて。


「僕たちもドルゴールさんにはお世話になっていますからね。そちらで冒険者の手助けが必要なことがあれば、お役に立ちたいと思っているのです。どうでしょうか?」


「確かに、差し迫った問題があるのですが……」


 ドルゴールさんは困ったように横を向いた。


「それは、時間が解決することですからな。特にクエストを依頼するほどのことではございません」


「問題、とは?」


「屋敷に、勧誘がよく来るのです」


「勧誘?」


「『新人研修』の勧誘ですよ」


「「「新人研修!?」」」


 僕とカトラス、レティシアの声がそろった。


 港町イルガファで、新領主のロイエルドが『新人研修』でひどい目にあったことは、2人にも話してある。


 それを持ちかけた張本人については、今でもイルガファで調査中だ。


 でも……どうして保養地で『新人研修』なんて話が出てくるんだ。


「お父さま!」


 不意に、ノックの音がした。


 応接間のドアが開き、ドルゴールさんの娘さんが顔を出す。


「来客中に申し訳ありません。また『新人研修』の勧誘の方が!」


「またか……先日断ったばかりだというのに……」


 ドルゴールさんは苦い顔で席を立った。


「海の方で大型船を利用した、冒険者や貴族の使用人などの『新人研修』が行われているそうなのですよ。参加人数が不足しているとかで、商人ギルドにも勧誘が来ておりまして……私も、目をつけられたようですな」


「海の側で、ですか」


「秘密のプログラム、と聞いております。そのため、保養地の北にある海岸は、現在人が入れないようになっておりまして……面倒なことですな」


「そんなことが可能なのは……貴族の方が研修に協力しているから、ですか?」


「……だから、面倒な話なのですよ」


 ため息をつくドルゴールさん。


「商人ギルドの方からも『つきあいで数人出すべき』という意見が多数でして。だから私にも話が回ってくる、というわけでして……」

 

 ……『新人研修』……か。


 それがもし、港町イルガファで行われていたものと同じだとしたなら……。


 同じ人間が……同じような研修をやっている可能性がある。


 …………よし。


「あの。もしよければ、なんですが。僕もこっそり、その勧誘の様子を見せてもらってもいいですか?」


 僕は言った。


「ええ、構いませんよ」


 ドルゴールさんは、あっさりとうなずいた。


「階段の上に、玄関を覗くことができる踊り場があります。そこからご覧になってはいかがですか? イリスさま直属の冒険者の方には……さすがに話は行かないと思いますが、参考になればと」


 そう言ってドルゴールさんはため息をついた。


 よっぽどうんざりしてるんだな。その『勧誘』に。


「というわけだ。つきあってくれるかな。カトラス、レティシア」


「もちろんであります。ドルゴールさんを困らせているのがどんな方が、ボクもこの目で確かめたいでありますから」


「わたくしも、貴族が絡んでいるとなれば、見過ごすわけにはいきません」


 カトラスとレティシアも乗り気だ。


 ドルゴールさんの言う『新人研修』が海で行われているとしたら……『魔竜のダンジョン』を探すのに障害になるかもしれない。


 それに、レティシアたちが見つけた人魚──海の亜人と関わってる可能性もある。


 だったら、確かめてみないと。




 そうして僕たちは、案内された場所で『新人研修(勧誘)』の話を聞くことになったのだった──






 ──同時刻、聖女デリリラ迷宮 セシル・リタ・イリスチーム──





「「「「おじゃまします! 聖女さま!」」」」


 セシルとイリス、アイネとラフィリアは『デリリラ迷宮』に到着した。


『ことこと』『ことこと』


 4人の到着を待っていたかのように、あちこちからゴーレムが現れる。ゴーレムたちは迷宮の入り口をふさいでいた岩をどけて、セシルたちを中へと招き入れた。


 案内された先は、水の流れる小部屋だった。


 来客用に整備したのだろう。馬をつなぐ金具と、飼い葉桶まで用意されている。


「それじゃ馬さんたちは、こちらへ」


 セシルはたづなを引き、壁の金具へとつないだ。


 ナギの『生命交渉フード・ネゴシエーション』で事情を説明されていた馬は、すべてわかったような顔でされるままになっている。前の旅でも馬車を引いてくれていた馬たちだ。彼らの主人の『変な冒険』にも慣れてしまっているのだろう。


「わたしたちは後で帰ります。アイネさんとラフィリアさんを、町まで乗せていってあげてくださいね」


『『ぶひいいいいっ!!』』


 セシルが背中をなでる「がってん!」という感じで、馬たちは鼻を鳴らした。


「聖女さま、こんな部屋まで作ってくれたの?」


「気をつかってくださったのですね。聖女だけあって、責任感の強い方なのでしょう」


「同じ正義の味方として、学ぶところがありそうですねぇ」


 アイネ、イリス、ラフィリアの言葉に、ゴーレムたちが『こくこくこくっ』とうなずく。


 そんな聖女さまだから、遭難そうなんした人魚マーメイドの少女を放っておけなかったわけで、こうして迷宮に連れてきたのだろう。


 そう思うとデリリラさんはやっぱり聖女で、この地には必要な人なんだなぁ、と思うセシルたちだった。


「それでは、わたしとイリスさんはリタさんと合流します」


「アイネさまと師匠も、道中、お気をつけて」


 びしり、と手を挙げて、セシルとイリスは迷宮の奥へと向かう。


 このあとアイネとラフィリアは、たっぷり休憩を取ってから町に戻る予定になっている。


 2人の役目は冒険者ギルドと、町でのお買い物だ。


「今回の旅行では、海辺で『バーベキューパーティ』をしたいって、なぁくん言ってたの」


「こないだ、元の世界での『海辺イベント』のことを教えていただきましたからねぇ」


「あれ? なぁくんが眠りかけのとき、ラフィリアさんが聞き出したんじゃなかったの?」


「細かいことはいいですよぅ。とにかく今回は『びーちばれー』『日焼け止め塗ってたら手が滑った』『無人島でどっきり無防備解放感』というのをやってみたいですねぇ」


「そうね。そのためには、今回の事件を片付けないとね」


「やる気が出てきましたよぅ! おー!」


 そんなことを語り合いながら、セシルとイリスを見送るアイネたちだった。







 ──そして、迷宮の奥に向かったセシルとイリスは──




「リタさーん」「ごぶさたしております。リタさま」


「セシルちゃん、イリスちゃん!」


 デリリラ迷宮の中ほど。


 以前、ナギたちがあっさりクリアしたプールの部屋に、リタと聖女デリリラはいた。


「もーっ。なかなか来ないんだもん。心配しちゃった」


 すりすり、と、リタは2人の頭をなでた。


「セシルちゃんもイリスちゃんも、変わったことはなかった?」


「たいしたことはなかったです。ナギさまと一緒に新魔法を編み出したくらいです」


「『非殺傷魔法ひさっしょうまほう』のつもりが、巨大陸ヘビを輪切りにしてしまいましたが、どうってこともないお話でしょう」


「……その話、あとでゆっくり聞かせてね」


 リタは額を押さえてつぶやいた。


 それから振り返り、プールの方を指さした。


 プールは透明な水で満たされている。


 以前、みんなでこの迷宮を攻略したときはプールの中にスライムがいたけれど、今入っているのは水だけだ。


 そこに、人魚の少女がいた。


 プールの隅で小さくなって、じっとこちらをうかがっている。


「あの子が、聖女さまが助けた人魚の少女よ。昨日の夜に目を覚ましたんだけど……パニック状態になってるみたいで、なにも話してくれないの。それからずっと、眠れないみたい」


「……そうなんですか」


「……なにか、つらいことがあったのかもしれませんね」


「彼女の上に浮かんでいるのが、霊体の聖女デリリラさまよ。みんなを出迎えるつもりだったんだけど……タイミングを外しちゃったみたいで、今は背中を向けてるの」


「ご、ごめんなさい聖女さま! お久しぶりです!」


「覚えていらっしゃいますか!? 偉大なるあなたの幻影を保養地に作り出した、イリス=ハフェウメアです!」


 セシルとイリスの声に、霊体の聖女デリリラが、ぴくん、と反応した。


 紫色の髪を揺らして、肩越しにセシルたちの方を見る。


「……デリリラさんのこと、忘れてないよね?」


「もちろんです! 聖女さまはナギさまの、大事なお友だちなんですから!」


「死してなお人のためにつくす聖女さまの偉業を、忘れたりなんかするはずございません!」


「そっかー。じゃあいいやっ!」


 聖女デリリラは宙を舞い、ふわり、と、セシルたちの前にやってくる。


「まずは、あの人魚の子の素性を話そうか。あの子は海に住む亜人で、種族名は『人魚マーメイド』。彼女たちは海沿いの洞窟や無人島を住処とする種族で、人間とはまったく敵対していない」


「生活圏が違うからですね」


「そうだよ、セシルくん。海水の中でも淡水の中でも生きられるけど、川にやってくることはまったくないんだ。そんなことしても意味がないからね。まわりの環境が変わっちゃって、住みにくくなるだけなんだから」


 そこで、聖女デリリラは言葉を切った。


「デリリラさんが彼女と出会ったのは、川の上流で悲鳴を聞いたからなんだ。反射的に飛び込んだら、洞窟の先の岩に彼女が引っかかってたんだよ。助けようとしたんだけど、水の流れは速いし洞窟は狭いし、じたばたしてるうちに、デリリラさんも引っかかっちゃった、というわけ」


「その洞窟って、奥はどうなっているのでしょうね」


「ごめんね、イリスちゃん。そこまでは私の『従者の鈴』でもわからなかったの」


「いえ、リタさま。可能性として、洞窟の先が海に繋がっているのでは、と思いまして」


 イリスは少し考え込むように、首をかしげた。


「そうなると、お兄ちゃんが気にしている『例の場所』にも、関わりがあるかもしれません。ここは、この子に聞いてみるしかないでしょう」


「聞いてみるって、どうするつもりかな、イリスくん」


「……イリスは『海竜の血』を引いております。そのことを示して、近づいてみましょう」


 そう言ってイリスは、服のボタンを、ぱちん、と外した。


「……不思議ですね。ずっと嫌いだった『海竜の血』に、感謝することがあるなんて思ってもみませんでした。こんなふうに思えるようになったのも、お兄ちゃんがイリスのすべてを、作り替えてくださったから、でしょうね……」


 そうしてイリスは、着ているものをすべて、足元に落とした。


 最後まで持っていた短剣を、リタに手渡し、迷わずにプールへと飛び込む。


「イリスちゃん!?」「イリスさん。大丈夫ですか?」


「心配いりません。イリスは『水泳スキル』に長けておりますから」


 そう言ってイリスは白い裸身を踊らせて、きれいなフォームで泳ぎ出す。


 水音に気づいたのか、プールの反対側で人魚の少女が、びくん、と身体を震わせた。うろこの生えた尻尾を揺らして、水中に逃げ込もうとする。


「お待ちなさい。イリスも、あなたと同じ、海の生き物の血を引いております」


 イリスは人魚の少女に背中を向けた。


 立ち泳ぎのまま髪を身体の前に流して、白い首筋と背中をさらす。


 プールの水は透明度が高い。だから、人魚の少女にも見えたはず。


 そこに生えている、『海竜の血』を引いていることを示す、きれいな鱗を。


「同じ海の仲間です……怖がらなくて、いいでしょう?」


「…………」


 人魚の少女が動きを止めた。


 首まで水に浸かった状態で、じっとイリスの方を見ている。


「怖いことがあったのでしょうか?」


「(こくん)」


 人魚の少女はうなずいた。


「イリスのご主人様は、あなたを海に戻してさしあげるとおっしゃっています? あなたはそれを望みますか?」


「(無言)」


「なにか怖いことがあって、今はなにも考えられない?」


「(こくん)」


「昨日も……もしかしたらずっと、眠れていないのでは?」


「(……こくん)」


「こわいことがあって眠れないのであれば……それを一時、忘れる方法がございます。眠って、落ち着いて……そうすれば、こわいものと戦うこともできましょう。試してみますか?」


「(こくこくこくっ)」


 人魚の少女は、目を輝かせてイリスを見た。


「リタさま。その短刀をイリスに」


「はーい。今行くねー」


 しゅぱぱぱぱぱぱぱっ!


 得意の『水上歩行』能力で、リタがイリスのところにやってくる。


 リタはイリスに短刀を手渡し、人魚の少女の方に視線を向けた。少女が怯えているのを見ると残念そうに、陸の方へと戻っていく。


(……リタさま、小さな子が大好きですからね。本当は、抱きしめて落ち着かせてあげたかったんでしょう)


 そんなことを考えながら、イリスは人魚の少女に近づいていく。


 少女はもう、逃げようとはしない。荒い息をつきながら、イリスが近づいてくるのをじっと見ている。


「……今は、ゆっくりとお休みなさい」


 イリスは少女の手を取って、その肩口に短刀の背を、軽く当てた。


「発動。『安心刀あんしんとう 心安丸こころやすまる』……」


「……あ」


 人魚の少女の身体から、力が抜けた。


 イリスの胸に背中をあずけて、ゆっくりと呼吸をはじめる。


「……あなたは……だぁれ?」


 少女はぼんやりとした目で、イリスを見た。


「イリス=ハフェウメアと申します。元『海竜の巫女』で、今はお兄ちゃんの……愛の奴隷どれいです」


 イリスはそう言って、少女の背中をなでた。


「あなたのお名前を、教えていただけますか?」


「ソーニア」


 少女は短く答えた。


 それから、赤みがかった瞳で、イリスの顔をまっすぐに見て──


「あのねあのね。ソーニアたちの住処すみかを、怖いひとたちが襲ったの。ソーニアたちを追い出して、居場所を奪ったの。ソーニアは秘密の地下水路を通って、逃げたの。こわくてこわくて……それで」


 ソーニアの目が、閉じかけていた。


 イリスの胸に背中をあずけて、安らかな寝息を立てはじめる。


「……ずっと緊張していたんだろうね」


 いつの間にかイリスの頭上に、霊体の聖女デリリラが浮かんでいた。


「海の方で怖いことがあって、逃げて来て。岩場に引っかかってたと思ったら、知らないひとにここまで連れてこられたんだからね。緊張するのも無理ないよね」


「お兄ちゃんにいただいたアイテムがあって、よかったです」


 イリスは鞘に入ったままの『安心刀 心安丸』に触れた。


 このかたなは、対象の心配ごとを小さくする効果がある。問題が解決するわけではないけれど、精神的な負担は軽くなる。その効果はイリス自身が体験済みだ。


「ほんとに……お兄ちゃんは魔法のように、誰かを助けてくださいます」


「だよねぇ」


 聖女デリリラはうなずいた。


「デリリラさんは思うんだよ。友だちのレティシアくんがこの国の──表の世界で王さまになって、いんちきご主人さまのナギくんが裏で参謀さんぼうの役目をすれば、世の中はもっと面白くなるんじゃないか、ってね」


「……そのお話、あとで詳しく聞かせていただけますか?」


「もちろん」


 顔を見合わせて笑う、聖女デリリラ (霊体)とイリス。


「イリスちゃん、デリリラさま……ちょっと静かに」


 不意に2人の側で、リタが言った。


 いつの間にか『水上歩行』で戻って来ていたのだ。背中にはセシルを背負っている。セシルとリタは唇に指を当て、イリスとデリリラに向かって「しーっ」のポーズ。


「……人魚のソーニアさんが……なにか寝言を言ってるみたいなんです」


 セシルが2人に向かって告げる。


 リタは水面に静止したまま、人魚のソーニアの口元に、獣耳けものみみを近づける。


 ソーニアの唇がかすかに動き、リタの獣耳がぴくり、と反応する。


 しばらくして、リタが顔を上げた。


「ソーニアちゃん、ずっと同じことを言ってるわ。意味はよく……わからないけど」


「どんなことをおっしゃってたのですか? リタさま」


「……んーっと」


 リタは少し考え込むように首をかしげてから──




「『新人研修しんじんけんしゅうのひとたち……こわい』……って」




 セシル、イリス、デリリラに向けて、そんなことを告げたのだった。

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