第181話「川の調査をしていたら、意外な人物が隠れてた」
──翌日、保養地ミシュリラから少し離れた森の中で──
村での聞き込みを終えたリタ、レティシア、カトラスの3人は、川の上流に向かっていた。
「村の方たちの話をまとめると、川の水量が減ったのは一時的なもの。問題は、得体の知れない魔物の
隊列の最後尾で、レティシアは言った。
「村人が見せてくださった魔物の一部……あれは作り物ではないのでしょう? リタさん」
「うん。あの角2本とも、潮のにおいがしたもん」
レティシアの問いに、リタがうなずく。
「間違いなく魔物の一部だったわ。あんな角をつけた魔物が上流から流れてきたら、みんなびっくりするわよね」
「魔物本体が残ってれば、どんな生き物かわかったんでしょうけれども……」
「村人さんたち、不気味に思って燃やしてしまったそうでありますからな」
レティシアの言葉を、カトラスが引き継いだ。
「ボクの知識によると、あれは中型の魔物の角であります。潮のにおいがしたとなると、海の物でしょうな。この地方にいるのは『ホーンドサーペント』かと」
「詳しいんですのね。カトラスさん」
「騎士の資格試験には魔物の知識も求められるでありますからな」
「ですけど『ホーンドサーペント』は、川にはいないですわよね?」
「そうでありますな。あれ海を回遊する魔物で、この季節になると海岸にやってくるそうでありますから」
カトラスは唇に指を当てて、なにかを思い出しているかのように、
「角は粉にすると薬になるという言い伝えがあるのであります。身は開いて焼いて、甘辛いタレをつけて食べるのがこの地方の名物料理でありますが……肉は悪くなるのが早いでありますから。村人が処分してしまうのもわかるでありますよ」
「でも、そんな魔物が森の近くに現れることなんてありますの?」
「淡水の中でも生活できるとは聞いておりますが……普通はありえないのでありますよ。このへんが海に繋がってるならともかく。そのあたりはリタどの、どうでありますか?」
「……潮のにおいはしないわね」
リタは地面を見ながら、答えた。
「まわりからも、
「その『キラーベア』は、山の魔物でありますからな」
「そいつは今回の事件には関係なさそうですわね」
カトラスとレティシアがうなずいた。
2人とも、剣はとっくに抜いている。けれど、使う暇がなかった。
目の前で倒れている『キラーベア』は、リタに後頭部を蹴飛ばされたときに、すでに倒されていたからだ。大人の男性の倍近くの身長がある巨大クマは、もはやぴくりとも動かない。
「意外とこのあたりにも、強力な魔物がいますのね」
「案内役の村人さんたち、帰ってもらって正解でありましたな」
「戦闘に慣れていない人たちだったのよ、きっと。『リトルベア』が出たところでびっくりしてたもん」
リタ、レティシア、カトラスは、村を出た後のことを思い出していた。
そこは冒険者ギルドにクエストを依頼した村で、やたらと責任感の強い村人が住んでいたのだった──
──回想:クエストを依頼した村で──
「冒険者の皆さんだけに働かせるわけにはいきません!」
そう言って、村の人たちが3人、レティシアたちについてきた。
「わしらは戦いは苦手ですが!」「森の魔物には詳しいですから、少しは役に立てるかと思います!」
「……無理はしなくてけっこうですわよ?」
「「「足手まといにはなりません!!」」」
レティシアの言葉に
そうして、リタたちと村人たちが森に入ったあと──
『GAOOOOOO!!』
「『リトルベア』の群れだ!」「小型ですが爪と体当たりが強力です!! 攻撃の際は側面に回り込んでください!!」「ちなみにこの森には最強の熊『キラーベア』がおります! 出会ったら逃げてくださいませ!!」
「「「わかりました!!」」」
「まずは話し合いましょう! こんにちは! レティシア=ミルフェですわ!!」
レティシアはあいさつした!
『リトルベア』は、あいさつを返した!
「おおっと。思わず盾を構えたままぶつかってしまったであります! ……『
カトラスが体当たりした!
『リトルベア』のターンが飛ばされた!
『リトルベア』は、ぴくぴくしている!
「ふつーきーっく! おおっと! 当たり所が良かったようね!!」
リタの回し蹴りが3連続で、『リトルベア』の後頭部にヒットした!
『リトルベア』は、ぜんめつした!!
「「「すいません! わしら超足手まといでした! ごめんなさい帰ります!!」」」
『あんないやくのむらびと』は帰っていった!
──回想終了──
「案内役はいなくてもよかったのよね。一本道だから」
「村人さんたち、怯えておりましたからな。魔物に」
「私たちが
「このクエストでは、全体的に
「「……どうして帰っちゃったのかな(でありますかな)?」」
「…………最近皆さんの『ちぃと』っぷりに慣れ切ってる自分に気づかされましたわ。ありがとうございます、村人さん。わたくしも
リタとカトラスは不思議そうに首をかしげ、レティシアは難しい顔になる。
「それはともかく、もうすぐ水源よね?」
リタは獣耳を澄ませた。
3人のすぐ隣には、岩に隠れるようにして川が流れている。流れはかなり速い。地面はいつの間にか、土から岩場になっている。
村人たちの話によると、地面が岩場になってから5分程度で水源にたどりつくそうだ。
「……水音には変化がないわ。魔物の気配もなし。あの『キラーベア』で最後だったみたいね」
「クエストの目的は水源近くの状態を調べること。それで終わりでしたわよね?」
「うん。その先は調べようがないもんね」
「そうですな。普通は、調べようがないでありますな」
話しているうちに森が切れて、3人は開けた場所に出た。
まわりは、平らな岩場になっていて、その先に切り立った岩山がある。
川の
「とりあえず、川の深さを測りましょう」
レティシアが荷物からロープを取り出した。
村人から預かったものだ。これで源流近くの水深を測るように頼まれている。
村に残る古い記録と比べて、変化があるか確認するらしい。
カトラスが適当な石を拾い、ロープの先端に結びつける。
リタはそれを受け取り、川岸に向かって歩いて行く。そして足の裏に『神聖力』を集中し、水面へ。川の中央にたどりついたところで、ロープを水中に垂らしていく。
リタは水流に流されないように歩きながら、なんとかその場に停止。
ロープが川底に着いたのを確認して、水面に出ている部分に
川岸に戻れば、それでクエスト完了だ。
「出現した魔物は『キラーベア』『リトルベア』を含めて5種類でありました。これも村の人たちに伝えるのでありますな?」
「たいしたことなかったわね。まぁ、調査クエストだもんね」
「冷静になりなさい、わたくし。これが『普通』だと思ってはいけませんわ。普通の人は水面を歩けないし、大熊をピクピクさせたり、
「「レティシアさまー。せっかくだから、
「だーかーらーっ!!」
レティシアは思わず声を上げた。
とりあえず頭を抱えて深呼吸して、冷静さを取り戻し──
「……『従者の鈴』は、リタさんにしか聞こえない音を発するのでしたわよね?」
「うん。その反響で、まわりの様子を調べることができるの。ここからなら、水源の向こう──洞窟にも音がとどくでしょ? せっかくだから、使ってみようかな、って」
「そのアイテムで異常を見つけたとしても、村人さんたちには言えませんわよ?」
「わかってるもん」
リタは困ったような顔で、レティシアを見た。
「でもね、ナギだったら『いいよ、やってみて』って言うと思うの」
「そういうの好きそうですものね、ナギさん」
レティシアは肩をすくめた。
「いいですわ。おやりなさい。なにかあったらわたくしがフォローいたしますわ」
「
リタは
卵くらいの大きさがあるそれは、ナギたちが港町イルガファに戻る前に渡されたものだ。これを受け取ったとき、ナギは「自分の判断で使っていいよ。あとで使用感を報告すること」と言っていた。
そのときのナギの顔が頭に浮かんで、リタは自然と笑顔になる。
謎アイテムを手にしたときの、好奇心いっぱいの顔が大好きだから。いつもは難しいこと考えてるのに、ときどき、子どもみたいな顔をするのはずるいと思う。これ以上、自分の心の中をご主人様でいっぱいにしないで欲しい。あふれだしちゃったらどうするんだろう、まったく。
──そんなことを考えながら、リタは川岸に立ち、鈴を握りしめた。
隣にレティシアとカトラスに目線で合図する。2人はリタの邪魔にならないように、口と鼻を押さえてる。呼吸音くらいなら大丈夫だけど、ノイズは少ない方がいい。
「『森林を駆ける獣の主』──その従者の名において」
リタは鈴を、首輪の金具に結びつけた。
首輪はご主人様との
「『ご主人様との絆──忠誠の証の音色をもって、隠されし物のかたちを我が前に示せ!』」
リタは目を閉じ、鈴を鳴らした。
────。
鈴が、透明な音を響かせた。
その音は、レティシアにも、カトラスにも聞こえない。
けれどもリタの獣耳には、涼やかな音色が届いていた。
音は、だんだんと広がっていく。
まるで水面に石を落としたかのように、音の波紋が広がっていく。
跳ね返る。
リタの耳と、肌と、すべての感覚がそれを受け止める。
やがてリタはゆっくりと、目を開いた。
「──洞窟の奥──なにか──いる──?」
反響した音を、鈴がリタにもわかるかたちに翻訳する。
装備者であるリタの脳裏に、見えない場所のかたちが浮かび上がる。
選択する──洞窟の奥。
水源の向こう。ぎりぎり音が届いたあたり。
そこに、なにががいた。リタの頭に浮かんだイメージは、翼の生えたなにかと──人影。
『────タスケテ』
そして、リタの耳には、かすかな声が聞こえていた。
「レティシアさま、カトラスちゃん! 洞窟の向こうに誰かいる! 人っぽいかたちと……翼の生えたなにかが、中の岩場に引っかかってるみたい。声が聞こえるの!」
リタは川に向かってジャンプ。再び『水上歩行』で水面に立ち、洞窟に向かって走り出す。
「無茶ですわ! リタさん!」
「──っ」
レティシアの声に、リタは慌てて立ち止まる。
洞窟の入り口は狭い。水面を這って通るのがやっとだ。その状態で神聖力による『水上歩行』を維持したまま、流れに逆らって、奥まで入り込むのは無理だ。一瞬でも集中が途切れれば、水に落ちて流されることになる。
「いくら『ちぃときゃら』でも限界がありますのよ! できることとできないことをわきまえなさいな!」
「そうであります! ここは空を飛べるフィーンの出番でありますよ!」
「わたくしの心配が一瞬で無意味に!?」
「人助けであります。迷ってる場合ではないでありますよ!」
カトラスは胸に着けたアーティファクト『バルァルの
「もうひとりのボク。出番でありますよ! フィーンっ!!」
『服を着なくてはだめ?』
「当たり前であります!」
『……しょうがないですね。よいしょ』
軽いかけ声とともに、カトラスと同じ灰色の髪を持つ少女、フィーンが姿を現した。
『事情は聞いております。あたくし──フィーンが宙を飛んで、洞窟の奥で助けを求めている方を引っ張ってくればいいのですね?』
「お願いいたしますわ」
レティシアはフィーンにロープを手渡した。
水深の計測は、あとでやり直せばいい。今は人命救出が優先だ。
『了解いたしました。では』
フィーンはロープを手に、ふわり、と宙に浮かび上がった。
アーティファクト『バルァルの鎧』は、魔力で身体を作り出すことができる。今は、それにカトラスのもうひとつの人格『フィーン』を移している。フィーンは空を飛ぶことができるから、こういう狭いところの調査には向いているのだ。
まっすぐに川に向かったフィーンは、空中でふと振り返り──
『ところで、あるじどのって「濡れ透け」はお好きなのかしら』
「あとで聞いてみるでありますから!」
『……カトラスってば。もう少し色気というものを学んだらどうなのかしら』
そう言ってフィーンはうつぶせの状態で水面を飛び、洞窟の奥へと姿を消した。
──数分後──
『──救出準備できました。ロープを引いてくださいなーっ!』
フィーンの声が聞こえたから、リタとレティシアとカトラスは川岸に立ち、伸びたロープを引っ張りはじめた。
手応えがあった。確かにロープの先には、誰かの身体が結びつけられている。おそらくはフィーンが、沈まないように支えているのだろう。2人分──魔力で作ったフィーンの身体は軽いから、正確には1・5人分。
それくらいの重みを感じながら、リタたちは必死にロープを引き寄せていく。
「リタさん。声はまだ聞こえますの?」
「聞こえないわ。でも……なにかがはばたく音が聞こえる。これは……?」
3人がロープを引くたびに、なにかの気配が近づいてくる。
そしてついに洞窟から姿を現したそれは──
『いやー助かったよ! やっぱり、持つべきものは友だちだねっ!!』
「「「聖女デリリラさまっ!?」」」
──『聖女デリリラ』の魂が入った、鳥型のゴーレムだった。
「え? なんで? どうして聖女さまがこんなところに!?」
『……「魔族の都」を探す旅に出る前に、近場の旅行で練習しようと思ったんだよねー。そしたら川の奥で、岩場に引っかかっちゃったんだ』
聖女さま入りゴーレムは、翼の先で頭を掻いた。
『慣れないことはするもんじゃないね。まだまだデリリラさんも修行不足だ』
「そうじゃなくて。私が見つけたのは、人のかたちをしたものだったはずなんだけど……」
リタは『従者の鈴』に触れた。
「もしかして私のかんちがい? あれ? あれれ?」
『かんちがいじゃないよ。ロープの先にいるのはその子だ。もうすぐ、フィーンちゃんと一緒に来るよ』
聖女さま入りゴーレムは、翼の先で洞窟の入り口を指し示した。
リタ、レティシア、カトラスはロープを引き続ける。
ほんの数秒ほどで、それは姿を現した。
『あれがデリリラさんが水中で引っかかってた理由だよ。あの子の悲鳴が聞こえたから、
『もちろん、しばらくしても戻らなかったら、ゴーレムくんたちが探しに来てくれることになってたけどね』──聖女デリリラはそう付け加えた。
けれど、リタたちはそれを聞いていなかった。
フィーンが抱えてきたものに、3人とも目を奪われていたからだ。
『意識は失っていますが、間違いなく生きてます』
その子の胴体に巻き付けたロープをほどきながら、フィーンは言った。
リタとレティシアは、その子に向かって手を伸ばす。抱きかかえて、陸に上げていいのかどうか迷って、聖女デリリラの方を見る。『多少なら大丈夫だよ。ただ、激しい水流の中にいたせいで疲れてるから、一度休ませた方がいい』と言われたから、2人はその子を抱え上げ、カトラスが敷いたマントの上に横たえた。
「聖女デリリラさま」
『なにかな、リタくん』
「私たち、この川に『ホーンサーペントの遺体』が流れ着いたという話を聞いて、調査に来たの」
『海の魔物だね。でも、この子は穏やかな種族だからね。魔物を川に放つようなことはしないよ』
「そりゃちっちゃくて可愛い子がそんなことするはずないんだけど……でも」
「聖女さまはこの子のこと、なにか知ってますの?」
レティシアの問いに、聖女入りゴーレムは首を横に振った。
『デリリラさんが助けに行ったとき、すでに意識を失っていたからね。それから1日くらい経つけど、未だに眠ったままだよ。だから、なにも知らないよ。どうして海に住む亜人の子が、こんなところにいるのかもね』
「きれいな子でありますな」『不思議な感じがしますわね』
カトラスとフィーンは、その少女に見入っていた。
少女の身体は、イリスよりも小さい。人間だったら5歳か6歳くらいだろう。長い、水色の髪をマントの上に広げて、苦しそうに息をしている。上半身に身につけているのは、海草のようなものでできた肌着だった。それを胸に巻き付けている。下半身は──水の中だ。とりあえずリタとカトラスが水中に石を積み上げて、盾を差し込んで、ゆるやかにした流れの中に浸かっている。
眠っている少女は、
「……困りましたわね。どういたしましょう」
レティシアは腕組みをして、首をかしげた。
「クエストの方は、通常のスキルで見つけたものを報告するしかありませんから……この子のことは伏せておくべきですわね」
「『従者の鈴』のことは秘密だもんね」
「ですので、この子のことは『聖女さま案件』といたしましょう」
「うん。私も、レティシアさまの意見に
「ボクもであります」『フィーンも賛成いたします』
『なにかな!? 「デリリラさん案件」って。デリリラさんが
「では聖女さまは、この子をどうするべきだとお考えなのですの?」
『……みんなで「デリリラ迷宮」まで運んでくれないかなー……って』
聖女さま入り鳥型ゴーレムは、気まずそうに顔を逸らした。
『本当はデリリラさんの「ゴーレムくん」たちが助けに来るのを待つつもりだったんだけどね。予定通り、この子のことはデリリラさんが、どーんと面倒を見よう!』
「この子を海に帰すのであれば、わたくしたちもお手伝いいたしますわ」
眠る人魚少女の髪をなでながら、レティシアは言った。
「それくらいのこと、ナギさんも反対しないでしょう」
『あの「いんちきご主人さま」のナギくんなら、そうだろうね』
レティシアと鳥型のゴーレムは、顔を見合わせてうなずきあう。
それからみんなで役割分担を決定。
レティシアとカトラスとフィーンは、村に戻って調査完了の報告を。
リタと聖女デリリラ(入り鳥型ゴーレム)は、『デリリラ迷宮』に向かうことになったのだった。
「その子のこと、お願いいたしますわ。リタさん」
「任せて。送り届けたらすぐに、私も合流するからね」
「特に聖女さまのことは、くれぐれもしっかり送ってくださるようにお願いいたしますわ。リタさん」
「任せて。片時も目を離さずに、絶対に『デリリラ迷宮』まで連れて帰るからね」
『ねぇ、おかしくない!? どうしてデリリラさんを送る方が大変そうなの!? ねぇねぇ!!』
リタの頭の上で翼をばたつかせる聖女さまを、まぁ、なんとか落ち着かせて──
リタ、レティシア、カトラス、フィーンは(川の水深の計測をやり直してから)、それぞれの目的地へ向かうことにしたのだった。
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