第180話「パーティの仲間が来る前に、目的の場所『ではない』ところを調べることにした」

 ──その頃、保養地ミシュリラでは──




「リタさん。ナギさまから手紙が届きましたわよ?」


「ほんと!?」


 がばっ。


 毛布を被っていたリタが、勢いよく跳ね起きた。


 そのままベッドを蹴って跳躍ちょうやく。空中で1回転してから、レティシアの前に着地する。


「……足音もさせないのは、さすが獣人の身体能力ですわね」


 レティシアは思わず苦笑いする。


 無駄に身体能力を発揮したリタは、獣耳をぱたぱたと揺らしてレティシアを──正確には、彼女が持っている手紙を見つめていた。


「ナギからの手紙よね!? 見せてくださいレティシアさま!」


「いきなり元気になりましたわね。ここ数日、ぼーっとしてらしたのが嘘のようですわ」


「……しょ、しょうがないじゃない。ナギってば、予定の日に来なかったんだもん」


 リタは頬を赤らめて、つんつん、と、左右の人差し指を合わせた。


「わ、私はナギの奴隷どれいだもん。ご主人様が側にいないと、仕事をする『もちべーしょん』が下がっちゃうのは、しょうがないんだもん」


「いいのですけれどね、今は皆さん、お休みなのですから」


「そうなのであります。あるじどののお手紙にも、しっかりそのことは書かれていたであります!」


 レティシアの後ろからカトラスが顔を出した。


 リタと同じ寝間着を身につけ、長すぎる袖から突き出したちっちゃな手で、ナギからの手紙を指さしている。


「合流するまで、ゆっくり身体を休めてて欲しい、と書いてあったであります」


「カトラスさんが門番なんかしてるから釘を刺したのですわ。きっと」


 レティシアは口を押さえて笑った。


「まじめなのは美徳ですが、ほどほどになさい。ナギさんが来る前に疲れてしまっては困るでしょう?」


「……カトラスちゃんも、ナギの手紙読んだんだ」


 リタは、ぷくーっ、とほっぺたを膨らませた。


「ずるい。私まだ読んでないのにぃ」


「転移の門を開くとき、リタさんが来なかったからですわ」


「しょうがないもん。ナギ、昨日も来なかったんだもん。転移の門が開いたとき……ナギの姿が見えないと……その……さみしくなっちゃうから……」


 ナギたちがイリスを迎えに行ってから、すでに数日が過ぎていた。


『転移アミュレット』で、毎晩『転移の門』を開いてはいるものの、今のところやりとりは手紙だけ。ナギたち本人はまだ、こちらに帰ってきていない。


 リタとしては迎えに行きたいくらいなのだけど、『転移アミュレット』は魔力食いだ。手紙やアイテムくらいならいいけれど、あまり頻繁ひんぱんに人間を転移させると、カトラスが消耗しょうもうしてしまう。


 だからリタにできるとことは、じーっと、ご主人様の帰りを待つことだけなのだった。


「もう2日、我慢なさい。ナギさんたちは明後日の夜。おみやげを持ってくるそうですから」


 そう言ってレティシアは、リタに羊皮紙ようひしを手渡した。


「ナギさんはこの手紙と、マジックアイテムの槍を送ってきましたわ。槍はカトラスさんの新装備で、手紙の内容は……」


「だめでありますよ、レティシアどの」


 カトラスは、唇に指を当て、しーっ、と、つぶやいた。


「リタどのはあるじどののお言葉の内容を、ご自分で確認したいのであります。その機会を奪うのはいけないのでありますよ?」


 カトラスの言う通りだった。


 すでにリタは『ナギの手紙』を握りしめて、その文面に見入っている。


 桜色の目を見開いて、視線が何度も、羊皮紙の表面を往復している。そのために獣耳が、ぴん、と緊張したり、尻尾を左右に揺れたり。側にいるレティシアとカトラスのことも意識から外して、リタはご主人様の手紙に全神経を集中させていた。


「……大事な人のお手紙を読んだら、女の子はこうなってしまうのでありますな……」


 カトラスは腕組みをして、うんうん、とうなずいた。


「こういう時はそっとしておくのが一番でありますよ。レティシアどの」


「それがわかるあなたも、なかなかの乙女おとめですわね。カトラスさん」


「ボクは女の子の初心者でありますが、乙女心の先生がまわりにたくさんいらっしゃいますので。勉強したのでありますよ」


 そんな言葉を交わしながら、カトラスとレティシアは優しい目でリタを見ていた。


 リタは羊皮紙に顔をくっつけるようにして、ナギからの手紙を読んでいる。


 ナギはまだこの世界の文字がうまくない。だから手紙はアイネが代筆だいひつしたのだろう。『お姉ちゃん』の文字のくせは、リタもよく知っているから、わかる。


 時々、きっちりした文字になっているところは、イリスによるものだろう。魔法的な解説をしている部分はセシルの字だ。


 最後に『どぼーん』『ずがががーん』っていう擬音ぎおん混じりの超個性的な文章になってるのはラフィリアだろうか。


 そして最後に、ぎこちない文字の署名しょめいがあった。


「……ナギの字だ」


 リタは指先で、その文字をなぞっていく。


『ご主人様のにおい』を感じたような気がして、知らないうちにリタは、その指を唇に押し当てていた。


「……ふふっ」


「その気持ちわかります。わかるでありますよ……」


「……はっ」


 ふたりの声が聞こえて、不意にリタは我に返った。


 ほっぺたが熱くなってるのを感じて、リタは慌てて羊皮紙で顔を隠した。


 重症じゅうしょうだった。


 ナギが書いた文字を見ただけで……そのにおいと、体温と、息づかいを思い出してしまう。文字には気持ちがこもるって言うけれど、これはさすがに重症だ。自分でもわかる。少し離れていただけでこんなになっちゃって……実際に会って言葉を聞いたら、どうなっちゃうんだろう……?


「私がナギの文字を見て……ナギのことを思い出してるってことは……ナギは……どうなのかな?」


 文字に気持ちがこもるなら、リタの書いた手紙にも、リタの気持ちがこもっているはず。


 そういえばここに残ることになってから、ナギたちには数日おきに報告書を送っている。もちろん、ナギがいない日常では、書くことなんかほとんどない。だから、当たり障りのないことを書いたはずだけど──


(大丈夫かな……すごく会いたくて……さみしいって、気づかれてないかなぁ……)


 リタは羊皮紙で顔を隠しながら、獣耳をぴくぴくと震わせる。


 念のため頭の中で、昨日書いた文章を思い出してみる。


(うん。大丈夫。できるだけ事務的にしたから問題ないはず。書いた後で、レティシアさまにちゃんとチェックしてもらったから。うっかり感情がたかぶって余計なことも書いたけど……上から線を引いて消したから、いいよね)


 大丈夫。平気平気……そう自分を納得させて、リタは、うんうん、とうなずいた。


 それに、手紙をチェックしたレティシアは言ったのだ。


『ちゃんと清書しておきますから大丈夫ですわ』──って。


「……よし」


 リタは羊皮紙に顔を近づけて深呼吸。


 もちろんこれは落ち着くため。決してナギの残り香を探してるんじゃない。


 そう自分に言い聞かせ、顔のほてりが収まってるのを確認してから、リタはレティシアとカトラスの方を見た。


「つまりナギたちは『海竜ケルカトル』と接触して、『魔竜のダンジョン』の情報を得た、ということね……」


「……リタさん、我に返ってますわ……成長しましたのね」


「……おそるべき自制心であります。ボクも見習わなければ……」


「なんの話!?」


「「さー」」


 リタの突っ込みに、視線をそらすレティシアとカトラス。


「ふたりとも、お手紙を読んだんでしょ!? 大昔に『海竜の娘』さんが、『魔竜のダンジョン』らしいものを見つけたって。それがこの『保養地ミシュリラ』の近くにあるって」


「らしいですわね」


 レティシアがうなずいた。


「『魔竜のダンジョン』を探すのが『勇者クエスト』。そのために悪者が獣人の子どもを誘拐し、村までも襲った……。わたくしとしては、放置してはおけませんわ」


「ボクも同感でありますよ。ただ……」


 カトラスは『ナギの手紙』に視線を向けた。


「あるじどのの手紙には『僕たちが合流するまで、できるだけ手出ししないように』と書いてあるのです。あるじどのにお仕えする身であるボクたちが、その指示に背くわけには……」


「わたくしが動く分には問題ありませんわ」


 カトラスの言葉に、レティシアは胸を張った。


「わたくしはナギさんの親友であって、奴隷ではありませんもの。わたくしが個人的に調べる分には、ナギさんも許してくださるはずです」


「レティシアさま一人に危険なことはさせられないでありますよ」


「そうです。もしものことがあったら、私たちがナギに怒られちゃうもん」


「……むぅ」


 カトラスとリタが言うのはもっともだった。


 本当に『魔竜のダンジョン』というものがあるなら、それはかなり危険なもののはず。太古から残っていて、誰にも攻略されていないとなればなおさらだ。


 しかも今はそれを、強力なスキルを持つ『来訪者』が狙っている。


 レティシアも『ちぃときゃら』ではあるけれど、1人で『来訪者』を相手にする自信はない。万が一、彼女が『来訪者』に捕まったら、逆にナギたちに迷惑をかけることになってしまう。ナギは決して、自分を見捨てたりしないだろうから。


 やはりリタとカトラスの協力が必要だ。


 リタは相手の結界さえも破壊する戦闘力を持っているし、カトラスは伝説のアイテム『アーティファクト』さえも支配する力を持っているのだから。


「わかりました。では、こうしましょう」


 レティシアは指を一本、ぴん、と立てて、言った。


「わたくしたちは『魔竜のダンジョンではない・・・・』場所を調べるといたしましょう」


「「『魔竜のダンジョンではない・・・・』場所?」」


「そうでわね……わたくしが子どもの頃に習った絵画を例に取りましょう」


「レティシアさま、絵を描いてたんですか?」


「見てみたいであります!」


「昔の話ですわよ。先生に一度だけ『個性的な絵だ』と、ほめていただいたことがあるくらいです」


 レティシアは遠い目をしてつぶやいた。


「先生はおっしゃっていましたわ。『自分が高熱を出した時に見る夢とよく似ている』と……。

 それはともかく、その時に教わった言葉がありますの。『テーブルを浮き立たせたいなら、そのまわりをすべて塗りつぶせばいい』とね」


 レティシアは、なぜか苦いものを飲み込んだような顔になる。


「つまり、テーブルを描きたいのであれば、まわりの『テーブルではない』ところを黒く塗ればいいのです。そうすればテーブルのかたちが浮き上がるでしょう?

 それと同じようにわたくしたちは『魔竜のダンジョン』のまわりにある『魔竜のダンジョンではない・・・・』ところを調べるのですわ。まわりでなにが起こってるのかを知ることで、その場所の輪郭りんかくを浮かび上がらせるのです」


 レティシアは、ぱん、と手を叩いた。


「これなら、ナギさんの指示に背いたことにはならないでしょう?」


「「確かに!!」」


 リタとカトラスは声をそろえた。


「つまり、ナギが来る前の下ごしらえみたいなものね」


「あるじどのがスムーズに『魔竜のダンジョン』を見つけられるようにしておくのでありますな!」


「そうです。だから、わたくしたちがすべきことは『魔竜のダンジョンと思われる場所』の、まわりで起こっていることの調査ですわ。怪しい魔物がいないかどうか。不思議な事件が起こっていないかどうか」


「ってことは、まずは冒険者ギルドね」


「そのまわりでクエストの依頼がないか確認するであります」


 ぱん、ぱぱーんっ。


 レティシア、リタ、カトラスは両手を挙げてハイタッチ。


 方針決定。


 こうして、3人による『魔竜のダンジョンではない・・・・場所の調査大作戦』が開始されることになったのだった。








 ──保養地ミシュリラの冒険者ギルドにて──





「……海に関わるクエスト……ないでありますな」


 ギルドにやってきたカトラスは、不思議そうにつぶやいた。


 彼女がいるのは保養地ミシュリラの冒険者ギルド。その奥にあるクエストボードの前だった。


『魔竜のダンジョンと思われる』場所があるのは、港から離れた海岸沿いだ。


 だからその近くの魔物を討伐するクエストがないかと思ってきてみたのだが、見事なくらいなにもなかった。


「平和ってことならいいんだけど……どうも引っかかるわね」


「ボクたちの考え過ぎでありましょうか……」


 顔を見合わせて首をかしげる、リタとカトラス。


 そこへ、ギルドの資料を調べていたレティシアが戻って来る。


「どうでしたか、レティシアさま」


「ひとつだけ。『例のダンジョンではない・・・・』場所に関わるクエストがありましたわ」





水源すいげんちょうさ調査クエスト』




『保養地ミシュリラの北にある村で、川に異常が起きています。


 川の水量が減り、さらに上流から魔物の遺体が流れてくるようになったのです。


 上流でなにかあったのかもしれません。調べて、報告してください』





「この水源が、例の場所・・・・の近くにありますの」


 レティシアはクエスト内容が書かれた羊皮紙を、2人の前に広げた。


「正確には岩山を挟んだ反対側ですけれどね。情報収集としてはちょうどいいのではなくて?」


「そうね。間違いなく『例のダンジョンではない・・・・』場所だもんね」


「ボクたちに必要な条件は満たしておりますな」


 距離もちょうどいい。保養地からなら、徒歩1日で往復できる。


 調査クエストだから、難易度も低い。受注しても目立たないレベルだ。


「それに……例の件・・・に関係なくても、人助けにはなりますからね」


「あるじどのにめてもらえるかもしれませんな」


「私も賛成。ナギと合流したとき『こんなことしてました』って、報告できるもん」


 全会一致だった。


 ナギは『例のダンジョン』を調べようとしている。『来訪者』との関わりを知るために。あるいは、自分と仲間たちが、それに関わらないようにするために。


 奴隷と親友にとって、その手助けをするのは当たり前のことなのだった。


「念のため、聖女さまの洞窟にも寄っていきましょう。なにか情報をお持ちかもしれませんわ」


 クエストの受注を済ませたあと、レティシアが言った。


「それに、クエストを受けるのに誘わなかったとなれば、聖女さまは、きっと……」


「すねるでありますな」


「すねますわよね」


「レティシアさま、カトラスちゃん? その不敵な笑みはなに? デリリラさまとなにがあったの?」


 前回のクエストを思い出し、うなずきあうレティシアとカトラス。


 事情のわからないリタは首をかしげるばかりだったのだが──






 ──聖女デリリラ洞窟どうくつ──



『残念。デリリラさんは「おそとに慣れるため近距離の旅行中だよー」』


 デリリラ迷宮をたずねた3人は、看板を手にしたゴーレムの出迎えを受けたのだった。


「聖女さま……がんばっていますのね」


「成長のための努力をおこたらない。ボクも見習わなければならないであります……」


「だから、2人ともデリリラさまとなにがあったの!? ねぇ!?」


 そんなわけで──


 リタ、レティシア、カトラスたちは、3人パーティで『水源地探索クエスト』に向かうことになったのだった。

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