第140話「魔剣さんと『はいてない姫』が見つけたのは、関わりたくない紋章だった」

「おつかれさまでした。お茶とおにぎりであります!」


 カトラスがお茶の入った筒と、布で包んだ丸いものを、僕に差し出した。


 お茶はわかるけど……いま、カトラス、なんて言った?


「『おにぎり』って、言わなかった?」


「はい。これはアイネどのがイリスどのにお願いして、前もって準備されていたものだそうであります!」


 カトラスはそう言って笑った。


 包みを開くと……入っていたのは確かに、真っ白なおにぎりだった。


「これはあるじどのからうかがった『元の世界』のお話から想像して、アイネどの、イリスどの、ラフィリアどのが数時間にわたる『おにぎり再現会議さいげんかいぎ』の末に作り出したものだそうであります!」


「そこまでしなくていいよ。というか『おにぎり』のこと知りたかったら聞いてよ!」


「『ご主人様をびっくりさせたかった』そうであります」


 カトラスはその時のことを思い出してるのか、優しい目でほほえむ。


「それに『ご主人様がどうしたら喜んでくれるか』話し合うのは、みなさんにとって一番楽しいことだそうであります。だからこれを渡してくださったときのアイネどのは、すごくうれしそうでありました」


「……帰ったらお姉ちゃんアイネにお礼をしないと」


 おにぎりは、きれいな三角形をしてる。アイネが作ってくれただけあって、かたちまできれいだ。


 味は……うん。おいしい。


 ひさしぶりのおにぎりは、噛むたびに味が身体中にしみわたってくる。かかってるのは塩だけなのに。


 うまいなー。なつかしいなー。みんなにも食べさせてあげたいなー。


「アイネどのからの追伸であります。『もちろん、イリスちゃんとラフィリアさんのお弁当も同じものだよ。今日は「なぁくんの故郷の味再現ツアー」の真っ最中なの!』だそうであります!」


「本当に、お姉ちゃん人生楽しんでるな!」


「ボクの分もあるでありますよー。はむっ。んー。これが、あるじどのの世界の味でありますかー」


 はむはむ。むぐむぐ。


 僕とカトラスは黙々と、異世界風おにぎりを食べ続ける。


 正座した僕の膝の上では、セシルとリタが眠ってる。おにぎりは起きてから食べさせよう。僕の頭もぼーっとして──を、通り越してちょっと痛いけど、しばらくしたら治るだろ。


「まるで、ハイキングに来てるみたいだなー」


「そうでありますねー」


「じゃよなー」


 僕たちがいるのは岩山の上。


 空は薄曇りだけど、風はない。眺めはいいし、本当にハイキングに来てるみたいだ。


 カトラスは「幸せそうなあるじどのを見てると、ボクまでうれしくなってきますな!」って、笑ってる。


 レギィはいつの間にか、手のひらサイズの人型になって、僕の肩の上で体操してる。ひとりだけ『おにぎり』を食べられないせいか、たいくつしてるみたいだ。


「今日、やることはほとんど終わったからなー。カトラスもレギィも、おつかれさまー」


 ここまで来るのも、意外と大変だったからね。


 とにかく、無事にアンデッドが片付いてよかった。あと、すること……なにか残ってたっけ……いけないいけない。『能力交差』で頭を使いすぎたせいか、よく思い出せない。えっと──


「帰り道はシロの『れびてーしょん』にお願いするからOK。レティシア歓迎会は……明日以降の繰り越しだから問題なし。僕たちのすることは……あとひとつだけか」


 夕方までのんびりしててもいいんだけど……先にやっとかないと落ち着かないな。


 しょうがない。2人にちょっとだけ、お仕事してもらおう。


「レギィ、フィーン・・・・偵察ていさつをお願いできる?」


 僕は言った。


「よしきた! 我の見せ場じゃ! 今回はすることなかったからの!」


「いや……さっきレギィが作ったメッセージが派手に浮かんでたよね?」


「あれはちょっと違うのじゃ……我の活躍の場としては、なんかこう……こう。もうちょっと……こう」


 手のひらサイズのレギィは、僕の前で人差し指と親指で丸を作って、それをくっつけたり離したりしてる。うまく説明できないけど、彼女なりのこだわりがあるらしい。


「カトラスも、フィーンの偵察用の身体って、作れそうかな?」


「だいじょぶであります。レギィどのと同じ、手のひらサイズでありますよね?」


 カトラスはそう言って『バルァルのよろい』に触れた。


「それくらいの魔力なら余裕なのであります。身体を作るでありますよ。おいで、フィーン!」


 カトラスが目を閉じてつぶやくと──『バルァルの鎧』が光った。


 空中に銀色の粒子が生まれて、集まり──フィーンの姿に変わる。


 大きさはレギィと同じ、身長20センチくらい。灰色の髪に、白い服を着てる。瞳の色は紫色。彼女は魔力で作った装飾過多のドレスをのつまんで、僕に向かって一礼した。


「わが最愛のあるじどの。召喚にあずかり光栄ですわ。フィーン=ミュートラン。ここに参上いたしました」


「働かせて悪いね、フィーン」


「逆ですわよ、あるじどの」


 フィーンは僕の肩──レギィがいるとのは反対側に、すとん、と乗って、耳元でささやいた。


「わたくしは、あるじどのに命令していただけない方が嫌なのですから」


「ありがと。助かるよ。でも、話ながら僕の耳たぶをぷにぷにするのはやめてね」


「代わりにわたくしの耳たぶをぷにぷにすればよろしいのでは?」


「今のサイズのフィーンの耳をつまんだら潰しちゃうだろ」


「代わりにカトラスの耳たぶをぷにぷにすればよろしいのでは?」


「それは楽しそうだからご飯のあとで」


「ふふっ。では楽しみにしておきますわ」


「我もボクっこ騎士娘の耳たぶをぷにぷにしたいのじゃが!」


「ええ、レギィどの。ご自由に」


「うむ。お前とはよき友になれそうじゃ。『はいてない姫』よ!!」


 全会一致。


 意気投合したフィーンとレギィは、お腹を押さえて笑いだす。


「なにを言っているのでありますか、フィーンっ! あるじどのもレギィどのもっ!!」


 勝手に耳たぶを差し出されたカトラスは、笑いながら怒ってたけど。


「それよりフィーン! ちゃんと下着はつけているのでありましょうな!」


「当然ですわ」


 フィーンはドレスの裾を、お腹のあたりまでつまみあげた。


「下着をつけないなんて、そんなはしたないこと、あるじどの以外の方がいるところでするわけがないでしょう? なにを恥ずかしいこと言っているの、カトラス。困った子ねぇ」


「フィーンに言われたくないでありますよーっ!!」


「それではレギィさま、参りましょうか」


 手のひらサイズのフィーンは、とん、と僕の肩を蹴った。


 反対側の肩に乗ってたレギィも、フィーンと一緒に飛び上がる。


 フィーンとレギィ。失われた王女様と、年を経た魔剣。なぜか趣味が合いそうなふたりは手を取りあい、空中へと浮かび上がった。


 フィーンとレギィの身体は、魔力で作った仮のものだ。


 フィーンはカトラスから、レギィは魔剣本体から離れて遠くへは行けないけど、この小さなサイズのままなら、身体を空中に浮かべることができる。


 2人はそのまま、岩山の端から、ささえるもののない宙へと滑り出る。


 そこから、街道のすべてを見渡すことができるはずだ。


「主さま。青髪娘たちは無事に街道を進み出したぞ。今、我らの下を抜けた」


「商人さんたちのキャラバンも、問題なく動き出したようですわね。冒険者さんたちが、傷ついた仲間を荷馬車に乗せているところですわ」


 レギィとフィーンが、それぞれ報告してくれる。


 よかった。レティシアが無事なのは大前提として、冒険者さんたちの被害もたいしたことないみたいだ。同業者だから、心配してたんだ。冒険者ギルドには、またお世話になるかもしれないし。


「貴族どもの馬車は……ああ、戻っていくな」


「アンデッドがいなくなっても、このまま進むのが恐いようですわね」


 それは助かる。


 イルガファの領主さんにとっては残念だろうけど、こっちとしては貴族には関わりたくない。


『白いギルド』の関係者だって、出会わないのにこしたことはないんだから。


「──いや、違いますわ。ひとつ……大型の馬車が街道を進んできます……あれは」


「……フィーン?」


 不意に固い口調になったフィーン自分の声に、カトラスが不思議そうな顔になる。


 空中で拳を握りしめた人形サイズのフィーンを、レギィが支えてる。レギィは赤いツインテールを風に揺らして、しきりにうなずいてる。


「何があった?」


「『渦を巻く光の紋章』じゃよ。主さま。その紋章がついた馬車が、こっちに向かって来る」


 フィーンの代わりに、レギィが教えてくれる。


 それを聞いて、カトラスが財布から銅色のコインを取り出す。そこには王冠をかぶった少女の姿がある。裏側には、簡易化された紋章も刻まれているらしい。


「あれは、王家の血を引く姫君を表す紋章ですわ」


 固い口調で、フィーンは言った。


「現国王の血を引く姫が乗る馬車が、港町イルガファ方面に向かっているのですわ。どういたしましょう。王家の者が、領主のおひろめパーティに出るなどとは異例のことですけれど……もしもよろしければ、わたくしとカトラスがこっそり近づいて探りを……?」


「働き過ぎは禁止だよ。フィーン」


「そうでしたわね」


「僕たちの目的はあくまでも親友の出迎え、そのほかは、ついでだ」


 ただし、警戒はおこたりなく。


意識共有マインドリンケージ・改』でイリスにこのことを伝えて、レティシアはもうちょっと先に行ってから『偶然』出会ったみたいに、アイネと合流してもらって、と。


 僕たちは、もう少し休もう。


 王家の関係者が来るなら、考えなきゃいけないこともあるからね。


「あるじどの。わたくしは、ひとつ発見いたしましたわ」


 手のひらサイズのフィーンが、僕の肩の上に戻ってくる。


 しゅん、と肩を落として、許しを請うように。


「わたくしがあるじどのの前で……下着をつけていると、よくないことが起こるのですわ。反省いたします。どうぞ、おしおきしてください。わたくしはこの大きさですので、カトラスを使ってください。彼女がきちんと、自分の女の子を自覚できるようなおしおきを、どうぞ」


「こらー、フィーン──っ! 人の身体を勝手に……」


 カトラスはまた声をあげた。


 でも、その声は尻すぼみになる。


 フィーンが、なんだかしょんぼりした顔で、僕の肩に腰掛けてたから。


 今まで見たこともないような表情だった。


「大丈夫か、フィーン?」


 僕は耳たぶをぷにぷにする代わりに、人差し指で彼女の頭をなでた。


「お優しいですわね。あるじどの」


 そう言ってフィーンは、くすぐったそうに、目を閉じた。


「大丈夫ですわ。あるじどの。わたくしは、大丈夫……」


 フィーンは優しい笑みを浮かべて、僕の指に頬をこすりつけたのだった。


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