第141話「親友からの報酬は、おたがい無茶苦茶恥ずかしいものだった(お姉ちゃんの策略つき)」

 すべてのアンデッドが消えたあと、まわりに人がいなくなるまで、僕たちは岩山の上で時間を潰した。


 セシルとリタは『真・合体技』を使った影響で疲れて、眠ってた。毛布や焚き火の道具は持って上がってきたから、一晩くらい岩山でキャンプしても構わない。一応、木は生えてるし、風よけにもなる。急ぐことはなんにもないから。


 そんなわけで僕たちは、アイネが作ってくれたお弁当を食べながら、のんびりと雲を眺めながら「あったかいねー」「いい天気だねー」「帰ったらなにしよーかー」って、どうでもいいことを話してた。


 西の空が赤くなって、日が暮れかけたころ、セシルとリタは目を覚ました。


 僕は2人の体調チェック、魔力チェックをして、さらに帰ったら詳しいチェックをすることに同意してもらって、それから、岩山を降りた。


 夜に移動するのは危険だから、近くの村に立ち寄って、一泊して──


 僕たちが港町イルガファに戻ったのは、次の日の昼過ぎ。


 そして屋敷に帰ると──なんだか怒った顔の親友が、僕たちを待っていたのだった。






「ありがとうございました、ナギさん。さぁ報酬を要求なさい!」


 なんでキレ気味に感謝してるんだよ。レティシア。


「事情はアイネから聞きました」


「……そっか」


 アイネ、ちゃんと説明してくれたんだ。


 僕たちがレティシアの情報を得たこと。アンデッドの暴走に気づいたこと。で、レティシアを助けるために、チートスキルを使ったこと。


 アイネたちに「レティシアと合流したら話して」って言っといたんだけど。


「それで、レティシアはなんで怒ってるの?」


「あなたが無茶ばかりするからですわ!」


 レティシアはいらだったように、青色の髪を掻いた。


「あんな力を使って、他の人に見つかったらどうしするんですか!? わたくしだって、アンデッドを倒すのが無理だってわかったら退却しますのに、奴隷のみなさんに無茶させるなんて、どういうご主人様ですの!?」


「一応、見つからないように策は練った。対策も立てた。それと……レティシアを助けたのは、僕たちの優先順位のせいだよ」


「優先順位?」


「うん。僕たちにとって大事なのは家族──僕や奴隷の仲間で、レティシアもそこに入ってる。その次が平穏な生活で、その次が、誰にも見つからないこと。だから、レティシアが危ないって思ったら、そりゃチートスキルくらい解禁するよ。アイネを助けた時も、そうだったんだから」


「……う」


 レティシアは気圧されたようにのけぞった。


 救いを求めるようにアイネの方を見るけど、彼女は「ね?」って感じで笑ってるだけ。レティシアは「むー」ってうなってから、僕の方を見て、


「わかりました! でも、報酬は要求してください、ナギさん!」


「……でもなぁ、僕たちが勝手にやったことだし」


「わたくしだって、友だちにこんな無茶させて、なにもお礼をしないでは気が済みません! わたくしたちが対等でいるためにも、ナギさんには、わたくしになにかお礼を要求して欲しいのですわ」


 律儀すぎるよ。レティシア。


 そこまで言われたら、なにも要求しないってわけにもいかないか。彼女の厚意を無にすることになっちゃうし、レティシアのポリシーも大事にしてあげたいし。


 でもなぁ、レティシアには前にこの屋敷をもらってる。


 これ以上、彼女にお願いするものなんて…………うん。これくらいかな。


「じゃあ、レティシア、お願いだよ」


「はい。なんでもおっしゃい!」


「この国を動かせるくらい、偉い人になってくれないかな? 宰相さいしょうとか、大臣とか」


「いきなり超絶無茶ぶりが来ましたわ!」


「いやまぁ、できたらでいいんだけどさ」


「軽く言わないでくださいな。できるわけないでしょう!?」


 だよね。


 これで「できる」って言ったら…………チートスキル全開でサポートするつもりだけど。


「まったくもう、ナギさんってば。ほんとにもう……」


 レティシアは普段着 (移動中に着てたドレスはぼろぼろになったから、現在アイネが保管中)の胸を押さえて、荒い息をついてる。


「どうしてそんなことを考えたんですの?」


「理由はいくつかあるよ」


 まずはレティシアが、正義の貴族だということ。


 彼女はアンデッドの群れを前にしても、一歩も引かなかった。縁もゆかりもないキャラバンや、貴族を守るために戦ってた。この国の上に立つには、そういう正義感ある人が望ましい。


 次に、レティシアが庶民にも顔が利くということ。


 彼女は貴族でありながら、メテカルの『庶民ギルド』にも所属してた。


 一般の人たちのためのクエストもこなしてた変わり者として、メテカルではそこそこ名前が知られている。


 最後に、レティシアがえらくなったのなら、僕たちが影ながらサポートできること。


 僕たちは今のところ無名だ。


 そして、僕たちのチートスキルなら、誰にも知られずにレティシアをサポートできる。偉くなったレティシアの問題を、少しでも減らすことができるはずだ。


「と、いうわけ」


「……現実的で、意外と実現できそうなのが、逆に嫌ですわね」


「もちろん、宰相とか大臣は無茶だってのはわかってる。だから、とにかく中央に近い存在くらいにはなってくれないかなー、ってのが、僕のなんとなくの願いだよ。うん。なんとなく」


「お断りしますわ」


「だろうね」


「わたくしは、人の間で生きる者ですもの」


 そう言ってレティシアは、にやり、と笑った。


「王宮に閉じ込められるなんてごめんです。というか、ナギさん、わかって言ってらっしゃるんでしょう? あなた、それで報酬の件をうやむやにするつもりですわね?」


 ちぇ、見抜かれたか。


 レティシアには借りばっかり作ってるから、報酬なんか要求したくなかった。


 だから無茶ぶりして、無かったことにしようとしたんだけどさ。


「……報酬はなしじゃ駄目かな」


「駄目ですわ」


 レティシアは勘弁してくれそうになかった。


 そうすると……どうなるかな。こっちの気分が楽で、レティシアにも負担にならなくて、かつ、レティシアが「それなら」って満足するものじゃなきゃいけないわけか。なにかあるかな……。


「だったら、お互いを愛称で呼ぶのは、どうかな?」


 不意にアイネが、両手をぽん、と叩いて、言った。


「愛称、ですの?」


 レティシアは不思議そうに、アイネの顔を見てる。


「なぁくんはレティシアを名前で呼んでるし、レティシアは『ナギさん』だよね? でもね、親友なんだから、もうちょっと親しい名前で呼ぶのがいいと思うの。たとえば……」


 アイネはなにかを思い出すように、唇に指を当てて。


「『レティア』ってのは、どう?」


「……それは母様が使っていたわたくしの幼名ですわよ……?」


「だからいいんじゃない」


 アイネは、相変わらずの穏やかな笑顔で。


「報酬として隠された名前を与える。おたがいしか知らない名前を呼ぶ。親友同士の報酬としてはちょうどいいと思うの」


「……うぅ」


 レティシアは恨めしそうにアイネを見てる。


 アイネのアイディアは、悪くない。レティシアは「報酬を要求しなさい」って言っちゃった手前、いまさら引っ込みが付かない。僕の方ではレティシアに要求なんかしたくない。少なくとも、お金とか、物とかは。


 だから、ふたりの間だけの愛称を決めるってのはいいと思うんだけど。


 無茶苦茶恥ずかしいよな。今更レティシアの呼び名を変えるのって……。


「い、いいですわ。わたくしを『レティア』とお呼びなさい」


「レティシア、口調が堅いの」


「いいわ。わたしをレティアと呼んで、ナギさん!」


「もうちょっと、がんばって、レティシア」


「レティアをレティアと呼んでちょうだい! ナギくん!」


「う、うん。レティア」


「……」「……」


 僕とレティシア──もとい、レティアは正面から向かい合う。


 それから、ばっ、と、お互い顔を逸らした。


「「無理っ!!」」


「えー」


 なんだこれ。むちゃくちゃ恥ずかしい。


 僕とレティシアは屋敷のリビングで、お互い真横を向いて話してる。


 確かに、報酬としてはこれがちょうどいいか。レティシアからお金をもらうわけにはいかないし、他に頼み事なんて──


「あ、そういえばレティシアにお願いがあったんだ」


「先に言いなさいっ!!」


 怒られた。


 最初からそっちを報酬にすればよかったね……。











 それから僕はレティシアに『白いギルド』のことを話した。


 レティシアは旅の途中で『偽魔族』の配下と戦っている。黒いリビングメイルが町を襲ったとき、冒険者たちの避難を手伝ったのはレティシアだった。


 僕が話したのは、あの『偽魔族』が元来訪者で、そういう組織と関わってる可能性があること。あちこちの町で、チートスキルを使って『竜の遺産』とかを破壊しようとしている者がいること。


 そして、今回のアンデッドの群れが出現した理由も、その組織が絡んでいる可能性があることと、その正体を知るための手がかりを手に入れたことも伝えた。


 本当は『天竜シロの腕輪』と、カトラスの正体についても──本人の許可を取った上で──話そうと思ったけど、レティシアは、


「そういう細かいことはいいです」


 笑って、首を横に振った。


「ナギさん、さっき言ったでしょう? わたくしに、偉い人間になって欲しいと」


「うん」


「あなたが言ったように、わたくしは貴族や政治──現世の世界に関わる者なのです。今のところは、ですけれども」


 レティシアは、照れくさそうに青色の髪を掻いた。


「だからわたくしにとって、竜や、神話級のできごとは、担当ではありませんの。

 あなたがそういう世界に関わるのであれば、わたくしは全力を持ってサポートいたします。けれど、そういう世界の秘密的なことについては、わたくしは関わりません。というか、そういう秘密を知った上で、わたくしが敵に捕まったら大変なことになりますもの」


「……そっか」


「そういうものですわ」


「でもまぁ、みんなで話してるうちに、ぽろりってこともあるからねぇ」


「せっかくかっこよくまとめたのに、そういうこと言わないで欲しいですわ!」


 でも、僕たちのパーティ全員、レティシアのことは仲間だって思ってるから。


 隠し事って難しいんだよな。


 ついうっかり……ってこともあるかもしれない。注意はするけどさ。


「それで、ナギさんの話では『イルガファ次期領主のおひろめパーティ』に、組織と関わる貴族がいるかどうか確かめたい、ですわね」


「そういうこと。今まで『来訪者』は貴族と関わってた。その仲間がこの町に入り込んでるかどうか、念のため確かめておきたいんだ」


「安心して平穏な生活を送るために、ですわね」


「だから、レティシアがパーティに参加する時、僕と、もう1人が執事とメイドとしてついていきたい。依頼したいってのはそういうことだよ」


「わかりました」


 レティシアは僕の目をまっすぐに見て、うなずいた。


「そういうことであれば、このレティシア=ミルフェ、全力でナギさんたちのお手伝いをいたしましょう!」


「助かるよ。ありがとう」


「遠慮することはありませんわ。わたくしも、ナギさんのパーティの一員ですもの。ふふん」


 そんなわけで、話はついた。


 けど、今日はレティシアも着いたばかりだから、詳しい話を詰めるのはまたあとで。


 僕たちの優先順位は、仲間>>平和な生活>>>>>>>世界の秘密。だから。


 仕事がはじまるまでの間、レティシアにはのんびりしてもらうことにしたのだった。


 ちなみに部屋割りは、2人で1部屋ってことにした。





 僕・レギィ


 セシル・リタ(おやすみ中)


 アイネ・レティシア


 イリス・ラフィリア(領主家に潜伏中)


 カトラス(フィーン)





 余った1部屋(リビング)は、全員の共有スペースだ。


 ほんとはカトラスとレギィを同じ部屋にしようと思ったんだけど「フィーンとレギィどのが一緒にいたら、ボクが女の子として大変なことになりそうな気がするのであります!」って、カトラスが泣きそうになってたから、こうなった。


 そんなわけで、とりあえず今日はレティシアの歓迎会。


 僕とレギィが魚介類を買いに行って、アイネが自慢の腕をふるってくれた。


 夜になったらイリスとラフィリアも領主家を抜け出してきて、情報共有と、レティシアとの顔合わせも兼ねた話し合い。


 その後はみんながお風呂に入り、眠ることになったんだけど──







「あるじどの、よろしいですか?」


 夜遅く、カトラスが部屋にやってきた。


 僕は腕にしがみついて眠ってたレギィを離して、毛布をかけなおしてから、ドアを開けた。


 廊下に出ると、寝間着姿のカトラスが、直立不動の姿勢で僕を見てた。


「……カトラス、だよね」


「は、はい。ちゃんと下着はつけておりますから!」


 うん。わかる。見えてるから。


 カトラス、ずっと男の子をやってきたから、下着を隠す癖がないんだよね……。寝間着の帯は、ちゃんと締めた方がいいと思うんだけど。


 それはいいとして。


 フィーンじゃないってことは、まじめな相談だろうな。


「どうしたの、こんな遅くに」


「これはフィーンと話し合って決めたことなのでありますが……ボクを、レティシアさまの付き人にして欲しいのであります」


 付き人……『イルガファ次期領主おひろめパーティ』の時の?


「それはいいけど、どうして?」


「会ってみたいひとが、いるのであります」


 言われて僕は思い出した。


 昨日、岩山の上で見た、王家の馬車と、そこに刻まれていた『王家の姫君を表す紋章』を。


 あれを見ていたときの──フィーンの、さみしそうな表情を。


「言葉を交わしたいとは思わないのであります。遠くから見るだけでいいのであります」


 カトラスは、僕と同じことを思い出してるのかもしれない。


 胸を押さえて、ちょっとだけ声を震わせて、僕をまっすぐに見てる。


 そして、カトラスは言った。


「ボクたちは、見てみたいのでありますよ……半分だけ血の繋がった姉妹……本当のお姫さまというものを……」




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