第5話「はじめての共同作業」

 もちろん変な意味じゃないですよ?


『能力再構築』の効果を確かめなきゃいけないだけ。


 主人の僕が、奴隷のセシルのスキルに干渉できるかどうか。


 それと、二人の共同作業で──って言うとやっぱりえろいな──つまり、二人分の魔力を混ぜて『能力再構築』を使うと、どういう効果があるか。


 この『能力再構築』は僕だけのスキルで、いわば命綱みたいなものだ。


 最終目標の『働かなくても生きられるスキル』を作るため、システムと効果を完全に理解しておく必要がある。


「……はい。ナギさま、どうぞ」


 5秒くらい考えてから、セシルは言った。


 ベッドに座った僕の隣に、緊張した顔で腰掛ける。


 確か、主人は奴隷のパラメータを自由に見られるんだっけ。


 この場合はスキルだけでいいから──


「『契約』の名においてスキルを開示する」


 セシルの横にウィンドウが開き、スキルリストが表示される。



 固有スキル「魔法適性LV3」

 通常スキル「高速詠唱LV1」「魔法耐性LV1」「魔力探知LV1」「鑑定LV2」「動物共感LV3」

 習得魔法「火炎魔法LV1」



「……がっかりしてませんか、ナギさま」


「なんで?」


「わたし、たいしたこと、できなくて」


「魔法が使えるだけでもたいしたもんだろ。僕は戦闘系のスキルがほとんどないから、魔物と戦う時はセシルが頼りになると思う」


「で、でも、魔法が使えるんなんて魔族なら当たり前です。わたしなんか……両親から魔法のてほどきを受てないから……自慢できることなんか……」


 あ、落ち込んでる。


 真面目なんだなぁ。セシルは。


 別に気にしなくてもいいんだけど……でも、


「ならばセシルよ。主人たる僕が自信をつけさせてやろう」


「……え?」


「今から『能力再構築』でセシルのスキルに干渉する。うまくいけば『再構築』で、魔法スキルを強化できるかもしれない。僕を信じるかどうかはセシル次第だ」


「お願いします」


 小さな拳を、ぐっ、と握りしめ、セシルは言った。


「ナギさまの手で、新しいわたしに変えてください」


「よく言った。それでこそ僕の奴隷だ」


「……ナギさま」


 やり方はさっきアシュタルテーが教えてくれた。


 セシルに負担が掛からないといいけど……とにかく、やってみるか。


「発動──『能力再構築スキル・ストラクチャー』」


 僕とセシルの間に、ウィンドウが現れる。


 僕の方で再構築できるスキルは『剣術LV2』と『分析LV1』と『異世界会話LV5』


『異世界会話』は、この世界で生きていくには絶対に必要。


 冒険者をやることを考えたら『剣術』もとっておいた方がいいかな。


 僕は『分析LV1』をウィンドウにセットする。



『分析LV1』


(1)『周囲の状況』を『詳しく』『調べる』スキル



 概念が表示される。


 うん。だいたい予想してた通りだ。


 セシルのスキルで使えそうなのは『高速詠唱LV1』かな。『魔法耐性』『魔力探知』はそのままにしておこう。防御重視で。


「……いいかな、セシル」


「はい……お願いします。ナギさま」


 セシルがうなずく。


 僕は、セシルの胸に手を乗せた。


 ふわり、という感触。


 見た目とは違う。女の子らしい、柔らかい胸だった。


 二人のスキルを混ぜるときはこうするってアシュタルテーに聞いてるけど──すごく緊張する。息が荒くなってないよな……震えてないよな。セシルを傷つけないように、ゆっくり。あと、セシルを不安にさせないように──よし、いこう。


 僕はすぅ、と息を吸い込む。


 セシルの中に『僕』を入れて、大事なものを引き出すイメージ。


「……あ……あぁ」


「大丈夫?」


「へ、へっちゃら、です……くっ、あ」


 セシルが苦しそうな息を吐く。


「や、や……あ、なんですか……これ……やだ」


 僕の手から伝わる熱が、セシルの中を駆け巡ってるのがわかる。


 主従契約した相手のスキルに干渉する『能力再構築』の固有効果だ。


 魔力がセシルの身体を触手のように絡め取りながら、スキルの中に入り込もうとしてる。


「ま、待って……ください……やだ……や……あああっ」


 捕まえた。


『能力再構築』のウィンドウに、セシルの『高速詠唱LV1』が表示された。



『高速詠唱LV1』


(2)『呪文』を『高速』で『唱える』スキル



「はぁ……あ……ああ……あ」


「ほんとに大丈夫か、セシル」


「だい、じょぶです」


 セシルは汗びっしょりだった。


 胸を押さえて、熱い息を吐きながら、なのに微笑みながら僕を見てる。


「……なんだか、嬉しい……です。ナギさま……ぁ……」


 僕とセシルは『能力再構築』のスキルを通してひとつになってる。


 気がつくと、僕の呼吸も早くなり、セシルの呼吸とシンクロしてた。


 鼓動も同時に、どくん、と、鳴ってる。


「じゃあ、続けるよ」


 僕の問いに、セシルはこくん、と頷いた。


 責任重大だ。


 セシルのスキルを無駄にするわけにはいかない。


 高速詠唱に見合うスキルを作らないと。


 ……ってことは、こうかな。


『高速詠唱LV1』の文字を、ゆっくりとセシルの中から引き抜く。


 少し抵抗があるけど、動かせる。力を入れるたびにセシルの「……んっ!」って声がする。慎重に行こう…………よし、動いた。


 僕はそれを『分析LV1』に差し込む。


「は……ぁ……あ、んっ。ぁ…………」



(1)『周囲の状況』を『高速』で『調べる』スキル



 文字が入れ替わる。


「はうっ……や……あぁ」


 今度は『分析LV1』から取り出した文字を、セシルの中に突き入れる。


 ゆっくりと。時間をかけて。セシルをこわさないように。



(2)『呪文』を『詳しく』『唱える』スキル



「や! あ、あ……やぁ……ぁ……ああっ!」


 文章に干渉するたびに、セシルが甘い声を漏らす。


 文字が、かつん、とぶつかるたびに、セシルの背中が、びくん、と、震える。


 魔力がセシルと僕を繋いでるんだけど、なんだか僕自身がセシルの身体をなでまわしてるみたいな……変な気分になってくる。


 文章を入れ替え終えた瞬間、セシルの身体が大きく跳ねた。


 白い貫頭衣がずれて、鎖骨の下までむきだしになる。


 セシルの汗のにおい。


 耳元をくすぐる吐息のせいで、僕の頭までくらくらしてくる。


 セシルはそのまま僕の身体に寄りかかり、崩れそうになる。


 体力の限界が近いみたいだ。早く終わらせないと。


 僕は『能力再構築』を『実行』する。


「『能力再構築』──完了!」


「あ────────ぁあ!」


 もう限界だって思ってたセシルが喉を逸らして声をあげる。


 胸を押さえながら、びくん、と、もう一度、小さな身体が跳ねる。


 今度こそ本当に体力が尽きたみたいに、くたり、とベッドに崩れ落ちる。


 真っ赤な目に、涙があふれてる。


「……だ、大丈夫か!?」


 スキルの使い方はこれでいいはずだけど、もしかしてなにか失敗したとか……?


「ご、ごめん! こんなにセシルに負担がかかるなんて思わなかった」


「……だいじょ…………ぶ……ですぅ」


 スキルが変化していく。


 今回『能力再構築』が作り出したスキルはふたつ。



『高速分析LV1』:周囲の状況を素早く分析する。高速化した分だけ、効果範囲は減少。


 こっちは僕のスキル。



『古代語詠唱LV1』:呪文を古い言葉(古代語)で詠唱する。詠唱速度は通常より遅くなり、代わりに威力が大幅に増大する。


 こっちが新しくなった、セシルのスキルだ。



「古代語詠唱って……?」


「わたしたち魔族が使っていた魔法言語です……今はもう、使うひともいなくなったもの」


 汗ばんだ手で僕の手を握り、セシルは言った。


「今使われている呪文は、速度を高めるために文法が簡略化されてるんです。わたし、ご先祖様の魔法を使えるようになったんですね……」


 そういうことになったらしい。


『呪文』を『詳しく(今は省略されている文法を復活させて古い言葉で)』『唱える』ってことか。これが僕とセシルのスキルと魔力を合わせて生まれた、高等スキルだ。


 僕一人だけでスキルを再構築するとレアになって、セシルと一緒に再構築するとウルトラレアになる、って考えるとわかりやすいかな。


 というか、意外とフリーダムだな、この『能力再構築』スキル。


「ありがとうございます……ナギさま」


「……泣いてるの……?」


「嬉しいんです。わたしは魔族の最後の生き残りで、両親から受け継いだものなんかなにもないって思ってましたから……わたしの中から、こんなすごいものを引き出してくれるなんて」


 セシルは両腕で、僕の身体を、ぎゅ、と抱きしめた。


「やっぱりナギさまは、わたしのご主人様です」


 半分くらいは実験のつもりだったんだけど。


 まぁ、セシルが喜んでくれるならいいか。


「……わたし……がんばり……ますから……ずっと……ご一緒……させて…………」


 すとん


 って、セシルはそのまま眠ってしまった。


 やば、僕も眠くなってきた。


 考えてみれば、今日は異世界一日目だった。なのに働きすぎだ。


 セシルが寝てるわらのベッドの空いてるとこに、横になる。


 ……隣に女の子が寝てるのなんて生まれてはじめてだ。褐色の肌の小柄な女の子で、着てるのは布を袋状にしただけの貫頭衣。大きく開いた襟元から、いろいろ見えそうで見えないようでやっぱり見えてる……けど、今はなんにも感じない。


 疲れすぎると人間、基本的欲求だって感じなくなるんだ。


 ……明日になったら「やっぱり全部夢だった」ってなったら泣く。たぶんすごく泣く。


 でも、今日はもう、眠い……限界……。


 うぅ。


 おやすみなさい異世界。

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