第4話「目指すは『働かなくても生きられるスキル』」

 奴隷は宿泊人数には数えない。


 主人の持ち物って扱いだから、別々の部屋には泊まれないらしい。


 だから、僕たちが案内されたのは、二階の隅にある一人部屋だった。


「借りは返したよ、アシュタルテー。満足か?」


『祝福する』


 遠くで響いてるみたいな、かすかな声が返ってきた。


『セシルと……汝』


「凪──ナギだよ。ソウマ=ナギ」


『ナギとセシルの未来を祝福する。幸せにしてやって……欲しい……』


 声がゆっくりと消えていく。


 最後にアシュタルテーは、僕の『能力再構築スキル・ストラクチャー』について教えてくれた。



『能力再構築LV1』


・スキルの概念を組み直し、新たなスキルを作り出すことができる。


・スキルは『……』が(に)『……』を『……』する、というような文章で表現される。


・再構築には最低、2つのスキルが必要となる。


・組み直したスキルは元のレベルに関係なく、LV1になる。


・一度『能力再構築』で組み直したスキルは、二度と再構築できない。


・組み直せるのは、本人が所持しているスキルと、契約下にある奴隷のスキルのみ。


・スキルが主人と奴隷、それぞれの体内にある状態で再構築すると、より高性能なスキルに変化しやすくなる。これは互いの魔力が混じり合うことで生まれる特殊効果による。



 ……意外と制約がたくさんあった。


 組み直したスキルがLV1になるってのは納得だ。


 例えば高レベルの『ドラゴン』に『武器』で『ダメージを与える』スキルをLV1の『お掃除』と組み合わせて『掃除用具』で『ドラゴン』を『綺麗に片付ける』スキルなんて作ったらえらいことになる。宇宙の法則が乱れる。


 あとは、他人のスキルは勝手に改変できないってことか。


 今あるスキルを使うか、どこかで買ってくるか……あとは……。


 ……セシルのスキルをいじるしかないわけだ。


 僕は床にちょこん、と座っているセシルを見た。


 椅子かベッドに座っていい、って言ったのに。


 背筋を伸ばして、緊張した様子で僕をじっと見てる。


「えっと、話をしてもいいかな」


「は、はいっ」


 びくん、と、座ったまま頷くセシル。耳がぴくぴく上下してる。かわいい。


「アシュタルテーは消えたみたいだけど、大丈夫?」


「はい……」


 セシルは小さな胸を押さえて、長い息を吐き出した。


「だいじょぶ、です。いつかはこういう日が来るって言ってました、から」


 セシルにとって、アシュタルテーは守り神みたいなものだったらしい。


 魔族の生き残りだったセシルの家族は、山の中に隠れ住んでいた。


 でも2年前に人間同士の争いに巻き込まれて、家族を殺されて。


 奴隷商人に売られ、それからはアシュタルテーの声だけがセシルの希望だった。


「いつか、お前を大切にしてくれる人を見つけてあげる、ってアシュタルテーは言ってました。町から町へ移動するたびに、今度こそ……今度こそって。わたしはもう信じてなかったけど……でも」


 セシルの真っ赤な目から、涙がこぼれた。


「やっとアシュタルテーが認めた人に会えました。これからよろしくお願いします。ご主人様」


「ご主人様はやめてくれ」


 そういうことつるぺたエルフ系少女に言われると犯罪者な気分になる。


「ナギでいいよ」


「はい、ナギさま!」


 セシルはりりん、と音がする首輪を、愛おしそうに撫でた。


「今更だけど自己紹介。僕はナギ。こっちの世界だと、ナギ=ソウマってことになるかな。アシュタルテーから聞いてるかもしれないけど、別の世界からきた『来訪者』だ」


「セシル=ファロットです……えっと、魔族、です」


 セシルはもじもじしながら、


「ナギさま。できればわたしの『ファロット』って名前は、ないしょにしてください」


「いいけど、どうして?」


「魔族のファミリーネームは、本当に親しい人にしか教えないことになってるんです。その、呼ばれると、ちょっとくすぐったくて」


「うん、わかった。セシル=ファロット」


「はぅっ」


「大丈夫。秘密にするから、セシル=ファロット」


「ひゃんっ」


「絶対に誰にも言わないようにする。セシル=ファ──」


「ナギさまぁ……」


 セシルは膝をこすり合わせながら、恨めしそうに僕を見た。


 ごめん。なんか楽しくなってた。


「とにかく。別世界から来たからって、ひどいことはしないから、安心していいよ。約束する」


「……は、はい。ナギさまはわたしを助けてくれた人です。だから、信じます」


 よかった。


 おたがい、この世界に知り合いがほとんどいないんだし、協力しないと。


「でも、ナギさますごいです。ナギさまはレアスキルを売るほどお持ちなんですよね?」


「あれは僕の固有スキルで作ったんだ」


「もっとすごいです! レアスキルを作れるなんて、宝の山を持ってるのと同じです!」


「いや、レアスキルを売るのはもうやらない」


「……どうしてですか?」


「僕がレアスキルを自由に作れることがばれたら、面倒なことになりそうだから」


 今回は「東方から来た。レアスキルは祖父の形見」で……たぶん、納得してもらえた。


 ああいう手が使えるのは一度だけだ。


 何度も何度も同じ人間が、レアスキルを売りにきたら、さすがに目立つ。


 その上、この世界ではスキルどころか人間そのものまで売り買いされてる。


 こっちはこの世界に不慣れだ。


 罠にはめられて、『能力再構築』を売ることになったりしたら、それで終わりだ。僕は一般人以下になってしまう。その後は最悪、僕自身が奴隷として売りに出されることだって考えられる。


「作ったレアスキルを売るんじゃなくて、それを活かしてお金を稼げるようにした方がいい。できれば、働かなくてもお金を稼げるスキルを作るのがベストだ」


「ナギさまの目的は、普通に幸せな生活を送ること、なんですよね」


「ああ、だけど、それだけじゃない」


 セシルには話しておいた方がいいだろう。


 僕の、この世界での真の目的を。


 床に座っているセシルが、ごくり、と息を呑む。


 僕の目的、それは、



「低燃費高出力。最小限の努力で最大限の成果を。無理せず、できるだけ本気を出さずにこの世界で普通に生き残ること、だ」



「……ナギさま、いま、なんて?」


「能力は隠す。仕事を依頼されても、うっかり『できる』とか言わない。報酬の多そうな仕事を工夫してクリアしてお金を貯めて、あとはあんまり働かずに生活できる方法を考えよう」


「せっかくすごいスキルがあるのに、ですか?」


「うかつに『これができます』とか言うとひどい目に遭うんだよ……」


 前のバイト先でうっかり『パソコンが得意です』と言ったのが失敗だった。


 もともとは軽作業で入ったはずなのに、気がついたら伝票の入力と計算までやらされて、パソコンが出来るならホームページも作れるだろうと自腹で本を買わされて、そこそこ見栄えのするページを作ったからもういいだろうと思ってバイトを辞めようとしたら「じゃあこのページは誰が更新するんだ!? 仕事先に迷惑をかけないってのは社会人の基本だろう? あぁん!」と脅された上に「辞めるならホームページの更新ができなくなる迷惑料としてバイト代の二倍を請求する」というわけのわからないことを言われたあげく、出勤拒否したら携帯がひっきりなしに鳴り続けた上に家にまでお迎えが来た。


 労基署に相談するって言ったら収まったけど、向こうの最後の捨て台詞が「卑怯者! クズめ!」だった。意味分からん。


「……ナギさまは魔王に支配された世界から来られたんですか?」


 セシルがびっくりしてる。


 僕がいたのは文明的な世界のはずなんだけど。


「とにかく、人を喜ばせようと思ってうっかり100パーセントの力を見せると、相手はそれが当然だと思い始めるんだ。そのうちそれに慣れて120パーセントを要求するようになる。それに応え続けると、いつか限界が来る。人には40パーセントの力を見せるくらいがちょうどいいんだ」


 これだけは譲れない。


 能力は隠して、力は見せずに、あとは工夫して乗り切る。


 どんなチートスキルにだって、そのうち人は慣れちゃうんだからさ。


「僕の世界にこんなたとえ話があるんだ」



 寿命をまっとうできるのは役立たずの木である。


 まっすぐな木は切り倒されて家具にされる。


 じょうぶな木は切り倒されて船の材料にされる。


 実のなる木は枝を折られて持ち去られる。


 脂っ気の多い木は切り倒されて薪にされる。


 できるだけ他人には役立たずであるように見せかけろ。


 そうすればなんとか平和に生きられるだろう。



「つまり『力を隠して役立たずの振りをして世間を乗り切ろう』というわけ」


「……はぁ。ナギさまのお言葉ですけど、あんまりかっこよくないですね」


「つまり『無為自然にして天下に遊ぶ』というわけ」


「急にかっこよく思えてきました! あれ? あれれ……?」


 セシルは目をうるうるさせて感動してる。


 言葉って大事だ。


「だから。そのためには、まずこの世界のことを知る必要があるんだ」


 やっと話が戻って来た。


 僕がセシルを雇ったのは、アシュタルテーに頼まれたからだけじゃない。


 この世界のことをよく知っている人に、側にいて欲しかったからだ。


 僕の目的は「低燃費で普通に生き残ること」だけど、そもそも僕は、この世界の普通の生活ってのがどういうものなのかわからない。


 今のところわかってるのは貨幣価値と契約、スキルの存在くらいだ。


 そこで、セシルの知識が重要になってくる。


「魔王や魔物がいるんだから、この世界にはそいつらと戦う冒険者もいるんだよな?」


「はい。普通にいます。兵士さんとかとは違う、もっと身近な仕事を請け負う人たちです」


 うん、予想通りだ。


「じゃあ、僕たちも冒険者をやることにしよう」


 僕の言葉に、セシルはこくん、と頷く。


「メリットはふたつ。クエストをこなすことで、この世界の地理やみんなの生活や文化を知ることができること。もうひとつは、僕たちのスキルを活かすことができること。できるだけ楽で儲かりそうなクエストをこなして、生活のめどがついたらその先のことを考える──ってことで、どうかな?」


「ナギさま……異世界から来られたのに現実的なんですね」


「そりゃもう、元の世界ではネグレクトとブラックバイトで鍛えられましたから」


「よくわからないですけど、苦労されたんですね……」


「それはセシルも同じだろ」


 ……と、お互いなぐさめあっててもしょうがない。


「それで、やっぱり冒険者ギルドとかもあるの?」


「はい」


「じゃあ、この王都の一番近くにある大きな町で、ギルドのあるところを教えて。そこが僕たちの、次の目的地だ」


 王都には長居しない。


 まず第一に、僕は王様に目をつけられている可能性がある。


 放り出されたとはいっても、僕は異世界の人間だ。


 向こうからは、どんなチートスキルを持ってるかわからない。


 王様としては監視くらいつけたいところだろう。


 第二に、奴隷商人とスキル屋にレアスキルを見せてしまったこと。


 あいつらが僕の正体を知ったらレアスキルを作れるスキルの存在に気づくかもしれない。そうじゃなくても、僕が他にレアスキルを持ってるかも──くらいのことは考えてるだろう。


 まずは、ここを離れて、別の大きな町でやり直すのが一番だと思う。


「わかりました」


 セシルは飲み込みが早いから助かる。


 考えてみれば奴隷商人と交渉したとき、セシルは僕の意図に一番早く気づいてた。


 それは魔族の特性か、セシルの能力なのか。


 あとでスキルとパラメータを教えてもらおう。


「王都の一番そばにある町といえば、やっぱりメテカルです。ここから東に二日歩いたところにある城塞都市で、大きな冒険者ギルドがあります。商業都市メテカル、って言えば他の国でも有名ですし、その規模から、領主さんが独自に自治権を持っているって聞いたことがあります」


「じゃあそこで」


「あの、ご主人様……ナギさま」


 セシルは床に座ったまま、上目遣いで僕をみた。


 うわ、なんだかぞくぞくする。


「どうしてわたしを、そんなに信用してくださるんですか?」


「あれ? 奴隷契約上、命令されたらセシルは逆らえないんじゃなかったっけ」


「それは指輪の力を使って命令した場合だけです」


 そうだっけ。


 僕の左手の薬指には、セシルと契約した時の指輪がはまってる。


 これに触れて命令すると、奴隷は主人に逆らえないらしい。


「わたしが嘘をついて、ナギさまを騙そうとしてるって思わないんですか?」


「いやだってアシュタルテーには借りがあるし、一緒に行動するんだからセシルが僕に偽情報教えてもしょうがないし」


 契約上、セシルは僕から逃げられない。


 それと、僕を意図的に傷つけたりもできない。


『契約解除』の条件は、僕がセシルを別の人間に譲るって「契約」するか、僕が死ぬまで。


 それか、セシルが12万アルシャを払い終えるまで。


 これは、セシルが仕事をしてくれた分で相殺していくってことになる。一緒に冒険者のクエストをやったら報酬を分配して、セシルの取り分は12万アルシャの支払いに回す、ってかたちになる。


 もちろん、セシルが現金で欲しいっていうなら別に構わない。


 つまり当分の間、セシルは僕と一緒にいることになる。


 だから、いちいち疑ってもしょうがないってのもあるんだけど……


「でも改めて聞かれると……信じる理由は……僕たちがなにも背負ってないから、かな?」


「……背負ってないから、ですか?」


「王様も、前の世界にいたバイト先のチーフ……偉い人もそうだけど、組織をバックに背負ってるひとって、外部の人間を結構利用したりするんだよ……」


 組織を守るためって言い訳をしながら。


 王様だって、国民を守るって理由で「外から」召喚した僕たちを利用しようとした。


「セシルも僕も、ひとりぼっちだし、背負ってるものは別になにもないだろ。生き残るってことで目的が一致してるし。だから、信用できるって思ったんだ」


「……ナギさま」


 セシルは床に座ったまま、ちょこん、と頭を下げた。


「ありがとうございます! わたし、がんばります」


「うん。じゃあさっそくだけど」


 話がまとまったところで、僕は言う。


「そこのベッドに座ってくれないかな。僕に、君の身体をいじらせて欲しいんだ」

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