第166話「アイネによる、必殺『炊き出し胃袋わしづかみスープ』」

「はい。これで美味しくできたの」


 ネルハム村に戻ったら、き出しがはじまってた。


 村の中央に石でかまどが作られて、その上にあるなべの中で、でスープが煮えてる。アイネは鍋に刻んだ香草を入れてから、スープの味見をする。そのまわりには獣人じゅうじんの女性たち。


 アイネと一緒に味見をしながら、「香草を足しただけなのに!?」「こんなに味が変わるの!?」って声を上げてる。


 すごいな。アイネの料理スキル。種族を超越して効果を発揮してる。




『……ゴブ?』




 目覚めた『ねぶそくゴブリン』が顔を上げた。


 ゴブリンたちは全員、村の中央に集められて、両手を縄で縛られてる。腰にも縄がついてる。ゴブリンたちを数珠つなぎにして、逃げられないようにしてる。武器は取り上げて、まわりを獣人の戦士たちが取り囲んでる状態だ。


『…………ゴブゥ』


 ゴブリンたちは、村の広場に座り込んでる。


 がっくりとうなだれて、もう、戦う気力もないみたいだ。


「ぐっすり眠れた?」


 不意に、アイネがゴブリンたちを見て、言った。


『ゴブッ!?』


 ゴブリンたちが驚いたように顔を上げる。


 まぁ、そうだろうな。


 戦ってた相手から優しく声をかけられるなんて、今までなかっただろうから。


「『賢者けんじゃゴブリン』は倒したの。もう、働かなくていいの」


『……ゴブ』


「それでも戦いたいなら、これを最後の食事にするのもいいの。選ぶのは、あなたたち」


 そう言ってアイネは、一匹のゴブリンの前に、スープが入った器を置いた。


 言葉はわからなくても、意志は通じたみたいだ。


 手首をしばられたゴブリンは、ぎこちない手つきで器を手に取った。


 それをゆっくりと口元に運んで、飲み干して──それから、


『ゴブウウウウウっッ!!』


 空の器を捧げ持って、涙を流し始めた。


 アイネはそれを見てから、僕の方を見た。




『送信者:アイネ


 受信者:なぁくん


 本文:スープの味付け、うまくいったみたい。これを「ゴブリンさんの胃袋いぶくろわしづかみスープ」と名付けるの。あとはなぁくん、お願いなの』




『送信者:ナギ


 受信者:アイネ


 本文:りょーかい。あとで僕にもレシピを教えて』




 僕はアイネに近づき、スープの器を受け取った。


 お腹が空いてそうなゴブリンを見つけて、それを渡す。


 同時に、スキル『生命交渉フード・ネゴシエーション』を発動する。


「いいよ。食べて」


『……ゴブゥ』


 2体目のゴブリンは、僕が渡したスープを飲み干した。


 よし、これで話が通じる。


『生命交渉』は食事を通じて、相手と会話できるようにするスキルだ。それは魔物でも動物でも関係ない。


 さてと、この『元ねぶそくゴブリン』とうまく交渉できるかな。


「お前たちを支配していた『賢者ゴブリン』は倒した。もう二度と、お前たちの前に現れることはない」


 僕は言った。


『グブァ(本当か)!?』


 ゴブリンはスープの器から顔を上げて、叫んだ。


 その言葉を聞いて、他のゴブリンたちも一斉にこっちを見る。一応、拘束してあるとはいえ、ゴブリンの群れの中にいるのは結構こわいな……。


 でも、話が通じるならなんとかなるか。


「『達人ゴブリン』『ゴブリンロード』も同じだ。あんたたちはどうする?」


『グルル(……どう、とは?)』


「このまま最後まで戦うか? それとも、二度と人間や亜人を襲わないと誓うか?」


 この件については、アイネを通じて長老さんと話はつけてある。


『元ねぶそくゴブリン』が操られていただけなら、不戦協定を結んで解放してやってもいい、って。


「もしもお前たちが、二度と人間や亜人を襲わないと誓い、この村の者の味方となるなら、このまま見逃してやってもいい……そう長老さんは言っている。お前らの中で『契約コントラクト』できる者か『ブラッドクリスタル』を出せるものはいるか?」


 言ってから、僕は獣人さんたちの方を見た。


 ノノトリさんと長老さんは、穏やかな表情でうなずいてる。


 ゴブリンに情けをかけたいわけじゃない。


 こいつらが住んでた『廃村』には、まだ十数体のゴブリンが残ってる。ここにいる奴らを全滅させて、あっちのゴブリンたちが復讐戦ふくしゅうせんに来ても面倒だからね。


 だったら、こいつらと不戦協定を結んで、村に残ったゴブリンたちを抑えてもらった方がいい。


 ──ってなことを、僕は長老さんや、孫のノノトリさんと話し合って決めた。


 ゴブリンたちに『角笛』を奪われた『移動する獣人』たちがどう思うかは、それはそれ。別の話だ。


「どうする? この状態で戦っても、僕たちは構わないんだけど」


 僕は言った。


『……もう、たたかいたく……ない』


 地面に頭を押しつけて、『元ねぶそくゴブリン』は言った。


『ひとも、亜人も、もうおそわない。ちかう。われわれ、全員が力を合わせれば、契約の証「ブラッドクリスタル」を作れるハズ……』


「わかった。じゃあ、お前からみんなに話を通してもらえるか?」


『……ゴブゥ!』


『元ねぶそくゴブリン』は、集団に向かって叫んだ。


 ゴブリンたちが寄り集まり、大声で話しはじめる。話はすぐにまとまった。


『ああ、もうはたらきたくない……』『……帰って寝たい……』『にんげんこわい……じゅうじんこわい』『スープもっとのみたい』『おかわり』『戦わないってちかう』『おかわり』『おかわり……』


 ──って。


 ゴブリンたち、アイネのスープに魅了みりょうされすぎじゃないかな……?


『ねぶそくバーサーク』状態からの『睡眠』『お腹に優しいごはん』のダブルコンボは、『ねぶそくゴブリン』を完全に圧倒したみたいだ。


『──我らゴブリン! ここにちかう!』


 やがてゴブリンたちは寄り集まり、しばられたままの腕を重ねた。


『ゴブリンの魂にかけて、亜人とも人間とも──』


「ごめん。ゴブリンだと他の奴と区別つかないから、ちょっとアレンジして」


『──我ら「元ねぶそくゴブリン」! ここに誓う。二度と亜人と人はおそわない。村の者にも同じことをちかわせる。優しい眠りと、温かいスープをくれた上に、村をおそった我らを殺さなかった人々にかんしゃおぉ……』


 がりん。


『元ねぶそくゴブリン』たちは同時に、自分たちの腕に牙を立てた。


 傷口を重ねて、血を混ぜていく。


 僕の後ろでセシルがささやく。「魔物の血の中にある魔力をまぜて、ブラッドクリスタルを作ろうとしてるんです」って。


 ゴブリンは低級の魔物だけど、集団で協力すればそういうものも作れるらしい。


『……ゴブゥ』


 しばらくすると、ゴブリンたちは、腕を引いた。


 地面に、緑色の結晶体があった。


 あれが『元ねぶそくゴブリン』のブラッドクリスタルだ。





『元ねぶそくゴブリンのブラッドクリスタル』




 低レベルのゴブリンたちが、がんばって作ったブラッドクリスタル。


 ブラッドクリスタルは上位の魔物が、他の種族と約束するときに作り出すものだが、今回はゴブリンたちが魔力を合わせて、ひとつのクリスタルを作り出している。


 このクリスタルを傷つけると『元ねぶそくゴブリン』たち全員に大ダメージが行く。


 さらに、これを持つ者は、なんとなく『元ねぶそくゴブリン』と意志を通じ合わせることができる。


 対応する召喚しょうかんスキルがあれば、彼らを呼び出して使役することも可能。





『……我々「元ねぶそくゴブリン」は二度と人と亜人をおそわない。そして、もしもお前たちに助けが必要なときは、いつでも駆けつける。情報もさしだす』


「了解だよ」


『あと、このスープの作り方をあとでおしえてほしい』


 ゴブリンたちは恐い顔で、にやりと笑った。


「……と、いうことで、あの『ブラッドクリスタル』が、彼らが亜人や人間と敵対しない証拠だそうです。ノノトリさん、長老さん」


『…………あれ?』


 ゴブリンたちは一斉に首をかしげた。


『おまえが代表ではないのか?』


「僕はただの通訳だよ。やだなぁ」


 そんな重要人物じゃありません。勘違かんちがいしないで欲しいなぁ。


「僕のことはどうでもいい存在として、忘れてくれるとうれしい。それじゃ」


『…………お、おぉ』


『元ねぶそくゴブリン』はとまどったような声をあげたけど、納得したのか、うなずいた。


 僕にできるのはここまでだ。


「彼らを信じるかどうかは、この村の人の判断にお任せします」


 僕は村の長老さんに向かって、言った。


「ただ『ブラッドクリスタル』を預けるというのは、生命をかけて誓うということですから。敵対しないこと、村を助けてくれることは信じていいかもしれません」


「……この者たちを操っていた『賢者ゴブリン』は、人間だったのですじゃ」


 長老さんは、白い獣耳を掻きながら、言った。


「……もはや誰が敵やら味方やら、ですじゃな。ゴブリンとはいえ、おどされ、強制的に戦わされていたのなら、同情の余地はありましょう。それに、森に生きるわしらとしては、味方を作っておくに越したことはありませんじゃ」


「村人も、たいした怪我はしていません。そして『移動する獣人』の村から宝物を盗んだのは『賢者ゴブリン』の単独行動でした」


 長老さんの隣で、獣人の少女ノノトリさんもうなずいてる。


「それにルトリとトトリも……あのように」


 彼女は長老さんの家を指さした。


 窓から、トトリとルトリ──ちっちゃな獣人の子どもが顔を出してる。


 ふたりは「いいよ。ねぶそくだったんだから」「いいよ。村のために働いてくれるなら」って叫んでる。


「よいですじゃ。『元ねぶそくゴブリン』は許し、解き放つとするですじゃ。もちろん『ブラッドクリスタル』は村で保管いたしますがな」


「「「おおおおおおおっ!!!」」」


『『『ゴブウウウウウッ!!!』』』


 村人たちと、ゴブリンたちの歓声が上がった。


 これで、今回の戦いはすべては終わりだ。


 中ボスだった『達人ゴブリン』と『ゴブリンロード』は村人さんたちが倒した。『賢者ゴブリン』は捕まえて、これから森の生き物たちの裁きを受けることになる。


 操られていた『元ねぶそくゴブリン』は──この村の味方になるって条件で解き放つのが、一番いい。それが僕と、村の長老さん、その孫のノノトリさんと話し合って決めたことだった。


『ブラッドクリスタル』は村に残るし、『元ねぶそくゴブリン』から他の魔物の情報を教えてもらえれば、村はより安全になるからね。


『…………ゴブ』


『元ねぶそくゴブリン』たちは命が助かって安心したのか、また、スープを飲み始めてる。


 村の人たちもアイネのスープの前に行列を作ってる。


 もう残りは心許ないみたいで、獣人の女性たちが次の鍋の準備をしてる。


「僕も手伝おうか。スープのレシピは、ちょっと興味あるし」


「なぁくんは休んでて」


 びしり。


 手伝おうとしたら、アイネに阻止された。


「そうよ、ナギ。こういうのは私たち奴隷のお仕事なんだから」


「リタさんも休んでて」


 びしり。


 手伝おうとしたリタも拒否された。


「……わたし、お手伝いしたいんですけど」


「じゃあセシルさん、お願いするの」


 アイネはセシルに木製の器を手渡した。


 ちょっと待ってなんなのこの差。


「わたしはちょっと魔法を使っただけですから」


 セシルは僕とリタを見て、言った。


「ナギさまもリタさんも、前線に立って戦ってますよね? だったら、おふたりは先にお休みしててください」


「なぁくんとリタさんは、これから『はじまりの獣人』の話を聞くんでしょ?」


「わたしとアイネさんは片付けもありますから、遅くなると思います」


「あんまり遅くなったら……ふたりを起こさないように別の宿を借りるから、だいじょぶなの」


「「ねーっ」」


 アイネとセシルは手を重ねて、宣言した。


 ……なんだろう。妙に息が合いすぎてるような。


「いいの? セシルちゃん、アイネも」


「アイネは『元ねぶそくゴブリン懐柔かいじゅう作戦』を任されたの。アイネのお仕事だから、ちゃんと最後までやらせて。ね?」


「わかった。無理しないで。獣人さんたちに任せてもいいんだから」


「「はーい」」


 アイネとセシルに見送られて、僕たちは用意された宿に向かうことにしたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る